335KB - 三洋化成工業

新苗 隆
高分子薬剤研究部ユニットマネージャー
[紹介製品のお問い合わせ先]
当社園事業本部環境産業部
朝、目覚めてトイレに行き、洗
難しくないが、懸濁粒子と水溶性
することになり、例えば0.001mm
顔で始まる一日の生活を振り返る
物質は簡単には除去できない。高
の大きさの粒子を1 mm まで大き
と、私たちは、食材や食器の洗浄、
分子凝集剤は濁りの原因でもある
くすると、沈降速度は 100 万倍に
掃除、洗濯、入浴など、毎日の生
微細な懸濁粒子(以下、粒子)を
なる。仮に、粒子半径0.001mmの
活のなかで大量の水を使用してい
沈降しやすくさせたり、その沈殿
ものが10m沈降するのに1年かか
る。企業の工場においてもその生
物を集めた濃厚な懸濁液(以下、
るとしたら、粒子を1 mm まで大
産過程のなかで多種多様な廃水が
汚泥)のろ過、脱水を容易にする
きくしてやると30秒程度で沈降す
発生する。過去、高度経済成長期
薬剤として、水環境の保全分野で
ることになる。
には、十分な廃水処理がされない
欠かすことのできない存在となっ
まま環境に放流され、田子ノ浦の
ている[図1]
。
きな粒子にすることで、高分子凝
ヘドロ汚染に代表される水質汚濁
E凝集と高分子凝集剤の作用機構
集剤は水中の粒子をフロックと称
が重大な社会問題になった。現在
粒子はその粒子径が大きいほど
する直径数 mm の強固で粗大な塊
では下水道の普及も全国平均で7
沈降しやすく、分離が容易となる。
に凝集させる機能をもつ。この機
割弱、都市部ではほぼ完備される
粒子の沈降速度はストークスの式
能により、廃水中の粒子は沈降し
に至り、一般家庭から出る都市廃
で表される。
凝集とは小さい粒子を集めて大
やすくなり[写真1]
、また汚泥中
水は下水処理場で、工場で発生す
沈降速度u
る産業廃水も水処理施設などで浄
2
=2 r(ρ
2−ρ
1)
g/
(9η)
の水はろ過しやすくなる。
凝集剤の作用機構を図2に示す。
化処理が施されてから放流される
ここで、r は粒子半径、ρ2および
廃水中の粒子が凝集せずに安定に
ようになった。
ρ1はそれぞれ粒子および媒質の比
分散しているのには理由がある。
重、ηは媒質の粘性係数、gは重力
1つは粒子表面は一般に負の電荷
の加速度である。
を帯びており、粒子どうしの荷電
廃水中の汚染物質は、大別する
と粗大な固形物、懸濁粒子、水溶
性物質の3つに分けられる。この
この式から、沈降速度は粒子の
の反発が生じるためである。もう
うち粗大な固形物を除去するのは
大きさ(粒子半径)の2乗に比例
1つの理由は粒子周囲に存在する
イオンや溶存分子が接近を阻害し
廃水中の
懸濁物
凝集沈殿
処理
ているためである。そこで凝集に
より大きな粒子とするには、粒子
上澄み液
の表面電荷を反対電荷によって中
沈殿物
高分子凝集剤
汚泥
汚泥脱水処理
脱水ケーキ
写真1●凝集沈殿の様子
図1●廃水処理の概要
三洋化成ニュース
➊ 2006 初夏 No.436
負の表面電荷を
もつ懸濁粒子
高分子凝集剤
水
水
水
水
水
水
粒子どうしを接着
電気的反発が
なくなり粒子が
集まる
無機凝集剤
または
カチオン系
高分子凝集剤
凝集による効果
①沈降促進 ②ろ過脱水促進
水
水
表面電荷を
中和
電気的反発で粒子は
寄り集まらない
水
高分子凝集剤の架橋作用で
粒子どうしが接着され、
強固でより大きな粒子になる
(フロックの形成)
高分子凝集剤
図2●凝集剤の作用機構
E高分子凝集剤の分類
和して静電的な反発を弱め、吸着
アクリルアミド系高分子凝集剤を
しやすい官能基(以下、吸着基)
高分子凝集剤としては、現在の
