トレードフローで見る日本素材産業の位置 - 日本金属学会

日本金属学会誌 第 73 巻 第 3 号(2009)161170
」
特集「希少資源および不足資源の代替並びに効率的利用
トレードフローで見る日本素材産業の位置
原田幸明
井島 清
片桐 望
独立行政法人物質・材料研究機構材料ラボ
J. Japan Inst. Metals, Vol. 73, No. 3 (2009), pp. 161
170
Special Issue on Emergent Researches for Substitution to and Effective Usage of Rare and Scarce Metals (2)
 2009 The Japan Institute of Metals
The Status of Engineering Materials Industry of Japan by Trade
Flow Analysis
Kohmei Halada, Kiyoshi Ijima and Nozomu Katagiri
Innovative Materials Engineering Laboratory, National Institute for Materials Science, Tsukuba 3050047
The trade flows of materials were visualized by use of the data from United Nation's COMTRADE database. Subjected
materials were Fe at 1992 and Fe, Al, Cu, Ni, Au, Pt, Co, W, Ta, plastics, and chemical products at 2007. While the trilateralism
with USA, Germany and Japan at 1992 is releasing to be spread, Japan is still keeping a dominant trade flows in each material.
Japan is one of the dominant countries in both cases of the export and the import of materials. The change of the position of
material in the international competitive power of countries is discussed. While many countries have tendency to shift the weight
from material to products, Japan keeps a special position on materials. From 1990s the share of engineering materials in the export is increasing up to 20, overriding machines and electric equipments. The importance of engineering material industry on
national survival of Japan is increasing.
(Received October 31, 2008; Accepted January 9, 2009)
Keywords: trade flow, material flow, international competitive power, engineering material, commodity
素材産業の実情を把握し,その将来の予見に資することが必
1.
緒
言
要である.本稿では,そのような試みのひとつとして,世界
の国家間の貿易として現れる素材の流れ,すなわちトレード
20 世紀の中盤まで資源立地型産業であった素材産業は原
フローを可視化し近年の傾向を探るとともに,トレードフ
料資源に乏しい日本の製鉄業の挑戦によりグローバルな展開
ローの近年の変化を検討する中から,国際的な中での日本の
をとげ,原料を世界の各地から集積し大規模化の優位性を最
位置,日本の産業貿易の中での素材の位置について検討する
大限に発揮する輸送立地型,消費立地型の構造へと変化して
こととした.
いった1).それから約半世紀を過ぎ鉄の年間生産量だけでも
10 億トンを超えて当時の 10 倍の生産量に迫ろうとしてい
2.
国際トレードフローの記述
る.鉄の主要な生産拠点がイギリスから米国に移ったのが年
産約 1000 万トンを超えたあたりであり,米国から日本に移
貿易に関する情報はわが国では財務省の貿易統計,国際的
ったのが年産数億トン台であったことを考えると,また新た
には国連の COMTRADE3) というかたちでデータベース化
な構造の変化が起きだしていても不思議ではない段階に入り
され,そのホームページで誰もがアクセスできる状態にあ
つつある.
これのような傾向は鉄鋼だけに見られるものではない.経
る.ここでは,海外のデータとの整合性を重視して,COMTRADE のデータを用いることとした.
済のグローバル化にあわせて金属分野では鉱山会社の M &
COMTRADE は当然輸出入にかかわる双方向の国のデー
A が急速に進み,良質鉱山の寡占と「開発より買収」の傾
タが記載されている.本来ならば A 国から B 国への輸出
向が強まる2)など,カジノ経済とも呼ばれる近年の不安定な
データと B 国の A 国からの輸入データは一致するはずであ
経済の投機対象として価格の乱高下に翻弄されやすい状態が
るが,正確に一致するケースはほとんど無い.中には鉄スク
懸念されている.このような資本の動きを抜きにしても,中
ラップ( code: 7204 )のように米国から中国への輸出は 16.1
国をはじめとする BRICs (ブラジル,ロシア,インド,中
億ドル(344 万トン)であるのに対して,中国の米国からの輸
国)諸国の台頭, EU の拡大,さらにはアラブ諸国の消費力
入は 4.1 億ドル(115 万トン)と大幅に食い違うものもある.
