日本胆道閉鎖症研究会の御紹介 - 研究所

Vol.16-No.2声の広場_絵野沢 09.7.17 4:00 PM ページ263
声の広場
日本胆道閉鎖症研究会の御紹介
絵野沢 伸
国立成育医療センター研究所 移植・外科研究部
昨年12月6日土曜に国立成育医療センター講堂
米国0.65∼0.85人,英国0.5人前後と白人社会では
で第35回日本胆道閉鎖症研究会が行われた。会長
少ないようだ。以前はすべて先天異常とされてき
は同センターの松井陽(あきら)病院長である。
たが,最近は出生後に何らかの原因で発症するも
準備委員として病院の肝移植チームや私も入れて
のもあると考えられている。先天型の多くは腹部
いただいた。実は私を含め移植学会系のメンバー
内臓に合併奇形があるが,後天型は他の奇形を伴
はそれまでこの研究会の存在を知らなかった。単
わない。今も原因は不明で,ウィルス説,発生異
に私の知識不足よるのかとも思ったが,念のため
常説,自己免疫説などがある。ウィルス説では,
にOrgan Biology8月号と移植8月号に会告とし
肝炎,風疹,CMV,パピローマ,ヘルペス6型,
て開催予告を掲載していただいた。ここに改めて
レオⅢ型,C型ロタ,といったウィルスの可能性
同研究会の紹介をしたい。
が挙がっている。ただし双胎間の一致発症率は低
胆道閉鎖症研究会の第1回は1974年11月に開催
い(以上,松井,基調講演 2))。このうちレオⅢ
された。発起人は故葛西森夫東北大学教授(当時)
型は新生仔マウスへの接種で胆道閉鎖症様症状を
ら,小児の外科疾患に関心のある外科医だった。
再現できる3)。治療の第一選択は葛西手術である。
最初は病型分類が主な関心事だったという。この
これは東北大学第2外科の葛西森夫教授(1922∼
ような経緯により研究会参加者の大多数は小児外
2008)が1955年に初めて実施し(当時講師),世
科医で,小児科医は10人に満たない。研究会は胆
界中に広がった。1989年からわが国で始まった生
道閉鎖症の全国登録を行っており,年次報告を日
体部分肝移植の発展の歴史の中で,葛西術後の肝
本小児外科学会誌に発表しているが1),日本小児
硬変が初期の主な適応疾患であった。これは本誌
外科学会のサテライト研究会といった関係はな
読者の方々はよくご存知のことと思う。
い。会員の構成は,施設会員92施設,幹事25名,
研究会は朝の8時半から16時半まで行われた。
監事2名,名誉会員43名(うち物故者10名)(平
構成は6セッション(スクリーニング,成因・病
成21年4月8日現在),で,一般会員という分類
態,診断,合併症,長期生存,移植)と症例討議
はない。今回の第35回研究会の参加人数は147人
で,症例討議のみポスター発表だった。成因の部
とたいへん盛況であった。
の招待講演で静岡大学理学部の塩尻信義教授が
簡単に胆道閉鎖症という病気を記す。教科書的
C/EBP-alpha KOマウスで胆道閉鎖症様の組織異
には胆道閉鎖症はおおよそ新生児10,000人に1人
常が起きることを示した。同遺伝子が欠損すると
の割合で発症するとされる。現在日本の出生数は
肝細胞の成熟が阻害,細胞接着分子の発現異常が
110万人なので年間110人が発症していることにな
現れ,異常胆管の増生がみられるという4)。この
る。最新の日本胆道閉鎖症研究会調査
1)
によると
他,遺伝子の関与を示唆するモデルとしてはinv
2006年新規登録数は84名である。発症頻度に地域
マウス(内臓左右転位マウス)がある5)。今回は
差があり,出生10,000人当たりタヒチ3.2人,台湾
前述のレオウィルスの感染実験モデルに関する研
1.46人,ハワイ1.06人。これに対しハワイ以外の
究発表はなかった。
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た。実際,自己肝で大きな問題なく過ごされてい
る20歳代の方もいるようであるし,またこの分野
でしばしば引用されるフランスの調査6)で最年長
は35歳である。ただし長期予後には前述の病型の
違いが関係しているであろうと思われる。移植を
選択する医学的理由は胆汁うっ滞性肝硬変や腸管
からの反復感染である。生体ドナーからの移植で
は医学的理由だけが実施の判断にならないという
