全文

微生物酵素を用いたバイオフレグランスの研究
勝 山 陽 子 * 道 畠 俊 英 * 中 村 静 夫 * 南 博 道 ** 片 山 高 嶺 ** 熊 谷 英 彦 **
香りを付加価値とする製品開発を目指して,アミンからアルデヒドを生成する酸化的脱アミノ化反応
触 媒 酵 素 の ア ミ ン オ キ シ ダ ー ゼ を 用 い て 香 料 (バ イ オ フ レ グ ラ ン ス )を 合 成 す る 研 究 開 発 を 行 っ た 。 様 々 な
芳香族アミンを試験した結果,相当するアルデヒドに変換された際にフローラルな香りを放つ物質を選定
した。このフローラルな香りについて,定量評価法を確立するとともに,反応の効率化を図った。その結
果,生成する香りの濃度上昇に関して,反応溶液中の酸素濃度が重要な因子であることが示唆された。ま
た , 30℃ , 10 分 , 400μL の 反 応 系 で は 12-39μM 程 度 の 香 り が 適 当 な 強 度 で あ る こ と を 確 認 し た 。
キーワード: 微生物酵素,バイオフレグランス,アミン,アルデヒド
Synthesis of Fragrance Formation Using Microbial Enzymes
Yoko KATSUYAMA , Toshihide MICHIHATA , Shizuo NAKAMURA ,
Hiromichi MINAMI, Takane KATAYAMA and Hidehiko KUMAGAI
This research aimed at biofragrance formation using amine oxidases that catalyze the oxidative deamination of amines to produce
aldehydes, in the anticipation of developing new fragrance-added products. Among various aromatic amines tested, we selected one that
has the fragrance of flowers when converted to the corresponding aldehydes. We then established a method for quantifying the compound
with a floral flavor and attempted to maximize its reaction efficiency. The results indicated that the content of dissolved oxygen in the
solution is rate-limiting for increasing fragrance formation. The appropriate level for floral fragrance formation was about 12–39 μM
when it was reacted under the following condition: 30°C, 10 min., 400 μL.
Keywords : microbial enzyme, biofragrance, amine, aldehyde
1.緒
言
グ ラ ン ス )を 効 率 良 く 合 成 す る こ と を 目 的 と し , 候 補
近年,日本ではストレス社会化が進む中,癒しを求
物質の選定を行った。また,選定した香料候補物質に
めて香りに関する様々な商品の購買意欲が高まってお
ついて定量評価法を検討した。さらに反応効率,生成
り , 香 り 市 場 は 2000 億 円 を 超 え る 産 業 に 成 長 し て き
物濃度,副産物濃度といった観点より,反応条件の検
た。香料物質として一般的に使用されるのは天然香料
討を行った結果について報告する。
もしくは有機合成香料であり,微生物酵素を用いた香
香り
(バイオフレグランス)
料開発例は,天然香料の改良の目的等に限られている
1),2)
。しかしながら,過激な条件を要し副反応が課題
原料(アミン)
となる有機合成と比較し,酵素反応は反応特異性が高
CH2NH2
く緩和な反応条件で行えるという利点を有しているこ
CH2NH2
CH2 NH2
とから,微生物酵素を用いて簡便で安価な新規香料合
うにアミンから芳香性化合物のアルデヒドをつくる微
生 物 由 来 ア ミ ン 酸 化 酵 素 を 使 用 し て 香 料 (バ イ オ フ レ
化学食 品部
**
酵素
酵素反応産物
(アルデヒド)
CHO
CHO
CHO
図 1 バイオフレグランスの生成イメージ
成の可能性が期待でき る。本 研究で は,図 1 に示すよ