の急速な伸長など,日本経済が世界の中で活性であった
これは,国際統一コードがあるものの,その国際コードと国
1980 年代とは大きく異なった社会・経済環境が生じている.
内のコードとの対照が国によって異なることに起因してい
そのような中でわが国の素材技術を発展させ,国と世界の
る.それに対し,本稿では輸入の場合には関税などの措置が
豊かさの実現に貢献していくためには,この変化しつつある
あるため厳密さが要求されると考え,二国間の貿易について
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日 本 金 属 学 会 誌(2009)
は輸入国側のデータで記載することにした.
トレードフローの記述に当たっては,全てを記載すると逆
第
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巻
をまとめた.なお,素材名のうしろのかっこ中の番号は国際
貿 易 コ ー ド で あ る . こ の コ ー ド 38 は 名 称 は Chemical
に全容がつかめなくなるため,それぞれの素材に該当する
Products であるが,金属化合物類やウエハーなどの原材料
コードに対して輸出および輸入の上位 20 カ国を対象とし
を含むため,ここでは“ Chemical ”という名称で誤解を与
た.また,二国間のフローに関しては,このうち輸入の上位
えないように「原料素材」と呼んでおくことにした.また,
20 カ国についてその一国毎の輸入対象国 20 カ国とそれらと
マンガン,クロム,など鉄系レアメタルは鉄とともに使用さ
の二国間輸入量を調べ,その輸入量の多いものから 40 の組
れる量が多いため独自の量を追跡する意味は少ないとして今
み合わせを取り上げてトレードフローとして記載した.
回はトレードフロー図にはしなかった.
これらの記載は,デフォルメされた世界地図上に各国をプ
Fig. 1 に示した 1992 年の鉄の国際トレードフローは,典
ロットしたテンプレートを作成し,その上に輸出入国とト
型的な米日欧の 3 極構造をなしており,アメリカ(US),日
レードフローを記載することで,一見して比較できるように
本( JP),ドイツ(DE)を核としたハブ状のフローが形成され
した. COMTRADE のデータには,輸出入の金額とともに
ている.これが Fig. 2 の 2007 年になるとアメリカの相対的
量も記載されているが,今回は全ての項目に関して記載され
位置は弱まり,アジアでは日本,韓国(KR),中国(CN)の鼎
ている金額(ドル)のデータのみを用いてフローを作った.輸
立状態が成立し,その重心は日本から中国に移動してきてい
出入の上位二十カ国それぞれの中には輸出および輸入の両方
る.ヨーロッパでもドイツを軸とした動きから,フランス
で上位二十カ国に入っている国も多かったが,その場合は輸
(FR),ベルギー(BE),イタリア(IT)のネットワーク型に変
出入の差額をとりその結果で入超国,出超国として取り扱っ
化してきている.さらには,輸入国としてのイタリア,チェ
た.
コ( CZ ),輸出国としてのクロアチア( SI ),オーストリア
なお,これらの作業は, Microsoft 社の表計算ソフト Ex-
(AT),スゥエーデン(SE),フィンランド(FI)など南東北欧
cel 上に VBA マクロを作成し自動的にウェッブサイトにア
諸国の比重が強まってきている.著しい変化はロシア(RU)
クセスすることによりフロー図に記載すべき輸出入国やフ
およびウクライナ( UA ),トルコ( TK )などユーラシア大陸
ローが一覧表化されるようにしたが,フロー図そのものの作
中央部でのトレードフローの増大であり, 1992 年段階で顕
成は重なり部分の調整などヒトの識別能力が求められるため
著であったアメリカへの流れおよび東南アジア諸国への流れ
コンピュータソフトの使用には至らなかった.また,後に考
を凌いでしまっている.また,国としては韓国が輸出型から
察で用いるためにフロー図化した以外にもデータを取得して
輸入型に変わり,それ以上の変化として 1992 年にはアメリ
いる.
