中小企業のリスクマネジメント最前線 ドライバーの人事・給与制度を考える

(図3)人材育成、給与、業務の有機的連携
中小企業のリスクマネジメント最前線
ドライバーの人事・給与制度を考える
人材育成
システム
1
経営理念
給与
システム
(株)
創造経営センター
取締役コンサルティング事業部長
東野 正彦
組織
◇◇◇◇◇◇◇はじめに◇◇◇◇◇◇◇
(図1)現場における問題点とその解決
B社 生産性の向上のための社員の定着と育成
A社 集配生産性の向上について
トラック運送事業者は、輸送の安全確保
対話とコミュニケーションによる
運転手の質の向上と量の確保
のみならず、労働災害、
コンプライアンス
連帯感の高揚
採用管理と
運転手の
自分の賃金の理解と納得
良質の人間
質の向上
等も含めた業務遂行上のリスク管理に対
生活指導により目標を自覚させる
する社会の要請の高まりに直面している。
営業・業務の一貫体制
対話とコミュニケーション
による和の実現
内部体制の
確実な指示と
一方で、事業環境も厳しさを増してお
内部体制の確立と自主管理
確立と
出発・到着の
対話によるチームワークの向上
職務分担を明確にし、
営業強化
バランス
り、事業者は、限られた資金や人員をいか
各人の自覚と連帯感を
作業環境の改善と定着率の向上
ムリ・ムダのない業務改善
上からの強制に抵抗する
計画的な職務ローテーション
に有効活用するかに頭を悩ませている。
一
による定着率向上
明るい職場づくり
単純作業の中にも工夫が必要
同業他社と
日一台あたりの売上(単価)が低下する中
職場に花が必要
施設・設備の 希望のもてる
比較し、当社の
活用と充足
職場環境
相互協力による早期終了と定着
特色づくり
で、歩合給が採用されているケースが多い
営業開発による生産性向上
明朗会計
ことは、長時間労働、最低賃金の問題を表
運賃を考え 営業担当と乗 荷主サービ ノルマに対 教育の充実
給与水準と 給料と
荷物を獲得 務員の連携に スと生産性 応できる人 による生産
出させている。
このようなジレンマを抱え
体系の問題 物量確保の
性の向上
する
よる営業開発 は相反する もいる
結び付け
る事業者の多くにとって、
『人的資源の効
果的活用につながる人事・給与制度とは、
(図2)
いかなるものか?』
は最優先かつ非常に難
会社も自分も良くなるために
【あるべき姿】
【現状】
しい問題となっている。
今回は、
リスク管
リーダーを中心
理にも大きく関連するこのテーマについ (図1)
はA社、B社において、
「現場ド
個人あって
として経営者の
の集団
て考えてみたい。
ライバーの声を聞く」
ことを目的に、
「ド
意思に沿った行
動ができる組織
ライバーが考える現場の問題点と解決
トラック運送事業者における
策」として、
300〜500の意見をそれぞれ
人事労務管理の特徴
業 績・能 力 に
の会社で集約したものである。
この貴重
勤続年数・
公平
時間に平等
ドライバー
トラック運送事業者の特徴は、下記の な意見から学ぶべきことは、
は会社が良くなり、発展することを望ん
3点である。
能力や働き
労働時間
でいること、そのためには、対話と連帯
①末端のドライバーが荷主サービスを行う
という人的要素が強い点
感の強化による「楽しく明るい職場づく
②営業所を出れば、仕事中は常に一人の場合が
り」
が根本に求められていることといえ
化は、給与システムを変えただけでは
多く、管理者の目が届きづらく、人間関係構
る。
技術教育・職務能力だけでなく、人
実現できない。
築およびチームワーク作りが難しい点
間性に立脚した、心の通じ合うようなも
安 全 やコンプライアンスへの取 り組
③働き方や生き方の多様化の中で、社員とし
のが必要で、管理者には、相手の立場に
て一つの会社で長く働くことを好まない
みに加え、給与システムは、経営者の端
傾向も見られる点
立つ能力=人間性向上が求められてい
