県内中小企業の経営革新事例 - 茨城県中小企業振興公社

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県内中小企業の経営革新事例
─基本に返ることにより経営革新を成功させた製造業─
中小企業診断士/ITコーディネータ 宮田 貞夫
本コーナーでは、1月より県内企業の経営
事業部門
内 容
A社の売上の約35%を占める事業。①高齢
化社会の進行に伴う独居世帯の増加、②女性
カット野菜事業 の社会進出などにより、調理作業の簡素化の
傾向は強まり、カット野菜事業は成長産業の
ひとつとされている。
革新の取り組みを紹介している。3月は食品
加工業のA社の経営革新事例を紹介したい。
A社は「カット野菜」と「大根のつま」を
開発第一主義の会社から、安全、衛生第一主
A社の売上の約35%を占める事業。昭和62年
に、
「 常識を超えたつまをつくろう」との意気
パリケン事業 込みのもとに、徹底した品質管理によるつま
作りを始めた。この品質の良さが受け、現在は
本社とは別にH町の専門工場を持つ。
義の会社に変身すべく努力をしてきた。今で
モヤシ事業
主力商品とする食品加工業である。H社長が
就任した平成11年12月以降、それまでの商品
は、A社の商品の安全性は広く業界で認めら
A社の創業以来の事業で、全社売上の15%を
占める。最近、大手の参入(A社の5倍の生産能
力)
があり、
今後の売上に陰りが出てきている。
2.創業以来の経緯と先代社長の目指したもの
れ、現在も生産が追いつかないほどの注文を
抱える状態である。つい最近、コンビニの全
創業以来先代社長は、「人のまね事はしたく
国チェーンの1つが商品の納入を依頼してき
ない」という考えの下に、商品開発に力を入れ
たが、生産力が限界に来ているため、申し出
てきた。野菜の加工機械をメーカーと一緒に開
を断らざるを得なかった。これほどまでに注
発するなど、独自商品開発に強い意欲を示した。
目されているA社の経営革新の過程を確認す
営業畑の社長は、そのようにして開発された
ることにより、経営革新の成功の秘訣を明ら
様々な商品を、顧客に次々に提案した。その結
かにしていきたい。
果、ユニークな会社、面白いものが出てくる会
1.T社の概要
社として業界に知られるようになった。H社長
資 本 金
2,000万円
従 業 員 数
350人(パートを含む)
年 間 売 上 高
約50億円
主 な 商 品
カット野菜、モヤシ
パリケン(大根のつま)
の代になり、A社が茨城県食品衛生協会より
「ISO9001を取り入れた衛生管理実施施設の認
定書」を授与されたときも、先代社長は「自分
・・・
だったらそれはもらわなかっただろう」と言
A社は昭和46年5月に先代の社長により創
ったといわれている。人と同じことを嫌い、ユ
業され、モヤシの製造販売を開始した。昭和
ニークさを求める社長ならではの言葉である。
53年にはカット野菜の加工販売をスタートし
このユニークさは顧客に歓迎され、事業は
て業容を拡大し、昭和62年にはパリケン(大
拡大を続け、大阪や福岡に生産拠点を持つま
根のつま)の製造に進出し、現在の事業構成
でに成長した。しかし、人材が育っていない
が完成した。カット野菜とパリケンを生産し
時点で、体力以上に拡大を続けたA社は、
ている各工場は全国でトップクラスの生産能
色々なトラブルの続出により平成元年と2年
力を誇る。
に大幅な赤字決算を出すこととなった。それ
までの黒字幅はほぼ数百万円であったA社が、
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数億円の赤字を出す危機に直面した。県外の
①ISO9000シリーズ
拠点を閉鎖し、事業を縮小して徹底した合理
②茨城県食品衛生協会のHACCP実施衛生
化を進めた結果、平成4年には見事V字カーブ
管理施設の認定
を実現し数億円の黒字幅を計上することとな
(野菜加工にはHACCPがないため、そ
った。今でも「奇跡の回復」といわれている。
れに準じる衛生管理を行っている企業に、
3.新社長の基本への回帰の決意
食品衛生協会が出している認定)
(経営革新の始まり)
この2つの認定を受ける過程で衛生管理の
業績を回復させた先代社長は、今でも継続
徹底による高品質低価格の商品の生産体制が
して取引している多くの重要な顧客を残し、
できあがった。現在では日本でトップの衛生
経営をH社長にバトンタッチした。社長交代
管理と製造規模を実現していると自他共に認
に伴い、H社長は、「最終消費者が強く求めて
めている。
いるものは『食に対する安心、安全』ではな
A社にはISO等に沿って作成されたマニュア
いか」ということに思い至った。そして同業
ルとそれを分かりやすくした作業マニュアル
他社がまだ「安心、安全な商品」を提供して
が存在する。そのなかには作業をする場合の
いないと確信し、会社の方針を「商品開発重
様々な注意点が記されている。例えば、作業
視」から「安心、安全重視」に変更し、徹底
の際の手洗いの方法、衣服のホコリの取り方、
した衛生管理の下での商品生産を始めた。こ
作業場への入室の方法などのほかに、自宅で