カに次ぐ二位の輸入国だった中国が,日本に迫る二位の輸出
Fig. 1 に 1992 年の鉄のトレードフローを示し,記載方法
を説明しておく.図中の青丸に白抜きの数字が上位 20 位に
国に変化を遂げていることである.
アルミニウム( Fig. 3 )でも中国はロシア,カナダ( CA ),
入った輸出超過国であり,数字はその輸出超過分の金額を示
オーストラリア(AU)に次ぐ四位の輸出国になっている.輸
している.一方で橙色の丸に赤の数字は輸入超過国である.
入が多いのはアメリカ,日本であり,ヨーロッパでは西欧を
国名は国連の国名コード(二文字)を使用した.各国の位置は
中心に輸入傾向の国々が多い.銅(Fig. 4)は銅鉱山を有する
極力地図に近づけることを目指したが,フローの線を描きや
チリ( CL)から世界中に流れており,それをロシアとカナダ
すくするためにヨーロッパを肥大化させるなどかなりのデフ
が補うという構造だが,銅製品を含めた輸出では日本が最大
ォルメを行った.また米国に関しては西ヨーロッパとの取引
であり,その主たる輸出対象は中国となっている.その中国
が多い場合には図の左側にもその存在を記した.矢印は二国
にはチリからも多くの銅が流入しており 219 億ドルと他よ
間の貿易の流れである.矢印がありながら数字の入っていな
り一桁上の輸入国となっている.ヨーロッパではポーランド
い国があるが,それらは輸出入の上位 20 カ国に無かった国
(PL),ブルガリア(BG)の輸出国,オーストリア,チェコの
々である.なお,一部に 2007 年のチリやペルー,ポーラン
輸入国というように東欧へのシフトが進む中で,イタリアの
ドなど確報が COMTRADE に報告されていないため上位 20
輸入額がアメリカ並みに大きくなっておりヨーロッパの中で
カ国から漏れたと見られる国々も数少ないが存在していたの
の相対位置が大きい.またトルコ,サウジアラビア( SA)の
で,これらの国は 2006 年のデータを使用した.二国間の貿
輸入も 10 億ドルを超えるに至っている.アルミニウムおよ
易の金額は矢印に即して記載し線の太さもそれに比例させ
び銅は消費地を中心とした流れとして理解できるが,ニッケ
た.双方向で大量の取引がある場合には,金額の多い流れを
ル(Fig. 5)は資源国を軸とした流れといってよい.カナダと
示し,数値としては両者を矢印の向きに合うほうを上にして
ロシアからは世界中に供給され,オーストラリア,インドネ
二段に記載した.
シア( ID )から中国,日本,韓国の三つの大量輸入国に流れ
ている.ここでも最大の輸入国は中国であり日本がそれに次
3.
各素材の国際トレードフロー
いでいる.またヨーロッパではイタリアが最大の輸入国であ
る.
Fig. 2 か ら Fig. 13 に 鉄 ( 72 ) , ア ル ミ ニ ウ ム ( 76 ) , 銅
貴金属の流れは複雑である.また,金(Fig. 6)については
( 74 ),ニッケル( 75 ),金( 7108 ),白金( 7110 ),コバルト
ペルー(PE),チリ,南アフリカ(ZA)などの有力資源国と中
(8105),タングステン(8101),タンタル(8103),およびプ
国の 2007 年のデータは本稿を作成する時点ではまだ公開さ
ラスチック(39),原料素材(38)の 2007 年のトレードフロー
れていなかったが,輸入国側からのデータでフロー図を作成
第
3
号
トレードフローで見る日本素材産業の位置
Fig. 1 Trade flow of iron and steel at 1992. Dark circles with white numbers indicate the countries of export, while gray ciercles
with black numbers indicate the counties of import. Countries are named with United Nation's two deigit country code on a deformed
world map. Arrows show the flow of trade with thickness proportional to trade amount in US$, which are expressed on the arrow.
