岩石ゼミ 2006年5月2日 北海道神居古潭帯,糠平岩体に産するレールゾライトの成因 Origin of the Nukabira Peridotite Complex, Kamuikotan Zone, Hokkaido, Japan: Geochemistry of Clinopyroxene in Lherzolite 荒井組 田村 明弘 はじめに 上部マントルにおけるマグマ過程の検証には,「その場」の観察と物質の解析が最も理想的ではあるが,それ には未だ多くの困難がある.一方で,オフィオライトなど陸上に産する地球深部起源の岩体を研究に用いること により,上部マントル物質とそこで起こるマグマ生成過程を半直接的に読み取ることが可能である. 北海道,神居古潭帯には大量のかんらん岩が南北にわたり,断続的に分布している(加藤・中川,1986).こ のうち北部,幌加内地域ではオフィオライトのマントルセクションとして知られ(例えば,石塚,1980),知駒 岳や夕張岳では蛇紋岩メランジュをなしている(加藤ほか,1978,Nakagawa & Toda, 1987).南部では比較 的大規模な岩体が存在し,沙流川岩体中央には岩内岳岩体として変質を逃れたかんらん岩が産する(例えば,加 藤,1978).一般に,神居古潭帯のかんらん岩ではハルツバージャイトとダナイトが卓越し,枯渇したかんらん岩 が優勢である.これまでこれらの枯渇したかんらん岩の成因,特にダナイトの成因,が検討されてきた(例え ば,牧田・荒井,1997; 田村ほか,1999; Kubo, 2002).一方,南部東側の岩体ではレールゾライトが産するこ とが知られている.しかしながら,このレールゾライトの成因についてはほとんど検討がなされていない.本研究 では,鉱物化学組成および単斜輝石の微量元素組成から部分溶融過程を検証し,その生成場および枯渇したかん らん岩との関係について検討した. 糠平かんらん岩体 糠平岩体(加藤・中川,1986)(沙流川岩体東側ユニット;加藤,1978)は北海道,日高町から平取町へかけ て,南北15km,東西6kmの比較的大規模な岩体である.岩体中央部は未分離日高累層群(高橋・鈴木,1978) に覆われる.糠平岩体西方には岩内岳岩体を含む沙流川岩体(西側ユニット;加藤,1978)が隣接するが岩石の 特徴,岩体の構造が異なることから区分されている(加藤,1978;新井田・加藤,1978). 糠平岩体はレールゾライト,ハルツバージャイトが卓越し,様々な規模の層状のダナイトを伴う.しばしばパイ ロクシナイト類(かんらん石ウエブステライト,クリノパイロクシナイトなど)の薄層(数cm程度)が存在す る.また,クロミタイトが岩体全域に点在し,ポディフォームタイプのクロミタイトが産する.レールゾライト, ハルツバージャイトはプロトグラニュラーからポーフィロクラスティック組織で,かんらん石にしばしばキンクバ ンドが認められる.スピネルは他形からゼン虫状を呈する.ダナイトは,微量の単斜輝石がかんらん石の間隙を 充填してみとめられるが多くの場合スピネルを伴う.ダナイト中のスピネルは半自形から他形であるが,レールゾ ライト,ハルツバージャイトのものに比べ自形性が高い.モード組成はレールゾライト,ハルツバージャイトで斜 方輝石が30 10%,単斜輝石が10 0%まで変化する.ダナイト境界部付近ではモード組成が多様であり,一般的な レールゾライト,ハルツバージャイトよりも単斜輝石,斜方輝石のいずれかに富むことが多い.レールゾライト, ハルツバージャイト中で,かんらん石のFo値は89-92,スピネルのCr#(=Cr/(Cr+Al) 原子比)は0.2 0.6,斜方 輝石のAl2O3含有量は5 2 wt%まで変化する.ダナイトはスピネルのCr#が低いもの(Cr#=0.4程度)と,高いも の(Cr#=0.7 0.8)の2つに分かれる.また,どの岩相においてもスピネルのTiO2含有量は0.5 wt%以下と低い. 単斜輝石の微量元素組成 糠平岩体のかんらん岩中の単斜輝石中の微量元素(Ti, Sr, Y, Zr, Nbおよび希土類元素 (REE))組成を金沢大学 設置のLA-ICP-MSを用いて測定した.レールゾライトの多くのものは,コンドライトで規格化した微量元素パ ターンにおいて,高い重希土元素(HREE)濃度(例えば,YbN=2.7-6.1)に対し,中希土元素(MREE)から軽 希 土 元 素 ( L R E E ) に 著 しく 枯 渇 して い る 左 下 が り の パ タ ーン を 示 す ( 例 え ば , ( N d / Y b ) N = 0 . 0 8 - 0 . 0 9 , CeN<<0.01)(Figure 1a).一方,ハルツバージャイトではHREEに枯渇しており(例えば,YbN=1.0-1.7),比 較的にLREEに富む(例えば,CeN=0.007-0.07) .また,微量元素パターンにおいて,Srに正の異常が認められる (Figure 1c).ダナイトでは周囲の岩相により傾向が異なる.レールゾライト,ハルツバージャイトの単斜輝石の HREE濃度とスピネルのCr#の間には,よい負の相関関係がある. 部分溶融過程と形成場 単斜輝石の微量元素組成から,レールゾライトの形成場と部分溶融過程を検証した.糠平岩体のレールゾライト 中の単斜輝石は,大西洋,南西インド洋などの中央海嶺から得られたかんらん岩と比較して,著しくLREEに枯渇 している(Figure 1a).一方,このようなレールゾライトはオマーンオフィオライトのマントル基底部から報告さ れている(Takazawa et al., 2003) (Figure 1b).