サンプル零点移動によるモデル規範型適応制御系の設計 - 中部大学

サンプル零点移動によるモデル規範型適応制御系の設計
十河拓也(中部大学)
Design of model reference adaptive control system based on relocation of zeros
for sampled-data systems
∗T. Sogo (Chubu University)
Abstract– This paper proposes a method to design model following control and model reference adaptive
control for sampled-data systems based on relocation of unstable sample zeros. The relocation is achieved by
adjusting the parameters of a cascade-connected filter, which is implemented as a digital filter with a higher
sample rate. Experimental and simulation results show the effectiveness of the proposed method for model
following control and model reference adaptive control, respectively.
Key Words: model following control, MRACS, sampled-data systems, discretization zero, pole-zero cancelation
1
はじめに
これまでにモデル規範型適応制御 (MRACS) の手法
が連続時間系および離散時間系を対象として数多く研
究されている.MRACS のアルゴリズムは一般に複雑
であるため,アナログ回路として実装するのは現実的
ではなく,DSP やマイコンによるデジタル系として実
装される.したがって,連続時間系として設計された
MRACS アルゴリズムは何らかの形で近似離散化を行っ
てデジタル系として実装されることになる.近似離散
化の根拠はサンプル周期が十分短ければ連続時間系が
近似されることであるが,周期をあまり短くできない
場合などの性能劣化についてはあまり調べられていな
い.一方,離散時間系を対象とした適応制御は,連続時
間系を離散化した後のモデルを対象として設計される
ため,上に述べた実装の問題は生じない.しかしなが
ら,多くの応用対象である連続時間系は離散化によっ
て MRACS 設計の重要な前提条件を満たさないことが
多い.
例題 1 (モータ系) パワーアンプの指令電圧 [V] から
軸角度 [rad] までの伝達関数がつぎのようなモータ系を
考える.
253.498
G(s) =
(1)
s(s + 3.5)
サンプル周期 τ = 0.01 のサンプラおよび同周期の 0 次
ホールドで離散化した場合の離散時間モデルはつぎの
ようになる:
H(z) =
0.012528(z + 0.9884)
(z − 1)(z − 0.9656)
(2)
式 (2) には安定限界に近い離散化零点 −0.9884 が存在
する.MRACS は極零消去に基づくモデルフォロイン
グ制御系のオンラインパラメータ調整則であるため安
定性を保証するのが困難となる.離散化によって生じ
る離散化零点の位置は,もとの連続時間系のパラメー
タの複雑な関数であるため望みに位置配置するのは困
難とみられていたが,最近サンプル周期に関するテイ
ラー展開式が比較的簡単な式になることがわかった.本
研究では,このことを利用して不安定な離散化零点を
近似的に安定化し,それによって極零消去に基づくモ
デルフォロイング制御系および MRACS を設計するこ
とを試みる.
2
サンプル零点の性質
一般の1入出力連続時間系
K(s − q1 ) · · · (s − qm )
(s − p1 )(s − p2 ) · · · (s − pn )
G(s) =
(3)
(ただし m < n)を,サンプル周期 τ のサンプラおよ
び同周期の 0 次ホールドによって離散化して得られる
離散時間系はつぎのように表される.
H(z) =
Cτ {z − γ1 (τ )} · · · {z − γn−1 (τ )}
(z − ep1 τ )(z − ep2 τ ) · · · (z − epn τ )
(4)
単純に 1 対 1 対応する極に比べ,零点 {γi (τ )} は一般に
閉じた単純な式では表されない.n−1 個のうち n−m−1
個の零点 {γm+1 (τ ), · · · , γn (τ )} のサンプル周期 τ に関
する Taylor 展開式は Euler-Frobenius 多項式 Bn−m (z)
の零点を λ としてつぎのように表される.
定理 1 1) 離散化零点の Taylor 展開式はつぎのように
連続時間系の極および零点を用いて表される.
α2
α3
αµ µ
γ(τ ) = λ + α1 τ + τ 2 + τ 3 + · · ·+
τ + · · · (5)
2!
3!
µ!
ここで,
α1 = − (F0 (λ))
−1
α2 = − (F0 (λ))
−1
α3 = − (F0 (λ))
−1
F1 (λ)
(6)
{α1 F0 (λ) + 2α1 F1 (λ) + 2F2 (λ)}
(7)
(3)
3α1 α2 F0 (λ) + α31 F0 (λ)+
+ 2α2 F1 (λ) + (3α21 + α2 )F1 (λ) + 6α1 F2 (λ)
+6F3 (λ)}
..
.
