Handout - 材料物理科学専攻 - 東京工業大学

表面物理学
(鹿児島大学・理学部
・物理学科 集中講義用)
2008.12.16∼12.18
東京工業大学・大学院総合理工学研究科
・材料物理科学専攻
平山 博之
Email:[email protected]
URL: http://www.materia.titech.ac.jp/~hirayama
2006hirayamalabHP/index.htm
Contents:
1.表面に特徴的な原子配列と電子状態へのイントロダクション
p.4
∼Si(001)表面を例にとって∼
2.固体表面構造の表記法
p.12
3.電子線回折による表面手記構造の決定(1)
p.17
4.電子線回折による表面手記構造の決定(2)***数学的基礎?
p.23
5.電子線回折による表面手記構造の決定(3)
p.27
6.表面構造の実空間観察に向けて
p.34
∼走査トンネル顕微鏡(STM)へのイントロダクション∼
7.仕事関数
p.36
∼電子を表面より内部に閉じ込めるためには・・・∼
8.走査トンネル顕微鏡(1)
p.41
9.走査トンネル顕微鏡(2)
p.46
∼dI/dV 像、走査トンネルスペクトロスコピー(STS)∼
10.表面に局在する電子状態(Surface State)(1)
∼ショックレー準位:
p.50
Ag(111)表面を例にとって∼
11. 表面に局在する電子状態(Surface State)(2)
p.59
∼タム準位∼
12. 表面局在電子状態の量子閉じ込め
p.65
∼ナノサイエンスへの招待∼
13. 表面電子状態の観察方法
p.70
∼角度分解型光電子分光法∼
14. 表面への原子分子の吸着
p.77
15. 表面拡散
p.82
16. 表面脱離
p.87
参考文献
p.90
2
3
§1
表面に特徴的な原子配列と電子状態へのイントロダクション
∼Si(001)表面を例にとって∼
*Si 結晶(固体内部)
www.nakamura-u.ac.jp/~thara/CH4C2H4s.JPG
www.ee.seikei.ac.jp/.../02/graphics/diamondc.JPG
・各 Si 原子からは4本の sp3 混成軌道が突き出している。
・sp3 混成軌道同士の結合により、Si はダイアモンド型結晶構造
を取る。
*Si 表面を露出させる(へき開)
結晶固体を真っ二つに切り分ける
→割れた部分に表面が現れる!
http://www.mart-inc.jp/image/h1.gif
表面の特徴=“ダングリングボンド”の存在!
すべての Si 原子はその周囲の4面体の頂点方向に突き出した
固体内部:
隣接する Si 原子と化学結合を構成している。
sp3 混成軌道の腕により、
固体表面:
表面の原子は真空側に隣接する原子が存在しない!
このため、表面の原子から真空側に向かって、結合相手のいない
化学結合手(sp3 混成軌道)が突き出している。
ダングリングボンド
(dangling bond)
4
*ダングリングボンドと表面構造
: dangling bond
www.phys.au.dk/~philip/q1_05/surflec/fig6_22.gif
・理想表面(ideal surface; バルクの結晶構造をそのままへき開して現れた表面)
表面上の各 Si 原子当り2本のダングリングボンド
↓
ダングリングボンドは結合相手のいない不安定な化学結合手のため、できれば
相手を見つけて結合を作り安定化しようとする!
このために Si(001)表面では上図のような表面再構成(表面原子配列の変化)が起
こる!
(surface reconstruction)
・再構成表面 (reconstructed surface)
表面上で隣り合った原子同士がダングリングボンドを結んで化学結合を作る。
この結果、表面には2量体(ダイマー; dimmer)が出現する。
表面ダイマーを作ることにより、理想表面では表面1原子当り2本あったダング
リングボンドを、再構成表面では1表面原子当り1本に減らすことが出来る。
表面ダイマーは上図の奥行き方向に連なり、この結果 Si(001)表面には
表面ダイマー列(dimer row)構造が現れる。
表面ダイマー列の出現により、表面原子配列は上図面内の水平線方向に関して、
バルク中の原子間隔の2倍の周期構造を持つようになる!(2x1 構造)
5
groups.physics.umn.edu/
.../surface_image.gif
www.sljus.lu.se/stm/NonTech/big/Si001.jpg
*表面ダングリングボンドの電子状態
Si-Si結合
(多原子分子=固体)
Si-Si結合
(2原子分子)
伝導帯
反結合軌道
バンドギャップ
sp3軌道
sp3軌道
sp3軌道
価電子帯
結合軌道
表面局在電子準位
(ダングリングボンド準位)
・2個の Si 原子から構成される(仮想的な)2原子分子
個々の Si 原子は元々は sp3 混成軌道に1個の電子を持っている。
個々の Si 原子がそれぞれ1本つづ sp3 混成軌道によるダングリングボンドを出して
結合し、2原子分子を構成する。(=固体内での隣接 Si 原子間結合のモデル)
この時、個々の原子の sp3 混成軌道の重ね合わせにより結合軌道と反結合軌道が出来
る。
元々の sp3 混成軌道よりエネルギーの低い結合軌道は、最大2個の電子を収容できる。
2個の Si 原子は結合せずにそれぞれの sp3 混成軌道に1個づつ電子を持っているよ
りは結合を形成し、エネルギーの低い結合軌道に2個の電子を沈めた方がエネル
ギー的に得をする。→安定な化学結合が形成される!
6
・固体中では・・・・
非常に多数の隣接原子が結合を形成する→結合軌道、反結合軌道は多数が縮退す
る。
固体中では結晶ポテンシャルの影響で、この縮退が解ける
→元々の結合軌道、反結合軌道の周りにわずかにエネルギーの異なった準位が
多数形成される
=価電子帯、伝導帯、バンドギャップ(バンド構造)の出
現
ただし表面原子のダングリングボンドか結合相手がいない
→元々の sp3 混成軌道の性質を保ち、バンドギャップ中に準位形成!
*対称ダイマー(symmetric dimer)と非対称ダイマー(asymmetric dimer)
symmetric dimer
dangling bond
∼sp3-like
Dangling bond
State energy
back bond
∼sp3-like
p-like
asymmetric dimer
dangling bond
∼s-like
dangling bond
∼p-like
sp3-like
back bond
∼p-like
s-like
backbond
∼sp2-like
・表面ダングリングボンドはエネルギー的に不安定
このため、できれば相手を見つけて結合を作ろうとする
→
表面ダイマーを形
成!
・対称ダイマーでは sp3 混成軌道の性質を持ったダングリングボンド1本当り1個の電子
が存在する。
・対称ダイマを構成する2個の最表面原子の一方の位置を高く、他方を低くしてやると
非対称ダイマーが現れる。
7
・非対称ダイマーの高い方の原子を実現するためには、そのバックボンドが方向性の強
いp軌道的になる必要がある。
→このカウンターバランスとして、高い方の原子から伸びるダングリングボンドは
s軌道的な性格を帯びる。
・同様に、非対称ダイマーの低いほうの原子を実現するためには、そのバックボンドは
平面的平べったい sp2 軌道的になる必要がある。
→このカウンターバランスとして、低い方の原子から伸びるダングリングボンドは
p 軌道的な性格を帯びる。
・sp3 的な対称ダイマーのダングリングボンドに比べ、非対称ダイマーの高い方の原子
から伸びる s 的な性格を持ったダングリングボンドはエネルギーが低い。
→このため、わざと非対称ダイマーを作り、エネルギーの低い高い原子からの
ダングリングボンドに2個の電子を詰め、エネルギーの高い低い原子から伸びる
ダングリングボンドを空にした方が、電子エネルギー的には得!
(ヤン・テラー効果の一種)
Flip-flop motion
Room temp.: symmetric
Low temp.: asymmetric
Low temp (5K):
Asymmetric dimer
Room temp:
Symmetric dimer
groups.physics.umn.edu/.../surface_image.gif
8
www.uni-duisburg-essen.de/.../March06/Fig1.jpg
2x1
p(2x1)
(in phase)
c(4x2)
(out of phase)
・室温においては2つのエネルギー安定な非対称ダイマー構造(非対称ダイマーを構成
する右側の原子が高い形と、逆に左側の原子が高い形)の間を、熱励起によりダイマ
ーは行ったり来たりする∼シーソーがぎったんばっこんやってる感じ!
→この周波数はものすごく早いので、時間平均してみると両方の平均=対称ダイマ
ーに見える!
・低温ではこの flip-flop 運動が凍結される→非対称ダイマーとして観測される!
*ステップ&テラス構造
Single layer
height step
SA
SB
Double layer
height step
DA
DB
Phys.Rev.Lett.59,1691(1987)
http://www.unisoku.com/img/RG1400-L4.jpg
9
・原子レベルで平坦な表面∼ステップ&テラス構造
・ステップの高さ→1原子層を単位として、1原子高さステップ(single layer height
step)、2 原子高さステップ(double layer height step)、・・・・
・テラス=原子レベルで完全に平坦な部分
・Si(001)表面では1原子高さステップを挟んで、上下のテラスにおけるダングリングボ
ンドの出る方向は 90 度回転する
→1原子高さステップを超えるごとにテラス上のダイマー列の方向は 90 度回転す
る!
→2原子高さステップでは、上下のテラスにおけるダイマー列は 90+90=180 度回転
しているので、実質上同じ方向を向いている!
・ステップを挟んで上下のテラスにおけるダイマー列の方向によるステップの分類
∼SA、SB、DA、DB ステップ
・ステップの種類に依存した step formation energy の差
→これが大きなステップを作るのはエネルギー的に損!
→formation energy の大きな SB ステップは曲がりくねっている
→formation energy の小さな SA ステップは直線的
*表面再構成に伴う格子歪
・ダイマー∼表面の原子位置を無理やりずらして作られる
→表面には格子歪が発生!
・ダイマー起因の格子歪は非当方的!
i.e. ダ イ マ ー 方 向 と 、 そ れ に 垂 直 な ダ イ マ ー 列 方 向 で は 符 号 が 逆 転
(compressive/tensile)
・表面における格子歪を緩和するため、Si(001)表面ではダイマー列の方向の異なるテラ
スを
半分づつ作ろうとする。(total として±の符号の歪の和で相殺しようとする。)
→表面には必ず SA テラスと SB テラスが半々に現れる!
・表面に人為的に歪を印加すると、SA テラスと SB テラスの面積比は変化する。
10
Area(SA terrace)= Area(SB terrace)
Area(SA terrace)< Area(SB terrace)
strain
J.Vac.Sci.Technol.A8,210(1990)
11
§2 固体表面構造の表記法
*固体表面∼バルクの原子構造とは異なる原子配列
・表面超周期構造
(surface superstructure)
・表面緩和 (surface relaxation)
表面原子配列の単位胞
表面原子層間隔
がバルクと異なっている!
バルク結晶構造の単位胞
“表面超周期構造”
“表面緩和”
*表面超周期構造の表記方法(Wood の記号)
表面原子
表面原子配列の単位胞
“n1×n2”構造
n2a
n1a
b
a
バルク結晶構造の
単位胞
・ A(l , m, n) 表面 (ex. Si(001)表面) →理想表面の単位胞:( a1 , a 2 )ベクトル
・現実表面の原子配列の単位胞:( n1a1 , n2a 2 )ベクトルだった場合
(ex.Si(001)2x1)
⇒表面構造は A(l , m, n) n1 × n2 と表記する。
12
・もし緑丸=基板と異なる原子 M だった場合
⇒ A(l , m, n) n1 × n2 -M と表記する。
(ex. Si(001)3x2-Al)
*********************************************
表面原子配列の単位胞
表面原子
“n1×n2-Rθ”構造
n2a
n1a
θ
b
a
バルク結晶構造の
単位胞
・表面原子配列の単位胞が基板の単位胞に対して角度θ回転している場合
⇒ A(l , m, n) n1 × n2 -Rθ-M
(ex.Si(001)√2x√2-R45°-Al)
*********************************************
“√2x√2-R45°構造
(正しい単位胞)
“c(2x2)”構造
(便宜的に使われる)
******************
b
a
バルク結晶構造の
単位胞
・c(m×n)構造:
“p(2x2)”構造
(正しい単位胞)
p(m×n)単位胞中に電子が含まれる場合の簡易的な表記
・本来の単位胞は c(m×n)より小さいことに注意!
13
*表面超周期構造の実例
・Si(111)清浄表面:
・Ge(111)清浄表面:
(Si(111)、Ge(111)表面を例にとって)
へき開
へき開
Si(001)2x1
→
Ge(111)2x1 →
アニール
アニール
Si(111)7x7
Ge(111)c(2x8)
・Au 吸着 Si(111)表面:
√3x√3-Au, 5x1-Au, 6x6-Au
・Ag 吸着 Si(111)表面:
√3x√3-Ag, 3x1-Ag, 6x1-Ag
・Ni 吸着 Si(111)表面:
√3x√3-Ni, √19x√19-Ni, 1x1-Ni
・In 吸着 Si(111)表面:
√3x√3-In, √31x√31-In, 4x1-In, 1x1-In
・In 吸着 Ge(111)表面:
Mx2√3-In (M=20,22,24,26), 4x4-In, √3x√3-In,
√31x√31-In
・Sn 吸着 Si(111)表面:
・Sn 吸着 Ge(111)表面:
√3x√3-Sn, 2√3x2√3-Sn, 1x1-Sn
√3x√3-Sn, 5x5−Sn, 7x7-Sn, 1x1-Sn
etc.
*********************************************
*演習:
1)Si(111)理想表面上の原子配置がどのようになっているか、表面第1層および表面第2
層目の原子位置を図示してみて下さい。
2)1)で描いた図の単位胞の1辺の長さを求めなさい。
3)1)で描いた図中に√3x√3 超周期構造、√31x√31 超周期構造、4x1超周期構造
の単位胞を書き加えてください。また√3x√3、および√31x√31 単位胞は 1x1単位胞に
対して何度回転しているか(つまり Rθのθ)を求めてください。
hint:
#1:
Si はダイヤモンド型の結晶構造を取っています。バルクの単位胞の長さは 5.43A
です。
#2: ダイアモンド型結晶構造は、fcc 構造が(111)方向に 1/4 だけずれたものが重なって
いるような結晶構造です。ですから、バルクの単位胞を(111)でカットした表面に現れる原
子(=表面第1層目の原子)の位置は fcc 構造におけるものと同じになります。
#3: (111)方向へは(111)面が abcabc・・・のスタッキングを繰り返すことによって結晶
が構成されています。これを利用して第1層目を c としたとき、これと原子位置のずれた b
の位置に表面第2層の原子を書き込むことで、上の問題に必要な図を書くことができます。
#4:
(111)表面の単位胞の大きさは、#1、#2のヒントを使えばすぐに求まります。
14
*表面超周期構造が実現されていることに関する実験的な証拠∼表面電子線回折
・バルクの結晶構造(=原子の周期配列構造)→
X線回折で求める!
・表面における原子の周期配列構造はどうやって調べるか?
15
→
電子線回折
RHEED
LEED
homepage2.nifty.com
www-users.york.ac.uk
16
§3 電子線回折による表面周期構造の決定(1)
*電子の波動性の発見
電子の波としての性質(波動性)の発見
nλ = d ⋅ sin θ
規則正しく並んだ原子
(固体結晶)
X線(波!)の干渉によって波動が強めあう条件
=経路差が波長λの整数倍になること
電子線回折
X線回折
G.P.Thomson C.J. Davisson
1927年
von Laue(1879-1960)
1914年ノーベル物理学賞
(結晶によるX線回折)
1937年ノーベル物理学賞
〔結晶による電子線回折現象の発見)
*電子線が表面構造に敏感なプローブである原因(1): 後方散乱確率
前方散乱
入射電子
散乱角θ
衝突係数b
後方散乱
標的原子
****************************
r
θ
電子
Z
散乱体(原子)
17
菊池正士
1928年
・原子に向かって入射してきた電子は、電子-原子間の相互作用により散乱される。
・散乱方向により、散乱過程はおおまかには前方散乱と後方散乱に区別される。
・散乱角θは入射方向から計った角度で定義する。
・入射電子が標的からどれくらいずれた位置から入射するかは、衝突係数bで表現
する。
**********************
(i)電子は弾性散乱(=散乱の前後でそのエネルギーは変わらない)されること、および
(ii)散乱ポテンシャル(入射電子と標的原子の相互作用ポテンシャル)は標的原子を座標原
点として球面対称性を持つこと
を前提として、以上の散乱過程は次のような電子の波動関数で表される。(散乱問題)
ψ (r ) ∝ eikz + f (θ )
eikr
r
-----(1)
ここで右辺第1項の eikz はz方向に向かって入射してくる電子を、また第2項の f (θ )
eikr
は
r
散乱角θ方向に散乱される電子の状態を表している。第2項で分母に標的原子から観測位
置までの距離rが現れているのは、散乱された電子のフラックスが保存されるために現れ
2
1
たものである。( 4π r ×   = const. )
r
2
式(1)の右辺第二項に現れる f (θ ) は散乱振幅と呼ばれ、その自乗 f (θ ) は入射電子が
2
散乱角θ方向に散乱される散乱確率を表すものとなる。
角度θ 方向へ散乱される確率 ∝ f (θ )
2
**********************
18
(I)X 線と電子線を比較した場合、散乱確率は
電子線>>X 線
(3 桁以上!)
(II)散乱確率が大きい∼散乱断面積が大きい!
前方散乱
電子強度
の影
標的原子
この断面積(散乱断面積)の領域では
前方散乱が起こらない!
→結果的に固体に入射した電子は表面近傍の原子によって強く後方散乱され、
固体内部に侵入できない。このため表面の構造のみに敏感となる。
(c.f.
X 線は原子との相互作用が弱い=散乱断面積が小さいため、そのほどん
どは表面近傍の原子列を通り抜け、固体内部へと進入してしまう。
)
入射X線、電子線
電子線
電子に対する
散乱断面積
原子
固体
X線
19
*電子線が表面構造に敏感なプローブである原因(2): 電子の波長
・エネルギー eV (つまり V 電子ボルトのエネルギー)を持つ電子の波長
λ=
12.2 &
[ A]
V
ex. V=100V
→
V=1000V →
-----(2)
λ=1.23A
:低速電子線回折(LEED)
λ=0.388A
V=10,000V →
V=100,000V →
λ=0.123A
:反射高速電子線回折(RHEED)
λ0.0388A
:電子顕微鏡(TEM)
・・・・
↓
低速電子線の波長∼固体原子間隔⇒回折は原子配列に敏感!
“つまり、低速電子線はその大きな散乱断面積のために表面近傍の原子のみの情報を
拾い、かつその波長∼原子間隔のため、表面原子配列に対する非常に鋭敏な構造
プローブとなる!“
**********************
演習:
(2)式を導きなさい。
hint:
#1: 電子のドブロイ波長は
λ=
h
mv
(ただしh:プランク定数、m:電子の静止質量
v :電子の運動速度)
#2: eV =
1 2
mv
2
#3: h = 6.62 × 10−34 [ J ⋅ s ] , m = 9.11 × 10−31[kg ] , 1[eV ] = 1.60 × 10−19 [ J ] , 1[ A& ] = 1 × 10−10 [m]
#4: もし相対論的効果を考慮したとすると、(2)式はどのように補正されるでしょうか?
(実際には 100,000V 程度の高速電子にならない限り考慮する必要はないのですが。。
。)
20
*低速電子線回折(Low Energy Electron Diffraction; LEED)実験装置
低速電子線回折装置: Low Energy Electron Diffraction (LEED)
http://www.techsc.co.jp/products/leed/bdl.htm
http://www.chembio.uoguelph.ca/thomas/oldthom
/LEEDexpl.htm
低速電子線回折装置の設計
イメージングプレート
X[cm]
nλ = d ⋅ sin θ
20cm
規則正しく並んだ原子
(固体結晶)
ex. E=100eV, λ=0.12nm
d=0.5nmの場合
∼0.5nm
n=0 θ=0°x=0cm
n=1 θ=14°x=4.9cm
n=2 θ=28°x=11cm
電子の波は回折スポットとして(間接的に)見える!
21
22
§4 電子線回折による表面周期構造の決定(2)***数学的?基礎
*電子線の回折現象=ポテンシャル V (r ) の下での電子の運動
シュレディンガー方程式
−
h2 2
∇ ψ (r ) + V (r )ψ (r ) = Eψ (r )
2m
----(1)
↓
∇ 2ψ (r ) +
2m
2m
Eψ (r ) = 2 V (r )ψ (r )
2
h
h
↓
k2 =
2m
2m
E , F (r ) = − 2 V (r )ψ (r )
2
h
h
(∇
とおいて
+ k 2 )ψ (r ) = − F (r ) (ヘルムホルツ方程式)
2
---(2)
*ヘルムホルツ方程式のグリーン関数
(∇
⇒
+ k 2 ) G (r, r ') = −δ ( r − r ')
2
∫ {F (r ') × eq.(3)} dr '
----(3)
を計算すると・・・
∫ {F (r ') ( ∇ + k ) G(r, r ')} dr ' = ( ∇
= − ∫ { F (r ')δ ( r − r ')} dr ' = − F (r )
2
⇒
2
ψ (r ) = ∫ F (r ')G (r, r ')dr '
2
+ k 2 ) ∫ F (r ')G (r, r ')dr '
----(5)
*ヘルムホルツ方程式のグリーン関数の具体的な形
G (r, r ') は R = r − r ' のみの関数
(3)式 ⇒
∂ ∂R ∂
∂
=
⋅
=
, ∇r 2 = ∇ R 2
∂r ∂r ∂R ∂R
⇒
(∇
↓
グリーン関数としては r ' = 0 とした
(∇
2
+ k 2 ) G (r ) = −δ ( r )
---(6)
23
2
R
+ k 2 ) G (R ) = −δ ( R )
----(4)
を考えればOK!
ここで
∇2 =
1 ∂2
1
r , δ (r ) =
δ (r )
2
r ∂r
4π r 2
を用いて
1 ∂2
1
rG (r ) + k 2 G (r ) = −
δ (r )
2
r ∂r
4π r 2
特に
r≠0
---(7)
では
∂
{rG (r )} + k 2 {rG (r )} = 0
∂r 2
2
---(8)
↓
G (r ) = A
exp(ikr )
exp(−ikr )
+B
r
r
---(9)
ただしここで(9)式と(7)式の r=0 付近の振る舞いを比較することにより
A+ B = −
1
4π
であることがわかる。
*散乱問題への準備
より一般的に
(∇
2
+ k 2 ) χ (r ) = 0
---(10)
を満たす χ (r ) が存在した場合、ヘルムホルツ方程式(2)の一般解は
ψ (r ) = χ (r ) + ∫ F (r ')G (r, r ')dr '
---(11)
具体的にシュレディンガー方程式(1)に対しては
χ (r ) ∝ exp(ik 0 ⋅ r )
(入射平面波解)、
ψ (r ) = exp(ik 0 ⋅ r ) − ∫
F (r ) = −
2m
V (r ')G (r, r ')ψ (r ')dr '
h2
2m
V (r )ψ (r )
h2
だから
---(12)
(第1項:入射波、 第2項:散乱波)
*kinematical vs. dynamical theory
積分方程式(12)式の右辺の ψ (r ') に再び(12)式を代入して・・・を繰り返すことにより
以下のような結果を得ることができる。
24
2m
V (r ')G (r, r ')ψ (r ')dr '
h2
2m
= exp(ik 0 ⋅ r ) − ∫ 2 V (r ')G (r, r ') exp(ik 0 ⋅ r ')dr '
h
2m
 2m

