「人口大国」の経済成長と世界経済に与えた影響 - 経済社会総合研究所

ESRI Discussion Paper Series No.228
「人口大国」の経済成長と世界経済に与えた影響
松谷
萬太郎
December 2009
内閣府経済社会総合研究所
Economic and Social Research Institute
Cabinet Office
Tokyo, Japan
ESRIディスカッション・ペーパー・シリーズは、内閣府経済社会総合研究所の研
究者および外部研究者によって行われた研究成果をとりまとめたものです。学界、研究
機関等の関係する方々から幅広くコメントを頂き、今後の研究に役立てることを意図し
て発表しております。
論文は、すべて研究者個人の責任で執筆されており、内閣府経済社会総合研究所の見
解を示すものではありません。
The views expressed in “ESRI Discussion Papers” are those of the authors and not those
of the Economic and Social Research Institute, the Cabinet Office, or the Government of
Japan.
「人口大国」の経済成長と世界経済に与えた影響
松谷 萬太郎*
内閣府 経済社会総合研究所
2009 年 12 月
*
本稿の作成にあたって、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科浦田秀次郎教授から貴重なコメントを頂
いた。また、内閣府経済社会総合研究所岩田一政所長、中藤泉次長、飛田史和総括政策研究官、市川正樹
総務部長、豊田欣吾国民経済計算部長、さらに個人的にコメントを頂いた方々に深く感謝の意を表したい。
そもそもこの分析は有志による中国研究グループの研究として始まり、様々意見交換によって内容が深め
られたものであることを、感謝を込めて記す。とりわけ同グループの中心である広瀬哲樹前経済社会総合
研究所顧問(現ブルネイ国大使)には懇切丁寧な指導をいただいた。なお、残る全ての誤りは筆者のもの
である。
内閣府経済社会総合研究所特別研究員(国民経済計算部価格分析課)[email protected]
「人口大国」の経済成長と世界経済に与えた影響
目
次
はじめに
3
1. 分析課題とその背景
4
2. 分析の枠組み
6
(先行業績の概観)
6
(従来の計測--Solow 残差による方法)
6
(Dual アプローチによる検討)
7
(分析の手法)
8
(モデルの地域、部門等分割)
8
(使用したデータ)
9
(シミュレーションの方法)
9
3. 分析結果(1) ――成長の要因
11
(シミュレーション結果――中国、インドの成長はどの程度追跡できたか)
11
(実績との乖離)
11
(生産等の部門別の動向)
12
(部門別物価)
14
(生産要素等の寄与)
15
4. 分析結果(2) ―― 先進国への波及
16
(先進国に与えた影響)
16
(中国、インド別の影響)
17
(先進国の部門別の動向)
17
(日本と EU、米国の貿易・生産の変化の相違)
19
(所得配分への影響)
19
5. シナリオ分析 ―― 労働市場の硬直性の影響
21
おわりに
23
付 録
参考文献
24
36
要 旨
最近の 20 年は、グローバル化の機運が一気に高まり、インドや中国のように 10 億人を越える人口を持つ
「人口大国1」が工業化し、世界経済に影響を与えるようになった。
本論文では、過去の中国等「人口大国」の経済成長により生じた主要な議論、第 1 は、そもそも「人
口大国」が主にどのような要因で高い経済成長を実現したのか、第 2 は、「人口大国」がグローバルなイン
パクトを与えた結果、既存の先進国の経済にいかなる影響を与えたか、を分析課題とする。ここでは、この2
点に経済学的な側面から焦点をあて、グローバルな問題として数量的に分析する。
第 1 章では、本論文の分析の視点を整理し、第 2 章では、その分析の枠組み、第3章以下では、
中国を中心とした「人口大国」の発展要因や先進国への影響を数量的に検討する。
本論文の主な分析の結果では、これまでの「人口大国」の経済発展の要因としては、技術進歩の
寄与が特に大きいこと、また先進国経済にプラスの影響を生産、消費両面から与えたが、分析の対
象とした 1990 年代では、数量的にみれば大きくないことが明らかになる。更に政策的含意として
は、各国経済が柔軟な対応能力を持ち続けることが極めて重要であることを指摘する。例えば、賃金等が
硬直的であれば、先進国は「人口大国」の経済成長から得ていた利益を失うことになる試算を示す。
1
「人口大国」は、厳密には以下のp3 で定義が行われるが、経済学的な観点から言えば、例えば、
「人口
大国とは、大規模な労働力があたかも無限に供給されることで、実質賃金が四半世紀にもわたる高度成長
にも拘らず不変に止まる国」と定義できる。
1
Growth Factors of “Most Populated” Countries and Their Impacts on
Developed Countries
Mantaro Matsuya
(Special Fellow, Economic and Social Research Institute, Cabinet Office, Government of Japan)
Abstract
Populous countries such as China and India have been developing rapidly and have
influenced the world economy at the time of the globalization.
What sorts of factors have made those countries achieve high growth? How much
influence have they had on developed countries so far? We analyzed these questions
quantitatively via the CGE model.
Chapter 1 discusses several aspects of the analyses of this thesis. Chapter 2 describes
the framework of the analyses. Chapters 3 and 4 examine factors concerning development of
those countries, and influences they have had on the developed countries.
The conclusion: the contribution of technological progress is large for populous countries'
economic growth. Influences on the developed countries were positive for both production and
consumption, but they were not so big in the 1990s, the period we analyzed.
Every country must have the ability for flexible correspondence as a policy implication.
For instance, we performed a trial calculation that concluded that developed nations will lose
profits from the growth of most populous countries if wages are sticky.
2
「人口大国」の経済成長と世界経済に与えた影響 2
はじめに
最近の 20 年は、世界の経済地図を大きく変える出来事が多数生じた。たとえば、政治面で冷戦
構造が崩壊した。その影響で、経済面ではグローバル化の機運が一気に高まった。インドや中国
のように 10 億人を越える人口を持ち、10 年を越えて年率7.2%以上3で成長しても実質賃金が殆
ど上昇しない国(以下、「人口大国」という)が世界経済に影響を与えるようになった時代でもある。
1990 年代の変化で生じた経済的影響で、2つの主要な議論が生まれたと考えられる。第 1 は、
そもそも「人口大国」が主にどのような要因で高い経済成長を実現したのか、その要因によっては
高度成長に持続性があるのかどうかが議論の対象となる、という論点である。第 2 は、「人口大国」
がグローバルなインパクトを与えた結果、世界的に生じたインフレ率の大幅な低下、いわゆる グレ
ートモダレーション や先進国で高まりつつある所得の格差拡大に、その主たる要因として作用した
のではないかという議論である。ここでは、この2点に経済学的な側面から焦点をあて、グローバル
な問題として数量的に分析する。
本論文では、第3章で第 1 の論点の成長要因に関し、生産要素別の寄与度を検討して、技術進
歩が極めて重要という結論を得ている。また部門別の生産動向等により、財別の変化を検討して、
今後、「人口大国」の影響度が確実に高まっていくことを考えるとキャッチアップ・プロセスの進展を
注目することが重要であるという示唆を得ている。第4章、第5章では、第 2 の論点の先進国への影
響を検討した結果、市場の柔軟性が重要であり、「人口大国」の経済的果実を手にするためにも先
進国側で変化を取り入れる対応が必要であるとの結論を得た。おわりに、「人口大国」の経済成長
が続くことで、両国の影響力が高まり、将来、過去の何倍かに相当する波及が生まれるが、これを
世界経済が享受するには変化を取り込む政策が不可欠であるという要約と政策的含意を提示して
いる。
2
本稿では、
「人口大国」の過去の経済発展を分析の対象としている。将来の成長経路と政策選
択については広瀬(2009)で論じている。
3
10 年で約 2 倍となる成長率の意味。
3
1. 分析課題とその背景
(「人口大国」の成長要因)
中国やインドといった「人口大国」の高度成長が続いて久しい。特に中国は人口の大きさから生
