G タンパク質共役型受容体の機能制御に おける脂質ラフトの - 東北大学

G タン パク 質 共役 型 受容 体の 機 能制 御 に
おけ る 脂質 ラ フト の 役割 に関 す る研 究
東北 大 学大 学 院薬 学 研究 科
生命 薬 学専 攻
須釜 淳
目次
1.
緒言
2.
脂質ラフトを介した GPCR シグナル伝達に対するマストパラン
--------------------------------------------------------------------
1
の抑制メカニズムの解明
3.
2-1.
序論
2-2.
--------------------------------------------------------------
8
実験方法
--------------------------------------------------------
12
2-3.
実験結果
--------------------------------------------------------
20
2-4.
考察
--------------------------------------------------------------
37
2-5.
小括
--------------------------------------------------------------
43
G タンパク質に対するマストパランの作用メカニズムの検討
3-1.
序論
3-2.
--------------------------------------------------------------
45
実験方法
--------------------------------------------------------
49
3-3.
実験結果
--------------------------------------------------------
52
3-4.
考察
--------------------------------------------------------------
57
3-5.
小括
--------------------------------------------------------------
61
4.
総括
--------------------------------------------------------------------
63
5.
謝辞
--------------------------------------------------------------------
67
6.
参考文献
--------------------------------------------------------------
i
68
略語表
本文中の略語は以下に示す一覧表に従って用いた。
AC
adenylyl cyclase
APT
acyl-protein thioesterase
ATP
adenosine 5’-triphosphate
BSA
bovine serum albumin
cAMP
adenosine 3’,5’-cyclic monophosphate
DMEM
Dulbecco’s modified Eagle’s medium
DRM
detergent-resistant membrane
DTT
dithiothreitol
EDTA
ethylenediamine-N,N,N’,N’-tetraacetic acid
EGF
epidermal growth factor
EGTA
O,O’-bis(2-aminoethyl)ethyleneglycol-N,N,N’,N’-tetraacetic acid
EMEM
Eagle’s minimum essential medium
ERK
extracellular signal-regulated kinase
FCS
fetal calf serum
FRET
fluorescence resonance energy transfer
GAP
GTPase-activating protein
GDP
guanosine 5’-diphosphate
GFP
green fluorescent protein
GPCR
G protein-coupled receptor
GPI
glycosylphosphatidylinositol
GRK2-ct
carboxyl terminal region of G protein-coupled receptor kinase 2
GTP
guanosine 5’-triphosphate
ii
HEPES
2-[4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazinyl]ethanesulfonic acid
HPDP
N-(6-(Biotinamido)hexyl)-3’-(2’-pyridyldithio)-propinamide
HRP
horseradish peroxidase
IP3
inositol 1,4,5-trisphosphate
Iso
isoproterenol
LAT
linker for activation of T cells
LDH
lactate dehydrogenase
LPA
lysophosphatidic acid
MARCKS
myristolated alanine-rich C kinase substrate
MβCD
methyl-β-cyclodextrin
NEM
N-ethylmaleimide
NGF
nerve growth factor
PBS
phosphate buffer saline
PAT
palmitoyl acyltransferase
PCA
perchloric acid
PDE
phosphodiesterase
PFA
paraformaldehyde
PI
phosphatidylinositol
PIP2
phosphatidylinositol 4,5-bisphosphate
PKC
protein kinase C
PLC
phospholipase C
PMSF
phenylmethylsulfonyl fluoride
PTX
pertussis toxin
PVDF
polyvinylidenedifluoride
RGS
regulator of G protein signaling
iii
Ro20-1724
4-(3-butoxy-4-methoxyphenyl)methyl-2-imidazolidone
SDS
sodium dodecyl sulfate
SOS
son of sevenless protein
TBST
Tris-buffered saline containing 0.05% Tween 20
TCA
trichloroacetic acid
UTP
uridine 5’-triphosphate
iv
1.
緒言
外界と異なる組成の空間を形成・維持するという意味で、細胞膜の誕生が生
命の起源といってもよいかもしれない。無機イオン、アミノ酸、グルコース、
ヌクレオチドといった生体を構成する物質の大部分は脂質二重層を通過しにく
いことから、脂質二重層を持ったことは生物にとって、細胞内独自の環境を保
つために非常に有利であったと考えられる。その他にも情報の伝達や物質の輸
送など、細胞膜の機能は多岐にわたっており、細胞の生存に大きな役割を担っ
ている。
細胞膜はグリセロリン脂質や糖脂質、ステロールなどの脂質からなる脂質二
重層に様々なタンパク質が埋まった構造をとっている。我々が持つ細胞膜のイ
メージは 1972 年に Singer と Nicolson により発表された流動モザイクモデルに拠
るところが大きい [1]。 流動モザイクモデルはそれまでの固定的・静的なモデル
と異なり、流動する二次元の脂質の海を膜タンパク質が自由に動くというダイ
ナミックなモデルではあったが、スフィンゴ脂質とグリセロリン脂質の区別や
脂質を構成するアシル鎖の長さ、脂肪酸の不飽和度、脂質の非対称性分布も意
識されてはいなかった。しかし近年、より深い生体膜の理解を可能にするモデ
ルとして脂質ラフトやカベオラなど、膜のマイクロドメインという概念が誕生
した [2]。これにより生体膜は決して一様なものではなく、脂質が個々の性質に
基づいて集合あるいは離散することでマイクロドメインが形成され、膜の局所
的な機能分化をもたらすと考えられるようになり、様々な実験結果の集積から
その実体が明らかになってきている [3]。
脂質ラフトはコレステロールやスフィンゴ糖脂質などの集積によって形質膜
上に形成されるマイクロドメインで、細胞膜の大半を占めるグリセロリン脂質
の無秩序な”海”に浮かぶ
筏 (raft)
に例えられる (Fig. 1)。弱い分子間相互作用
1
により形成されるため崩壊と生成を繰り返すダイナミックなドメインと考えら
れている。
Fig. 1. The schematic diagram of lipid rafts.
脂質ラフト形成の要因として細胞膜脂質の物理的性質の違いが挙げられる。
即ちホスファチジルコリンなどのグリセロリン脂質は一般に不飽和脂肪酸を含
有しており、炭化水素鎖が直鎖状にパックされずに流動的な無秩序液相を構成
するのに対して、スフィンゴミエリンなどのスフィンゴ脂質は長鎖の飽和炭化
水素鎖を持ち、規則的にパックされて秩序液相を構成しやすい [4]。加えて、ス
フィンゴ脂質同士あるいはスフィンゴ脂質とコレステロールとの間において水
素結合が形成されることも、スフィンゴ脂質が規則的に配列する一因となって
いる。従って細胞膜のように多種類の脂質により構成される膜においては、グ
リセロリン脂質に富む無秩序液相状態にある膜とは異なった、飽和炭化水素を
持つ脂質及びコレステロールが集合したドメインが存在しうる。これこそが現
在脂質ラフトとして認知されている膜ドメインである。一方、同じく細胞膜に
2
存在するマイクロドメインとして古くから知られているものにカベオラ構造が
ある。カベオラは直径 50
80 nm の丸フラスコ型の窪みとして定義された膜ド
メインであり、カベオリン (caveolin-1, -2, -3) によって細胞質側から裏打ちされ
ていることによって細胞膜上で安定した構造をとっている [5]。カベオラはコレ
ステロールやスフィンゴ脂質に富み、脂質ラフトのサブタイプの一つとして位
置づけられているが、タンパク質の局在など、カベオラ以外の脂質ラフトとは
異なる独自の性質を持っている。例えば glycosylphosphatidylinositol (GPI) アンカ
ータンパク質は脂質ラフトには集積するがカベオラには集積していない [6]。ま
た、三量体 G タンパク質のうち、Gαq はカベオラへの局在量が多いのに対して
Gαs, Gαi はカベオラ以外の脂質ラフトにより多く局在するという報告など、脂質
ラフトの中でもそれぞれのサブタイプによって集積するタンパク質が異なる場
合があることが明らかになってきている [7]。従って、カベオリンの働きにより
脂質の組成や局在する分子群が変化することで、マイクロドメインとしての機
能にも影響している可能性も考えられる。更に、例えば血球系の細胞はカベオ
リンを発現しておらず脂質ラフトのみ存在していることや [8]、カベオリン-3 は
筋肉細胞にのみ発現していることなど [9]、細胞の種類によってカベオリンの発
現パターンが異なることから、細胞毎に脂質ラフト/カベオラの存在様式に違い
が生じ、シグナルに多様性が生まれていることが推測できる。
近年脂質ラフトが注目され、様々なシグナル伝達系において脂質ラフトとの
関わりが研究されている理由の一つとして、脂質ラフトには特定の脂質のみな
らず、様々なタンパク質が局在することが明らかになってきたことが挙げられ
る。脂質ラフトには G タンパク質共役型受容体 (G protein-coupled receptor; GPCR)
[10]、G タンパク質 [7]、プロテインキナーゼ [11]、イオンチャネル [12] など、
多くのシグナル伝達に関与するタンパク質が集積することが報告されているこ
とから、細胞外からの刺激を速やかに細胞内に伝える「情報伝達の場」として
3
機能していると考えられている。また、シグナル伝達の効率化以外にも、脂質
ラフトは細胞内小胞輸送 [13] やコレステロールの恒常性の維持 [14]、免疫反応
の制御 [15, 16] など、様々な生命現象に関与することが明らかになっている。
脂質ラフトに集積する分子は GPI アンカーの付加やアシル化などの修飾を受
けること、あるいはラフト会合分子への親和性を有することで脂質ラフトに局
在化される [17, 18]。飽和アシル基は脂質ラフトとの親和性が高いため、例えば
アルカリフォスファターゼは GPI アンカー修飾を、Src ファミリーチロシンキナ
ーゼはパルミトイル化修飾を受けることによって脂質ラフトに局在する [19, 20]。
また、nerve growth factor (NGF) の受容体である TrkA 受容体は、脂質ラフト構成
膜脂質成分であるガングリオシド GM1 と相互作用することにより脂質ラフトに
集積し、NGF によるシグナル伝達を増強する [21]。Cbl-associated protein/Cbl 複
合体は脂質ラフトマーカータンパク質である flotillin-1 に結合して脂質ラフトに
リクルートされることでインスリンシグナルを伝達している [22]。一方、多くの
生理的な刺激に依存してこれらの修飾や親和性が動的な調節を受けることが示
されており、その結果それらのタンパク質はリガンド刺激やリン酸化などに応
答して脂質ラフトの出入りを行うことでシグナル伝達の調節が行われていると
考えられている [23]。
脂質ラフトの解析法としては、ショ糖密度勾配遠心法が知られている [24]。主
要な細胞膜脂質であるグリセロリン脂質は界面活性剤によって可溶化され易い
のに対し、分子間相互作用により規則的にパックされた秩序相を形成する脂質
ラフトは界面活性剤処理に抵抗性を示し、更に他の細胞膜よりも比重が軽いと
いう特徴がある。このような物理化学的性質のため、細胞を低温条件下で Trion
X-100 などの非イオン性界面活性剤で処理し、ショ糖密度勾配にて超遠心を行う
ことによって、低密度画分と中密度画分の界面に脂質ラフトを含むと思われる
界面活性剤難容性の画分を得ることができる。この画分は detergent-resistant
4
membrane (DRM) と呼ばれており、スフィンゴ脂質やコレステロールが濃縮され
ていることから、現在ショ糖密度勾配遠心は脂質ラフト画分の生化学的な分離
法として汎用されている (Fig. 2)。また、DRM を分画する際に用いられる界面活
性剤の種類や濃度の違いにより得られる DRM の構成成分に相違が認められる
ことが知られているが [25]、これは脂質ラフトの組成に多様性があることや、そ
れぞれのタンパク質で脂質ラフトへの会合の強さに違いがあることを反映して
いる。近年、スフィンゴミエリンに富んだものやガングリオシド GM1 に富んだ
ものなど、全ての脂質ラフトが同様の組成から構成されるのではなく、いくつ
かの種類に細分化されていることが示唆されている [26]。また、例えば 1% Triton
X-100 では可溶化されるが、より低濃度の Triton X-100 では DRM に回収される
ような分子は、脂質ラフトへの会合が弱い分子であると考えることができる。
従って、ある条件で分画した DRM はあくまでもその条件において得られた結果
であり、生細胞上の全ての脂質ラフトの挙動を示している訳ではないというこ
とを念頭に置いておくことが必要である。
Fig. 2. Sucrose density gradient centrifugation.
ショ糖密度勾配遠心は目的分子の脂質ラフトへの局在を検討する簡便な方法
であり、多くの研究者によって行われてはいるものの、DRM はあくまで界面活
性剤処理など特殊な条件により細胞を破壊して得られたものであり、本当に生
細胞の脂質ラフトを反映しているのか懸念されていた。そこで最近では生細胞
において脂質ラフトを可視化する手法が確立してきている。例えば、アフリカ
ミドリザル腎臓由来 COS-7 細胞を用いて、脂質ラフト構成脂質であるガングリ
5
オシド GM1 同士の fluorescence resonance energy transfer (FRET) を観察し、生細
胞膜上でも脂質ラフトが存在していることを示した報告や [27]、ヒト上皮細胞由
来 T24 細胞を用いて、1分子追跡法によって刺激依存的にラフトが形成され、
シグナル分子の集積が起こることを証明した報告等がなされている [28, 29]。現
在ではこれら解析法によって得られた結果を総合的に判断し、DRM には細胞膜
上で実際に観察される脂質ラフトに相当する画分が含まれているものと理解さ
れている。
これまでに様々なシグナル伝達と脂質ラフトとの関連性が指摘されており、
数多くのシグナル伝達関連分子が脂質ラフトに集積することが明らかになって
いる。GPCR は7回膜貫通型受容体膜タンパク質であり、多くの神経伝達物質や
ホルモンなどの受容体が GPCR に属している。現在臨床で使用されている薬物
の約半数がこの GPCR を標的としていることからも、GPCR を介するシグナル
伝達の重要性を窺い知ることができる [30]。GPCR は三量体 G タンパク質を介
して細胞外からの刺激を細胞内シグナルに翻訳する。GPCR の活性化に伴い、三
量体 G タンパク質の α サブユニットは guanosine 5’-diphosphate (GDP) 結合型か
ら guanosine 5’-triphosphate (GTP) 結合型となって Gβγ サブユニットから解離し、
それぞれのサブユニットが酵素やチャネルなどエフェクター分子の活性を制御
することで細胞内に情報を伝達している。Gα サブユニットは Gαs、Gαi、Gαq
及び Gα12 の4つのファミリーに分類されており、それぞれが異なった標的因子
の活性制御を行うことでシグナルの多様性が生まれている。このような GPCR
シグナル伝達系に関わる分子の多くが脂質ラフトに局在することが知られてい
る (Table 1)。例えば Gq シグナルに関連する Gαq/11 [31]、phospholipase C (PLC) [32]、
phosphatidylinositol 4, 5-biphosphate (PIP2) [32] や、Gs シグナルに関連する、Gαs
[33]、adenylate cyclase (AC) [34]、phosphodiesterase (PDE) [35] などの分子は脂質
ラフトへの局在が報告されており、脂質ラフトが GPCR シグナル伝達の効率化
6
に重要な役割を担っていることが考えられる。しかしこれは一方で、脂質ラフ
トの構造や機能が何らかの原因によって破綻した場合に、情報伝達系が大きな
影響を受けることを示唆している。このような作用を有する化合物として本研
究では、スズメバチ毒の成分であるマストパラン (mastoparan) に注目した。マス
トパランは 14 アミノ酸からなる両親媒性のペプチドであり、薬理作用として百
日咳毒素 (pertussis toxin; PTX) 感受性 G タンパク質 Gi/o 活性化作用が知られてい
るが [36]、それ以外に作用メカニズムは不明であるものの Gq シグナルや Gs シグ
ナルの抑制作用が報告されていた [37]。また、マストパランは細胞膜タンパク
質と結合しないことも明らかとなっていたため、その作用点として脂質成分が
考えられた。即ち、マストパランは脂質成分と相互作用してシグナル伝達の場
である脂質ラフトの機能に影響を及ぼすことで、GPCR シグナルを抑制している
ことが推測された。そこで本論文では、マストパランによる GPCR シグナル抑
制メカニズムの解明を目的とし、第2章では脂質ラフトとの関わりに焦点を当
てて検討を行った。その結果、マストパランが Gα を脂質ラフトからサイトゾル
へ遊離することによって GPCR シグナルを抑制することを見出した。そこで第
3章では Gα の遊離メカニズムについて検討を行った。
Table 1. Signaling molecules related to GPCR signaling in lipid rafts.
