MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan 医用三次元画像と重ね合わせ表示に 関する要求と評価方法 山内康司 産業技術総合研究所 MICCAI2002 Tutorial 2002年9月25日,東京 1 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan 術中三次元表示に関する要求仕様 u 精度(機械精度,光学精度,表示精度) u わかりやすさ 疲れにくさ u これらは認知に関連する Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST Birkfellner先生が紹介なさったように,さまざまな医用三次元画像ディスプレイが開発されてき ました.我々が新しいディスプレイを開発するとき,術者からは次の三つの要求がなされます. 精度が一番大切なのは言うまでもありません.精度といっても,機械精度,光学精度,それに 表示の精度が含まれます.次に,表示される画像は分かりやすくなければなりません.手術室 では熟考しているひまはないのです.加えて,手術は何時間もかかりますから,疲れにくいも ので無ければなりません. 表示精度,分かりやすさ,疲れにくさは,人間の認知能力,とりわけ視覚に関連します. 2 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan マッターホルンへの距離は? Matterhorn 10km Leisee Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST 実は私,夏休みをスイスで過ごしまして,ライゼーという小さな湖からこのマッターホルンの写 真を撮影しました. さて,この湖からマッターホルンまでどのくらいの距離があるでしょうか,正確な距離はご存知 無いかもしれませんが,少なくとも何kmほどかあることは想像できると思います.それはマッター ホルンが十分大きなことをご存知だからです.距離は地図上で10kmになります. 3 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan マッターホルンへの距離は? 150mm Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST これはマッターホルンの全く同じ画像ですが,印刷されたものです.この場合の距離はたった 150mmでしかありません.この例は,同じオブジェクトの距離が表示方法によって異なるという 例です. 4 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan 隠蔽と両眼視差 右 Sep. 25, 2002 左 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST もう少しまじめな例にしましょう.ここに人間の鼻内内視鏡像があります.Mixed Realityの技術 を使って,この緑の円がオーバーラップ表示されていることにしましょう.各々を見ると,円は粘 膜表面より手前に見えることでしょう.しかし実際にはこれらは立体画像であり,両眼立体視を 考えると円は粘膜より向こう側 に存在するのです.これは術者にとって極めて紛らわしいです が,このような状況がMixed Realityではしばしば生じていることに注意してください. 5 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan 講演概要 u 1. 奥行き知覚の基礎 • • • • • u u u 奥行き手がかり どの奥行き手がかりが優勢か? 奥行き手がかりと2次元・ 3次元ディスプレイ 主な評価項目 評価実験の設計 2. 例1: 立体内視鏡 3. 例2: 手術ナビゲーションシステム 4. まとめ Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST さて今回の講演の概要です. 今日の話は,術中で用いられる三次元ディスプレイの奥行き知覚に関するものです. - まずは,奥行き知覚の基礎と評価実験について簡単にまとめます. - その次に,例として我々の行った立体内視鏡に関する研究を説明します. - 時間が許せば,他の例として手術ナビゲーションシステムの評価についてお話します. - 最後に簡単にまとめます 6 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan 1. 奥行き知覚の基礎 Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST 7 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan 1-1. 奥行き手がかり u 手術タスクには多くの奥行き手がかりが関係する! • • • • • 調節(accommodation) 輻輳(convergence) 両眼視差(binocular parallax) 運動視差(motion parallax) 隠蔽(occlusion), 陰影(shades and shadows), 透視 (perspective), 色や明るさ(colors and brightness), 知識 (familiarity), 触覚(tactile sense), 体性感覚(somatic sense), テ クスチャ(texture)… Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST 奥行き手がかり(depth cue)とは,我々とオブジェクトとの距離を理解するところの認知的性質の ことです.両眼視差は最も有名ですが,実際の手術では多くの奥行き手がかりが存在します. 