4.当院における心臓MDCTの実際

R.T. ルーチンワークと工夫
当院における心臓MDCTの実際
東京医科大学病院 放射線部
加藤 大輔
はじめに
MDCTの多列化は,時間および空間分解能を飛躍的に
向上させ,現在われわれが使用しているSIEMENS
SOMATOM Sensation 64 Cardiacでは,スライス厚0.6mm
による心臓全体のボリュームデータが約12秒の 1 回呼吸
停止下で収集できるようになった.このため,CT coronary angiography(CTCA)
は虚血性心疾患のルーチン検査
法として有用性が期待されている.当院でも16スライス
CTにおいて年間約100例だった心臓CTが2005年に64スラ
イスが導入されて以降,年間約500例と増加した.これは
心臓CTの有用性が認められ,スクリーニングとして活躍
するようになったからにほかならない.この検査件数を
こなすためには,心臓CT検査といえども,スムーズなワ
ークフローが何よりも要求される.当施設では 1 時間に
4 例の撮像が可能であり,緊急検査にも随時対応してい
る.そのなかで,現在まで,さまざまな撮像条件
(ボーラ
ストラッキング法,テストショット法,造影剤の量,濃
度,注入方法など)
を検討してきた.そこで,現時点での
当院における撮影方法,検査の流れ,解析を報告する.
使用機器
CT撮影装置:SIEMENS社製SOMATOM Sensation 64
Cardiac
インジェクター:根本杏林堂社製Dual Shot GX
ワークステーション:TERARECON社製Aquarius Net
Station
撮影手順
1.撮影前の処置
ͱ-blockerの内服に関しては議論のあるところではある
が,虚血性心疾患のガイドラインでͱ-blockerの内服が
Class 1 となっていることから,当院では,対象患者での
ͱ-blocker内服は前提条件と考えている.このため,循環
器内科ドクターの管理の下,心拍がコントロールされた
患者様から撮像している.撮影時の静脈ラインの確保に
関しては,粘調度の高い高濃度の造影剤を高速注入する
ため,圧負荷がかからないように18∼20Gの留置針を右
上腕に留置している.
2.CT撮影室での流れ
効果出現までの時間や作用時間を考慮し,スカウト画
像の撮影後に冠血管拡張剤
(0.3mg)
を舌下スプレーする.
撮影タイミングはテストインジェクション法で決定して
いる.上行大動脈にトリガーROIを設定し,造影剤4mL/
sec,7mLでのイニシャルピーク時の時間に,その後の立
ち上がりを考慮し,4∼6 秒プラスした時間を撮影開始時
間とする.造影剤量は4mL/secで撮影時間分注入する方法
で決定する.2 筒式の注入器を用いてイオメロン350を注
入した後,生理食塩水20mLを4mL/secでフラッシュして
いる.スキャンは,心臓全体が10秒程で終了するが,画像
再構成が速いので,必ずaxial画像から3DVRを作成し,そ
の場で問題のないことを確認し,検査を終了している.
3.画像再構成
画像再構成を行うための心位相は,冠動脈 3 枝画像の
モーションアーチファクトが最も少なくなる拡張期中期
(R-R間隔の70%前後)
に設定する.また,冠動脈の描出
は,volume rendering法で冠動脈の起始異常や分布,優位
性を把握し,curved MPR,vessel analysis法を用いて病変
部を評価している.
症 例
年齢:60 歳代前半
性別:女性
体重:52kg
診断名:労作性狭心症
臨床経過:2006年 2 月頃より階段昇段中に胸痛が出現す
るようになり,症状増悪するため,当院を受診した.負
荷心筋シンチグラフィーで前壁に可逆性の還流低下を認
めたため,CTCAを施行したところ,LAD #6に50%狭窄
を認めた
(図 1∼5)
.
解析と評価
1.冠動脈石灰化の定量評価
冠動脈の石灰化は動脈硬化が原因であり,その程度は
冠動脈狭窄病変の有無と相関することが知られている1).
電子ビームCT(electron beam CT: EBCT)
による定量的評
価,すなわち石灰化スコアによる冠動脈狭窄性病変診断
のsensitivity(感度)
は85∼100%,specificity(特異度)
が41
∼76%,negative predictive value(陰性反応的中度)
は70
∼100%と報告されている2).MDCTによる石灰化スコア
はEBCTの石灰化スコアとよく相関するとされ3),欧米で
は冠動脈狭窄性病変診断のスクリーニング方法として広
く使用されている.本邦では保険適用も認められていな
いのが現状であり,普及には時間がかかるものと考えら
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R.T. ルーチンワークと工夫
a
b
図 1 3D volume rendering imaging
冠動脈の走行は個人差が大きい.curved MPR像で個々の病変部を評価する前にvolume rendering(VR)
法を用いて,冠動脈の起始異常や
分布,優位性を把握することが重要である.また,CT値を利用して,心機能を簡単に解析することができる.
a:volume rendering像
b:心機能解析
図 2 curved MPR imaging:冠動脈狭窄の描出
(#6:50%狭窄)
(↑)
狭窄病変のプラークが良好に描出されており,curved MPR像および直交断面像から狭窄病変
(↑)
が評価できる.
a:curved MPR像
b:冠動脈の直交断面像
れているが,当施設では年間1,000例以上の検診に使用さ
れており,今後の本邦におけるデータ蓄積が待たれる.
一方,石灰化スコアの重症症例では,冠動脈の形態や狭
窄率などをMDCTで評価することは困難であることが想
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a
b
定されるため,CTCAでの検索を推し進めることなく,他
のモダリティーでの精査を推奨している.