7
2. 脂質 ラ フ ト を 介 し た GPCR シ グ ナ ル 伝 達 に
対するマストパランの抑制メカニズムの解明
2-1.
序論
人類の進歩の歴史は天然毒と共に歩んできた歴史でもある。人類は時には毒
に脅かされ、またある時には天然からの恩恵として、毒を巧みに利用してきた。
例えば太古の昔より人々はトリカブトやクラーレなどに含まれる植物毒の効果
を経験的に学び、矢毒として狩猟や戦いに用いてきた。その一方でトリカブト
は少量では漢方薬としても利用され、クラーレはその筋弛緩作用から手術時の
全身麻酔薬として 20 世紀の医学に大きな進歩をもたらした [38]。天然由来の毒
の中で、現在臨床で用いられている薬の鋳型となったものは多い。このように
毒は生命を奪うことがあるものの、使い方次第で病を治す手段としての良い道
具となる。また、その強力な薬理作用から生体機能の解明や細胞内メカニズム
の解析の優れたツールとして近代の薬理学や生化学の発展に大いに貢献してき
ている [39-41]。
人工的な空間で暮らす我々現代人にとっては、天然毒よりも化学物質による
毒性の方がむしろ身近な危険に感じられるかもしれない。しかし我々の周りに
潜んでいる天然毒は多く、その危険性を認識することは重要である。フグ毒テ
トロドトキシンは Na+チャネル阻害による神経伝達抑制作用を有し、知覚障害や
意識障害、呼吸困難などを誘発することが知られている [42]。この他にも渦鞭毛
藻類の毒成分であるシガトキシン、マイトトキシン、バリトキシンなどを体内
に蓄積した魚による食中毒や [43]、キノコなどによる植物性食中毒など [44]、食
物に関連した天然毒は数多く存在している。動物性天然毒としてはヘビ毒やサ
ソリ毒、クモ毒などが挙げられるが、最も身近なものはハチ毒ではないだろう
8
か。ハチの中でも特にスズメバチ類は強力な毒を持ち、ヒトへの攻撃性も強く、
国内では例年 30 件前後の死亡事例が報告されている [45]。スズメバチ毒は
のカクテル
毒
と表現されるように、様々な生理活性物質が巧妙にミックスされ
た複雑な混合物であり、セロトニンやヒスタミンなどのアミン類、血管拡張作
用を有するキニン、マストパラン族ペプチド、アナフィラキシーショックのア
レルゲンとなるヒアルロニダーゼや antigen 5、神経麻痺を引き起こすマンダラ
トキシン、細胞膜を破壊するホスホリパーゼ A1 及びタンパク質を破壊する
magnvesin などのセリンプロテアーゼが含有されている [46, 47]。これらの毒物
質のいくつかはヒトを含む動物の免疫系や神経系に関係した情報伝達物質でも
あり、毒液により破壊された組織を通じて速やかに皮下組織に拡散し、更には
血管系を通じて全身を巡って免疫系や神経系の情報処理機構を攪乱する。それ
によって激しい痛みや免疫系の混乱によるショック症状などが引き起こされる。
刺されると痛み、痒み、患部の炎症と腫れ、体温の上昇等の症状が見られ、と
きにアナフィラキシーショック、または意識混濁に陥り、場合によっては死亡
することもある [48]。
スズメバチ由来の毒ペプチドであるマストパランは、1979 年にラット腹腔肥
満細胞からのヒスタミン分泌を指標に毒腺より単離・同定された [49]。マストパ
ランは Ile-Asn-Leu-Lys-Ala-Leu-Lys-Ala-Leu-Ala-Ala-Leu-Ala-Lys-Lys-Ile-Leu-NH2
の 14 アミノ酸残基からなる両親媒性のペプチドで、C 末端はアミド化されてお
り、構成するアミノ酸のほとんどが塩基性アミノ酸の Lys または疎水性アミノ
酸の Leu や Ile、Ala などで酸性アミノ酸残基を含んでいないという特異な組成
をしている。また他にもマストパランと構造的に類似し、ラット腹腔肥満細胞
からのヒスタミン分泌刺激活性を持つマストパラン-X (Ile-Asn-Trp-Lys-Gly-Ile
-Ala-Ala-Met-Ala-Lys-Lys-Leu-Leu-NH2) やメリチン (Gly-Ile-Gly-Ala-Val-Leu-Lys
-Thr-Thr-Gly-Leu-Pro-Ala-Leu-Ile-Lys-Arg-Lys-Arg-Gln-Gln-NH2) などのペプチド
9
がスズメバチやミツバチから単離・同定されており、これらは総称してマスト
パラン族ペプチドと呼ばれている [50-52]。これまでにマストパランの薬理作用
として肥満細胞からのヒスタミン遊離の他に、膵島細胞からのインスリンの分
泌 [53]、アラキドン酸遊離の活性化 [54]、カルモデュリンに対する抑制作用 [55]、
グリコーゲンホスホリラーゼとの結合を介した筋小胞体からの Ca2+放出の制御
[56, 57] など多様な生物活性を持つことが報告されている。また 1988 年に
Higashijima らによって、PTX 感受性の G タンパク質である Gi/o をマストパラン
が直接的に活性化することが見出されて以来、G タンパク質のアクチベーター
として注目されるようになった [36]。しかしながら Gi/o 以外の GPCR シグナルに
対する作用も多数報告されており、例えば当研究室では 1321N1 ヒトアストロサ
イ ト ー マ 細胞 に お い て 、 カ ルバ コー ル 刺 激 に よ る イ ノ シ ト ー ル リン 脂 質
(phosphatidylinositol; PI) 水解反応亢進をマストパランが抑制すること、並びにこ
の抑制が細胞を PTX で前処理して Gi/o を不活性化しても消失しないことを明ら
かにしている [37]。従ってマストパランは Gi/o 非依存的な経路によっても GPCR
シグナルを修飾している可能性が示唆されていた。この経路におけるマストパ
ランの結合タンパク質の解明を目的として、以前に細胞膜画分と放射標識した
マストパランとのクロスリンク実験が行われたが、結合するタンパク質は確認
されなかった。故にマストパランは細胞膜の脂質成分と相互作用している可能
性が考えられた。
一方、近年微生物や寄生虫、ウイルスなどの病原体や種々の毒素が脂質ラフ
ト構成成分を標的とし、脂質ラフトを感染や毒性発現の場として利用している
という報告がなされている [58]。様々な分子が集積し、細胞膜において情報伝達
の中枢的役割を担う脂質ラフトは、病原体や毒素にとっても感染を成立させる
うえで好都合な場であると考えられる。例えば、シャーガス病の原因となる寄
生性原虫クルーズトリパノソーマの宿主細胞内への侵入にはコレステロールと
10
ガングリオシド GM1 が関与しており、それらが集積する脂質ラフトが感染経路
となっている [59]。また、ヒト免疫不全ウイルス HIV-1 と T 細胞の細胞膜との
融合には、受容体である CD4, CCR5, CXCR4 の脂質ラフトへの集積が重要であ
ることが知られている [60]。一方、ミツバチ毒メリチンはガングリオシド GM1
と結合することで作用を引き起こし [61]、コレラ菌由来の溶血毒は標的細胞膜上
で重合するためにスフィンゴ糖脂質とコレステロールを必要とする [62]。従って
マストパランによる PI 水解反応抑制作用メカニズムとして、マストパランが脂
質ラフト構成成分と相互作用し、脂質ラフト構造に影響を与えることでそのシ
グナル伝達の場としての機能を阻害している可能性が考えられた。そこで、本
章ではマストパランによる GPCR シグナル抑制の分子メカニズムの解明を目的
とし、マストパランの脂質ラフトに対する作用とそれに伴う Gq 及び Gs シグナル
伝達系の変化を検討した。
11
2-2.
2-2-1.
実験方法
試薬
用いた試薬及び購入先は以下の通りである。マストパランはペプチド研究所
より購入した。[Tyr3]マストパランはペプチドシンセサイザーによって合成した。
Dulbecco’s modified Eagle’s medium (DMEM) は日水製薬より購入した。FuGENE
6 transfection reagent は Roche Diagnostics より購入した。G-418、ガングリオシド
GM1、GQ1b は Calbiochem より購入した。GD1a、GD1b は東洋紡より購入した。
Ganglioside mixture、GT1b、uridine 5’-triphosphate (UTP)、asialoganglioside-GM1、
シアル酸、ノイラミニダーゼⅢ、metyl-β-cyclodextrin (MβCD) は Sigma Aldrich
より購入した。コレステロール E-テスト、ラクトースデヒドロゲナーゼ CⅡテ
ストは和光より購入した。[myo-1,2-3H]Inositol は American Radiolabeled Chemicals
より購入した。[2-3H]Adenine は Amersham Pharmacia Biotech より購入した。[8-14C]
adenosine 3’,5’-cyclic monophosphate (cAMP) は Moravek Biochemicals Inc.より購
入した。Fura 2-AM は Dojindo より購入した。PTX はフナコシより購入した。そ
の他の試薬については市販の特級試薬あるいはそれに準ずるものを用いた。
2-2-2.
プラスミド
Gαs-green fluorescent protein (GFP) fusion protein expression plasmid は Prof. Mark
M. Rasenick (University of Illinois at Chicago, College of Medicine, Chicago, Illinois)
より供与して頂いた。
2-2-3.
細胞培養と Gα s-GFP 安定発現細胞の作製
PC-12 ラット副腎髄質腫瘍由来細胞は 10% fetal calf serum (FCS), 5% horse serum,
50 U/mL penicillin 及び 50 U/mL streptomycin を添加した DMEM 培地で 5% CO2
12
存在下、37℃で培養した。1321N1 ヒトアストロサイトーマ細胞は 5% FCS, 50
U/mL penicillin 及び 50 U/mL streptomycin を添加した DMEM 培地で 5% CO2 存在
下、37℃で培養した。Gαs-GFP のトランスフェクションは FuGENE 6 を用い、
添付書類の方法に従って行った。トランスフェクション後 200 µg/mL G-418 存在
下で二週間培養して耐性クローンを単離し、Gαs-GFP の発現を確認した。
2-2-4.
細胞内 Ca2+濃度測定
細胞内 Ca2+濃度 ([Ca2+]i) の変化は蛍光性 Ca2+指示薬である Fura 2 の蛍光変化を
指標として、37℃において蛍光分光光度計 (F-2000, 日立) を用いて測定した。
PC-12 細胞を 150-mm ディッシュに播種し、3 日間培養後 modified Tyrode solution
(以下 Tyrode 液 ; 137 mM NaCl, 2.7 mM KCl, 1.0 mM MgCl2, 0.18 mM CaCl2, 20 mM
HEPES, 5.6 mM glucose, pH 7.4) で 2 回洗浄後、
1 µM fura 2 acetoxymethyl ester (fura
2-AM) を含む Tyrode 液に浮遊させて 37℃で 15 分間インキュベートし、細胞内
に取り込ませた。Tyrode 液で 2 回洗浄後、1.0
106 cells/mL となるように細胞浮
遊液を調製し、fura 2 の蛍光強度を測定した (励起波長 340 nm 及び 380 nm、蛍
光波長 510 nm)。薬物刺激は 3.3 mM EGTA 存在下で行った。刺激後 0.1% Triton
X-100 処理で最小蛍光強度を、また 10 mM CaCl2 処理で最大蛍光強度を求め、fura
2 と Ca2+の解離定数を 224 nM として[Ca2+]i を計算した。
2-2-5.
イノシトールリン脂質代謝 測定
PI 水解反応は Nakahata ら [57] の方法を一部改変して行った。PC-12 細胞を 2.0
105 cells/well となるように 12-well プレートに播種した。2 日間培養後、[3H]
myo-inositol を 2 µCi/mL となるように加えて更に 1 日培養して細胞のリン脂質を
標識した。PTX で処理する場合には[3H] myo-inositol と共に 100 ng/mL となるよ
うに PTX を加えて、20 時間培養した。標識した PC-12 細胞を Tyrode 液で 2 回
13
洗浄し、10 mM LiCl 及び 2 mM EGTA を加えた Tyrode 液に置換して 37℃で薬物
刺激を行った。LiCl はイノシトール-1-ホスフェートモノホスファターゼの活性
を阻害し、生成したイノシトールホスフェートを蓄積させるために用いた [63]。
反応は反応液と等量の氷冷した 10% trichloroacetic acid (TCA) を添加することで
停止させた。TCA 抽出物を 1800
g で 5 分間遠心し、その上清をジエチルエー
テルで 3 回洗浄して TCA を除いた後、47℃に加温して残存するエーテルを取り
除いた。総イノシトールホスフェートの分離は陰イオン交換樹脂 (AG 1X-8,
100-2000 mesh, formate form, Bio-Rad) 0.6 mL を詰めたエコノカラムを用いて行
った。カラムを 1 M ギ酸 8 mL で平衡化し蒸留水 8 mL 2 回で洗浄した後、サン
プルをアプライした。続いて、カラムを蒸留水 6 mL で洗浄して非吸着成分を、
更に 50 mM ギ酸アンモニウム 6 mL でグリセロホスフォイノシトールを溶出さ
せた。1 M ギ酸/0.1 M ギ酸アンモニウム 4 mL で総イノシトールホスフェートを
回収し、シンチレーションカクテル 8 mL と混合して液体シンチレーションカウ
ンターで[3H]の放射活性を測定した。
2-2-6.
