新たな排尿障害治療のターゲット~female LUTS

第96回日本泌尿器科学会総会 教育セミナー
座長
講師
山梨大学大学院医学工学総合研究部 泌尿器科学
武田 正之 先生
教授 日本大学医学部泌尿器科学系 泌尿器科学分野
髙橋 悟 先生
主任教授 日時: 2008年4月27日
場所: パシフィコ横浜
共催: 第96回日本泌尿器科学会総会/科研製薬株式会社
髙橋 悟先生の御略歴
昭和 60 年
昭和 61 年
昭和 62 年
昭和 63 年
平成 元年
平成 3 年
平成 5 年
平成 8 年
群馬大学医学部医学科卒業
群馬大学医学部脳神経外科入局
厚生連熊谷総合病院脳神経外科
東京大学医学部泌尿器科助手
国家公務員共済連合会虎ノ門病院泌尿器科
都立駒込病院泌尿器科
東京大学医学部泌尿器科助手
米国メイヨークリニック泌尿器科リサーチフェロー
東京大学医学部泌尿器科助手
平成10年 東京大学医学部泌尿器科講師
平成15年 東京大学医学部泌尿器科助教授
平成17年 日本大学医学部泌尿器科学系主任教授
現在に至る
日本泌尿器科学会評議員、日本排尿機能学会評議員、日本老年
泌尿器科学会評議員、日本 Endourology・ESWL 学会評議員、
日本性機能学会評議員、日本Men’s Health医学会評議員、日
本レーザー医学会評議員、
日本女性骨盤底医学会理事
記載されている薬剤の使用にあたっては添付文書をご参照ください
female LUTSの特徴
LUTSは男女差のない年齢相関的な症状であるという認識へ
とパラダイムシフトすべきであろうⅱ。
male LUTS(lower urinary tract symptom:下 部 尿
路症状)に比べ、female LUTSに関する研究は十分では
ない。男性と女性では、下部尿路の解剖学的特徴は大きく
異なるため、LUTSの特 徴も異なる。female LUTSでは、
妊 娠や出 産などの影 響による骨 盤 臓 器 脱(POP:pelvic
organ prolapse)や 腹 圧 性 尿 失 禁(SUI:stress urinary
incontinence)
が多い。また、閉経前後で内分泌の環境が変
化する点も特徴で、エストロゲンの作用による下部尿路機能
への影響も指摘されている。日本排尿機能学会による疫学調
査によると、女性では男性に比べ腹圧性尿失禁が多く、尿勢
ⅰ
低下、残尿感が少ない(図 1)
。しかし、女性においても尿勢
低下、残尿感といった排尿症状は少なからずあり、無視できな
いことも事実である。従来、LUTSは臓器特異的・性特異的
な症状であるといわれてきたが、このような固定概念を払拭し、
図 1:40 歳以上における下部尿路症状の頻度
第 96 回日本泌尿器科学会総会 教育セミナー
female LUTSに関わる諸症状
排尿筋低活動
(DU:detrusor underactivity)
・
過活動膀胱
(OAB:overactive bladder)
残尿が100mL 以上ある83 例の女性を対象に、内圧尿量
下部尿路閉塞
(BOO:Bladder outlet obstruction)
OAB診療ガイドラインでは、一般の医師が診療する部分と
検査を含む尿流動態検査を施行した後藤らの報告によると、
泌尿器科医が診療する部分とが明確に区別されている。女性
DUが約 82%、BOOが約 14%に認められている。このことか
のOAB検診受診率が低いため、ガイドラインでは、一般の医
ら、女性にも低活動膀胱が多いこと、また男性特有と考えられ
師による積極的な診療が推奨されると同時に、専門医との役
てきたBOOが女性にも存在することが明らかになってきたⅳ。
割分担や医療連携の必要性が指摘されている。
さらに、Kuoの報告によるとBOOの徴候や症状のある207 例
泌尿器科医が診療すべきOAB患者とは、①神経疾患(脳
の女性にビデオウロダイナミクス
(VUDS)
と尿流動態検査を
血管障害・脊髄障害など)
の既往がある症例、②SUI・膀胱痛・
施行し、尿排出路の狭窄が認められ、尿流動態検査で排尿
高度排尿障害を伴う症例、③BOO(下部尿路閉塞:bladder
圧 35cmH 2O 以 上 でQmax15mL/sec 以 下をBOOと定 義
outlet obstraction)