開発したのが最初で、日本では、
をもった高分子で粒子間を架橋す
合成高分子凝集剤ができるまでは、
当社が 1972 年にポリアクリルア
ることが必要である。そのため、
でんぷん、アルギン酸ナトリウム
ミド系高分子凝集剤の製造を始め
高分子凝集剤は分子内に吸着基を
などの天然物が使用されていたが、
たのが最初である。現在の合成高
数多くもった非常に大きな分子量
分子量が数万程度であり、凝集性
分子凝集剤は数百万∼ 2000 万程
の水溶性高分子からなっている。
能には限界があった。
度という非常に大きな分子量の水
溶性高分子でできており、分子内
合成系では 1952 年にアメリカ
に吸着基をたくさんもっている。
のサイアナミッド(当時)がポリ
表1●合成高分子凝集剤の例
これら吸着基のイオン性により、
種 類 非
イ
オ ポリアクリルアミド
ン
性
アクリルアミド・アクリル酸
ナトリウム共重合物
ア
ニ
オ
ン
性
アクリルアミド・アクリル酸
*
ナトリウム・AMPS 共重合物
アルキルアミノメタクリレート
(DAM 系)
四級塩重合物
カ
チ
オ
ン
性 アルキルアミノアクリレート
四級塩・アクリルアミド共重
合物(DAA 系)
アルキルアミノ
(メタ)
アクリレ
両
ート四級塩・アクリルアミド・
性 アクリル酸共重合物
CH2
化学構造
非イオン性、アニオン性、カチオ
ン性、両性の4種に大きく分類さ
CH
CONH2
れる。現在、市場で大半を占めて
n
いる代表的な合成高分子凝集剤の
組成例を表1に示す。
CH2
CH
CH2
CONH2
CH
高分子凝集剤の使われ方は大き
−
+
COO Na
n
く分けて2つある。先に述べたよ
m
うに、廃水中の粒子を凝集させて
CH2 CH
CH2 CH
CH2 CH
+
−
CONH2 n
COO Na
沈降を促進させる凝集沈殿剤とし
CH3
+
−
CONHC CH2SO3 Na
m
l
を凝集させてろ過しやすくする脱
CH3
CH2
ての使われ方と、汚泥から脱水機
で水を除去する際、汚泥中の粒子
CH3
水剤としての使われ方である。
C
CH3 −
CH3Cl
CH3
+
COOCH2CH2N
非イオン性、アニオン性のもの
は土木、建築、紙、パルプをはじ
n
めとする各種産業廃水の清澄化や
CH2
CH
CH2
COOCH2CH2N
R
CH3 −
CH3Cl
CH3
+
沈降促進、ろ過促進のための凝集
CH
沈殿剤として使用されることが多
CONH2
n
m
下水、し尿などの処理で発生する
R=H,CH3
CH2 C
COOCH2CH2N
CH2 CH
+
く、カチオン性、両性のものは、
CH3 −
CH3 Cl
CH3
CONH2
n
有機性の汚泥の脱水剤として使用
CH2 CH
されることが多い。
COOH
m
l
* 2-アクリロイルアミノ-2-メチルプロパンスルホン酸ナトリウム
『パフォーマンスケミカルスの機能シリーズ No.13 集めて沈殿させる』より
三洋化成ニュース
➋ 2006 初夏 No.436
当社は『サンフロック』シリーズ
表2●高分子凝集剤の当社製品とその用途
当社製品
イオン性
特 徴
サンフロック N シリーズ
非イオン性
酸性廃水に効果大
サンフロックAH、ASシリーズ
サンクイック A シリーズ
アニオン性
凝集沈殿用途の汎用
サンフロック C、CH シリーズ
サンフロック CE シリーズ
サンクイック C シリーズ
サンフロック R シリーズ
サンクイックRシリーズ
カチオン性
まざまなグレードを開発している
[表2]
。
E高分子凝集剤の具体的使用例
一般産業廃水の清澄化、沈降、
ろ過促進
(凝集沈殿)
メタクリル系
ベルトプレス脱水機で脱水効果大
アクリル系
遠心脱水機で脱水効果大