ショ糖密度勾配遠心
100-mm ディッシュで培養した PC-12 細胞、又は 150-mm ディッシュで培養し
た 1321N1 細胞を Tyrode 液で 2 回洗浄後、任意の薬物で刺激した。反応液をア
スピレート後、氷冷した lysis buffer (50 mM Tris-HCl, 50 mM NaCl, 0.1% Triton
X-100, 5 mM EDTA, 1.0 mM Na3VO4, 5.0 mM Na4P2O7, 1.0 mM PMSF, 10 µg/mL
aprotinin, 10 µg/mL leupeptin/antipain, pH 7.6) を 1 mL 加えて可溶化し、超音波処
理 (30 秒間隔で 5 秒の処理を 5 回) をしてから、4℃で撹拌しながら 1 時間イン
キュベートした。この lysate 1 mL を超遠心用チューブ中で 67.5% (w/v) sucrose
を溶かした STE buffer (50 mM Tris-HCl, 50 mM NaCl, 5 mM EDTA and 1.0 mM
Na3VO4, pH 7.6) 2 mL と混合し、その上に 35% (w/v) sucrose、更に 5% (w/v) sucrose
14
の順に 3 mL ずつ重層した。これを SW41Ti ローターに入れて超遠心機 (XL-90,
BECKMAN)にセットし、 200,000
g で 4℃の冷却下において 16 時間遠心した。
遠心後、上清から 1 mL ずつ分取して上部より fraction No.1-9 のフラクションと
した。得られた各フラクションを Laemmli sample buffer (75 mM Tris-HCl, 2% SDS,
10% glycerol, 3% 2-mercaptoethanol, 0.003% bromophenol blue) に溶解し、95℃で 5
分間熱処理してウェスタンブロッティング用のサンプルとした。また、ショ糖
密度勾配遠心を行う前の lysate の一部を水で 2 倍に希釈後、Laemmli sample buffer
に溶解して total lysate (lys) とした。
2-2-7.
ウェスタンブロッティング
タンパク質サンプルは 11%のアクリルアミドゲルで電気泳動し、分離したタ
ンパク質をセミドライ・トランスファー装置 (AE-6675, ATTO) でゲルから PVDF
膜 (Hybond P, Amersham) へ転写した。次に PVDF 膜を 3%スキムミルク含有 TBST
(10 mM Tris, 100 mM NaCl, 0.1% Tween 20, pH 7.4) に浸して室温で 2 時間ブロッ
キングを行い、その後 3%スキムミルク含有 TBST で希釈した一次抗体と 4℃で
一晩インキュベートした。用いた抗体は、anti-flotillin-1 antibody (BD Biosciences,
300 倍希釈) 、anti-flotillin-2 antibody (BD Biosciences, 1000 倍希釈) anti-Gαq/11
antibody (Santa cruz, 1000 倍希釈) 、ant-Gαs antibody (Calbiochem, 1000 倍希釈) 、
anti-Gβ antibody (Upstate, 1000 倍希釈) である。TBST で 5 回洗浄後、PVDF 膜を
3%スキムミルク含有 TBST で希釈した二次抗体に浸して、室温で 2 時間インキ
ュベートした。二次抗体は horseradish peroxidase (HRP) conjugated anti-mouse IgG
antibody (Amersham, 5000 倍希釈) または、HRP conjugated anti-rabbit IgG antibody
(Cell signaling, 5000 倍希釈) を用いた。TBST で 5 回洗浄後、化学発光検出キッ
ト (ECL, Amersham) を用いて、HRP と基質との反応により生じた化学発光を化
学発光検出フィルム (Hyperfilm ECL, Amersham) に感光させて検出した。
15
2-2-8.
ドットブロッティング
ショ糖密度勾配遠心法により得られたフラクションサンプル中のガングリオ
シド GM1 の検出にはドットブロッティング法を用いた。各フラクションサンプ
ル 3 µL を STE buffer 100 µL で希釈し、ニトロセルロース膜 (Hybond-C super,
Amersham) をセットしたドットプロッター (DB-100, SANPLATEC) のウェルに
アプライした。次に、ニトロセルロース膜を 3%スキムミルク含有 TBST に浸し
て室温で 2 時間インキュベートし、その後 10 ng/mL HRP conjugated cholera toxin
B subunit (CTXB, Biological laboratories) で 4℃にて一晩インキュベートした。翌
日、膜を TBST で洗浄し、ECL を用いて HRP と基質との反応により生じた化学
発光を化学発光検出フィルムに感光させて検出した。
2-2-9.
[Tyr3]マストパランの蛍光測定
マストパランとガングリオシドの結合性の確認にはマストパランの 3 番目の
Leu を Tyr に置換した[Tyr3]マストパランを用いて、ganglioside mixture、シアル
酸又は asialo-GM1 添加時の Tyr 由来の蛍光スペクトルの変化を測定することに
より検討を行った。即ち、37℃において 10 µM [Tyr3]マストパラン水溶液に任意
の濃度の ganglioside mixture、シアル酸又は asialo-GM1 を添加し、1 分後に蛍光
分光光度計 (F-2000, 日立)にて 280 nm の励起光を照射して、[Tyr3]マストパラン
の Tyr 残基由来の蛍光スペクトルを測定した。
2-2-10.
LDH 活性測定
Lactate dehydrogenase (LDH) の活性測定はラクテートデヒドロゲナーゼ CⅡテ
スト (和光) を用いて行い、薬物処理によって細胞から漏出する LDH と発色剤と
の反応により生成するジホルマザンの吸光度を測定することによって細胞毒性
の指標とした。
16
150-mm ディッシュで培養し、コンフルエントになった PC-12 細胞をピペッテ
ィングによって剥がして Tyrode 液で二回洗浄後、1.0×106 cells/mL となるように
Tyrode 液に浮遊させた。この細胞浮遊液を 200 µL ずつエッペンドルフチューブ
に分注し、37℃にて 15 分間各種ガングリオシドでプレインキュベートした。続
いてマストパランを加えて更に 15 分間インキュベート後、1200×g で 2 分間遠心
して上清を回収し、サンプルとした。次に、サンプル 10 µL と発色試薬 (2.5 mM
nicotinamide adenine dinucleotide, 0.49 mM nitrotetrazolium blue, 1.8 U/mL
diaphorase, 0.1 M lithium lactate, 0.1 M Tris, pH 8.4) 100 µL を混合し、37℃で 10 分
間インキュベートして呈色反応を行った。0.1 N HCl 1 mL を添加して反応を終結
させ、吸光光度計 (UVmini 1240, 島津) で反応液の 560 nm における吸光度を測定
した。測定値は細胞を 0.1% Triton X-100 処理したサンプルの吸光度を total LDH
(100%) として、吸光度の割合から LDH release (%) を算出して解析を行った。
2-2-11.
細胞内 cAMP レベルの測定
細胞内 cAMP レベルの測定は、細胞を[3H]adenine で標識し、薬物刺激により
生成した[3H]cAMP を定量することにより行った。1321N1 細胞を 24-well ディッ
シュに 1.0
105 cells/well で播種し、2 日間培養後、PTX 処理を行う well には 100
ng/mL PTX を添加し、更に 20 時間培養した。3日目に、2 µCi/mL [3H]adenine を
含む DMEM に置換し、3-4 時間 CO2 インキュベーター内で細胞を標識した。
Tyrode 液で 2 回洗浄後、2 mM EGTA および PDE 阻害薬である Ro20-1724 を 100
µM 加えた Tyrode 液に置換し、37℃で薬物刺激を行った。反応は約 3000 dpm/mL
[14C]cAMP を含む 5% 過塩素酸 (perchloric acid; PCA) を等量加えて停止した。試
験管に PCA 抽出物を移し、4.2 N KOH を PCA 抽出物の 0.1 倍量加えて potassium
perchlorate を沈殿させた後、その上清を予め 0.1 N HCl 10 mL で活性化し、水 10
mL で 3 回洗浄しておいた Dowex 50W-8X カラム (200-400 mesh, H+ form, bed
17
volume 1.4 mL, Bio-Rad) に添加した。カラムを水 2 mL で洗浄し、[3H]cAMP を含
む画分を 8 mL の水で溶出させて、更に予め 100 mM imidazole-HCl (pH 7.6) で洗
浄しておいた活性アルミナ (neutral, bed volume 1.1 mL, Merck) に添加した。その
後、[3H]cAMP を 100 mM imidazole-HCl (pH 7.6) 4 mL で溶出し、放射活性を液体
シンチレーションカウンターにて計測した。なお、[3H]cAMP レベルは各サンプ
ルの放射活性を[14C]cAMP の回収率から[3H]cAMP の溶出効率を求めることによ
り補正し、全 [3H]adenine 取り込み量に対する産生量 (%) として算出した。
2-2-12.
細胞膜画分からのタンパク 質の遊 離
細胞膜の分画は以下のようにして行った。150-mm ディッシュで培養してコン
フルエントになった 1321N1 細胞を Tyrode 液で 2 回洗浄後、ピペッティングに
よりディッシュから剥がし、氷上で lysis buffer (20 mM HEPES, 20 mM KCl, 2.5
mM MgCl2, 2.0 mM EGTA, 1.0 mM DTT, 1.0 mM PMSF, 10 µg/mL aprotinin, 10
µg/mL leupeptin/antipain, pH 7.4) で可溶化した。超音波処理後に 600
分間遠心して核画分を沈降させ、上清を更に 20,000
g, 4℃で 10
g, 4℃で 1 時間遠心した。
この上清をアスピレートし、ペレットを膜凍結用溶液 (0.32 M sucrose, 5 mM
MgCl2, 10 mM HEPES, pH 7.4) に溶解して細胞膜画分とし、-80℃で保存した。
薬物処理を行う際には、細胞膜画分を incubation buffer (110 mM KCl, 10 mM
NaCl, 1 mM KH2PO4, 0.4 mM MgCl2, 1 mM EGTA, 0.2 mM CaCl2, 0.1 mM ATP, 20
mM HEPES, 1.0 mM DTT, 1.0 mM PMSF, 10 µg/mL leupeptin/ antipain pH 7.0) で
0.7 mg/sample に希釈し、薬物を加えて 4℃で 30 分間インキュベート後、直ちに
25,000
g, 4℃で 20 分間遠心して膜画分を沈降させた。上清中のタンパク質は、
最終濃度が 5%となるように TCA を加え、10,000
g, 4℃で 10 分間遠心すること
でペレットとして回収した。このペレットをエタノールで 2 回洗浄した後、
sample buffer (0.3 M Tris, 4.12% SDS, 16.7% glycerol, 16.7 mM Tris-HCl, 0.025%
18
bromophenol blue, 70 mM DTT) に溶解して 95℃で 5 分間熱処理を行った。サンプ
ル中に含まれる各 G タンパク質はウェスタンブロッティング法により検出し、
バンドの濃淡を デンシトメトリー (NIH image 1.62) を用いて定量した。
2-2-13.
免疫染色
1321N1 細胞又は Gαs-GFP を安定発現させた 1321N1 細胞をカバーガラス上に
培養した。数日間培養した細胞を EMEM-20 mM HEPES (pH 7.4) で洗浄後、300
µg/mL ganglioside mixture 存在下又は非存在下において 30 µM マストパランで 10
分間インキュベートした。培地をアスピレートし、4%パラホルムアルデヒド
(paraformaldehyde; PFA) で室温にて 15 分間インキュベートすることにより細胞
を固定した。リン酸緩衝液 (phosphate buffer saline; PBS) で洗浄後、0.05% Triton
X-100 で室温にて 10 分間インキュベートすることにより透過処理を行い、1%
bovine serum albumin (BSA) 含有 PBS 中で 37℃、30 分間ブロッキングを行った。
その後、anti-flotillin-2 antibody (BD Biosciences, 300 倍希釈) 及び anti-Gβ antibody
(Upstate, 200 倍希釈) で 37℃にて 2 時間、続いて Alexa Fluor 594-conjugated
anti-mouse IgG (Molecular Probes, 500 倍希釈) 及び Alexa Fluor 488-conjugated
anti-rabbit IgG (Molecular Probes, 500 倍希釈) で 1 時間インキュベートし、目的の
タンパク質を免疫染色した。PBS で洗浄後、カバーガラスを fluorescent mounting
medium を用いてスライドガラスに封入し、共焦点レーザー顕微鏡 (FV1000,
Olympus) で観察した。
2-2-14.
統計
実験結果については平均値
標準誤差 (S.E.M.) で示した。有意差検定は二群
間の比較には Student’s t-test を、
多重比較には Dunnett 多重比較法を用い、P < 0.05
を有意差ありと判断した。
19
2-3.
2-3-1.
実験結果
UTP 誘発性 [Ca2+]i 上昇に対するマストパランの抑制作用の検討
はじめに、Gq シグナルに対するマストパランの影響について検討するために、
P2Y2 受容体アゴニストである UTP で PC-12 細胞を刺激した際の[Ca2+]i 上昇に対
するマストパランの抑制作用を調べた。マストパランは細胞外 Ca2+存在下では
Ca2+流入を引き起こし、[Ca2+]i を上昇させることが報告されている [64] 。そこで
UTP による PLC 活性化に伴う、細胞内貯蔵部位からの Ca2+遊離による[Ca2+]i 上
昇を調べるため、細胞外からの Ca2+流入を抑制した条件である 3.3 mM EGTA 存
在下で実験を行った。
P2Y2 受容体は Gαq/11 に連関しており、UTP の刺激によって Gq/11-PLC の活性化
に伴う inositol 1,4,5-trisphosphate (IP3) 産生による、[Ca2+]i の上昇が濃度依存的に
観察されたが、10 µM マストパランで細胞をプレインキュベートすることによ
りその作用は抑制された (Fig. 3A)。次に、100 µM UTP 誘発性[Ca2+]i 上昇に対す
るマストパランの抑制作用を各濃度で検討したところ、マストパランは濃度依
存的に[Ca2+]i 上昇を抑制し、30 µM ではほぼ完全に抑えた (Fig. 3B)。1321N1 細
胞においても、カルバコール誘発性[Ca2+]i 上昇をマストパランが濃度依存的に抑
制することが報告されており、本結果はそれと一致する [64]。また、マストパラ
ンがムスカリン受容体のみならず P2Y2 受容体を介する Gq/11-PLC の活性化も抑
制したことから、マストパランの作用は特定の受容体選択的なものではないこ
とが示唆された。
マストパランが Gαq 連関型受容体刺激による[Ca2+]i 上昇を抑制することが示唆
されたので、マストパランによる[Ca2+]i 上昇抑制のメカニズムを検討するために、
次により上流のシグナルである PLC の活性に対するマストパランの作用を検討
した。
20
(A)
(B)
Fig. 3. Effect of mastoparan on UTP-induced [Ca2+]i elevation in PC-12 cells.
PC-12 cells loaded with fura 2 were suspended in the modified Tyrode solution in a concentration of
1.0×106 cells/mL. (A) UTP (0-100 µM)-induced [Ca2+]i elevation in the presence (■) or absence (●) of
10 µM mastoparan under an extracellular Ca2+ free condition (in the presence of 3.3 mM EGTA). The
cells were preincubated with mastoparan for 100 s, then incubated with UTP. * Significant difference
between UTP alone and UTP plus mastoparan (P < 0.05). (B) Concentration-dependent inhibition by
mastoparan of UTP-induced [Ca2+]i elevation. UTP (100 µM)-induced [Ca2+]i elevation was determined in
the presence of various concentrations of mastoparan (0-30 µM) under an extracellular Ca2+ free condition.