8 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan a) 調節 u u u 水晶体の厚みを調節する筋 肉(毛様体筋, ciliary muscle) の伸縮 絶対的な奥行き 単眼 Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST 調節(accommodation) とは生理的認知の一種です.オブジェクトとの距離に応じて,眼の毛様 体筋の伸縮により,水晶体の厚みが調節されます.調節はオブジェクトとの絶対的な奥行きを 与えますが,比較的弱く,単独で働くことはありません. 9 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan b) 輻輳 u u u オブジェクトに向かって両眼の視線が内側に回転する運 動 絶対的な奥行き 両眼 α≈ a α1 P 輻輳大→近く α2 a D Q 輻輳少→遠く D1 D2 Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST 輻輳(convergence)も生理的な認知機構です.オブジェクトの位置に応じて両目が回転します が,その回転量が奥行きを与えます.これは両眼の奥行き手がかりで,絶対的な奥行き情報 を与えます. 10 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan c) 両眼視差 Q u u u u 眼から異なる距離にある複数 の物体への視線のなす角度の 差 相対的な奥行き 両眼 三次元ディスプレイでは最も強 力な奥行き手がかりであるが, これだけではない! δ≈ Sep. 25, 2002 ∆D P α2 α1 D a∆D D2 MICCAI 2002 Tutorial a ©Yasushi YAMAUCHI, AIST 輻輳と両眼視差を混同しないでください.両眼視差は生理的な奥行き手がかりではありませ ん.網膜上に投影された物体感の距離が,実際の空間での奥行きの比を示します.そのため 両眼視差は相対的な奥行き情報を与えます.三次元ディスプレイではいつも両眼視差が話 題になります.確かに両眼視差は強力な奥行き手がかりですが,それだけではないことに留 意してください. 11 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan d) 運動視差 Q u u u u 視点が動くにつれて • 近くのオブジェクトは速く動く • 遠くのオブジェクトは遅く動く P 相対的な奥行き 単眼 α1 強力な奥行き手がかりであるが, 視点を動かす必要がある ∆D ∆α ≈ 2 d D ∆D α2 D d Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST 運動視差も相対的な奥行き情報を提供します.我々が目を動かせば,近いオブジェクトは速 く,遠いオブジェクトは遅く動いて見えます.運動視差は単眼の奥行き手がかりで,強力です が,視点を動かす必要があります.したがって視点の固定されているディスプレイシステムで は両眼視差の恩恵を得ることができません. 12 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan e) その他の奥行き手がかり u 隠蔽 (“オーバーラップ”) u 陰影 透視 色、明るさやテクスチャ 臓器形状に関する知識 (“familiarity”) 感覚統合 (触覚や体性感覚) u u u u Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST その他の奥行き手がかりとしては,隠蔽,陰影,透視などがありますので,文献をご覧ください. 視覚系によらない奥行き手がかりとしては臓器形状に関する我々の知識が挙げられます.心 理学用語ではfamiliarityとも呼ばれています.また,触角や体性感覚,あるいはそれらの感覚 の統合も,奥行きや大きさの情報の源になっています. 13 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan 1-2. どの奥行き手がかりが優勢なのか? 1000 500 外科手術 明るさ 差 視 動 運 差 視 眼 両 輳 輻 10 サイズ(縦) サイズ (横) 節 調 奥行き感度 (D/∆D) 100 隠蔽は? 陰影は? 色は? 大気遠近法 1 1 10 1000 1000 奥行き(D, meters) Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST では手術ではどの奥行き手がかりが優勢なのでしょうか. この図は奥行きに対する奥行き感度の変化を手がかり別に模式的に説明したものです.手術 タスクでの奥行きは遠くても2m程度であり,感度は少なくとも(奥行きに対して)10分の1は必要 です. ここで気をつけていただきたいのは,実際の手術では,隠蔽や知識も含めて,全ての奥行き 手がかりが関連し,お互いに干渉しあうということです. 14 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan 解剖学的知識 陰影 隠蔽 運動視差 両眼視差 輻輳 調節 1-3. 奥行き手がかりと2D/3Dディプレー 通常の手術 + + + ++ + + ++ 顕微鏡 + + ++ + + + ++ 内視鏡 (2 D) - - - ++ + + ++ 内視鏡 (3 D) CT/MR/超音波 - - + - ++ - + - + - ++ +++ 2D コンピュータグラフィックス (CG) - - - + ++ + ++ 3D CG - - + + + + ++ ホログラフィー + + ++ + -? -? ++ Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST またディスプレイの方式によっても,有効な奥行き手がかりが違います.