両性
『サンクイック』シリーズとしてさ
用 途
都市廃水(下水、し尿など)
処理で発生する有機性汚泥の
無機凝集剤との併用で脱水効果大
脱水促進(汚泥脱水)
発生する無機系廃水の浄化処理に
物はカルボキシル基などのアニオ
よく用いられている。
ン性の親水基が多く、水との親和
②汚泥の減容化(汚泥脱水)
性が高い。粒子表面も負に帯電し
溶解性有機物が多い工場廃水や
安定に分散しており、そのままで
下水などは懸濁物の除去以外に、
は十分に脱水できない。そこで凝
溶解している有機物を分解させる
集させ脱水を促進させるために一
廃水中の懸濁物の粒子径はさま
ために活性汚泥処理(微生物の繁
般にカチオン性高分子凝集剤が使
ざまであり、図3に示すように高
殖により有機物を分解)を行って
用される。カチオン性高分子凝集
分子凝集剤単独で凝集できる粒子
浄化処理されるのが一般的である。
剤は分子内のカチオン性基により
径には下限があり、微細な懸濁物
下水処理のフローを図4に示す。
[水処理用途]
①懸濁廃水の清澄化(凝集沈殿)
汚泥粒子の負の表面荷電を中和し、
はうまく凝集させることができず
この活性汚泥処理では微生物やそ
粒子どうしを架橋してち密なフロ
に取りこぼす。そこで一般的には、
の排泄物などが加わり、多量の有
ックを形成し脱水を容易にする。
無機凝集剤(硫酸バンドなど)と
機性汚泥が発生する。これらの汚
フロックを形成した汚泥はベル
高分子凝集剤を併用して処理され
泥の固形分は数%でほとんどが水
トプレス脱水機[写真2]や遠心脱
ることが多い。無機凝集剤は粒子
であり、減容化のため脱水する必
水機などで脱水され、汚泥ケーキ
表面の荷電中和の作用が強く、同
要がある。しかし、汚泥中の固形
と称する固形物として分離後、焼
粒子径 1mm 100μm 100nm 時に粒子や溶解物への吸着作用が
ある。分子量が小さく、小さな粒
子をもれなく集めるのに適してい
る。反面、強度の弱い小さな凝集
物しかできないため、分子量が大
きく、アミド基やカルボキシル基
10μm 1μm 10nm 繊維くず
粒
子
種
類
1nm 1Å
コロイド
粗粒砂、細砂シルト
ベントナイト
バクテリア
染
ビールス
デンプン粒
たんぱく質
顔
料
低分子・イオン
界面活性剤
料
などの吸着基をもった非イオン性、
アニオン性の高分子凝集剤を添加
することで小さな凝集物は、架橋
して強固なフロックとなり沈降が
高分子凝集剤単独使用
範
無機・高分子凝集剤併用
囲
『水溶性、
水分散型高分子材料の最新技術動向と工業応用』
より
図3●懸濁粒子の大きさと凝集剤の適用範囲
促進される。
具体的な処理方法は、廃水に無
機凝集剤を添加混合し、pHを調整
後、高分子凝集剤水溶液を添加混
沈殿池
活性汚泥処理
沈殿池
(主な汚染物質)
粗大な固形物
懸濁粒子
固形物、大
きな懸濁物
を沈殿除去
溶けている有
機物を微生物
により分解
微生物、その
死がい、微細
な懸濁粒子を
沈殿除去
合すると懸濁物はフロックとなり
汚泥
沈殿する。沈殿物はまだ水を大量
に含む場合が多く、さらに脱水し
て減容する。凝集沈殿は土木工事
や砂利採取、鉱物採取などの際に
放流
処理水
下 水
汚泥濃縮
高分子凝集剤(0.2∼0.3%水溶液)
カチオン性(サンフロックC、CH、CE、サンクイックCシリーズ)
両性(サンフロックR、サンクイックRシリーズ)
図4●下水処理の工程概略
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ろ過、
殺菌など
汚泥
脱水ケーキ
脱水機
焼 却
灰
ている。道路工事で削った山の斜
面などには、美観と保護を兼ねて