* Significant difference from without mastoparan (P < 0.05). The data are mean ± S.E.M. of three
experiments.
2-3-2.
PI 水解反応に対するマストパランの抑制作用の検討
イノシトールリン脂質群の 1 つである PIP2 は、細胞膜受容体へのアゴニスト
結合による G タンパク質やチロシンキナーゼを介した PLC の活性化を引き金に、
IP3 とジアシルグリセロールの 2 つのセカンドメッセンジャーに分解される [65]。
その結果、IP3 は小胞体の IP3 受容体に結合して小胞体からの Ca2+動員を引き起こ
し、ジアシルグリセロールはプロテインキナーゼ C を活性化する。そこで、マ
ストパランによる UTP 誘発性[Ca2+]i 上昇の抑制は PLC 活性化の抑制によるもの
かどうか、PC-12 細胞のイノシトールリン脂質を[3H]inositol で標識して、UTP
刺激による PI 水解反応亢進に対するマストパランの影響を検討した。
その結果、マストパランで細胞をプレインキュベートすることによって、UTP
誘発性 PI 水解反応はマストパランの濃度依存的に抑制され、[Ca2+]i上昇の抑制
21
とほぼ同様の用量反応曲線を示した (Fig. 4A)。このことから、マストパラン に
よる[Ca2+]i上昇抑制作用は、PI 水解反応の抑制に起因しており、Ca2+ポンプやCa2+
チャネルなど他の[Ca2+]i調節機構によるものではないことが示唆された。
一方、P2Y2受容体はGαqだけではなくGαiにも連関しているという報告がある
[66]。従って、マストパランによるPI水解反応の抑制はマストパランがGiシグナ
ルを抑制した結果引き起こされた可能性も考えられた。そこでマストパランに
よるPI水解反応抑制がGiを介しているか検討するために、PC-12細胞を100 ng/mL
PTXで処理してGiを不活性化した状態でPI水解反応を測定した。UTPによるPI水
解反応亢進はPTX処理によって減弱し、Giの部分的な介在が示された。しかし、
マストパランによる抑制作用は解除されなかった (Fig. 4B)。以上より、マストパ
ランはPLCあるいは更に上流のシグナルに作用し、Gq/11-PLCシグナルを抑制する
ことでUTP誘発性PI水解反応や[Ca2+]i上昇を抑制すると考えられた。
(A)
(B)
Fig. 4. Characterization of mastoparan-induced inhibition of UTP-elicited phosphoinositide
hydrolysis.
PI hydrolysis was monitored by measuring [3H]inositol phosphates (IP). (A) Concentration-dependent
inhibition of UTP-induced PI hydrolysis by mastoparan. PC-12 cells were labeled with 2 µCi/mL of
[3H]inositol overnight. After the cells were preincubated with mastoparan for 6 min at the indicated
concentrations, they were incubated with 100 µM UTP for 6 min. Accumulated [3H]IP was analyzed as
described in “Materials and Methods” in detail. (B) Influence on the inhibition of PI hydrolysis by
mastoparan of treatment with PTX. PC-12 cells were cultured in DMEM containing 2 µCi/mL of
[3H]inositol and 100 ng/mL PTX for 20 h. After the treatment with 10 µM mastoparan (MP) for 8 min,
the cells were incubated with 100 µM UTP for 8 min. Then, accumulated [3H]IP was identically analyzed.
The data are mean ± S.E.M of six experiments. * Significant difference from without mastoparan (P <
0.05).
22
2-3-3.
PI 水解反応に対する MβCD の抑制作用の検討
脂質ラフトはシグナル分子を局所的に集積させることによって、効率的なシ
グナル伝達を行う場として機能していると考えられている [23]。前述した通り、
Gαq/11 や PLC、PIP2 は脂質ラフトに多く局在していることが報告されており、
P2Y2
受容体-Gq/11-PLC 活性化のステップが脂質ラフトにおいて生じている可能性が高
い。従ってマストパランの PI 水解反応抑制の作用機序として、マストパランが
脂質ラフト構造に何らかの影響を与えることによってシグナル伝達効率を低下
させている可能性が考えられた。この仮説を検討する前段階として、脂質ラフ
ト構造が崩壊することによって本当にシグナル伝達が抑制されるかどうか、細
胞膜からコレステロールを引き抜き脂質ラフト構造を破壊する試薬である
MβCD [67] で細胞を処理することでマストパランと同様に UTP 誘発性 PI 水解反
応が抑制されるか検討した。
MβCD処理によりUTP誘発性PI水解反応亢進はMβCDの濃度依存的に抑制され
た (Fig. 5)。この結果より、P2Y2受容体-Gq/11-PLCシグナルは脂質ラフト依存的で
あり、脂質ラフト構造の崩壊はシグナル伝達の抑制を引き起こすものと考えら
れた。従って、マストパランもMβCDと同様に脂質ラフト構造に何らかの影響を
与えることによってUTP誘発性PI水解反応を抑制している可能性が考えられた。
Fig. 5. Concentration-dependent inhibition of UTP-induced PI hydrolysis by MβCD.
[3H]IP-labeled PC-12 cells were treated with MβCD for 30 min at the indicated concentrations, and then
incubated with 100 µM UTP for 6 min. The data are mean ± S.E.M of six experiments. * Significant
difference from without MβCD (P < 0.05).
23
2-3-4.
ショ糖密度勾配遠心法による DRM フラクションの単離及び
マストパランによる各種タ ンパク 質の局在変化の検討
次に、マストパランが実際に脂質ラフト構造に影響を及ぼしているか検討を
行った。脂質ラフトの解析においては、PC-12 細胞を Tyrode 液または10 µM マ
ストパランでインキュベート後、ショ糖密度勾配遠心法により9つのフラクショ
ンに分画し、各フラクション中に含まれる各種タンパク質をウェスタンブロッ
ティング法によって検出し、マストパラン処理によって脂質ラフトに集積する
分子の局在が変化するか検討した (Fig. 6)。脂質ラフトのマーカータンパク質と
して用いられているflotillin-2が第4フラクションに集積していることから、この
フラクションがDRMであると確認した。また同じく脂質ラフトマーカーである
ガングリオシドGM1 についてもドットブロット法により検出した結果、第4フラ
クションへの集積が確認できた。続いてGタンパク質の局在について検討したと
ころ、P2Y2受容体に連関し、PLCへシグナルを伝えるGαq/11は無処置の細胞にお
いては脂質ラフト画分に多く局在していた。しかしマストパラン処理によって
脂質ラフト画分に局在するGαq/11の量が大きく減少していることが観察された。
Fig. 6. Effect of mastoparan and UTP on the distribution of signaling molecules in the PC-12 cells.
(A) PC-12 cells were incubated with 10 µM mastoparan (MP) for 10 min in modified Tyrode solution.
After solubilization with lysis buffer containing 0.1% Triton X-100 described in “Materials and Methods”,
cell lysates were applied to sucrose density gradient centrifugation. Each sample was separated into nine
fractions, and signaling molecules such as flotillin-1, Gαq/11 in the fractions were analyzed by
immunoblotting. For determining ganglioside GM1, dot blot analysis was used. DRM fraction was
collected into fourth fraction.
24
この現象について Gαq/11 の活性化あるいは不活性化が局在に影響するか否かを
検討するために、PC-12 細胞を 100 µM UTP で刺激したときの Gαq/11 の局在を調
べてみたが特に変化は見られなかった (data not shown)。また、対照的に flotillin-1
やガングリオシド GM1 の局在はマストパランによって影響は受けなかった。以
上の結果より、マストパランは Gαq/11 の細胞内局在に影響を及ぼすことによって
シグナル伝達を抑制している可能性が考えられた。
2-3-5.
マストパランによる PI 水解反 応抑制作用に対するノイラミニ
ダーゼ及びガングリオシドの影響
マストパランが脂質ラフトに影響を及ぼしていることが示唆されたことから、
続いて脂質ラフトの構成膜脂質成分であるガングリオシドに注目した。ガング
リオシドはネガティブチャージを持つシアル酸残基を有するスフィンゴ糖脂質
であり、種々のポジティブチャージを持つ分子との相互作用が報告されている
[68]。一方、マストパランは3つのLys残基とC末端アミンの4つのポジティブチャ
ージを有していることから、ガングリオシドとの相互作用の可能性が考えられ
た。そこで、細胞膜表面のガングリオシドや糖タンパク質中のシアル酸残基を
切断する酵素であるノイラミニダーゼで細胞を処理することによりマストパラ
ンによるPI水解反応抑制作用が消失するか検討した。その結果、ノイラミニダー
ゼの濃度依存的にマストパランのPI水解反応抑制作用が解除される結果が得ら
れた (Fig. 7A) 。
また、外因性に加えたガングリオシドとマストパランが相互作用することで、
マストパランのPI水解反応が減弱するかについても検討を行った。仮にマストパ
ランが脂質ラフトに集積するガングリオシドに結合することで作用発現するな
らば、細胞外に大過剰のガングリオシドを添加した場合にマストパランの脂質
ラフトへの結合が競合的に阻害され、その結果マストパランの作用が抑制され
25
ると考えられる。UTP 刺激による PI 水解反応亢進は、 細胞を10 µM マストパラ
ンで前処理することによっておよそ40%程度まで抑制されたが、20 µg/mL (平均
分子量を1800とすると約10 µM) ganglioside mixture存在下においてはマストパラ
ンによる抑制は解除される傾向を示した (Fig. 7B)。一方、10 µM シアル酸共存下
ではマストパランの作用には影響は見られなかった。シアル酸については最大1
mMまで検討を行ったが、高濃度でもマストパランの作用に変化は見られなかっ
た (data not shown)。以上の結果より、マストパランによるPI水解反応抑制作用は
細胞膜上のガングリオシドとマストパランとの相互作用によって引き起こされ
ることが示唆された。
(A)
(B)
Fig. 7. Attenuation of the inhibitory effect of mastoparan on UTP-induced PI hydrolysis by
neuraminidase or ganglioside mixture.
(A) The cells were pretreated with neuraminidase for 20 min, and they were incubated with (●) or
without (○) 10 µM mastoparan for 6 min, followed by the incubation with 100 µM UTP for 6 min. The
data are mean ± S.E.M of six experiments. * Significant difference from without mastoparan (P < 0.05).
(B) [3H]Inositol-labeled PC-12 cells were preincubated for 6 min with 10 µM sialic acid (SA) or 20
µg/mL ganglioside mixture (gan), and then they were incubated with 10 µM mastoparan for 6 min
followed by incubation with 100 µM UTP for 6 min. The data are mean
S.E.M of three experiments.
* Significant difference from mastoparan alone (P < 0.05).
26
2-3-6.
マストパランとガングリオシドとの結合の検討
あるタンパク質に由来する蛍光は、そのタンパク質と他の分子との結合によ
って蛍光強度が変化したり、ピーク波長がシフトしたりすることが報告されて
いる [69]。そこでマストパランがガングリオシドと直接的に結合するかどうか検
討するためにマストパランのLeu3をTyr3 に置換した[Tyr3]マストパランを用いて、
ガングリオシド添加によるTyr残基由来の蛍光強度の変化を測定した。
(A)
(B)
(C)
Fig. 8. Changes in fluorescence of [Tyr3]mastoparan by ganglioside mixture.
The fluorescence emission spectra of [Tyr3]mastoparan was recorded at 37℃ in the presence or absence
of ganglioside mixture (A) or sialic acids (B). The fluorescence emission spectrum of 10 µM
[Tyr3]mastoparan was monitored in the absence (b) or presence of 10 µg/ml (c) and 100 µg/ml (d) of
ganglioside mixture or sialic acids. The fluorescence emission spectrum of 100 µg/ml ganglioside
mixture or sialic acids without [Tyr3]mastoparan was shown in (a). (C) The fluorescence emission
spectrum of 10 µM [Tyr3]mastoparan was monitored in the absence (b) or presence of 10 µM (c) and 30
µM (d) of asialo-GM1. The fluorescence emission spectrum of 30 µM asialo-GM1 without
[Tyr3]mastoparan was shown in (a).
27
Tyrは280 nmの光で励起することにより、306 nmをピークとする蛍光を発する
ことが知られている [70]。実際に10 µM [Tyr3]マストパランを280 nmで励起する
とおよそ306 nmをピークとする蛍光スペクトルが観察された (Fig. 8A-b)。
この306 nmにおける蛍光強度は10 µg/mLあるいは100 µg/mL ganglioside mixture
を加えることによって濃度依存的に増強した (Fig. 8A-c, d)。また、ganglioside
mixture自身は蛍光を発していないことを確認した (Fig. 8A-a)。一方、ganglioside
mixtureの代わりに同濃度のシアル酸を添加した場合は306 nmの蛍光の強度に変
化は見られなかった (Fig. 8B)。更に、ガングリオシドGM1からシアル酸を切断
した構造を持つasialo-GM1を添加した場合についても、蛍光強度変化は観察され
なかった (Fig. 8C)。
以上の結果より、マストパランはガングリオシドと結合することが示された。
ガングリオシドの基本構造はセラミド骨格と多数の糖及びシアル酸より構成さ
れている。マストパランがシアル酸、あるいはasialo-GM1とは結合しなかったこ
とから、マストパランはシアル酸を含む糖鎖構造やセラミド骨格を総合的に認
識してガングリオシドと結合することが示唆された。
2-3-7. マストパランとガングリオシドの結 合に対する構造活性 相関の検討
マストパランには細胞毒性があることが知られている。PC-12細胞及び1321N1
細胞に対するマストパランの細胞毒性をLDH 活性測定法により検討した結果、
どちらの細胞でもマストパランの濃度依存的な細胞毒性が観察された (Fig. 9A,
B)。また、マストパランによる細胞毒性はganglioside mixture存在下において有
意に抑制されたことから、Gq シグナル抑制作用と同様に細胞膜上のガングリオ
シドとの結合を介して引き起こされることが考えられた (Fig. 9C)。そこで、マス
トパランがどの種類のガングリオシドと選択的に結合するのか、あるいは非選
択的に結合するのかを明らかにするために、マストパランによる細胞毒性に対
28
する各種ガングリオシドの抑制作用の解析から、マストパランの標的分子の探
索及びガングリオシドとマストパランとの構造活性相関の検討を行った。ガン
グリオシドはその構造やシアル酸の数などから多くの分子種が存在しているが、
マストパランとの相互作用にはどの種類のガングリオシドが重要であるかを調
べるために、脳組織における主要なガングリオシドであるGM1, GD1a, GD1b,
(A)
(B)
(C)
(D)
Fig.9. Inhibition of mastoparan-indeced cytotoxicity by gangliosides.