この表は私が各々の 表示方式による奥行き手がかりについてまとめたものです.従来のopen surgeryはあらゆる奥 行き手がかりを与えてくれるといってよいでしょう.内視鏡や医用断層画像は低侵襲手術で広 く使われていますが,これらの与える奥行き手がかりは非常に限られたものでしかありません. だからこそ低侵襲手術では三次元ディスプレイが必要とされているともいえます. 15 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan 1-4. 主な評価項目 u u u u 奥行き順序 (depth order) 調整法 (adjustment) 操作タスク (operating tasks) 主観評価 (report from subjects) Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST それでは,あなたが新しい術中画像表示装置を開発しているとして,どのようにして表示精度 を評価すればよいのでしょうか? 評価方法として4つ挙げられます.奥行き順序,調整法,操作タスクの評価,そして主観評価 です. 16 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan a) 奥行き順序 u u u u 視覚タスク 被験者に奥行きの異なる二つのオブジェクトを見せ,そ の順序を答えさせる オブジェクトは実在の物体,もしくはバーチャル オブジェクトはランダムに配置する A? A B Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST 「奥行き順序」は,視覚研究では最も古典的かつ主要な実験方法の一つです.被験者は奥行 きの異なる二つのオブジェクトを見せられて,その奥行き順序を答えさせられます.両方のオ ブジェクトが実在の物体の場合もありますし,片方がバーチャルな像の場合もあります.奥行 き順序は奥行き感度を評価する単純な方法ではありますが,触覚や体性感覚を含んでいま せん. 17 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan b) 調整法 u u u 視覚運動タスク ターゲットを提示し,被験者にその位置までプローブを移 動させる オブジェクトは実在の物体,もしくはバーチャル Courtesy: S. Yoshida et al.: Evaluation and improvement of display errors in stereoscopic display with large screen. TVRSJ 4(1)331-338, 1999 Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST 触覚・体性感覚を考慮するには,視覚運動タスクが必要となります.「調整法」は,被験者にター ゲットを提示して,その位置までプローブを移動させるタスクです.この図では被験者は立体 画像眼鏡をかけて,仮想的な(又は実物の)ターゲットが提示されて,被験者はプローブを移 動させてそのターゲットのところまで動かします.この例ではそのプローブの軌跡を解析してい ます. 調整法のタスクは多くの手術タスクに似ており,その結果も術者には理解しやすいものです. 18 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan c) 操作タスク u u これも視覚運動タスクだが, 調整法より複雑 評価指標はさまざま 顕微鏡 • タスク成功率 • タスク達成に要する時間 • 軌跡など u プローブ ターゲット 異なる実験間の比較が困難 ‘バーチャル’ ゲート Courtesy: A. Kato et al.: The distorted spatial perception under neurosurgicalmicroscope. TVRSJ 3(4) 203-206, 1998 Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST 調整法よりももっと複雑で実際的なタスクも用いられます.この図は阪大の加藤先生の,脳外 科手術用内視鏡における空間認知のひずみに関する研究です. この種の実験では,さまざまな評価指標が用いられます.タスクの成功率やタスク達成に要す る時間,あるいは手術器具の軌跡などが挙げられます. 操作タスクは実際の手術タスクに近くリアリティがありますが,一方で異なる実験間の比較が難 しいという問題があります.これは実験によってタスクや器具,評価指標がまちまちであるため です. 19 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan d) 主観評価 u u 実験後の被験者からの主観評価は,質的な評価ではあ るが示唆に富む SD法 (意味微分法,Semantic Differential method)など で定量化する Q. 乗り物酔いのような感じを受けましたか? A. 非常に強い 5 Sep. 25, 2002 全然 4 3 MICCAI 2002 Tutorial 2 1 ©Yasushi YAMAUCHI, AIST 最後は主観評価です.実験後の被験者からの主観評価は質的な評価でありますが,開発者 側からすれば大変に示唆に富むものです. 主観評価では被験者にいくつかの質問を課します.その答えは「意味微分法(SD法,SDM)」 という方法で定量化される場合が多いです.例えば被験者が立体画像を見たあとに,乗り物 酔いに関する質問を課して,5段階評価させます. 20 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan 1-5. 