αµ = − (F0 (λ))
(8)
−1
(j)
ν
αi1 · · · αiν F0 (λ)
µ−1
+
(j )
k!
k=1
ν
αi 1 · · · αi ν Fk
(λ) + µ!Fµ (λ)
(9)
ただし,i1 + · · · + iν = µ, i1 < µ, · · · , iν < µ, j ≥ 1,
i1 + · · · + iν = µ − k, j ≥ 1.
Fk (z) =
1
(n − m + k)!
n
c(k, j)(−1)j z n−j
j=1
n
l=0
□
(pi1 + · · · + pij )n−m+k
rl
n 個の整数集合 {0, 1, · · · , n}\{l}
のうちの j 個の整数集合 {i1 , · · · , ij }
のすべての組み合わせについて
rl = G(s)(s − pl )|s=pl
(l = 0, · · · , n)
(11)
(12)
ここでは,定理 1 から計算される展開式を下記の連
続時間系 G2 (s) について求める:
(1 節で取り上げたモー
タ系と同じ相対次数 n − m = 2 であることに注意する)
G2 (s) =
s−q
(s − p1 )(s − p2 )(s − p3 )
γ1 (τ ) = 1 + qτ +
(10)
ただし,p0 = 0 として
c(k, j) =
同様に定理 1 より 1 へ近づく零点の Taylor 展開式はつ
ぎのように表される.
Cτ {z − γ1 (τ )}{z − γ2 (τ )}
(z − ep1 τ )(z − ep2 τ )(z − ep3 τ )
O(qτ ) = 1,
H2 (z) は定理 1 で λ = −1 とした展開式 (5) で表され
る離散化零点と τ → 0 で 1 へ近づく零点を持つ.後者
の他に 1 へ近づく零点は存在しないことから,その展
開式も定理 1 で λ = 1 とした (5) 式で表されることに
注意する.連続時間系 G2 (s) に関して,定理 1 の多項
式 Fk (z) を具体的に計算すると
F0 (z) =1/2!(z 2 − 1)
(15)
2
F1 (z) =1/3! (p1 + p2 + p3 − q)z + (p1 + p2 + p3 − 4q)z
−2(p1 + p2 + p3 ) − q}
F2 (z) =1/4!
(16)
p21 + p22 + p23 + p1 p2 + p2 p3 + p3 p1
+ 2(p1 + p2 + p3 )(p1 + p2 + p3 − 4q)z
− 3(p21 + p22 + p23 ) + 5(p1 p2 + p2 p3 + p3 p1 )
(17)
となり,定理 1 より −1 へ近づく離散化零点の Taylor
展開式はつぎのように表される.
γ2 (τ ) = −1 + α1 τ +
α2 2 α3 3
τ +
τ +···
2!
3!
(18)
ここで
α1 = − (p1 + p2 + p3 − q)/3
2
α2 = − (p1 + p2 + p3 − q) /3
α3 = −
−
7(p31
+ + p33 )
27(p21 p2 + p21 p3 +
(19)
2
(20)
p32
p1 p22 + p1 p23 + p22 p3 + p2 p23 )
− 42p1 p2 p3 + 32(p1 p2 + p2 p3 + p3 p1 )q
(23)
を満足されていれば,Taylor 展開式の高次項を無視で
きる.以下では,展開式 (18) および (22) の 2 次以下
の項のみを使って近似的に零点の配置をおこなう.
3
サンプル零点の再配置フィルタ設計
1 節でとりあげたモータ系のように連続時間系
G1 (s) =
1
(s − p1 )(s − p2 )
(24)
s−q
s − p3
(25)
を離散化すると不安定な離散化零点が生じることが多
い.この離散化零点を再配置するため連続時間系 (13)
を G2 (s) = G1 (s)C(s) ただし
C(s) =
とみなし,付加された極 p3 および零点 q を調整するこ
とで (14) 式の新しい零点 γ1 および γ2 の配置を調整す
ることを考える.展開式 (18) および (22) 式の2次以
下の展開式を用いて,極零消去の際の安定性を高める
ため |γ1 | および |γ2 | を最小化すると
q = −1/τ,
p3 = −4/τ − (p1 + p2 )
(26)
を得る. (1) 式のモータ系では,τ = 0.01, p1 = 0,
p2 = −3.5 であるから
−(p1 + p2 + p3 )q} z 2
+3(p1 + p2 + p3 )q}]
O(pi τ ) = 1 (i = 1, 2, 3)
(13)
(14)
(22)
ここで,α3 = (p1 + p2 + p3 + 2q)q 2 /6
ここで,展開式 (18) および (22) の各 τ ν の係数 αν
は,もとの連続時間系 (13) の極 {p1 , p2 , p3 } および {q}
の ν 次式になっていることに注意する.このことから
サンプル周期 τ に対して極 {p1 , p2 , p3 } および {q} の絶
対値が大きすぎず
これらから得られる離散時間系をつぎのように表す.
H2 (z) =
q 2 2 α3 3
τ +
τ +···
2!
