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日本マイクログラビティ応用学会誌 Vol. 28 No. 4 2011 (144–149)
IIIIII 特集:「宇宙環境利用中長期ビジョン」IIIIII
(解説)
微小重力下における化学過程
辻井
薫 1・出口 茂 2
Chemical Processes under Microgravity
Kaoru TSUJII 1 and Shigeru DEGUCHI 2
Abstract
Chemical processes are basically molecular ones and are generally not affected by the gravity. But it is reasonable that
the gravity affects the processes of larger size even in the chemical systems. The meso-scopic chemical systems are the
examples of above. In this research work, we have studied the following subjects as the meso-scopic chemical systems: i)
Dissipative structure formation under variable gravity, ii) Chemical processes in the critical density fluctuations, iii)
Effects of gravity on colloidal assemblies, iv) Liquid droplet motion by photocheminal Marangoni effect, v) Spontaneous
rotation of the nonlinear charged colloid patterns under gravity, and vi) Preparation of honeycomb capsules. In this report
the first research subject is mainly discussed, since this is most developed one. The experimental results have already
been obtained under the hypergravity and by the parabolic flight.
1. はじめに
化学は基本的に分子/原子を扱う学問であり,それ故
に,一般的には重力の影響を殆ど受けることはない.し
かしながら,化学の分野においても,分子が集合し対象
とする系が大きくなると,重力の影響を受ける様になる
のは当然のことである.この重力の影響が現れる化学の
分野に,メゾスコピック系の化学がある.メゾスコピッ
ク系とは,対象とする物質のサイズを規定する概念であ
り,nm ~ m オーダーの物質を取り扱う.具体的には,
クラスター,コロイド,乳化,分散等が研究対象となる.
本研究の目的は,微小重力下で顕著となるメゾスコピッ
ク系の化学を広く取り上げ,新しい化学分野の開拓を目
指すことにある 1).
2. 宇宙環境利用科学・研究チーム活動
本論文で述べる研究内容は,JAXA 宇宙環境利用科学
の次の二つの研究チームが,これまでに行ってきた活動
の成果の一部である.ここに各チームのメンバーを記し,
彼らの貢献を明確にしておきたい.
・「メゾスコピック系の微小重力化学」研究チーム
メンバー:
辻井 薫(元・北海道大学):研究担当者
石川 正道(理化学研究所)
奥村 剛(お茶の水女子大学)
坂本 一民(千葉科学大学)
佐野 正人(山形大学)
下村 政嗣(東北大学)
鴇田 昌之(九州大学)
夏井坂 誠(宇宙航空研究開発機構)
馬籠 信之(京都大学)
益子 岳史(静岡大学)
藪 浩(東北大学)
吉川 研一(京都大学)
・「臨界密度ゆらぎ中での化学過程」研究チーム
メンバー:
出口 茂(海洋研究開発機構):研究担当者
石川 正道(理化学研究所)
井上 佳久(大阪大学)
辻井 薫(元・北海道大学)
夏井坂 誠(宇宙航空研究開発機構)
1
元・北海道大学電子科学研究所 (定年退職) 〒641-0044 和歌山市今福 5 丁目 4-46(自宅)
Research Institute for Electronic Science, Hokkaido University (Retired), 5-4-46 Imabuku, Wakayama 641-0044, Japan
(Home)
2 海洋研究開発機構 海洋・極限環境生物圏領域 〒237-0061 横須賀市夏島町 2-15
Institute of Biogeosciences, Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology (JAMSTEC), 2-15 Natsushima-cho,
Yokosuka 237-0061, Japan
(E-mail: [email protected])
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辻井
薫,他
西川 恵子(千葉大学)
西山 靖浩(奈良先端科学技術大学院大学)
前川 透(東洋大学)
森田 剛(千葉大学)
向井 貞篤(九州大学)
和田 健彦(東北大学)
尚,後者の研究チームは,平成 21 年度より前者のチー
ムから分離独立して活動しているものである.また,平
成 23 年度より,前者のチームから次の二つの研究チーム
が独立した.
