Chapter 5 双極子放射 (Dipole Radiation) 電荷の加速度運動が電磁波放射の原因である、という放射電場の理論を前章で示した。多くの物質で は正負両電荷の量はほぼバランスしていて、全体として中性になっていることが多い。そのような場 合でも、電気双極子モーメントが時間変化することによって電荷の加速度運動が起こり、電磁波を放 射することができる。この双極子放射は電磁波の基本的な放射機構であり、アンテナからの電波放射 も、太陽からの熱放射も、原子のスペクトル放射 (四重極放射もあるが)も双極子放射である。本章 では、双極子放射の基本的な機構を示し、その放射電力, 放射パワーパターン(指向性), スペクト ルについて考察する。 ■第5章の目標■ • 双極子モーメントを使って放射電波を記述する。 • 双極子放射の放射パワーパターンを導く。 • 双極子放射の周波数に対する応答を理解する。 5.1 放射電場のおさらい (radiation fields) 放射電場は、電荷の加速度項がつくる 電荷の速度が光速 c に比べて小さいとき、十分遠方における電場 E a と磁場 B a は以下に表された。 Ea = Ba = q er × (er × a) 4π 0 c2 r q qµ0 1 er × E a = a × er = a × er c 4π 0 c3 r 4πcr qa 2 0c r 放射電場 E a の大きさ … 4π 放射磁場 B a の大きさ … qaµ0 4πcr sin θ :θ は a と r のなす角。 sin θ 35 (5.1) 36 Chapter 5. 双極子放射 (Dipole Radiation) 5.2 5.2.1 放射の電力 (radiation power) Poynting vector Poynting ベクトル (Poynting’s vector) S は E × H で与えられるので、 S 1 1 Ba = Ea × ( er × E a ) µ0 µ0 c qa 2 q 2 a2 sin2 θ er = Z0 sin2 θ er 2 3 2 (4π) 0 c r 4π c r = Ea × H = Ea × = となる。ここで、Z0 は真空中のインピーダンス (vacuum impedance) で、Z0 = 5.2.2 (5.2) µ0 / 0 = 1 0 µ0 377 Ω。 放射電力 (radiation power) 図 5.1: 電荷の加速度ベクトル a と観測者の方向とのなす角を θ とする。観測者の距離 R0 における単位面 積を dA とおくと、電荷から見てその単位面積を見込む立体角 dΩ は dΩ = dA/R02 である。 Poynting ベクトルは電磁波のエネルギーの流れを表す量 [J s−1 m−2 ] で、Poynting ベクトルの向きが エネルギーの流れる向きを、Poynting ベクトルの大きさが単位面積を単位時間に通過するエネルギーを表 している。 単位面積 dA を通過する放射のパワーは、|S| dA である。電荷から遠方の距離 R0 における単位面積 dA を見込む立体角 dΩ は、dΩ = dA/R02 なので、電荷から見て角度 θ 方向に放射される単位立体角当たりの放 射電力 P (θ) dΩ は P (θ) dΩ = |S| dA = |S|R02 dΩ = qa 4π c 2 Z0 sin2 θ dΩ (5.3) 全立体角に放射される電力 P は、P (θ) dΩ を全方向で積分すればよい。dΩ = sin θ dθ dφ を使えば、 P = Ω 2 2 = π 2π θ=0 φ=0 P (θ) dΩ = q a Z0 8πc2 P (θ) sin θ dθ dφ π sin3 θ dθ = θ=0 q 2 a2 Z0 6πc2 (5.4) 37 5.3. 双極子放射 (dipole radiation) 図 5.2: 電荷分布を持つ物体のからの放射。物体の中心を原点にとり、物体内の位置ベクトル r j の位置に電 荷 qj があるとする。十分離れた位置 R0 |r j | にできる放射電場は、qj が作る放射電場の重ね合わせを考 えればよい。 5.3 双極子放射 (dipole radiation) 電荷分布している放射体を考える。放射体の大きさに比べて十分遠方の R0 |r| においては、放射体内の どの電荷までの距離も R0 で同じとみなしてよい。また、放射体全体の運動は無視し、放射体内の電荷分布 の変化だけを考慮する。j 番目の電荷 qj が位置 r j にあるとすると、放射電場は E = 1 4π 0 c2 R0 Ej = j = = 1 4π 0 c2 R0 qj er × (er × aj ) j qj er × (er × j 2 1 er × d e × r 4π 0 c2 R0 dt2 d2 rj ) dt2 dj = j 1 ¨ er × (er × d) 4π 0 c2 R0 (5.5) となる。