第21号 1214.pub

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ナノギャップスイッチの開発と応用
プラズマプロセシングによる撥水性セラミックス薄膜合成
産総研ナノテクノロジー研究部門
内藤泰久
で、既存のシリコンテクノロジーとの整合性が良く新たに、
高価な製造装置を開発しなくても、超小型不揮発性メモ
リーが開発できる可能性がある。次世代の超小型不揮発
性メモリーやストレージの実現のために、現在発生メカニ
ズムの解明とともに要素技術開発を進めている。
2006年12月14日発行
第21号
[1] 寺部一弥、長谷川剛、中山知信、青野正和、「原子ス
イッチ―原子(イオン)の移動を利用したナノデバイス―」、
表面科学 Vol. 27, No. 4, 232 (2006).
[2] Y. Naitoh, K. Tsukagoshi, K. Murata, and W. Mizutani,
“A Reliable Method for Fabricating sub 10 nm Gap
Junctions Without Using Electron Beam Lithography,” eJ. Surf. Sci. Nanotech. 1, 41 (2003).
[3] Y. Naitoh, M. Horikawa, H. Abe, and T. Shimizu,
“Resistance Switch Employing a Simple Metal Nanogap
Junction” Nanotechnology 17, 5669-5674 (2006).
I(V)
2nd Au
st
1 Au
SiO2
2nd Au
1.はじめに
陶磁器表面に、ナイフやフォークなどによる金
属汚染(メタルマーク)の付着問題が生じている。
図1に示すように、食器を長年使用することで、
陶磁器表面を覆っているガラス状釉薬が剥が
れ、陶磁器表面が現れる。その部分をナイフで
擦ると、陶磁器が硬いため、ナイフ表面から金属
粒子がマイクロサイズで削られ、その粒子が陶
磁器表面に付着する。それらの粒子は強固に付
着しているので、洗剤等では簡単に除去すること
ができない。陶磁器業界において深刻な問題と
なっている。メタルマーク付着の解決策として、ウ
エットプロセスであるゾルゲル法により、耐摩耗
性、高透過率などの高機能性を有する酸化ジル
コニウム薄膜をコーティングする方法が提案され
ている。しかしながら、ゾルゲル法には、(1)均一
なコーティングが困難で、(2) ゾル溶液が有害で
あり、(3)作業工程が煩雑であるなどの課題が残
されている。
陶磁器食器表面に従来になかった
ナイフやフォーク等によるメタルマーク
(金属汚染)が生じている。
SiO2
使用頻度の多い食器
透明釉薬
メ タ ルマーク
1st Au
2
Au
ゾルゲル法の課題
メタルマーク解決法
Resistance at 0.2 V (Ω)
図1.ナノギャップ電極の概略図とSEM像
10 12
10 11 Off
10 10
10 9
10 8
10 7
10 6
10 5
10 4
On
10 3
0
ゾルゲル法による
コーティング:
撥水剤
均一コーティングが困難。
ゾル溶液が強酸性。
作業工程が煩雑。
酸化ジルコニウム
透明釉薬
従来の
食器の断面
陶磁器
(a)
0
図2.スイッチング動作の繰り返し特性
独立行政法人 産業技術総合研究所 九州産学官連携センター
〒841-0052 佐賀県鳥栖市宿町 807-1
問い合わせ先(田中): E-Mail: [email protected] TEL: 0942-81-3674
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0
2
4
6
8
10
薄膜表面
膜中
図2.酸化ジルコニウム膜の特性
(左) Zr原子のXPS分析(薄膜表面)
(右) O/Zr原子比の膜中分布
図3に陶磁器表面に合成した酸化ジルコニウ
ム薄膜の撥水性を示す。撥水性は、図3のような
水滴接触角で評価を行う。本方式単独で、撥水
処理を施した従来法と同程度の撥水性(水滴接
触角90°)を有する。その他に、10~35GPa程
度 の 高 硬 度 を 有 し(ガ ラ ス : 5GPa、シ リ コ ン :
10GPa)、透明(可視光域透過率99%)である。
プラズマプロセス技術の提案
本研究では、ゾルゲル法の課題を解決するた
めに、(1)均一コーティング (2)クリーンガス使用
(3)単一プロセスを実現可能なドライプロセスであ
るプラズマスパッタリング法により、酸化ジルコニ
ウム薄膜(ZrO2)を立体形状物の陶磁器表面へ
コーティングすることを提案している。
3000
化学量論比
z (nm)
図1.陶磁器メタルマークとその解決法
1000
2000
Time (sec)
2
1
2.プラズマ合成撥水性セラミックスはどんな性
能か?