3!
+ 22(p21 + p22 + p23 )q − 5(p1 + p2 + p3 )q 2 − 10q 3
(21)
C(s) =
s + 100
s + 396.5
(27)
が得られる.これを付加して得られるパルス伝達関数
H2 (z) はつぎのようである.
6.7064 × 10−3 (z + 0.4544)(z − 0.3681)
(z − 1)(z − 0.9656)(z − 0.01897)
(28)
これより,もとのパルス伝達関数 (2) の零点 (−0.9884)
に比べて極零消去に適した位置に零点が再配置できて
いることが確認される.
サンプル零点を再配置するために付加する連続時間
系 (27) は,0 次ホールドとモータ系の間に直列に挿入
されるアナログフィルタとして実装できる.このフィ
ルタは,低周波域を遮断する周波数特性を持ち,0 次
ホールドの階段状信号を Fig. 1 のように変換する.こ
の観察より,フィルタ C(s) の周期 τ の 0 次ホールド
入力に対する応答波形を τ より十分短い周期 δ の 0 次
ホールド階段状関数で近似することが考えられる.こ
H2 (z) =
10
5
Output
フォロイング制御を考える.
Output of ZOH
Response of the filter
D(z)(y(k) − yM (k))) = 0
0
ただし,D(z) = 1 + d1 z −1 + · · · + dn z −n である.制
御入力はつぎのようである (Fig.3).
-5
-10
0
(32)
0.05
0.1
0.15
0.2
Time [s]
0.25
0.3
0.35
0.4
Fig. 1: Output of ZOH and the response of the prefilter C(s) (simulation)
u(k) = {D(z)yM (k + 1) − BS (z)u(k) − R(k)y(k)}/b0
(33)
ここで,
れは連続時間フィルタ C(s) を短いサンプル周期 δ の離
散時間フィルタ
BS (z) = b1 z −1 + · · · + bn−1 z −n+1
+ p3 − q)/p3
z − e p3 δ
(29)
で置き換えることに相当する(Fig.2).短いサンプル
s−q
s−p
!"#
s−q
s−p
!"#
G(s)
D2 (z) = (1 − 0.1z −1)3 ,
$%&'
&%()*+,
,%'+
-.%/0+,
$%&'
!"#
G(s)
$%&'
!"#
G(s)
Fig. 2: Replacement of C(s) by digital filter
周期を δ = τ /10 = 0.001 とした場合の連続時間フィル
タ (27) に対応する式 (29) は F (z) = (z − 0.9174)/(z −
0.6727) である.
従来,マルチレートサンプル値系によって不安定零
点の問題を解決する研究 2, 3) が行われ有効性が報告さ
れていたが,上述の設計手法は効果的なマルチレート
サンプル値制御系設計の一手法を与えているとも解釈
できる.
4
モデルフォロイング制御実験
例題 1 のモータ系を対象として,MRACS の基本と
なるモデルフォロイング制御系(Fig.3 実線部分)を設
計し,零点再配置の有効性を実験により確認する.制
(34)
+ · · · + (dn − an )z −n+1
(35)
零点が適切に再配置された (28) 式および比較のため
不安定な零点をもつ (2) 式をそれぞれ Fig. 3 の制御対
象 H(z) として制御系を設計する. (28) 式および (2)
式に対する D(z) はそれぞれ
D1 (z) = (1 − 0.1z −1)2 (36)
と定めた.
この制御系へステップ状入力信号 uM (t) = 1(1 ≤ t ≤
3), 0(otherwise) を与えた場合の,パワーアンプへの入
力(サンプル零点再配置フィルタ出力)[V] およびモー
タ軸角度 [rad] を測定した.Fig.4 および 5 が零点再配
置を行った場合( (28) 式),Fig. 6 および 7 がそうで
ない場合( (2) 式)である.応答出力は両者ともほぼ
規範モデル出力通りとなっているが,入力信号につい
ては,サンプル零点再配置フィルタを用いた場合は用
いない場合に比べて持続的振動が抑えられている. さ
10
Input signal [V]
z − (qe
R(z) = (d1 − a1 ) + (d2 − a2 )z
5
0
−5
−10
0
1
2
3
Time [s]
4
5
6
Fig. 4: Input signal to the power amp. from the relocation filter
10
Angle [rad]
F (z) =
p3 δ
−1
Desired response
Output
5
0
0
Fig. 3: Model following control and MRACS
御対象の離散時間系を H(z) = B(z)/A(z),ただし
n
A(z) = z + a1 z
n−1
+ a2 z
n−2
+ · · · + an
2
3
Time [s]
4
5
6
Fig. 5: Desired response and output of the motor with
the relocation filter
!"#$%&
'()*+,-.