Fig. 2
Fig. 3
Trade flow of iron and steel at 2007.
Trade flow of Aluminum at 2007.
163
164
日 本 金 属 学 会 誌(2009)
Fig. 4
Trade flow of Copper at 2007.
Fig. 5
Trade flow of Nickel at 2007.
Fig. 6
Trade flow of Gold at 2007.
第
73
巻
第
3
号
トレードフローで見る日本素材産業の位置
Fig. 7
Fig. 8
Fig. 9
Trade flow of Platinum at 2007.
Trade flow of Cobalt at 2007.
Trade flow of Tngusten at 2007.
165
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日 本 金 属 学 会 誌(2009)
Fig. 12
Fig. 10
Trade flow of Tantal at 2007.
Fig. 11
Trade flow of Plastic at 2007.
Trade flow of Chemical Product (COMTRADE code 38) at 2007.
第
73
巻
第
3
号
トレードフローで見る日本素材産業の位置
Fig. 13
167
Export (right hand side) and Import (left) of engineering materials in each Country.
しているため中国を除いては概要を把握することが出来る.
本が最大の輸出国である.最大の輸入国はチェコであり,ま
金の最大のトレードフローはスイス(CH)からトルコへの流
たタイ(TH)も相当の量を輸入しており,これらの特化した
れであり,次いでカナダからアメリカ,南アフリカからトル
国でタンタルを用いた製品技術が産業化しているものとみら
コ,イギリス(GB)からオーストラリアとなっている.輸出
れる.アメリカは日本,中国から輸入しヨーロッパに輸出す
国は南アメリカ,オセアニアなど南に多いが,日本も輸出国
る媒介的な役割になっているが,西ヨーロッパはフロー図上
である.白金(Fig. 7)は南アフリカからのアメリカと日本へ
ではほとんど目立たない存在になっている.
の流れが支配的で,日本が最大の輸入国である.ヨーロッパ
プラスチック( Fig. 11 )と原料素材( Fig. 12 )はともにドイ
はイギリス,ベルギーを経由して流れ,ドイツがヨーロッパ
ツを中心とするヨーロッパのハブ構造と,カナダ,アメリカ
では最大の輸入国であるが,韓国の輸入量のほうが大きく東
と東アジアの日中韓三か国,さらにシンガポールなど東南ア
アジアへと流れ込む構造になっている.
ジアへと広がる太平洋ベルトの二重構造になっている.両者
レアメタル類はアジア,特に日本を中心とした流れが主軸
とも,日本,ドイツ,アメリカ,オランダ,ベルギーは輸出
となっている.コバルト(Fig. 8)では,フィンランド(FI)か
国であり,中国,イタリア,ポーランドは輸入国であり前者
ら日本への流れが最も大きくカナダ,オーストラリアからの
の国々から良質の素材を得て加工しているものと考えられ
輸入も加わり,日本が最大の輸入国である.なおフィンラン
る.特にプラスチックでは,日本,韓国,タイ,シンガポー
ドはコンゴ(CO)からの輸入が多く,中間材を日本に輸出し
ルから中国に流れ込んでおり,中国は最大のプラスチック輸
ているものとみられる.また日本やアメリカからはマレーシ
入国である.しかし,フローとしては中国からアメリカへの
ア( MY ),シンガポール( SG )に輸出されており部材として
輸出フローが最大であり,鉄が輸入から輸出へと変わったよ
輸出されこれらの国々で最終製品化されているものと推測さ
うな変化の兆しが見えている.原料素材は日本から中国,韓
れる.また,ヨーロッパはヨーロッパ圏内のネットワークよ
国へと向かう流れが大きいが,アメリカを経て,ドイツ,さ
りもアメリカ中心のハブ構造の一部に近い.タングステン
らにはフランス(FR),イタリア,オーストリア,ポーラン
(Fig. 9)は中国が中心であり,日本も中国からは輸入しつつ
ドなどに流れている.