ずる影響のみならず、最近では世界経済の動向に大きな影響を与える「経済大国」としてその動向
が注目されるようになっている(図1参照)。
図1 世界の GDP(名目)の構成比の変化(実績、%)
米, 23.5
その他, 29.2
22.3
26.1 32
21.2
1.5
1.2
2
4.2
インド, 2
内輪1992
中輪2001
外輪2008
15.6
12.9
33.9
27.1
中国, 7
EU, 30.3
日本, 8
IMF、World Economic Outlook, database Apr. 2009
本論文の第 1 のテーマは、これらの諸国の経済成長の要因について、何が主たる成長要因であ
ったかを摘出することである。生産要素を資本、労働と特定し、投入量の変化から寄与度を求め、
また FDI など先進国の技術の伝播によるキャッチアップ・プロセスで生じた技術進歩率を想定する
ことで、その寄与度を抽出することが可能となり、成長要因を数量的に分析できるからである。成長
要因によっては、資本等の生産要素投入のように、その持続性に問題を持つ。
新 興 国 (NIEs) の 経 済 成 長 の 問 題 に 関 し て は 、 2 つ の 見 方 が 提 起 さ れ た 。 一 方 で は 、
4
Krugman(1995)等がアジア NIEs の成長について、成長は生産要素の投入量増大によるもので、技
術進歩に起因した生産性向上によるものでないと結論付けた。他方では、その後の成長会計の計
測見直しや Dual アプローチを用いた新たな手法による検証により、技術進歩の役割をより肯定的
に評価する見方が出ている。「人口大国」に関して、どちらの議論があてはまるかを検討する必用
がある。
(先進国への影響)
第2のテーマは、「人口大国」の経済成長が、先進諸国の経済にどのような影響を、どれだけ与
えてきたかという点である。特に、価格変化を通じたインフレへの影響度、賃金・利子率(資本のレ
ント)への影響を通じた所得配分、さらに所得格差拡大への影響がどの程度あったかに強い関心
がある。
「人口大国」の成長は、グローバル化を通じて良質で安価な財を供給し、世界を豊かにするとの
議論が一方にある。他方で、先進諸国の競合する産業を衰退させ、空洞化を招き、雇用を減少さ
せるのではないかという観点で論じられることもある。実際の影響は、経済全体で、また、特定部門
で、どの程度生ずると考えるべきか、本論の数量分析で明らかにすることが重要な論点である。「人
口大国」は単に世界の工場となるだけでなく、先進国からみれば巨大な資本財・高度中間財の市
場となる可能性がある。サプライサイドに対する影響だけでなく、需要側にも影響がある。このため、
先進国と「人口大国」とのグローバルな貿易の相互依存関係を明示的に考慮した上で、「人口大
国」が先進国に如何なる影響を与え、受けたかを抽出することとする。
さらに、貿易理論4によれば、財を資本集約財と労働集約財に分けた場合、新興国が労働集約
財に比較優位があれば、貿易によって労働集約財を輸入する先進国の労働を不利化し、資本を
有利化するとされる。このような貿易が所得分配に与える効果を発現させ、生産要素の収益の差に
大きな影響を持つとすれば、「人口大国」の成長は、先進国で議論されている所得格差の拡大に
つながる要因となる可能性があることになる。この影響の大きさを数量的に検討する。
4
Hecksher-Ohlin の競争的貿易理論で得られる、閉鎖経済(Autarkie)と比較して貿易を行ったとき
の一般的な変化効果。不完全特化の下での貿易により、財価格及び要素価格が世界で均等化する
ので、資本集約的な先進国の賃金は相対的に低下する。
5
2. 分析の枠組み
(先行業績の概観)
年率 7.2%を越える成長を 10 年以上続けるような高度成長(10 年で 2 倍)の持続性を検討すると
き、資本や労働力等要素投入の増加による成長では蓄積が深化するとともに同率の成長率を維
持するにはより大きな割合の所得を資本等に投入することが必要となる。このため、持続不可能と
判断される。持続可能であるためには、技術進歩による成長の寄与が大きいかどうかの検討を行う
ことが多い。「東アジアの奇跡」と呼ばれた、日本、韓国等 NIEs諸国と繋がる目覚しいアジアの経
済発展にも同じ検討が行われている。しかし、結論はなかなか定まらなかった。
これは、技術進歩を計測するのに、数々の課題があるからである。C. Hsieh(1999)に基づき、技
術進歩、つまり、全要素生産性の上昇率がどのように整理され、計測されるかを概観してみよう。
GDP を Y、資本ストックを K、労働を L、実質利子率(=資本の収益率)を r、実質賃金を w、資本所
^
^
得のシェアを sk、同労働を sl とする。Xは、変数を X としたとき、その変化率を表すものとする(X=Δ
X/X)。生産と要素分配の関係を(1)式、その変化率は(2)式と表せるが、更に、一般に生産関数から
求められる Solow 残差と Dual アプローチとの関係を示す(3)式を得ることができる。Solow 残差は、
通例(4)式で推定される。また、Dual アプローチでは、(5)式で表され、全要素生産性(TFP)の伸率
である技術進歩率が推計される。
(1)
Y = rK + wL
(2)
Y = sk (r + K) + sl(w + L): sk=rK/Y; sl=wL/Y
(3)
Y - skK - slL = skr + slw
(4)
SRprimal = Y - skK - slL
(5)
SRdual = skr + slw
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(従来の計測--Solow 残差による方法)
これまでの「成長要因」と高度成長の持続性に関する議論は、Solow 残差((4)式で定義される)に
基づく分析から始まっている。経済全般に関する事例研究に基づき、World Bank(1993)は、アジア
の経済成長が高い TFP の伸びに負っていると結論付けた。これに対し、Young(1993)は、新たな資
本ストック、労働投入の推計に基づき Solow 残差を計測した結果、多くのアジア経済では専ら資本
等 生 産 要 素 の 投 入 増 加 に よ っ て 高 成 長 が 達 成 さ れ た と し た 。 こ の Young の 研 究 を 元 に 、
Krugman(1995)はアジアの高度成長には持続性が無いとした。この挑戦的な結論が広い関心と新
たな研究を喚起することになった。他の研究に、技術進歩の貢献がほとんどないとした Kim and
Lau(1994)などがある。
6
他方、技術進歩の寄与を指摘する研究成果も出て来るようになった。Lau and Park(2003)では
R&D 等、無形資本も考慮すれば、技術進歩の寄与が大きくなるとした。また、外国からの技術の同
化、吸収を明示的に取り込むことで、技術がより大きく成長に寄与しているとした Nelson and
Pack(1999)がある。
^
つまり、論点となっているのは、(4)式の右辺で見れば、Yは観測された共通の値であるが、sk(資
本への分配割合)や sl(労働分配率)はある程度信頼できる数値が存在するが、資本 K の定義の
如何により、TFP の計測結果が変わってくることである(Chen(2002))。資本に体化された技術進歩
を考慮に入れた場合、資本の増加率が低下することで、技術進歩の役割が大きくなるとしている
(Rodrigo(2000))。
Solow 残差法による計測では、成長会計式のほか、産出を投入要素で回帰する方法も試みられ
てきた。成長会計方式も含め、結果が異なる理由の一つは、資本の生産弾力性の値の違いによる
ところが大きいと、Weerasinghe and Fane(2005)が指摘している。
また最近は、マクロ分析から産業別、部門別の計測へとより詳細な分析が進んでいる
(Felipe(1997))。Hsieh and Klenow(2007)では、部門別のデータを使い、非効率な工場から、効率
的な工場へ生産に移るという資源再配分効果によってどの程度、TFP が変化するかを中国、インド
を対象に検討している。
これまでのところ、Solow 残差による方法に限っても、推計結果が大幅に異なっており、要素投入
量の寄与の方が技術進歩の寄与を上回っていたとする主張について、必ずしも多数の研究者が
支持するような結論は得られていない。
(Dual アプローチによる検討)
技術進歩が全要素生産性の変化率の計測に依存しており、また、Solow 残差による方法ではそ
れが大きく資本ストックの計測精度に依存していることが問題を複雑にしている。新興国では、設備
投資の長い、精度の高い統計が十分整備されておらず、計測には大きな課題が残されている。資
本ストック計測の困難さを回避することで、全要素生産性変化率の計測精度を高めようとする提案
(Hsieh(2002))が行われた。つまり、(5)式は、Solow 残差と同じ全要素生産性を、直接資本ストック
を用いずに計測することが可能であることを示しており、いわゆる Dual アプローチの利点を示唆す
るものである。
Dual アプローチを用いた技術進歩の計測では、Hsieh(2002)など一連の研究により、価格面か
らの分析手法を採用して、大きな技術進歩の存在を摘出して、以降の研究に重大な影響を及ぼし
ている。新興国の分析では、統計の信頼性や利用可能性から Dual アプローチを用いた検証が進
7
んでおり、Solow 残差によるアプローチに代わる可能性がある5。
以上からも明らかなように、これまでのところ、人口大国の技術進歩に関して、単一国の分析で
あり、明示的にグローバルな枠組みで「成長要因」の分析と先進国への波及を分析した論文が存
在しない。特に、南北間の双方向の貿易がもたらす影響の把握はこれまで試されたことがないとい
える。
(分析の手法)
「人口大国」の主な成長要因の抽出、先進国への影響という 2 つの分析テーマについて、上記
のような問題意識の下で、本論文では応用一般均衡モデルを利用し、経済成長の要因や先進国
経済への影響を数量的に分析する。
すなわち、ここでの関心事項に照らし、(1)生産要素等の投入寄与を検討できること、(2)各国の
比較優位をみるため、部門別の生産構造等が明示的であること、(3)長期的な成長動向をみるため、