+ ∫ 2 V (r ')G (r , r ')  ∫ 2 V (r '')G (r ', r '')ψ (r '')dr '' dr '
h
 h

2m
= exp(ik 0 ⋅ r ) − ∫ 2 V (r ')G (r, r ') exp(ik 0 ⋅ r ')dr '
h
2m
 2m

- ∫ 2 V (r ')G (r , r ')  ∫ 2 V (r '')G (r ', r '') exp(ik 0 ⋅ r '')dr '' dr '
h
 h

ψ (r ) = exp(ik 0 ⋅ r ) − ∫
+ ∫
2m
 2m

 2m

V (r ')G (r , r ')  ∫ 2 V (r '')G (r ', r '')  ∫ 2 V (r ''')G (r '', r ''')ψ (r ''') dr ''' dr '' dr '
2
h
 h

 h

・・・・
-----(13)
これは図に示すように、入射波 exp(ik 0 ⋅ r ') が散乱物体中の場所 r ' でポテンシャル V (r ')
による散乱を受け、これがプロパゲーター(伝達関数) G (r, r ') により場所 r に伝播してき
た結果、また同じように入射波 exp(ik 0 ⋅ r '') が場所 r '' でポテンシャル V (r '') による散乱を受け
た後に G (r ', r '') によって場所 r ' に到達し、さらにここでポテンシャル V (r ') による散乱をも
う一度受けた後に G (r, r ') によって場所 r に伝播してきた結果・・・を次々と足し合わせた
ものがψ (r ) であることを意味している。ただし通常のX線回折のような場合にはポテンシ
ャル V (r ') による一回散乱以外のψ (r ) への寄与は十分小さく無視できるので、(13)式におけ
る一番目の式の右辺をψ (r ') ≈ exp(ik 0 ⋅ r ') として、良い近似で
ψ (r ) = exp(ik 0 ⋅ r ) − ∫
2m
V (r ')G (r, r ') exp(ik 0 ⋅ r ')dr '
h2
----(14)
と表すことができる。この近似に基づく回折理論は通常 kinematical theory と呼ばれる。
直感的には、kinematical theory は入射波と散乱体の相互作用ポテンシャル V (r ') が十分弱
く、1回散乱された後にもう一度散乱を受けることが無い場合に対応するものと理解され
る。
r
kinematical
dynamical
V (r ')
G
V (r '')
G
V (r ''') G
G G
25
一方、電子のように固体との相互作用が強いプローブの場合、入射波は固体内で1度
散乱された後、出射する前にさらに複数回の散乱を受ける可能性を無視できない。この場
合には、 ψ (r ) は(13)式のように固体中で1回、2回、3回・・・と多数回の散乱を受けた
波の寄与を足し合わせたものとして表現するのが正確な取り扱いとなる。この取り扱いは
dynamical theory と呼ばれる。
X線回折のように、一般に回折現象では回折点の並び方やその間隔から回折を引き起
こした物質の結晶構造や格子定数を導き出すことができる。また回折点の強度分布を解析
することにより、単位胞中の原子配置を推定することができる。回折点の並びに関しては
kinematical, dynamical 両 theory とも変わるところは無い。しかし、回折強度から原子分
布を推定する際には dynamical な取り扱いが必要な場合には、単純な kinematical theory
による取り扱いによる解析は正確ではなく、その計算過程で複数の波を取り込んだ
dynamical な取り扱いは不可欠となる。
26
§5 電子線回折による表面周期構造の決定(3)
*Born 近似:
ψ (r ) = exp(ik 0 ⋅ r ) − ∫
2m
V (r ')G (r, r ')ψ (r ')dr '
h2
---(1)
(第1項:入射波、 第2項:散乱波)
G (r ) = A
exp(ikr )
exp(−ikr )
+B
r
r
---(2)
において、今は電子は外向き(プラス符号の k)にのみ伝播するから
A+ B = −
1
4π
G (r, r ') = −
但し
の関係において B=0 と取って
1 exp(ik r − r ' )
4π
r −r'
k2 =
2m
E
h2
---(3)
---(4)
を代入する。
ここで、実際に電子線の回折は、散乱が起こる結晶よりずっと遠方で観測しているも
のとして、(1)式の遠方解を次の2つの近似の下に求めることにする。
(第1Born 近似)
(i) ψ (r ') を e(ik 0 ⋅ r ) で近似する。
(ii) k r − r ' ≈ kr − k ⋅ r ' , r − r ' ≈ r
この近似の物理的意味は図の通りである。
観測地点
r
r −r'
k
r
k r − r ' ≈ k ⋅ (r −
r'
原点
0 k ⋅r'
k
散乱体
27
k
⋅ r ') = kr − k ⋅ r '
k
以上の近似(i),(ii)を式(1)に用いることにより次式を得る。
ψ (r ) ≈ exp(ik 0 ⋅ r ) +
exp(ik r − r ' )
1 2m
V (r ')
exp(ik 0 ⋅ r ')dr '
2 ∫
4π h
r −r'
m
exp(ikr − ik ⋅ r ')
V (r ')
exp(ik 0 ⋅ r ')dr '
r
2π h 2 ∫
m exp(ikr )
= exp(ik 0 ⋅ r ) +
∫ V (r ') exp(i ( k 0 − k ) ⋅ r ')dr '
r
2π h 2
≈ exp(ik 0 ⋅ r ) +
↑
----(5)
↑
入射波:ψ i (r )
散乱波:ψ s (r )
*回折電子線強度の表式(一般式)
ここで散乱波ψ s (r ) をもう一度、以下のような形にまとめると
m exp(ikr )
∫ V (r ') exp(i ( k 0 − k ) ⋅ r ')dr '
2π h 2
r
exp(ikr )  m
 exp(ikr )
V (r ') exp(−is ⋅ r ')dr ' =
g e (s)
=

2 ∫
r
r
 2π h

ψ s (r ) =
但し、 散乱ベクトル:
s = k − k0
散乱因子 (scattering factor):
g e (s) =
-----(6)
---(7)
m
V (r ') exp(−is ⋅ r ')dr '
2π h 2 ∫
---(8)
↓
k 0 方向に向かって入射してきた電子が、 k 方向に散乱された場合の電子線強度は
Is = I 0
1
2
g e (s)
2
r
-----(9)
*結晶試料による散乱
固体中の位置 r における散乱ポテンシャル V (r )
=固体中の i 番目の原子からのポテンシャルの重ね合わせ!
V (r ) =
crystal
∑ V (r − r )
i
i
----(10)
i
Vi (r − ri )
↓
r '' = r '− ri
とおいて
ri
28
r
m
V (r ') exp(−is ⋅ r ')dr '
2π h 2 ∫
m crystal
=
∑ Vi (r '− ri ) exp(−is ⋅ r ')dr '
2π h 2 ∫ i
g e (s) =
m
2π h 2
crystal
m
=
2π h 2
crystal
=
∑
i
---(11)
∫ Vi (r '') exp(−is ⋅ ( r ''+ ri ))dr '
∑{
i
}
∫ Vi (r '') exp(−is ⋅ r '')dr ' exp(−is ⋅ ri ) =
crystal
∑
f e,i exp(−is ⋅ ri )
i
さらにここで、結晶中の原子配置の特徴を取り入れる!
↓
“結晶中の原子配置は、ユニットセルの繰り返し”
R n = n1a + n2 b + n3c
i.e. 格子ベクトル
(ただし n1 , n2 , n3 は整数、 a, b, c は基本格子ベクトル)として
g e (s) =
crystal
∑
f e,i exp(−is ⋅ ri )
i
=
N1 −1, N 2 −1, N3 −1
∑
n1 , n2 , n3 = 0
unitcell