中国に次ぐ輸出国になっている.またオーストリア,イスラ
エル( IL ),ポーランドなどの加工技術を重視する国が積極
4.
日本の素材産業の位置の考察
的に輸出入を展開しているのも特徴的である.タンタル
( Fig. 10 )も日本と中国を軸にフローは形成されており,日
トレードフローを概観するだけでも,以前の米日欧の三極
168
第
日 本 金 属 学 会 誌(2009)
73
巻
構造が多くの素材で崩れつつあり,中国の役割の増大,ヨー
(輸出輸入)の割合を表した式( 1 )であらわされる指標であ
ロッパの東への拡散,などが見られる.しかし,いずれの素
り,-1 から 1 の値をとる係数であり,-1 は,輸入特化を
材に関しても日本はトレードフローの中での大きな流れに深
示し,1 は輸出特化,0 は輸出入拮抗を示す4).
くかかわっており,鉄,銅,金,タングステン,タンタル,
およびプラスチックと原料素材では輸入,アルミニウム,ニ
ッケル,白金,コバルトでは輸入の主要国の位置を保ってい
る.
このような関係を総括的にみるために,各国の貿易輸出入
(貿易特化係数TSC)
=(輸出量-輸入量)/(輸出量+輸入量)
(1)
1994 年にはトルコ,チェコなどで輸入占有率が高くチェ
コでは特化係数も大きかったが 2006 年では輸入占有率は下
落し特化係数も輸入側になってきている.これは,この両国
の金額を,それぞれの素材に対して積み上げてみた.それが
の経済状況の悪化を意味しているわけではない. Fig. 15 は
Fig. 13 である.縦軸に素材貿易金額の多い代表的な国々を
鉄鋼製品(コード 73)に対して同様のプロットを行ったもの
配し,横軸のゼロから左側が輸入超過分,右側が輸出超過分
であり,トルコ,チェコともに特化係数が輸出側へと増加し
の金額であり,素材ごとに積み上げて表示した.
ている.この Fig. 14 と Fig. 15 を比較すると,この両国が
日本は,輸出,輸入ともに最大級の国に位置している.特
素材を製造し輸出する素材立国型から,素材を購入しその製
に,最大と三位の輸出国は最近の価格上昇の大きいニッケル
品を輸出する加工立国型へと変わっていったことがわかる.
を産出・輸出しているロシアとカナダであり,総合的には実
その点でイタリアは以前より素材輸入,製品輸出の加工立国
質素材輸出一位の位置にいるといってよいだろう.また,輸
型であり近年はその加工製品輸出占有率も増大させてその傾
出量の多い国で,ドイツはプラスチック,中国は鉄と比較的
向を強めている.ドイツは Fig. 14, Fig. 15 のいずれも 2 
特化しており,日本,アメリカ,ベルギーがプラスチック,
程度の占有率と若干輸出の傾向にある拮抗状態になってお
鉄,銅,原料素材などを総合的に輸出している.
り,素材およびその加工が貿易の中で特徴的な役割を担って
輸入額の上 位 5 か 国はイタリア ,アメリカ, 日本,中
はいないものとみなされる.アメリカはこの両者とも輸入特
国,韓国である.中国はプラスチックの輸入が多くの位置を
化を進行させており,アメリカの貿易における素材とその加
占め,イタリア,韓国,アメリカは鉄が輸入になっている.
工の占める位置は小さい.他方でフィンランドは鉄鋼製品は
これらの国々は相対的に安価な普遍性高い素材を輸入し,そ
この 12 年間ほぼ同レベルにあるものの鉄鋼での輸出占有率
れを加工した製品を製造していく傾向が強いものと考えられ
を増加させており,チェコなどとは異なる加工より素材重視
る.この上位 5 カ国に次ぐトルコとタイではよりこの傾向
の方向に進んでいるものと見られる.とりわけて急速な変化
が強い.それに対して日本は,ニッケル,アルミニウム,白
を見せているのが中国である.鉄鋼に関しては 1994 年はほ
金の輸入額が大きく,より付加価値の高い部材などの製造を
とんど輸入であったものが, 2006 年には輸出に転じ,輸出
指向していると考えられる.
