日本語学習者の受身文の習得研究 ‐ ストーリーテリングの分析から 広島

日本語学習者の受身文の習得研究‐ストーリーテリングの分析から
広島国際学院大学
川崎千枝見
1.
はじめに
受 身 は 日 本 語 学 習 者( 以 下 、学 習 者 と す る )に と っ て 、習 得 が 容 易 で な く 初 級 後 半 に 学 習
し て も 使 用 さ れ 始 め る の は 中 級 に 入 っ て か ら で あ る こ と が 指 摘 さ れ て い る 。こ れ ま で 受 身 の
習 得 研 究 の 多 く は 、日 本 語 学 の 成 果 即 ち 母 語 話 者 の 体 系 を 枠 組 み と し て お り 、学 習 者 言 語 を
分析する枠組みとして適さないことも考えられる。
そ こ で 、 川 崎 (2007)で は 学 習 者 の 自 然 な 発 話 に お け る 受 身 習 得 過 程 を 探 る べ く 、 縦 断 的 発
話 コ ー パ ス ( 学 習 者 6名 、 3年 間 ) を 分 析 し た 。 そ の 結 果 、 学 習 者 が 受 身 で 使 用 す る 動 詞 は 、
( ア )さ ま ざ ま な 活 用 形 で 使 用 さ れ た の ち に 受 身 文 で 使 用 さ れ る 動 詞 と( イ )受 身 文 で は じ
め て 使 用 さ れ る 動 詞 の 2 つ の タ イ プ に 大 別 で き 、学 習 者 が 使 用 し た 動 詞 の う ち 、
「 叱 る 」は( ア )
に 、「 怒 る 」 は ( イ ) に 属 す る こ と が 分 か っ た 。
そ こ で 横 断 的 調 査 を 実 施 し 、受 身 文 で 使 用 さ れ る 動 詞 、 特 に「 叱 る 」 と「 怒 る 」の 使 用 状
況がレベルによってどのように変化するかを探った。
2.
調査方法
被 調 査 者 は 海 外 で 日 本 語 を 学 ぶ 大 学 生 で OPI の 中 級 ( 84 名 ) お よ び 上 級 レ ベ ル ( 29 名 ) の
計 113 名 1 で あ っ た 。調 査 に は 4 コ マ の マ ン ガ( 図 1)を 用 い て 、口 頭 で の ス ト ー リ ー テ リ ン グ
を 行 い 、発 話 を 録 音 し 文 字 化 し た も の の う ち 、2 コ マ 目 と 4 コ マ 目 に 言 及 し て い る 部 分 を 分 析
資料とした。
3.
結果
3.1.
使用された動詞
レ ベ ル ご と に 使 用 さ れ た 動 詞 3 の 出 現 頻 度( 100人 当 た り 換 算 数 )は 、
「 叱 る 」が 中 級 119.00、
上 級 65.51 で 、 各 レ ベ ル で 使 用 さ れ た 動 詞 に 占 め る 割 合 は 、 そ れ ぞ れ 60.2%、 30.6 %で 大 き な
開 き が み ら れ た 。「 怒 る 」 は 、 中 級 35.70 、 上 級 7 9.30 で 、 同 割 合 は 18.1% 、 37.1% で あ っ た 。
中 級 と 上 級 に お け る 各 語 の 差 に つ い て 、カ イ 二 乗 検 定 を 行 っ た と こ ろ 、
「 怒 る 」は 有 意 水
準 0.1%で 有 意 差 あ り (χ 2=17.27, P=.000)で あ っ た 2 。「 叱 る 」 で も 同 様 の 検 定 を 行 っ た と
こ ろ 、 有 意 差 は な か っ た ( χ 2=0.86, P=.354)。 活 用 形 の 誤 り は 、「 叱 る 」 で 中 級 19.0%、
上 級 10.%、「 怒 る 」 で は 中 級 13.3%、 上 級 4.3%で あ っ た 。
3.2.
受身の使用
「 叱 る 」「 怒 る 」が 受 身 で 使 用 さ れ た 割 合 は 、
「 叱 る 」は 中 級 が 54.0 % 、上 級 が 57.9 % 、「 怒
る 」 は 中 級 18.1%、 上 級 37.1 % で あ っ た 。
4.