 ∑ f e,i exp(−is ⋅ r j )  exp(−is ⋅ R n )
 j

---(12)
注)ここでは結晶中の原子位置 i を、その原子が含まれるユニットセルの位置 R n と
そのユニットセル内での原子の位置 r j の和で表されると考えている。
また結晶中には a, b, c 軸方向にそれぞれ N1 , N 2 , N 3 個分のユニットセルが含ま
れているものとして考えている。
なお、(12)式で出てきた
F (s) =
unitcell
∑
f e,i exp(−is ⋅ r j )
----(13)
j
は結晶構造解析の分野では“結晶構造因子 (crystal structure factor)”と呼ばれる。
*Laue 関数
散乱ベクトルを逆格子ベクトル a* , b* , c* を用いて次のように書くことにする。
s = h1a* + h2 b* + h3c*
----(14)
(ただし h1 , h2 , h3 は任意の数;特に整数でなくてもOK)
⇒
s ⋅ R n = ( h1a* + h2 b* + h3c* ) ⋅ ( n1a + n2 b + n3c )
=2π ( h1n1 + h2 n2 + h3 n3 )
注) a* ⋅ a = 2π 、 a* ⋅ b = 0 ・・・ etc.
29
---(15)
g e (s) = F (s)
(15)式に注意すれば、(12)式
N1 −1, N 2 −1, N3 −1
∑
n1 , n2 , n3 = 0
exp(−is ⋅ R n ) =
N1 −1, N 2 −1, N3 −1
∑
n1 , n2 , n3 = 0
N1 −1, N 2 −1, N3 −1
∑
n1 , n2 , n3 = 0
exp {−2π i ( h1n1 + h2 n2 + h3 n3 )}
3
sin π N j h j
j =1
sin π h j
= ∏ exp(−π i ( N j − 1)h j )
注)ここでは
exp(−is ⋅ R n ) に現れる和は
----(16)
1 + e x + e 2 x + ⋅ ⋅ ⋅ ⋅ ⋅ + e( N −1) x =
e Nx − 1
ex − 1
を用いた。
以上をまとめると、(9),(12),(16)式から結局散乱ベクトル s の方向への散乱強度は次の
式で与えられることがわかる。
Is = I0
1
2
F (s) G (h1 , h2 , h3 )
2
r
-----(17)
ただし G (h1 , h2 , h3 ) は Laue 関数と呼ばれるもので
2
2
 sin π N1h1   sin π N 2 h2   sin π N 3 h3 
G (h1 , h2 , h3 ) = 

 
 
 sin π h1   sin π h2   sin π h3 
2
-----(18)
∝ N j2
-1
hj
0
1
2
谷の数∝ N j
*逆格子点と Ewald の作図
通常、我々が扱う結晶試料サイズ 10∼1mm>>ユニットセルサイズ∼0.5nm (106 倍!)
→ N j ≈ 106
つまり、上図に示した Laue 関数は h j が整数の時だけ大きな値を示すδ関数的振舞い
⇒(17)式で与えられる散乱強度がゼロでないのは、散乱ベクトル
を
s = h1a* + h2 b* + h3c* と書いたときに、その係数 h1 , h2 , h3 が全て整数となる
特別な方向だけ!
30
これを逆格子空間で表現した場合には、図のようになる。
=可能な散乱方向は離散的な逆格子点で表される!
Ewald球
逆格子点
D
C
k
O
E
s
F
k0
B
A
☆Ewald の作図:
i)逆格子空間に逆格子点をプロットする。(図の点々)
ii)ある逆格子点(例えば図中のA点)を終点とするベクトル k 0 を図中に書き込む。
iii)ベクトル k 0 の始点(図中の O 点)を中心した、半径 k 0 の球(Ewald 球)を図中に
書き込む。
iv)Ewald 球の球面に載る逆格子点(例えば図中の B,C,D,E,F 点)を探す。
v)この結晶に入射する電子線 exp(ik 0 ⋅ r ) に対して発生する電子線回折の方向は O 点と
Ewald 球面上の逆格子点を結ぶ方向(図では OB,OC,OD,OE,OF)に向かって
起こる。
Q 例えば図中の Ewald 球面上の点Cを例に取ると、 s = k − k 0 = AC は
s = h1a* + h2 b* + h3c* と書いたとき、 h1 , h2 , h3 は必ず整数になっている。このため前頁
の図にあるように Laue 関数 G (h1 , h2 , h3 ) は特異的に non-zero の価を示すから、散乱
強度(17)式によって、この方向に回折が発生する!
なお、Ewald 球の作図に当って、半径 k 0 の球を描いているため、図から明らか
なように、 k 0 = k すなわち散乱された波の波数ベクトルの大きさは入射波のそれと
同じである。これは k 2 =
2m
E の関係を思い出せば、散乱の前後で電子のエネルギー
h2
が変化しない、つまり弾性散乱であることを意味している。
31
*逆格子ロッド(表面電子線回折の場合)
上で述べた逆格子点と Ewald の作図による回折方向の同定は、対象としている結晶試
料サイズがユニットセルに比べて非常に大きく、Laue 関数
2
2
2
 sin π N1h1   sin π N 2 h2   sin π N3 h3 
G (h1 , h2 , h3 ) = 

 
 
 sin π h1   sin π h2   sin π h3 
において N1 , N 2 , N 3 ∼∞として、これが h1 , h2 , h3 のときだけシャープなピーク(=すなわち逆
格子点!)を持つ性質に立脚した議論であることを思い出そう!これはX線やエネルギー
が非常に高く試料を楽々透過できる電子線のような場合には良い近似で成り立つ仮定であ
る。
しかし、表面の原子配列を調べる際に用いるような低エネルギーの電子線は、先の述
べたように試料中での相互作用が強く、試料の最表面近傍のみを見るだけで、試料中深く
には潜っていけない。これは低エネルギー電子線にとっての結晶は、表面垂直方向にはそ
のサイズは非常に小さい2次元の板のようにしか見えないことを意味している。具体的に
これは Laue 関数に現れる N1 , N 2 , N 3 において、表面平行方向 (xy 平面内 ) については
N1 = N 2 ≈ ∞ と見做せるものの、表面垂直方向(z軸方向)については N3 → 0 としなければ
いけないことと等価である。
この結果、低速電子線にとっての Laue 関数は h1 , h2 は整数でなければ non-zero の価を
持たないけれども、 h3 には特にそのような縛りが付かないこととなる。すなわち
2次元結晶の逆格子 ⇒2次元逆格子ロッド
i.e. s = k − k 0 = h1a* + h2 b* + h3c*
----(19)
においてh1 , h2 : 整数、 h3 : 何でもOK
となる。これは h1 , h2 , h3 が整数であった場合には離散的な逆格子であったものが、2次元結
晶になったためにz方向への周期性が失われ、結果的に逆格子空間内でz方向に対応する
c* 軸方向には伸びきったロッド(棒)になってしまったとも見ることができる。
c*
逆格子ロッド
b
*
a*
32
☆2次元結晶(結晶表面)からの低速電子線回折に対する Ewald の作図
c*
a*
E0=40eV
E0=78eV
E0=171eV
E0=271eV
LEEDパターン: Si(111)√3x√3-B表面
http://www.matscieng.sunysb.edu/surfacestructure1.html
演習:
1)試料表面から 20cm 離れた位置に、10cmΦの蛍光スクリーンを置き、この装置を使っ
て Si(111)1x1 表面からの LEED パターンを観測する実験を行うことを考えましょう。この
場合、試料表面に垂直に入射させる電子線のエネルギーはどれ位に設定すべきでしょう
か?回折方向を Ewald の作図により求める方法で考えてみて下さい。
2)上の条件下で、表面の構造が 1x1 から 7x7 に変化した場合、√3x√3 に変化した場合、
および 4x1 に変化した場合には、どのような LEED パターンが観測されるか、予想される
回折パターンを図示して下さい。
33
§6 表面構造の実空間観察に向けて
∼走査トンネル顕微鏡(STM)へのイントロダクション∼
*電子線回折による表面構造決定の利点と弱点
・表面結晶構造=“ユニットセル内の原子位置”&ユニットセルの繰り返し
⇒電子線回折では“ユニットセルの形状”は回折パターンからすぐに求まる!
・ただし“ユニットセル内の原子位置”を決めることは難しい。
Q 原子配置のフーリエ変換は結晶構造因子Fを与えるので、F自体が判ればその
逆フーリエ変換で原子配置は求まる。しかし実際に回折で観測されるのは
強度I∝F2なので、回折図形では位相情報が失われている!
・上の話は回折強度が kinematical theory で与えられる場合のものだが、実際には
電子線回折強度には dynamical な効果が無視できない。
そこで・・・・
電子線回折(逆格子空間における回折図形を利用した表面構造解析)
⇒実空間で原子分解能で直接表面構造を決めてしまえる手段が欲しい!
↓
走査トンネル顕微鏡の発明
1983 年
原子分解能観察(Si(111)7x7)達成
;
1986 年ノーベル物理学賞
34
G.Binnig & H.Rohrer
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/f/f9
/ScanningTunnelingMicroscope_schematic.png
/400px-ScanningTunnelingMicroscope_schematic.png
http://physics.berkeley.edu/research/crommie
/research_stm.html
*STM で実空間原子分解能観察可能な理由
1)原子レベルで尖った針(STM tip; 探針)を表面に近づけた(d<1nm)時に、探針
と表面の間に流れるトンネル電流
→ 表面―探針間距離に非常に敏感(1A の変位につき電流は1桁変化する!)
2)ピエゾ素子による探針の走査
→ 原子分解能での面内および表面垂直方向への探針位置の移動が可能!
(∼10nm/V)
3)トンネル電流を一定とするように探針―表面間距離をz方向で上下しながら、
表面上を探針でスキャン
→ 表面上の各位置上での探針高さ(=zピエゾに印加する電圧)を画像化
することにより、表面の凹凸を原子分解能で可視化!
⇓
⇓
⇓
この時 STM は一体、表面の何(原子?)を見ているのか?
・トンネル電流の中身をきちんと理解することが必要!
・トンネル電流:固体中で安定に存在している電子を
表面から無理やり外に引っ張り出してる!
→“何が電子を固体中に閉じ込めて、表面から外に出さない
ようにしているのか?“
35
§7 仕事関数
∼電子を表面より内部に閉じ込めるためには・・・∼
*光電効果
・金属に紫外光を照射すると、電子が飛び出す。(1888 年
Hallwacks): 光電効果
・光電効果の特徴 (∼1900 年 Lenard (陰極線の研究でノーベル物理学賞))
i)一定以上の振動数の光でないと電子は放出されない。
ii)振動数の高い光を照射すると、飛び出す電子のエネルギーは高くなるがその数は
変わらない。
iii)強い光を当てると、飛び出す電子のエネルギーは変わらないが、その数が
多くなる。
↓
・光量子仮説(1905 年 Einstein
→1921 年ノーベル物理学賞)
紫外線
電子放出
e-
e-
e-
ee-
ee-
e-
金属
・照射する光の振動数ν 、プランク定数 h 、飛び出した電子のエネルギー E として
E = hν − eΦ
----(1)
⇒固体から電子を取り出すためには“仕事関数 eΦ ”の仕事が必要!
(電子は固体中に居る方が仕事関数 eΦ だけエネルギー的に安定なため、
表面から固体の外に勝手に出てしまうことはない!)
*仕事関数の起源は何か?
・ジェリウムモデル:固体中では個々の原子はその最外殻電子を価電子として放出し、
自らは、原子位置に正イオンとして留まる。価電子はこの正イオンのバックグラン
ド上を自由に動き回っている。
→簡単のため、価電子を放出してイオン化した原子を、固体中で一様な正電荷
密度を持ったバックグランドとして取り扱う!
36
・ジェリウムモデルによる表面の表現とそこでの電荷分布
正/負電荷密度
正電荷バックグランド
rs=2の時の電子密度分布
rs=5の時の電子密度分布
固体中
表面
真空側
表面垂直方向の位置
after N.Lang & W.Kohn, Phys.Rev.B1,4555(1970)
point:
i)固体表面=ステップ状に急峻に正電荷バックグランドは一定値からゼロへ
変化する場所
ii)固体内部: バックグランドの正電荷密度は価電子密度と一致(電荷中性)
iii)しかし固体表面では正電荷の急峻な変化に電子密度の変化がついていけず
振動しながらゼロに落ちていく。
(Friedel 振動)
iv)この結果、固体表面近傍では内側(固体内部側)で正味の電荷は正、表面
の外側では正味の電荷が負となり、表面に電気二重層が形成される。
↓
↓
直感的には、この表面の電気二重層のために、電子は表面の外にいるより
固体の中に居た方が静電ポテンシャル的に安定!
37
*仕事関数をもう少し詳しくみると・・・
i)金属内部の電子の状態を波数ベクトル k で指定し、その波動関数をψ k (r ) とすれば、
 h2 2

∇ + Veff (r ) ψ k (r ) = ε kψ k (r )
−
2
m


∑
ε ε
ψ k (r )
n(r ) = 2
k
<
----(3)
:価電子密度
F
1
4πε ∫
Veff (r ) =
2
----(2)
n(r ') − n+ (r ')
dr ' + VXC (n(r ))
r −r'
↓
-----(4)
↓
静電ポテンシャル
交換・相関ポテンシャル
*Fermi hole etc.・・・
ii)静電ポテンシャルの具体的な形
φ (r ) ≡
1
4πε ∫
n(r ') − n+ (r ')
dr '
r −r'
----(5)
これは次の Poisson 方程式を満足する筈!
∇ 2φ (r ) =
1
ε
{n+ (r ) − n(r )}
----(6)
*ここではポテンシャルは負の電荷を持つ電子について考えている
ことに注意!
ここで φ 、 n+ 、 n は表面垂直方向の位置zのみの関数であるから(6)式を積分して
φ ( z) = −
1
ε
=−
=−
∞
∞
z
z'
∫ dz '∫ dz ''{n( z '') − n+ ( z '')} + φ (∞)
1
ε
1
ε
∞
z ''
z
z
∫ dz '' ∫ dz '{n( z '') − n+ ( z '')} + φ (∞)
∞
∫ dz ''  z '{n( z '') − n ( z '')}
+
z ''
z
----(7)
+ φ (∞ )
z
∞
∞

1
= −  ∫ dz '' z ''{n( z '') − n+ ( z '')} − z ∫ dz ''{n( z '') − n+ ( z '')} + φ (∞)
ε z
z

