事例1 1 ○○大学の△△教授が「化学物質Aには発がん性がある」との 研究結果をまとめた。学術誌『□ □』に掲載される。 2 ○○大学の△△教授が「化学物 質Aには発がん性がある」との研 究結果を◇◇学会で発表した。 3 ○○大学の△△教授が「化学物 質Aには発がん性がある」との研 究結果を明らかにした。 「食卓の安全学」松永和紀著(家の光協会)より ○進行(東京都福祉保健局健康安全室健康安全課 渡部浩文) では、まず1つ目の事例です。1番、○○大学の△△教授が「化学物質Aには発がん性がある」との研究 成果をまとめた。学術誌「□□」に掲載される。2番、○○大学の△△教授が「化学物質Aには発がん性 がある」との研究結果を◇◇学会で発表した。3番、○○大学の△△教授が「化学物質Aには発がん性が ある」との研究結果を明らかにした。いずれも雑誌、新聞等々で見かけるような内容かと思いますが、この 記事を読んでどういうふうに感じるでしょうか。一番信憑性があると感じられるのはどれでしょうか。 <会場に問いかけ> ○坪野吉孝氏 ・こういった記事等ではどこを見ていただきたいかというと、「学術誌に掲載」、「◇◇学会で発表」、「研究 結果を明らかにした」というところになります。 ・5つのチェックポイントに順番に当てはめてみると、まず1番は、具体的な研究に基づく話かどうか。この 都庁新聞には、「研究結果」と書いてありますので、これは体験談とか、何とか先生が自分で勝手に言い 出したという話ではないので、具体的な研究に基づく話になりますね。 ・2番は、研究対象はヒトか、あるいは細胞や動物か。読める部分だけでは判断できませんが、多くの場合、 この手の研究では実際にヒトに化学物質を飲ませることはありませんので、基礎研究だろうということで、バ ツになります。 ・3番目ですが、論文報告か学会発表か。意外にその違いは十分知られていないのですが、我々研究者 にとっては情報の重みが全然違います。学術誌に出た論文は重視しますが、学会発表のものは重視しま せん。学会発表というのはデータを発表する最初の段階です。ですから、研究者が強調したいことを比較 的自由に言える。一方、学術誌に出すためには第三者の審査を受けます。ですから、我々研究者には学 術誌に掲載されたものをもって、そこを評価の出発点にするというルールがあるのです。 ・ですから、そこだけを見れば、1番の方がより信頼性が高いということになります。 ○中村雅美氏 ・今、坪野さんがおっしゃったことにもう1つ付け加えるならば、その学術誌のステータスに我々はすごく関 心を寄せます。 ・一流の、信頼の置ける学術誌に発表されるものであれば信用してもよろしいという判断をします。その信 頼の置ける学術誌は何かというと、これはなかなか素人の方にはわかりにくいのですが、論文を審査する 人がいたり、仕組みがあるかどうかなどで判断します。 事例2 50%の人がコメよりパンが好き。 4人にアンケートをとったら、2人はコメよりパンが 好きと答えた。 この飲料は1リットル中に1000ミリグラムものビ タミンCを含んでいる。 あの飲料には100ミリリットル中に0.1グラムし かビタミンCが含まれていない。 「食卓の安全学」松永和紀著(家の光協会)より引用(一部加工) ○進行 では次の事例を見てみます。「50%の人がコメよりパンが好き。」こういう調査結果が出 ました。新聞か何かで、こういうことがもし言われたとしたら、どういうふうに感じるでしょう か。 <会場に問いかけ> ・けれども、「4人にアンケートをとったら、2人はコメよりパンが好きと答えた。」ということ を聞いたらどうでしょう。確かに算数をすれば50%ですけれども、随分感じ方が違うと思 います。何を対象としたのかということがとても大事だという事例です。これが発信される 情報の中から抜け落ちていたり、自分が判断するときに落ちていたりということがあるの ではないでしょうか。 ・次の事例です。「この飲料は1リットル中に1000ミリグラムものビタミンCを含んでい る。」という表現と「あの飲料には100ミリリットル中に0.1グラムしかビタミンCが含まれて いない。」。これは感じ方がやっぱり違う。しかし、濃度はどちらも変わらない。数字の出 し方、表現の仕方によって見え方も大分違ってくるという事例です。 化学物質の使用量と種類が増えてキレる子どもが増 ※1 えた。※1 コウノトリの数は、この40年で徐々に減ってきた。赤 ちゃんの数も同じように減ってきた。だから、赤ちゃん ※2 はコウノトリが連れてくるものである。