・微小重力環境下でのバブル・滴・フォームの印象派物
理学;研究担当者は奥村剛(お茶の水女子大学)
・微小重力環境下でのエマルシヨンの安定性機能解明;
研究担当者は坂本一民(千葉科学大学)
3. 研究成果の概要
宇宙環境利用科学(微小重力下の科学)の中では,化
学の分野は新参者である.したがって,化学のコミュニ
ティの研究者に,微小重力への関心はそれほど高くない.
そこで本研究では,化学の広い分野から,重力が顕著な
影響を及ぼしそうな現象をできるだけ多く取り上げ,そ
の中から宇宙実験のテーマを育成していく方針で活動し
てきた.現在,最も進捗しているテーマは,過重力下の
実験や航空機実験の段階まで到達している.このテーマ
を中心に,成果の概要を以下に述べる.
3.1
可変重力下における散逸構造の形成
自己組織化による規則的パターン形成を利用すること
で,リソグラフィーなどの従来技術を使うことなく,高
分子やナノ微粒子のμm サイズの加工を実現する技術の
開発が進展している.例えば,高分子やナノ微粒子の希
薄溶液からキャストする過程で形成される散逸構造と,
基板上における規則的な撥水現象が組合わさることによ
って,数十 nm から数十μm の大きさの周期性をもつメ
ゾスコピック領域の規則構造が自発的に形成される.
この現象の典型的な一つの例は,一定の湿度下で高分
子溶液をキャストした時に得られる規則的な多孔質ハニ
カム・フィルムである 2)(Fig. 1).このフィルムの孔の
配列は,レーザー光を照射すると見事な回折パターンが
見られる程に規則的であり,各種の応用が期待される.
実際,このフィルム上での細胞培養は,平らな表面上と
は異なる結果を与えており,再生医療への応用研究が熱
心になされている.この規則的なハニカム・フィルムは,
高分子溶液が乾燥する過程において,その表面に水蒸気
が凝縮し,水滴が規則的に並んだ後に,それが蒸発する
ことによって形成されることが解っている.
また別の例としては,溶液と基板のメニスカス界面に
おいて,フィンガリング不安定性(マランゴニ対流に基
づく周期的な濃縮現象)が形成される場合がある.さら
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Fig. 1
A polymer honeycomb film prepared by
the dissipative structure formation
にこの不安定性を起源とする規則的な縞状構造が溶媒の
蒸発に伴って形成され,ストライプが基板に対して撥水
することで,島状の高分子ドットが規則的に配列する.
この様に,条件の設定を変えることによって種々のパタ
ーンが得られ,広い応用が可能な技術として期待される
のである.
散逸構造の形成は一般的な物理現象なので,ナノ微粒
子にも適用できる.粒径のそろったポリスチレンやシリ
カ微粒子を水溶液に分散させ,溶液を固体基板にキャス
トする.すると,溶液中の微粒子濃度に応じて,フィン
ガリングから生じたストライプ構造が形成され,個々の
ラインにはナノ粒子が細密に充填された単層構造が形成
される.また,濃度を高くすれば,ラインの方向は溶媒
の後退方向に対して垂直になる.これは,スティック・
スリップ現象(飲み残したコーヒーカップに形成される
同心円状のコーヒーの染み)であり,微粒子が連続した
薄膜層を形成して,後退方向に平行に規則的な周期構造
を形成する.これらの規則構造について微視的な粒子の
集積状態を調べてみると,ラインに大きな粒子が選択的
に集まる形で相分離が見いだされる.
キャスト溶液のメニスカスのような微小領域では,対
流と表面張力は拮抗しており,対流を支配する重力の制
御は散逸構造形成に著しい影響を及ぼす.これらの結果
は,nm からμm にかけたメゾ領域における自己組織化
による構造形成が,重力,表面張力などのバランスによ
って多様に制御されることを示している.重力をコント
ロールすることによって対流と表面張力のバランスを制
御できれば,散逸構造形成の制御とその形成の本質的理
解が進むとともに,地上では形成されない新たなメゾス
コピックパターンの形成が期待される.すなわち,自己
組織化による微細加工の多様性が広がることになる.
