4.定常予混合バーナーの燃焼におよぼすプラズマ支援効果

J. Plasma Fusion Res. Vol.89, No.4 (2013)2
25‐228
小特集
プラズマ支援燃焼の現状と展望
4.定常予混合バーナーの燃焼におよぼすプラズマ支援効果
4. Effects of Nonequilibrium Plasmas on Steady-State Premixed Bunner Flame
上 杉 喜 彦,佐 々 木 浩 一1)
UESUGI Yoshihiko and SASAKI Koichi1)
金沢大学,1)北海道大学
(原稿受付:2
0
1
3年3月1
9日)
プラズマ支援燃焼は,プラズマ支援着火・点火に関する研究と,すでに燃焼状態にある火炎に対するプラズ
マ支援効果に関する研究に大別される[1].本章では,定常燃焼状態にある火炎に対するプラズマ支援効果に関
する研究例として,予混合バーナー火炎に静電放電を重畳し燃焼速度を増加させた実験を紹介する.また,パル
ス化したマイクロ波を予混合バーナー火炎に照射したときに生じる過渡現象を調べた実験を紹介する.定常状態
予混合バーナー火炎を用いた実験がプラズマ支援燃焼の素過程を調べるための基礎実験として重要であることを
示す.
Keywords:
glow discharge, microwave irradiation nonequilibrium plasma, premixed burner, enhancement of burning velocity
4.
1 予混合バーナー火炎帯への直接放電重畳の
効果
と燃焼トーチ間で放電させる.タングステン電極は酸素雰
囲気下で加熱すると酸化・燃焼反応により容易に損耗する
通常の気体燃焼において,可燃性気体と酸素あるいは空
ため,火炎中心軸から 3 mm ほどずらして配置している.
気をあらかじめ均一に混合させておいてこの混合ガスを燃
電極間に印加する電圧は,アーク放電への移行を避けるた
焼させる燃焼方式を予混合燃焼という.ガスコンロの燃焼
め最大約 5 kVpp とした.燃焼用ガスとしてブタン(C4H10)
や空気を十分取り入れたガスバーナー燃焼がこれにあた
を用いた.ガス流量は当量比が1となるように,ブタン流
る.一方,別々に存在する燃焼気体と酸素あるいは空気の
量 0.1 l/min,酸素流量 0.65 l/min とし,完全燃焼するとし
界面で燃焼反応が維持される燃焼を拡散燃焼と呼び,ろう
たときの燃焼出力は約 200 W である.一方,投入する放電
そくの火炎や空気取り入れ口を塞いで燃焼させたガスバー
電力は最大約 25 W と,燃焼パワーに対し1割程度に抑え
ナー燃焼がこれにあたる.本節では予混合燃焼炎の火炎帯
ている.
に直接静電放電を重畳する方式における燃焼促進効果につ
4.
1.
1 燃焼促進効果に対する静電放電の極性依存性
いて述べる.焼燃実験に用いた燃焼ノズルと静電放電用電
実験では,燃焼ノズル左上に設置したタングステン電極
極配置図を図1に示す.トーチノズル出口から約 5 mm 上
と燃焼ノズル間に数 kVpp の電圧を印加し,燃焼炎中にグ
方の位置にタングステン電極を設置し,タングステン電極
ロー放電路を重畳したときの燃焼への効果を実験的に検討
した.図2に周波数 50 Hz,放電電圧 Vpp∼2 kV の低周波放
電を重畳した場合における CH 発光強度分布の変化を示
す.CHはOHやC2と並んで炭化水素燃焼反応における中間
生成物として燃焼反応の進展に大きく関与するラジカル種
図2
図1
静電放電重畳実験に用いた予混合燃焼バーナーノズルと電
極配置.
CCDカメラにより撮影したCHラジカル発光強度画像,(a)
静電放電重畳なし,(b)
ノズルを陰極として放電した場合,
(c)
ノズルを陽極として放電した場合.
authors’ address: Kanazawa Univ. Kanazawa 920-1192 Japan, 1)Hokkaido Univ. Sapporo 060-0815 Japan
authors’ email: [email protected], [email protected]
225
!2013 The Japan Society of Plasma
Science and Nuclear Fusion Research
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.89, No.4 April 2013
である.図中の
(a)は無放電時,(b)は放電重畳時(ノズ
が 1 kV 程度で,放電電流が∼数 10 mA の安定した放電が
ル:陰極),(c)は放電重畳時(ノズル:陽極)の場合の時
得られていることから大気圧グロー放電であると考えられ
間分解して撮影した CH 発光強度分布である.放電重畳の
る.グロー放電では,陰極である燃焼トーチノズル出口近
有無およびノズル印加電圧位相による差異に注目して発光
傍で大きい電位勾配が発生する.その結果,この急激な電
強度分布を比較すると,ノズルが陰極位相時に CH 発光強
位勾配により電子が加速され,ノズル近傍から燃焼反応帯
度が大きく増加し,燃焼炎が収縮していることがわかる.