ハルツバージャイトは海洋底(東太平洋海膨)や前弧域から得 られたかんらん岩のものとよく似ている (Figure 1b,c).これまで,中央海嶺におけるマグマ生成過程について, 海洋底から得られた上部マントル起源のかんらん岩の部分溶融過程からも検討されている.Johnson et al. (1990) では単斜輝石中の微量元素組成を用い部分溶融の程度を定量化し,その溶融過程を議論した.かんらん岩 の出発物質のモード組成,微量元素組成,鉱物メルト間の元素の分配係数,溶融形態から仮想的に定量化するこ とができる.この際,かんらん岩の部分溶融において,構成鉱物のちがいによりかんらん岩中の微量元素の挙動 は大きく異なる.ザクロ石がかんらん岩中に存在する場合の部分溶融ではHREEに対しLREEの枯渇が著しいもの となる.一方,ザクロ石が存在しない,スピネルかんらん岩の部分溶融ではHREEが効果的に枯渇する.かんらん 岩中でザクロ石が安定な条件を考慮すると,糠平岩体のレールゾライトは,より深部での部分溶融を経験してい ることが予想される.また,HREE組成の多様性からザクロ石が存在しない条件,すなわちスピネルかんらん岩で としても部分溶融を経験したことが予想される.ハルツバージャイトは,鉱物化学組成(例えば,スピネルの Cr#)および単斜輝石のHREE濃度から,レールゾライトよりも高い部分溶融によって生成された可能性が高い. しかし,M-LREEに富むことから,レールゾライトを生成した溶融過程とは異なっており,これはテクトニック セッティングのちがいによることが考えられる. 10 10 (a) (b) cpx/Chondrite Oman Harzburgite 1 1 Type II 0.1 vs Abyssal Peridotite (Slow and ultra-slow spreading ridges) Nukabira Lherzolite 0.01 0.001 10 KNS25 KNS40T NB28-1 NDP11A vs Basal Lhrzolites (Type I &Type II) in the Oman Ophiolite 0.01 0.001 La Ce Sr Pr Nd Zr Sm Eu Gd Ti Dy Y Er Yb Lu 10 (c) 1 Type I La Ce Sr Pr Nd Zr Sm Eu Gd Ti Dy Y Er Yb Lu (d) 1 vs Abyssal Peridotite (Fast spreading ridge) 0.1 Nukabira Harzburgite & Dunite 0.01 0.001 0.1 NDP6X NDP7X NDP7D NDP10H KNS45T La Ce Sr Pr Nd Zr Sm Eu Gd Ti Dy Y Er Yb Lu vs Forearc Peridotite (Izu-Bonin-Mariana) 0.1 0.01 0.001 La Ce Sr Pr Nd Zr Sm Eu Gd Ti Dy Y Er Yb Lu Figure 1. Comparison in chondrite-normalized clinopyroxene trace-element patterns between Nukabira peridotite and other peridotites. Chondrite values from Sun and McDonough (1989). (a) Abyssal peridotite from slow and ultra-slow spreading ridges (Mid Atlantic, Southwest and Central Indian, and AmericaAntarctic ridges) from Johnson et al. (1990), Johnson and Dick (1992), Ross and Elthon (1997) and Hellebrand et al. (2001, 2002). Representative patterns (light color) are shown for Vulcan Fracture Zone (FZ) (broken lines), Atlantis II FZ and Bouvet FZ (bold lines) and Marie Celeste FZ (thin lines). (b) Peridotite from the mantle sequence in the Oman ophiolite. Type I and II basal lherzolites (lines) from Takazawa et al. (2003). Harzburgite field from Kelemen et al. (1995). (c) Abyssal peridotite from a fast spreading ridge (Hess Deep, East Pacific Rise) from Dick and Natland (1996). (d) Forearc peridotite field from Ishii et al. (1992) and Parkinson et al. (1992).
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