地上における予備的研究として,旋回腕を利用した過
重力下での実験を行った 3) .過重力によって自己組織化
パターンが変化するかどうかを確認した結果,1 G でき
れいに出来ていたハニカム構造は,2 G までは辛うじて
− 145 −
微小重力下における化学過程
Fig. 2
A microporous polymer film as the dissipative structures formed under hypergravity
3.2
Fig. 3
Polymer honeycomb films prepared by the
dissipative structure in a parabolic flight
形成されるが,4 G,6 G になると消滅し,その代りに
対流によるべナールパターンが高分子フィルムの中に固
定化された(Fig. 2).この結果から,上記の散逸構造形
成に重力が大きな影響を与えていることが分かるととも
に,美しいハニカム構造を得るためには,より重力の小
さい方が有利であることも判明した.
次いでごく最近,ポリスチレンのクロロホルム溶液
(含:界面活性剤)を使用し,溶液量をパラメータとし
て航空機実験を行った(H23 年 2/28-3/8).この実験で
得られた成果は,次の通りである(Fig. 3).
i) 装置は正常動作し,4 回の実験すべてについてハニカ
ムフィルムが得られた.また,ハニカムフィルム生成時
の動画を取得した.
ii) 液量をパラメータとして実験した結果,孔径,孔の配
列の秩序度などに変化が見られた.
本実験は,はじめての航空機実験ということもあ
り,:①微小重力前の 2G 環境において液面が傾き,微
小重力となっても元に戻らない,②溶液が濡れにくいテ
フロン製のセルを使用しているにも関わらず濡れが卓越
し,セル壁の部分にメニスカスが形成され,メニスカス
部分に残存したクロロホルムが,一度形成されたハニカ
ムフィルムを再溶解してしまう,などの問題がみられた.
今後は,これらの問題の解決に注力し,より詳細なデー
タを得たい.
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臨界密度ゆらぎ中での化学過程
臨界密度ゆらぎ中での化学過程では,気/液臨界点近
傍の超臨界流体中での,不斉光化学反応およびコロイド
粒子の挙動を対象としている.超臨界 CO2 中で圧力を変
化させながら光不斉反応を行うと,生成物の光学純度
(enantiomeric excess:ee)が,CO2 の臨界密度付近で
大きく変わる.例えば,(Z)-cyclooctene に光増感剤の存
在下で光を照射すると光異性化反応が起こり,(R)-およ
び(S)-(E)-cyclooctene が生成するが,(S)-(E)-cyclooctene
の ee が CO2 の臨界点付近で大きく上昇する.これは,
キラルな光増感剤と反応物の活性複合体から生成物に変
化する時の活性化エントロピーが,生成物の絶対配置
(SとR)で異なるからである.その理由として,溶媒
(CO2 )和するクラスターの大きさのゆらぎが関係して
いるのではないかと考えられる.臨界点近傍では,コロ
イド粒子の挙動にも様々な異常性が現れ,例えば超臨界
メタノール中に分散した直径数マイクロメートルのフラ
ーレン C60 微粒子の拡散係数は,臨界点近傍では理論値
の 10 倍程度にまで大きくなる.また単分散シリカ微粒
子からなる2次元コロイドアレイの構造を超臨界エタノ
ール中で観察すると,臨界点近傍で,10µm にも及ぶ超
長距離の斥力相互作用が近接粒子間に発現する.コロイ
ド粒子の拡散や粒子表面間の相互作用が,密度ゆらぎの
影響を受けたものと考えられる.
いずれの現象も,地上では重力の影響による臨界密度
ゆらぎの異方性の影響を受ける.またコロイド系では粒
子沈降の影響も無視できない.そのため,これらの現象
の解明には,微小重力環境でのみ実現できる「等方的な
臨界密度ゆらぎの場」が必須である.