にわたって電子衝突解離により多くの OH,CH,C2 等の燃
CH 発光強度は最大で 1.4 倍程度増加した.しかし,ノズル
焼ラジカル種を生成する新たな燃焼開始・分岐反応が生
が陽極位相時には発光強度や火炎の形状に放電の影響がほ
じ,燃焼反応が促進されたものと思われる.
とんどみられない.
4.
1.
2 燃焼速度の評価
燃焼ノズルを陰極とした場合に燃焼促進効果が強くみら
静電放電重畳における炭化水素燃焼支援効果を検討する
れたことから,印加低周波高電圧を全波整流し,ノズル側
ために燃焼速度の評価を行った.燃焼速度とは,静止した
を陰極,タングステン電極側を陽極と固定し,放電電力を
燃焼系での火炎伝搬速度で与えられ燃焼反応過程の重要な
変化し燃焼火炎の形状変化を観察した.図3に軸対称を仮
指標の一つである.今回実験で用いた予混合バーナー燃焼
定して CCD カメラで観測した OH,CH,C2 のラジカル発
の場合,未燃混合気が火炎面(燃焼反応帯)に垂直に流入
光強度分布をアーベル逆変換して得られた発光強度分布を
する速度(ノズルから外向き)と燃焼速度(ノズル向き)が
放電電力別に示す.これらの画像を見ると,図1に示すよ
釣り合った状態で安定な予混合燃焼が得られる.この原理
うに予混合バーナー火炎は,未燃混合気の予加熱帯と既燃
を用いた火炎傾斜角法
[2,
3]によって算出した燃焼速度の
ガス領域が幅 0.2∼0.3 mm の反応帯を境に明瞭に分離され
放電電力依存性を図5に示す.放電電力を増加するごとに
ており,炭化水素燃焼において重要な反応種である CH,
燃焼速度も増加し,25 W の放電入力で無放電時の 2.4 m/s
C2は,この狭い反応帯で生成され放電重畳により発光強度
から 3.2 m/s まで約25%増加している.
が増加していることが見てとれる.一方,酸化剤として寄
4.
2 熱平衡・非平衡燃焼間の遷移現象
与する OH は,反応帯での発光に加えて反応帯上部領域で
も発光している.また,C2,CH ラジカルは火炎帯の上部で
4.
1節で述べた静電放電の重畳以外にも,誘電体バリア
発光強度が大きく増加し,OH は燃焼トーチノズル近傍で
放電をはじめとする様々なプラズマの重畳が定常燃焼状態
の発光強度がより強まっている.図4にCCDカメラ画像で
にある予混合バーナー火炎の燃焼を変化させることが報告
観測された各種ラジカル発光強度か ら ノ ズ ル 出 口から
されている[4‐14].本節では,予混合バーナー火炎に周波
3 mm 上部の発光強度を代表値として得た放電電力依存性
数2.45 GHzのマイクロ波を照射したときに観測された現象
を示す.放電電力の増加とともに OH の発光強度は線形的
に増加し,C2,CH に関してはやや飽和傾向を示している.
本実験で観測された静電放電を重畳した炭化水素燃焼に
おける極性効果は,次のような過程により発現するものと
考えられる.まず,今回の静電放電重畳実験は,放電電圧
図3
CCD カメラで撮影された燃焼炎発光画像のアーベル変換画
像の放電電力依存性,(a)
OH,(b)
CH,(c)
C2の発光強度
分布.
226
図4
アーベル変換前の発光画像から求めた燃焼ラジカル発光強
度の放電電力依存性,(a)
OH,(b)
CH,(c)
C2の発光強度.
図5
ノズルを陰極として静電放電を重畳したときの燃焼速度の
放電電力依存性.
