高電流イオン注入装置「NV-10」 国産化

半 導 体
ことはじめ
高電流イオン注入装置「NV-10」
国産化
日h 義朝(株式会社 SEN-SHI・アクセリス カンパニー*)
1.「NV-10」の誕生
け高電流イオン注入装置「NV-10」の開発をスタート
半導体におけるイオン注
させた。NOVA Associates設立後カトラーハンマー社
入は、1972 年頃にまず中ド
がイートン社に吸収され、NOVA Associatesはイート
ーズ注入が実用化され、つ
ン社の傘下に入ったが、開発は順調に進み、当時と
いで 1977 年頃に高ドーズ注
しては最高の 10mA 以上のビーム電流が得られる本
入が実用化された。そして
格的量産用高電流イオン注入装置「NV-10」が 1979 年
1990 年代には高エネルギー
に完成した。この年 12 月、1 号機は日本の T 社へ出荷
注入によるウエル形成が量
された。
図 1 に「NV-10」のシステム構成を示す。「NV-10」
産に適用されるようになっ
た。イオン注入はドーパン
ト量と深さ方向のプロファ
写真 1 NV-10 の生みの親
Dr. Peter Rose
では、大電流イオン注入によるウエハー温度の上昇
イルを高精度に制御できる技術であり、最先端デバ
イス製造にとって不可欠の技術となっている。
イオン注入装置において、忘れてはならないのが、
Dr. Peter Rose(写真 1)の存在である。彼は「NV-10」
の生みの親であるばかりでなく、黎明期のイオン注
入装置のほとんどが彼とその仲間たちによって開発
されている。言わば、“イオン注入装置の父”であ
る。その功績により、彼は 1996 年米大統領より国家
技術勲章を授与された。
Dr. Peter Roseは1978年、米国カトラーハンマー社の
支援を受けて、NOVA Associatesを設立し、半導体向
*旧 住友イートンノバ株式会社
図2 NV-10ドーズ制御システム
図1 NV-10システム構成
半導体シニア協会ニューズレターNo.53(’
07年10月)
15
を抑制するため、バッチ式回転ディスクが採用され
た。「NV-10」の特徴の 1 つは、優れたドーズ制御に
あった(図2)。高速のディスク回転と低速の半径方向
のスキャンの組み合わせで、ドーズ量はディスクフ
ァラデーで測定されるビーム電流量に応じて、半径
方向のスキャン速度を変えることにより制御される。
2.SENの設立
「NV-10」は、1 号機が日本に出荷された後、日本の
主要半導体メーカに採用されるようになった。その
図3 NV-10エンドステーション
当時は、日本の商社が代理店となって輸入販売され
ていたが、概して外国製装置は品質に問題があり、
(2)部分国産化
稼働率が低かった。「NV-10」もその例外ではなく、
国産化に時間を要するコントローラ関係等を
特にエンドステーション(図 3)の信頼性が問題であっ
イートン社から購入し、他は全て国産化
た。ウエハーオートローダは装備されていたがほと
(3)完全国産化
んど動かず、オペレータが手で行っていた。また、
国産化に当たっては、顧客から改善が要求されて
ディスク交換アームはディスクのグリップがうまく
いるウエハー搬送系を除いて、その他の部分は全て
いかず、プラスチックハンマーで叩いてグリップさ
イートン社と同じものを使うことを原則とした。こ
せるという状態であった。イオン注入がドーピング
れは、イートン社からイートン社製装置との共通性、
のキーテクノロジーになるにつれて、日本の顧客か
互換性を保つよう強く要請されたためである。
らは日本製、少なくとも日本で組み立てられた装置
SEN 設立の 2 ヶ月前からイートン社へ技術者が派
を購入したいとの声が高まった。そこでイートン社
遣され、国産化の準備を開始した。まずトレーニン
は、当時円がドルに対して安いこともあり、日本の
グコースへの参加から始まり、図面、マニュアルの
会社と提携し、日本で製造することを考え始めた。
収集から製造・検査技術、生産管理システム等国産
丁度その頃、住友重機械工業(SHI)でも半導体装
化に必要な情報収集が行われた。特に、同一部品採
置産業に興味を持ち、技術本部を中心に調査が行わ
用のためのカタログ探しには手がかかった。
れていた。半導体製造プロセスと製造装置をつぶさ
同一部品の採用は簡単に行くと思っていたが、実
に調査し、SHI の新事業としてイオン注入装置が最
際はそう簡単ではなかった。カタログから部品を選
適であると判断していた。SHI は既に研究用大型サ
定するまでは苦労しないが、その部品を購入するこ
イクロトロンや医療用小型サイクロトロンを手がけ
とが大変であった。その上、新しい会社のため全く
ており、イオン注入装置製造に重要な加速器技術を
知名度がなかった。社名を言っても、なかなか通じ
有していたからである。
ず、やっと通じたかと思ったら、送付された封筒の
両社の思惑が一致したことと、SHI とイートン社は
宛先は「住友糸鋸(いとのこ)様」とか「住友イー
古くから技術提携や JV 設立により親密な関係にあっ
トンロバ様」であった。
たことから、JV 設立の交渉は比較的順調に進んだ。
発足当時、国産化に従事した工場の社員は 13 名で