*
酵素反応
石川 県立大 学
-1-
2.実
2.1
験
1mL とし,褐色バイアル内にて密封して行った 。候補
材料及び実験方法
2.1.1
物質の選択は官能評価により行った。
材料
2.1.3
検索に供試した酵素は,石川県立大学生物資源工学
酵素活性測定方法
研究所応用微生物工学研究室にて精製したアミン酸化
酵素活性の測定は以下のように行った。ペルオキシ
酵素 TYOM(Micrococcus luteus 由来 tyramine oxidase)の
ダーゼ (東洋紡績 (株 )製 )1mg を 0.01% 4-aminoantipirine
他,市販のアミンオキシダーゼ活性を有する酵素であ
及び 0.2% phenol を含む 10mM KPB (pH7) 25mL に溶
る TYOA(旭 化 成(株 )製,Arthrobacter sp.由来 tyramine
解した溶液 (Sol.A)に 10mM tyramine を 1.25mL 添加し
oxidase), MAOA (sigma-aldrich 製 , human, recombinant
た も の を Sol.B と し た 。 適 宜 KPB(pH7)に て 希 釈 し た
monoamine oxidase A )並びに MAOB(sigma-aldrich 製,
酵素溶液 25μL に KPB (pH7)を 275μL 添加した後,
human, recombinant monoamine oxidase B)で ある 。
700μL の Sol.B を加えて 30℃で反応後,吸光度 A 505 <
検索に供試した原料アミンは,アミンオキシダーゼ
0.18 と な る 適 当 な 時 間 に お い て A 505 を 分 光 光 度 計
の 反 応 特 異 性 を 考 慮 し て 選 択 し た 芳 香 族 ア ミ ン 25 種
((株 )日 立 製 作 所 製 , U-2810)に て 測 定 し た 。 酵 素 活 性
(東 京 化 成 工 業 (株 )製 , ナ カ ラ イ テ ス ク (株 )製 , 和 光 純
の 値 (U/mL) は , ((A 505 / 反 応 時 間 ( 分 ))-( ブ ラ ン ク の
薬工業 (株 )製, Acros Organics 製 )であ る (表 1)。
A 505 )/( ブ ラ ン ク の 反 応 時 間 ( 分 )) × ( 酵 素 希 釈
率 )/6.25/0.025)で算出した。
2.1.2
酵素反応原料検索
酵 素 反 応 条 件 は , 反 応 温 度 30℃ , 反 応 時 間 1 時 間 ,
原 料 ア ミ ン 濃 度 250μM ま た は 1000μM , 酵 素 は
2.1.4
酵素反応生成物の定量評価法
酵素反応生成物の定量には,酵素反応溶液に対して
の い ず れ か を
2,4-ジ ニ ト ロ フ ェ ニ ル ヒ ド ラ ジ ン (DNPH)誘 導 体 化 を ま
15mU/mL で使用した 。緩衝 液は 10mM KPB (リン酸カ
ず行った。 19.81mg の DNPH(ナカライテスク (株)製)を
リ ウ ム 緩 衝 液 )(pH7) と し た 。 な お , 酵 素 反 応 容 量 は
50mL の Sol.C(HCl:H 2 O:CH 3 CN=1:4:5)に て 溶 解 し , 20
TYOM, TYOA , MAOA , MAOB
mM DNPH stock solution(Sol.D)とした。Sol.D を Sol.C
表1 原料アミン
略号
P1
P2
P3
P4
P5
P11
P12
P13
P14
P15
P16
P41
B1
B2
B13
B15
B17
O2
O5
O8
O9
O15
O16
O17
O20
にて 10 倍希釈して用時調製した 2mM DNPH 誘 導体化
物質名
2-phenylethylamine
2-(4-aminophenyl)ethylamine
tyramine
5-hydroxydopamine
3-hydroxytyramine(dopamine)
2-(p-methoxyphenylethylamine)
3-o-methyldopamine
4-methoxy-3-hydroxypnenylethylamine
(4-methoxyphenyl)ethylamine
2-(2-methoxyphenyl)ethylamine
homoveratrylamine
4-o-methyldopamine
benzylamine
3,4-dihydroxybenzylamine
4-methoxybenzylamine
4-hydroxy-3-methoxybenzylamine
3,4-dimethoxybenzylamine