Special Topic Article
4. Effects of Nonequilibrium Plasmas on Steady‐State Premixed Bunner Flame
Y. Uesugi and K. Sasaki
について述べる[15,
16].この研究では,放電が生じないレ
に生成されたためと考えられる.また,電子衝突解離反応
ベルのマイクロ波電場をあえて選択し,火炎中に元々存在
により燃焼化学反応に変化が生じ,燃焼速度が増加したも
する電子を加熱することをコンセプトとする実験を計画し
のと考えられる.
た.火炎中のOHおよびCHラジカルの発光スペクトルの分
マイクロ波電力をパルス化し,マイクロ波照射が印加ま
析により評価されるガス温度(回転温度)はマイクロ波の
たは遮断された直後の発光強度の時間変化を導波管内部に
照射によって変化しなかったので[15],以下に述べる現象
おいて調べた
[16].図7(a)は窒素分子の second positive
は熱的効果により生じたのではなく,加熱された電子によ
systemの発光強度の時間変化を示している.マイクロ波は
る非平衡的効果により生じたものと考えている.本章で
0 msにおいてステップ状に印加され,2 msにおいてステッ
は,熱平衡燃焼状態と非平衡燃焼状態の間の遷移現象を中
プ状に遮断されている.マイクロ波電力が遮断された後に
心に述べる.
窒素分子の発光強度がゼロに戻るときの時定数は 0.05 ms
図6は実験装置の概要を示している.東芝サイズの導波
未満であり,これは電子の加熱および冷却の時定数を表し
管の H 面に予混合バーナーを設置し,火炎は導波管を貫通
ていると考えられる.これに対し,マイクロ波電力を印加
している.燃焼にはメタンと乾燥空気の混合ガスを用い,
した後に観測された second positive system の発光強度の
完全燃焼時の化学反応出力は 331 W である.導波管の側面
立ち上がり時定数は 0.35 ms であった.マイクロ波印加後
にのぞき穴を設け,マイクロ波漏洩防止のための金属管を
の電子加熱が瞬時に生じるとし,粒子バランスを考える
介して導波管内の火炎を観察した.導波管を貫通した火炎
と,0.35 ms の立ち上がり時間は加熱された電子の寿命を
先端部もマイクロ波漏洩防止用の金属管を介して観察し
表すと考えられる.加熱された電子の寿命は輸送および反
た.導波管はプランジャーで終端されており,火炎の位置
応で決まる.バーナーノズルの形状から求めた本実験にお
で最も強い定在波電場となるようにプランジャーの位置を
けるガス流速は 20.9 m/s であり,ガスが観測領域(導波管
調整した.マイクロ波電力は 300 W とした.反射マイクロ
内の観測領域の長さは 10 mm)に留まる時間は 0.48 ms と
波は EH チューナーで再度火炎の方向に戻され,マイクロ
評価された.したがって,0.35 ms という加熱された電子の
波電源に戻るマイクロ波(反射)電力は 20 W 以下に調整さ
寿命は,2×103 s−1 程度の輸送損失と1×103 s−1 程度の反応
れているが,マイクロ波部品が強く加熱されていることか
損失からなるものと評価された.図7(b)
は,OH ラジカル
ら,火炎に吸収されるマイクロ波電力はわずかと考えてい
の"!!! " #!" 遷移の発光強度の時間変化である.立ち上
る.定在波電場を仮定したとき,火炎の位置でのマイクロ
がりおよび立ち下りの時定数はともに 0.35 ms であるので,
波電場の大きさは 302 V/cm である.
マイクロ波照射によって過剰に生成された OH ラジカル
は,輸送の他に,1×103 s−1 程度の周波数で反応消滅する
マイクロ波の照射により火炎長の短縮が明瞭に観測さ
ものと考えられる.
れ,燃焼速度が増加することが確かめられた[15].導波管
最後に,火炎先端部で観測された興味深い過渡現象を紹
内部の火炎の発光スペクトルをマイクロ波照射のない状態
で調べると,火炎中には大量の窒素があるにもかかわら
ず,窒素分子の発光はまったく観測されなかった.窒素分
子の電子励起状態のエネルギーは 10 eV 以上であるのに対
し,熱平衡状態の火炎の温度は 2000-3000 K であるので,電
子励起状態の占有密度がほぼゼロとなるのがその理由と考
えられる.これに対し,マイクロ波を照射すると,窒素分
子の second positive system の発光スペクトルが明瞭に観
測された[16].OH および CH の発光スペクトルから評価
したガス温度には変化がなかったので,second positive
system の発光が観測されたのは,火炎中の電子が加熱さ
れ,電子衝突励起によって電子励起状態の窒素分子が大量
図7
図6
予混合バーナー火炎にマイクロ波を照射するための実験装置.