図2に、プラズマスパッタリング法により合成し
た薄膜の分析結果を示す。図2(左)のように、Zr
のXPSスペクトルを示す。Binding Energyが180~
185 eVにZr特有の2つのピークが認められる。一
般的にZrによるbinding energyは約179度付近に
ピークが認められるが、ZrO2 になると、182度付
水滴接触角
酸化ジルコニウム
陶磁器
80
60
(deg)
編集・発行:
nanogap
nanogap
3
O2 1 Pa
RF power
200 W
Vdc=-1 kV
水接触角
このスイッチング効果は、不揮発性メモリーの実現、ま
た現象そのものがナノスケールで発現し、微細化の限界
要因が配線のみなので、小型化の可能性も持っていると
考えられる。また、シリコン酸化膜基板上で動作可能なの
500 nm
陶磁器
合成薄膜のXPS分析
陶磁器
内藤らは、シリコン基板上に作製した10nm程度の微小
間隙を有する金電極(以下ナノギャップ電極、図1参照[2])
に電圧を印加することによって、金属原子の物質移動を
介した可逆性のある抵抗スイッチ効果が現れることを見
出した[3]。この効果は、ギャップサイズが10nm程度以下
のものでのみで動作し、ナノスケール特有の現象である
事がわかる。また、スイッチに伴う抵抗変化のOn・Off比は
最大で107にも達し、図2のように状態間の変化を1,000回
以上繰り返しても動作し続けた。電気計測とSEM観察の
同時測定結果から、ナノギャップ電極における抵抗変化
は、金原子の物質移動によるギャップ幅の変化にともなう
トンネル抵抗の変化を反映していると考えられる。
nd
近にピークシフトする。180~185eVで得られた2
つのピークはZrO2に起因するものであると考えら
れ、酸化ジルコニウムが成膜されたことを示す。
薄 膜 の 原 子 成 分 の 測 定 に よ る と(図 2(右)参
照)、酸素原子とジルコニウム原子の比O/Zrは、
内部に行くにしたがって減少し、化学量論比(O/
Zr=2)に近づくことがわかった。即ち、薄膜合成
初期から化学量論比に近い膜が形成されている
ことがわかる。
O / Zr
高 速 動 作 や 高 集 積 化、低 消 費 電 力 な ど を 目 指 し、
FeRAM・MRAM・PRAM・RRAM・分子メモリー・原子スイッチ
など数多くの次世代不揮発メモリーが盛んに研究されて
いる。その中でも近年、ナノスケール空間を利用した抵抗
スイッチの研究が数多く行われている。多くのものは分子
スイッチというスイッチ効果を持つ有機分子を電極間にサ
ンドイッチするもので、はさむ有機分子も導電性分子、
カーボンナノチューブ、アモルファスカーボンなど多岐に
わたる。また、Pt電極とAgSやCuS電極との間で銀または
銅原子を物質移動させ、電極間の接続・非接続を制御す
ることによる原子スイッチ等も報告されている[1]。特に後
者の原子スイッチは、電荷や磁化など物理的なチャージ
をまったく用いず、電極間の金属原子を印加電圧によって
コ ン ト ロ ー ル し て 抵 抗 変 化 を 実 現 し て い る。一 般 に、
(MRAMなど一部は除く) メモリー素子は素子サイズを小さ
くすると応答速度や消費電力はよくなるが、信号の保持
時 間 は 短 く な る 傾 向 が あ る。し か し、原 子 ス イ ッ チ は
チャージの拡散や励起状態の緩和など起こらないため、
サイズが小さくても保持時間はあまり変化ないと考えられ
る。そのため、このような物質移動を介した原子スイッチ
は微細化に対するサイズ限界がほかの技術に比べ非常
に小さいものであると考えられ、次世代不揮発性メモリー
開発の鍵となる重要な技術である。
佐賀大学理工学部電気電子工学科プラズマエレクトロニクス研究室
大津康徳
40
20
0
未処理
ゾルゲル法
+撥水処理
本研究
撥水剤なし
図3.酸化ジルコニウムの撥水性
3.この薄膜で、どんな応用ができるのか?