1982年 12月にJV設立契約が結ばれ、1983 年 4 月に住
あった。この人数で図面製作、発注先業者探しと発
友イートンノバ株式会社(SEN)がスタートした。
注、部品の納期管理、組立て、出荷前テスト、解
その後 2006 年 4 月に社名が、株式会社 SEN-SHI・ア
体&梱包、出荷、現地立上げまでの作業を担ってい
クセリスカンパニーに改称されて現在に至っている。
た。このため、休みは年間を通して数日あるかない
かであった。
3.国産化への道
国産化で苦労した中の一つに、ディスクの製作過
程での RTV のゴム貼りがあった。イートン社の作業
国産化はリスクを最小にするため、次のステップ
手順書通りにやってもうまく貼れない。すぐに剥が
で行われた。
れてしまう。納期は迫ってくる、時間がない、焦る、
(1)ノックダウン方式による組み立て、立ち上げ
失敗するの悪循環に陥った。部品や材料は同一品で
技術の確立
16
半導体シニア協会ニューズレターNo.53(’
07年10月)
進めたが、作業は手順書通りにやることをあきらめ
ク以上のものが得られた。顧客から「やはり国産が
ざるをえなかった。日本の気候に応じた温度や湿度
いいですね」と言われた時は大変うれしかった。こ
管理を試行錯誤することでやっと良い条件にたどり
れまでの苦労が報われた思いであった。
国産 1 号機の出荷後、国産化比率を高める仕事が
着き完成した。この種の作業は独自にノウハウを作
続いた。最終的に100 %国産化するには、なお8 ヶ月
りあげていくことが大切と痛感した。
当社では、設立当初から“納期厳守”が合言葉に
を要した。その間に様々なトラブルに遭遇したが、
なっており、社員は相当なプレッシャーを感じなが
顧客の協力や指導により成し遂げることができた。
ら仕事を行っていた。また、このプレッシャーは要
当時は、トラブルがあると顧客の技術者も一緒に徹
求スペックを満たさなければいけない品質保証も含
夜し、汗を流しながら解決に取り組んだ時代であっ
めてであった。納期を守るためには、1 週間連続の徹
た。そのおかげで多くの事を学び、装置を改善する
夜勤務はごく普通であった。当時の社員はこれを当
ことができた。顧客から強い要望のあった搬送系の
たり前のこととして受け入れ、誰も不平不満を言わ
信頼性向上も実現でき、顧客から与えられた目標の
なかった。納期を何としてでも守るという体質はそ
ウエハーノートラブル連続搬送 10,000 枚も達成できた。
「NV-10」は Dr. Peter Roseを中心とした物理学者に
の後も継承され、当社の社風になった。
国産化は悪戦苦闘の連続であった。しかし、人間
よって開発された装置であり、機械系の設計製作技
逆境に追い込まれると不思議な力が湧いてくるもの
術には不十分なところが多々あった。SHI で鍛えられ
である。追い込まれ、絶望的な状況下での徹夜作業
た機械技術者が国産化を通してこれを改善し、日本
にも拘わらず、何故か深夜になると頭がさえ、もつ
の顧客の要求品質レベルまで信頼性を高めることが
れた糸が一瞬に解けるように問題が解決されたこと
できた。米国と日本の技術がうまく融合できた良い
を何度も経験した。今思うと辛かったことが沢山あ
例ではないかと思う。
ったはずなのに、それが何故か良い思い出になって
5.「NV-10」を超えて
いるのは何とも不思議である。
「NV-10」は当時ベストセラーであったが、数年を
4.国産 1号機出荷と完全国産化へ向けて
経ずして微細化の進行によりパーティクル低減やチ
国産1号機(図 4)は会社設立の1 年後の1984 年 5 月
ャージアップ抑制の要求が高まり、新装置の開発が
初めに、東北地方の NM 社に納入された。納期短縮
望まれた。当社ではこれに応えるため、「NV-10」の
のため、工場での出荷前検査を省いての出荷であっ
後継機として「NV-10SD」シリーズを、続いてさら
た。一部後送りの部品もあり、搬入後 10 日目で装置
に性能向上をめざし、ロードロック方式を採用した
は組み上がった。国産 1 号機で、顧客も当社も心配
「NV-GSD」シリーズを独自開発した。この「NV-GSD」
の中で立ち上げが開始された。しかし、思いの外ト
シリーズは、イートン社へも技術を供与し、全世界
ラブルが少なく、順調に立ち上がり、性能もスペッ
へ製品展開されてベストセラーとなった。
「NV-GSD」
シリーズは当社独自のビームライン開発や 300mm 化
をへてさらに進化し、「LEX3-II」に至っている。最
近では、高電流機の枚葉化に応じ、最新機種である
枚葉式高電流イオン注入装置「SHX」シリーズを独
自開発した。1992 年以降は中電流イオン注入装置や
高エネルギーイオン注入装置、フラットパネル用イ
オン注入装置へも分野を広げ、日本の総合イオン注
入装置メーカとして、幅広くお客様にご愛顧いただ
いている。
今日の当社があるのは、設立当時からご指導いた
だいた日本のお客様のおかげである。紙面を借りて
感謝申し上げたい。今後は、さらに技術革新につと
め、半導体産業の発展に尽力していきたい。
図 4 NV-10-80 国産機
半導体シニア協会ニューズレターNo.53(’
07年10月)
17