2-amino-1-phenylethanol
dl-norphenylephrine
dl-octopamine
3-phenylpropylamine
tryptamine
serotonin
5-methoxytryptamine
6,7-dimethoxy-1,2,3,4-tetrahydroisoquinoline
溶 液 (Sol.E)を 酵 素 反 応 溶 液 に 対 し て 等 量 添 加 し た 後 ,
30℃,30 分の反応後, 4℃にて冷却し 0.2μm PTFE メ
ンブランにより濾過したものを定量用試料とした。な
お , Sol.E の 添 加 を も っ て 酵 素 反 応 終 了 と し た 。
LC/MS((株 )島 津 製 作 所 製 ,2010A)に よ る 分 離 定 量 条 件
は , カ ラ ム ( 信 和 化 工 ( 株 ) 製 ,
STR-ODSII
5μm(2.0×150mm)),移動相(A:H2O, B:CH3CN, 65%B),
流 速 (0.2mL/分 ), 検 出 (UV 360nm), カ ラ ム 温 度 (40℃ ),
イオン化 (APCI-negative)とした。
検量線の作成には, phenylacetaldehyde (Aldrich 製,
≧ 90%)をアセトニトリルにて適宜希釈したものを,酵
素反応溶液と同様に DNPH 化したものを使用した。
2.1.5
バイオフレグランスの構造確認
パージ &トラップ装置 (ジーエルサイエンス (株 )製 )に
装 着 し た ナ ス フ ラ ス コ 内 に て 酵 素 反 応 (30℃ , P1:1mM,
TYOA: 2.5mU/ m L , 10mM tris(hydroxymethyl)aminomethane :Tris (pH7),反応容量 400μL)を 30 分行った後,
酵素反応を停止しないまま窒素パージ (30℃, 15 分 )を
-2-
行っ て 捕 集 後 , TCT-GC/MS(TCT :ジ ー エ ル サ イ エンス
ラーゼ (sigma-aldrich 製,bovine liver 由来)添加 群につ
( 株 ) 製 , CP-4010 , GC/MS : ( 株 ) 島 津 製 作 所 製 , QP-
い て カ タ ラ ー ゼ (CAT)濃 度 が 10mU/mL と な る よ う に
505A) に て 揮 発 成 分 を 測 定 し た 。 GC 条 件 は カ ラ ム
TYOA と同時に添加した。酵素反応生成物の定量は2.
(J&W Scientific 社製 , DB-WAX ,60m×0.25mm),GC
1.4に従った。
プ ロ グ ラ ム (40℃ ;10 分 , 40℃ → 230℃ ;5℃ /分 , 230℃ ;14
反応時間及び P1 濃度の検討
分 ), 導 入 部 温 度 (150℃ ), 検 出 部 温 度 (230℃ )で あ る 。
2.2.4
マス ス ペ ク ト ル は 70eV の 化 学 イ オ ン 化 に よ っ て得ら
酵 素 反 応 条 件 は , 反 応 温 度 30 ℃ , 酵 素 量 (TYOA)
れ る も の と し , マ ス ス ペ ク ト ル デ ー タ は , NIST デ ー
10mU/mL,緩衝液 10mM KPB (pH7),反応容量 400μL
タベース (’98 edition)と の比較 により 解析し た。
とし,褐色バイアル内にて密封して行った。反応時間
及 び P1 濃 度 は 適 宜 変 更 し た 。 酵 素 反 応 生 成 物 の定 量
2.2
香料合成のための酵素反応条件の検討
2.2.1
は2.1.4に従った。
酵素,原料アミン,緩衝液の選択
2.3
2.1で選定した原料アミンと酵素の検討において
官能評価
は,酵素反応時及び酵素活性測定時に使用する全ての
不 特 定 に 選 抜 し た 24 人 の パ ネ ラ ー に よ る , P1-
緩衝液を KPB (pH7)から Tris(pH7)に 置 き変 えて使 用し
TYOA 反応溶液の官能評価を行った。評価は 4 点法(0:
活 性 値 を 比 較 し た 。 緩 衝 液 の 検 討 に お い て は , KPB
香 り を 感 じ な い , 1:弱 す ぎ る , 2:丁 度 良 い , 3:強 過 ぎ
(pH7) を 適 宜 , Tris(pH7),
piperazine-1,4-bis(2-
る )で 行 っ た 。 酵 素 反 応 条 件 は , 反 応 温 度 30℃ , 反 応
ethanesulfonic acid) :PIPES (pH7), 4-(2-hydroxyethyl)-1-
時間 10 分,反応容量 400μL とし,開放試験管にて行