の中の占有率もドイツや日本と同程度になっている.さらに
次に,それぞれの国の中での素材貿易の位置をみてみる.
鉄鋼製品では,輸出傾向が大きく増加し輸出中の占有率も
Fig. 14 は COMTRADE のデータをもとに各国における鉄
3と日本,ドイツを凌いでいる.いまや鉄鋼製品がその国
(コード 72)の貿易の位置を 1994 年,2000 年,2006 年と追
内の輸出の大きな部分を占めているのはこの中国およびイタ
っ て プ ロ ッ ト し た も の で あ る . 縦 軸 に は 貿 易 特 化 係 数 4)
リア,さらにはチェコとなっており,ドイツ,日本はトル
( Trade Specialization Coefficient: TSC ) , 横 軸 に は 当 該 品
コ,フィンランドと同じような位置になっている. Fig. 15
目の輸出額の全輸出額に対する占有率をプロットしてある.
のように日本は鉄鋼製品をその国の輸出の主力としていく国
貿易特化係数とは,貿易総額(輸出+輸入)に占める貿易収支
々のグループから普通の国に吸収されようとしているが,
Fig. 14 の鉄鋼そのものを見てみると,トルコ,チェコなど
Fig. 14 The shift of position of iron and steel (COMTRADE
code 72) in the trade of each country from 1994 to 2006.
Fig. 15 The shift of position of steel articles (code 73) in the
trade of each country.
第
3
号
トレードフローで見る日本素材産業の位置
169
多くの国々が輸出型から輸入型へとシフトしていっている中
トを強める中,特徴的に高い輸出特化を維持し続けている.
で,日本のみが高い輸出特化を示しており,世界へ素材提供
では,現在の日本の国際競争力は何により得られているの
を進めていくという立場は相対的に強まっていっているとい
かを見てみよう. Fig. 18 は輸出の中の占有率の推移を,輸
える.
送機械,産業機械,電子機器,工業素材について示したもの
他の製造業との比較で見てみる.Fig. 16 は機械,Fig. 17
である.輸送機械は,COMTRADE 輸出コードの 86 鉄道車
は電子機器を同様にプロットしたものである.ともに 1994
両,87 車両,88 航空機,89 船舶を足したもの,産業機械は
年には他国に無い高い輸出特化と輸出中の占有率を示してい
同コードで 84 機械,電子機器は 85 電子機械を用い,工業
たが, 2006 年には特に機械では,ドイツ,イタリアさらに
素材は,化学製品(2840)と陶器・ガラス( 6870)および金
は中国とほぼ同等の位置関係になっている.電子機器でも,
属(7183)を足したものである.図からわかるように,現時
フィンランドとあまり違いは無く,また,その国の輸出に対
点で輸出を牽引しているものは輸送機械でありその占有率は
する占有率ではむしろ中国のほうが高くなっているともいえ
25 程度であるが,一時期牽引車となっていた機械および
る.もちろん,これらのプロットはそれぞれの国の貿易に対
電子機器はこの 10 年で低落し 20を切るに至っている.他
する各分野の位置づけの変化であり,その国の国際的位置を
方で伸張しているのが工業素材である.しかも,この伸長は
示すものではない.しかしこれらは,どの分野がその国の国
10 年以上前から着実に起こっており,これからも日本の国
際競争力を牽引しているかを示すものであり,日本の国際競
際競争力を支える重要な柱となっていくものと予想される.
争力を牽引してきた機械や電子機器は,ほぼ他国も取りうる
このような工業素材の役割の増大を見えにくくしているの
国内的位置へと変化してきており,鉄鋼製品に関しても同様
は,貿易品目のコード分けにとらわれた整理の仕方である.