理論的基礎がしっかりしていること、(4)数量的に分析できること、(5)世界経済全体を分析できること、
といった点が分析用具に求められている。この観点から、応用一般均衡モデルの世界経済モデル
であり、また、最も一般的なモデルである GTAP6 を利用することとした。
同モデルの利用によって各国の経済全体及び部門の動向を世界との相互依存関係の中で分
析できる。また、実証分析の再現性を確保することにも繋がることになる。本論文の分析対象期間
は、データベース(第6版)の基準である 2001 年から遡って約 10 年間とし、90 年代の成長の要因と
その影響を検討する。
すなわち、この間の成長に寄与した資本と労働という生産要素と、技術進歩率、また、政策変数
として関税率の変化分を「人口大国」に対してインパクトとして与え、これによって生じる自国及び
他国の遡及変化を各種要因が「人口大国」の成長に与えた影響として分析する。
(モデルの地域、部門等分割)
GTAP モデルは、国・地域、部門(産業ないし商品)、及び生産要素を分析の必要に応じて統合
して利用できる。(対象とした第6版では、87 国・地域、57 部門に分かれる)
本分析では、対象を関心のある国と部門に限定することとし、国に関しては「日本」、「中国」、「イ
ンド」、「米国」、「EU」、「その他世界」の6地域に統合した。
今回の分析に用いた TFP は後述のように、Bosworth and Collins の試算値であり、Dual ア
プローチによるものでなく、ソロー残差方式の値である。Dual アプローチによる人口大国の TFP
の検討は将来の課題としたい。
6 Global Trade Analysis Project の略であり、米国パーデュ大学で開発された世界経済応用一般
均衡モデル。詳しくは Hertel(1992)等参照。邦文では伴他(1997)を参照せよ。
5
8
また、部門については、「農業」、「食品加工業等」、「先進国優位型製造業」、「新興国優位型製
造業」、「サービス等」の5部門に統合した。製造業の主な部分を先進国優位型、新興国優位型に
分割するに際しては、顕示比較優位性等を考慮した。先進国優位型製造業は、ほぼ自動車、電
気・電子、一般機械工業という組立産業が対応しており、新興国優位型製造業には繊維・アパレル、
鉄鋼、非鉄金属等の素材型産業等が対応している。7
生産要素としては、土地、労働(技能労働、非技能労働)、資本ストックの4つに分けた。
(使用したデータ8)
中国、インドの各々について、労働、資本、技術進歩、関税率の変化を生産要素等として使用し
ている。データは、基本的に世界銀行の World Development Indicators を利用している。
労働については、この間の労働力の変化は中国では年率 1.2%、インドでは年率 1.8%の増加であ
った。この数値を非技能労働、技能労働ともに当てはめている。資本については、フローの投資の
積み上げを元に、残存期間平均 10 年を仮定した sudden death 法によって資本ストックを推計した
上で、伸び率を計算した。生産要素のうち、土地に関しては固定している。
技術進歩率については、Bosworth and Collins(2007)の部門別推計値を利用した。同論文では、
コブ・ダグラス型生産関数に基づき、成長会計方式で技術進歩率を推計している。技術進歩率は、
経済全体だけでなく、全要素生産性(TFP)の形で、第1次産業、2次産業、3次産業別に推計して
いる。また、中国とインドを同じ手法で推計している。今回の分析ではこの産業別推計値を利用し
ている。製造業に関しては、先進国優位財部門と新興国優位財部門で生産性の上昇にも違いが
あるとして、その生産の伸びによって、製造業内の両部門の TFP の伸びを分割して利用している。
関税率については、今回は製造業部門(先進国優位財、新興国優位財)のみ変化させた。利用
した GTAP データベース第6版が 2001 年基準であり、1992 年基準の第3版のデータベースの対応
する部門の関税率との差分を変化分として使った。
(シミュレーションの方法)
上記の数値を 2001 年基準のデータベースに与え、これによって得られる 1992 年から 2001 年の
間の変化をこの間の「人口大国」の成長による、自国及び世界各国への影響とした(以下のシミュ
レーション結果の諸計数は 2001 年をベースに変化を与えた結果に対して、現実には、増加してい
る人口などを減少させる等して、逆方向のショックを与えて得られた数値を、1992 年を基準に伸び
7
8
部門・地域分割については末尾の付録3の表を参照せよ。
データの詳細については末尾の付録2の表を参照せよ。
9
率を計算し直したものである)。
利用した GTAP モデルは標準的な比較静学モデルである。ただし、資本形成に関してはいわゆ
る Baldwin 効果9で資本の内生化を図っており、また、各国の資本の期待収益率を均等化する求解
オプションを使っている。
9 標準的な GTAP モデルでは、投資と資本ストックの変化が切り離されており、投資額の増減は一次的
には需要の変化を引き起こすのみである。そのため経済拡大効果も小さいという指摘があった。投資と
資本の変化をリンクさせる Baldwin 効果を取り入れ、投資が資本ストックの増加となることで、生産力が増
えるという一種の動学化を図っている。詳しくは Francois and McDonald(1996)参照。
10
3. 分析結果(1) ――成長の要因
(シミュレーション結果――中国、インドの成長はどの程度追跡できたか)
このシミュレーション分析によって得られた「人口大国」のマクロ経済の数値をこの間の実績と比
較したものが表 1 である。
表1 シミュレーション結果と実績の比較(マクロ計数)
中国
インド
GDP
CPI
輸出
9.4
9.9
6.8
6.0
上段:試算
下段:実績
▲ 1.1
6.9
▲ 1.3
7.6
8.9
13.8
5.3
11.9
年率、%
これを見ると、まず実質 GDP では、中国では実績が年率 9.9%であるのに対し、シミュレーシ結果
は 9.4%であって、かなり実績に近い結果が得られたといえる。インドでは実績が年率 6.0%であるの
に対し、試算結果は 6.8%となりやや過大な結果となった。
次に、中国の輸出(実質)を見ると、実績では年率 13.8%伸びているが、ここの試算では年率 8.9%
と、かなり小さい。インドも同様に実績では 11.9%に対し、試算結果は 5.3%となった(乖離の理由は、
以下で詳細を検討する)。
また、物価の動向を消費者物価でみると、中国では実績が年率 6.9%の上昇であったのに対し、
試算結果は、年率▲1.1%(1.1%の下落)となっている。インドでも実績が年率 7.6%の上昇であるのに
対し、得られた結果は▲1.3%というものであった(乖離の理由は、以下で詳細を検討する)。
以上から今回のシミュレーションでは、特に中国について言えば、対象期間内のリアルの成長経
路をほぼ追跡できたと考えられる。他方、ノミナルな現象やインフレ率等は十分追跡できていない。
(実績との乖離)
まず、輸出について実績との乖離の要因を考えると、今回のシミュレーションでは、「人口大国」
の数値のみ変化させて、そのインパクトを分析したという枠組みを反映していることが上げられる。こ
れは、「人口大国」の成長に起因する影響を抽出するため、先進国等の成長による輸入拡大の要
因を考慮していないのではないかという制約がある。つまり、「人口大国」からの輸出量は、もともと
実績と比べて過少推計となる傾向を持つと言える。
11
ノミナルな現象やインフレ率については、基本的な乖離がある。実績では、インフレ(物価のプラ
スの伸び)があったにも係わらず、分析結果では物価がマイナスの大きな伸び(下落)となっている。
ここで捉えた物価が著しく下方推計となっているのは、このモデルが実物モデルであり、ここで言う
価格は相対価格を示すものになっているためである。モデルでは、貨幣を明示的に扱わないこと
で、一般物価水準が上昇するインフレを扱っていないこと、また、各財の価格に十分な伸縮性を仮
定している。このため、たとえば、生産性の上昇によって供給が拡大した場合、需給が均衡する水
準まで当該財の価格は低下する。経済発展の結果、広範に供給が拡大し、広く価格が低下するこ
とになったために、集計された価格もマイナスとなっている。現実の経済のように、プラスのインフレ
率を許容する金融政策の下の現象は、実物モデルで再現して十分分析するのは困難である。た
だし、価格の伸縮性のうち、賃金に硬直性がある場合の影響とその波及を分析するため試算を行
い(5.で)、その結果を分析している。
(生産等の部門別の動向)
部門別の生産等の動向を見ると、生産は中国、インドともすべての部門で増加している。つまり、
拡大均衡になっている。
表2 中国の成長による部門別生産、価格の変化(試算結果、年率、%)
新興国 サービス
優位財
等
農業
食品加工
等
先進国
優位財
生産
価格
7.0
0.7
8.4
▲ 2.5
11.6
▲ 3.3
9.5
▲ 1.9
非技能
技能労働
労働
資本
土地
要素価格
20.9
7.4
7.8
9.0
0.1
▲ 4.9
表3 インドの成長による部門別生産、価格の変化(試算結果、年率、%)
新興国 サービス
優位財
等
農業
食品加工
等
先進国
優位財
生産
価格
4.1
1.1
5.1
▲ 0.4
6.9
▲ 1.5
6.8
▲ 1.3
非技能
技能労働
労働
資本
土地
要素価格
15.2
3.6
3.0
12
▲ 1.3
7.4
▲ 2.7
図 2 中国、インドの部門別生産と価格(試算結果、年率、%)
14.00
中国・生産
インド・生産
中国・価格
インド・価格
12.00
10.00
8.00
6.00
4.00
2.00
0.00
▲ 2.00
▲ 4.00
▲ 6.00
農業
食品加工等
先進国優位財
新興国優位財
サービス等
中国で最も増加率の高い部門は、先進国優位財部門(11.6%増、表2、図2)であり、次いで新興
国優位財部門(9.5%増)など製造業部門で高い増加率となっている。また、インドでは、サービス業
等の内需部門(7.4%増、表3、図2)の増加率が最も大きい。これらは、製造業では、生産性上昇率
の相違を大きく反映したものとなっているが、サービス業のように所得が増大したことを受けて高い