※2 1.0 新生児数 コウノトリのつがい数 1,500 0.75 1,000 0.5 1965 1970 1975 新生児数︵ 百万人︶ コウノトリのつがい数 2,000 1980 年 ※1「食卓の安全学」松永和紀著(家の光協会) ※2「続・農薬に対する誤解と偏見」福田秀夫著(化学工業日報社)より ○進行 「化学物質の使用量と種類が増えてキレる子どもが増えた。」こういう報道があったとしま す。これについてどう感じますか。 <会場に問いかけ> ・では、次の「コウノトリの数は、この40年で徐々に減ってきた。赤ちゃんの数も同じよう に減ってきた。だから、赤ちゃんはコウノトリが連れてくるものだ。」。これを見てどう思わ れるでしょうか。グラフを見ると、確かにコウノトリのつがいの数も赤ちゃんの数も減って いる。これを見て、これは本当だなと感じるでしょうか。(笑) ・何かのグラフで2つの事例を組み合わせて「相関関係があります」という説明はよくあり ますが、内容をよく見ると実は関係がないものを2つ並べているだけという場合もありま す。どういう関係があるのかという分析を情報の受け取り手が行う必要があるという事例 です。情報を見るときには、ちょっと立ちどまって考える部分も必要なのですね。 事例3 今年一月、英国の医学雑誌に寒天のダイエッ ト効果に関する研究論文が発表されました。 健康メトロ 糖尿病と耐糖能異常の被験者 計76人を無作為に2グループ に分け、一方には通常食と寒 天を、もう一方には通常食だ けを食べてもらった。 12週間後、血液 などを検査 今日のテーマは「寒天」!! 寒天を食べていたグルー プの方が、体重、BMI、 総コレステロール値が有 意に改善していた。 ○進行 ・では次の事例。今度は架空のテレビ番組です。 ・今年1月英国の医学雑誌に寒天のダイエット効果に関する研究論文が発表されました。 この研究論文によりますと、糖尿病と耐糖能異常の被験者76人を無作為に2つのグ ループに分け、一方には通常食と寒天を、もう一方には通常食だけを食べてもらいまし た。12週間後、血液などの検査をすると、寒天を食べていたグループの方が体重、BM I、それから総コレステロール値が有意に改善していました。 都内のスーパーに来てみました。買い物中の人にお 話を伺ってみましょう。 寒天は毎日欠かさず食べてます。体の調 子もいいような気がします。 寒天を食べ始めてから、血圧が下がった んですよ。 夫が糖尿病なので寒天を食べさせてます。 ○進行 さて今度は、都内のスーパーに来て、買い物中の人に寒天についてお話を伺ってみま した。「私は寒天を毎日欠かさず食べています。体の調子もいいような気がしますね。」 それから、「寒天を食べ始めてから、血圧が下がったんですよ。」そんなインタビューが 流れます。次に「夫が糖尿病なので寒天を食べさせています。」こんな映像が流れます。 さらに寒天にはこんな隠された力があるんです! 寒天には癌を予防する効果もあるん です。 寒天に含まれる多糖類から生成され る「アガロオリゴ糖」が、「ガン抑 制作用」を示すことが動物実験で明 らかになっています。 夏だけど海やプールはちょっと・・・、というあなた! 今からでも間に合います。明日から寒天ダイエット! 健康メトロ 終わり ○進行 ・最後に、ひげを生やした白衣の先生が出てきて、「寒天にはがんを予防する効果もあ るのですよ。寒天に含まれる多糖類から生成されるアガロオリゴ糖ががん抑制効果を示 すことが動物実験で明らかになっています。」夏だけど、海やプールはちょっと・・・という あなた、今からでも間に合います。あしたから寒天ダイエット! ・このような情報というのは割と発信されているのかなと思います。 ・一番最初に事例として出ている文献は、イギリスのある学術雑誌に実際に報告があっ たものです。寒天を食事に取り入れて、体重の減少とか糖尿病などに対する効果につ いて調べたものです。 ・寒天の事例をわざわざ持ってきたのは、巷でかなり話題になっているということです ・この文献の信頼性についてどういうふうに考えるか。番組全体ではなくて、まず文献情 報について、坪野先生からコメントをいただければと思います。 事例3 今年一月、英国の医学雑誌に寒天のダイエッ ト効果に関する研究論文が発表されました。 健康メトロ 糖尿病と耐糖能異常の被験者 計76人を無作為に2グループ に分け、一方には通常食と寒 天を、もう一方には通常食だ けを食べてもらった。 12週間後、血液 などを検査 今日のテーマは「寒天」!! 寒天を食べていたグルー プの方が、体重、BMI、 総コレステロール値が有 意に改善していた。 ○坪野 ・健康情報のチェックポイントに基づいて考えていきますと、1番の具体的な研究に基づ く話かというのはマルですね。