PC-12 cells (A) or 1321N1 cells (B) were suspended in the modified Tyrode solution at the concentration
of 106/mL. Cells were incubated with mastoparan at the indicated concentration for 15 min and
centrifuged. LDH activity in supernatants after centrifugation was measured as described under
“Materials and Methods.” The data are mean ± S.E.M of six experiments.* Significant difference from
without mastoparan (P < 0.05). (C) PC-12 cells at the concentration of 106 cells/mL in modified Tyrode
solution, were preincubated with various concentrations of ganglioside mixture or sialic acid for 15 min,
and they were incubated with 10 µM mastoparan (MP) for 15 min. * Significant difference between
mastoparan alone and mastoparan plus gangliosides (P < 0.05).
(D) Inhibition of 10 µM
mastoparan-induced cytotoxicity by GM1 (●), GD1a (○), GD1b (■), GT1b (□), asialo-GM1 (▲) and
GQ1b (△). The data are mean ± S.E.M of six experiments. * Significant difference from without
gangliosides (P < 0.05).
29
GT1b, GQ1b [71] 、及びシアル酸を持たないasialo-GM1の6種類について、マスト
パランの細胞毒性に対する抑制作用の違いを検討した (Fig. 9D)。GM1, GD1a,
GD1b, 及びGT1bについては、マストパランによるLDHの漏出を濃度依存的に抑
制し、その抑制強度はGT1b = GD1b > GD1a > GM1の順であった。GQ1bについて
は抑制効果が非常に弱く、また、asialo-GM1によるマストパランの細胞毒性の抑
制は観察されなかった。
2-3-8.
アドレナリンβ 1受容体 刺激による cAMP産生に 対す るマス トパラン
の抑制作用
続いて、Gsシグナル伝達に対するマストパランの影響について1321N1細胞を
用いて解析を行った。アドレナリンβ1受容体はGαs連関型の受容体であり、細胞
をβ1アゴニストであるイソプロテレノール (isoproterenol; Iso) で刺激することに
より、Gαs-ACの活性化を介して adenosine 5’-triphosphate (ATP) からセカンドメ
ッセンジャーであるcAMPが産生し、細胞内に情報を伝達する。そこで[3H]adenine
で標識した1321N1細胞を用いて、Iso刺激によるcAMP産生に対するマストパラ
ンの影響について検討を行った。Isoによって惹起されたcAMP産生はマストパラ
ン前処理によって濃度依存的に抑制されたことから、マストパランによるGPCR
シグナルの抑制はGq シグナルだけではなくGsシグナルについても見られること
が明らかとなった (Fig. 10A)。また、マストパランによるcAMP産生抑制作用は
PTX処理によってはほとんど影響を受けなかったことから、Gi/o非依存的な経路
によるものであることが示唆された (Fig. 10B)。一方、ganglioside mixture存在下
ではその濃度依存的にマストパランの作用が解除された (Fig. 10C)。
30
(A)
(B)
(C)
Fig. 10. Effect of mastoparan on cAMP production by Iso in 1321N1 cells.
(A) Concentration-dependent inhibition of the Iso-induced cAMP production induced by mastoparan.
1321N1 cells were labeled with 2 µCi/mL [3H]adenine for 3 h. After the cells were preincubated with
mastoparan for 8 min at the indicated concentrations, they were incubated with (●) or without (■) 10
µM Iso for 8 min in the presence of 100 µM Ro20-1724. [3H]cAMP levels were analyzed as described in
“Materials and Methods”. (B) 1321N1 cells were cultured in DMEM containing 100 ng/mL pertissis
toxin (PT) for 24 h before labeling with [3H]adenine. After treatment with 30 µM mastoparan (MP) in
the presence or absence of 300 µg/mL ganglioside mixture (G), cells were incubated with 10 µM
isoproterenol (Iso) for 8 min. cAMP production was expressed as [3H]cAMP per [3H]adenine
incorporated into cells (%). (C) Effect of ganglioside mixture on the inhibition of cAMP production by
mastoparan. Cells were pretreated with ganglioside mixture (10-300 µg/mL) for 8 min, and incubated
with (●) or without (■) 10 µM maastoparan for 8 min, followed by incubation with 10 µM Iso for 8 min.
The data are means ± S.E.M. of six experiments. * Significant difference without pretreatment (P <
0.05).
2-3-9.
脂質ラフトにおけるGタンパク質の局在に対する各種薬物の影響
次に、1321N1細胞をマストパラン又はMβCD処理後、ショ糖密度勾配遠心法
により9フラクションに分画し、各フラクション中のGタンパク質の局在につい
てウェスタンブロッティングにより検討した (Fig. 11A)。また、各フラクション
31
のバンドの濃淡をデンシトメトリーを用いて定量し、全フラクションのバンド
の合計に対する割合で示した (Fig. 11B)。脂質ラフトマーカーであるflotillin-1が
第4フラクションに見られることから、このフラクションがDRMであると確認し
た。Gαsは無刺激の状態ではDRMに集積していたが、マストパラン処理によって
DRMへの局在量が顕著に減少する結果が得られた。しかしながら、マストパラ
ンはflotillin-1の局在には影響を及ぼさなかった。また、Gβについてもマストパ
ラン処理により僅かながらDRMへの局在量が減少していたが、その作用はGαs
に対する作用と比べて弱いものであった。一方、MβCDで脂質ラフト構造を崩壊
させた場合ではGαsやGβだけでなくflotillin-1もDRM外へ移行した。以上の結果
よりマストパランはMβCDとは異なり、脂質ラフト構造を崩壊させることなく
Gαsの局在を変化させていることが示唆された。また、Isoで刺激した場合では
Gαsの局在変化は見られなかった (Fig. 11C)。
2-3-10.
マストパランによる細胞膜画分からのGタンパク質の遊離
マストパランによるDRMフラクションのGαs局在量の減少は、脂質ラフトから
サイトゾルへの遊離によるものかを解析するため、1321N1細胞から得た細胞膜
画分を30 µM マストパランでインキュベートし、細胞膜画分から遊離したタン
パク質をウェスタンブロッティングにより検出した。マストパラン非存在下で
は細胞膜からのGαsの遊離は見られなかったが、マストパラン処理によって顕著
に遊離量が増大し、その作用はganglioside mixture存在下においては完全に抑制
された (Fig. 12A) 。一方、Gβについてもマストパラン処理によって細胞膜画分
からの遊離が観察されたが、その作用はGαsに対する作用と比較すると弱いもの
であった (Fig. 12B)。また、MβCDやIso刺激では細胞膜画分からのGαsの遊離は
見られなかった (Fig. 12C)。
32
(A)
(B)
(C)
Fig. 11. Effect of mastoparan on the distribution of signaling molecules in cells.
(A) 1321N1 cells were incubated with 30 µM mastoparan (MP) for 10 min or 10 mM MβCD for 30 min
in Tyrode solution and solubilized with lysis buffer. Cell lysates were separated into nine fractions by
sucrose density gradient centrifugation and the presence of signaling molecules, such as flotillin-1, Gαs
and Gβ, in the fractions was analyzed by immunoblotting. Gαs was seen as two bands representing the
long and short forms of Gαs. The DRM fraction was the fourth fraction. Results were representation of
three independent experiments. (B) The densities of the bands corresponding to G proteins and flotillin-1
were analyzed by densitometry (NIH Image 1.62), and the data were expressed as the percentage of the
sum of all bands. The data are means ± S.E.M. of three experiments. * Significant difference from
control (P < 0.05). (C) 1321N1 cells were incubated with 10 µM isoproterenol (Iso) for 8 min and were
solubilized with lysis buffer. After the sample was fractionated by sucrose density gradient centrifugation,
flotillin-1and Gαs in the fractions were analyzed by immunoblotting.
33
(A)
(B)
(C)
Fig. 12. Release of G proteins from plasma membranes by mastoparan.
Membrane preparations were as described in the "Materials and methods" section. They were incubated
with 30 µM mastoparan (MP) in the presence or absence of a 300 µg/mL ganglioside mixture (gan) for 30
min. The proteins in the supernatant were collected by precipitating with TCA, and Gαs (A) and Gβ (B)
were detected by immunoblotting. (C) Membrane preparations were incubated with 30 µM MP, 10 mM
MβCD or 10 µM isoproterenol (Iso) for 30 min at 4℃. The proteins in the supernatant were collected by
precipitating with TCA, and Gαs was detected by immunoblotting. The densities of the bands
corresponding to G proteins were analyzed by densitometry (NIH Image 1.62). The data are means ±
S.E.M. of three experiments. Comparisons between the groups were conducted using the Student’s t-test.
* Significant difference from control (P < 0.05). ** Significant difference between mastoparan alone and
mastoparan plus ganglioside mixture (P < 0.05). Results were representation of three independent
experiments.
2-3-11.
マストパランによるGα s-GFPの局在変化の観察
マストパランによって脂質ラフトに局在していたGαsが細胞膜から遊離するこ
とが示唆されたので、次にGαs-GFP安定発現1321N1細胞を用いてマストパラン
処理によってGαs-GFPがどのように局在変化するか共焦点レーザー顕微鏡で観
34
(A)
(B)
Fig. 13. Changes in the subcellular localization of Gα s and Gβ following treatment of cells with
mastoparan.
(A) 1321N1 cells stably expressing Gαs-GFP were incubated with 30 µM mastoparan (MP) in the
presence or absence of 300 µg/mL ganglioside mixture for 10 min at 37℃. After fixation and
permeabilization, cells were immunostained for flotillin-2 (red), and the immunolabeled cells were
analyzed using a confocal laser scanning microscope. The yellow color in merge photographs indicates
colocalization of Gαs-GFP and flotillin-2. (B) 1321N1 cells were incubated with 30 µM MP in the
presence or absence of 300 µg/mL ganglioside mixture for 10 min at 37℃. After fixation and
permeabilization, cells were immunostained for Gβ (green) and flotillin-2 (red).
35
察した。細胞膜のマーカーとしてflotillin-2を免疫染色し、Gαs-GFPとflotillin-2が
共局在しているかを調べることによってGαs-GFPが細胞膜に局在しているかど
うかの指標とした。その結果、主に細胞膜に局在していたGαs-GFPがマストパラ
ン処理によってサイトゾルに移行するのが観察された (Fig. 13A)。一方、
ganglioside mixture共存下においては、マストパラン処理を行ってもGαs-GFPの局
在変化は見られなかった。続いて、Gβを免疫染色し、マストパランによるGβの
局在変化についても検討した。細胞膜に多く局在していたGβは、マストパラン
処理によって多少サイトゾルへの移行が見られたものの細胞膜に留まったまま
のものも多く、Gαs-GFPとは異なった挙動を示した (Fig. 13B)。
36
2-4.
考察
2-4-1. マストパランによる Gα の局在変化 とそれに伴うシグナ ル伝達抑制
本章では Gq 及び Gs シグナルに対するマストパランの影響を検討することによ
り、マストパランの新しい作用メカニズムとして脂質ラフトにおけるガングリ
オシドとの結合を介したシグナル伝達の抑制機構を見出した。ショ糖密度勾配
遠心法により分画した DRM におけるシグナル分子の局在についてマストパラ
ンの影響を検討したところ、DRM フラクションにおける Gαq/11 や Gαs などの G
タンパク質の局在量が大きく低下していることが明らかになった (Fig. 6, 11)。従
ってマストパランによる PI 水解反応抑制や cAMP 産生抑制は、脂質ラフトに集
積していた G タンパク質の局在が変化することによって受容体からのシグナル
がうまく伝達されなくなり、機能が低下することに起因していると考えられた。
Pike ら [31] はヒト扁平上皮癌由来 A431 細胞において、MβCD を用いて脂質
ラフト構造の形成に重要であるコレステロールを除去した場合に、脂質ラフト
を介したシグナル伝達が抑制されることを明らかにしている。また、PC-12 細胞
において、細胞膜のスフィンゴ糖脂質の1つであるガングリオシド GM1 を過剰
発現させると脂質ラフトの組成が変わり、NGF シグナルが抑制されたという報
告もある [72]。Kabayama ら [73] はインスリン抵抗性糖尿病のメカニズムとして、
脂肪細胞の細胞膜におけるガングリオシド GM3 レベルの上昇によってインスリ
ン受容体がカベオラからカベオラ以外の脂質ラフトに移行することにより、イ
ンスリンシグナルが減弱するというモデルを提唱している。このように、脂質
ラフトにシグナル分子が集積し、シグナル伝達の効率化に重要な役割を担って
いるということは一方で、脂質ラフトの構造や組成に影響を与えた場合に、脂
質ラフトに集積するタンパク質の局在が変化し、情報伝達系が大きな影響を受
けることを示唆している。そこで 1321N1 細胞を用いて、マストパランが脂質ラ
37
フト構造に影響を与えているか検討するため、MβCD の作用との比較を行った
(Fig. 11, 12)。その結果、① 両薬物は脂質ラフトへの Gαs の局在量を減少させた
こと、② マストパランは flotillin-1 の局在には影響を与えなかったが、MβCD は
Gαs だけでなく flotillin-1 の局在も変化させたこと、③ マストパランは細胞膜画
分からの Gαs の遊離を引き起こしたが、MβCD ではそのような作用は見られな
かったこと、の 3 点が明らかとなった。以上より 1321N1 細胞において、マスト
パランと MβCD は共に脂質ラフトに集積する Gαs の局在を変化させるが、その
分子メカニズムは異なることが示唆された。即ち MβCD は脂質ラフト構造を破
壊することによって細胞膜中に Gαs を拡散させているのに対して、マストパラ
ンは脂質ラフト構造を破壊することなく Gαs を細胞膜からサイトゾルに遊離し
ていると考えられた。また、マストパランが脂質ラフトのガングリオシドなど
の組成に影響を与えることによって Gαs をサイトゾルに遊離する可能性も考え
られるものの、脂質ラフトの組成を変化させることで特定のタンパク質がサイ
トゾルに移行するという報告や、G タンパク質とガングリオシドとの相互作用
の報告は現在のところ見られないことから、マストパランは脂質ラフトの構造
にも組成にも影響を及ぼさないのではないかと推測される。従ってマストパラ
ンの作用メカニズムとして、Gαq や Gαs の脂質ラフトへの局在機構などに影響を
及ぼし、脂質ラフト及び細胞膜への親和性を低下させることで細胞膜からサイ
トゾルに移行させている可能性が考えられた。このことについては第 3 章にて
検討を行った。
2-4-2.