∞
∞
z
z'
ただし(7)の計算では途中、 ∫ dz '∫ dz '' の積分を以下の積分範囲に気をつけながら
∞
Z’
z ''
∫ dz '' ∫ dz ' に変換して計算を行っている。
z
Z’=Z’’
z
Z’’
’
38
∞
特に(7)式で z = −∞ とおけば、電荷中性条件 lim( z → −∞) ∫ dz ''{n( z '') − n+ ( z '')} = 0
z
を利用して、
φ (−∞) = −
∞
1
∫ dz '' z ''{n( z '') − n ( z '')} + φ (∞)
----(8)
+
ε
−∞
すなわち、固体表面内外の静電ポテンシャルの差は表面における正と負の電荷の
ずれによる電気二重層により引き起こされていることがよくわかる。
iii)電子に対する有効ポテンシャル
(4),(5),(8)式から、固体内部( z → −∞ )での電子に対する有効ポテンシャルは
Veff (−∞) = −
∞
1
∫ dz '' z ''{n( z '') − n ( z '')} + φ (∞) + V
+
ε
XC
(n(−∞))
---(9)
−∞
なお、ここで注意すべきは交換・相関ポテンシャル VXC (n(−∞)) はその性質から
マイナスの値を取ることである。
iv)仕事関数の表式
固体内部では、(9)式で求めた有効ポテンシャルがバンドの底を与え、
この底(= Veff (−∞) )の上に Fermi 準位まで電子が詰まっている。バンド底から
Fermi 準位までのエネルギー幅を Fermi 波数 k F を用いて
h2 kF 2
と表せば、図から
2m
明らかなように、仕事関数は以下の式で表される。

h 2 kF 2 
eΦ = φ (∞) −  Veff (−∞) +

2m 

1 ∞
 
h2 kF 2 
=  ∫ dz '' z ''{n( z '') − n+ ( z '')} +  −VXC (n(−∞)) −

2m 
 ε −∞
 
表面項
バルク項
(Potential)
energy
Work function
Solid
Vacuum
Surface
Vacuum level
∆φ
µF
Fermi level
Vxc
2
h kF
2m
2
z
0
39
----(10)
Prog.Surf.Sci.11,293(1981)
40
§8 走査トンネル顕微鏡(1)
*固体の電子状態のバンド図(波数ベクトルkの依存性を慣らした場合の)
ε
エネルギー
真空準位(Vacuum level)
仕事関数 (Work function)
フェルミ準位 (Fermi level)
φ
µ
フェルミエネルギー (Fermi energy)
バンドの底 (Band bottom)
*表面―探針間のバンド図
vacuum
φL
µL
φR
µR
φL
level
µL
µR
connect
A− B
apply
bias
tunneling
current
φL
eV
µL
voltage
no
current
µR
φR
reduce
space
φL
eV
µL
V
V
nano space
wide space
41
µR
φR
*1次元モデルによるトンネル電流の計算
Sample
surface
右図の場合について1次元モデルの範囲内で STM 探針―試
料表面間に流れるトンネル電流を計算する。
φL
STM tip
eV
µL
µR
φR
試料には探針に対して正のバイアス電圧Vが印加されており、表
面―探針間距離はsであるとする。
V
また試料表面、STM 探針における電子状態密度をそれぞれ
ρ s 、 ρt 、フェルミ準位を µ s 、 µt とする。フェルミ分布関数を
space :
s
f (ε , µ ) で表すことにする。
この時、試料表面―STM探針間を流れるトンネル電流は、この間のギャップに存在
する1次元的なポテンシャル障壁を(群)速度 v で通り抜ける(=1次元伝導チャネルを透
過することにより伝播する)ものと考え、その透過確率は T であるとする。以上の前提の下
に、図で右側の探針から左側の試料表面に流れ込むトンネル電流 I ← は、電子の電荷 e 、速
度 v 、トンネル確率 T 、探針側の電子により占有されている電子状態数、および試料表面側
で電子によって占有されていない電子状態数に比例する。したがって
∞
I ← ∝ 2e ∫ f (ε (k ), µt ) ρt (k )v(k ) {1 − f (ε (k ), µ s )} ρ s (k )T (k )
0
dk
2π
----(1)
と書ける。ただし今採用している1次元伝導チャネルに関するモデルでは探針、試料表面
上の電子状態は1次元チャネル内電子の波数 k によって決まるため、探針、試料表面上の電
子のエネルギー ε 、状態密度 ρ 、およびトンネル過程における群速度 v とトンネル確率 T は
全て k に対する依存性を持つものとしている。また1次元系においては、伝導チャネル中の
電子に対して k ⋅ s = 2π n(ただし n は整数)の関係があるため、k =
の範囲に存在する k の数は(単位長さ当り)
2π
n すなわちk空間で dk
s
dk
で与えられる。なお(9)式の前にある 2 は各
2π
k 毎に ↑↓ スピンを持つ計2個の電子を収容できることからついたものである。
(9)式は、電子の群速度が v(k ) =
1 dε
で表されることを利用して、波数kに対する積分
h dk
をエネルギー ε に対する次の形に書き直すことができる。
∞
I← ∝
2e
f (ε , µt ) ρt (ε ) {1 − f (ε , µ s )} ρ s (ε )T (ε )d ε
h ∫0
----(2)
同様にして、左の試料表面から右のSTM探針に流れ込むトンネル電流を計算すると、以
下の式を得る。
∞
I→ ∝
2e
f (ε , µs ) ρ s (ε ) {1 − f (ε , µt )} ρt (ε )T (ε )d ε
h ∫0
42
---(3)
結局、トータルのトンネル電流 I は I ← − I → で決まるので、次式となる。
∞
I = I← − I→ ∝
2e
ρt (ε ) ρ s (ε ) { f (ε , µt ) − f (ε , µ s )}T (ε )d ε
h ∫0
----(4)
特に T=0K の場合にはフェルミ分布関数は ε = µ でステップ関数として振舞うため、
I∝
2e
h
eV
(eV > 0)
∫ ρ (ε ) ρ (ε )T (ε )d ε t
s
---(5)
0
0
2e
I∝
(eV < 0)
ρt (ε ) ρ s (ε )T (ε )d ε h eV∫
で与えられることになる。
*トンネル確率 T (ε )
V
φR + eV
Potential barrier
for tunneling
Sample
surface
STM tip
eV
0
eV
µL
µR
V −E
φR
∼
∼
φL
φL
V
V
space :
φR + eV
φL + (φR + eV )
φL
s
2
eV
0
V −E
(5)式で与えられるトンネル電流で重要なのはトンネル確率 T (ε ) の形(エネルギー依存
性)である。今、STM探針に対し試料表面にプラスのバイアス電圧を印加した場合のト
ンネル電流に対するポテンシャル障壁の形が上図右上に描かれている。図からわかるよう
にトンネル障壁ポテンシャルの高さはSTM探針からの距離により変化するが、ここでは
大まかにトンネル確率を見積もるため、これを上図右下のように、平均的な高さをもつ、
一定の高さのポテンシャル障壁と見做すことにする。ここでこの一定の障壁高さは、図に
43
示すように
φs + (φt + eV )
2
である。この障壁をエネルギー ε ( ε <
φs + (φt + eV )
2
)の電子がト
ンネルにより通過する場合、その波動関数はSTM探針先端から試料表面に向かって走る
距離をzとしてψ ( z ) ∝ exp(−κ z ) 、ただし
2m φs + (φt + eV )
−ε
2
h
κ=
-----(6)
となる。このためトンネル確率は
 2 z 2m φs + (φt + eV )

2
−ε 
T (ε ) ∝ ψ ( z ) = exp −
h
2


----(7)
で与えられる。(7)式から明らかなように、減衰定数 κ はエネルギーが高くなるほど急激に
大きくなる。一方、試料表面にプラスのバイアス電圧を与えた場合、トンネル電流に寄与
できる電子の最高エネルギーは ε = eV である。これは(5)式の上側で与えられるトンネル電
流は、
I∝
2e
h
eV
(eV > 0)
∫ ρ (ε ) ρ (ε )T (ε )d ε t
s
0
2e
ρt (ε = eV ) ρ s (ε = eV )T (ε = eV )
h
 2 z 2m φs + φt eV
∝ ρ s (eV ) exp −
−
h
2
2

≈
----(8)



となり、結局エネルギー ε = eV における試料表面の電子状態密度 ρ s (eV ) を強く反映するこ
とを意味する。
(ただし(8)式の導出過程では、一行目のエネルギー積分に関する重み T (ε ) は
ε = eV だけで圧倒的に大きいとみなして2行目に進み、さらに2行目でSTM探針の電子
状態密度 ρt は一定である=特別なエネルギースペクトル構造を持たない
として3行目に
進んでいることに注意!)
同様に、STM探針に対してマイナスのバイアス電圧が試料表面に印加されている場
合には、流れるトンネル電流は
0
I∝
2e
ρt (ε ) ρ s (ε )T (ε )d ε (eV < 0)
h eV∫
2e
ρt (ε = 0) ρ s (ε = −e V )T (ε = 0)
h
 2 z 2m φ + φ e V
s
t
∝ ρ s (−e V ) exp −
−
h
2
2

≈
----(9)



すなわち、やはりこの場合にもトンネル電流は大雑把には印加電圧 ε = −e V における試料
表面の電子状態密度 ρ s (−e V ) を強く反映したものとなる。
44
以上の計算からわかることは、STM が見ているのは、大
雑把に言ってしまえば試料表面におけるバイアス電圧に相当
するエネルギーでの電子状態密度の面内分布である!
とい
うこと。実際に右図のように、表面の原子一つ一つに対して
表面電子状態がノードを持つようなときには、STMは“あ
たかも”表面の原子を 1 個1個観察しているような像を見せてくれる。逆に、表面の電子
状態の空間分布がもっとロングレンジのスパンで変化するような場合には、STM は個々の
原子ではなく、この電子の波の様子を見せてくれる。
STMによる empty state と filled state のイメージング
Si(111)3x1-Ag表面
Filled state像
Empty state像
[110] [112]
(1)
(2)
(3)
(3')
(2')
(1')
[1 10 ]
[112 ]
(3)
(1)
(2)
(1') (3')
(2')
R.Horie & H.Hirayama
*演習:
STM におけるトンネル電流が、如何に探針―表面間距離 z の変化に敏感である
かを、簡単のため、ゼロバイアス( V = 0 )時に対して
つまり、
 2 z 2m φs + φt
T ( z ) = exp −
h
2




を用いて、仕事関数には最も典型的な値 5eV を、また電子の質量には静止質量を代入
して、z=0.1∼1.0nm の範囲で z を 0.1nm 刻みで変化させた値を数値計算し、これを
グラフにプロットすることにより確かめてみて下さい。
(hint: m=9.1x10-31Kg, h =1.1x10-34Js,
φs + φt
2
45
∼5eV, 1eV=1.6x10-19J, 1nm=1x10-9m)
§9 走査トンネル顕微鏡(2)
∼dI/dV 像、走査トンネルスペクトロスコピー(STS)∼
*より正確な表面電子状態密度の検出に向けて・・・dI/dV 操作
前回見たように、STM のトンネル電流は
I∝
2e
h
eV
(eV > 0)
∫ ρ (ε ) ρ (ε )T (ε )d ε t
s
---(1)
0
0
2e
(eV < 0)
ρt (ε ) ρ s (ε )T (ε )d ε I∝
h eV∫
で与えられる。ここで探針側の電子状態密度は一定( ε に依存しない)とすれば、(1)式は
次のようなさらに簡単な式となる。
eV
I∝
(eV > 0)
∫ ρ (ε )T (ε )d ε s
---(2)
0
0
I∝
(eV < 0)
∫ ρ (ε )T (ε )d ε s
eV
これは、STM におけるトンネル電流は、試料表面における電子状態密度 ρ s (ε ) に対して、
重み T (ε ) を掛け合わせたものをフェルミ準位からバイアス電圧までのエネルギー範囲で足
し合わせてきたものであることを意味する。
ここで特にこの積分中の重み関数として働くトンネル確率 T (ε ) がバイアス電圧付近の
エネルギーで急激に大きな値を持つ性質を利用し、前回は STM 像は大まかに言えばバイア
ス電圧に一致するエネルギーにおける試料表面の電子状態密度を検出しているという理解
に至ったのである。
しかし、(2)式の中の重み関数 T (ε ) を T (ε ) = δ (ε − eV ) のように見るのは、正確に言えば
近似が荒すぎる。現実には、トンネル確率 T (ε ) は ε = eV から離れたエネルギーにおいても
無視できない重みを積分の中で発揮する。このため、特定のエネルギー ε = eV における表
面電子状態密度だけを STM から抜き出すためにはもう一工夫が必要となる。この工夫が
dI/dV 操作である。
46
*dI/dV 操作
I
STM image
dI/dV image
I ∝∫
µ + eV
µs
ρ ( E )T ( E )dE
dI
∝ ρ (E )
dV
(2)式が意味することは、STM におけるトンネル電流は図中の赤線(つまり ε = eV での
電子状態密度が関与する電流)以外に、重みは少なくなるものの緑線で示したような電流
成分もトンネル電流に含まれることを意味する。この中かから赤線成分だけを抜き出すた
めには、例えばバイアス電圧を eV に設定した時のトンネル電流 I (eV ) から、バイアス電圧
を少しだけ低め( e (V − ∆V ) )に設定した時のトンネル電流を差し引いてやればよい。すな
わち I (eV ) − I (e (V − ∆V )) 。ここで ∆V はV に比べて非常に微小な量に設定すべきであり、こ
のため
ρ s (ε = eV ) ∝ I (eV ) − I (e (V − ∆V ))

dI
= I (eV ) −  I (eV ) −
dV

ε = eV
 dI
∆V + ⋅ ⋅ ⋅ ⋅ ⋅ ≈
 dV
∆V
---(3)
ε = eV
となる。これはあるバイアス電圧 ε = eV において、トンネル電流の微小なバイアス電圧変
化に対する微分 dI/dV を求めてやれば、これは ε = eV における試料表面の電子状態密度を
正確に反映することを意味している。
実際の実験では、STM 測定中に dI/dV を求めるため、通常は(DC の)バイアス電圧
に微小な振幅の交流(AC)電圧変調を重畳し、このバイアス電圧の AC 変調成分に同調し
たトンネル電流の変化をロックイン検波することで、dI/dV 信号を取得する。
47
*dI/dV 像による表面電子状態密度の空間分布の観測例(1)
∼Si(111)7x7 表面∼
http://www.geocities.jp/mitoh6/das7x702.jpg
http://www.ss.teen.setsunan.ac.jp/2006/das-model-2.jpg
48
*STS スペクトル観察の例
MgB2 superconducting gap
http://www.insp.upmc.fr/axe1/Dispositifs%20quantiques/AxeI2_more/SPECTRO/SpecHD.HTM
*dI/dV 像による表面電子状態密度の空間分布の観測例(2)
∼Si(111)√3x√3-Ag 表面における表面準位による電子定在波∼
M.Miyazaki & H.Hirayama
49
§10 表面に局在する電子状態(Surface State) (1)
∼ショックレー準位; Ag(111)表面を例にとって∼
A.Ag(111)方向のバルクのバンド分散関係
a
[1] Ag 結晶構造(実格子)
*Si(111)7x7 表面上では Ag 薄膜は(111)方向に配向したエピ
タキシャル成長をする。
*Ag は fcc 構造を取り、そのユニットセルの1辺の長さ a は 4.09A
→Ag 結晶の(111)面間隔が a111 = a / 3 = 0.236nm
[2] fcc 結晶の逆格子空間での Brillouin zone
* k = (000) の点はΓ点、k空間内の(111)方向に沿っ
た逆格子ベクトルを G (111) として、 k =
G (111)
2
にある
ブリルアンゾーンバウンダリー上の点は L 点と呼ば
れる。
*k空間内のΓ-L ライン上にある k ベクトルのΓ点
から測った長さ k は 0 ≤ k <
ある。
[3] Γ-L 方向(//(111)方向)の Ag のバルクのバンド分散
ref: S.C.Wu,H.Li,J.Sokolov,J.Quinn,Y.S.Li,F.Jona,
J.Phys.Condens.Matter 1,7471(1989)
*Γ―L 方向のバンド分散の特徴
・L 点で価電子帯と伝導帯の間に4eV 程度のバンド
ギャップが開いている。
・L 点近傍では価電子帯はフェルミ準位から 0.3eV 程度
下にある。
・L 点のギャップから上下に伸びるバンドは Ag の sp
由来(sp バンド)的な性格を持つ。
・Ag の d バンドはフェルミ準位した 4-5eV 付近に
dispersion less なバンドとして現れる。
50
π
a111
= 13.3nm −1 の範囲に
[4] Ag のΓ−L 方向のバンド分散関係の NEF 近似による取り扱い
*NFE 近似の詳細については固体物性?の授業を参考のこと。
*要点は以下の通り。
i) バルク結晶中の価電子に対する Bloch の定理の要請を満たす Bloch 波を、以下のように
近似する。