これまで、陶磁器のための撥水性薄膜合成の
観 点 で 研 究 を 行 っ た が、そ れ 以 外 に、腐 食 防
止、防水性、撥水性を必要とする多様な製品(例
えば、自動車ウインド、眼鏡など)の表面コーティ
ング法へ展開が期待できる。
企業技術紹介
産総研技術紹介
光を利用した表面温度計測技術の研究
次世代ロボットへの取り組み
(株)安川電機技術開発本部開発研究所ロボット技術開発グループ技術担当部長
横山和彦
次世代ロボットとは
経済産業省は、2025年までに次世代ロボットがロボッ
ト市場を約6兆円に拡大させると予測している。この予測
にはロボット関連技術(RT:Robot Technology)を応用した
製品・サービスも含まれているが、現在6,000億円程度で
推移しているロボット市場を大きく広げるものである。また
同省は次世代ロボットを、製造業分野をターゲットとした
次世代産業用ロボットと生活支援や公共等の非製造業分
野をターゲットとしたサービスロボットに分類している。
従来の産業用ロボットが、アーク溶接、スポット溶接、塗
装、シーリング、マテリアルハンドリング、搬送といった比
較的対象物の変化(作業環境の変化)が少ない作業へ適
用されてきたのに対し、次世代産業用ロボットは、多種多
様な形・大きさの部品、ケーブルのような形が定まらない
部品を作業対象とする配膳作業や組立て作業への適用
が期待されている。またサービスロボットは、施設や家庭
などにおいて人と作業空間を共有しながら、受付、案内、
生活支援等のサービス作業への適用が期待されている。
開発の取組み方
弊社では、次世代ロボットをシステムとして位置づけ、シ
ステムを構成する単一機能(移動機能、グラスピング機
能、環境認識機能等)を実現する部品をユニット、ユニット
を構成する部品(サーボシステム、制御コントローラ等)を
コンポーネントというように階層化して開発に取り組んで
いる(図2参照)。これにより、様々な形態の次世代ロボッ
トの開発を効率良く行い、最も時間を要するアプリケー
ションの開発に注力することを目指している。
システム
◆環境・対人認識から対人協調、自律へ
賢いロボットに育てていく。
STEP3
STEP3
対人協調
対人協調
STEP2
STEP2
対人認識
対人認識
STEP1
STEP1
環境認識
環境認識
STEP4
STEP4
自律
自律
次・次世代ロボットへの先駆け
(真に人の役に立つロボットへ)
ユニット
移動ユニット
アームユニット
ハンドユニット
ビジョンユニット
環境認識ユニット
対人安全
通信ユニット
バッテリーユニット
ナビゲーションユニット
、、、、、、、、、
、、、、、、、
工場内組立作業に適用可能な
アプリケーション
コンポーネント
エンコーダレスサーボ
ロードマップ
勿論、完璧な次世代ロボットが一朝一夕に開発されるわ
けではなく、幾つかのステップを踏むことになる。例えば、
サービスロボットでは、次の4ステップを想定している(図
1参照)。
アプリケーションに適したロボット開発
減速機一体形
アクチェータ
超小形軽量
アクチュエータ
モジュラー
小形分散MC
人と共存する中で自律性を高める
アプリケーション
サーボパック
図2.次世代ロボット開発の取組み方
キーテクノロジー
次世代ロボットの実用化には多くの技術の結集が必要
である。代表的な物を列挙すると、コミュニケーション、通
信、コントロール、超小型アクチュエータ、インフラ整備、
環境認識、移動体エネルギー、安全・安心等である。
ン温度計などの研究開発も行われているが、実プロセス
への適用に成功した事例は非常に少ない。今後、産総研
の技術シーズを中核として、実用性の高い新たな温度計
測技術や校正・評価方法の開発を進める計画である。
Parabolic mirror
Parabolic mirror
Amplifier
Sample holder
高速赤外放射温度計システムでは、波長10μm帯に感
度をもつ光起電力型のMCT素子に独自に開発した冷却
放射シールドや高速増幅回路を適用することにより、常温
付近において、0.01℃レベルの温度分解能を持つ赤外放
射温度計を開発した。さらに、赤外レーザーを光源とする
高速周期加熱システムに開発した赤外放射温度計システ
ムを適用することにより、薄膜材料の熱物性値測定に成
功した。
サーモリフレクタンス温度計システムでは、安定化され