3.3
コロイド集積における重力効果
粒径の揃った単分散のコロイド分散系において,比較
的低濃度で,結晶状に集積した濃厚な相(コロイド結晶
相)とランダムに分散した希薄な相に分離する現象が知
られている 4) .この現象に対し,コロイド粒子間には反
発力だけしか働かないが,Alder 転移によって分離する
とする説と、粒子間には静電引力が働くとする説の,二
つの解釈がなされている.コロイド分散系のこの基本的
問題に寄与すべく,本研究を行った.
− 146 −
辻井
本研究では,水/エタノール混合媒体中に分散したポ
リスチレンラテックスが,重力下においてスライドグラ
ス表面に一層に沈降した時の集積構造を,顕微鏡によっ
て観察した.その結果,ⅰ) 初めスライドグラス全体に
拡がっていたコロイド粒子が時間とともに中央に集合す
ること,ⅱ) 更に集合した粒子の濃度に濃淡があり,気
体/液体/固体状の3相の平衡が見られること,ⅲ) 粒
子濃度と塩(KCl)濃度を2軸とする相図上において,
気体/液体/固体状の3相の領域が得られることを見出
した 5,6).これらの結果は,ポリスチレンラテックス粒子
間に引力が働いていることを強く示唆している.
上記の結果は,重力下における一層のコロイド粒子に
関する相平衡の研究である.しかし,最初に述べたコロ
イド分散系の基本的問題の解決のためには,三次元分散
系の実験が必要であるので,重力の影響をなくすことが
必須である.純粋に荷電相互作用に基づく,コロイド相
分離現象の機構についての研究が必要なのである.
3.4
を除去できるため,宇宙空間においてこの実験を行う事
は「マランゴニ効果によって生じる現象」の一つとして
意義があると考えられる.
3.4.2
Photocheminal Marangoni 効果による液滴
の動き
光を照射し続けることで非平衡状態を実現・維持し,
多様な非線形ダイナミクスを発現させることが可能であ
る.本研究では,そのうちの一つとして,水相上に浮か
べた油滴に紫外光や可視光を照射することで,油/水界
面に吸着した界面活性物質の光異性化による界面張力の
変化を誘起させ,その結果として液滴内部で生じるマラ
ンゴニ対流によって液滴が移動することを示す 7).この
移動の方向や速度は,照射光の照射位置や出力によって
制御が可能である.
界面活性を有するアゾベンゼン誘導体(AzoTAB)に,紫
外光と可視光を照射すると異性化し,界面張力は trans
体では低く,cis 体では高くなる.AzoTAB 水溶液に油滴
を浮かべ,紫外線を照射すると液滴は光線から離れるが,
可視光線を照射すると光線に引き寄せられる.これは,
光の局所照射によって生じた界面張力勾配によって対流
が発生し,それを駆動力として油滴が動く結果である.
紫外光と可視光の2波長の光を同時に照射し,熱力学
的な開放条件とすることにより,発生する対流によって
液滴を光軸中心に安定に捕捉することもできる.このた
め,光軸を移動すると,それに追随して液滴も移動する.
上記の対流には,「熱対流」と「マランゴニ対流」の両
方が考えられる.微小重力環境においては熱対流の影響
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電荷コロイド非線形パターンの重力場にお
ける自発回転運動
カーボンナノチューブの水分散液を封入した平行平板
電極に直流電圧を印加すると,電圧が水の電気分解閾値
より高い場合,帯電したカーボンナノチューブがOH -
とH 3O+イオンの流れを乱すことで,水の対流を発生さ
せる.この対流はベナール対流と似ていて,対流により
寄せ集められたカーボンナノチューブの濃度差により,
可視化できる散逸パターンが発現する.
ここで,電極を垂直に立てると,上述の散逸パターン
が電極中心を基点として回転した.角速度は2枚の電極
板を固定しているクリップと重力のなす角に依存する.