考察
使 用 さ れ た 動 詞 の 分 析 か ら 、 中 級 で は 「 叱 る 」 が 主 に 使 わ れ て い る ( 60.2 %) が 、 上 級 で
は「 怒 る 」の 使 用 数 が「 叱 る 」を 上 回 っ た 。レ ベ ル が 上 が る と「 叱 る 」へ の 集 中 か ら「 叱 る 」
「怒る」への語彙の広がりがみられることが分かった。
さらに、各動詞が受身で使用される割合を見てみるといずれのレベルにおいても「怒る」
と「 叱 る 」で は 開 き が あ り 、動 詞 に よ っ て 受 身 形 で の 使 用 が 好 ま れ る か ど う か に 違 い の あ る
ことが分かった。使用される動詞について、活用形の誤りを見ると「怒る」よりも「叱る」
の数値が高かった。以下のように、活用形を考えながら話す例がいくつか見られた。
1) 女 の 人 が 来 て 、こ れ は 、ん 、ち ょ っ と 汚 い と 、あ ん 、子 ど も を し か れ て 、し か れ る ? 、
し か れ ま す 【 2 コ マ 】 ( 中 級 ・ 韓 国 語 話 者 K12)
ま た 、 個 々 の 学 習 者 を 見 る と 次 の よ う な 現 象 が 観 察 さ れ た 。 2) で は 「 叱 ら れ る 」 を 2 回 使
用 し 、 う ち 一 方 は 誤 用 で あ る 。 こ の 学 習 者 は 、「 叱 る 」 を 活 用 さ せ 「 叱 ら れ る 」 を 産 出 し た
の で は な く 、「 叱 ら れ る 」 と い う 形 式 で 覚 え て い る 可 能 性 が 窺 え る 。
2a) (略 ) 彼 ら は ご み を 、 ご み を い っ ぱ い 作 っ て 、 そ し て 、 母 に 叱 ら れ た 、【 2 コ マ 】
2b) ( 略 ) 隣 の お じ い さ ん 、 が 、 母 に 叱 ら れ た ( → 母 を 叱 り ま し た ) 【4 コ マ 】
(中 級 ・ 中 国 語 話 者 C10)
レ ベ ル ご と に 比 較 す る こ と に よ っ て 、レ ベ ル に よ っ て 使 用 さ れ る 動 詞 の 割 合 が 異 な り 、
「怒
る 」は 上 級 で 使 用 数 が 伸 び る こ と 、 動 詞 に よ っ て 受 身 で 使 用 さ れ る 割 合 が 異 な っ て い る こ と
が分かった。
注
1)母 語 別 内 訳 は 、 中 国 語 42 名 、 韓 国 語 29 名 、 タ イ 語 4 2名 で あ っ た 。
2)こ の 他 該 当 部 分 の 説 明 に 用 い ら れ た 動 詞 は 、「 話 す 」「 注 意 す る 」 な ど が あ
った。
3)各 レ ベ ル の 総 語 数 は 、 茶 筌 を 用 い た 形 態 素 解 析 で 行 い 、 上 級 3227 語 、 中 級
13104 語 で あ っ た 。 茶 筌 シ ス テ ム は 、 自 然 言 語 処 理 研 究 に 資 す る た め 無 償 の
ソ フ ト ウ ェ ア と し て 開 発 さ れ た も の で 、そ の 著 作 権 は 、奈 良 先 端 科 学 技 術 大
学 院 大 学 情 報 科 学 研 究 科 自 然 言 語 処 理 学 講 座 (松 本 研 究 室 )が 保 持 す る
(http:// chasen-leg acy.sourcefo rge.jp/ 2011/01/30ア ク セ ス )。
参考文献
川 崎 千 枝 見( 2007 )
「日本語学習者はどんな受身を使っているのか?‐縦断的
発話資料の分析から‐」
『 日 本 語 教 育 学 会 第 10 回 研 究 集 会 予 稿 集 』50-55.
資料
根 本 進 ( 1970 )『 ク リ ち ゃ ん み ど り の 本 』 , さ ・ え ・ ら 書 房
図1
調査で使
用し た4コ ママ ン
ガ
用語リスト
ス ト ー リ ー テ リ ン グ : 本 研 究 で は 、 セ リ フ の な い 4コ マ マ ン ガ を 用 い 、 被 調 査 者 に こ の マ ン
ガの内容を口頭で説明するように求めた。