マストパランとガングリオシドとの結合
ガングリオシドとは糖鎖にシアル酸を持つ酸性糖脂質の総称で、セラミドに
各種糖転移酵素によって順次糖鎖が付加されることにより合成され、哺乳類だ
けでも200種以上の糖鎖構造の異なるガングリオシドが見つかっている。特に脳
38
や神経細胞膜に多く発現しており、細胞増殖や分化、シグナル伝達など様々な
生理的機能に関与していることが知られている [74]。ガングリオシド合成酵素
遺伝子ノックアウトマウスの作製によって、神経再生能の低下が見られたこと
から、ガングリオシドは神経系組織の維持と修復に重要であることが明らかに
された [75]。また、他にもアルツハイマー病におけるβアミロイドの細胞膜への
沈着 [76] や、ギランバレー症候群などの抗ガングリオシド抗体生成に基づく疾
患 [77]、癌の抗体治療におけるアポトーシス誘導抗原としてのガングリオシド
[78] など、病態とガングリオシドの関係に対する知見も多く報告されている。
様々な病原体や毒素がガングリオシドとの結合を介して細胞に作用すること
が知られているが、マストパ ランについてもPC-12細胞におい てganglioside
mixture存在下やノイラミニダーゼ処理によりその作用が抑制されたことからガ
ングリオシドとの結合を介して細胞に影響を与えていると考えられた (Fig. 7, 9,
10, 12, 13)。実際にFig. 8よりマストパランとガングリオシドとの直接的な結合が
確認され、更にマストパランはシアル酸を含む糖鎖構造やセラミド骨格を総合
的に認識してガングリオシドと結合することが示唆された。一方、ノイラミニ
ダーゼはガングリオシドだけではなく糖タンパク質のシアル酸も切断し得るこ
とから、マストパランがガングリオシド以外にシアル酸残基を有する糖タンパ
ク質に結合して作用している可能性も否定はできない。しかしながら、マスト
パランはシアル酸単独とは結合しなかったことから、シアル酸残基を有する分
子であれば全て結合するというわけではなく、ガングリオシド選択的であるこ
とが推測される。このことを証明するためにも、今後ガングリオシド合成酵素
をRNA干渉法によりノックダウンし、ガングリオシドの発現レベルを下げたと
きにマストパランの作用に影響を及ぼすか解析する必要があると思われる。
次に各種ガングリオシドを用い、マストパランの細胞毒性に対する抑制作用
を指標としてマストパランとの結合に対する構造活性相関についてPC-12細胞
39
を用いて検討を行った (Fig. 9)。その結果、抑制強度はGT1b = GD1b > GD1a >
GM1の順であった。また、GQ1bについては抑制効果が非常に弱く、asialo-GM1
やシアル酸によるマストパランの細胞毒性の抑制は観察されなかった。これら
ガングリオシドの構造についてFig. 14に示した。4つのシアル酸残基を有する
GQ1bが、シアル酸の数が1
3つの他のガングリオシドより作用が弱かったこと
から、ガングリオシドのシアル酸残基数とマストパランによる細胞毒性に対す
る抑制作用の強さには相関がないことが示唆された。今回用いたガングリオシ
ドはセラミドに4つの糖が結合した、Galβ1→3GalNAcβ1→4Galβ1→4Glcβ1→1Cer
という構造のGalにシアル酸がα2→3結合したものである (シアル酸同士の結合
はα2→8結合)。それぞれのガングリオシドにおけるシアル酸残基の結合様式と、
マストパランに対する抑制作用の強度を比較すると、セラミドから2番目のGal
に付加するシアル酸の数が増加すると抑制強度が強まる傾向が見られた。一方、
セラミドから4番目のGalに付加するシアル酸の数が増加すると抑制強度は弱く
なるようであった。
Fig. 14. The structure of each ganglioside.
40
マストパランは 3 つの Lys 残基と N 末端アミノ基に由来する 4 つのポジティ
ブチャージを有している。脂質二重層に結合したときには、C 末端側の 12 アミ
ノ酸残基が α-ヘリックス構造をとり、片側に 3 つの Lys 残基のポジティブチャ
ージを含む親水性サイドを、反対側に疎水性アミノ酸からなる疎水性サイドを
形成する [79] (Fig. 15)。脂質二重層における上記のようなマストパランのコンフ
ォメーションから推測すると、マストパランの親水性サイドと細胞膜上のガン
グリオシドとの静電的相互作用がマストパランの細胞認識の第一ステップで、
続いて疎水性サイドが脂質二重層に侵入してマストパランの細胞膜との結合が
安定化するのではないだろうか。このようにマストパランと細胞膜との結合に
は静電的相互作用と疎水的相互作用の両方が必要であると仮定すると、マスト
パランがシアル酸や asialo-GM1 と相互作用しなかった結果もうまく説明できる。
マストパラン誘導体を用いた解析より、マストパランの両親媒性が低下するよ
うにアミノ酸を置換するとマストパランによる GDP/GTP 交換反応の活性が低下
することが報告されており [80]、マストパランの両親媒性という性質は細胞膜と
の結合に必須と考えられる。
Fig. 15. The three-dimensional structure of mastoparan (1D7N.pdb [81])
The part where the color is thick is hydrophilic site. On the other hand, the part where the color is light is
a part of hydrophobic site.
41
以上のことから推測すると、マストパランのLys残基を含む親水性側はセラミ
ドから2番目のGalに付加しているシアル酸と結合する可能性が考えられる。そ
してこの結合により、4番目のGalとマストパランの疎水性サイドが近接したコ
ンフォメーションとなるため、4番目のGalに親水性のシアル酸残基が付加する
と反発が生じて親和性が低下することが推測される。この仮説を証明するため
には、今回用いたもの以外の各種ガングリオシドを用いた更なる検討や、グリ
コアレイを用いた網羅的な解析が必要である。
42
2-5.
小括
本章の結果よりマストパランによる GPCR シグナル抑制のメカニズムが以下
のように推定された (Fig. 16)。マストパランはまず細胞膜上の脂質ラフトに集積
するガングリオシドに結合する。この結合にはガングリオシドのシアル酸残基
の存在が必須であり、シアル酸のネガティブチャージとマストパランの Lys 残
基由来のポジティブチャージとの静電的相互作用が関与していると考えられる。
ガングリオシドと結合したマストパランは続いて脂質ラフト構造非破壊的に G
タンパク質を脂質ラフトからサイトゾルへ遊離し、その結果 G タンパク質を介
した情報伝達が抑制されると考えられた。
本研究より、PC-12 細胞や 1321N1 細胞におけるマストパランの Gq 及び Gs シ
グナル抑制作用には脂質ラフトに集積するガングリオシドとの結合が重要であ
ることを証明したが、肥満細胞においてもノイラミニダーゼ処理によってマス
トパランによるヒスタミン遊離作用が抑制されたという報告があり [82]、ガング
リオシドの介在が示唆されている。また、肥満細胞におけるマストパランのヒ
スタミン遊離作用は PTX により抑制されることが報告されていることから [82]、
Fig. 16. A possible mechanism of mastoparan (MP) -induced inhibition of GPCR signaling.
43
マストパランによるGi/oの活性化作用もマストパランとガングリオシドとの結合
が最初のステップである可能性が考えられる。また、マストパランとガングリ
オシドの結合においては、GT1b = GD1b > GD1a > GM1 >> GQ1b = asialo-GM1の
順に親和性が高いことが示唆された。しかし、この結果はあくまで同じ分子数
で比較した場合であり、実際の細胞膜はガングリオシド組成に偏りがあるので、
各ガングリオシドの結合親和性とその存在量の両方のファクターから判断しな
くてはならない。また、細胞種によっても細胞膜のガングリオシドの組成は異
なると考えられるため、マストパランに対する感受性が細胞毎に異なることは
容易に想像できる。今回用いたPC-12細胞と1321N1細胞においても、PC-12は
1321N1に比べて約3倍マストパランに対する感受性が高かった (Fig. 9A, B)。従っ
て、様々な細胞種のガングリオシドの組成とマストパランに対する感受性を比
較することによって、実際の細胞膜上でどのガングリオシドが最もマストパラ
ンとの結合に寄与しているかが明らかになるかもしれない。
44
3.
3-1.
G タンパク質に対するマストパランの作用
メカ ニ ズ ム の 検 討
序論
タンパク質修飾の意義解明はポストゲノム時代の最大の課題である。ヒトゲ
ノムプロジェクトが完了し、タンパク質をコードする遺伝子が全て明らかにな
ったものの、タンパク質同士の機能関連や、翻訳後の多様なタンパク質の修飾
による機能制御機構が明らかにされなければ、タンパク質が実際にどのように
使われているのかという肝心な部分の回答が得られたとは言えない。タンパク
質修飾にはリン酸化、アセチル化、メチル化、ユビキチン化、脂質や糖鎖の付
加などの種類があり、同じタンパク質の機能をタンパク質修飾という手段で変
えることにより、複雑な生命機能制御が可能となったと考えられる。
タンパク質の脂質修飾には主にアシル化 (N-ミリストイル化、S-パルミトイル
化)、イソプレニル化 (ファルネシル化、ゲラニルゲラニル化) 及び GPI アンカー
の付加の 3 つの種類が知られている。脂質修飾の役割としては細胞膜上にタン
パク質をつなぎ止めるアンカーとしての機能が一般的だが、更に脂質修飾の有
無やその種類によって細胞膜上における局在をも制御している。タンパク質の
ミリストイル化、パルミトイル化及び GPI アンカーの付加はそのタンパク質の
脂質ラフトへの局在に関与するメカニズムの 1 つである [83]。長い飽和脂肪酸鎖
は脂質ラフトとの親和性が高いため、飽和脂肪酸側鎖付加を受けたタンパク質
は脂質ラフトに局在化される。一方、不飽和アシル基であるイソプレニル基は
脂質ラフトとの親和性が低く、イソプレニル化を受けたタンパク質は脂質ラフ
ト以外の膜脂質に局在することが多い。例えば Liang ら [84] は、Src ファミリー
である Fyn のアシル基を不飽和脂肪酸側鎖に置換すると、脂質ラフトへの親和
45
性が低下し、T 細胞シグナル伝達が抑制されることを報告している。また
Taniyama ら [85] は T 細胞シグナル伝達においてアダプタータンパク質として機
能し、シグナル伝達の中心的役割を担う linker for activation of T cells (LAT) のパ
ルミトイル化サイトである Cys を Ala に変異させ、パルミトイル化を阻害した
場合に、LAT が細胞膜表面に輸送されなくなりシグナルが抑制されることを明
らかにしている。このように脂質修飾はタンパク質の細胞内局在をダイナミッ
クに制御し、タンパク質が特定の領域にソーティングされることで機能的に働
くことに貢献している。また近年、タンパク質の細胞膜アンカーという静的な
役割と共に、動的なタンパク質機能のモジュレーターとしての脂質修飾の役割
が注目されている。例えば COS 細胞において、regulator of G protein signaling
(RGS) の N 末端パルミトイル化は脂質ラフトへの局在に重要である一方で、RGS
ドメイン領域のパルミトイル化は RGS の GTPase-activating protein (GAP) 活性を
制御しているという報告があるように、脂質修飾が酵素活性などタンパク質の
機能自体にも影響を及ぼすことも明らかになってきた [86]。
GPCR シグナルに関連する分子についても脂質修飾を受けるという報告が多数
なされている。GPCR の多くは細胞質側に露出した C 末端領域にパルミトイル
化を受ける Cys 残基を有している [87, 88]。受容体のパルミトイル化の意義の一
つとしては、G タンパク質との相互作用に必要な第 4 の細胞内ループを形成す
ることなどが挙げられるが [89] 、パルミトイル化の役割は受容体によって異な
る。例えば昆虫由来 Sf9 細胞を用いた解析より、β2 アドレナリン受容体はアゴニ
スト刺激依存的に脱パルミトイル化が引き起こされることによって C 末端の構
造が変化し、protein kinase A によってリン酸化を受けるようになり、その結果脱
感作が起こることが見出されている [90] 。また、三量体 G タンパク質も脂質修
飾を受けているが、どのような修飾を受けるかは各 G タンパク質ファミリーに
よって異なっている (Table 2) [91]。Gα は飽和アシル基である N 末端ミリストイ
46
ル化か S-パルミトイル化、あるいはその両方の修飾を受けている。例えば、Gi
ファミリーに属する Gαi や Gαi、Gαz 及び Gs ファミリーに属する Gαs などは Nミリストイル化と S-パルミトイル化の二重の脂質修飾を受ける。また、Gi ファ
ミリーの中でも Gαt は N-ミリストイル化のみしか受けない。一方、Gq ファミリ
ーの Gαq や G12 ファミリーの Gα12 は S-パルミトイル化のみを受ける。それに対
して Gγ は不飽和アシル基であるイソプレニル化を受ける。ミリストイル化及び
イソプレニル化は不可逆的な修飾だが、パルミトイル化は可逆的な反応であり、
マウス T 細胞由来 S49 細胞においてアゴニスト刺激により G タンパク質を活性
化すると、脱パルミトイル化と再パルミトイル化を繰り返す palmitate turnover
が観察されるという報告がある [92]。また、HEK293 細胞での変異体を用いた解
析より、脂質修飾を受けないと Gα は細胞膜に局在できず、受容体からエフェク
ターへのシグナル伝達が抑制されることが明らかになっている [93]。更に、ミリ
ストイル化とパルミトイル化の二重脂質修飾を受ける G タンパク質においては、
パルミトイル化を受けないと膜結合力が非常に弱く大部分がサイトゾルに局在
することが報告されている [94] 。以上より、Gα のパルミトイル化は G タンパ
ク質の細胞膜への局在及び GPCR シグナル伝達において重要な役割を担ってい
ることが示唆されている。
Table 2. Acylation of G proteins.
47
第 2 章の結果より、マストパランは脂質ラフトに集積するガングリオシドと
結合することによって細胞膜からサイトゾルへ G タンパク質を遊離することを
見出したが、その遊離メカニズムについては不明であった。しかし、G タンパ
ク質の細胞膜並びに脂質ラフトへの局在には脂質修飾が必須であることから、
マストパランが G タンパク質の脂質修飾に影響を与えることによって G タンパ
ク質の局在変化を起こしている可能性が考えられた。そこで第3章では、マス
トパラン が G タンパク質を細胞膜からサイトゾルへ遊離するメカニズムの解明
を目的とし、脂質修飾の中でも可逆的な反応であるパルミトイル化に着目して、
マストパランが G タンパク質のパルミトイル化サイクルに影響を及ぼしている
かどうか解析を行った。
一方、第 2 章の結果より、マストパランによる脂質ラフトからサイトゾルへ
の G タンパク質遊離作用は、Gα に対しては顕著であるものの、Gβ に対しては
かなり弱い作用であることが示唆されていた。Gα と Gβ においてマストパラン
による局在変化が異なるということは、マストパラン処理後に Gα と Gβ がそれ
ぞれ別々に移動している、即ち三量体としてではなく Gα と Gβγに解離している
可能性が考えられた。三量体 G タンパク質は GPCR の活性化に伴い Gα と Gβγ
に解離し、Gα が PLC や AC などのエフェクター酵素を活性化する一方で、Gβγ
も別の経路のシグナルを伝えている。Gβγシグナルの例としては、c-Src チロシ
ンキナーゼ-SOS-Ras を介した extracellular signal-regulated kinase (ERK) 1/2 のリン
酸化や、PI3 キナーゼを介した Akt のリン酸化などが知られている [95]。マスト
パラン処理により Gα はサイトゾルに移行している一方で、Gβ は細胞膜に留ま
っているとしたら、マストパランによって Gβγシグナルが活性化している可能性
がある。そこで Gβγシグナルの下流である ERK1/2 のリン酸化を指標にして、マ
ストパランが Gβγシグナルを活性化しているか検討を行った。
48
3-2.
3-2-1.