この現象は,カーボンナノチューブ以外の荷電コロイド
でも起こるが,その機構については現在研究中である.
その他のテーマ
上記の三つのテーマが,現在最も進捗度の高いもので
ある.しかし本研究では,化学の広い分野から,重力が
顕著な影響を及ぼしそうな現象をできるだけ多く取り上
げ,その中から宇宙実験のテーマを育成していく方針に
沿って,他のいくつかのテーマも実施している.以下に,
それらの成果について,簡潔に触れることにする.
3.4.1
薫,他
3.4.3
ハニカム・カプセルの作製
3.1 項で紹介したハニカム構造は,各種の応用が想定
されるため,より高次の構造形成を試みている.例えば,
Fig. 4 に示す様なハニカム・カプセルの作製を目指して,
浮遊実験などを試みている.しかしながら,使用してい
る溶媒の表面張力の小ささに由来してハニカム・カプセ
ルの浮遊は,未だ実現していない.そこで,予備的に交
差した SiC 細線に溶液を懸垂させて実験を行ったところ,
擬似的なカプセルが得られることがわかった.ただし現
状では,カプセル内部の溶媒の蒸発に伴い,カプセルが
つぶれてしまう,カプセルを SiC 細線が貫いているなど,
いくつか課題が残っている.現在は,シリンジ形状など
の工夫を行っている.
Fig. 4
− 147 −
An expected model of the honeycomb capsule
prepared under microgravity
微小重力下における化学過程
4. 中長期のビジョン
微小重力環境を利用して,化学の分野で新しい研究領
域を開拓することが,本研究の中長期的な目標である.
化学分野における微小重力科学研究は,その黎明期にお
いては,コロイド研究,均一粒径の樹脂球の合成などを
除き,稀であったが,最近ヨーロッパを中心に,コロイ
ドはもちろん,フォーム,エマルションなどの研究が盛
んに行われるようになっており,大きな広がりを見せて
いる.その中には,本研究と興味を一にするもの,本研
究の礎となる現象を取り扱うものなど多々あり,将来の
共同研究を視野に入れ,積極的な交流を進めている.
本研究で取り上げている各テーマは,いずれもその分
野における基本的問題であり,且つ先端的問題である.
つまりこれらのテーマは,サイエンスの新しい分野を切
り開く可能性を秘めた,真の意味における基礎的な研究
である.以後その観点から,各テーマの意義を述べよう.
「可変重力下における散逸構造の形成」テーマは,非
線形非平衡現象の一つとして捉えることにより,化学の
テーマとしてのみならず,数理科学や複雑系物理の問題
に対しても寄与できるものである.また本系は,蒸発・
凝集,対流とパターン形成,濡れと表面張力,エマルシ
ョンなど,宇宙環境利用科学研究として盛んに取り上げ
られている素過程を多く含むものであり,他研究の応用
課題としても位置づけられ、これまでの宇宙環境利用研
究に深みを与えるものと期待される.さらに,化学のテ
ーマとしては,新しい機能性材料の開発につながること
は当然のこととして,その製造法としても省エネルギー
/省資源を実現する画期的なものとなろう.その様な可
能性を秘めた本テーマは,今後航空機実験を継続し,最
終的には ISS での実験を目指して準備していくつもりで
ある.