piperazineethanesulfonic acid) :HEPES(pH7)に 置 き 変 え
い,P1 濃度及び TYOA 濃度は適宜変更した。 また,
て使用した。なお,活性測定の方法は2.1.3に従
酵素反応生成物の定量は2.1.4に従った。
い,酵素反応生成物の定量は2.1.4に従った。酵
3.結果及び考察
素反応条件は,反応温 度 30℃ ,反 応時間 30 分,原料
ア ミ ン 濃 度 は 100μM も し く は 1000μM , 酵 素 量
3.1
原料の検索と定量評価法の検討
1mU/mL, 反応 容量は 400μL とし ,褐色 バイア ル内に
4 種 の ア ミ ン オ キ シ ダ ー ゼ 及 び 25 種 の 原 料 ア ミ ン
の組み合わせについて検討したところ,2 種の原料ア
て密封して行った。
ミン (P1 及び P12)が TYOM 及び TYOA に対する香料
2.2.2
過酸化水素量の測定方法
原 料 候 補 と な る こ と を 確 認 し た 。 こ れ ら P1 酵 素反応
反 応 温 度 30 ℃ , 反 応 時 間 10 分 , 酵 素 量 (TYOA)
生成物及び P12 酵素反応生成物が,アミンを原 料とし
10mU/mL, 緩衝 液 10mM KPB (pH7), 反応 容量 400μL
たアミン酸化酵素により生成されたアルデヒドである
とし,褐色バイアル内にて密封して酵素反応を行った。
ことを確認するため,酵素反応生成物の定量法を検討
1 分 間 の 煮 沸 に よ っ て 酵 素 反 応 を 停 止 後 , Sol. A を
した。検討した定量法はアルデヒドの定量において一
600μL 添加し, 30℃ , 5 分 の反応 後の溶 液の A 505 を測
般的に使用される, DNPH 化反応を利用した LC によ
定した。予め既知濃度の過酸化水素水で作成した検量
る分離定量法である。 DNPH 溶液の調製方法として,
線により,酵素反応溶液中の過酸化水素濃度を測定し
HCl/EtOH を使用する方法
4)
3)
や HCOOH/ CH 3 CN を使用
が 報 告 さ れ て い る 。 本 研 究 で は , HCl/
た。なお,同時に測定した酵素反応生成物定量は2.
する手法
1.4に従ったが,酵 素反応 停止を 1 分 間の煮 沸によ
CH 3 CN/H 2 O で の 手 法 に よ り 酵 素 反 応 停 止 を 兼 ね る こ
っ て 行 っ た 後 , 2mM DNPH 溶 液 を 添 加 し た 。 酵 素 反
と が 可 能 で あ る こ と か ら , HCl/CH 3 CN/H 2 O で の 手 法
応時の原料アミン (P1)濃度は 適宜変 更した 。
を 採 用 し た 。 そ の 結 果 , P1 を 原 料 し た 場 合 , 酵 素 反
応に伴い出現する単一ピーク (DNPH 化 P1-CHO:r.t. 9.2
2.2.3
カタラーゼ添加効果の検討
分 )を 分 離 す る こ と が 可 能 で あ っ た 。 ま た , DNPH 化
酵素反応条件は,反応 温度 30℃ ,反応 時間 10 分,
benzaldehyde の LC/MS 分析方法
5)
を参考に, DNPH 化
酵素量 (TYOA) 10mU/mL,緩 衝液 10mM KPB (pH7),
した P1 酵素反応生成物 (P1-CHO)のピークを解 析した
反応容 量 400μL とし , P1 濃 度は 適宜 変更 した 。カタ
と こ ろ , 9.2 分 の ピ ー ク は 予 想 さ れ る ア ル デ ヒ ド
-3-
(phenylacetaldehyde:P1-CHO)の DNPH 体 が 示 す 質 量 値
応により目的とする香料物質が生成しているものと判
(m/z:299)で あっ た(図 2)。こ れより ,市販 試薬 P1-CHO
断された。
を 利 用 し た 検 量 線 の 作 成 に よ り , P1 酵 素 反 応 生 成 物
の 分 離 定 量 法 を 確 立 する こと が で きた 。な お , P12 酵
3.2
素 反 応 生 成 物 に つ い て は , 同 様 の LC/MS 分 析 を 行 っ
TYOM 及び TYOA に対する原料候補物質 (P1, P12)
酵素反応条件の検討
たが酵素反応に伴い出現するピークが複数出現した。
に対する反応効率について検討するために,基準物質
いずれのピークについてもマススペクトルによる構造
(tyramine)に 対 す る 酵 素 活 性 値 を 100 と し , 各 組 み 合
解析を行ったが,構造 確認に 至らな かった 。
わせ反応における活性値を比較した。その結果,
酵素反応溶液中に生成 が確認 された P1-CHO が,気