実験方法
試薬
用いた試薬及び購入先は以下の通りである。2-bromo palmitate は Sigma Aldrich
より購入した。Biotin-HPDP、streptavidin UltraLink resin は Thermo Scientific より
購入した。その他の試薬については市販の特級試薬あるいはそれに準ずるもの
を用いた。
3-2-2.
細胞培養
PC-12 細胞及び 1321N1 ヒトアストロサイトーマ細胞の培養は 2-2-3 に準じた。
Carboxyl terminal region of G protein-coupled receptor kinase 2 (GRK2-ct) 発現プラ
スミドは九州大学大学院薬学研究科、黒瀬等教授より譲渡して頂き、それを安
定発現させた PC-12 細胞は小原祐太郎助教に提供して頂いた。
3-2-3.
ショ糖密度勾配遠心
150-mm ディッシュで培養した 1321N1 細胞の DMEM 中に 100 µM 2-bromo
palmitate を添加し、12 時間インキュベートした。その後、2-2-6 に準じてショ糖
密度勾配遠心を行い、9 フラクションに分画した。
3-2-4.
Biotin-HPDP acyl-biotinyl exchange method
タンパク質のパルミトイル基の検出には Biotin-HPDP acyl-biotinyl exchange
method を用いた [96]。
100-mm ディッシュに培養した 1321N1 細胞を EMEM-20 mM HEPES で洗浄後、
30 µM マストパランで 37℃にて 10 分間インキュベートした。反応液をアスピレ
ート後、lysis buffer (50 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl, 2.0 mM EGTA, 1% Triton
49
X-100, 1.0 mM PMSF, 10 µg/mL leupeptin/antipain, 10 µg/mL aprotinin, pH 7.4) を加
えて可溶化し、超音波処理 (4 秒間隔で 1 秒の処理を 10 回) をしてから、4℃で
1 時間転倒混和した。250
g で 5 分間遠心して不溶性成分を除去後、1.5 mL tube
2 本に分注してクロロホルム-メタノール沈殿を行い、溶液中のタンパク質を回
収した。回収したタンパク質を 5 mM N-ethylmaleimide (NEM) 溶液中で 4℃にて
一晩転倒混和し、フリーのチオール基と NEM を反応させた。翌日、クロロホル
ム-メタノール沈殿を 3 回行って NEM を除いた後、hydroxylamine (+) buffer (0.7 M
hydroxylamine, 1 mM HPDP, 0.2% Triton X-100, 1.0 mM PMSF, 10 µg/mL
leupeptin/antipain, pH 7.4) 又は hydroxylamine (-) buffer (50 mM Tris-HCl, 1 mM
HPDP, 0.2% Triton X-100, 1.0 mM PMSF, 10 µg/mL leupeptin/antipain, pH 7.4) で室
温にて 90 分転倒混和し、タンパク質のパルミトイル基を切断した。次にクロロ
ホルム-メタノール沈殿を 1 回行った後、0.2 mM HPDP で室温にて 90 分転倒混
和することで、パルミトイル基の切断によって新たに露出したチオール基と
HPDP を反応させ、タンパク質にビオチンを付加した。続いてクロロホルム-メ
タノール沈殿を 3 回行って余分な HPDP を除去した後、0.1% SDS 含有 buffer で
室温にて 30 分転倒混和した。15,000
g で 1 分間遠心して不溶性成分を除去し、
上清の一部を Laemmli sample buffer に溶解し、ウェスタンブロッティング用のサ
ンプルとした (total cell lysate; TCL)。残りの上清を Wash buffer (150 mM NaCl, 50
mM Tris-HCl, 5.0 mM EDTA, 0.1% SDS, 0.2% Triton X-100) で平衡化した
streptavidin UltraLink resin 30 µL に加え、室温にて 90 分間インキュベートした。
Wash buffer で resin を洗浄して非結合タンパク質を除去後、1% 2-mercaptoethanol
を加えてタンパク質のチオール基と HPDP との間のジスルフィド結合を切断し、
結合タンパク質を溶出させて回収した。これに Laemmli sample buffer を加え、ウ
ェスタンブロッティング用のサンプルとした。
50
3-2-5.
ERK1/2 リン酸化測定のためのサンプル調製
PC-12 細胞又は GRK2-ct 安定発現 PC-12 細胞を 2.0 105 cells/well となるよう
に 12-well プレートに播種した。3 日間培養後、FCS-free DMEM に置換して更に
6 時間培養した。PTX で処理する場合には薬物刺激の 24 時間前に、100 ng/mL PTX
を DMEM 中に加えた。細胞を EMEM-20 mM HEPES で洗浄後、2 mM EGTA 含
有 EMEM-20 mM HEPES 中で薬物刺激を行った。溶液をアスピレートして
Laemmli sample buffer を加えることで反応を停止し、95℃で 5 分間熱処理してウ
ェスタンブロッティング用のサンプルとした。
3-2-6.
ウェスタンブロッティング
ウェスタンブロッティングは 2-2-7 に示した方法に準じて行った。抗体は、
anti-phospho-ERK1/2 antibody (Cell Signaling, 1000 倍希釈) 、anti-ERK1/2 antibody
(Cell Signaling, 1000 倍希釈) を用いた。
51
3-3.
3-3-1.
実験結果
Gα s の脂質ラフト局在に対するパルミトイル基の影響
マストパランが Gα のパルミトイルサイクルに影響を与えることによって Gα
の細胞膜からの遊離を引き起こしているかどうかを検討する前段階として、実
際に本実験で用いている 1321N1 細胞においてパルミトイル基を除去したとき
に Gαs の局在が変化するかどうか、細胞をパルミトイル化阻害薬である 2-bromo
palmitate [97] 処理することによって検討した。1321N1 細胞を 2-bromo palmitate
で 12 時間インキュベート後、ショ糖密度勾配遠心法によって 9 フラクションに
分画し、DRM に局在する Gαs に影響が見られるか調べた。その結果、2-bromo
palmitate 処理により DRM への Gαs の局在が顕著に減少していた (Fig. 17)。また、
flotillin-1 の局在も一部変化したが、完全には DRM 外には移行しなかった。この
理由としては、flotillin-1 は 1 分子中に 2 つのパルミトイル基を有している上に
ダイマーを形成するため、計 4 つのパルミトイル基によって強固に細胞膜にア
ンカーされており、更にパルミトイル基以外に細胞膜結合ドメインである
prohibitin-like domain によって細胞膜と相互作用しているためであると考えられ
る [98]。
Fig. 17. Effect of 2-bromo palmitate on the distribution of signaling molecules in 1321N1 cells.
1321N1 cells were incubated with 100 µM 2-bromo palmitate (2-BP) for 12 h in DMEM and solubilized
with lysis buffer. Cell lysates were separated into nine fractions by sucrose density gradient
centrifugation and the presence of signaling molecules, such as flotillin-1 and Gαs, in the fractions was
analyzed by immunoblotting. The DRM fraction was the fourth fraction.
52
3-3-2.
Gα s のパルミトイル化修飾に対するマストパランの影 響
次に、マストパランのパルミトイル化修飾に対する影響を検討するために、
biotin-HPDP acyl-biotinyl exchange 法を用いて Gαs のパルミトイル基の検出を行
い、マストパランが脱パルミトイル化を引き起こしているか検討した。本方法
は 3 段階の処理によってタンパク質のパルミトイル基をビオチンに置換する方
法である (Fig. 18A)。マストパラン処理した細胞を可溶化後、まず始めに NEM
処理を行いタンパク質中のフリーのチオール残基を NEM でブロックして不活
性化した。次に hydroxylamine 処理を行うと、パルミトイル基のチオエステル結
合が切断され、チオール基が新たに露出する。更にその後 Biotin-HPDP と反応さ
せることにより、チオール基と HPDP が結合し、パルミトイル化を受けていた
Cys のみにビオチンが付加される。これをストレプトアビジンアガロースと混合
すると、ビオチンとストレプオアビジンが結合し、ビオチン化したタンパク質、
即ちパルミトイル化を受けていたタンパク質のみを沈降物として回収すること
ができる。また、hydroxylamine 処理を行わずに同様の操作を行ったサンプルも
同時に作製しバンドを比較することによって、ウェスタンブロッティングで検
出されたバンドが非特異的なものではなく、パルミトイル化されたタンパク質
を検出できでいることを確認できる。
Biotin-HPDP acyl-biotinyl exchange 法により得られたサンプルを用いてウェス
タンブロッティングを行ったところ、Gαs や flotillin-1 のパルミトイル化を検出
できた (Fig. 18B)。しかしながら、マストパラン処理による変化は観察されなか
った。従ってマストパランは Gαs のパルミトイル化には影響を及ぼさないこと
が示唆された。
53
(A)
(B)
Fig. 18. Effect of mastoparan on the Gα s-palmitoylation cycle.
(A) The scheme of biotin-HPDP acyl-biotinyl exchange method. (B) 1321N1 cells were treated with 10
µM mastoparan (M) or vehicle (C) for 10 min. After solubilization, lysates were incubated with 5 mM
NEM overnight at 4℃. Next, lysates were incubated with hydorxylamine (+) buffer or hydroxylamine (-)
buffer for 90 min at room temperature, and then incubated with 0.2 mM biotin-HPDP for 90 min at room
temperature. Then, a part of the lysates were mixed with Laemmli sample buffer (TCL). Biotinylated
proteins in lysates were collected by streptavidin-agarose (Pell) and non-biotinylated proteins in
supernatant were mixed with Laemmli sample buffer (Sup). Gαs and flotillin-1 were detected by
immunoblotting.
3-3-3.
マストパランによる ERK1/2 のリン酸化
次に、マストパランが Gβγ シグナルを活性化しているか検討するために Gβγ
シグナルの下流である ERK1/2 のリン酸化について PC-12 細胞を用いて調べた。
その結果、マストパラン処理によって 10 分をピークとした一過性の ERK1/2 リ
ン酸化が観察された (Fig. 19A)。また、同様に Gβγ シグナルの下流である Akt に
54
対しても、マストパランはリン酸化を亢進した (data not shown)。一方、マスト
パランによる ERK1/2 のリン酸化は ganglioside mixture 共存下やノイラミニダー
ゼ前処置によって抑制されたことから、
Gq 及び Gs シグナルの抑制作用と同様に、
細胞膜のガングリオシドとの結合を介していることが示唆された (Fig. 19B, C)。
3-3-4.
マストパランによる ERK1/2 のリン酸化に対する Gβγ シグナルの
関与
マストパランによる ERK1/2 のリン酸化が Gβγ を介したものであるかを検討
するために、解離した Gβγ をトラップして Gβγ シグナルを抑制する GRK2-ct [99]
を安定発現させた PC-12 細胞を用いて解析を行った。本実験では GRK2-ct が機
(A)
(B)
(C)
Fig. 19. Effect of ganglioside mixture and neuraminidase on mastoparan-induced phosphorylation
of ERK1/2.
(A) Time-dependency of mastoparan-induced phosphorylation of ERK1/2. Serum-starved PC-12 cells
were treated with 10 µM mastoparan (MP) or 100 ng/mL EGF (E) for 5 min in the presence of 2 mM
EGTA for the indicated times. Phosphorylated ERK1/2 and total ERK1/2 were detected by
immunoblotting. (B) PC-12 cells were incubated with 10 µM mastoparan (M) for 10 min or 100 ng/mL
EGF (E) for 5 min in the presence or absence of 300 µg/mL ganglioside mixture (gan). (C) After the
treatment of cells with 10 mU/mL neuraminidase (neu), PC-12 cells were incubated with 10 µM
mastoparan (M) for 10 min or 100 ng/mL EGF (E) for 5 min.
55
能 的 に 働 いて い る こ と を 確 認す るた め の ポ ジ テ ィ ブ コ ン ト ロ ー ルと し て
lysophosphatidic acid (LPA) 刺激も同時に行った。LPA 受容体は主に Gi/o に連関し
ており、Gβγ を介して ERK1/2 のリン酸化を引き起こす [100]。GRK2-ct 安定発
現 PC-12 ではマストパラン及び LPA 刺激共に ERK1/2 のリン酸化が見られなか
ったことから、マストパランによる ERK1/2 のリン酸化は Gβγ を介しているこ
とが明らかになった (Fig. 20)。また、PTX 処理を行った場合では LPA による
ERK1/2 のリン酸化は抑制されたのに対して、マストパランは部分的にしか抑制
されなかった 。
Fig. 20. Participation of Gβ γ signaling in mastoparan-induced phosphorylation of ERK1/2.
PC-12 cells were cultured in DMEM containing 100 ng/mL pertussis toxin (PTX) for 24 h. PTX-treated
cells and PC-12 cells stably expressing GRK2-ct were starved for 6 h, and then incubated with 10 µM
mastoparan (M) for 10 min, 100 ng/mL EGF (E) for 5 min or 10 µM LPA (L) for 5 min in the presence of
2 mM EGTA. Phosphorylated ERK1/2 and total ERK1/2 were detected by immunoblotting.
56
3-4.
3-4-1.
考察
G タンパク質のパルミ トイル化に対するマストパランの影響
タンパク質のパルミトイル化修飾にはパルミトイル基転移酵素である palmitoyl
acyltransferase (PAT) と脱 パ ルミ トイ ル 化酵 素で ある acyl-protein thioesterase
(APT) が関与しており、定常状態においても palmitate turnover は絶えず行われて
いる [101, 102]。例えば、Wedegaertner ら [92] は[3H]palmitate でパルスラベルし
た解析より、定常状態における Gαs のパルミトイル基の半減期 (T1/2palmitate) は約 90
分であることを示している。しかし、脱パルミトイル化されたタンパク質の再
パルミトイル化は瞬時に行われることから、パルミトイル化を受けている Gαs
の比率自体は変化しない [103]。また S49 細胞において、イソプロテレノール刺
激により Gαs が活性化されると palmitate turnover が亢進し、T1/2palmitate は 2 分にな
ることも報告されている [92]。一方近年 in vitro の実験系において、Gα が Gβγ
と解離した状態のときに APT の基質となることや [104]、脱パルミトイル化され
ると RGS に対する感受性が高まることなど [105]、Gα の状態によって酵素への
感受性が変化することが報告されていることから、G タンパク質の活性化サイ
クルに対するパルミトイル化の関与として、Fig. 21 のようなモデルが提唱され
Fig. 21. Palmitate turnover on Gα is regulated during the G protein activation cycle.