「臨界密度ゆらぎ中での化学過程」のテーマは,不均
一な媒体中での化学という新しい研究分野の確立につな
がるものである.不斉合成反応は,医薬や香料など,生
理活性を有する化合物の合成には必須の科学/技術であ
る.キラリティの制御が,超臨界ダイナミクスの利用に
よって可能であることは,全く新しい発見であり,波及
効果の大きな研究である.微小重力環境を利用すること
で,臨界ゆらぎが化学反応に及ぼす影響が解明できれば,
医薬品原料等のキラル化合物の高効率合成に寄与するこ
とが期待できる.これまでに微小重力下光反応装置の開
発が完了し,現在航空機実験によって重力効果の検証を
進めているところである.コロイド化学の研究では,こ
れまで実験的にも理論的にも,「一様な媒体中での現象で
ある」ことが前提とされており,臨界点近傍の超臨界流
体のように媒体自体がゆらぐことは一切考慮されていな
かった.そのような媒体中でのコロイド粒子の挙動につ
J. Jpn. Soc. Microgravity Appl. Vol. 28 No. 4 2011
いてはほとんど知られておらず,全く新しい研究分野が
確立できると共に,コロイド粒子の会合・集積を臨界ゆら
ぎにより制御した新たなナノ構造体の構築にも資すると
期待される.
「コロイド集積における重力効果」のテーマは,先に
も述べた様に,コロイド分散系の基本的問題に解答を与
えるつもりで進めている.現在までの二次元での実験結
果は,コロイド粒子間における静電引力説を支持してい
るが,三次元における実験結果が出ないことには真の解
答は得られない.本研究は,すでに ISS 実験候補テーマ
の一部として採択されており,ISS 実験における成果の
創出が期待される.また,コロイド研究は昔から,宇宙
環境利用科学研究の主要テーマの一つであり,多くの研
究者が,種々の系について研究を行っている.各々対象
とする系,現象などは異なるものの,コロイド分散系に
おける粒子間相互作用が共通のキーワードになっており,
各々の研究が相補的な意味合いを持つであろうことから,
欧米加などの研究チームとも情報交換を行っている.
「微小重力環境下でのバブル・滴・フォームの印象派
物理学」と「微小重力環境下でのエマルシヨンの安定性
機能解明」は,フォーム,エマルション,バブル,滴な
ど,いわゆる「ソフトマターの物理」を取り扱う研究で
あるが,de Gennes 博士を輩出したヨーロッパではすでに
いくつもの研究が提案されており,フォームの安定性研
究,エマルションの物性計測と微粒子添加効果などの研
究が,ISS 実験として実施済み,実施中,または準備中
である.研究担当者は,これら研究チームとも密接な関
係を持っており,国際協力を念頭に活動を進めている.
本研究は、地上では、重力に覆い隠されて知ることので
きない、フォーム,エマルション,バブル,滴などの真
の姿を明らかにするだけでなく,濡れが卓越する微小重
力環境下における,宇宙機の流体制御,宇宙飛行士の生
活支援などに貢献することも期待される.
3.4.1~3.4.3 で述べた「その他のテーマ」については,
まだ進捗度が低く,微小重力実験としては準備段階であ
る.しかし,テーマの内容は真に新しいサイエンスを含
んでおり,将来,新規な分野を拓く可能性を秘めている.
出来るだけ早く微小重力実験までもっていける様に,今
後も努力していくつもりである.
謝辞
本論文で紹介した研究は,宇宙環境利用科学・研究チ
ーム活動の一環として行われたものである.したがって,
研究内容は研究チームのメンバーが実施された結果であ
る.全メンバーでは余りに多人数になるため,著者は研
究チームの担当者のみとしたが,研究実施者としてのメ
ンバーの方々に,ここで厚く御礼申し上げる.
− 148 −
辻井
5)
6)
参考文献
1)
2)
3)
4)
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H. Yabu, M. Tanaka, K. Ijiro and M. Shimomura:
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Tsujii: Jan. J. Appl. Phys., 49 (2010), 110210.
例えば,蓮精:コロイド科学I.基礎および分散・吸着,
p. 251,東京化学同人,1995.
J. Jpn. Soc. Microgravity Appl. Vol. 28 No. 4 2011
薫,他
7)
− 149 −
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M. Ishikawa and R. Kitano: J. Jpn. Soc. Microgravity Appl.,
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Y. Chen, K. Yoshikawa and D. Baigl: Angew. Chem. Int.
Ed., 48 (2009), 9281.
(2011 年 8 月 27 日受理)