悩ましい現実は研究会の席上でも議論された。
開始から終了まで活発な意見交換がなされ,最
後の症例討議もたいへん盛り上がった。座長は議
論をうまく収める方に苦心しているようだった。
プログラム上でも工夫がなされ,いくつかの演題
をまとめて質疑をするなど時間の節約に努めてい
た。
最後に松井会長のプロフィールを簡単に紹介し
たい。1975年に東大医学部を卒業。小児外科に7
年間在籍の後,小児科に転じられた。自治医科大
学小児科の講師,助教授を経て1997年に筑波大学
小児科教授。国立成育医療センターには2007年に
病院長として移られた。専門は小児消化器肝臓学,
中でも新生児胆汁うっ滞症候群。胆道閉鎖症の病
鑑別を要する疾患は主に新生児肝炎と胆道拡張
症である。いずれも白色便や黄疸が主徴となる。
今回はその他に,胆道閉鎖症を疑ったが実は原発
因解明をライフワークとされている。
謝辞
性硬化性胆管炎(PBC)だった,という報告があ
研究会の会長を務められた松井陽先生に,研究
った。他の病気と同様,胆道閉鎖症も早期発見,
会に関する種々情報のご提供をいただきました。
早期治療が重要である。鑑別診断にまでこぎ着け
ここに感謝申し上げます。
れば最新診断機器を用いて最善の処置をしてもら
える。むしろスクリーニングセッションで議論さ
れていたように,医療機関に行き着くまでの早期
参考文献
1)日本胆道閉鎖症研究会・胆道閉鎖症全国登録
発見システムの整備が急がれているようだ。病態
事務局.胆道閉鎖症全国登録2006年集計結果.
は胆管閉塞の部位や形態によってⅠ∼Ⅲ型に分け
日本小児外科学会誌 44;167-176, 2008
られ,Ⅲ型は進行性の肝内胆管の閉塞がある。胆
2)
松井 陽.胆道閉鎖症の成因論概観.基調講演.
道閉鎖症は肝外胆管の病気と割り切ることはでき
第35回日本胆道閉鎖症研究会 平成20年12月
ないのだ。統計的にはⅢ型が86%と大半である1)。
6日(東京)
近年は胆道閉鎖症治療の切り札は肝移植,と直
3)Szavay PO, Leonhardt J, Czech-Schmidt G,
結しがちであるが,移植にはそれ相当のリスクや
Petersen C. The role of reovirus type 3
問題がある。今回の研究会の雰囲気は,なるべく
infection in an established murine model for
葛西術で長期生存を勝ち取ろうという風であっ
biliary atresia. Eur J Pediatr Surg 12:248-
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Fumino S, Yokoyama T. The inv mouse as
250, 2002
4)Yamasaki H, Sada A, Iwata T, Niwa T,
Tomizawa M, Xanthopoulos KG, Koike T,
an experimental model of biliary atresia. J
Pediatr Surg 42:1555-1560, 2007
Shiojiri N. Suppression of C/EBPalpha
6)Lykavieris P, Chardot C, Sokhn M, Gauthier
expression in periportal hepatoblasts may
F, Valayer J, Bernard O. Outcome in adult-
stimulate biliary cell differentiation through
hood of biliary atresia: a study of 63
increased Hnf6 and Hnf1b expression.
patients who survived for over 20 years with
Development 133:4233-4243, 2006
their native liver Hepatology 41:366-371,
5)Shimadera S, Iwai N, Deguchi E, Kimura O,
2005
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