ψ (r ) = eik ⋅r ∑ A(g m )eik ⋅g  ≅ A(0)eik ⋅r + A(g )ei ( k − g )⋅r -------(1)
m
 g m

ただし今の場合、 g はΓ-L 方向の逆格子ベクトル G (111) と取る。
ii) (1)式に対するシュレディンガー方程式は以下のように書ける。
 h2 2
k + V0

 2m

V− g


Vg
h2
2
(k − g )
2m

  A(0) 
 A(0) 

 = E

g
A
(
)


 A(g) 
+ V0 

-------(2)
iii) (2)式から、エネルギー ε は以下のように求まる。
2
E = V0 +
1 h2 2
1  h2 
2
2
2 2
(
)
+
−
±
k
k
g
{
}

 {k − (k − g ) } + 4 VG (111)
2 2m
2  2m 
(ただし g =
2
--(3)
2π
、すなわち G (111) ベクトルの長さ)
a111
また、これに対応して(1)式における係数は

A(g ) 
h2 2
=E −
k − V0  / VG (111)
A(0) 
2m

-----(4)
で与えられる。
iv) 特に L 点すなわち k =
g
では
2
2
h2  g 
E = V0 +
  ± VG (111)
2m  2 
一方、3)で示した図より、 k =
----(5)
g
で実際のバンドは E=0∼+4eV にバンドギャップが開い
2
ている。これを(4)式で数値的に再現するためには VG (111) =2.0eV、V0 = −5.1eV と取ればよ
い。なお、この値は、m = 9.11× 10
−31
g
2
kg (電子の質量)、h = 1.05 × 10−34 Js 、 = 13.3nm −1 、
51
1eV=1.6x10-19J の関係を用いて計算したものである。
v) フェルミ準位は、価電子帯の一番底から取りえる準位に順番に電子を詰めていった際の
最高占有エネルギーに相当する。この場合、価電子のエネルギー準位を決める運動エネル
ギー ε kin =
h2 2
k などは、全て価電子帯の底をエネルギーゼロの基準として計ったものであ
2m
り、フェルミ準位に相当するエネルギーの電子の持つkはフェルミ波数などと呼ばれる。
しかし3)で示したように、通常バンド図は価電子帯の底ではなく、フェルミ準位をエ
ネルギーゼロの基準点として表示されることが多い。このためフェルミ準位をエネルギー
ゼロの基準にとった場合には、相対的に価電子が運動する際に感じるポテンシャルの=価
電子帯の底はフェルミエネルギー(=価電子帯の底とフェルミ準位の間のエネルギー差)
分、マイナス側にシフトすることになる。この観点からはエネルギースケールの相対的な
シフトを与える V0 は、今の場合には L 点での価電子帯のトップ位置がフェルミ準位より
0.3eV ほど下になるように与えてやればよいことがわかる。iv)で与えた V0 = −5.1eV は Ag
のフェルミエネルギーの文献値 5.49eV を利用して、このようにして決めたものである。
B.バルク Ag の(111)表面に現れる局在電子状態(表面準位;ショックレー準位)
[5] Ag のΓ-L 方向のバンド分散関係は、電子がバンドギャップ以外のエネルギー ε を持つ
場合、そのバンド分散関係において ε に対応する波数kで表される波動関数はバルク内全体
に広がった状態を表現している。これは逆に言えば、バンドギャップ内のエネルギー ε を持
つ波は、どのようなkに対してもバルク内全体に delocalize した状態を持てないことを意
味する。
この状態をもう少し詳しく見るために、 L 点近傍のバンド分散関係を、(3)式に
k=
g
+ ∆k を代入することにより調べてみよう。ここで ∆k は L 点から計った波数の変化量
2
を意味している。 k =
g
+ ∆k を(3)式に代入すれば
2
2

 h2  2 2
h 2  g 
2
E = V0 +
  + ∆k  ± 
 g ∆k + VG (111)
2m  2 
 2m 

2
2
-----(6)
を得る。
(6) 式で ∆k が実数であれば、バンド分散関係が示すように、どう頑張っても電子は
2
2
h2  g 
h2  g 
E ≥ V0 +
  + VG(111) (符号が+の場合)、あるいは E ≤ V0 +
  − VG(111) (符号が―
2m  2 
2m  2 
52
の場合)の範囲(つまりバンドギャップの外)のエネルギーしかとることは出来ない。
しかし ∆k が虚数の場合、すなわち ∆k = −iq の場合には、(6)式は
2

 h2  2 2
h 2  g 
2
E = V0 +
q
−
±
−
 


 g q + VG(111)
2m  2 
 2m 

2
2
-----(7)
となり、バンドギャップ内のエネルギーを取ることができるようになる。ただし(7)式の√
の中は正の値を取らないと物理的に意味が無くなるので、 q に対しては q ≤
VG (111)  2m 

の
g  h2 
制限が付くことになる。
実際に m = 9.11× 10
−31
g
2
kg(電子の質量)、h = 1.05 × 10−34 Js 、 = 13.3nm−1 、VG (111) =2.0eV
としてフェルミ準位から測ったエネルギー
2
 h2  2 2
h2  g 
h2 2
q ± −
ε = E − V0 +
 g q + VG(111)
 =−
2m  2 
2m
 2m 
をq ≤
図から明らかなように、波数を複素
数にまで拡張すれば、波数が実数の
エネルギー(eV)
4
みの場合には許されなかったバン
+ブランチ
Band gap
3
ドギャップ中のエネルギーを取る
2
ことができるようになる。
1
VBM
−ブランチ
0
0.0
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
3.0
L点での波数の虚数部q (nm-1)
E (k ) =
----(8)
VG (111)  2m 
-1

 =2.0nm に対して数値計算してプロットしたものを図に示す。
g  h2 
Ag(111)のreal line
CBM
2
2
2
1 h2 2
{k + (k + g )2 } ± 12 2hm {k 2 − (k + g )2 } + 4Vg 2
2 2m
E (eV )
BZ − boundary
5
4
h2 2
E (k ) =
k
2m
3
gap
2
1
0
-6
-4
-2
g
k =−
2
2π
a = 0.5nm, g =
= 12.5nm −1 ,Vg = 1eV
a
0
2
{}
4
6
Im k = κ
k=
g
2
{}
Re k = k
(nm−1 )
k = k + iκ
53
[6] 上で求めたバンドギャップ中のエネルギーを持つ波の関数形を具体的に求めてみるこ
とにする。今はΓ-L(//(111))方向のバンド分散について議論しているので、波動関数の表式
(1)において r = (0, 0, z ), k = (0, 0, k ), g = (0,0, g ) ととって、1次元の問題として考えることにす
る。ここでzはバルク Ag の(111)表面に対して垂直方向の軸(表面垂直方向)における位置
座標を表している。なお以下では(暫くの間簡単のために)、z<0 の領域にバルクの Agが
存在し、z=0 を境界すなわちその表面として z>0 には真空領域が広がっているものとして
議論を進めることにする。
(1)式で特に k =
g
− iq とすれば、5)で考えたバンドギャップ内のエネルギーを持つ波動
2
関数を表すことができる。具体的にこの波動関数は


 -----(9)


と書くことができる。ただしここで係数 A(0) 、 A(g ) の比は、エネルギーE(あるいはこれ
g
i z
ψ ( z ) = A(0)eikz + A(g)ei ( k − g ) z = eqz  A(0)e 2 + A(g)e
g
−i z
2
を与えるq)により(4)式を通して決定される。
(9)式の波動関数は eqz の z 依存性を持っている。このためこの電子は表面近傍では大きな
振幅(存在確率)を持つが、バルク内(z<0)では急速にその振幅が減衰していく。すなわち
表面近傍に局在した電子状態を表すことがわかる。こうした電子状態は通常“表面準位”
と呼ばれる。ここでは詳しく述べないが、表面に局在する電子状態(=表面準位)は、こ
れまで議論してきたもの(=特に[表面近傍で結晶ポテンシャルが変化せずに、表面までバ
ルク様の結晶ポテンシャルが続いていた場合でも]、バンドギャップ中の電子状態は局在す
るために表面局在状態が出現する)以外の機構(例えば結晶ポテンシャルが表面近傍で大
きく変化しているなど)によって出現することが知られている。これらの中で特にこれま
で議論してきた理由により表面に局在している電子状態は、通常ショックレー状態と呼ば
れることが多い。ショックレータイプの表面準位において、電子状態がバルクに広がった
電子状態に対しては禁止されているバンドギャップ内のエネルギーを取りえるのは、電子
がバルク全体に広がらずに表面近傍にだけ局在しているためである。
surface
ψ ( x)
vacuum
bulk
0
-3
-2
-1
0
1
k (nm−1 )
54
[7] これまでの議論から、バンドギャップ中のエネルギーを持つ波は、表面近傍に局在した
電子状態を形成しうることがわかった。しかし具体的に表面に局在する電子状態はギャッ
プ内のどのエネルギーを持つかについてはここまでの話では明らかになっていない。
具体的にショックレータイプの表面準位のエネルギーを決めるのは、表面における波動
関数の接続条件である。表面の内側(バルク側)では、バンドギャップ中のエネルギーE を
持つ電子の波動関数は、(9)式

g
i z
ψ in ( z ) = eqz  A(0)e 2 + A(g)e

g
−i z
2

 -----(9)

2
で与えられる。この波動関数は(8)式: E − V0 +
 h2  2 2
h2  g 
h2 2
=
−
q
±
−

 g q + VG(111)
 
2m  2 
2m
 2m 
2
に
基づくqと E の関係を通して、z方向への振幅変化が E により支配されている。
バルク中の電子はその表面において、仕事関数 Φ によるポテンシャル障壁により固体内
に閉じ込められている。このため固体内の電子は、表面の外側に向かっては、このポテン
シャル障壁をトンネルで抜けて次第に減
(Potential)
energy
Φ Work function
衰していくエバネッセント波的な波動関
Vacuum
Solid
Surface
数へと変化しいく。実際に固体内に電子
Vacuum level
を閉じ込めているポテンシャルを、
(価電
∆φ
µF
子帯の底を基準として計ったエネルギー
Fermi level
Vxc
で)Vconf = eΦ +
2
h kF
2m
側(z>0)における電子の波動関数は
次のように書ける。
ψ out ( z ) = Be
ただし −
z
0
2
h 2 kF 2
とすると、表面の外
2m
−κ z
-----(10)
h 2κ 2
+ Vconf = E
2m
表面z=0 において、ψ in ( z ) とψ out ( z ) は滑らかに繋がる。すなわちψ in ( z ) とψ out ( z ) 、および
そのzに関する1回微分がz=0 で一致することが物理的に要求される。表面に局在する電
子状態(ショックレー準位)のエネルギーはこの条件を通して一意に決定される。
実際にこの計算を行ってみよう。z=0 においてψ in ( z ) とψ out ( z ) とその一回微分が一致す
る条件は
B = A(0) + A(g)
------(11a)
 g

 g

−κ B =  i + q  A(0) +  −i + q  A(g) ------(11b)
 2

 2

となる。この2本の式から
55
g
−i q +κ)
A(g ) 2 (
=
A(0) g + i q + κ
(
)
2
-------(12)
を得る。一方(4)式から
2

A(g ) 
h2  g

=E −
 − iq  − V0  / VG(111)

A(0) 
2m  2


-----(13)
であり、(12),(13)式を連立することで、(ここでは面倒なのでこれ以上具体的な計算は行わ
ないが)ある E とqの関係式が導かれる。
( κ も(10)式の下に書いた式をとして E の関数と
してその値が決まることに注意)
2
一方 E とqの間には関係式(8): E − V0 +
 h2  2 2
h2  g 
h2 2
=
−
q
±
−

 g q + VG(111)
 
2m  2 
2m
 2m 
2
が成り
立つ。このためqを横軸、E を縦軸に(8)式で表される曲線と(12),(13)式を連立させて得ら
れるE-q 曲線を同時にプロットすれば、この2つの曲線の交点としてqを一意に決めるこ
とができる。
この手続きをもう少し直感的に表現すると以下のように言い換えることができる。すな
わち、表面局在状態の電子のエネルギーE を決めると、表面の外側に向かって減衰していく
波 ψ out の κ が決まる。この κ を通して、表面の外側の波ψ out の表面(z=0)での傾きも決
まってしまう。一方、電子のエネルギーE を決めると、表面の内側の波ψ in については、や
はりその減衰定数qが real line を表現する式(8)により決まる。そしてこのqにより、ψ in
の表面(z=0)での傾きも決まってしまう。問題は E を与えたときにきまる2つの波ψ in と
ψ out の傾きが、表面z=0 においてうまく同じ値(=同じ傾き)になるかどうかといことで
ある。実際にはある決まった値の E においてしか、2つの波の傾きが同じになるようなこ
とは実現されない。この条件を通してショックレー準位のエネルギーは一意に決まってし
まうのである。
C.プロジェクテッドバンド
[8] Ag(111)表面のショックレー準位は、面内方向の波数ベクトル k// =0 の場合には、B で述
べた手続きによって決まるバルクバンドギャップ中のエネルギー位置に現れる。このエネ
ルギー E0 を底として、面内方向には
E (k // ) =
h2
k// 2 + E0
2m//
-------(14)
のような分散関係を持つ。実際にはこうしたバンド分散関係は、角度分解光電子分光
56
(Angle-Resolved Ultraviolet Photoelectron Spectroscopy; ARUPS) や 逆 光 電 子 分 光
(Inverse Photoelectron Emission; IPE)、STM による表面電子定在波観測などの実験を
通して実験的に求めることができる。
求めた表面バンド分散を図示する際に、これにバルクのバ
ンド分散関係を重ねた projected band の形で表示されるこ
とが(特に理論計算と ARPES データの比較などにおいて)多
いので、ここでは Ag(111)表面に関して、まずバルクバンド
の projection について説明する。右図は Ag のフェルミ面を
図示したものである。図からわかるように、Ag は自由電子
モデルで記述される球形のフェルミ面形状にほぼ近い形を
もっているが、L 点近傍では蛸口のよ
うな穴が開き、その部分がやや尖った
形をしている。このため、Γ-L 方向(フ
ェルミ面の中心から蛸口の方向を向い
たベクトル)に垂直な面内(=L 点の
蛸口状の穴を含む青線で示された6角
形の平面)にあるkベクトルを考えた
場合、蛸穴に相当する円内にこのkベ
クトルがあると、フェルミ面に相当す
るエネルギー準位(=フェルミ準位)
では相当する電子状態は取れないことになる。一方、6角形平面内のkベクトルが蛸穴よ
り外側にある場合には、この面内のkベクトルにさらに適当なΓ-L 方向のベクトル(=6
角形平面に垂直方向のベクトル)を足し合わせれば、必ずフェルミ面に到達することがで
きる。
同様のことを、エネルギーがフェルミ面から少しずれた場合に行ってみよう。エネルギ
ーがフェルミ面以外にある場合には、その等エネルギー面はフェルミ面の場合のように図
示されることは(めったに)ないので、その形はバンド分散を眺めながら想像することに
なる。ここで注目するのは、フェルミ面において L 点近傍に開いた蛸穴が、エネルギーと
ともにどのように変化していくかということである。これを見るためには L 点を含む6角
形上の L 点と K 点を含む線分上のバンド分散関係をみればよい。1ページ目に図示してあ
るように、L-K 線は L 点を含む6角形平面上の中心と6角形の辺の中点を結ぶ線である。
上図の L-K 方向のバンド分散(一番右のコラム)を見ると、Fermi 準位(ピンクの水平線)
を横切って L から K に向かって上昇する1本のバンドがある。このバンドとエネルギーE
を与える水平線の交点が蛸口の半径を与える。例えばエネルギーE がフェルミ準位であった
場合には、ピンクのラインと考えているバンドの交点(L 点から少しだけ K 点側にずれた
ところにある)が蛸穴の半径を与える。同様にしてエネルギーE をフェルミ準位下に少しず
57
つ動かしていくと、この交点はだんだん L 点に近づい
ていき、やがて図中の横軸のエネルギー表示では
0.3Ry 以下くらいでは交点を持たなくなることがわか
る。また逆にエネルギーをフェルミ準位から上げてい
くと、交点はだんだん W 点方向にずれていくことが
わかる。
L 点からこの交点までの半径を持つ領域にあるkベ
クトルについては、これにどのようなΓ-L 方向のベク
トルを足しても等エネルギー面に載せることはでき
ない。したがってそのような3次元バルクの電子状態
は存在しないことになる。一方この円の外側にあるk
ベクトルについては、適当なΓ-L 方向のベクトルを足
すことにより、等エネルギー面に載せることができる。すなわち3次元バルクの電子状態
は適当なΓ-L 方向のベクトルを取ってやれば存在することになる。ここで L 点を含む6角
形平面内のベクトルkとは、Γ-L 方向に垂直なベクトルであり、これは Ag(111)表面におけ
る表面平行方向のk//ベクトルにほかならない。従ってバルクの電子状態をk//ベクトルの関
数として表せば、右上図のように、k//ベクトルが蛸口を表す円の半径外にある場合にしか、
バルクの電子状態は存在しないことになる。これを図のようにハッチで表現し、この部分
を(111)表面に投影されたバンド(projected band)と呼ぶ。またこの時あらわれる3
次元バルク電子状態が取りえない領域(=ハッチしていない部分)を projected band gap
と呼ぶことがある。
先に議論した Ag(111)表面のショックレー表面準位は、当然そのk//ベクトルに対して存
在可能なバルク全体に広がる波(=3次元バルクの電子状態)は存在しない。従って図に
実線で示されたように、ショックレー表面準位は projected band gap 中に現れる。なお、
右上図は ARUPS によって実際に測定された Ag(111)のショックレー準位のバンド分散をプ
ロットしたもの(S.D.Kevan & R.H.Gaylord, Phys.Rev.B36,5809(1987))である。なお右
上の図を前頁のバンド分散と比較する際には、右上図中では eV 単位でエネルギーがプロッ
トされているのに対し、前頁のバンド分散はエネルギーが Ry 単位(1Ry=13.6eV)で表
されていることに注意すること。
(通常のバンド計算では Rydberg 単位で計算が行われるこ
とが多い。)
58
§11 表面に局在する電子状態(Surface State) (2)
∼タム準位∼
*Tight binding model による固体電子状態の記述
r1 r2 r3
1
2
r4
3
4
r
→ 波動関数: φ (r )
・孤立した原子のポテンシャル: Va (r )
 h2 2