増加率となっている部門もあることなどから、生産構造や需要構造の特徴を反映したところが大き
いものとなっている。
生産要素の賦存量と部門別生産との関係を整理すると、増大した生産要素を集約的に利用す
る部門の生産は増大し、そうでない部門の生産は低下する(リプチンスキーの定理 10)。このため、
「人口大国」の経済成長では、労働者数は多いものの、資本の増加率が極めて高いため資本・労
働比率が上昇して、資本を集約的に利用する先進国優位財部門が増加する傾向を持つことにな
る。計測結果でも、資本の増大が顕著で、中国、インドとも先進国優位財部門がより増加している。
ただし、同定理がいう生産要素の増加よりも生産の伸びが高くなるほどの拡大効果は見られていな
い。これは、同定理では価格が不変の場合を想定しているが、ここでは生産の増加により、需給が
そうでない場合に比べて軟化し、価格が大きく低下するという価格調整効果が生じており、これによ
って生産増加の一部が相殺されるからである。つまり、同定理が厳密に成立するためには、財の相
対価格が不変であること(例えば、「小国の仮定」が成立すること)、消費など需要が所得比例的で
10
リプチンスキー定理が想定する価格一定や資本・労働比率一定等の仮定は本シミュレーションでは
成立しない。そのため以下に述べるように定理とシミュレーション結果の乖離が生じる。リプチンスキー
定理との関係では付録1の(2)(3)でも検討している。
13
ある(homothetic)ことなどの前提条件が成立するときであるが、現実には価格変化も無視できない
ほど生じている。
次に、価格変化について検討する。技術進歩等により生産フロンティアが拡大した場合、生産の
増大に見合う需要の増大によってちょうど相殺されることがなければ、価格の下落が生じる。また、
生産の拡大によって経済全体の所得は増加する。財の価格変化は交易条件にも影響を与える。
技術進歩が当該国の輸出財で起きたか、輸入財で起きたかで交易条件に与える効果が異なること
が知られている。前者のときは交易条件を悪化させる傾向を持つ。大国ではこの効果が大きくなり、
世界全体の輸出財価格の下落を招き、場合によっては窮乏化成長もありうるとされる。
分析結果では、生産性の上昇によって国内物価が大きく低下している。例えば、消費者物価は
上でみたとおり、両国とも低下している(表1)。そのため交易条件は中国で年率 1.6%、インドでは
0.9%、悪化している。中国では輸入価格が 0.1%程度低下しているものの、輸出物価の低下(▲1.7%)
の方が大きいためである。交易条件の悪化は、中国で生じた経済厚生の変化のうち約5%の低下
に寄与している。インドに関しても同様の結果が得られる。つまり、「人口大国」の経済厚生は、交
易条件が悪化する以上の速さで生産が拡大することで、トータルでは増大する結果となっている
(例えば、経済厚生の増大に対する技術進歩の寄与度は、約4割を占めている)。
今回の財・産業分類に基づく財の比較優位をみると、「人口大国」にとっては新興国優位財を比
較優位部門、先進国優位財を比較劣位部門とみなせる。もちろん、いずれの財も現実には複合材
であり、差別化により両財とも輸出と輸入が並存している。先に述べたように、生産は両財共に増大
しているが、生産額のシェアでは新興国優位財の方がより大きいものの、TFP や資本がより大きく
伸びている先進国優位財の増加率が高くなっている(表2、表3)。これは、新興国の生産構造が先
進国型にキャッチアップする過程にあることを示唆している。
経済発展が消費に与えた効果をみると、一人当たりの厚生は、主に消費水準を反映するところ
から、その動向を見ると、中国で年率 8.0%と増加し、インドでも 5.2%の増加を見ている。財・サービス
別の消費動向をみると、需要関数が所得比例的でなく、また、相対価格にも分析期間では変化が
生じていることから、財別にみて増加率の違いがみられる。中国の国内家計消費(実質)では、「先
進国優位財」が年率で 10.7%増、「新興国優位財」で 9.7%増、「サービス業等」で 9.5%増と増加率に
差が生じている。
(部門別の価格)
価格は、需給条件を反映して、特に供給側の生産性の上昇を主に反映して低下している(表 2、
表 3、図2)。全体の所得増による需要効果や賃金上昇の部門間波及効果(Balassa−Samuelson 定
理)によるコストアップもあって、中国では農業部門とサービス業の価格が上昇している。非製造部
14
門は技術進歩が最も低いこと、農業では土地という主要な生産要素が固定されていることも影響し
ている。中国の土地のレントは 21%上昇(表 2)している。
インドでは、サービス部門で高い生産性が観測されて来たため、部門別に見るとサービス部門の
価格低下幅(▲2.7%)が最も大きくなっているという特徴がある。
(生産要素等の寄与)
次に、経済成長に対して、生産要素等中でどの要因の寄与が最も大きかったかを調べる。この
検討のため、想定した実績期間である 1992 年から 2001 年の間の生産要素等の変化幅を個別に
与えてシミュレーションを行ない、それぞれの生産要素等が経済成長に与える効果(寄与度)を比
較している。
実質 GDP の成長に対する個別の要因別の寄与度は以下のとおりであった。
表 4 生産要素等変化による実質 GDP の変化(年率、%)
中国
インド
総合(4 要素)
9.4
6.8
労働
1.1
1.6
資本
5.5
3.3
TFP
6.2
5.8
関税率
0.5
0.4
実績値
9.9
6.0
シミュレーション結果によれば、4生産要素を同時に変化させた場合、GDP は中国で年率 9.4%、
インドでは 6.8%の増加となると推計された。個別の寄与では、中国、インドとも TFP(技術進歩)の寄
与が最大となった。資本の寄与は、両国とも 2 番目となっている。
中国を対象とした、これまでの多くの試算では、成長の要因として資本の寄与を最大とするもの
が多い。高貯蓄と資本(投資)の高い伸びが中国の経済成長の一つの特徴であったことは良く知ら
れているとおりである。我々の試算でも、資本の寄与は TFP11 に次ぎ大きい。量的にも、この二つの
要因が特に高い。インドでも同様の傾向が見られる。
以上の結果、「人口大国」の経済成長は TFP の寄与が大きかったことを示唆している。つまり、生
産要素の伸びだけでは説明しきれない高成長となり、キャッチアップ・プロセスの中で長期持続可
能な成長が実現したわけである。この分析結果から判断すれば、「新興国の成長は生産性の向上
によるものでなく、資源投入の増大によって生じた」とするクルーグマン等の指摘は、「人口大国」の
成長にあてはまらないということが言えそうである。逆に、中国等の「人口大国」の成長は、長期の
高度経済成長には技術進歩の取り込みが不可欠であることを示す一例と言えるものである。
11
分析に利用した Bosworth and Collins の TFP の値は他の推計値と比べて高いものとなっている(付
録6参照)。しかしながら、この TFP は実績との対比でみると最も整合的な数値となっている。他の推計
値は付録6及び7参照。
15
4. 分析結果(2) ―― 先進国への波及
(先進国に与えた影響)
つぎに、「人口大国」の経済成長が先進国に与えた影響を分析する12。以下の分析では、特に、
二つの「人口大国」の経済発展が限界的に先進国(日本、米国、EU)経済に与えた影響に焦点をあ
てて議論していることに留意が必要である。影響としては、概要、次のような特徴がみられる。
一般的に言えば、「人口大国」の生産性向上により、供給が増加して価格が低下することで先進
国の交易条件は改善し、各国の実質所得は限界的に高まっている。また、相対価格の変化が、ど
のような財を有利化するかが重要である。例えば、先進国優位財対新興国優位財の相対価格が
上昇するか低下するかで影響が異なってくる。
表5 「人口大国」の成長が先進国へ与えた影響(試算結果、年率、%)
GDP 一人当厚生
日本
米国
EU
0.09
0.11
0.12
0.08
0.10
0.11
CPI
▲ 0.08
▲ 0.11
▲ 0.12
輸出数量
0.24
0.12
0.08
「人口大国」の成長が与えた結果について、まず全体的な動向を確認する。経済全体でみる限
り、生産に対しても消費に対しても、先進国に対し経済全体ではプラスの影響を与えている。国別
に実質 GDP への影響でみると、EU に対する影響が最も大きく、次いで米国、日本の順となってい
る。数値で見ると、EU の GDP が年率 0.12%ポイントの増加、米国が同 0.11%、日本が同 0.09%の増
加となっている。「人口大国」の影響度は、この間の各国の GDP の変化と比べると、実績で EU が
2.5%、米国が 3.4%、日本が 1.1%伸びていることから、増加の極く一部の寄与に止まっているに過ぎ
ないといえる大きさである。
消費への影響を一人当たりの厚生の変化でみると、各国ともプラスの影響を受けており、GDP と
同様、EU、米国、日本の順に影響が大きい。
先進国のマクロの物価に与えた影響を消費者物価でみると、中国の成長による世界全体の供給
増を受けて、日本で年率▲0.08%、米国で▲0.11%や EU で▲0.12%と低下している。前述のように今
回の分析では、一般物価水準自体の検討には限界があるが、少なくとも日本が、米国や EU と比較
12
先進国へ与えた影響では、断りのない限り中国、インド共に成長させた場合の効果である。
中国、インド別の成長が先進国へ与える影響は表6及び付録4にまとめてある。
表6に見るように今回の対象期間内では中国の影響が支配的である。
16
して、特に、大きな物価下落圧力を受けたわけでない。日本の物価の低下は相対的に小さいもの
になっている。
(中国、インド別の影響)
中国、インドが各々先進国経済に与えた影響を見るため、中国、インド別にシミュレーションを行
なった。実質 GDP の期間内変化を見ると、大部分が中国の影響によるものと理解される(表6)。こ
れは、中国の世界経済に占めるウェイトがインドより高く、同国の成長寄与を需要項目でみても、投
資と並んで輸出が大きかったためである。
インドのみの効果では、先進国に対しわずかながらマイナスの影響を与えている。インドの成長
は内需主導型であるといえるほど、世界経済に対して顕著な拡大効果を与えていない13。