B(z) = b0 z n−1 + b1 z n−2 + · · · + bn−1
1
(30)
(31)
として,つぎの意味で出力 y(k) = H(z)u(k) が規範モ
デルの出力 yM (k) = HM (z)uM (k) へ収束するモデル
らに入力 uM (t) ≡ 0 とした定常状態で,モータ軸に外
乱トルクを加える実験を行ったところサンプル零点再
配置フィルタを用いない場合は持続的な振動が発生し
てしまう(Fig.9 )が,再配置フィルタを用いた場合は
それが抑制されていることが確認できる.
(Fig.8 )
5
モデル規範型適応制御シミュレーション
前節で設計したモデルフォロイング制御系に基づき,
離散時間モデル H(z) の変動に応じて制御器のパラメー
15
Input signal[V]
Input signal [V]
10
5
0
−5
−10
0
1
2
3
Time [s]
4
5
0
−5
−10
5
10
15
Time[s]
20
25
30
Fig. 9: Input signal to the power amp. w/o the relocation filter
Desired response
Output
5
2
0
1
0
1
2
3
Time [s]
4
5
6
Input
Angle [rad]
5
−15
0
6
Fig. 6: Input signal to the power amp.
10
10
Fig. 7: Desired response and output of the motor w/o
the relocation filter
タを調節するモデル規範型適応制御系を考える (Fig. 3).
なお,ここでは零点移動フィルタ C(s) は調整を行わず
連続時間モデル G1 (s) のノミナルモデルについて設計
された値で固定して用いることを想定する.(28) 式に
ˆ−1
対して制御器 BS (z) = ˆb1 z −1 + ˆb2 z −2 ,b−1
0 = b0 およ
−1
−2
−3
び R(z) = rˆ1 z + rˆ2 z + rˆ3 z は,つぎのパラメー
タ調整則によって定められる.
ˆ (k) = p
ˆ (k − 1) + F (k − 1)φ(k − 1)e∗ (k)
p
(37)
ここで
ˆ T = ˆb0 , ˆb1 , ˆb2 , rˆ1 , rˆ2 , rˆ3
p
(38)
φT = [u(k), u(k − 1), u(k − 2), y(k), y(k − 1), y(k − 2)]
(39)
F (k) =1/λ1 [F (k − 1)
−
T
λ2 F (k − 1)φ(k − 1)φ (k − 1)F (k − 1)
λ1 + λ2 φT (k − 1)F (k − 1)φ(k − 1)
(40)
T
e∗ (k) =
ˆ (k − 1)φ(k − 1)
D(z)y(k) − p
T
1 + φ (k − 1)F (k − 1)φ(k − 1)
(41)
零点再配置された (28) 式に適用した場合のシミュレー
ション結果を Fig.10 と 11 に示す.ただし,λ1 = 0.95
および λ2 = 1 と選んだ.1 秒以内に規範モデルの出
力に収束していることが確認できる(パラメータもほ
ぼ真値に収束した). 比較のため零点の再配置を行っ
ていない (2) 式にも同様の MRACS を適用したシミュ
−1
−2
0
2
4
Time [s]
6
8
10
Fig. 10: Input of MRACS with the relocation filter
レーションを行ったが,ほとんどの場合に1秒以内に
発散し,収束するパラメータを見つけることはできな
かった.
6
まとめ
本研究では,モータの角度制御系を対象とし,不安
定サンプル零点の再配置を行ってモデルフォロイング
制御およびモデル規範型適応制御の設計を行う方法を
提案した.零点再配置を行う前置きフィルタを元のサ
ンプル周期よりも短い周期のデジタルフィルタとして
実装して実験を行い,提案手法の有効性を確認した.
謝辞
実験に協力してくれた中部大学 博士前期課程 2 年生
城尾将史君に謝意を表します.本研究は科学研究費補
助金 (22560456) の助成を受けて行われたものである.
参考文献
1) 十河拓也. サンプル零点の展開式と配置法. 計測自
動制御学会論文集, Vol. 46, No. 2, pp. 91–96, 2010.
2) 藤本博志, 堀洋一, 河村篤男. マルチレートフィード
フォワード制御を用いた完全追従制御法. 計測自動
制御学会論文集, Vol. 36, No. 9, pp. 766–772, 2000.
3) 美多勉, 千田有一. 多入出力 2-delay ディジタル制
御の提案と応用 – 不安定零点問題の回避. 計測自動
制御学会論文集, Vol. 24, No. 5, pp. 467–474, 1988.
1
15
reference
output
0
10
−1
Output
Input signal[V]
0
−2
−3
−4
0
5
0
5
10
15
Time[s]
20
25
30
Fig. 8: Input signal to the power amp. from the relocation filter
-5
0
2
4
Time [s]
6
8
10
Fig. 11: Output of MRACS with the relocation filter