57
ている [91]。定常状態では Gα はパルミトイル化され、三量体として細胞膜に局
在しているが、アゴニスト刺激によって GTP 型となることでβγと解離する。フ
リーとなった Gα は APT の基質となり脱パルミトイル化されてサイトゾルや別
の膜ドメインへと移行する。脱パルミトイル化された Gα は RGS の GAP 活性に
対する感受性が増大し、GDP 型となって再度 Gβγと結合する。三量体となった
Gα は細胞膜に局在する PAT の基質となり、再パルミトイル化される。
以上のように Gα の局在や活性制御にパルミトイル化サイクルが重要であるこ
とから、マストパランが APT や PAT の酵素活性などに影響を及ぼすことによっ
て Gα の脱パルミトイル化を誘導し、細胞膜からサイトゾルへ遊離する可能性が
考えられた。そこでマストパラン処理によって Gαs の脱パルミトイル化が亢進
するか、1321N1 細胞において biotin-HPDP acyl-biotinyl exchange 法を用いて検討
した結果、マストパランは Gαs の脱パルミトイル化には影響しないことが明ら
かになった (Fig. 18B)。従って、マストパランの作用点はパルミトイル化ではな
く、他の因子であることが示唆された。Gα に対するマストパランの作用として
他に考えられる候補としては、脂質修飾以外の翻訳後修飾の制御機構に影響を
及ぼしている可能性がある。
G タンパク質の活性化サイクルには G タンパク質のリン酸化も関与している
[106, 107] 。In vitro の系において Gα は Gβγと解離後、protein kinase C (PKC) や
Src によるリン酸化を受けることによって、受容体や Gβγ、RGS との親和性が低
下するという報告がなされている [107, 108]。一方、細胞内膜にはホスファチジ
ルセリンやホスファチジルイノシトールなどの酸性リン脂質が多いため、タン
パク質中のポジティブチャージリッチな領域は細胞膜と相互作用し、タンパク
質の細胞膜への局在に貢献していることが知られている。例えば myristolated
alanine-rich C kinase substrate (MARCKS) は N 末端にミリストイル化を受けてい
るが、それだけでは細胞膜への親和性は低く、ポジティブチャージリッチなド
58
メインと酸性膜脂質との相互作用も加わることによって安定的に細胞膜へアン
カーされている [109]。更に MARCKS のポジティブチャージリッチなドメイン
にはリン酸化部位が存在しているが、PKC の活性化に伴いリン酸化を受けるこ
とによってネガティブチャージが付加され、膜との相互作用が打ち消されて細
胞膜から遊離する。このようにリン酸化/脱リン酸化反応に伴って膜への局在
が制御されているタンパク質が存在していることから、マストパランによって
Gα のリン酸化が引き起こされ、そのネガティブチャージによって細胞膜から遊
離している可能性が考えられる。
また、酵母の G タンパク質 α サブユニットである Gpa1 がモノ及びポリユビ
キチン化されることによって、細胞膜から液胞や細胞質に局在変化するという
報告があることから [110]、マストパランが Gα のユビキチン化を誘導し、局在
を変化させている可能性もある。マストパランによって Gα のリン酸化やユビキ
チン化が起こるかについては今後詳細な検討が必要である。
3-4-2.
マストパランによる Gβγ シグナルの活性化
第2章の結果より、マストパラン処理によってGタンパク質は三量体からGα
とGβγに解離し、Gαが細胞膜に遊離する一方で、Gβγは細胞膜に留まっている可
能性が示唆された。Gβγが細胞膜に留まるならば、マストパランによってGβγシ
グナルが活性化していると考えられる。従って、この仮説を証明するために、
Gβγシグナルの下流に位置するERK1/2のリン酸化をマストパランが亢進するか
検討した。その結果、マストパランと細胞膜上のガングリオシドとの結合を介
した、Gβγ依存的なERK1/2のリン酸化が観察された (Fig. 19, 20)。また、LPA刺
激によるERK1/2のリン酸化はPTXで完全に抑制されたのに対して、マストパラ
ンによるERK1/2のリン酸化はPTX処理では完全には抑制されなかった。この理
由としては、各薬物によって活性化するGタンパク質の種類に違いがあるためで
59
あると考えられる。LPAはLPA受容体を介したGi/o活性化により、Gαi/oから解離
したGβγに起因するシグナルによりERK1/2がリン酸化されている。一方、マス
トパランの場合はGi/o だけでなくGqやGsなど多種類のGタンパク質に作用してい
ると考えられるため、PTX処理ではGi/o由来のGβγシグナルしか抑制されず、他の
Gタンパク質由来のGβγシグナルによる作用が残ったと推測される。本結果より、
機能的な面からのアプローチにおいてはマストパラン処理により三量体Gタン
パク質がGαとGβγに解離することが示唆されたが、実際に結合が解離するのか
については明らかではない。今後、GαとGβγにおけるFRETの測定やProximity
Lagation Assay [111]を行い、マストパラン処理によってGαとGβγの結合が解離す
るか検討する必要がある。
60
3-5.
小括
本章の結果より、マストパランの GPCR シグナルに対する作用機構が以下の
ように推定された (Fig. 22)。マストパランは脂質ラフトに集積するガングリオシ
ドを認識して膜上に結合し、何らかのメカニズムによって三量体 G タンパク質
を Gα と Gβγ に解離すると共に、Gα を細胞膜からサイトゾルへ遊離する。その
結果、受容体が G タンパク質と共役できずに Gα を介したシグナル伝達が抑制
されるが、その一方で、細胞膜に留まった Gβγ からのシグナルが活性化される
ものと考えられる。
これまで、マストパランの三量体 G タンパク質に対する作用としては Gi/o の
活性化を引き起こすことが言われてきた。この理由としては、マストパランが
Gi/o の GDP/GTP 交換反応を亢進すること [36]、及びいくつかのマストパランの
作用が PTX 前処理によって抑制されることが挙げられる [82, 112] 。本研究にお
いて第 2 章よりマストパランが Gq や Gs シグナルを抑制することを明らかにし、
Gi/o の活性化とは一見相反する作用であるように思われたが、第 3 章よりマスト
パランが Gβγ シグナルを活性化することを見出したことで、マストパランの
GPCR シグナルに対する作用として統一した見解が得られるかもしれない。即ち、
細胞内の G タンパク質の割合としては Gαi/o が最も多いことから、PTX 処理によ
って抑制されたマストパランのシグナルは、Gαi/o から遊離した Gβγ シグナルに
起因するものであり、Gαi/o シグナルは関与していない可能性が考えられる。実
際、本研究においても Gαi/o による AC の抑制作用は見られてはいないが、Gαi/o
から遊離した Gβγ によるΕΡΚ1/2のリン酸化は観察されている (Fig. 10B, 20)。従
って、これまでマストパランによる Gi/o 活性化作用として報告されてきたシグナ
ル伝達について、Gαi/o ではなく Gβγ シグナル活性化によるものであることが証
明できれば、マストパランの GPCR シグナルに対するメカニズムとして、Gα の
61
局在変化による抑制と Gβγ の活性化という機構で説明ができるようになると考
えられる。
Fig. 22. A possible mechanism of mastoparan (MP)-induced inhibition of Gα signaling and
activation of Gβ γ signaling.
62
4.
総括
シグナル伝達における脂質ラフトの役割について様々な知見が蓄積するにつ
れて、アテローム性動脈硬化症 [113] や筋ジストロフィー [114] 、アルツハイ
マー病を含む神経変性疾患 [115, 116] など、多くの疾患について脂質ラフトが
関与していることが明らかになってきている。例えば、遺伝性筋疾患である肢
帯型筋ジストロフィーの患者では、カベオリン-3 の遺伝子変異による筋繊維で
のカベオラ構造の消失が確認されており、カベオラを介した情報伝達の異常が
筋力低下と筋萎縮を引き起こしていることが示唆されている [114]。また、アル
ツハイマー病においては脂質ラフトがアミロイドの産生や輸送の場となってい
るという報告があり、事実ラット海馬神経細胞のコレステロールを MβCD で除
去し脂質ラフトを崩壊させると、β-アミロイドの産生が阻害される [115]。これ
ら疾患の予防、治療に応用するためにも脂質ラフトの機能の全貌解明が望まれ
るが、その分子メカニズムはまだ不明な点が多いのが現状である。これまでに、
マウス線維芽由来 Swiss 3T3 細胞において、脂質ラフトのガングリオシド GM1
発現レベルの変化が受容体の局在を変え、シグナル伝達に影響を及ぼしたとい
う報告 [74] や、HEK293 細胞において細胞膜コレステロール含量を調節するこ
とでシグナルの強度が変化したという報告 [117] がなされていることからも明
らかなように、脂質ラフトの構造や機能を変化させる薬物は細胞内情報伝達系
に対して大きな影響を及ぼす。逆に言えば、脂質ラフトの構造や機能をうまく
調節することができれば、脂質ラフトが関与する様々な疾患に対する治療効果
が得られる可能性があることを意味している。実際に近年、細胞内コレステロ
ール量及びコルチコステロイドの生合成を抑制することで脂質ラフトの機能を
阻 害 し 、 CCR5 や CXCR4 に 対 し て 拮 抗 作 用 を 示 す SP-01A が Samaritan
Pharmaceuticals 社により開発され、HIV と T 細胞の融合阻害作用を持つ抗 HIV
63
薬として現在第Ⅱ相臨床試験が行われている [118]。従って今後、様々な疾患と
脂質ラフトとの関わりが分子レベルで解明されることにより、脂質ラフトをタ
ーゲットとした新規作用機序の治療薬の開発が期待される。
本研究ではスズメバチ毒素マストパランが GPCR シグナルを抑制するメカニ
ズムを解明することを目的として検討を行い、マストパランが脂質ラフトにお
ける G タンパク質の局在を変化させるという独特なメカニズムを持った化合物
であることを見出した。第 2 章ではマストパランの脂質ラフトに対する作用と
Gq 及び Gs シグナル伝達に対する影響を検討した。その結果、マストパランはま
ず細胞膜上の脂質ラフトに集積するガングリオシドに結合することを明らかに
した。この結合にはガングリオシドのシアル酸残基の存在が必須であり、シア
ル酸のネガティブチャージとマストパランの Lys 残基由来のポジティブチャー
ジとの静電的相互作用が関与していると考えられる。また、マストパランと各
ガングリオシドの結合親和性を検討した結果、GT1b = GD1b > GD1a > GM1 の順
に親和性が高く、asialo-GM1 やシアル酸は結合しないという結果が得られた。
構造活性相関の検討からマストパランとガングリオシドの結合にはセラミドか
ら 2 番目の Gal に付加するシアル酸が重要であることが示唆された。更に、ガ
ングリオシドと結合したマストパランは続いて何らかのメカニズムによって脂
質ラフト構造非破壊的に Gα を脂質ラフトからサイトゾルへ遊離し、その結果
Gα を介した情報伝達を抑制することを見出した。
第 3 章ではより詳細なマストパランの作用メカニズムの解明を目的として解
析を行ったが、結果としてマストパランによって Gα が細胞膜からサイトゾルへ
遊離する機構は明らかにすることはできなかった。しかしながら、マストパラ
ンによって三量体 G タンパク質が Gα と Gβγ に解離することを明らかにし、マ
ストパランが Gα を介したシグナル伝達を抑制する一方で、Gβγ シグナルを活性
化することを見出した。
64
マストパランが細胞膜上のガングリオシドに結合した後に、細胞外から作用
しているのか、それとも細胞内に侵入して作用を発現しているのかは、マスト
パランの作用機構を解明する上で非常に重要な問題である。Matsuzaki ら [119]
はリポソームを用い、マストパラン族ペプチドであるマストパラン X が脂質膜
上に何分子か横たわって集合すると、一過性に膜貫通型のポアを形成すること
を報告している。従ってマストパランについてもガングリオシドをターゲット
として脂質ラフトに局所的に集積することによって、脂質ラフト上でポアを形
成し、そのポアが崩壊するときに一部細胞内にも移行する可能性がある [120]。
つまり、ガングリオシドが局在している脂質ラフトはマストパランが集積して
ポアを形成しやすい環境を提供していると推測される。このような経路で細胞
内に侵入したマストパランが細胞膜にアンカーしている G タンパク質と直接的、
あるいは間接的に相互作用してその局在に影響を与えることも考えられる。
一方、サブスタンス P などのニューロペプチドはマストパランと一次構造上
の類似性は認められないものの、両親媒性構造を持ち肥満細胞において受容体
非依存的にヒスタミン遊離を引き起こし、その作用点として細胞膜上のシアル
酸との相互作用が示唆されていることなど、マストパランとの共通点が多い
[121]。仮にサブスタンス P など内因性のペプチドにもマストパランと同様に脂
質ラフトに局在する G タンパク質を細胞膜から遊離し、シグナル伝達に影響を
及ぼす作用があるとすれば、今回マストパランの作用として見出したような反
応機構が実際に生体内に存在して機能している可能性がある。即ち、細胞膜上
の G タンパク質量を制御することでシグナルを調節する内因性のペプチドの発
見に結びつくかもしれない。そのような視点からの検討も興味深い。
本研究により、マストパランは脂質ラフトに集積する三量体 G タンパク質の
局在を変化させることによって GPCR シグナルの機能制御を行うという、ユニ
ークで新しい作用機序を持つ化合物であることが明らかになった。本研究で得
65
られた知見より、脂質ラフトの機能や、タンパク質の脂質ラフトへの局在を調
節することによってシグナル伝達を調節する新規作用機序を持つ化合物として
マストパランが見出された。今後マストパランの独特な作用メカニズムの全貌
が解明されることで、マストパランが脂質ラフトに作用点を持つ新薬のリード
化合物となることを期待したい。
66
謝辞
本研究にあたり、終始御懇意なる御指導、御鞭撻を賜りました東北大学大学
院薬学研究科
細胞情報薬学分野 中畑則道教授に謹んで御礼申し上げます。
本論文を執筆するにあたり、有益なご助言を頂きました東北大学大学院薬学
研究科
薬理学分野
胞生化学分野
福永浩司教授、及び東北大学大学院薬学研究科
分子細
青木淳賢教授に厚く御礼申し上げます。
本研究を遂行するにあたり、多大なるご協力とご指導、ご鞭撻を賜りました
東北大学大学院薬学研究科
守屋孝洋准教授、国立食品医薬衛生研究所
大久
保聡子博士、東北大学大学院薬学研究科 細胞情報薬学分野 小原祐太郎助教、
及び斎藤将樹先生に謹んで厚く御礼申し上げます。
本研究に用いた Gαs-GFP fusion protein expression plasmid を提供して頂きまし
た Prof. Mark M. Rasenick (University of Illinois at Chicago, College of Medicine,
Chicago, Illinois) 、GRK2-ct expression plasmid を提供して頂きました九州大学大
学院薬学研究科
黒瀬等教授に厚く御礼申し上げます。
最後に、公私にわたり多大なるご協力、ご激励を賜りました東北大学大学院
薬学研究科
細胞情報薬学分野の諸氏に深く感謝致します。
67
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本学位論文は下記の原著論文を基に作成されたものである。
1.
Mastoparan changes the cellular localization of Gα q/11 and Gβ through its
binding to gangliosides in lipid rafts
Jun Sugama, Satoko Ohkubo, Masanori Atsumi and Norimichi Nakahata
Molecular Pharmacology 68 :1466-1474 (2005)
2.
Mastoparan inhibits β-adrenoceptor-Gs signaling by changing
localization of Gα s in lipid rafts
Jun Sugama, Jiang-Zhou Yu, Mark M. Rasenick and Norimichi Nakahata
Cellular Signaling 19 :2247-2254 (2007)
3.
Dual effects of mastoparan on G protein-mediated signal transduction,
attenuating Gα-signaling and activating Gβγ signaling
Jun Sugama, Koji Ando and Norimichi Nakahata
(manuscript in preparation)
the