表6 中国、インド別にみた先進国の GDP に与えた影響(試算結果、年率、%)
日本
米国
EU
総合 中国のみ インドのみ
0.09
0.09 ▲ 0.00
0.11
0.11 ▲ 0.01
0.12
0.13 ▲ 0.01
(先進国の部門別の動向)
部門別にみると、「人口大国」からの需要増、または先進国内部の資源再配分で生産の増大し
た部門と、競合、代替要因で減少した部門がある。製造業では、想定されたように基本的に新興国
優位財の生産が減少し、先進国優位財の生産が増加している。ただし、現実に生じていることは、
とりわけ中国では先進国優位財の技術進歩が他に比べて高く、そのため生産の増加もより大きくな
っている。こうした先進国にとってはネガティブな状況の下でなお、先進国優位財を輸出財とする
先進国で競合が高まったにも拘らず、生産が増加したことになる。
南北貿易の変化を見ると、先進国は先進国優位財をより多く輸出し、新興国優位財の輸入を増
加させているので、「人口大国」との比較優位に基づいた分業を進展させた形となっている。貿易
収支で見ても、新興国優位財でより大きな赤字となっている。
「人口大国」の成長の影響をみると、先進国では先進国優位財の生産シェアが増加し、新興国
優位財のシェアが低下している。生産の変化を数量的にみると、いずれの部門も年率で 0.1%ポイ
ントないしそれ以下の変化であり、大きなものでない。米国で部門別に増加率が最も高かったのは、
農業部門である。これは、中国の農業生産が製造業にシフトするため農産物の供給の伸びは低く
なっており、また、需要側では所得が向上して需要が増加しているため、食料・食品の超過需要が
13
インドの貿易収支は赤字となっており、これは資本流入、各国からみれば資本流出をもたら
し、外国の資本形成に負の効果を与えていることも影響している。
17
増大し、輸入需要が高まるからである。
表7 先進国の生産に与えた影響(試算結果、
食品加工
等
農業
日本
米国
EU
0.089
0.182
0.180
▲ 0.021
0.065
0.066
先進国
優位財
0.086
0.095
0.092
年率、%)
新興国 サービス
優位財
等
▲ 0.060
▲ 0.082
▲ 0.093
0.099
0.121
0.152
部門別の価格では、製造業のうち、新興国優位財価格の低下率は先進国優位財のそれより若
干大きく、後者の相対価格が上昇する結果となっている。しかし、「人口大国」の経済発展の影響
から生じた先進国の価格変化は、極めて限定的であり、インフレ抑制に大きく寄与したというほど大
きな影響にはならなかった。
表8 先進国の価格に与えた影響(試算結果、年率、%)
農業 食品加工等
日本
米国
EU
先進国 新興国 優
優位財
位財
サービス
等
▲ 0.010 ▲ 0.066 ▲ 0.079 ▲ 0.083 ▲ 0.061
0.012 ▲ 0.102 ▲ 0.110 ▲ 0.113 ▲ 0.105
▲ 0.031 ▲ 0.104 ▲ 0.110 ▲ 0.117 ▲ 0.119
図3 先進国が受けた影響(生産と価格の変化)(試算結果、年率、%)
0.2
日本生産
米国生産
EU生産
日本価格
米価格
EU価格
0.15
0.1
0.05
0
-0.05
-0.1
-0.15
農業
食品加工等
先進国優位財
18
新興国優位財
サービス等
(日本と EU、米国の貿易・生産の変化の相違)
中国の経済成長が引き起こした貿易への影響をみると、生産への影響では最も小さかった日本
への影響が逆に最も大きくなっている(表5)。輸出数量でみて、日本は年率 0.2%、米国は 0.1%、
EU は 0.08%増加している。輸入量に対する影響も輸出数量と同じ順序となっている。このように生
産と貿易への影響は、相違している。
貿易と生産で影響度に差異が生ずるのは、貿易の変化が生産へ波及するという直接効果と、交
易条件や相対価格の変化がさらに生産に影響を与えるという間接効果とを二つ合計した効果の大
きさに差異があるからと考えられる。貿易の拡大は、貿易連関の強さを反映して、生産を直接増加
させる。他方、価格変化は交易条件を改善させたり、相対価格を変化させることで部門間の資源配
分を変えたりする間接効果を生み、購買力を変化させることによって需要を動かして生産を変化さ
せる経路がある。また、より効率的な生産構造に移行することで生産が増加するチャネルも作用す
ると考えられる14。
分析結果では、日本では貿易が増大して製造業の生産が拡大するという経路で主な効果が生
じており、また、新興国優位財の輸入が増大している。これは日本の製造業のうち、先進国優位財
が中心となって生産が拡大しており、日本と「人口大国」が先進国優位財と新興国優位財の間で補
完的な関係にあることを示している。これに対して、EU・米国、特に EU の生産拡大は、先に述べた
農業部門のほか、サービス業等、内需部門で生産がより増大している。EU・米国では貿易の増加
によって国内の生産資源の再配分が進み、内需向けサービス等をより中心とした経済構造へ転換
が進むことで経済が拡大している(EU では GDP の増加率 0.1%であるのに対して、サービスの増加
率 1.4%)。これを供給面からみると、EU・米国では、日本に比べ資本ストックの増加が大きかったこと
で供給増をもたらし、経済が拡大したことで全体として日本より高い生産増が実現されたと考えられ
る。
(所得配分への影響)
「人口大国」の 10 年間の変化がもたらした生産要素別の報酬への影響を見ると、資本所得が最
も大きく増加し、次いで技能労働、非技能労働の順に増加している。
今回の一般均衡の求解条件では、資本の期待収益率が世界中で均等化するように、全世界の
貯蓄が再配分されることとしている。「人口大国」の経済発展、特に急速な資本蓄積を受けて、世
界平均では資本の期待収益率が低下し、「人口大国」では低下幅がより大きい。期待収益率の低
下幅の小さい先進国では、「人口大国」からの需要増加の影響を受けて、資本ストックがいずれの
国でも限界的に増加している。EU・米国では年率で 0.3%、日本でも 0.2%程度の増加となっている。
14
各国間の貿易マトリックスについては、付録5を参照。
19
労働力は、国境を越えて移動しないため、各国毎に経済全体として均衡する(賃金の伸縮性の)
仮定から、部門間で賃金が均等化するように再配分される。例えば部門別労働力の変化を日本で
みると、農業、サービス業当部門で増加し、特に土地という特殊要素のある農業では年率 0.07%増
加し、逆に製造業部門、特に新興国優位財部門では労働が 1.2%減少している。
1990 年代からの約 10 年間、中国では、貯蓄率(投資率)が高まっており、資本ストックの伸びが
成長率を上回るようになった結果、(以前に比べ資本の希少性が低下したため、)資本のレンタル価
格は低下している。
中国の経済成長による、先進国の一人当たり賃金は、各国の労働需給が受けた影響の程度に
よって変化しており、日本では技能、非技能労働とも 0.04%増加する。米国では技能労働が 0.009%、
非技能労働が 0.004%と増加する。EU では技能労働が 0.007%増加し、非技能労働が 0.0009%減少
する結果になっている。全般的に欧米のほうが物価の下落も大きいため、賃金の伸びも低い。技
能労働、非技能労働別にみれば、僅差ながら非技能労働の賃金の伸びが低い。これは、労働集
約的な新興国優位財の供給が世界的に大幅に増加した結果、同価格が低下したことによる影響
の表れ(ストルパー=サミュエルソン定理15)と解釈することができる。
先進国の資本の報酬は、実質では増加しているが、名目額では、資本量が増加するものの、他
方で資本のレンタル価格が低下するため、両者が相殺される結果、資本の報酬額は、若干 0.08%
程度の増加となる。名目雇用者所得の変化(▲0.001%から 0.04%程度)と比べるとプラス幅がより
大きい。日本についてまとめたものが表9である。
表9 中国の成長による日本の分配率への影響(試算結果、年率、%)
労働
資本
量
マクロでは固定
部門別では
▲0.1∼+0.01%
0.2
報酬率
合計
0.04
マクロで0.04%上昇
▲0.1
マクロで0.1%上昇
同期間(92∼01 年)の日本の実績を SNA 年報でみると、労働量(雇用者数)は年率で 0.1%増、
賃金は 0.5%伸び、全体として 0.65%増加した。また資本の変化についてはこの間、営業余剰でみる
と、年率▲2.8%となっている。
これらと比べ、試算による中国の影響は、労働でみて 15 分の一程度、資本は符号が異なってい
るが、絶対値で 20 分の一以下である。
15
ストルパー=サミュエルソン定理については付録1の(4)も参照せよ。ただし、当分析では、
定理が前提とする「小国の仮定」などの条件が厳密に成立していないことに留意が必要である。
20
5. シナリオ分析 ―― 労働市場の硬直性の影響
(賃金が硬直の場合)
これまでの分析は、全ての市場で需給を均衡させ、完全雇用をもたらす、価格の伸縮を仮定し
て行なってきた。価格の調整が十分行き渡ることによって長期的に成立するであろう均衡ではどの
ようになるかをみてきたわけである。分析目的によっては、より短期の影響を知ることに主眼がある
場合もあろう。その目的には、価格伸縮的な下で成立する結果と対比して、現実的な状況でもたら
される結果を計測することが考えられる。また、価格調整が十分進まない経済構造を抱える国の場
合もある。
そこで、価格伸縮性が働かない場合、特に賃金が硬直的な場合、価格伸縮的な場合との差分
でみて経済が受けることになるであろう影響度を試算する。具体的には、技能労働、非技能労働間
の相対賃金が不変に止まる場合をシナリオとして考え、同一のインパクトの下で雇用者数をモデル
を用いて解いて比較している。賃金の硬直性がある下の分析では、先進国諸国である日本、米国、
EU を一つずつ取り上げ、その国の(相対)賃金が硬直的な条件で「人口大国」の成長ケースにつ
いて試算したものである。
賃金の硬直性を仮定した場合、各国の成長は、一般的に、伸縮的なケースに比べ成長率が鈍
化するが、今回の結果では、プラス成長であったものがマイナス成長となっている。たとえば、EU
では、「人口大国」の発展による影響により、伸縮的なケースで GDP が年率 0.12%増加しているの