太った芸能人が寒天を食べたらやせたとか、そういう体験 談ではない。 ・2番目は研究対象がヒトか、動物実験か。これは糖尿病の患者さん76人と書いてあり ますので、ヒトですね。だから、マル。 ・3番目、論文報告か学会発表か。これは医学専門誌に出ていますから、マルです。 ・4番目、臨床試験か大規模な追跡調査か。これは詳しく説明していませんが、患者さ んのグループをランダムに2つに分けて、寒天を食べるグループとそうでないグループ を分けています。これは臨床試験ですので、マルになりますね。 ・5番目、複数の研究で支持されているかどうか。はっきりわかりませんが、こういうデー タはおそらく余りないだろうと思いますので、クエスチョンあるいはバツ。 ・ですから、1から4までマルなので、情報源としては信頼性が結構高いように見えます。 しかし、十分注意をすべき点が幾つかあります。 ・このテレビの報道の中では出ていませんが、元の論文を読むと、寒天を食べていたグ ループというのは、寒天を食べるほかにちゃんとした食事療法とか運動療法とかをやっ ているのです。ですから、寒天単独の効果というわけじゃなくて、食事療法、運動療法を やり、さらに寒天を食べた場合の効果を見ている。食事と運動は気にしないで寒天を食 べるだけでダイエットになるというものではないということがきちんと説明されていないとこ ろに大きな問題があると思います。 ○進行 実際に今の番組の流れの中では、非常に限られた情報が発信されているだけです。論 文では詳細な検証をするために非常に細かく条件設定がされた実験を行っていますが、 番組は、文献とその他の情報を組み合わせることで、「寒天には効果がありますよ」とい うイメージだけを発信している事例だと思います。 都内のスーパーに来てみました。買い物中の人にお 話を伺ってみましょう。 寒天は毎日欠かさず食べてます。体の調 子もいいような気がします。 寒天を食べ始めてから、血圧が下がった んですよ。 夫が糖尿病なので寒天を食べさせてます。 ○進行 ・次に進みます。学術誌で発表されたということで、チェックポイントでいうと、かなり信頼 性があると感じられる情報が出された後に、今度は体験談のようなものがでてきます。 ○坪野 ・こういう番組のつくりは最近すごく増えていて、なかなか巧妙になっています。最初の きっかけはちゃんとした論文を持ってくるのですが、その後の展開がどんどん飛躍して いくという流れです。 ・これは個人の体験談ですが、まず「夫が糖尿病なので寒天を食べさせています。」と 言っています。でも、先ほどの研究では、糖尿病の人に12週間寒天と普通の食事療法、 運動療法をやって、体重減少などの効果があったという話で、寒天を食べただけでどう にかなるという話ではありませんし、糖尿病を治す効果があるとまで言えるわけではあり ません。 ・「寒天を食べ始めてから、血圧が下がったんですよ。」この方の個人の体験としてはそ ういうこともあるのかもしれませんが、先ほどの論文では、実は血圧はコントロール群以 上には下がっていない。けれども、個人の体験談として血圧も効果があるというようなこ とを言わせてしまう。 ・「寒天は毎日欠かさず食べています。体の調子もいいような気がします。」これは全くの 主観なので、こういうことが同じようにみんなに当てはまるとは限らないわけです。寒天を 食べるとその分おなかが膨れてご飯を食べられなくなりますので、それで余りおもしろく ないという方だって当然いるわけです。 ・この3つの体験談は最初の研究からすごく大きな飛躍があって、本来研究の中で言っ ていないことまで拡大してしまっているところが問題ではないかと思います。 さらに寒天にはこんな隠された力があるんです! 寒天には癌を予防する効果もあるん です。 寒天に含まれる多糖類から生成され る「アガロオリゴ糖」が、「ガン抑 制作用」を示すことが動物実験で明 らかになっています。 夏だけど海やプールはちょっと・・・、というあなた! 今からでも間に合います。明日から寒天ダイエット! 健康メトロ 終わり ○進行 先ほどの寒天の力について、ひげを蓄えた立派な先生のコメントが出てきました。これもよくあることだと思 います。 ○坪野 ・幾つか問題があります。まずは寒天に含まれる物質ががん抑制作用を示す。動物実験と書いてあります ので、これがすぐヒトに当てはまるものではない。 ・医学博士が登場していますが、医学博士って一体何だ?ということを説明します。こういうテレビに医学 博士が出てくるのは、それで権威をつけるためです。司会者やメーカーが言っているのではなくて、医学 博士の肩書を持った人が権威者として発言するわけです。