・排尿筋収縮障害の可能性がある症例、
すると、膀胱頸部での閉塞が8.7%、尿道括約筋での閉塞が
④抗コリン薬・行動療法以外の治療が求められている症例で
27.1%、骨盤底筋での閉塞は51.2%、重度のPOPによるBOO
ある
(図2)
。
が6.3%、
尿道狭窄が6.8%であった。
また、
排尿筋過活動(DO:
腹圧性尿失禁
(SUI:stress urinary incontinence)
detrusor overactivity)
は50%以上に合併していたと報告さ
SUIは中年以降に発症する例が多く、QOLに多大な影
れている。このように、男性同様、女性におけるBOOも多様で
響を 与 える。SUIの 手 術 には、Burch 法、TVT(tension-
ⅴ
ある
(図 3)
。
free vaginal tape)
・TOT(trans obstructer tapes)手術、
female LUTSの治療には現在確立された方法はないが、
urethral sling 手術などがある。これらの手術は、純粋なSUI
最近αブロッカーの効果が注目されている。Lowらの報告によ
に対してはいずれも尿失禁消失率 90%と効果的な治療方法
るとtotal IPSS 8点以上のfemale LUTS患者100例にテラゾ
であるが、混合型尿失禁の場合は10 ~ 15%尿失禁消失率
シンを投与し、IPSS-QOLが2以下になった場合をプライマリー
が低下するため、手術の適応は慎重に行うべきである。
エンドポイント、total IPSSが7点以下になった場合をセカンダリ
尿 失 禁 手 術 のRCTをmeta 解 析したreviewによると、
ーエンドポイントとして、無作為化二重盲検試験を行ったところ、
TVT 手 術 はBurch 法に比 べて再 手 術 のリスクが 低 い。
テラゾシン投与群はプラセボ群に比して両エンドポイントとも有
Pubovaginal sling 手術とTVTの合併症発生率は同程度。
意に改善している。特にサブスコアにおける頻尿と腹圧性排尿
TOT 手術では、膀胱穿孔、骨盤内血腫やOABの発症が
が有意に改善したが、Qmaxや残尿などの指標では有意差が
TVT 手術よりも少ないⅲ。
認められなかった。また、テラゾシンによる副作用も認められな
図2:過活動膀胱(OAB)診療のアルゴリズム
図 3:female BOO の特徴
新たな排尿障害治療のターゲッ
ト ~ female LUTS ~
かったⅵ。以上の結果から、αブロッカー(テラゾシン)
はfemale
(Clinical SUI)
」、
「POP増悪前に有意なSUIがあるか、POP
LUTSに対して効果的かつ安全であると結論付けられている。
修正時の咳テストで尿流出を認める症例(Occult SUI)
」に対
αブロッカーの中で日本で唯一神経因性膀胱の適応を持ち
しては、TVMとTOTの併用手術を施行している。TOT併
女性の排尿障害に使用可能な薬剤にはウラピジルがある。排
用群と非併用群とを比較したが、TOTを併用することによる明
尿筋低活動に対し、ウラピジル60mg/日と、コリン作動薬として
らかな弊害はなかった。TOT非併用群では3割程度に術後
ベタネコール60mg/日またはジスチグミン15mg/日を、それぞ
の尿失禁が認められ、TOT併用群に比べ多かった。ただし、
れ単独投与した場合および両者を併用投与した場合の前向
TOT併用群で術後に尿閉を起こした例が2例あった。2例とも
き単盲検無作為試験が山西らによって報告されている。女性
に1ヵ月以内で間欠導尿が不要となったが、TOT手術を施行
に対する結果に注目するとウラピジルを単独投与した群でtotal
する場合は、排尿障害の発症に注意を要する。術後のOAB
IPSSおよび総排尿症状スコアの改善が認められている
(図4)
。
の発症については両群とも有意差はなかった
(表2)
。
また、他覚所見である尿流率については、ウラピジル単独投与
アメリカでは、POP患者さんの4割以上にSUIを合併する
群でも改善傾向が認められるが、
コリン作動薬を併用するとさら
といわれている。POPの手術後に新たにSUIを発症するリ
に改善されている。残尿については、ウラピジル単独投与でも
スクは8 ~ 60%でⅷ、当院でも2 ~ 3割に発症が認められる。