∇ + Va (r )  φ (r ) = Eaφ (r )
−
2
m


・固体中の位置 r におけるポテンシャル V (r ) : 固体中に並んだ原子 j ( j = 1, 2,3, ⋅ ⋅ ⋅ ⋅ ⋅ )
が位置 r に作るポテンシャル Va (r − r j ) の重ね合わせ
i.e.
V (r ) = ∑ Va (r − r j )
j
ψ (r ) = ∑ c jφ (r − r j )
・固体中の電子の波動関数:
と書けば
j
 h2 2

∇ + V (r ) ψ (r ) = Eψ (r )
−
 2m

は次のように変形できる。
 h2 2

∇ + Va (r ) + [V (r ) − Va (r )]ψ (r ) = Eψ (r )
−
 2m

→
  h 2 2


= ∑ c j −
∇ + Va (r )  φ (r − r j ) + [V (r ) − Va (r )]φ (r − r j ) 
j
  2m


= ∑ c j { Eaφ (r − r j ) + [V (r ) − Va (r ) ]φ (r − r j )} = ∑ c j Eφ (r − r j )
j
j
これに左から φ (r − ri )* をかけて、全空間で積分すると
∫ φ (r − r ) ∑ c {( E − E )φ (r − r ) − [V (r) − V (r)]φ (r − r )} dr
*
i
j
a
j
a
j
j
= ∑ c j ( E − Ea ) δ ij − ∑ c j ∫ φ (r − ri ) [V (r ) − Va (r ) ]φ (r − r j )dr = 0
---(1)
*
j
j
ここで、以下のように最近接原子までの相互作用だけを考えることにする。
( for = j)
∫ φ (r − r ) [V (r) − V (r)]φ (r − r )dr = −α ( for i ± 1 = j ) ∫ φ (r − r ) [V (r) − V (r)]φ (r − r )dr = − β *
i
a
j
a
j
*
i
59
---(2)
(2)式を(1)式に代入すれば
ci ( E − Ea + α ) + ( ci +1 + ci −1 ) β = 0
----(3)
・固体内電子の波動関数 ψ (r ) = ∑ c jφ (r − r j ) において、係数 c j はサイト r j における
j
波動関数の振幅を表している。固体内部全体に広がって存在する波(バンド電子)
は、どのサイトにおいても同じ振幅を持つことが期待される。これは係数 c j が A を
実数として c j = A exp(ik ⋅ r j ) とした場合に実現される。実際このような c j に対して
ψ (r ) = ∑ c jφ (r − r j ) は Bloch 条件を満足する。(詳細は固体物理に授業で・・・)
j
・実際に c j = A exp(ik ⋅ r j ) を(3)式に代入することにより、固体中に広がったバンド電子
状態の電子のエネルギーは
E = Ea − α − 2β cos(k ⋅ a)
---(4)
と求められる。ただしここで a は最近接原子間距離を表している。
(4)式は下図のように、バンド幅 4β を持ったバンド分散関係を表現している。
E
4β
Ea-α
k
-a/π
0
60
a/π
*固体表面の電子状態(Tamm state)
・固体内部全体に広がったバンド状態の電子
z 方向(表面垂直方向)に関する1次元モデルでは
ψ ( z ) = ∑ c jφ ( z − z j )
において
j
c j = Au j
----(5)
ただし u は虚数
であることが必要。((5)式が満足されれば、波動関数の振幅はサイト z j によらず
どこでも一定となるので・・・)
・固体に局在する電子
表面
固体内部
・・・・・・・
α’ α
α α α α α
β’ β β β β β β
まず固体表面のモデルとして、図のように固体内部から表面まで続く1次元の原子
鎖を考える。この鎖においては、固体の最表面にいる原子のエネルギー準位、およ
び固体最表面とその次の原子の間の共鳴エネルギーが、それぞれ α → α ' 、β → β ' の
ように固体内部とは異なった状態にあるものとする。
固体内部については、先に(3)式を導いた議論がそのまま成り立つので、
ci ( E − Ea + α ) + ( ci +1 + ci −1 ) β = 0
----(3)
ただし固体表面では図から
c0 ( E − Ea + α ') + c1 β ' = 0
----(6)
c1 ( E − Ea + α ) + ( c0 β '+ c2 β ) = 0
----(7)
(3),(6),(7)式で、特別な表面の原子(j=0)を除いては、他の原子に対しては全て
(3)式が成立するとすると、
β u 2 + (ε + α )u + β = 0
----(8)
c0 ( ε + α ') + Au β ' = 0
-----(9)
Au (ε + α ) + c0 β '+ Au 2 β = 0
-----(10)
61
ここで(8)式から
u=
−(ε + α ) ± (ε + α ) 2 − 4β 2
2β
-----(11)
2
ε +α 
ε +α 
= −
± 
 −1
 2β 
 2β 
ただしここでは ε = E − Ea と書いた。
固体表面に局在する電子状態に対しては u < 1 であるべきなので、(11)式において
まず平方根中で
ε +α
>1
2β
----(12)
であり、かつ
2
ε +α
>1
2β
ε +α 
ε +α 
u = −
+ 
 −1
 2β 
 2β 
→
----(13)
2
ε +α
< −1
2β
ε +α 
ε +α 
u = −
− 
 −1
2
β


 2β 
→
-----(14)
一方、(9),(10)式から c0 を消去すると
(ε + α ) −
( β ')
2
( ε + α ')
+ uβ = 0
-----(15)
以上の固体表面で終端される原子鎖に対する要件である(13),(14),(15)式を見やすく
するため、以下では
ε +α
、
X=
2β
α'
h= 、
β
(13)式
→
X >1:
(14)式
→
X < −1 :
(15)式
→
2X −
2
と書くことにすると・・・
u = −X + X 2 −1
----(16)
u = −X − X −1
----(17)
2
k
2X −
i.e.
 β '
k = 
β 
α
+h
β
k
α
2X − + h
β
i.e. h = −2 X +
+u =0
= 2X + u = X ± X 2 −1
(
α
+ k X m X 2 −1
β
62
)
----(18)
h−
( X = −1)
α
h− =2−k
β
α α '− α
(=
)
β
β
+2
B
0
 β '
k = 
β 
D
+2
A
2
C
-2
h−
α
= −2 + k
β
( X = +1)
(18)式を縦軸に h −
α
、横軸に k を取ってグラフィカルに示すと、図のようになる。
β
式(18)は h, k の1次関数であるため、グラフ上では直線で表されることになる。
特に X = +1 および X = −1 の場合、(18)式はそれぞれ図中の青線、赤線のような直線
となる。また X > +1 の場合には(18)式の直線は図中の青線より上側の領域B+Dを掃
き、逆に X < −1 の場合には図中の赤線より下側の領域C+Dを掃く。
以上を勘案すれば、
2
 β '
α α '− α
) と k =   が図中の領域Aにある場合には、 u < 1 となる固体表面
(i) h − (=
β
β
β 
に局在した電子状態は存在しない。実際この場合には u < 1 となるために必
要な X > 1 となる解が存在しないので −1 < X =
ε +α
< +1 、すなわちこの電子状態
2β
のエネルギーは原子エネルギーαを中心として幅 4βのバルクバンド中に存在
しており、これは表面に局在せずに固体全体に広がるバンド電子に対応している。
2
(ii) h −
 β '
α α '− α
(=
) と k =   が図中の領域Bにある場合には、 X > +1 となる表面
β
β
β 
に局在した電子状態が一つ存在する。このときの表面局在電子のエネルギーは
バンドの上側に現れる。( X =
ε +α
> +1 )
2β
2
 β '
α α '− α
(iii) h − (=
) と k =   が図中の領域Cにある場合には、 X < −1 となる表面
β
β
β 
に局在した電子状態が一つ存在する。このときの表面局在電子のエネルギーは
63
バンドの下側に現れる。( X =
ε +α
< −1 )
2β
2
 β '
α α '− α
) と k =   が図中の領域Dにある場合には、X > +1 および X < −1
(iv) h − (=
β
β
β 
を満足する表面局在電子状態が、バルクバンドの上下にそれぞれ1つずつ現れる。
以上で表面局在電子状態が現れる(ii),(iii),(iv)の条件はいずれも表面原子に対する α ' 、 β ' が
バルク内原子に対する α 、 β より大きくずれている状況に対応する。すなわちここでの表
面局在電子状態は、表面原子に対する電子的環境がバルク中と大きく異なっていることに
より発生したものであることがわかる。このような要因で発生した表面局在電子状態を
Tamm state と呼ぶ。
64
§12 表面局在電子状態の量子閉じ込め
∼ナノサイエンスへの招待∼
・金属表面に局在する電子状態はショックレー準位と呼ばれ、表面並行方向には自由電子
的な分散を持つ2次元電子系と見做すことができる。
↓
・この表面に adatom(原子)を置くと、表面電子は adatom に散乱される。adatom 近傍
では adatom に向かって入射する電子波と adatom によって散乱された電子波が量子干渉を
おこし、結果的に adatom 周囲には adatom を中心とする波紋のような電子定在波が発生す
る。例として Cu(111)表面においた Fe 原子により、Cu 表面の電子が散乱されてできた電
子定在波の STM 像とそのクロスセクションを下図に示す。
Crommie,Lutz,Eigler, Science 262,218(1993)
・上図に示した系の電子状態は adatom を中心とした 2 次元極座標系 (r ,θ ) で良く現される。
2 次元自由空間における極座標表示されたシュレディンガー方程式は
−
h2  ∂2 1 ∂
1 ∂2 
+
+

