アスペルガー症候群の学齢女子に対する「ジュニアダンス教室」

キーワード:アスペルガー症候群、ダンス
Asperger Syndrome,dance
アスペルガー症候群の学齢女子に対する
「ジュニアダンス教室」の展開
Starting a "Junior Dance Class" for school-age girls with Asperger Syndrome
宮澤 京子1)
Miyazawa Kyoko
1.はじめに
協力を得て選定した。なお、参加者の大半は各療育
障害者スポーツ文化センター横浜ラポール(以下、
センターにおいて早期療育を終了し、就学後もフォ
横浜ラポール)では、隣接する横浜市総合リハビリ
ローされている。
テーションセンター(以下、横浜リハセンター)と
3.2 アスペルガー症候群の障害特性
連携し、軽度発達障害の学齢児を対象にスポーツを
対象児には次のような障害特性がある。
通じた余暇活動支援をおこなっている。
・他者の心を読み取れない
軽度発達障害のある学齢児を対象とした集団ス
・対人感情(羞恥・敬意…)の発達が遅い
ポーツプログラムについては、先行研究が少なく、
・暗黙の了解がわからない
検討していくべき分野である。
これらの特性は他者との社会的交流を困難にし、
そこで今回、横浜ラポールでおこなっているダン
結果的に不適応行動となって現れる。
ス教室の内容を基に、集団でのダンスプログラムの
効果と課題について検討した。
また、運動発達の遅れや不器用さを障害特性とし
てあげている専門家も多く1)2)3)4)、それらを加味
すると、以下のような不適応行動について、充分な
2.方 法
配慮が求められる。
横浜ラポールにおいて2002年度より実施してい
・運動の苦手意識が強くスポーツ活動を避ける
る、アスペルガー症候群の学齢女子を対象にしたダ
・勝敗にこだわりすぎ仲間関係を壊してしまう
ンス教室の実施内容を整理し、対象児に必要な指導
・相手を傷つける発言で仲間とトラブルになる
のポイントを抽出した。また、教室終了後、対象児
・周りを気にせず着替え、身だしなみに無頓着
とその保護者に実施したアンケート結果をまとめ、
上記のような特性は、特にスポーツ種目の選択に
考察を加えた。
おいて注意が必要となる。
3.対 象
4.教室の実施方法
3.1 対 象
4.1 種目選択
対象は、アスペルガー症候群と診断されている小
一般的なスポーツ活動には、勝敗を競う場面がよ
学1年生から6年生の学齢児である。参加者は、横
く見られる。前述した障害特性を考慮すると、勝敗
浜リハセンターや横浜市リハビリテーション事業団
を伴うスポーツ活動は、こだわりや仲間とのトラブ
の運営する、各療育センターの医師や臨床心理士の
ルを助長させてしまう可能性がある。そのことで運
1)横浜市総合リハビリテーションセンター
機能訓練課 理学・作業療法係
2)横浜市総合リハビリテーションセンター
医療課 診療係
3)障害者スポーツ文化センター横浜ラポール スポーツ課
動自体を楽しむことが困難となり、継続意欲を低下
させることにもなりかねない。一方、集団でおこな
うダンスは、競技会など一部の活動場面を除き、次
のような経験を期待することができる。
― 19 ―
・音楽に合わせて身体を動かす楽しさ
要な刺激となるものを軽減するため、会場内にある
・協力し合いながら作品を創る喜び
物品をできる限り片付け、視覚刺激となりやすい鏡
・勝敗と関係なく踊りきる達成感
にはカーテンを閉めた。
また、発表会などを計画し、衣装着用など身だし
なみを考慮することや、華やいだ雰囲気で行うこと
も対象児の意欲向上に役立つ。以上の理由により、
障害の特性を考慮し運動を楽しむきっかけとなりう
る種目として、我々はダンスプログラムを選択した。
4.2 教室の概要(表1)
教室の概要については表1に示す。
期間は3ヶ月で約20名が参加。週1回1時間、
全11回のプログラムで、最終日には教室の具体的
な目標として発表会を実施した。
表1 教室の概要
期 間
3ヶ月
人 数
約20名
頻 度
週1回で全11回(1回1時間)
内 容
オリエンテーション(1回)
ダンス指導(9回)
最終日に発表会(1回)
図1 教室のスケジュール
5.指導上のポイント
図2 カードの活用
指導にあたっては、横浜リハセンター発達精神科
の医師や臨床心理士からのアドバイスを参考に、次
5.2 指導内容
の4つの視点から配慮・工夫をおこなった。
音楽は対象児が好む流行曲のなかから、規則的な
5.1 環境設定(図1・2)
リズムで区切りやすく、エンディングがはっきりし
教室開催前は、対象児が抱く環境変化への不安を
ているものを使用した。
軽減させ、参加への見通しを持たせやすくした。
振り付けは、足踏みや駆け足のような基礎的な動
例えば、対象児と保護者には面談や施設案内を実施
作を軸に、単純な腕の動作を組み合わせた協調運動
し、面談ではプログラム実施上必要となる対象児の
をパターン化させた。また左右の動作は右から、前
情報を保護者より聞き取った。また、対象児へは教
後の動作は前から開始することを振り付けのルール
室のしおりをもとに日程や持ち物、約束事を確認し、
とした。そして、習熟度に応じ、隊形移動などを取
課題となるダンスをビデオで示した。施設案内では、
り入れ、仲間と協力しておこなう動きへと展開させ