評価実験の設計 u 実験環境 • 暗室: 視覚研究には必須だが,手術室の現場を反映していない • 手術室: リアルだが,環境の均一性に欠け,実験数も稼げない u 奥行き手がかり • 少数の手がかり: 分析は容易,タスクは難しい,手術操作と乖離 • 多数の手がかり: タスクは容易,手術に類似,手がかりの統合 u 被験者 • 術者: 解剖学的知識有り,スキルの個人差が大きい • 一般人: スキルは均一(というか,無い),手術タスクは困難 u タスクの難しさ • 易しすぎても難しすぎても,結果は意味をなさない u 学習効果をいかにキャンセルするか Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST ここまでのところで,私自身の研究経験から,いくつかヒントになるであろうことをご紹介します. まず実験環境についてですが,視覚研究では暗室が必須です.しかし暗室で手術をする者 はいませんから,リアリティに欠けます.一方で手術室そのもので実験をすることは,リアリティ という面では理想的ですが,実験条件を一定に保つことは困難で,利用時間も限られます. 従って暗室とは言わなくても,少なくとも実験室内に一定の実験スペースを常設する必要があ ると思います. 第2に奥行き手がかりですが,実験上の奥行き手がかりを一つもしくは少数に限ることによって 実験結果が容易に分析できるようになります.しかしながら被験者にとってそのタスクは多くの 場合難しいものとなります.奥行き手がかりが多いと実験のリアリティが増しますが,多くの実 験条件を課す必要が生じ,えてして多くの被験者が必要となります.というのは奥行き手がか りが統合されるためです. 第3に被験者についてです.術者が常に最良の被験者とは限りません.術者は解剖学的知識 やある程度の技能を持っていますから,実験前のインストラクションをしなくても複雑な手術タ スクを行うことが可能です.しかし各々の術者の手術スキルが個人差が大きいので,統計的に はサンプルの分散が大きくなります.一方で非医療従事者のスキルは,スキルが無いという意 味で均質といえます.もちろん,複雑な手術タスクを行わせるには困難が伴います. 第4はタスクの難しさです.もしタスクがやさしすぎれば,全被験者が満点を得ます.逆にタスク が難しすぎれば,全被験者が零点を取ります.どっちにしろ,そのような結果は意味をなしま せん. 最後に,学習効果をいかにキャンセルするかということにも配慮せねばなりません.例えば, 実験前にタスクに十分に慣れてもらうということも行われます. 21 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan 2. 例1: 立体内視鏡 u Y. Yamauchi et al. : Comparison of stereoscopic effect between 2D, 3D and pseudo-3D endoscopes. Computer Assisted Radiology and Surgery 99, International Congress Series, Vol. 1191, p. 1048 (1999/6, Paris, France) Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST このような実験設計上のヒントがどのように生かされたか(または生かされなかったか)を,私の 研究成果を例にご紹介しましょう.最初の例は立体内視鏡に関するもので,1999年のCARS (Computer Assisted Radiology and Surgery)で発表したものです. 22 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan 2-1. 2D/3D内視鏡 3D 2D Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST 現存の内視鏡のほとんどは,二次元の画像を表示します.立体(3D)内視鏡とは光学系を二系 統もち,立体ディスプレイ上に両眼像を提示する内視鏡です.内視鏡メーカーの多くがこの立 体内視鏡を開発しましたが,どうも商業的に成功したものはなさそうです.術者らによれば,こ れらの立体内視鏡の画像は空間ひずみが大きくて不自然で,眼の疲労が大きく長時間の使 用には耐えられなかったようであります. 23 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan 2-1. 擬似立体内視鏡 u u 同一の画像を左右にシフトさせることで両眼像を「擬似的 に」生成し,立体ディスプレイに表示 本当に奥行き情報が得られるのか? Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST ある日本企業が,「擬似」立体内視鏡を開発しました.この内視鏡の光学系は1系統ですが, 擬似的な立体画像を,同じ画像を左右シフトすることで作成し,立体ディスプレイに表示する というものです.必然的にこの内視鏡には両眼視差はありません.ところが驚くべきことに,多 くの石はこの内視鏡を見て奥行きを感じ,しかも自然な立体画像であると言う評価を行ってい ます. このシステムで本当に奥行き情報が得られるのでしょうか,であれば,奥行き手がかりは何な のでしょうか? 24 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan 2-2. 実験 u 2D/ 3D/ 擬似3D内視鏡 u 奥行き順序,調整法,主観評価 被験者24人 u Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST そこで2次元,3次元,擬似3次元内視鏡に関して,奥行き順序,調整法,主観評価実験を行 いました.