の傾向が言える.すなわち,電子機器,機械,鉄鋼製品につ
た と え ば , 二 桁 コ ー ド 38 は , Miscellaneous chemical
いては,一国の国際競争力を見るうえで特殊な位置であった
products と記載され,日本の財務省貿易コードでは「各種
時代を日本は終了し,いわゆる「普通の」工業貿易国になり
の化学工業生産品」が対応している.しかしその中には
つつある.他方で,鉄鋼そのものは,他の国が輸入へのシフ
3801 炭素製品や 3815 電子製品用ウエハーなども含まれて
いる.また,各種の希少金属やその化合物は二桁コード 28
「無機化学品および貴金属,希土類金属,放射性元素又は同
位元素の無機又は有機の化合物」であり,これらと, 72 か
ら 83 の二桁コードの各種金属およびそれらの製品の間の
コードに皮,木材,織物などが入っているため,これら工業
素材を一括して見るという視点に立ちにくかったといえる.
さらに,各コードを見てみると, 9001 光ファイバー,8541
半導体など二桁コードの分類ではそれぞれ 90 光学機器,85
電気機器に入っているものもある.今後の分析においては,
これらを「工業素材」(Engineering Material)としてみてい
くことが必要である.
この工業素材の中で何の輸出占有率が高いかも見るために
素材関係の中から COMTRADE の 4 桁コードで占有率の高
いものを拾ってプロットしたのが Fig. 19 である.半導体
Fig. 16 The shift of position of machinary (code 84) in the
trade of each country.
Fig. 17 The shift of position of electric equipment (code 85)
in the trade of each country.
Fig. 18 The growth of engineering materials on the share in
export of Japan up to 2007.
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第
日 本 金 属 学 会 誌(2009)
73
巻
gineering Material を日本語で SOZAI と呼ばせることがで
きるようになるくらいの国際的に積極的で責任ある取り組み
が求められているといえよう.
5.
結
言
国連貿易統計( COMTRADE )のデータをもとに,世界の
素材の貿易フローを可視化した.それによって,かってアメ
リカ,ドイツ,日本の三軸で動いていた構造が,西ヨーロッ
パからユーラシアへ向けてのフローの拡散,東アジアの日中
韓の鼎立関係などここ十年で変化してきていることが読み取
れるようになった.
そのような中でも,日本は工業素材のいずれにおいても重
要なトレードフローにかかわっており,世界の工業素材に関
Fig. 19 The growth of each typical engineering materials on
the share in export of Japan.
する影響力は輸出,輸入とも最大規模を維持している.
しかも,新興工業国をはじめ多くの有力国が素材から製品
へと貿易の重心を移行する中で,日本は逆に工業素材が国際
(8541: semiconductor),ウエハー類(3818: doped elements
競争力の大きな源泉として伸張しており,国際社会の中で
for electric device)や光ファイバー(9001: optical fiber)が上
「よい工業素材を提供する国」としての重要な役割を担おう
位に位置し,環式炭化水素(2902: Cyclic hydrocarbons),プ
としている.まさに「材料立国」としての日本の責任はこれ
ラスチックシート,鋼管,熱延鋼板などが高い位置を占めて
からますます重大になるであろう.
いる.さらに,注目すべきは金や精製銅といった原材料素材
も伸長してきていることである.これは,世界の素材のト
文
献
レードフローの中で日本が常にその中心のひとつに位置して
いることと密接に結びついていると思われる.すなわち,世
界の工業が拡散し,工業貿易が原材料供給から製品へと指向
していく中で,日本はその製品製造のための質のよい工業素
材を提供していく位置と役割を果たしており,今後も期待さ
れているということである.わが国の材料技術としても En-
1) T. Inasumi: Seitetsu genryou to genryou riyou gijutsu no hensen to
tenbou, 196, 197th Nishiyama's memorial lecture of ISIJ, (2008) pp.
2356 (in Japanese).
2) S. Nakamura: Rare Metal Panic, (koubunshya, 2007).
3) UN COMTRADE database, http://comtrade.un.org/db/
4) The Ministry of Economy, Trade and Industry: White Paper on
International Economy and Trade, (Gyousei, 2004) (in Japanese).