ここで、 qj r j d= (5.6) j は電気双極子モーメントである。放射電場は、放射体の電気双極子モーメントの時間二階微分 がつくる、と いうことが分かる。 5.3.1 双極子放射の放射パワーパターン (power pattern of dipole radiation) 放射磁場とポインティングベクトルはそれぞれ、 B = S = 1 ¨ × eR d 0 4π 0 c3 R0 1 ¨ 2 sin2 θeR |d| 0 (4πR0 )2 0 c3 (5.7) 放射パワー P (θ) は式 5.8 のようになる。 放射パワーの方向依存性を、放射パワーパターン (radiation power pattern) という。図 5.3 に双極子放 射の放射パワーパターン示す。 ¨ 2 sin2 θ |d| = P (θ) = (4π)2 0 c3 ¨ sin θ |d| 4πc 2 Z0 (5.8) 38 Chapter 5. 双極子放射 (Dipole Radiation) ¨ を含む平面での断面 図 5.3: 双極子放射の放射パワーパターン。(左) : 双極子モーメントの時間二階微分 d 図。(右): 三次元の鳥瞰図 5.3.2 双極子放射の全放射電力 (total radiation power) 式 5.8 の放射パワーパターンを全立体角で積分すると、式 5.9 のようになる。 π 2π P = P (θ) sin θ dθ dφ = θ=0 5.4 5.4.1 φ=0 ¨2 ¨ 2 Z0 |d| |d| = 3 6π 0 c 6πc2 (5.9) 双極子放射のスペクトル (spectrum of dipole radiation) 放射スペクトル (radiation spectrum) 電気双極子モーメント d が、角周波数 ω で振動する場合を考える。 d(t) = d0 cos ωt (5.10) このような状況は、ダイポールアンテナからの放射や、電気双極子モーメントを持つ分子の振動や回転 ¨ = −ω 2 d(t) なので、式 5.8 を用いて 遷移などで実現される。このとき放射電力は、d(t) ω 2 |d(t)| sin θ 4πc P (θ) = 2 Z0 (5.11) ˆ より一般的に、d(t) のスペクトル d(ω) を ˆ d(ω) = 1 2π ∞ d(t) ∞ d(t)eiωt dt t=−∞ −iωt ˆ d(ω)e dω = (5.12) ω=−∞ とフーリエ変換の関係で表せば、放射電力のスペクトルは P (θ) = sin θ 4πc ∞ 2 Z0 ω=−∞ 2 −iωt ˆ ω 4 |d(ω)| e dω (5.13) 39 5.4. 双極子放射のスペクトル (spectrum of dipole radiation) このことから、単位角周波数 ω あたりの放射電力 Pω (θ) は、 Pω (θ) = ˆ ω 2 |d(ω)| sin θ 4πc 2 Z0 (5.14) 全立体角の放射は式 (5.15) のようになる。 Pω = 5.4.2 2 ˆ ω 4 |d(ω)| Z0 2 6πc (5.15) ダイポールアンテナ (dipole antenna) 図 5.4: ダイポールアンテナからの放射 電気双極子の例として、ダイポールアンテナが挙げられる。図 5.4 のように、2 つの同じ長さの導体棒 に極性が反対で角周波数 ω の交流電流が給電されるとき、導体棒の電位は ±V0 cos ωt と書ける。このとき 電気双極子モーメントは d(t) = d0 cos ωt (5.16) と書ける。 この電気双極子モーメントと垂直方向に距離 r だけ離れた場所での放射電場は E は、以下のようになる。 ¨ = −ω 2 d(t) なので、式 (5.5) を用いると、式 (5.17) のようになる。 • 電場の大きさ : d(t) E = |E| = ω 2 d0 4π 0 c2 r (5.17) • 位相 : r だけ離れた場所には、r/c だけ過去の放射電場が伝わる。従って振動項は cos(ωt) の t の代わりに t − r/c を代入して、cos(ω(t − r/c)) となる。位相は φ = ω(t − r/c) = ωt − kr である。 よって、距離 r だけ離れた場所における放射電場は、 E= と書ける。 ω 2 d0 cos(ωt − kr) 4π 0 c2 r (5.18)
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