に対して、賃金が硬直的なケースでは成長率が▲0.06%となり、0.18%ポイントの低下となる。米国で
は 0.11%のプラス成長から▲0.016%成長と 0.12%ポイント低下する。また、EU、米国とも失業が生ず
る結果となっている。EU、米では、各々0.2%、0.1%労働が減少し、失業するものと試算される。
波及効果を総合的に評価するため、賃金が硬直的な場合の厚生の変化をみると、米、EU とも経
済厚生がマイナスとなり、その差分は累積で 184 億ドル、480 億ドルの悪化をもたらすことになる。
厚生の変化を要因別に寄与度で見ると、最大のものは、失業による生産低下から生じる資源配分
効果で、大きなマイナス要因となっている。このように、価格の伸縮性が働かない場合には、経済
の調整が十分働かず、「人口大国」の経済発展がもたらすサプライショックのプラスの影響を活かす
ことができないことになる。
EU・米国の結果に対し、日本では、これらとは異なる結果となっている。日本では、生産が更に
増加している(実質 GDP の伸びが年率で 0.09%から 0.16%増へ)。伸縮的ケースでは他の先進国に
比べ、実質賃金率の上昇率が高かった分、生産の拡大に抑制的に働いた。ここで行ったように賃
金が非伸縮的で、相対賃金が不変であると仮定することで技能労働者の実質賃金率がそれほど
21
上昇せず、(比較して)労働コストが低下することになるため生産が伸びる結果になったと考えられる。
このため、資源の遊休である失業が発生しないという予想と異なる結果となった。
波及効果を総合的に評価するため、賃金が硬直的な場合の厚生の変化をみると、中国の経済
発展を受けて、先進諸国は厚生の変化がマイナスになり、大幅な悪化をもたらすことになる。厚生
の変化を要因別に寄与度で見ると、最大のものは、失業による生産低下から生じる資源配分効果
であり、大きなマイナス要因となっている。このように、価格の伸縮性が働かない場合には、経済の
調整が十分働かず、中国などの「人口大国」の経済発展がもたらすサプライショックのプラスの影響
を活かすことができないことになる。
22
おわりに
本論文の分析結果をみると、はじめに設定した「人口大国」の成長要因の究明、「人口大国」の
先進国への影響の内容と方向という2つの課題に対して、3点で主要な結果が得られたと考える。
第 1 に、「人口大国」のこれまでの経済成長は、資本蓄積等要素投入の増加というよりも、技術進
歩の寄与が最も大きいと考えられることである。つまり、1990 年代に生じた「人口大国」の成長は、
キャッチアップ・プロセスの影響が強いといえることになる。これが正しいとすると、今後、(1)容易な
技術の移転が尽きる段階、(2)潜在失業が枯渇する段階、のいずれかの段階で急速に成長率が低
下することを含意することになる。
第 2 の課題である先進国への影響の規模では、1990 年代の「人口大国」の成長の影響は、いず
れの側面でも絶対水準で小さい影響に留まっていることである。先進国の中では EU に対する影響
が比較的大きい。これは、EU が「人口大国」との間で、繊維・衣料等競合する貿易度が高いこと、
資源配分がサービス等の内需へシフトすることで、EU の持つ比較優位分野へ生産構造の転換が
行われるからである。これらはもちろん、価格調整や資源のスムーズな再配分が行われる場合で実
現できる大きさである。もし、現実の世界で価格や賃金が十分伸縮性でないとすると、逆に、より大
きなマイナス方向へと影響が転ずる可能性がある。日本は、輸出、輸入とも貿易面では最も大きい
影響を受けた。「人口大国」との間で補完的な貿易関係を持つためであり、「人口大国」の輸出主
導の成長から最も大きな貿易拡大効果を得ることになった。ただし、経済全体や消費でその影響を
測ると、EU・米国と比べて相対的に小さい利益しか受けてないことになる。
第 3 に、政策指針としては、大きな変化に対して経済が柔軟な対応能力を持ち続けることが極めて
重要なことである。シナリオ分析にもあったように、賃金が単純労働と技能労働との相対賃金で硬
直的になるだけで、長期的枠組みでも失業が改善されず多くの先進国は「人口大国」の経済成長
から得ていた利益を失うことになった。現実の産業の転換には、長期間失業や資源の遊休を伴うこ
とが多い。経済分析でいう「長期」は何十年に及ぶものであることから、この場合、経済にどれだけ
硬直的な要素が残るか、大きな影響を持つか議論のあるところであろう。しかし、経済が柔軟に調
整できることで、得るものはより多く、失うものはより少なくなるのも、また真理である。
23
付 録
1. 成長要素の個別寄与度
2. 変化想定データ
3. GTAP の地域・部門分割
4. 中国、インド別シミュレーション結果
5. 貿易マトリックス(2001 年)
6. 中国の TFP 試算比較
7. インドの TFP 試算比較
1. 成長要素の個別寄与度
本文では、TFP、資本・労働の生産要素等 4 要素を 10 年間分変化させたインパクト効果をみて
きた。以下では、個別の成長要素を変化させ、経済にどのような特徴のある影響がみられたかを抽
出したものである。特に、「人口大国」の生産等にどのような影響を与えたかを、理論的な分析枠組
みと対比しながら、個別に検討する。
以下で、リプチンスキー定理やストルパー=サミュエルソン定理と検討しているケースがあるが、
基本的に次の点で、定理の想定が今回の分析では成立していない。
定理は2財2生産要素を基本としているが、今回の分析では多財多生産要素であること。
定理で一定とされる幾つかの要因が、本分析のシミュレーションでは、内生的に変動しているこ
と(価格や生産要素など)。
これらのため定理がそのまま成立するとは限らないが、定理との照合は結果の理解のためにも
有用であると考え、行なった。
断りのない限り、中国の結果についての検討である。
(1) TFP の変化による影響
TFP の変化によって、中国の GDP の伸びは年率 6.2%増、インドでは 5.8%増と、4 つの成長要
素を同時に変化させたときの効果(以下、成長要素の総効果と言う)の約 50%強を占めている。リア
ルの経済面では、TFP の上昇によって生産は拡大し、当該部門の価格は低下すると予想される。
TFP については、「先進国優位財」年率 7.3%、「食品加工」6.2%、「新興国優位財」5.1%で特
に高く、「サービス業等」部門では年率 0.9%と低い想定をしている。生産も「先進国優位財」が年
率 8.6%と増加し、伸び率が最も高い。他の部門でも高い成長がみられ、例えば生産性の低い「サ
ービス業等」部門でも年率 5.7%増と「食品加工」部門なみに増加している。
24
生産性上昇率の高い部門は相対価格の低下も大きい。(「先進国優位」部門で年率▲2.2%、
「食品加工」部門で▲1.6%)。これに対し、「その他」部門は価格が年率 0.7%で上昇している。生
産拡大に伴い、内需部門のサービスへの需要も拡大しているが、生産性の上昇が低いため財の
価格が上昇している。また、賃金に関しても「技能労働」が年率 6.4%、「非技能労働」が 5.9%で上
昇している。
(2) 資本ストックの変化による影響
資本ストックの増加によって、GDP の伸びは、中国で年率 5.5%、インドで年率 3.3%の増加率と
なっており、成長要素の総効果に比べ 50%弱の寄与度となっている。
このシミュレーションでは、生産要素の中で資本ストックのみ増加させており、完全競争、価格一
定、資本労働比率一定というリプチンスキー定理が成立している場合と対比することで、「人口大
国」で何が生じたかを検討することができる。
リプチンスキー定理では、資本ストックが増加したとき、資本集約部門の生産は、資本の伸び以
上に増加し、その他の要素集約財部門は生産が減少することを示唆している。
中国では、最も資本集約的である「先進国優位財」部門で生産が特に増加しており(同部門の
伸びが年率で 6.7%、「新興国優位財」が同 5.8%増)、その意味でこの定理の含意と整合的な結果と
なっている。ただし、同定理のもう一つの含意では、変化した要素が集約的に利用される財以外の
部門は生産が低下すると示唆しているが、分析ではそうなってはいない。すべての財で生産が増
加しているからである。さらに拡大効果もみられない。資本ストックの伸び 12%より、「先進国優位財」
の伸び(6.7%)が小さいからである。
リプチンスキー定理が厳密に成立するには、相対価格が不変であること、完全雇用が成立する
こと等の仮定が必要である。この分析のシミュレーションでは、完全雇用の仮定は成立するものの、
以下で相違がある。第一に、相対価格は変化しており、要素価格でみると資本の報酬率は年率
11%低下し、賃金は約4%上昇している。これは資本をマクロでみても 12%以上増加させているため
である。そのため先進国財、新興国財とも資本投入が上昇し、労働需要は低下して、資本労働比
率は上昇している。リプチンスキー定理では、資本集約財部門のみが増加した資本を吸収できると
しているので、同財の生産は一層増加する。ここではすべての部門で資本が増加し、資本集約部
門のみ資本増となっているわけではないので、同部門の生産拡大効果は限られてくる。第二に、こ
れは労働集約財部門から、労働や資本の生産資源が流出して、それらの部門で生産が低下する
必要もなくなることを意味する。つまり、価格調整によって当該生産要素の集約財の生産拡大効果
が薄められており、生産要素の変化以上に生産が拡大するという結果にはなっておらず、その他
の部門の生産の減少もみられない。
25
「先進国優位財部門」に次いで資本集約的である「食品加工等」の伸びが低いのは、この部門
は非技能労働の比率も高く、賃金上昇の影響を大きく受けたことが伸び率に影響しているからであ
る。
以下では、リプチンスキー定理から想定される変化と、今回のシミュレーションで得られた結果の
相違を図示する。
まず生産フロンティアの拡張では、資本の増大による資本集約財の生産増と労働集約財の生産
減少が、通常ではリプチンスキー線 SS'によって示される。今回の試算では、相対価格が変化して
おり(資本レンタル価格の低下)、そのためリプチンスキー線が SS''となり、両財とも生産が増加して
いる。
資本集約財
S'
S''
S
労働集約財
次に生産要素の賦存量の変化によって生産を表わす図でみると、通常では、要素賦存量の初
期値が E のときに、労働集約財の生産が a で表され、資本集約財のそれがbで示される。このとき
