Ⅷ. 電子スピン共鳴法

Ⅷ. 電子スピン共鳴法
1)はじめに
ESR の基礎や測定に関する教科書は多数ある(文献[1])
。しかしながら、そこに載っているのは、ほとん
どが有機物、高分子材料などであり、シリカガラスをはじめとする無機材料や半導体中の常磁性中心を測定
するという目的を持つ者にとっては、あくまで「参考書」であり、必ずしも役に立つものではない。Ⅷ章で
は ESR 測定材料の中では異端といえる、シリカガラスの ESR 測定についてまとめた。
2)測定の手順に沿って
まず、ESR 装置の利用周波数は、X, K, Q バンドがある。通常は X バンドであり、また試料量も K, Q バン
ドに比べて稼げるので、よほどの理由がない限り、X バンドで始めるのが一般である。試料管に入るように
試料を切断すればよいのだが、光ファイバーの場合、シリコーンクラッドは、酸等で除去した方がよい場合
もある。シリコンのような単結晶上の酸化膜の場合は、面方位に注意する。結晶の方位が記されたアタッチ
メントが付属品である。室温測定の場合は、このままで測定に供せるが、低温測定の場合は、試料管内部の
凍結を防ぐために試料管の上部を塞ぐ必要がある。特に液体窒素温度以下の場合、空気が液化して試料管に
貯まってしまう。簡便には、試料管上部をシールテープで塞げばよいが、低温で放射線を照射する場合等は、
試料管を真空封入しなくてはならない。試料管は真空封入しやすいように、測定部分は溶融石英製、上部は
パイレックス製になっている。従って、パイレックスのガラス細工と考えて良い。低温測定用に市販されて
いるのは、温度可変装置と液体窒素ジュワーである。前者は液体窒素を気化させて、試料管に吹き付けるタ
イプである。長所は、測定温度を室温から液体窒素温度まで連続的に変えることができることである。短所
は、液体窒素温度まで降下させるのは難しく、せいぜい 100K 程度止まりであること、低温ほど液体窒素の
消費量が多いこと、通常測定のキャビティーに二重構造の真空ガラス管を挿入しなくてはならず、破損の危
険があること、等である。一方、液体窒素ジュワーは、温度は 77K しか作り出せないものの、極めて取り扱
いが簡単である。ただし、キャビティー中が結露するのを防ぐため、乾燥窒素でパージする必要がある。ま
た、試料管を液体窒素に漬けた時に発生する泡は測定に影響を与えるので、測定にかからない管の底から
4-5cm の位置に糸切れを巻き付け、泡を逃がすと良い。ジュワーの底からも泡を発生させないために、埃や
汚れをきれいに拭っておく。
この他にも、例えば日本電子では、薄膜用のキャビティーを販売している。これは、基板上に形成した膜
を非破壊で測定できる、試料面積が通常の試料管よりも大きいといった利点があるが、室温測定のみ有効で
ある。また、高温 ESR 測定装置は、自作可能である。
ESR のシグナルで重要な g 値と周波数νの関係は、hν = gβH で表される。ここで、h, β、H はそれぞ
れ、プランク定数、Bohr 磁子、磁場である。さて、周波数は、試料の形状等によって、毎回の測定ごとに異
なる。また、表示上の磁場と実際の磁場は多少異なるので、校正が必要となる。最近は、ほとんどの装置に
NMR の磁場測定器がついているので、これを用いればよいが、無ければ付属の Mn+のマーカーをキャビテ
ィーの横穴に入れて、試料と同時に測定すればよい。
次にシグナルであるが、E'センターであれば、g=2.000 に現れるので、この領域をスキャンすればよい。
E'センターは数μW 程度で飽和してしまうが、見つかりにくいときは、倍率、モジュレーション、パワー等
を高めに設定すると見つかりやすくなる。E'センターと紛らわしいのは、イオン注入によって生成する場合
のある E' type センターで、これは飽和挙動をみればすぐに識別できる。図 1 のような関係において、飽和