ψ (r ,θ ) = εψ (r ,θ )
2m  ∂r 2 r ∂r r 2 ∂θ 2 
----(1)
ここで系が円筒対称であるから波動関数ψ (r ,θ ) は ψ (r ,θ ) = u (r ) exp(ilθ ) (ただし l は整数)
と書けるので、これを(1)式に代入すると、動径部分の波動関数 u (r ) に対して次の式を得る。
−
h 2 k// 2
h2  d 2 1 d l 2 
u (r )
− 2  u (r ) = ε u (r ) ≡
 2+
2m  dr
r dr r 
2m
これを整理して
65
---(2)
r2
d2
d
u (r ) + r u (r ) + ( k// 2 r 2 − l 2 ) u (r ) = 0
2
dr
dr
(3)式で z = k// r 、ν = l とおけば、
---(3)
d
d
= k//
などに気をつけると次式を得る。
dr
dz
d 2 u 1 du  ν 2 
+
+ 1 − 2  u = 0
dz 2 z dz 
z 
----(4)
これはいわゆる Bessel の微分方程式と呼ばれる微分方程式であり、その解は一般に第1種
Bessel 関数 J l ( z ) および第 2 種 Bessel 関数 Yl ( z ) の線形結合で与えられる。しかしここでは
第二種 Bessel 関数は原点 z=0 で発散する性質を持っているため、我々の実際のシステムの
解としては採用しない。結果的に我々の表面2次元電子系に対しては第1種 Bessel 関数
J l ( z ) だけを考えればよい。すなわち
u ( z ) ∝ J l ( z ) = J l (k// r )
---(5)
ψ (r ,θ ) ∝ J l (k// r ) exp(ilθ )
ε=
h 2 k// 2
2m
----(6)
----(7)
・第1種 Bessel 関数 J l ( z ) は z に対し、次図に示すように基本的には z と共に減衰していく
正弦波的な振る舞いを示す。特に原点( z = 0 )から離れた領域では良い精度で次式に漸近
することが知られている。
Jl ( z) ≈
2
1
1
cos( z − lπ − π )
2
4
πz
---(8)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:BesselJ_plot.svg
66
・以上ではフリーな 2 次元空間でのシュレディンガー方程式の円筒座標系での解を考えた。
しかし先に示したSTM像はこの空間の座標原点にFe原子を1つおいた場合に観測され
たものである。Fe 原子はポテンシャルフリーの空間を伝わってきた電子波に対し、ポテン
シャルとして働き、次図のようにその波の位相シフトを引き起こす。
散乱ポテンシャルは位相
シフトδに反映される
(a)V=0の場合(破線)
(b)V<0の場合(波動関数は
内部に引き込まれる。δ>0)
(c)V>0の場合(波動関数は
外側に押し出される。δ<0)
J.J.Sakurai “現代の量子力学” 吉岡書店
・原点に置かれた Fe 原子による散乱により波の位相がδだけずれた場合、結果的に観測さ
れる電子の空間密度分布は
2
∆DOS (r ) ∝
2
1
cos(k// r − π + δ ) −
4
π k// r
2
2
1
cos(k// r − π )
4
π k// r
2  2
1
1 
2
=
cos (k// r − π + δ ) − cos (k// r − π ) 
4
4 
π k// r 
---(9)
で与えられる。ただしここでは円筒対称系の波動関数としては遠心力ポテンシャル((2)式
左辺に現れた斥力ポテンシャル
h2 l 2
)に打ち勝って座標原点におかれた Fe 原子のポテン
2m r 2
シャルを感じることのできる l = 0 の波(s波)だけを考えている(s波近似)。
実験で得られたSTM像のクロスセクションは (9) 式で良くフィットでき、これから
δ = −800 ± 50 と決定される。無限大斥力ポテンシャルに対しては δ = −900 であるから、この
結果は Cu(111)表面上の Fe 原子は近似的にはほぼ完全な表面電子の散乱体として働くこと
を意味している。
67
・Quantum corral(量子柵)の作成
Cu(111)表面上に微量の Fe 原子を供給し、その位置を STM 探針を用いて移動させる。こ
れにより表面に数十個の原子からなる直径がナノメートルオーダーの円形柵を作成する。
Quantum confinement in 32Ag atom circle at Ag(111) surface
after Hla,Braun,Pieder;
Phys.Rev.B67,201402(2003)
・Quantum corral 内への表面電子の量子閉じ込め
Crommie,Lutz,Eigler, Science 262,218(1993)
68
quantum corral は円周におかれた 48 個の Fe 原子によるほぼ完全な反射により、
Cu(111)
表面のショックレー準位の電子は円内に閉じ込められ、量子化される。STM像で円内に
見える同心円状の波紋は、この量子閉じ込め準位に対応した電子定在波パターンである。
円内では表面電子はポテンシャルフリーの空間を運動する。このためその波動関数は(2)
式のシュレディンガー方程式の解である(6)式により与えられる。ただし今の場合、この電
子は半径 a の円内に閉じ込めらている。円周上での散乱ポテンシャルが無限大であると近似
すれば、このときの量子閉じ込めに対する境界条件は以下で与えられる。
J l (k// a) = 0
---(10)
実際に Bessel 関数 J l ( z ) がゼロとなる点は数値的に数表などの形で与えられている。また先
に示した Bessel 関数の振る舞いを見れば、ある l に対して、このゼロ点は複数存在するこ
と、そのうちのどのゼロ点をとるかという選択は、円内にいくつの同心円的な波紋の山を
造るかということに直結していることがわかる。また(10)式により k// が決まり、これから(7)
式を通してその固有エネルギーが決まることがわかる。
Crommie,Lutz,Eigler, Science 262,218(1993)
69
§13 表面電子状態の観察方法
∼角度分解型光電子分光法∼
*角度分解型光電子分光法(Angle-resolved Photoelectron Spectroscopy (ARPES)
http://www.ifw-dresden.de/institutes/iff/research/SC/arpes/method/index/?set_language=de
http://www.khlab.msl.titech.ac.jp/facilities/NewPES.html
・単色の紫外光を試料表面に入射 (photon energy: hν )
→これにより表面垂直方向から角度 θ 傾いた方向に放出される電子の運動
エネルギー Ekin を角度分解型エネルギー分析器で測定
↓
↓
放出された電子の結合エネルギー(フェルミ準位から測ったエネルギー位置) EB
は、仕事関数を W として、エネルギー保存則から
EB = hν − Ekin − W
-----(1)
またその表面平行方向の波数ベクトル k// は、運動量保存則より
70
k// =
2mEkin
h
sin θ
---(2)
以上式(1),(2)より、表面電子状態の分散関係 EB (k// ) が実験的に求められる。
*ARPES による表面電子状態のバンド分散関係の測定例
∼Cu(111)表面のショックレー準位のバンド分散∼
S.D.Kevan, Phys.Rev.Lett.50,526(1983)
71
*光―表面相互作用の記述に向けた準備I(ベクトルポテンシャル)
・光=電磁波
E(r, t ) = E(Q, ω ) exp{i ( Q ⋅ r − ωt )} + E* (Q, ω ) exp{−i ( Q ⋅ r − ωt )}
ベクトルポテンシャル A
rotE +
Maxwell 方程式から
E=−
→
∴
A (r, t ) =
→
----(3)
B = rotA
∂B
=0
∂t
∂A
∂t
1
E(Q, ω ) exp{i ( Q ⋅ r − ωt )} − E* (Q, ω ) exp{−i ( Q ⋅ r − ωt )}
iω
---(4)
*光―表面相互作用の記述に向けた準備 II (メカニカル運動量)
・スカラーポテンシャル φ およびベクトルポテンシャル A で与えられる電磁場中を運動
する質量 m 、電荷 q の粒子に対する(古典的な)ハミルトニアン H として以下のもの
を採用する。
H=
1
(p − qA)2 + qφ
2m
正準方程式
∂H
= x&
∂p
−
---(5)
→
x& =
1
(p − qA)
m
-----(6)
∂H
= p&
∂x
∂H q
∂A
∂φ
= (p − qA) ⋅
−q
∂x m
∂x
∂x
∂A
∂φ
∂φ dAx 
∂φ

→ = qx& ⋅
−q
= q  Ex + ( x& × B ) x +
+
−q
∂x
∂x
∂x
dt 
∂x

p& x = −
dA 

=  q (E + v × B) + q

dt  x

すなわち
p& = q ( E + v × B ) + q
ただし(7)式の上の式変化では、
dA
dt
---(7)
dA ∂A
=
+ v ⋅ ∇A
dt
∂t
および
これを用いた
E + v × B = −∇φ −
∂A
+ v × (∇ × A )
∂t
dA
= −∇φ −
+ ∇v ⋅ A
dt
72
を用いて式変形した。
(6),(7)式から結局、ローレンツ力を受けながら運動する荷電粒子の運動方程式
m
dv 
d 2x 
m
=

 = q (E + v × B)
dt 
dt 
を得る。
以上より、スカラーポテンシャル φ およびベクトルポテンシャル A で与えられる電
磁場中を運動する質量 m 、電荷 q の粒子に対する(古典的な)ハミルトニアン H は
(5)式
H=
1
(p − qA) 2 + qφ
2m
---(5)
で正しく与えられることがわかる。なお、この式を見ればわかるように、電磁場が無
い場合には運動量 p で記述された運動エネルギー部分は、電磁場下ではメカニカル運動
量 p − qA に置き換えた形で与えられることに注意!
*光―表面相互作用の記述に向けた準備 III (電磁場下でのシュレディンガー方程式)
・電磁場下での荷電粒子の運動を記述する古典的なハミルトニアン(5)式を、対応原理を
用いてシュレディンガー方程式に書き換えることにする。(5)式を眺めると、電磁場下
では運動量 p →メカニカル運動量 p − qA に置き換えれば、残りのポテンシャル項 qφ は
そのまま置いておけばOKであることがわかる。したがってここでは電磁場が無い場
合のシュレディンガー方程式における pˆ → pˆ − qA として、電磁場下の(非相対論的)
シュレディンガー方程式を求めることにする。なお、以下では荷電粒子と
しては電荷 q = −e の電子を考えることにする。
電磁場の無いとき
pˆ → pˆ + eA
 pˆ 2

∂Ψ (r, t )
----(8)
+ V (r )  Ψ (r, t ) = ih

∂t
 2m

を(8)式に代入して
 ( pˆ + eA )2

∂Ψ (r, t )
+ V (r )  Ψ (r, t ) = ih

∂t
 2m

----(9)
特に電磁場が弱い場合には A に対して A 2 が無視できて
( pˆ + eA )
2
= pˆ 2 + epˆ ⋅ A + eA ⋅ pˆ + e2 A 2
≈ pˆ 2 + epˆ ⋅ A + eA ⋅ pˆ = pˆ 2 + 2eA ⋅ pˆ
ただしここで
73
---(10)
pˆ ⋅ Aφ =
h ∂
h ∂A
h
∂φ h ∂A
=
φ + A⋅
φ + A ⋅ pˆ φ
( Aφ ) =
∂r i ∂r
i ∂r
i ∂r
i
---(11)
h
= ∇A ( = 0 ) + A ⋅ pˆ φ = A ⋅ pˆ φ
i
を用いて(10)式途中の変形を行った。
結局、(10)式を(9)式に代入して・・・・
(H
0
+ H ' ) Ψ (r, t ) = ih
∂Ψ (r, t )
∂t
pˆ 2
+ V (r )
2m
e
H ' = A ⋅ pˆ
m
H0 =
----(12)
*光―表面相互作用の記述に向けた準備 IV (Fermi’s Golden Rule)
・一般的に
H 0ψ n (r ) = ε nψ n (r )
ただし
の系に対し、時間的に変動する摂動
n = 1, 2,3, ⋅ ⋅ ⋅ ⋅ ⋅ ⋅
H ' = V exp(−iωt )
が加わった時、
単位時間当たりに状態 i→j に遷移する遷移確率は
Wi → j =
2
2π
< ψ j (r ) V ψ i (r ) > δ (ε j − ε i − hω )
h
----(13)
*表面からの光電子放出確率の計算I
・表面からの光電子放出については(12)式における摂動ポテンシャル H ' は(4)式のベクト
ルポテンシャルの表式を用いて以下のように書ける。
e
e
E(Q, ω ) exp{i ( Q ⋅ r − ωt )} − E* (Q, ω ) exp{−i ( Q ⋅ r − ωt )} ⋅ pˆ
A ⋅ pˆ =
m
imω 
e
≅
{E(Q, ω ) exp(−iωt ) − E* (Q, ω ) exp(+iωt )} ⋅ pˆ
imω
--(14)
 e

 e *

E(Q, ω ) ⋅ pˆ  exp(−iωt ) +  −
E (Q, ω ) ⋅ pˆ  exp(+iωt )
=
 imω

 imω

= V+ exp(−iωt ) + V− exp(+iωt )
H' =
74
・(14)式の第 1 項はフェルミのゴールデンルール(13)式から、次の遷移確率を与える。
Wi → j =
2
2π
< ψ j (r ) V+ ψ i (r ) > δ (ε j − ε i − hω )
h
2π
=
h
2
2
2
 e 

 E(Q, ω ) < ψ j (r ) e ⋅ pˆ ψ i (r ) > δ (ε j − ε i − hω )
 mω 
ただしここで
---(15)
E(Q, ω ) = E(Q, ω ) e
同様に、(14)式の第 2 項は、次の遷移確率を与える。
W j →i =
2
2π
< ψ i (r ) V− ψ j (r ) > δ (ε i − ε j + hω )
h
2π
=
h
2
2
2
 e 

 E(Q, ω ) < ψ i (r ) e ⋅ pˆ ψ j (r ) > δ (ε i − ε j + hω )
 mω 
(15)式、(16)式はそれぞれのδ関数部分からわかるように、 ε j > ε i として
---(16)
i 準位の電子
が光子のエネルギー hω を吸収してj準位に励起される過程、および j 準位の電子が hω
の光子を放出して i 準位に脱励起される過程を表している。
表面での光電子放出過程は、表面の価電子帯にいる電子が光のエネルギー hω を吸って
励起され、その励起準位のエネルギーが仕事関数+結合エネルギーより大きい場合に固体
外に放出される過程であるから、(15)式の過程だけを考えれば十分である。このとき(15)
式のδ関数は、この過程においてエネルギー保存則 ε j − ε i = hω が成り立つことを意味す
る。先に示した(1)式はこれにより成立するものである。
*表面からの光電子放出確率の計算 II
・次に光電子放出における運動量保存則(2)式がどのようにして保証されるかを見ること
にする。このためには(15)式における遷移行列要素 < ψ j (r ) e ⋅ pˆ ψ i (r ) > の中身を見れば
良い。ψ i (r ) は固体のバンド電子であり、これは一般に次の Bloch 関数の形を持つ。
ψ i (r ) =
1
ψ j (r ) =
1
Ω
Ω
exp(ik ⋅ r )uik (r )
exp(ik ' ⋅ r )u jk ' (r )
----(17)
---(18)
ただしここで uik (r ) , u jk ' (r ) は結晶の格子ベクトル分の並進に対する周期性を持った
関数である。(Bloch の定理)
75
・(17),(18)式を(15)式の遷移行列要素に代入すると
1
h
e ⋅ u ' (r )* exp(−ik ' ⋅ r ) ∇ ( exp(ik ⋅ r )uik (r ) ) dr
Ω ∫ jk
i
1
h


= e ⋅ ∫ u jk ' (r )* exp(−ik ' ⋅ r ) hk exp(ik ⋅ r )uik (r ) + exp(ik ⋅ r ) ∇uik (r )  dr
i
Ω


----(19)
1
'
*
= e ⋅ hk ∫ exp(−ik ⋅ r )u jk ' (r ) | exp(ik ⋅ r )uik (r ) dr
Ω
h
1
+ e ⋅ ∫ u jk ' (r )* exp{i (k − k ' ) ⋅ r} ∇uik (r )dr
Ω
i
< ψ j (r ) e ⋅ pˆ ψ i (r ) >=
{
}
ここで(19)式の最後の行の第1項はバンド電子の直交性( < ψ j (r ) | ψ i (r ) >= 0 )よりゼロ
となる。また第2項は位置座標 r はユニットセルの位置 R n とユニットセル内の位置 rin
の和で表される( r = rin + R n )ことを利用して、以下のように計算される。
1
h
e ⋅ ∫ u jk ' (r )* exp{i (k − k ' ) ⋅ r} ∇uik (r )dr
Ω
i
1 
h

= e ⋅  ∑ exp{i (k − k ' ) ⋅ R n } ∫ u jk ' (rin )* exp{i (k − k ' ) ⋅ rin } ∇uik (rin )drin
Ω  n
i

< ψ j (r ) e ⋅ pˆ ψ i (r ) >=
---(20)