的な意思表現である。給与システムは、
「事故防止」
と「従業員の定着」
が事業者 ることがうかがえる。
従業員が仕事を通じて技術・技能を習
の課題だとすると、人事労務管理で考慮
得し、
これを発揮する業務・組織を作り、
ドライバーの定着・事故防止を実現する、
すべきは、まずは現在のドライバーが「自
各人の成長意欲を促進させる経営シス
給与・人材育成・業務システムの構築
己管理ができること」
「満足度を向上させ
テムの一部でなくてはならない。
経営理
る評価制度」
を両立させることといえる。 給与システムだけを考えれば、
「 年功
念を中心として、給与システム、人材育
そのための環境や制度の要件は、
「働 序列の固定的昇給制度」
ではなく(図2
成システム、業務システムが関連をもっ
くこと=時間の提供」
という考え方でな 【現状】
)
、
『仕事の内容が高まった時』
や
て構築されることで、企業の成長、社会
く、ドライバーが働きがいを感じつつ働 『実績を残した時』に給与が上がる仕組
貢献、従業員の生活の充実を共に満たす
けることにある。
単に給与制度を変える みを考えればよい
(図2
【あるべき姿】
)。
システムとなる(図3)
。単なる給与制度
だけでは真 の解 決 につながらないとい
しかし、
(図1)のような、個 性 の発
改善が思うような成果をあげられない
う事に難しさがあるといえる。
揮、自己実現できる組織、組織の活性
原因は、
この点にあるといえる。
1
2
業務
システム
給与システムと人材育成システムの関係
人の成長=企業の成長という、経営理念に基
づいた会社から社員への期待水準の具体化と
個人の向上目標の一致を図り、社員一人一人
の成長とともに給与が上がる仕組み。
2
給与システムと業務システムの関係
社員の成果が適正に評価され、その結果が給与
に反映される。そのためには業績を正しく把握
できる管理システムの構築と実績のオープン
化、社員が納得できる目標設定が必要になる。
3
人材育成システムと業務システムの関係
社員の職務能力基準に基づく成長と経営計画の達
成を一体化する。そのためには社員の成長と計画達
成の有無がわかる業務システムが必要になる。
A社は東京郊外に本社があり、営業所
が3ヵ所ある車両台数130台の運送会社
である。
建材の配送・家具家電の宅配な
どを行っている。
A社では売上単価が減
少する中、長く働くことだけで時間給を
得ようとするドライバーがおり、一方で
効率的に仕事をこなすドライバーは、時
間が短いことから逆に給料が下がって
しまうという問題を抱えていた。
A社で
は人が育ち、業務の質を高めることがロ
スの排除、コスト削減、荷主満足につな
がるとの考えのもと、優秀ドライバーが
評価され、やりがいの得られる評価の仕
組みを目指した。また、乗務員自身の成
長や、プロジェクトメンバーの目線を高
めることに重点を置いた。
①プロジェクトを組織化し、目的を共有化する
プロジェクトメンバー は現 場 をよく
(図4)荷主の業務評価表(抜粋)
項目
仕事の
つらさ
複雑さ
困難さ
配分
給与
3
3
リーダー育成を通じた給与制度の
見直し
(中堅運送会社の場合)
責任の
大きさ
判断項目
勤務時間の長さ
出勤時間
荷物の重さ
…等10項目
小計
倉庫の管理
入出庫
接客
…等13項目
小計
組み立て
倉庫の管理
集金
…等13項目
小計
時間の指定
お金の扱い
…等4項目
小計
合計
判断基準
付与するポイント 獲得したポイント ポイント付与
ポイントなし
12時間未満
12時間以上
1.5
5:01 ∼
∼ 5:00
1
一人で持てない 一人で持てる
1
…
…
…
14
ある
ない
1.5
ある
ない
1
ある
ない
1
…
…
…
16
0.5
ある
ない
1
ある
ない
1
ある
ない
…
…
…
16
ある
ない
0.5
扱う
扱わない
1
…
…
…
4
50
(図5)乗務員の評価基準表(抜粋)
a.1点、
b.2点、
c.3点、