していない領域では、一定となるが、飽和領域では、図 1 のようにカーヴを描く。E' type センターでは、1mW
かけても飽和しない。低濃度過ぎて、シグナルが見えないときには、①モジュレーションを上げる、②倍率
と時定数を上げてスキャン速度を落とす、③積算するといった方法で、シグナルを観測することができる。
①場合、シグナルの線形は変わってしまうが、濃度は保存される。②、③の場合、特に何時間にも渡ってス
キャンあるいは積算する場合、磁場が安定かどうか確認する必要がある。
濃度の決定であるが、最近の ESR には、使いやすいとはいえないが、積分ソフトがついているので、こ
れで2回積分すれば、強度が得られる。E'センターの場合、積分は概ねうまくいくが、NBOHC や PR は、
広い磁場領域にわたって積分するため、大きな誤差が伴う。最も、ESR の測定自身、強度の測定誤差は±10%
以上あると思って良いので、大まかな見積もりと考えるべきである。ここまでの操作で得られるのは、シグ
ナルの強度の数値化であって、濃度決定ではない。濃度決定は、標準試料と試料をひとつの試料管にいれて
同時測定するのが、
最も精度が良いといわれているが、
試料のシグナルと標準試料のシグナルが重なる時は、
同一条件で別々に測定するしかない。試料管が2本入るダブルキャビティーも市販されている。コールピッ
チといわれる標準試料が市販されているが、濃度は例えば 1∼2×105spin/cc のように表記されており、極め
て大まかである。その他、各種標準試料が、参考文献に挙げた教科書(文献[1])に載っているが、筆者は硫
酸銅結晶を用いている。なお、Mn+標準は、教科書によっては濃度標準としも用いることができると書いて
あるが、基本は磁場標準であって、濃度標準ではない。
E'センターや E' type センターは室温で観測可能であるが、NBOHC, PR は液体窒素温度まで冷却しないと
測定できない。NBOHC, PR は数十 mW までマイクロ波のパワーを上げても飽和しない。E'センターは 1μ
W 以上で飽和が始まるので、マイクロ波のパワーで E'センターと NBOHC, PR を分離することが、可能で
ある。
液体窒素温度で照射を行って、液体窒素温度で測定を行うことも可能である。試料を試料管に入れて真空
封入し、液体窒素ジュワーに入れて照射する。照射するときは、試料管を逆さまにして、パイレックス部分
に試料を入れて、液体窒素に浸すと良い。このとき、ラベル等の有機物が液体窒素に入らないように注意す
る。液体窒素に解けている酸素がオゾンになり、有機物と反応して爆発するからである。照射が終わった後
は、速やかに新鮮な液体窒素に試料を移し、照射を受けている液体窒素は衝撃を与えないように静かに捨て
る。E'センター、NBOHC, PR に関しては、液体窒素に浸してある限り、1日程度たっても濃度に変化はな
い。さて、試料管の溶融石英部分は測定にかかるので、放射線で誘起された欠陥をブルーバーナー等で焼き
消す必要がある。一般に数十秒焼いて、徐冷すれば消える。測定の時は、再び試料管を逆さにして、測定用
ジュワーに入れればよい。
図1
イオン注入したシリカガラス(●)とγ線
照射したシリカガラス(○)中に誘起され
た E'センターのマイクロ波の飽和挙動。シ
グナル強度/(マイクロ波パワー)0.5 の値
がマイクロ波のパワーを変化させても変
化しない(この場合縦軸値=1)とき、シグ
ナルは飽和していない。イオン注入誘起 E'
センターは 1mW 以上の領域で飽和が始まる
のに対して、γ線誘起 E'センターは、2μW
以上で飽和が始まる。文献[2]より引用。
参考文献
[1] H.Hosono et al., J.Non-Cryst.Solids, 179, 39 (1994).
[2] 例えば栗田雄喜生著、電子スピン共鳴入門(講談社)など。この本を読めば一般原理などはわかるよう
になるが、シリカガラスの ESR 測定にはあまり関係ない。