資本のみ増加して、要素賦存量が E'まで変化すると、労働集約財の生産が a から a'へと減少し、
資本集約財の生産が b からb'へと増大する(細実線と点線)。今回のシミュレーションでは、相対価
格が変化し、両財とも資本労働比率が上昇しているので(太線によって示される)、生産が a から a''、
b から b''へと変化し、共に増大している状況になっている。
26
K
資本集約財
E'
b'
E
a''
b''
b
労働集約財
a'
a
L
(3) 労働の変化による影響
労働の増加によって生じる GDP の成長は、中国では年率 1.1%、インドでも 1.6%程度である。成
長要素の総効果に対して、各々7%、13%程度の寄与である。中国では資本の増加が大きかった一
方、人口の増加は極めて小さく、このため労働の寄与は小さくなっている。
労働が変化した場合については、資本の場合と同様、リプチンスキー定理が成立するかどうかを
検討することができる。同定理によれば、労働集約型産業の生産が伸び、その他の部門では生産
が減少することになる。労働集約産業は「サービス業等」と「新興国優位財」部門である。ただし、産
業別に生産が受けた影響を見ると、「先進国優位財」1.2%増、「新興国優位財」1.1%増、「サービス
業等」1.1%増の順に大きい増加となっている。リプチンスキー定理から期待する結果とかなり異なる
ものとなっている。
これは同定理の想定する、当該生産要素以外の要素は不変という仮定、また相対価格一定とい
う仮定が充たされていないためである。
違いが生じた要因としては、まず、ここでは労働量の変化(1.2%増)にくわえ、他のシミュレーショ
ンと同様に資本についても内生化(資本の収益率が均等化するように国際資本移動が生ずることを
仮定)しているので、結果的に資本も 1.1%伸びている。
価格も想定と異なって内生的に変化し、労働を増加させているので、賃金が下がって労働集約
的な「新興国優位財」の相対価格は低下している。このため同財の供給が期待されるほど伸びて
いない。また「先進国優位財」は所得弾力性が相対的に高く、生産が伸びている。
こうした理由から、産業別の生産額の変化は、リプチンスキー定理と厳密には異なる波及効果を
27
生じたと考えられる。
(4) 関税率の変化による影響
関税率の変更は、生産要素増加や TFP 上昇のような他のシミュレーションのように生産フロンテ
ィア自体を拡張するものでない。そのため生産拡大効果は限られてくると考えられる。「人口大国」
自身に与える影響もきわめて小さいものとなった。GDP は例えば中国では年率で 0.5%、インドでは
0.4%の GDP の増加にとどまっており、成長要素の総効果の 3%程度の寄与に過ぎない。
このシミュレーションでは、関税率のみ変更させているので、価格変化に関する影響を理論的な
分析と対比させるため、ストルパー=サミュエルソン定理の効果が成立する場合との比較を行うこと
で影響の特徴を摘出することができる。
ストルパー=サミュエルソン定理によれば、ある財の価格低下は、その部門で集約的に用いられ
ている生産要素の実質報酬率を一層低下させ、他の要素の実質報酬率を上昇させる。
中国の関税率は、「新興国優位財」部門が分析期間中に、24%ポイント、「先進国優位財」部門が
17%ポイント低下しており、「新興国優位財」の関税率低下幅がより大きい。「新興国優位財」は労働
集約財であり、また非技能労働の割合が相対的に高いという特徴を持つ。以上の条件の下では、
新興国財の財価格が低下し、そのため集約的生産要素である賃金が低下する一方、資本の報酬
率は上昇し、また労働の内訳でみれば非技能労働の賃金がより低下すると期待される。
分析結果をみると、財価格の変化では、「新興国優位財」が年率 0.3%低下し、「先進国優位財」
でも 0.4%低下しており、ストルパー=サミュエルソン定理で予想されるような結果と異なっている。関
税率の引き下げを反映して、「新興国優位財」の価格がより低下すると期待されるからである。これ
は同定理が当該財の価格変化のみに着目した分析結果を演繹したものであるが、このシミュレー
ション分析では、「先進国優位財」の関税率もほぼ同程度引き下げられていることから、どちらの財
価格がより大きく変化するかは、第一にパススルー比率の大小、第二に需給変化に対する価格弾
力性の大小に依存することになり、理論の示唆するような「単純に予想」される結果に必ずしもなら
ない要素が作用する。
関税率の引き下げの効果は次のように波及している。関税率の引き下げにより、輸入価格では
「新興国優位財」の低下幅は大きい。このため、同財の需要が刺激され、また中国の比較優位財で
あることから輸出も増加し生産も増加している(年率 0.3%増)。逆に比較劣位財の「先進国優位財」
の生産は低下している(▲0.3%)。このように比較優位に基づく生産の増減となっているため、価格
低下による「新興国優位財」の需要増効果が大きく、その集約要素である労働が増加し、賃金も上
昇した(0.3%増)。このように価格が 2 次効果で生じた需給の逼迫に反応したため、「新興国優位
財」の価格は相対的に低下幅が小さくなったと考えられる。
28
またここでは内生的に資本が増加しているので、資本のレンタル価格を下げ、これが資本集約
財の価格を下げる効果を持つ。
すなわち本シミュレーションでは、需要効果による労働集約財価格の上昇、資本レンタル価格の
下落による資本集約財の価格低下が、ストルパーサミュエルソン定理で予想される結果と異なった
結果となった主な原因である。
以下では、ストルパー=サミュエルソン定理と異なる結果を生ずるに至った状況をみるため、要
素価格フロンティアのシフトを図によって示している。
下図では、通常の要素価格フロンティアの、労働集約財価格の低下の効果を表している。資本
レンタル価格の上昇と賃金下落の拡大効果がみられる。
労働集約財
r
E1
E0
資本集約財
w
本シミュレーションでは、労働集約財要素価格フロンティアのシフトが需要効果で一部相殺され、
また資本増による資本集約財のフロンティアの下方シフト(労働集約財でも若干生じるがここでは
省略)により、むしろ賃金の上昇と資本レンタル価格の低下が生じた。
29
r
労働集約財
E0
資本集約財
E1
w
2. 変化想定データ
想定した経済変数の 1992 年から 2001 年までの変化は以下の表のとおりである。
人口、労働は世界銀行の WDI データベースによった。資本は同データベースの投資額から 10
年 sudden death の仮定により計算した。
技術進歩率(TFP)は Bosworth and Collins(2007)によった。ただし製造業の「先進国優位財」「新
興国優位財」は生産の伸びで加重した。
関税率は製造業のみ想定し、GTAP データベース v.3(1992 年基準)から v.6(2001 年基準)への該
当品目の関税率の変化を計算した。
表 想定したデータ
(単位:%)
項目
人口
労働(技能、非技
資本
技術進歩(TFP)
農業
食品加工等
先進国優位財
新興国優位財
サービス等
関税率
先進国優位財
新興国優位財
中国
1
1.2
12.3
累積
9.2
11
183.7
インド
1.8
1.8
6.7
累積
17
17
79.5
1.8
6.2
7.3
5.1
0.9
17.4
71.8
89.1
56.2
8.4
0.5
1.1
1.1
1
3.9
4.6
10.3
10.8
9.8
41.1
▲1.6
▲2.0
▲13.3
▲16.6
▲2.7
▲2.4
▲21.8
▲19.3
30
3. GTAP の地域・部門分割
GTAP データベース第 6 版の地域と部門を以下のように分割して利用した。
地域分割
日本
中国
インド
米国
EU
その他世界
国・地域
日本
中国
インド
米国
オーストリア、ベルギー、デンマーク、フィンランド、フ
ランス、ドイツ、英国、ギリシャ、アイルランド、イタリア、
ルクセンブルク、オランダ、ポルトガル、スペイン、スウ
ェーデン、キプロス、チェコ、ハンガリー、マルタ、ポー
ランド、スロヴァキア、スロヴェニア、エストニア、ラトヴ
ィア、リタアニア
上記以外の国、地域
部門分割
農業
食品加工等
先進国優位財
新興国優位財
サービス業等
米、小麦、その他穀物、野菜・果実、種油、砂糖黍・砂
糖大根、植物繊維、その他作物、家畜、家畜製品、生
牛乳、羊毛絹
牛肉製品、肉製品、野菜油脂肪、乳製品、加工米、砂
糖、食製品、飲料たばこ、林業、漁業
石油石炭製品、化学ゴムプラスティック、自動車、輸送
機械、電気機械、一般機械
繊維、衣料、革製品、木製品、紙出版、鉱物製品、鉄
鋼、金属、金属製品、その他製造
電力、ガス、水道、建設、流通、運輸、水上輸送、航空
輸送、通信、金融、保険、金融、その他事業所サービ
ス、娯楽等、公共サービス、住居、石炭、石油、ガス、鉱
物
4. 中国、インド別シミュレーション結果
本文の先進国への影響の第4節は、中国、インド両「人口大国」が成長した影響を中心に述べた。
ここでは、中国、インド別にシミュレーションを行なった場合の結果をまとめた。いずれも年率の%
表示である。
31
(1) 中国の単独のシミュレーション
(A) 先進国のマクロ計数
日本
米国
EU
GDP
一人当厚生
CPI
0.09
0.11
0.13
0.08
0.10
0.11
▲ 0.05
▲ 0.09
▲ 0.10
(B) 部門別・生産
食品加工 先進国
等
優位財
農業
日本
中国
インド
米国
EU
その他
0.07
6.97
0.17
0.15
0.14
0.12
▲ 0.02
8.44
0.09
0.07
0.07
0.07
0.09
11.56
0.19
0.10
0.10
0.21
新興国
優位財
サービス
等
▲ 0.05
9.46
▲ 0.02
▲ 0.06
▲ 0.07
▲ 0.11
0.10
8.98
0.16
0.13
0.16
0.22
(C) 部門別・価格
日本
中国
インド
米国
EU
その他
農業
食品加工 先進国
等
優位財
新興国
優位財
サービス
等
0.00 ▲ 0.05 ▲ 0.06 ▲ 0.06 ▲ 0.04
0.66 ▲ 2.45 ▲ 3.31 ▲ 1.86
0.13
▲ 0.04 ▲ 0.08 ▲ 0.10 ▲ 0.09 ▲ 0.09
0.01 ▲ 0.09 ▲ 0.09 ▲ 0.09 ▲ 0.08