d.4点、
e.5点
a.挨拶しない
d.基本的挨拶をいつもさわやかにしている
b.作業服の着用を怠りがちで外観も乱れており、努力が必要である
②服装
d.会社の規則に従った服装をしており、同僚・荷主から見ても違和感がない
b.日報等は就業時に提出されるが、時々内容の不備や提出忘れがあり、受領書などの紛失がある
③書類提出
c.日報等は一通り揃えて終業時までに提出されている
a.洗車はほとんど行わない
④洗車
c.週3回以上の洗車は行っており、長距離運行後は必ず洗車整備にあたっている
a.スリッパ履き、くわえタバコで作業している
⑤勤務態度
c.靴(安全靴)を履き、作業に支障のない服装で取り組んでいる
a.整備点検が悪く、オイル・冷却水不足のエンジントラブルもある
⑥車両点検
c.定期的に整備点検がされており、特に問題は起きていない
b.ときどき遅れる事があり、出庫確認の電話が荷主より入ってくる
⑦時間厳守 d.常にゆとりを持った出庫を心掛けており、仕事への責任もある
a.積込・荷降・検収において、お客様に迷惑をかけ自分から荷扱いを研究していない
⑧荷扱い
c.荷扱いの経験もあり、特に問題なく実行している
c.速度管理(社速・法定速度)基準を守っている
⑨安全運転
d.速度管理・安全管理基準(指差呼称等)は、事故防止につながると良く理解し、守っている
a.上司・配車担当に反抗的で、指示に従わないことがある
⑩業務従事度
e.上司・配車担当の指示には協力的・積極的に取り組み、荷主から信頼が厚い
①挨拶
1点
4点
2点
4点
2点
3点
1点
3点
1点
3点
1点
3点
2点
4点
1点
3点
3点
4点
1点
5点
知り、乗務員と直接対話ができるリー
ダー6名とプロジェクトを統括する取締
役の計7名でスタートした。
まず取り組んだことは「現在の給与
体系の理解」
と「改善のポイントの統一」
だった。取締役以外のメンバーは、そも
そも、現在の給与体系について全体像を
理解していなかった。
②評価制度を検討、
構築する
各荷主の仕事を「つらさ」
「複雑さ」
「困
難さ」
「責任の大きさ」
に分け(図4)、評価
項目と基準を検討し、
格付けを行った。
乗務員の評価は「乗務員評価基準表」
「仕
事内容評価表」
「特別評価」の3種類とし
た。
●
「乗務員評価基準表」(図5)は、基準とな
る行動の実践・協調性など、乗務員の人
格に関する内容とした。
●
「仕事内容評価表」は、様々な仕事ができ
る乗務員を評価するため、担当した仕事
の数を基準にした。
●
「特別評価」は、その他の重要な要素とし
て「車両・破損事故回数」
「整備知識」
「勤
続年数」
「 積み忘れ回数」
「 取付技術」と
いった内容とした。
●
③給与内容の改善と設定
最後に、
「仕事の内容評価」
と「乗務員
評価」を組み合わせた、職務給のテーブ
ルを作成した。
各ドライバーへの適用に
あたっては、半年をかけて必要な調整を
行いつつ実施した。
④活動成果
メンバーの荷主や乗務員を見る角度や視
点の多様さに気づき、本音の議論と試行
錯誤を通じ、目指すべき姿の目線合わせ
ができた。
●「理想とする乗務員像」
をメンバーの統一
見解として具体化できた。
● 1年 にわたるプロジェクト活 動 を通 じ、
それぞれの荷主への対応を見直すきっ
かけになった。評価の低い荷主に対して
は取引条件の交渉を行うなど、メンバー
の行動の変化も見られた。
●
⑤今後の課題
次のステップとして、経営トップは経
営者の考え方や日々の行動を反映する
「ビジョン」
を示すことを考えている。
給
与システムの改善は経営改善の入り口
であり、
「理想とするドライバー像」
の内
容はできたが、乗務員への伝達や、年1〜
2回の評価の継続、管理者の役割の具体
化、職場改善の教育の展開、目標管理制
度の充実など、まだまだ課題は山積みで
あり、
道半ばといえる。
4
SAFETY INFORMATION Vol.88 (2012.5)