この式に現れる  ∑ exp{i (k − k ' ) ⋅ R n } は k − k ' = G 以外のときにゼロになる。ただし
 n

ここで G は逆格子ベクトル( G = 0 もあり!)である。
このため、(20)式で与えられる遷移行列要素から、結局光による電子遷移の前後の
状態において k − k ' = G ( G = 0 もあり)、つまり運動量( p = hk )が保存されることが
保証されるのである。特に今は表面に局在する電子状態のみが光電子放出に寄与する
ので、k // − k ' // = G // すなわち放出電子の k ' // ベクトルは元々の電子状態の持つ k // と等し
く、また放出された電子の持つ k ' // は k ' // =
2mEkin
た(2)式が光電子放出では成り立つのである。
76
h
sin θ で与えられるため、先に示し
§14 表面への原子分子の吸着
*真空度と吸着
・これまで、表面が置かれた環境については考えなかった。しかし実際には固体表面はあ
る真空度(通常は大気圧)の環境下し置かれている。固体表面を取り巻く環境中には気体
原子、分子が存在し、空間を自由に飛びまわっている。このうちあるものは固体表面に衝
突し、表面にある確率(吸着確率 sticking coefficient)で吸着する。
・真空度P[Pa]において単位時間(1sec.)当りに固体表面の単位面積(1m2)に入射する分子
数Γは、気体分子運動論から以下の式でかけることが知られている。
Γ=
P
----(1)
2π mkT
実際に環境中の分子が N2 であり、その温度は 20℃であったとすると、典型的な真空装置
における真空度 1x10-6Torr(1Torr=1.33x102Pa)ではΓ=1.35x1015cm-2s-1 となる。
一方、固体表面における典型的な原子密度は 1015 atom/cm2 である。したがって表面に入
射した分子が全て表面に吸着した場合には、1x10-6Torr の真空下であってもその表面はわ
ずか 1sec の間に入射分子に覆われ、汚染してしまうことがわかる。以下に吸着確率が1の
場合に、清浄な表面が完全に環境分子の吸着により隠されてしまうまでの時間スケールを、
幾つかの真空度について示す。
1x10-6Torr
→
1sec
1x10-7Torr
→
10sec
1x10-8Torr
→
100sec∼1.6min.
1x10-9Torr
→
16min.
1x10-10Torr
→
160min.∼3Hr
我々が実験を行うのに、最低でも1時間程度の時間は必要である。これは清浄な表面の
実験においては 10-11Torr∼10-9Pa 台の超高真空環境が必要であることを意味する。実際に
信頼のおける表面科学の研究は、現在では全て 10-8∼10-9Pa 台の超高真空チャンバーの中
で行われている。
演習:
a) (1)式を導きなさい。
b) (1)式を用いて N2、20℃、1x10-6Torr の場合のΓを計算しなさい。
c) Cu(111)理想表面の表面原子密度を求め、b)の結果と比較しなさい。
77
*物理吸着
・固体表面に原子・分子が吸着する際、吸着を引き起こす原因としては(i)吸着原子・分子と
表面の間の van der Waals 力 および (ii)化学結合力の2つが上げられる。表面科学では
van der Waals 力による吸着を物理吸着、科学結合力による吸着を化学吸着と呼ぶ。
・ここでは物理吸着ポテンシャルの深さを考える。このためにまず距離Rだけ離れた2つ
の原子間に働く van der Waals 力(分散力)について考える。
原子1
原子2
−
+
+
−
R
ものすごく単純化して、原子1は原子核とその周りを回る軌道電子から成るものとする。
このとき原子1は軌道電子から原子核に向かう電気双極子モーメント µ1 を持つことになる。
このモーメントは距離Rだけ離れた原子2の位置に電場 E1 = µ1 / R3 を発生させる。(ここで
の議論では距離依存性だけを考えるため、面倒な係数は全て省いている。)
このとき原子2の分極率を α 2 とすると、原子2のエネルギーは分極によって −α 2 E12 / 2 だ
け変化する。同様に原子2の分極 µ 2 により原子1のエネルギーは −α1 E2 2 / 2 だけ変化する。
したがってトータルでのエネルギー変化は
V ( R) = −
Cdisp
α1µ2 2 + α 2 µ12
1
2
2
E
E
+
=
−
≡− 6
α
α
(
1 2
2 1 )
6
R
2
2R
---(2)
一般的に、 µi = 0 だが µi 2 ≠ 0 なので、時間平均を取った場合でも(2)式の分散力は残り、
結果的に分極(電子雲の揺らぎによる分極)起因の引力が原子間には働くこととなる。こ
の van der Waals 力は(2)で見たように距離Rに対し6乗の依存性を持っている。
・上の場合では原子1の相手となる原子が原子2しかなかったが、表面上に吸着する原子
については、原子2に相当する原子が表面下の半無限固体中に無限個存在している。
原子1
Z
表面
h
原子2
R
78
dV = −
したがって
V ( z ) = − ∫∫
Cdisp
{( z + h )
2
+ R2
Cdisp
{( z + h )
2
+ R2
}
3
これを表面下の半無限空間で積分して
dr
}

1

= −π Cdisp ∫ dh  −
2
2
0
 2 ( z + h ) + R
{
=−
2
∞
0
0
1
{( z + h )
2
+ R2
}
3
∞
∞
π Cdisp 
∞
2π RdRdh = −π Cdisp ∫ dh ∫ dR 2
3
}

π Cdisp ∞
1

=
−
dh
2 
∫
2 0 ( z + h )4

0
--(3)
∞

π Cdisp
−
 =−
3
6z3
 3 ( z + h )  0
1
ただしz→0 すなわち吸着原子があまり表面に近づきすぎると、吸着原子と表面原子間には
Pauli 斥力 Vrep ( z ) が働くため、物理吸着した原子の吸着ポテンシャルは吸着原子―表面間距
離zに対し、次のような依存性を示すことになる。
V physisorption ( z ) = Vrep ( z ) −
A
z3
----(4)
下図に、実際に第一原理計算によって求められた Au,Cu,Ag 表面上への He 原子の物理吸着
ポテンシャルの z 依存性を示す。図からわかるように物理吸着ポテンシャルの深さは高々数
meV∼数十 meV のオーダーである。
これは E=kT の関係により温度に換算すると 10∼100K
程度のオーダーとなる。このため物理吸着により原子・分子が長時間表面に吸着し続ける
現象は低温に保った固体表面においてのみ実現される。
Zaremba & Kohn, Phys.Trv.B15,1769(1977)
Schlighting & Menzel, Surf.Sci.272,27(1992)
79
*化学吸着
・ここでは例として Ir(100)表面上の CO 分子の化学吸着を紹介する。CO 分子の分子軌道
とその占有状態は以下の通り。
CO
C
O
6σ
2π
5σ
1π
4σ
2p
2s
3σ
1s
2p
2s
2σ
1σ
1s
・Ir 表面のdバンドと CO の分子軌道の反応
Surf.Sci.43,44(1974)
Plummer,Salaneck,Miller, Phys.Rev.B18,1673(1978)
80
・参考(物理吸着の場合)
http://www.chem.qmul.ac.uk/surfaces/scc/scat2_4.htm
81
§15 表面拡散
*表面拡散過程の概要
吸着
表面拡散
V(x,y)
hopping
拡散バリアEa
表面方向(x、y)
安定吸着サイト
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons
/7/7e/Surface_diffusion_jump_mechanisms_new.png
http://iramis.cea.fr/Images/astImg/308_1.jpg
・hopping rate の計算:
吸着原子は吸着サイトのポテンシャルの底で 1 秒間にν 0 回、拡散バリアを乗り越えて隣
りの安定吸着サイトへ hopping しようと試みる。ここでν 0 は吸着分子の振動周波数であり、
大体 1013 sec−1 程度(格子振動の周波数)程度のオーダーの量である。
一方、1 回のトライアルで拡散バリアを乗り越えることに成功する確率は、基板温度をT
として exp(−
Ed
E
) で与えられるので、吸着原子は結局1秒間の間に ν = ν 0 exp(− d ) 回の
kT
kT
hopping に成功する。逆に言うと、吸着原子は平均して
τ=
1
ν0
exp(
Ed
)
kT
----(1)
の時間の間に 1 回 hopping を行うことになる。
82
*2 次元ランダムウォーク(拡散方程式)
1/4
nearest neighbor site
1/4
1/4
1/4
・表面に吸着した原子は時間τ当りに 1 回、現在吸着しているサイトの最近接サイトに向
かって hopping する。ただし複数存在する最近接サイトのいずれに飛ぶかはランダムに決
まる。つまり表面の安定吸着サイトをランダムウォークすることにより表面を拡散してい
く。
・簡単のため、図に示したように吸着原子は等価な4つの最近接サイトを持ち、これらに
対してはいずれも確率 1/4 で hopping をするものとする。時刻 t に吸着サイト(x,y)に吸着
原子が存在する確率を P( x, y; t ) と表すことにすると、
P ( x, y; t + τ ) =
1
1
1
1
P ( x + l , y; t ) + P ( x − l , y ; t ) + P ( x, y + l ; t ) + P ( x, y − l ; t )
4
4
4
4
ただし l は最近接サイト間距離である。
(2)式より
P ( x, y; t + τ ) − P ( x, y; t )
1
= { P( x + l , y; t )−2P( x, y; t ) + P( x − l , y; t )}
4
1
+ { P( x, y + l ; t )−2P( x, y; t ) + P( x, y − l; t )}
4
---(3)
ここで l は微小量として
1 ∂ 2 P ( x, y; t ) 2
∂P( x, y; t )
l+
l + ⋅⋅⋅⋅⋅
2
∂x
∂x 2
1 ∂ 2 P ( x, y; t ) 2
∂P( x, y; t )
P ( x − l , y; t ) = P ( x, y; t ) −
l+
l + ⋅⋅⋅⋅⋅
2
∂x
∂x 2
P ( x + l , y; t ) = P ( x, y; t ) +
----(4)
のようにテーラー展開し、これを(3)式に代入すると、τも微小量として
P ( x, y; t + τ ) − P ( x, y; t )
τ
=
∂P( x, y; t ) l 2  ∂ 2
∂2 
=
 2 + 2  P ( x, y; t )
∂t
∂y 
4τ  ∂x
のような拡散方程式を得る。
83
----(5)
---(2)
特に 2 次元正方格子の拡散係数を
D2 D =
l2
4τ
---(6)
と書けば、(5)式の拡散方程式は
 ∂2
∂P( x, y; t )
∂2 
= D2 D  2 + 2  P( x, y; t )
∂t
∂y 
 ∂x
----(7)
ただし(1)式より、2 次元の拡散係数は以下の温度依存性を示すことがわかる。
D2 D = D0 exp(−
Ed
)τ
kT
l2
D0 = ν 0
4
----(8)
また、拡散方程式(7)式の解は次の2次元正規分布関数となる。
P ( x, y; t ) =
 x2 + y 2 
1
exp  −

4π D2 D t
 4 D2 D t 
---(9)
演習: ここで採用した考え方を 1 次元格子、および3次元格子に適用した場合、拡散係
数はそれぞれ D1D =
l2
l2
、 D3 D =
となることを確かめなさい。
2τ
6τ
*表面拡散の実空間原子分解能観察
Field Ion Microscope (FIM)
http://www.nims.go.jp/apfim/fim.html
CRC Crit.Rev.Sol.State Mat.Sci.10,391(1982)
http://www.ornl.gov/info/ornlreview/rev28-4/text/atoms.htm
84
Atom tracking STM
http://www.jeol.co.jp/technical/eo/spmdata/spm020/spm020.htm
*表面拡散係数の評価
r (t )
r (0)
・時間tの間に表面吸着原子はランダムウォークにより位置 r (0) から位置 r (t ) に移動したと
する。このときの移動量 ∆r はランダムにおきる最近接サイト間の hopping の繰り返しによ
って決まるので、以下のように書ける。
∆r = r (t ) − r (0) = ∑ ri
----(10)
i
ただしここで ri は i 回目の hopping における変位量を表している。
(10)式から



2
∆r =  ∑ ri   ∑ r j  = ∑ ri 2 + ∑ ri ⋅ r j
i≠ j
 i  j  i
---(11)
しかし統計的には(11)式の右辺第2項は±が同じ割合で交じり合うため、平均ととればゼロ
となる。結果的に ∆r の統計平均 ∆r
2
∆r
2
2
は
t
= ∑ ri 2 = l 2 = 4 D2 D t
----(12)
τ
i
実験的には ∆r = r (t ) − r (0) を原子分解能で観察可能である。このためこの実験において得
られたデータに対し
D2 D = lim
t →∞
{r (t ) − r (0)}
4t
2
---(13)
の走査を行うことにより D2 D を評価することが可能となる。
85
Rhodium atom diffusion on W surfaces
Ayrault & Ehrlich, J.Chem.Phys.60,281(1974)
86
§16 表面脱離
*表面脱離
V (z)
脱離
z
Ed
吸着サイト
特定の質量の分子を検出
QMS
0.6
TPD Signal H2 水素
0.5
05052601 H2 1E-4Pa * 20sec
on Si(111) @ RT
0.4
0.3
0.2
0.1
0.0
300
400
500
600
700
温度(C)
温度
基板表面
一定レートで昇温
時間
・表面拡散の場合と同様に、表面に吸着した原子・分子はその安定吸着サイトで単位時間
当たりν 0 回、吸着ポテンシャル Ed を乗り越えようと試みる。ここでν 0 は吸着原子・分子の
表面振動数であり、1013 sec−1 程度のオーダーの量である。一回のトライアル当りにポテンシ
ャル障壁を乗り越えて表面から真空側に脱離するのに成功する確率は exp(−
Ed
) であるから、
kT
結局、単位時間当たりの吸着原子・分子が表面から脱離する確率Rはおおまかには
R = ν 0 exp(−
Ed
)
kT
----(1)
で与えられる。
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*昇温脱離 (Temperature Programmed Desorption; TPD)
・表面吸着原子・分子の脱離反応の研究には昇温脱離(TPD)が多く用いられる。
・TPD ピーク形状と Ed 、反応次数
(i)1 次反応(表面に吸着している原子・分子がそのまま脱離する場合)
表面に吸着している吸着原子・分子の表面密度を n とする。この時間変化は
−
E
dn
= nν 0 exp(− d )
dt
kT
----(2)
TPD では表面の温度はプログラムにより時間に対し一定の割合 β で上昇する。
T = T0 + β t
---(3)
(1),(2)式から
−
ν
E
dn
= n 0 exp(− d )
dT
kT
β
----(4)
この結果を、幾つかの初期吸着量 θ0 に対してプロットすると次の図のようになる。
1 次の脱離反応に対する TPD スペクトルの特徴は
*ピークを与える温度 Tp は初期吸着量 θ0 によらず一定
(注)
*TPD スペクトル形状は非対称
である。
注)(4)式をもう一回 T で微分すると
−
d 2n
dT 2
=
Tp
ν 0  dn
Ed
Ed
Ed 
 exp(− ) + n 2 exp(− ) 
kT
kT
kT 
β  dT
ν0  ν0
Ed
Ed
Ed
Ed 
−n exp(− ) exp(− ) + n 2 exp(− ) 
β β
kT
kT
kT
kT 
=
---(5)
ν0
E  ν
E
E 
n exp(− d ) − 0 exp(− d ) + ν 0 d2  = 0
β
kT  β
kT
kT 
=
(ii) 1 次反応(表面に吸着している原子が表面で会合して 2 原子分子として脱離していく過
程 ex. H+H→H2)
表面に吸着している原子の単位時間あたりの減少は
−
E
dn
= n 2ν 0 exp(− d )
dt
kT
---(5)
ただし今は 2 次反応 (A+A→A2)により表面吸着原子が脱離していき、このために表面吸着
原子数が減少していくため、(5)式右辺では(2)式では n となっていたものが n 2 に変更されて
いることに注意。
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(5)式によって支配される TPD スペクトルの結果を、幾つかの初期吸着量 θ0 に対してプロ
ットすると次の図のようになる。
2次の脱離反応に対する TPD スペクトルの特徴は
*ピークを与える温度 Tp は初期吸着量 θ0 の増大とともに低温側にシフトしていく。
*TPD スペクトル形状は対称
である。
日本化学会編 実験化学講座24 “表面・界面” より転載
日本化学会編 実験化学講座24 “表面・界面” より転載
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参考文献:
表面物理学に関する教科書、参考書として、取り合えず以下のものを挙げておきます。
1)A.Zangwill “Physics at Surfaces” Cambridge University Press, Cambridge,
2)F.Bechstedt “Principles of Surface Physics” Springer, Berlin, 2003
3)中村勝吾 “表面の物理” 共立出版
1982
4)小間篤、八木克道、塚田捷、青野正和 編著: 表面科学シリーズ 1
“表面科学入門” 丸善、1994
5)塚田捷 編: 表面科学シリーズ 2
“表面における理論 I,II” 丸善、1995
6)小間篤 編: 表面科学シリーズ 4
“表面・界面の電子状態” 丸善、1997
7)須藤彰三 編: 表面科学シリーズ 6
“表面の電子励起” 丸善、1997
8)塚田捷: “仕事関数” 共立出版 1983
9)村田好正:
“表面物理学“ 朝倉書店
2003
90
1988