た近赤外半導体レーザーを光源として、共焦点型顕微光
学系を用いた反射測定システムにより、10-5/℃レベルの
反射率の温度変化を高感度に測定可能とし、1μm以下
の高い空間分解能と1℃レベルの温度分解能を持つ顕微
温度計システムを開発した。本システムは、電子デバイス
の電極部における局所・高速な発熱現象の計測などへの
適用が期待されている。
Dewar
MCT
MCT detector
Radiation shield
図1.高速赤外放射温度計システム
CO2 laser
Mirror
Amplifier
Function generator
AOM driver
AOM
Lock-in
amplifier
Sample
+sample mount
reference
signal 1st-order
MCT
Infrared radiation
thermometer
output
人と協調して人の作業を
手助けするロボット
インフラ整備
コミュニケーション
IT環境、充電ステーション、
環境を認識し決められた
作業をこなしていくロボット
ヒューマンインタフェース、
安全規格、修理環境、、
IT活用、、
環境認識
ビジョンセンサ、力覚センサ、
通信
IDタグ、室内GPS、、
高速無線、赤外線、、
生活支援
介助・福祉
提供する
サービス
接客
移動体エネルギー
アーム制御 ハンド制御
施設内(商業施設、介護・福祉施設、オフィス等)での使用
家庭での使用
:接触度中
:接触度大
:複雑さ中
ターゲット
(働く環
境)
安全・安心
柔軟アーム、デザイン、、
:複雑さ大
図1.次世代ロボットロードマップ
ステップ1:環境を認識し決められた作業をこなしていくロ
ボット
ステップ2:人を認識しコミュニケーションをとりながら作業
するロボット
ステップ3:人と協調して人の作業を手助けするロボット
ステップ4:人と共存し自律して作業するロボット
高放射率(吸収率の高い)で拡散反射性の高い表面の
計測に有利な赤外放射温度計測技術と高反射率で鏡面
反射性の高い表面の計測に有利なサーモリフレクタンス
温度計測技術の高度化により、広範な測定対象の表面
温度計測への適用の可能性が高まるものと期待される。
oscilloscope
図2.高速熱物性システム
LD光源
検出器
コントロール
リチウムイオン電池、 燃料電池、、
搬送・清掃・案内
働く環境の複雑さ:小
計測標準研究部門では、黒体輻射則にもとづく温度標
準の開発・供給と併せ、放射温度計を中心とした非接触
温度計測技術の開発に取り組んでいます。電子デバイス
や半導体などの設計・製造・評価においては、微小領域
の高速な温度計測技術が求められており、これらのニー
ズに対応した温度計測技術として、マイクロ秒オーダーの
高速応答性をもつ赤外放射温度計システムやサブミクロ
ンスケールの空間分解能を持つ顕微型サーモリフレクタ
ンス温度計システムを開発した。
人と共存し自律して作業するロボット
人を認識しコミュニケーションを
とりながら作業するロボット
人との接触度:小
産総研計測標準研究部門温度湿度科放射温度標準研究室
石井順太郎
超小型アクチュエータ
超小型アーム、超小型ハンド、、
実用化には多くの技術の結集が必要で、ビジネスが広がる可能性がある
図3.次世代ロボットのキーテクノロジー
おわりに
次世代ロボットの市場は、次世代ロボットメーカーだけで
はなく、ユニットメーカー、コンポーネントメーカー、関連
サービス、利用サービス等の参入が不可欠である。自動
車産業と同じようなビジネスの広がりが実現されれば、6
兆円規模の市場が創出されるであろう。
半導体プロセスの微細化・高機能化にともない、より信
頼性の高い温度計測技術へのニーズが高まっている。多
くの半導体プロセスでは、非接触・非侵襲に1℃レベルの
測定精度を持ち、300mmウェーハなどの表面温度分布情
報をリアルタイムに入手可能な計測技術が求められてい
る。従来、熱電対センサ、白金抵抗温度センサなどの接
触式温度計の他、赤外放射温度計などの非接触センサ
が利用されているが、既存センサ技術にのみによる問題
解決は非常に困難な状況にある。上に紹介した赤外放射
測定技術やサーモリフレクタンス温度計測技術に加え、
音響(音速)温度計、偏光(エリプソメトリー)温度計、ラマ
NMIJ
対物レンズ
試料マウント
図3.共焦点顕微光学系による表面反射温度計測システム