TYOA は, P1 に対する反応効率が TYOM の約 30 倍で
体中に揮発して鼻で感じるフローラルな香り物質,す
あり,候補物質 P12 に対しても TYOM の約 3 倍であ
なわちバイオフレグランスの本体となっているかを確
った。これより,原料 P1 及び酵素 TYOA の組み合わ
比活性
(tiramineに対する活性を100とする)
認するため,P1 酵素反応溶 液の揮 発成分 分析を TCTGC/MS 法 に よ り 解 析 し た 。 そ の 結 果 , 揮 発 成 分 と し
て P1-CHO が 検 出さ れた(図 3)。 さ らに LC/MS 及 び
GC/MS に よ る 分 析 結 果 か ら , P1 を 原 料 と す る 酵素反
m A U
5 0
S P D -2 0 A: 3 6 0 nm
4 5
4 0
r.t.9.2分
3 5
3 0
m/z:299
140
TYOA
TYOM
120
100
80
60
40
20
0
P1
P12
図4 酵素及び原料アミンの組み合わせによる
2 5
2 0
1 5
1 0
5
反応効率の比較
0 . 0
1 . 0
2 . 0
3 . 0
4 . 0
5 . 0
6 . 0
. 0
7
. 0
8
9 . 0
1 0 . 0
1 . 0
2 . 0
1
i n
m
1.60
21
図2 P1酵素反応生成物のDNPH化による分離検出
生成物濃度( μM)
20
r.t.37分
1.55
生成物濃度
酵素活性
19
1.50
18
1.45
17
1.40
16
1.35
15
14
1.30
Tris
37分ピークのフラグメントパターン
(TYOA活性(U/mL)
0
PIPES
HEPES
KPB
図5 各緩衝液(pH 7)における
生成物濃度及び酵素活性の比較
検索
70
生成物濃度( μM)
60
推定物質
50
40
30
20
10
0
pH6
図3 バイオフレグランス(P1-CHO)の検出と構造確認
pH6.5
pH7
pH7.5
pH8
図6 緩衝液KPBにおける各pHでの生成物濃度の比較
-4-
せ が 有 効 で あ る こ と が 明 ら か と な っ た (図 4)。 反 応 原
した。その結果,酵素活性及び生成物濃度のいずれに
料 P1 及び酵素 TYOA の 反 応緩衝 液とし て,中 性付近
お い て も KPB (pH7)が 適 し て い る こ と を 確 認 し た (図
で 緩 衝 能 の あ る ,Tris, PIPES, HEPES, KPB の 4 種
5)。さらに,生成物濃度の点から, KPB の pH 条件を
類を選択し,酵素活性及び生成物濃度の両点から検討
検討したところ, pH7 が最適であることが確認できた
(図 6) 。 した がって ,緩衝 液は KPB(pH7)の条 件で行
200
うこととした。
過酸化水素
生成物濃度( μM)
160
次に,短時間で効率的な酵素反応を行うため,
生成物
TYOA を 10mU/mL,反応時間を 10 分に固定し, P1 濃
120
度について検討した結果を図 7 に示す。 P1 が 200μM
80
以上になると,生成物濃度が下がることが明らかとな
っ た 。 本 酵 素 反 応 は R-CH 2 -NH 2 + H 2 O+O 2 →R-CHO+
40
H 2 O 2 +NH 3 であることから,上記の現象の原因として,
0
10
50
100
200
P1濃度 (μM)
400
①生成アルデヒドが原料アミンと反応してイミンを形
1000
成し,生成した全てのアルデヒドが DNPH と反応して
いないこと,②副生成物である過酸化水素が酵素反応
図7 過酸化水素濃度と生成物濃度の比較
を阻害していること,③酸素濃度が足りないことが考
えられた。そこで,過酸化水素濃度を測定したところ,
200
P1-CHO と 同 様 に 高 濃 度 原 料 に お い て , 過 酸 化 水 素 生
TYOA(10mU/mL)
CAT(0mU/mL)
160
TYOA(10mU/mL)
CAT(10mU/mL)
成濃度が下がる傾向があり,その生成量は P1-CHO と
ほぼ同等であった (図 7)。
これより,①の可能性よりも②もしくは③の可能性
生成物濃度( μM)
120
が高いと考えられるため,過酸化水素を酸素に分解す
80
る カ タ ラ ー ゼ (CAT)を 共 反 応 さ せ る こ と に よ り , ② お
よび③の課題を合わせて克服できるかを検討した。し
40
か し CAT の 添 加 効 果 は 認 め ら れ ず , 生 成 物 濃 度 の 向
上 は 図 れ な か っ た (図 8)。 そ こ で 酸 素 濃 度 が 律 速 で あ
0
50
75
100 125 150
P1濃度(μM)
200
400