227
マイクロ波電力の ON/OFF 時に観測された(a)
窒素分 子
second positive system の発光強度の時間変化,および,
(b)
OH ラジカル A2Σ+→X2Π遷移の発光強度の時間変化.
マイクロ波は 0−2 ms の期間にパルス的に印加されてい
る.
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.89, No.4 April 2013
介する.図8は,火炎先端部の発光強度分布(紫外および
伸長と短縮が交互に繰り返す振動現象が観測され,4 ms
可視波長域の積分発光強度)を時間分解して撮影した結果
を超える時刻において熱平衡燃焼状態(定常状態)となっ
である.図8(a)
および図8(b)は,それぞれ,マイクロ波
た.このような振動を伴う過渡現象は,燃焼化学反応の
照射が有および無の定常状態における火炎長を表してお
オーバーシュート現象として理解可能と思われる.すなわ
り,これらの比較から,マイクロ波の照射が火炎長を短縮
ち,マイクロ波が照射された状態は燃焼化学反応が過剰に
させることがわかる.ただし,図8(a)はマイクロ波電力の
進行した状態であり,その状態でマイクロ波が突然遮断さ
遮断後 1 msにおいて観測された結果である.図7に示した
れると,熱平衡反応状態に比べて酸化剤が不足した状態と
ように,火炎下部(導波管内)の発光強度はこの時刻にお
なるので,燃焼化学反応が鈍化して火炎長が伸張(燃焼速
いてすでに熱平衡状態の値に戻っているが,火炎先端部の
度が低下)する.このときオーバーシュート現象が生じ,
短縮は時刻 1 msまで継続しており,この時間遅れはガス流
酸化剤が逆に過剰となる状態が過渡的に生じて,火炎長は
速によって説明できる.時刻1.8 msにおいて,図8(b)に示
再び短縮(燃焼速度が増加)するものと考えられる.この
すように火炎長の伸長が観測され た が,図8(c)および
ような定性的説明を定量化できれば,非平衡燃焼化学反応
図8(d)に示すように,時刻 1.85 ms までの時間帯において
状態に関するより進んだ理解が得られるものと期待される.
火炎長は再び短縮した.それ以降の時間帯では,火炎長の
4.
3 おわりに
これまでの我が国におけるプラズマ支援燃焼の研究は,
実用化重視で進行している側面があり,実用化志向の研究
は一部において目覚しい成果を挙げている.しかしなが
ら,プラズマによって誘起された非平衡燃焼化学反応状態
に関する微視的な理解は未だほとんど得られていない.定
常予混合バーナー火炎を用いた基礎実験は,非平衡燃焼状
態の微視的理解のために重要と考えられる.本章に示した
実験結果においても,例えば,窒素分子の発光強度が著し
く(無限大倍に)増加し,それが電子衝突励起の効果によ
ると考えられるのにもかかわらず,OH およびCHラジカル
の発光強度の増加が2倍程度の範囲にとどまるのは何故か
など,容易に取得できる実験結果の中にも基礎的説明が困
難な事項が数多く存在する.プラズマ化学の研究に多大の
経験と蓄積を有するプラズマ応用分野の研究者が多数プラ
ズマ支援燃焼の研究に参入され,本分野の発展に貢献され
ることを期待する.
参考文献
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マイクロ波電力の遮断時に観測された火炎先端部における
発光強度分布の時間変化.撮影時刻は,マイクロ波電力遮
断 後,(a)
1 ms (b)
1.8 ms,(c)
1.825 ms,(d)
1.85 ms,
(e)
1.875 ms,(f)
1.9 ms,(g)
1.925 ms,(h)
1.95 ms,(i)
1.975 ms,(j)
2 ms (k)
2.025 ms,(l)
2.05 ms,(m)
2.075
ms,(n)
2.1 ms,(o)
2.125 ms (p)
2.6 ms,(q)
2.65 ms,
(r)
2.7 ms,(s)
3 ms,および(t)
4 ms である.火炎長は振動
を伴いながら伸長している.
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