けれども、医学博士というのは決して権威者と は限りません。それを誤解しないでいただきたいと思います。 ・例えば、車の免許のようなものです。車の免許を持っていることとF1でレースを走れるのとは全く別問題 ですね。医学博士も全く同じで、研究の基礎的トレーニングを受けて、その資格をもらっているだけなので す。ですから、医学博士の中には世界的な権威ももちろんいますが、学会に行っても名前を聞いたことが ない、テレビでしか見たことがない医学博士なんていうのはたくさんいるわけです。 ○進行 ・今回事例として取り上げたものは、最初の文献は本当のものですが、後半は私たちが独自に作った完 全に架空の事例です。 ・この事例を見た後では、会場の皆さんは、寒天とダイエットの関係についての考え方が少し変わったの ではないかと思います。では、情報の発信ということで、中村先生から何かコメントをいただけますでしょう か。 ○中村 ・よくできた事例だと思います。事実をスタートにだんだん話を膨らませていって1つのストーリーにしてし まうことがあるのです。それは非常に危険なことです。こういったことは少なくとも新聞ではタブーです。ス トーリーはもちろんつくりますが、無理に何かメッセージを送ろうというのはタブーです。 ・これは私たちの目から見てもかなり無理のある展開の番組だと思います。でも、決して世の中ではない ケースではありません。 ・それから、新聞をずっと読まれている方はおわかりかと思いますが、新聞では○○の権威という言葉は 使いません。医学博士も使いません。責任の所在を明らかにします。例えば東北大学の坪野さん。坪野 医学博士とは言いません。それは、恐らく東北大学におられるから東北大学に責任があるわけですね。 そういう方に登場してもらいます。 事例4 最近おなかが気に なるなぁ。 運動しなきゃ・・・ アミ ロ ト メ ノ そんなあなたに アミノメトロ! ○進行 ・最後に、4番目の事例を見ていただきたいと思います。健康情報と言えるのかどうかわ かりませんが、架空のCMの事例です。 ・アミノ酸飲料のアミノメトロ。「最近おなかが気になるな、運動しなきゃ」という人がいて、 「そんなあなたにアミノメトロ!」。 アミノ酸 1000mg配合 ア アミノ酸1000mg配合! アミノメトロはダイエット の味方です! ロ ト メ ミノ ○進行 ・先ほどの「ちょっと気になるな」と言ったすぐ後に製品の映像が出てきます。「アミノ酸1000mg配合!アミ ノメトロはダイエットの見方です!」 ・こういった情報というのは多く発信されています。ここで注意しなければいけないのは、「アミノメトロを飲 むとやせる」とはこのCMの中では決して言っていないのです。それでも、何となくやせるような気がするの かなと思います。それを意図して私どももつくっているのですが。 ○近本 ・私の調査の結果から幾つか思い当たるデータがあります。マスメディアの、こんなのいいよという情報を 聞いたときに、手軽に買えそうなものだったらすぐに試してみるかという質問をしたことがあります。これは 生協の組合員さん全体で6割の方がすぐに買ってみたいと答えていらっしゃいます。 ・消費者の動きは今マスメディアに非常に影響を受けやすくなっています。特に新聞よりはテレビですね。 ・データがあります。バラエティー番組について信頼していますか。低感度層と高感度層でとても差が出 てきている項目です。信頼していない方が高感度層では高い数字になっているのです。低感度層の方た ちは、どちらかといえば信頼というのが全体に半数前後になっています。 ・このように意識をしていらっしゃる方は、信頼できるかどうかをまず判断するというワンクッションが多分あ るのだと思いますが、余りふだん気にしていない方たちは、テレビを見ると、おもしろそうだなという感覚で すぐに買い物に行く。それが多分6割という数字になってきているのかと思います。 ○中村 1つ補足するならば、この事例で一番重要なのは映像の影響です。言葉では、アミノメトロを飲むとやせる とは一言も言っていないのですが、映像では太った人が出てきて、それらしき効果があるようなことを誘導 するわけです。 ○近本 それが戦略ですから、当然そういうふうにつくってあると思います。消費者の側としてはやっぱりここでワン クッションですよね。 ○進行 情報を発信する側の意図を受け取り側も考えていかなければいけないということですね。これで、事例の 紹介は終わりました。この後は自由にお話をいただきたいと思います。
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