草を植えるために種子、肥料、土
などを混ぜた泥が機械で吹き付け
られる。その際、高分子凝集剤を
泥水に混ぜていっしょに吹き付け
ると、種子と泥がフロックとなっ
写真2●ベルトプレス脱水機
て、流れ落ちずに斜面に均一に塗
却や埋め立て処分される。脱水ケ
具体例を紹介する。
布できる。また土が凝集して通気
ーキの含水率は通常80%程度であ
①海水マグネシア製造用途
性のよい種子床ができ、草の生育
り、元の汚泥の含水率が98 %であ
マグネシウムは鉱物からも採れ
がよくなる。これらの効果を狙っ
ったとすると汚泥を10分の1に減
るが、海水中にも苦汁(にがり)
て土壌改良剤としても用いられて
容化できたことになる[図5]
。汚
として大量に含まれており、海に
いる。
泥脱水においては、処理コスト低
囲まれている日本では海水からも
減の点から、より含水率を低減で
採取されている。海水を石灰でア
21世紀を迎え、京都議定書に代
きる高分子凝集剤が求められてい
ルカリ性にすると、マグネシウム
表されるように、地球規模での環
る。
は水に不溶性の水酸化マグネシウ
境保全に対する取り組みが進めら
近年、汚泥処理の効率化を目指
ムとして析出し白濁する。析出し
れるなか、水環境浄化、廃棄物低
し汚泥集約処理が進んでいるため、
た水酸化マグネシウムは粒子が細
減、資源回収などの分野で、これ
送泥や貯留などにより処理される
かいため沈降が遅く、凝集沈殿さ
からも高分子凝集剤の活躍の場は
までに時間を要し、汚泥は腐敗し
せ分離促進する目的で、高分子凝
ますます広がり、その役割も重要
難脱水化する傾向にある。
集剤が使用されている。
なものになっていくであろう。
この問題に対し、最近増えつつ
青く澄みきった空、清らかな海
②製紙工程用途
紙は、木の繊維と無機物の粉
や川、緑豊かな大地。このすばら
性高分子凝集剤の併用処理がある。
(てん料)などを混ぜたパルプスラ
しい地球環境を永遠に維持してい
両性高分子凝集剤は分子中にカチ
リーをワイヤーと呼ばれる網でろ
くため、よりいっそう環境保全に
オン性基とアニオン性基の両方を
過、乾燥して製造されている。ワ
貢献できる高度な高分子凝集剤の
もっているため、荷電中和の効果
イヤーから漏れ落ちた水は白水と
開発に注力していきたい。
は低くなるが、適切な pH で使用
呼ばれ、繊維やてん料を含んでい
するとカチオン性基とアニオン性
る。白水中の繊維、てん料は、高
基のイオンコンプレックス形成に
分子凝集剤で凝集させて沈殿濃縮
よる強固な架橋効果が期待できる。
し、パルプスラリーに戻すことで
そこで、無機凝集剤を先に汚泥に
有効的に使用されている。
ある処理法として無機凝集剤と両
添加し荷電中和した後、両性高分
[その他の用途]
子凝集剤を添加することによって
少し変わった用途では、種子の
アニオン性基、カチオン性基およ
固着や土壌改良などにも利用され
参考文献
1)藤本武彦監修『高分子薬剤入門』三
洋化成(1992)
2)日本科学情報編『水溶性、水分散型
高分子材料の最新技術動向と工業応用』
(2001)
3)筧哲男監修『パフォーマンスケミカ
ルスの機能シリーズNo.13 集めて沈殿
させる』三洋化成(1999)
び無機凝集剤の間で架橋が起こり
カチオン性
高分子凝集剤
強固なフロックが形成され、含水
率を低減できる。
容積が汚泥の
1/10∼1/20に減少
[製造工程用途]
高分子凝集剤の凝集機能による
固液分離の促進は鉱業用途や製紙
工程でも利用されている。以下に
脱 水
汚泥
(含水率:98∼99%)
図5●汚泥の脱水による容積の減少
三洋化成ニュース
➍ 2006 初夏 No.436
脱水ケーキ
(含水率:約80%)
『高分子薬剤入門』
より