▲ 0.02 ▲ 0.09 ▲ 0.09 ▲ 0.10 ▲ 0.10
0.06 ▲ 0.05 ▲ 0.10 ▲ 0.09 ▲ 0.08
(2) インドの単独のシミュレーション結果
(A) 先進国のマクロ計数
日本
米国
EU
GDP
一人当厚生
CPI
▲ 0.004
▲ 0.006
▲ 0.005
0.001
0.003
0.004
▲ 0.022
▲ 0.022
▲ 0.019
32
(B) 部門別・生産
食品加工 先進国
等
優位財
農業
日本
中国
インド
米国
EU
その他
0.01
0.04
4.14
0.03
0.04
0.02
▲ 0.00
0.00
5.14
▲ 0.00
▲ 0.00
▲ 0.00
▲ 0.00
▲ 0.01
6.85
▲ 0.00
▲ 0.00
▲ 0.01
新興国
優位財
サービス
等
▲ 0.01
▲ 0.03
6.84
▲ 0.02
▲ 0.02
▲ 0.04
▲ 0.00
▲ 0.01
7.38
▲ 0.01
▲ 0.01
▲ 0.00
(C) 部門別・価格
農業
日本
中国
インド
米国
EU
その他
▲ 0.01
▲ 0.02
1.06
0.00
▲ 0.01
0.01
食品加工 先進国
等
優位財
▲
▲
▲
▲
▲
▲
0.02
0.02
0.43
0.02
0.02
0.01
▲
▲
▲
▲
▲
▲
0.02
0.02
1.48
0.02
0.02
0.02
新興国
優位財
▲
▲
▲
▲
▲
▲
サービス
等
0.02
0.02
1.28
0.02
0.02
0.02
▲
▲
▲
▲
▲
▲
0.02
0.02
2.70
0.02
0.02
0.02
5. 貿易マトリックス(2001 年)
(A) 各国間貿易額(表側:輸出国、表頭:輸入国)
日本
中国
インド
米国
EU
その他
合計
日本
0
60,619
3,025
74,425
82,417
192,578
413,063
中国
50,093
0
2,232
29,819
50,017
149,072
281,232
単位:百万ドル
インド
米国
EU
その他
合計
2,615
128,394
88,110
197,844
467,055
2,715
115,684
81,299
145,513
405,829
0
12,748
18,933
26,995
63,934
5,956
0
275,762
524,287
910,248
16,873
308,269 1,638,085
648,486 2,744,147
34,135
735,791
658,337
783,546 2,553,458
62,295 1,300,886 2,760,525 2,326,670 7,144,671
(B) 中国からの各国商品別輸出
農業
食品加工等
先進国財
新興国財
サービス等
合計
日本
1,556
4,068
21,494
30,136
3,364
60,619
インド
米国
182
598
16
877
1,470 49,053
511 61,165
536
3,991
2,715 115,684
EU
1,284
1,102
33,667
34,458
10,789
81,299
33
その他
3,795
4,420
62,924
64,932
9,442
145,513
合計
7,415
10,483
168,607
191,201
28,123
405,829
(C) 中国の各国からの商品別輸入
農業
食品加工等
先進国財
新興国財
サービス等
合計
日本
81
255
35,502
12,965
1,289
50,093
インド
27
142
672
512
880
2,232
米国
2,203
808
18,609
4,179
4,021
29,819
EU
356
1,007
30,856
6,794
11,004
50,017
その他
5,713
5,520
68,512
34,678
34,649
149,072
合計
8,381
7,732
154,150
59,128
51,842
281,232
6. 中国の TFP 試算比較
(1) 試算値の比較表
Source
period
TFP growth(%)
Jefferson and Rawski(1994)
1980-1992
2.4
Hu and Khan(1997)
1979-1994
3.9
Wang and Hu(1999)
1978-1995
2.9
Chow(2002)
1978-1998
2.7
Heytens and Zebregs(2003)
1990-1998
2.7
CSLS(2003)
1980-2000
1.7
Wu(2004)
1982-1997
1.4
Kuijs and Wang(2006)
1993-2004
2.7
Hong Kong Monetary Authority(2006)
1978-2003
2.9
CEM update of Kuijs and Wang
1993-2005
3.0
Bosworth and Collins(2007)
1993-2004
4.2
He and Kuijs(2007)、Annex Table 1 より
(2) 試算資料の出所
Jefferson and Rawski, (1994), “Enterprises in Chinese industry,” The Journal of Economic
Perspectives, 8, no.2, 47-70
Hu and Khan, (1997), “Why is China growing so fast?,” IMF working paper
Wang and Hu, (1999), The political Economy of Uneven Development: The Case of China, M.E.
Sharpe, Inc.:New York
Chow, (2002), China's Economic Transmission, Blackwell, Oxford
Heytens and Zebnegs, (2003), “How fast can China grow?,” in Wanda Tseng and Markus
Rodlauer(eds), China Competing in the Global Economy, IMF
CSLS, (2003), “China's productivity performance and its impact on poverty in the transition period,”
Centre for the Study of living Standards, research report 2003-07, Ottawa
Wu, Y., (2004), China's Economic Growth, Routledge Curzon, London
34
Kujis, L. and T. Wang, (2005), “China's pattern of growth: moving to sustainability and reducing
inequality,” World Bank China Office, research working paper, no.2. October 2005
Hong Kong Monetary authority, (2006), How Efficient Has Been China's Investment?
7. インドの TFP 試算比較
(1) 試算値の比較表
Source
period
TFP growth(%)
Virmani(2004)
1990-1999
3.1
Jorgenson and Vu(2005)
1995-2003
2.5
Gupta(2007)
1991-2000
2.8
Bosworth and Collins(2007)
1993-2004
2.7
(2) 試算資料の出所
Virmani, A., (2004), "Sources of India's Economic Growth: Trends in Total Factor Productivity",
ICRER, Working Paper No.131
Jorgenson, D. and K. Vu, (2005), "Information Technology and the World Economy", Scand. J. of
Economics 107(4)
Gupta, A. (2007), "Indian Economy - TFP or Factor Accumulation: A Comprehensive Growth
Accounting Exercise", MPRA Paper
35
参考文献
伴金美他(1998)、『応用一般均衡モデルによる貿易・投資自由化と環境政策の評価』、「経済分
析」第 156 号、経済企画庁経済研究所
広瀬哲樹(2009)、『2025 年の世界経済と中国経済』、ESRI, Discussion Paper Series, no.220
Bosworth, B. and S. Collins(2007) Accounting for growth: Comparing China and India, NBER
working paper 12943
Felipe, J.(1997) Total Factor Productivity Growth in East Asia: A Critical Survey, EDRC Report
Series no.65
Francois,J. and B. McDonald(1996) Liberalization and Capital Accumulation in the GTAP model,
GTAP Technical Paper, no.7
He, J. and L. Kuijs(2007) Rebalancing China's Economy-Modeling a Policy Package, World Bank
China Research Paper, no.7
Hertel,T. ed.(1992) Global Trade Analysis, Cambridge Univ. Pr.
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