マニュアルの功罪・・・河合 誠 - 建築技術支援協会

マニュアルの功罪
河合 誠
製造メーカーと建設会社
これは私一人の想いではなく工業化住宅の開発に携
先日、黒部市にあるサッシ工場の見学に行く機会が
わっている技術系役員も同じ思いを抱いているようです。
ありました。短時間ではありましたがサッシメーカーの
説明員の方が製造ラインの各所で熱のこもった説明をし
木造住宅現場管理大系
ていただき、よく理解できたと共に建設業界と製造業界
日経 BP 社の依頼で木造住宅現場管理大系の枠組壁工法
の違いを痛感させられました。この会社は材料の生産か
の建て方部分を作成しています。
ら加工、そして製造機械まで自前で造るので有名な会社。
もともと福本理事によって在来軸組みの現地調査から
と言えばお分かりの方は多いと思いますが YKK ap社
引渡しまでを解説した「木造住宅現場管理体系」に建て
です。サッシの網戸を織機で編む、さらにその糸まで作
方部分のみ2× 4工法が追加される予定です。2× 4
る工程を見てびっくりしました。また生産ラインでミス
工法に今まで携わった経験をお持ちのサーツの方々総動
が出ないように事細かに作業手順が決められ、またその
員(その他に20名以上の方々に協力していただいてい
通りに作業を進めなければ次工程に進めない仕組みに
る)での仕事になっています。今回この大系を書く上で
なっています。徹底した生産合理化が多品種少量生産に
一番意識したことは、工務店の現場監督が職人さんに
も導入されていることに改めて関心させられました。
何を伝えるのか、言い換えると職人さんより優位な立場
では住宅メーカーではどのような状況かと言います
で物事を教えられるか、と言うことです。例えば新人
と工法により違いはあると思いますが2× 4工法の場
の現場監督が偉そうに職人さんに指示などできません。
合、特徴として技術基準が告示や住宅金融支援機構の
経験がないからで、いいとこ職人さんの手元で材料運び
標準工事仕様書できっちりと決められているので大きく
が始めの仕事でしょう。とは言え現場の品質はこの監督
問題が発生することはない、即ち一定の品質は担保しや
に委ねられているのです。いつまでも手元では、そのう
すいと言えます。ただし一部の設計者または建築家から
ち嫌気が差して退職。違う仕事についてしまうでしょう。
は、融通が利かない構造として嫌われているようです
この監督に少しでも早く2× 4工法の建て方のノウハ
が。住宅メーカーではこれらの規準をベースとしてさら
ウを覚えてもらうことがこの大系の主題だと考えてい
に独自のマニュアルを作成して運用しています。2× 4
ます。
工法もオープン化して40年が経ち多くの経験を通して
100ページ前後の紙面ではそのさわりぐらいしか
マニュアルの制定を行ってきました。その結果非常に分
書けませんが 建築は応用であり基本(この大系の主た
厚いマニュアルになり次第にページをめくるのも億劫に
る記載事項)をはずさなければ自分なりの創意工夫が
なるくらいに肥大するなど、もともとの技術基準とはか
できる面白い仕事だと思ってくれれば占めたものです。
け離れた歩みをしてきています。膨大なマニュアルを理
元請の工事責任者は検査チェックシートの内容しか言わ
解しないと設計ができない。ばかりでなく、もともとこ
ないでしょう。「 なぜこうしなければいけないのか 」 の
れらマニュアルのできた理由を理解しないままに設計に
問いに答えてやる技術を元請の工事責任者も備えていか
追われていくと言う弊害が生まれています。マニュアル
なければならないのでしょう。まずは現場監督のために
による標準化のメリットよりもマニュアル遵守による弊
と作成を急いでいるところです。これも一種のマニュア
害が目立ってきていると言えます。
ルです。すべてを書かないで利用者みずからが考える場
全般的に言える事ですが、マニュアルに従って仕事を
を提供するのもマニュアルの役目だと思います。それと
すればミスは減り効率は上がる。一方マニュアルへの依存
ボリューム。マニュアルとして利用されるにはせいぜい
度が高すぎると物事を考えることなく仕事を進められて
100ページが限度でしょう。ザーと見て大体分かる。
しまう。
なにかあればマニュアルを取り出して確認する。このよ
新しい未知な仕事に就けないとか新たな開発をする意欲
うな使い方を想定してできる住宅現場管理大系は定価
すら無くしてしまう恐れがあります。特に会社全体の管
22,050円と高価ではありますが一読の価値がある
理や将来の事業開拓などの人材が希薄になる危険がある
と思います。
と感じます。
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