るかを確認するため,緩衝液に酸素を吹き込むことで
溶存酸素濃度を上昇させた後に酵素反応を開始したと
こ ろ , P1 濃 度 の 上 昇 に 伴 っ て 生 成 物 濃 度 の 増 加 を 図
図8 生成物濃度のカタラーゼ添加による影響
ることが可能であった。
次に,反応温度を 30℃,TYOA を 10mU/mL に固定
し た 際 の 最 適 な 反 応 時 間 及 び P1 濃 度 条 件 を 検 討し た。
生成物濃度(μM)
250
その結果, P1 濃度 200-400μM,45 分程度の反応条件
200
において最高濃度の生成物を得られることが示された
150
(図 9)。これは大気下 30℃における溶存酸素飽和濃度
P1:100μM
100
が 235μM で あ る こ と に 合 致 し て お り , 溶 存 酸 素 濃 度
P1:200μM
50
が本反応の律速であると考えられる。
P1:400μM
0
0
20
40
60
3.3
80
官能評価
香りは,その濃度によっては不快な香りとして受け
反応時間(分)
取 ら れ る こ と が あ る 。 そ こ で , P1-CHO に よ る フ ロ ー
ラルな香りが,どの程度の濃度で適当な強度であるか
図9 反応時間とP1濃度の変化による生成物濃度への影響
を検討した。表 2 に示す条件で酵素反応を行った 5 パ
-5-
4.結
タ ー ン の (試 験 区 A-E)に つ い て パ ネ ラ ー テ ス ト を 行 っ
た。その結果, 30℃, 10 分 , 400μL の反 応系で は,
言
微生物酵素を用いた香料の生成に関する研究開発を
12-39μM 程度の香りが 適当な 強度で あるこ とを確 認し
行い,以下の成果を得た。
た (図 10)。 な お , 気体 中 の適 度 な香 り 濃度 の 測定 法を
(1)微 生 物 酵 素 TYOA を 用 い た バ イ オ フ レ グ ラ ン ス の
候補としてフローラルな香りを見出した。
検討するために,気体中のアルデヒド測定法として一
(2)フローラルな香りについて,定量評価方法及び最適
般的に使用される Sep-Pak DNPH シ リカ カート リッジ
による手法
6)
酵 素 反 応 条 件 , 適 当 な 香 り 強 度 を 示 す 濃 度 (12-
を 検 討し た が 検 出 不 可 能 で あ っ た 。 気体
中のバイオフレグランスの評価法が今後の課題である。
39μM; 30℃,10 分, 400μL 反応系)を見出した。
参考文献
表2 パネラーテストの条件
1) (株)白元. 微生物の代謝を利用した芳香剤及び芳香の発
A
P1濃度(μM)
TYOA(mU/mL)
P1-CHO濃度(μM)
B
C
D
生方法. 特開 1995-187980. 1995-07-25.
E
10
200
10
80
200
0.125
0.125
0.5
0.5
2
2.4
3.8
6.9
12.3
38.8
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人数(人)
30
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25
0:香りを感じない
2:丁度良い
4) Andreoli R., Manini P., Corradi M., Mutti A., Niessen WM.
20
1:弱すぎる
3:強過ぎる
Determination of patterns of biologically relevant aldehydes in
exhaled breath condensate of healthy subjects by liquid
15
chromatography/atmospheric chemical ionization tandem mass
10
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5
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0
A
B
C
D
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図10 パネラーテストの結果
6) 今村清, 江口正治, 大平修平, 白國忠志, 竹中規訓, 田代
恭久, 立花茂雄, 平井恭三, 藤方豊, 矢坂裕太. 2,4-ジニト
ロフェニルヒドラジン誘導体化法による大気中における
アルデヒド類の高速液体クロマトグラフ定量法の評価.
分析化学. 2003, vol. 52, p. 73-79.
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