会場となる体育館や更衣室の見学を通して、教室の
た。
参加手順について伝えた。
5.3 指導方法(図3)
教室開催時は、スケジュール(図1)などの必要
指導の際には正しい動作の模倣に繋がるよう、言
な情報のみを提示することによって、プログラムに
語指示だけでなく、視覚的に判りやすく指示が伝わ
集中しやすくするよう配慮し、図2のようなカード
るよう配慮した。
で視覚的な注意を促した。また対象児にとって不必
― 20 ―
例えば、写真(図3)にある「ポンポン」と呼ば
れる左右色違いの手具を活用した。
6.教室の参加率
これにより「右」「左」という指示は「オレンジ」
「黄色」となり、左右の動作指導や誤動作への気づ
きが容易となった。
参加率は83.6%であった。欠席理由は、体調不良
や学校行事への参加などやむをえないものが多く、
ドロップアウトしたケースはなかった。
7.アンケート結果
2002年度から2004年度までの教室対象児95名
と、その保護者におこなった結果について示す。
7.1 対象児の意見(表3)
対象児の意見では表3に示すように、「ダンスが
上手になった」、「ダンスが好きになった」など、ダ
ンスに対する肯定的な意見が全体の73%であった。
図3 手具(ポンポン)
残りの27%も、「仲間と遊べた」、「上手に着替えが
できた」などの意見であり、否定的な意見は見られ
また、指導員は模範演技を実際よりも大きくおこ
ない、時には誤った動きを提示するなど、動作の注
なかった。また、継続希望を持つ者は77%を占め
ていた。
意点が明確になるよう配慮した。
以上の動作指導を繰り返し、手がかりとなる指示
や動作の提示を段階的に減らすことにより、対象児
だけによる練習が可能となるよう促した。
5.4 指導員の関わり(表2)
指導員は、対象児が最終日の発表会まで意欲的
に取り組めるよう、表2のようにリーダーとサブ
表3 対象児の意見
・ダンスが上手になった
・ダンスが好きになった 73.0%
・みんなで楽しくできた
・仲間と遊べた
27.0%
・上手に着替えができた など リーダーに役割を分担し、両者の協力体制でプログ
・継続希望 77.0%
ラムの円滑な進行を図った。
表2 指導員の役割分担
7.2 保護者の意見(表4)
保護者へのアンケートでは表4に示すとおり、教
リーダー
サブリーダー
・教室の進行 ・教室の補佐 ついての記述も目立っていた。また、教室終了後の
・全体への指導
・個への関わり
ダンス継続を強く希望する意見も多数みられた。
室参加中の様子以外に、家庭や学校における変化に
表4 保護者の意見
まず、リーダーは、対象児の模範として役割を担
い、プログラムの全般的な指導をおこなった。
次に、サブリーダーは、リーダーを補佐する役割
を担い、対象児がリーダーに注目しプログラムに集
中できるよう配慮した。また、個別練習などで参加
を後押しし、意欲が持続するよう関わった。
・楽しんで参加していた
・仲間意識が強まった
・子どもの成長を感じた
・興味の世界が広がった
・運動会でも自信が持てた
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8.考 察
参考文献
対象児の意見(表3)にあるように、今回のダン
1)トニー・アウトウッド 著.冨田真紀,内山登
スプログラムでは対象児が楽しく運動に取り組むこ
紀夫 他訳:ガイドブック「アスペルガー症候
とができ、ダンスの継続意欲を持たせることができ
群」親と専門家のために.東京書籍.2000
た。このことから、5.1∼5.4に記した4つの
2)内山登紀夫,水野薫,吉田友子 編:高機能自
視点での配慮・工夫は、対象児にとって適切であっ
閉症・アスペルガー症候群入門.中央法規.
たと考えられる。また個別の意見から、教室が仲間
2003
との関係を学ぶ機会となっていることが伺えた。そ
3)ゲーリー・メジボフ 他著.服巻繁 他訳:
して保護者の意見から、ダンス教室への参加がきっ
「アスペルガー症候群と高機能自閉症」その基
かけとなって、教室以外の場にも有効な変化を及ぼ
本的理解のために.エンパワメント研究所.
していることが示唆された。
2004
これらのことから、今回のダンスプログラムは対
4)杉山登志郎:精神医学用語解説 アスペルガー
象児が集団で行なうスポーツとして妥当であり、今
症候群.臨床精神医学32(12).pp1577‐
後継続的なスポーツ活動としての発展が期待できる。
1579.2003
9.ま と め
アスペルガー症候群の学齢女子に対するダンス教
室について報告した。
障害特性を考慮した指導により、対象児はダンス
を楽しんでおこなうことが可能であった。集団で楽
しく活動がおこなえる場があることは、対象児の障
害特性を考えると大変貴重といえよう。
一方、余暇活動としての発展を考えると、ダンス
を継続的に楽しめる環境は、残念ながら十分とは言
えない。なかでも障害特性や指導上のポイントを理
解した指導者の存在は不可欠であろう。今後地域の
ダンス指導者と連携を図り、適切な環境作りをすす
めていきたい。
〔第57回日本体育学会
(2006年8月18日∼20日、青森県)にて発表〕
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