れが取引先や最終消費者に受け入れられ現在
のシャンプーの仕方や朝のブラッシングの方
の売上水準を達成するまでに成長した。
法まで指定されている。
経営環境に対応しながら利益を上げるビジ
このように管理が厳格なため、マニュアル
ネスの仕組み(方法)を「ビジネスモデル」と
についていけないパートの新入社員も時々で
呼ぶ。A社は消費者ニーズの変化に合わせ、
てくるようであるが、大部分の社員はマニュ
「安心、安全重視」の経営へビジネスモデルを
アルに書いてあることを正確にこなし、更に
変更し、成果を挙げることに成功した。これが
その上の、気づきによる改善を行うレベルに
A社の経営革新である。目の前にある問題を解
なっている。
決するのは「改善」と呼ばれる。数億円の赤字
5.スタッフの気づきでソフト面の改善
を2年後に数億円の黒字に転換させた「奇跡の
(経営革新を成功に導くもの)
回復」策は、かなり思い切ったリストラといえ
A社の工場には同業者も見学に来るほどで
るが、従来までの商品開発重視の路線上での改
あるが、H社長はそれを断ることはない。本
善であった。ビジネスモデルの基本的な部分
来ならば、このような場合、ノウハウが盗ま
(新商品を開発して、独自商品で他社に差をつ
れる恐れがあるので断りたいところである。
ける)は変わらなかった。変わらなければまた
しかし、A社では、社員の「気づき」に基づ
赤字に陥る可能性はあったと思われる。
く新たな取り組みを常に行っているため、「見
4.A社の衛生管理の概要(経営革新の内容)
て分かるレベルではない」し、「直ぐに追い越
A社は衛生管理を徹底させるため以下の2つ
されるレベルでもない」とH社長は思ってい
の認定を受けている。
る。また、「ハードだけではなくソフトも重要
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である」と社長はいう。このソフトの部分が
モデルを効率化して収益性を高めることであ
どのようなものか、「病院等でのノロウイルス
ると書いた。A社の場合、H社長が就任したと
の発生」が報道されたときの対応から推測が
きに、①安全、安心重視の姿勢を明確にし、
できる。ニュース報道を知ってA社は次の対
②ISO、やHACCPの考えを取り入れながらビ
応をとった。
ジネスモデルを完成し、③社員の気づきによ
る衛生管理の徹底により収益性を高めている。
①ヒヤリングにより社員の健康をチェック。
②下痢等で体調を崩している社員はすぐに出勤を停止さ
せた。
③病院でノロウイルスに感染していないか検査をする。
④ここまでの状況を保健所へ届け出る(調査中の報告)
。
⑤全ての社員が陰性だったことを確認。
⑥保健所に報告(結果の報告)
。
このような定石どおりの行動により、A社の
経営革新は成功したといえるレベルに到達し
たのである。
以上のように、A社は基本に返ることによ
り経営革新を成功させてきた。しかし、基本
このように「気をつけましょう」では終わ
にとどまっているわけではない。この「安心、
らない徹底した衛生管理がA社の管理法であ
安全」というコンセプトにそって、絶えず前
る。ノロウイルスの検査費用が高いこともあ
進していることを最後に付け加えておきたい。
り、ここまで徹底できる企業は少ない。これ
中小企業経営革新支援法の承認を受け今も経
は社長の判断ではなく、社員の意見を取り入
営革新に取り組んでいる。
れて行ったことである。スタッフが顧客に安
注:中小企業経営革新支援法とは、経営課題にチャレン
全を提供するために、様々なことに気づきな
ジする中小企業の経営革新を全業種にわたって、幅広く
がら、前向きに取り組んでいる証拠である。
支援する法律である。この法律の承認を受けると、補助
金や低金利融資などの支援策を受けることができる。
6.基本に返ることも経営革新
社内の経営革新を検討する場合、通常は新
商品の開発や奇抜なアイデアにばかり目が向
きがちであるが、A社の場合は、「新商品の開
発重視のビジネスのスタイル」から「安全、
安心」という食品製造業の「基本」に立ち返
り、それを徹底することにより経営革新を成
功させることができた。
経営革新というのは環境の変化に適応する
終顧客である消費者が「安全、安心」を重視
社内の徹底的な衛生管理の一環として、工場と事務室の交
差汚染を防ぐため、事務室での作業まで、着帽の上、白衣
を着ておこなっている。
し始めたとき、この環境変化に対応したA社
プロフィール
ために企業がとる行動であるから、A社の最
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宮田 貞夫 氏
が成功する確率が高いのは当然であろう。
・ハンプティ・ビジネスコンサルティング代表
1月号に経営革新を成功させるには、①明
確な経営革新のコンセプトを打ち出し、②新
・中小企業診断士、ITコーディネータ、
たなビジネスモデルを構築し、③新ビジネス
マイクロソフト認定コーディネータ
ご意見、ご感想、ご質問等をお寄せ下さい。 joho@iis-net.or.jp
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