被験者は24人です. 25 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan a) 奥行き順序 Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST まず奥行き順序実験です.被験者から見て奥行きを違えて二つの白い板をランダムに提示し, それを内視鏡で観察してもらい,どちらが被験者から見て近いかを答えてもらいました.10回 の試行中の正答率を評価しました. 26 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan b) 調整法 Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST 調整法の実験では,輪っか状のターゲット(内径3mm)に,先端に細い針(直径1mm)を有する 棒を通すタスクを行わせました.同じくタスクを10回行わせ,所要時間の平均値を評価しまし た. 27 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan c) 主観評価 Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST 最後に主観評価です. 主観評価では,丸いバスケット上の物体が回転する様子を30秒被験者に提示した後に,8つ の評価項目について4段階で答えさせました. 28 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan 2-3. 結果 (奥行き順序,調整法) u 擬似3D • 2Dにくらべて優位性なし u 3D • 2Dにくらべて奥行き順序では優位だったが,調整法では差が出 なかった 奥行き順序(正答率) 2D 3D 擬似3D 0.545 0.685 0.530 5.85 4.06 p < 0.05 調整法 (所要時間,sec.) 4.07 p < 0.05 Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST 奥行き順序と調整法の結果を示します. 擬似立体内視鏡は両方の評価について,2Dに対する優位性を示すことはできませんでした. これは,擬似立体はあくまで擬似であり,奥行き手がかりに関しては二次元内視鏡に対する明 確な違いがないのだといえます. 調整法の結果で,立体内視鏡の結果は二次元内視鏡に比べて良好でしたが,決してパーフェ クト(1.0)ではありませんでした.この実験の考えうる奥行き手がかりは両眼視差だけであり,タ スクがかなり難しかったと考えられます. 29 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan 2-3. 結果 (主観評価) u 擬似3D • 2Dよりも奥行き 感や実在感が強 く感じられた u 3D • 2Dよりも立体感 や圧力感,酔う感 覚が強く感じられ た Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST ところが,主観評価の結果は客観評価とは異なるものでした.擬似立体内視鏡の画像を見た 被験者は,2次元内視鏡よりもより強い奥行き感や実在感を感じました. 結果的に残念ながら,擬似立体内視鏡の奥行き感は単なる感覚的なものでしかありませんで したが,恐らく何らかの奥行き手がかりというものを有しているのではないかと考えられます. 30 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan 3. 例2: 手術ナビゲーションシステム u J. Yamashita, Y. Yamauchi, M. Masaaki, Y. Fukui and K. Yokoyama: Real-Time 3D Model-Based Navigation System for Endoscopic Paranasal Sinus Surgery. IEEE-BME, Vol.46, No.1, pp.107-116 (1999) Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST 次の例は手術ナビゲーションシステムに関するもので,立体ディスプレイや VRシステムを使っ たわけではありませんが,ナビゲーションの表示方法によるパフォーマンスを評価したもので す. 31 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan 位置データ 内視鏡画像 3-1. 内視鏡下鼻内手術ナビゲーション システム (ESS) 磁気式位置センサ Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST 私たちは内視鏡下鼻内手術を目的とした手術ナビゲーションシステムを開発しました.このシ ステムは磁気式の位置センサで手術器具の位置をリアルタイムで追跡するものです.当時で も既に手術ナビゲーションシステム自体は商品化されておりましたが,私たちの研究ではナビ ゲーションシステムにおいて三次元的形状をいかに効果的に提示するかということに重点を 置いていました. 32 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan 3-2. 三面図表示と透視図表示 患者の頭部モデル (軟組織表面と骨 ) 鏡 内視 面 切断 三面図表示 透視図表示 「視円錐」と照明 Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST この実験は内視鏡操作時に,2種類の異なるナビゲーションインタフェースについてその操作 性を評価するというものです.一つは断層画像誘導型の表示方法(三面図表示),もう一つは モデルベースの表示方法(透視図表示)です. 三面図表示では,内視鏡先端位置とターゲット位置がCTの矢状断・前額断・体軸断上に表示 されます. 