有意に改善しているⅶ。
TVM手術後のSUIに関する長期成績データはまだないが、
骨盤臓器脱
(POP:pelvic organ prolapse)
へのTVM
(tension-free vaginal mesh)
・TOT手術の適応
female LUTS患 者のPOP罹 患 率は高く、部 位 別 発 生
頻度では膀胱瘤が最も多い。POPの治療方法では、TVM
(tension-free vaginal mesh)
手術が最近注目されている。
当院で2006年1月から2007年7月にTVM手術を施行し
た患者160名のPOP-Q、P-QOL、IPSS・QOL、OAB-qにつ
いて術前後で比較検討した。その結果、POP-Qによる評価で
は、stageⅡ以上のPOPの治癒率は91 ~ 92%(表1)
であり、
P-QOL、IPSS・QOL、OAB-qについてもすべての項目で改善
していた。
TVM手 術にTOTを併 用することについては様々な意
見があるが、当院では、
「 臨床的に有意なSUIを認める症例
表 1:TVM 手術後の POP-Q stage の推移
図4:排尿筋低活動患者に対するαブロッカー(ウラピジル)、
コリン作動薬の単独および併用効果:IPSSの変化(女性)
表 2:TVM 単独及びTOT 併用手術における術後 LUTSの頻度
第 96 回日本泌尿器科学会総会 教育セミナー
腟前壁形成術や側方腟修復術における術後のSUIについて
術は性機能の維持と改善に効果があると考えられる。
調査した研究によると、
いずれも長期成績がよいとは言えない。
性交の有無とLUTSとの関係を調べた研究では、性交のあ
TVM手術はPOPに伴う排尿症状全般を有意に改善させ
る女性に比べて性交のない女性ではLUTSの発症が3 ~ 6
るが、
3割程度の症例に新たなSUIを生じさせる可能性がある。
倍高くなるという報告があるⅸ。female LUTSは性機能やPOP
TOT併用手術では、術後のSUIを有意に減少させるが、新
と密接に関係しながらQOLを決定しており、こうした観点から
たな排尿障害を生じさせる可能性がある。現時点では、臨床
の一層の研究が期待される。
的に有意なSUIを伴うPOPの患者さんに対してはTOT併用
TVM手術を施行してもよいと考えている。しかし、本併用手術
の適応条件やメリットについての検討は、今後の課題である。
性機能とfemale LUTS
FSFI(Female Sexual Function Index)
は、
「性欲/興奮
度」
「潤滑度」
「オルガズム」
「満足度」
「痛み」の5項目で性機
能を評価する質問表である。50 ~ 59歳の健常女性とPOP
患者のFSFIスコアを比較すると、POPの患者では性機能の
低下が認められる
(図5)
。TVM手術前から性交があった患
者さんにおける手術後のFSFI調査では、
「性欲」以外の項目
では有意な低下が認められなかった。このことから、TVM手
図 5:日本人同年代(50 ~ 59 歳)健常女性とPOP患者
ⅰ : 本間之夫ほか , 日本排尿機能学会誌 , 14(2): 266-277, 2003.
ⅱ: Chapple CR, et al., Eur Urol, 54(3): 543-562, 2008.
ⅲ: Novara G, et al., Eur Urol, 53(2): 288-308, 2008.
ⅳ: Gotoh M, et al., Int J Urol, 13(8): 1053-1057, 2006.
ⅴ: Kuo HC., Urology, 66(5): 1005-1009, 2005.
ⅵ: Low BY, et al., J Urol, 179(4): 1461-1469, 2008.
ⅶ: Yamanishi T, et al., Int J Urol, 11(2): 88-96, 2004.
ⅷ: Brubaker L, et al., N Engl J Med, 354(15): 1557-1566, 2006.
ⅸ: Møller LA, et al., Int Urogynecol J Pelvic Floor Dysfunct, 17(1): 18-21, 2006.
2008 年 8月作成
EBR171-08H-10-CO1