2.冠動脈狭窄
現在,冠動脈の形態や狭窄率など,冠動脈狭窄病変評
図 3 MAR(#6:50%狭窄)
:LCA
従来,curved MPR像はtarget血管単独の表示であったため,病変
部位の位置の把握が困難であった.MARは多枝を同時に表示でき
るため,分枝血管の位置から病変部位の場所を想定することが容易
である.
価のゴールドスタンダードは,coronary angiography
(CAG)
が用いられている.一方,近年の装置の進歩によ
り,CTによる冠動脈造影
(CTCA)
は,時間分解能,空間
分解能ではCAGに及ばないものの,低侵襲であり,空間
解像度がMRIに勝ることから,その有用性は高く評価さ
れている.
64列MDCTによる冠動脈狭窄病変の検出能は,sensitivityが81∼90%,specificityが86∼97%,negative predictive
valueが97∼99%と報告されており4),5),スクリーニング
検査として多くの施設で臨床使用されている.
3.ソフトプラークの描出
CTとCAGの最大の差は,CTによれば血管内腔だけで
なく,血管壁の構造が評価できることにあり,プラーク
の分布や性状がCTにより評価できることが,ドイツの
Schroderらにより報告されている6).
近年,プラークの破綻と急性冠動脈症候群の発症の関
係が明らかとなり,破綻する可能性の高いプラークを早
期に低侵襲的に検索し,評価することがMDCTに期待さ
れている.
4.冠動脈バイパスグラフトの評価
冠動脈バイパスグラフトの開存性評価は,EBCTやMR
angiographyで試されてきたが,バイパスグラフトと冠動
脈との吻合部評価が困難であるとされていた.検出器の
多列化に伴い,分解能が飛躍的に向上したMDCTでは,
吻合部評価に有効であるとの報告がなされている.
5.ステントの内腔評価
冠状動脈のように,直径が 4mm以下である血管におい
ては,金属であるステントはパーシャルボリューム効果
などのアーチファクトが強く出現するため,ステント内
図 4 CAG view(#6:50%狭窄)
CAG viewは,多枝をCAGと同じ角度で表示できるため,CAGを
見慣れた循環器内科医にとって,冠動脈の走行や病変部を把握する
ことが容易である.
図 5 CAG(#6:50%狭窄)
LCA: LAO view
腔の描出は,きわめて困難である.血管ファントムモデ
ルを用いた実験では,ステントの種類,材質,厚み,内
径,撮像時の心拍数などによってアーチファクトの程度
が異なり,内腔の描出に差異があると報告されている.
したがって,アーチファクトの伴う画像から,開存性の
評価を行うことには,多くの問題が指摘されている.
6.造影剤減量への取り組み
近年,本邦でも虚血性心疾患の原因として糖尿病の増
加が顕著となり,糖尿病性腎症の合併が多くの症例で認
められるようになってきた.このため,われわれは検査
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R.T. ルーチンワークと工夫
に用いる造影剤量の使用を極力減らす努力を行ってい
る.当院では,造影剤量を減らす目的でテストショット
法を用い,4mL/secを撮像時間注入する方法で撮像してい
る.冠状動脈CT 30症例における造影剤使用量の検討で
は,平均44.4mL程度の使用量(最大で50mL,最少で
38mL)
で撮像が可能であった
(図 6)
.造影能の検討でも,
上行大動脈,冠動脈 #1,#5,#6,#11のCT値はいずれも
平均340HU以上であり,十分な造影効果を認め,臨床診
断上,問題点は認めなかった.
ま と め
MDCTによる心臓領域の撮影は,非侵襲的検査法とい
う面で臨床の場で期待されるようになった.当院ではSI-
EMENS SOMATOM Sensation 64 Cardiacが2005年に,
GE社製LightSpeed VCTが2007年に導入され,その機種に
よる造影法の違いがクローズアップされることとなっ
た.特にLightSpeed VCTでは撮影時間の短縮が見込ま
れ,造影剤量の減量が期待される.さまざまな造影方法
の試みが多くの施設で報告される一方,ハード面の進歩
がたゆみなく続いている現状では,適切な造影方法の決
定はいましばらく待つ必要があるようである.しかしな
がら,われわれの施設では,容易で造影効果の優れる造
影方法を開発すべく,テストショット法,ボーラストラ
ッキング法を用いた同時注入法などを試みている.この
領域の撮影法は更なる技術革新が見込め,しばらくはわ
れわれの興味と期待と意欲を絶やさないようである.
図 6 3D volume rendering imaging
造影剤
(イオメロン350)
38mL使用時の画像.
共同執筆者:東京医科大学病院循環器内科 平野 雅春
参考文献
1)Agaston AS, et al.: Coronary calcification: detection by ultrafast computed tomography in cardiac imaging. Principles and Practice. NtKisco, NY, Futura, 77-95, 1992
2)Wexler L, et al.: Coronary artery calcification: Pathophysiology, Epidemiology, imaging Methods and Clinical implications. Circulation, 94: 1175-1192, 1996
3)Becker CR, et al.: Coronary artery calcium measurement: agreement of multirow detector and electron beam CT. AJR Am J Roentgenol
176: 1295-1298, 2001
4)Kopp AF, et al.: Noninvasive coronary angiography with high resolution multidetector-row computed tomography. European Heart
Journal 23: 1714-1725, 2002
5)Ropers D, et al.: Detection of coronary artery stenoses with thin-slice multi-detector row spiral computed tomography and multiplanar
reconstruction. Circulation 107: 664-666, 2003
6)Glagov S, et al: Compensatory enlargement of human atherosclerotic coronary arteries, N Engl J Med 316: 1371-1375, 1987
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