透視図表示では,27枚のCT断層像から患者の頭部の三次元ポリゴンモデルを作成しました. 仮想的な照明と「視円錐」を有する仮想的な内視鏡がその上に表示されます.視円錐は,内 視鏡の視野とその方向を表示するものです.我々はこの視円錐が斜視鏡を用いた手術で有 効に作用すると考えました. 33 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan 3-3. タスク u u 被験者は頭部ダミー内の ターゲットに内視鏡を誘導 し,内視鏡モニタ上にター ゲットを捕らえる 右の上顎洞自然孔がナビ ゲーションターゲット Sep. 25, 2002 上顎洞自然孔 (ターゲット) 上顎洞 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST 被験者は内視鏡を用いて頭部ダミー内のターゲットに接近し,内視鏡モニタ上にそのターゲッ トを捕らえるというタスクを課されました.タスクを行っている最中に内視鏡先端を頭部ダミー内 にぶつけないように教示しました. ナビゲーションのターゲットとして,右上顎洞自然孔をマークしました.ターゲット位置はナビゲー ションモニタ上で赤く小さな立方体として表示しました. 34 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan 3-3. タスク条件 内視鏡条件 ナビゲーション条件 1) 直視鏡 a) ナビゲーションなし b) 三面図表示 2) 斜視鏡(30度) Sep. 25, 2002 c) 透視図表示 d) 透視図表示 (矢状断) (前額断) MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST 各被験者には8種類の実験条件を課しました.私たちは直視鏡と斜視鏡を用い,これらの4種 類の表示を行いました.被験者は全て非医療従事者です. 35 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan 3-4. 結果 (操作時間) 直視鏡 斜視鏡 操作時間 (sec.) 30 25 p < 0.02 20 15 10 5 0 なし 透視図表示 三面図表示 なし (sag.) (cor.) u 透視図表示 三面図表示 (sag.) (cor.) 直視鏡の場合は,透視図表示より三面図表示のほうが 操作時間が短かった Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST タスク完了までの操作時間の結果を示します.実験前の予想としては透視図表示のほうが三 面図表示よりも良好な結果を期待したのですが,直視鏡の結果は逆でした. 36 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan 3-4. 結果 (内視鏡先端軌跡) 直視鏡 斜視鏡 内視鏡軌跡長 ( mm) 300 p < 0.05 250 200 150 100 50 0 透視図表示 (sag.) (cor.) u 三面図表示 透視図表示 三面図表示 (sag.) (cor.) 斜視鏡の場合は,透視図表示(コロナル断)における軌跡 のほうが三面図表示より短かった Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST 次に内視鏡先端の軌跡長の結果を示します.斜視鏡の場合は,コロナル断の透視図表示の 軌跡は三面図表示のそれよりも明らかに短いことがわかりました. この実験を総括することは難しいのですが,この実験から明らかなのは,画像の表現方法がタ スクのパフォーマンスに影響するということです. 37 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan 4. まとめ u u u 多くの奥行き手がかりが手術タスクのパフォーマンスに 影響する 医用ディスプレイ(2Dも3Dも)は,しばしば奥行き手がか りを強調したり抑制するため,空間認知に影響する 認知心理学的評価の必要性は高いが,以下の点に注意 すべき • 「ゴールドスタンダード」となる評価方法は無い • 単純な奥行き手がかりか,複雑な手がかりか • タスクの設計には特に注意せよ (予備実験が必要となる) • データが出るまで辛抱強く! Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST それでは本日の講演のまとめとまいります. 多くの奥行き手がかりが手術タスクのパフォーマンスに影響します. 医用ディスプレイ(2Dも3Dも)は,しばしば奥行き手がかりを強調したり抑制するため,空間認 知に影響します.従って手術操作の精度を保証するときに,機械精度や光学精度に過度に 頼ってはいけません. そこで認知心理学的評価の必要性は高いといえますが,以下の点に注意すべきです. ・「ゴールドスタンダード」となる評価方法はありません ・実験系に関与する奥行き手がかりが何であるか考えましょう ・タスクの設計には特に注意し,難しすぎたり,易しすぎたりしないようにしましょう. (予備実験が必要となるかも) そして,データが出るまで辛抱強く! 38 MICCAI2002 Tutorial ©Yasushi Yamauchi, AIST September 25, 2002, Tokyo, Japan さいごに 産業技術総合研究所 治療支援技術グループ http://unit.aist.go.jp/humanbiomed/surgical/ Sep. 25, 2002 MICCAI 2002 Tutorial ©Yasushi YAMAUCHI, AIST どうもありがとうございました.我々の研究グループのホームページはこちらです. 39
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