巻頭言 水文観測と水理解析のコラボレーション ~水文観測の「変極点」にあたって~ 国土交通省水管理・国土保全局河川計画課河川情報企画室長 藤巻 浩之 この度は全く思いがけなく、日頃から大変お世話になっている富山県立大学の手計先生 から本稿執筆のご依頼を頂戴しました。本書に寄稿されている先生方の足下に到底及ばな い小職でありますが、本省で河川管理者による水文観測の取りまとめを仰せつかっている という役目柄と生来の向う見ず気質で即座にお受けしてしまいました。後悔先に立たず、 甚だ拙い文章であることは承知しております。何卒ご容赦ください。 冒頭から私事で誠に恐縮ですが、平成3年に入省した小職は、九州内の河川事務所の調 査課に配属されました。見習い同然の小職には、見るもの聞くもの全てが大変新鮮な日々 を過ごしましたが、終日雨が一滴も降っていないはずの日も、大型台風に直撃され飛ばさ れそうな日も、毎朝9時の事務所屋上での雨量普通観測が日課であったことを昨日のこと のように覚えています。当時は自記計やテレメータに加え、普通観測もまだ盛んで、長年 にわたるご自身の仕事に強い信念と誇りをお持ちの観測員の方々から教えていただいたそ れぞれの川の特徴や観察眼は、職場の上司からのものとは違った角度からではありました が、何も知らない小職にとっては貴重な教えだったと今でも思っています。 今更申すまでもありませんが、河川管理者による水文観測の成果は、河川の計画策定、 工事実施、維持管理、危機管理等の最も基礎的なデータとして、古いものでは百年以上に わたり活用されてきた一方、昨今は様々な面から、ひとつの変極点に来ていると改めて感 じます。 今となっては遠い遠い昔話のように聞こえる方々もいらっしゃるかもしれませんが、昭 和60年頃には、水文観測を担当する調査課に30人近くの職員を抱える直轄の河川事務 所もあったそうです。昨今は河川事務所だけでなく、水文観測業務を受注される民間の測 量会社も人員が削減され、特に洪水時の流量観測について、十分な体制が確保しづらいと ころもあるようです。 特に、国に比べ管理延長が長い一方、予算が十分に確保できていない都道府県が効率的 な観測を如何に行うことができるか、簡易的な方法を含め、国として対応策を練り、その 結果を都道府県にご紹介する必要があると考えています。 また、時間雨量 100mm を超すような豪雨、それに伴う河川水位の急上昇が毎年のように 全国のどこかで発生しており、そのような急激な現象変化を的確に捉えることの重要性が、 特に危機管理面からも増してきていると痛感します。全国の市町村長の中には、避難勧告 i を発令・解除されるにあたり、近くの観測所水位の現況及び予測データや、それに基づく 直轄の河川事務所からのアドバイスに重きを置いておられる方々が決して少なくないと仄 聞しています。 翻って、観測技術について考えますと、雨量については、気象庁によるアメダス、国土 交通省によるXRAINの整備に加え、携帯電話、電力、鉄道等に関連した民間会社によ る観測網の充実が図られているところです。 また、河川の水位や流速についても、ADCPやカメラ画像等を用いた解析技術の向上 により、より正確で連続的な観測が可能になってきており、従来からの水位計や浮子によ る観測に加え、各観測所がそれぞれ有する固有の特徴によっては、それらの新技術の導入 を一層進めることが肝要です。 一方、水理解析においては、洪水予測や河床変動計算等に関する精度向上が目覚ましい ところですが、今後とも一層の解析技術向上が求められており、そのために必要な水文デ ータを河川管理者としてどのように観測すべきか、改めて研究者の方々と一緒に検討する ことが非常に重要であると考えます。 水理解析の精度が向上することにより、元来が離散的な「点」のデータでしかない観測 所水位が、縦断的・横断的な水面形という「線」データで補完されることにより、時空間 的に連続した情報となり得る可能性を大いに秘めていると考えます。すなわち、水文観測 結果を水理解析に活用するだけでなく、水理解析結果を水文観測にフィードバックするこ とによる、両者のコラボレーションを大いに期待しているところです。 それらを踏まえ、水管理・国土保全局としては、水文観測や水理解析に高いご見識を有 する、その道の大家から新進気鋭の若手の方々のご指導をいただきつつ、水文観測に関す る精度の向上、高度化、効率化を図るとともに、水理解析技術の向上と、そのために必要 となる水文観測方法等に関する全般的な検討に昨年秋に着手したところです。 長年にわたり全国各地で実施され(ある意味「職人技」です)、河川の様々な分野に広 く活用されているからこそ、水文観測のあり方や具体的な手法等に関し、新たな方向性や 結論を導くことは生半可なことではないと自覚していますが、今後の河川管理の充実や河 川工学等の発展の礎に少しでもなればとの思いから、甚だ微力ながら取り組んでいるとこ ろです。 ここまで書いてきた私どもの取り組みについては、本稿に目をお通しいただいた皆さま 方からのお力添えが無ければ、何とも進みようがありません。 皆さま方からのご指導・ご鞭撻を心より期待しつつ、拙稿を閉じさせていただきます。 ありがとうございました。 ii
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