放送文化基金「研究報告」 平成 13 年度助成・援助分 高齢者の色知覚とカラーテレビの好ましい色再現 代表研究者 共同研究者 磯野 山田 春雄 千彦 日本工業大学工学部 教授 日本工業大学工学部 特別研究員 目 的 我が国は高齢化が急速に進展しており、高齢者の視聴覚機能や情報受容特性の変化を考 慮したテレビジョンシステムや情報システムに関する検討が課題となっている。本研究で は、高齢者を対象に色覚の基本特性である色度空間周波数特性および時間周波数特性を解 析するとともに日本人の顔画像の好ましい肌色再現の加齢効果を測定し、高齢者にとって 見やすいテレビ画像やカラーテレビの好ましい色再現条件を明らかにする。さらに高齢者 と若年者の色の見え方の相違から、テレビ画面や Web 画面、交通標識などの色彩デザイン・ 評価に有効な客観評価システムを開発する。 方 法 1.色覚機能の加齢効果の測定 色覚の加齢効果を定量的に明らかにするための色度MTF測定装置を試作し、これを使 用して高齢者および若年者を対象に色度空間周波数特性および時間周波数特性を測定した。 色度MTF測定装置は、明暗一定条件で任意の補色対で構成される色度正弦波パターンを カラーモニター上に提示することが可能である。被験者は視力および色覚機能が正常な 60-70 歳の高齢者 10 人と若年者(平均 23 歳)10 人である。測定に使用した明暗一定条件 の色度空間正弦波パターンは、色覚の反対色チャンネル機構に対応させた赤―緑(主波長: 495nm とその補色主波長)の補色対パターンと黄−青(主波長 565-687nm)の補色対パタ ーンであり、これらのパターンに対する色のコントラスト弁別感度を測定した。 2.高齢者の記憶色に関する検討 人物の肌色はカラーテレビの色再現にとって最も重要であり、高齢者と若年者を対象に 顔画像の好ましい肌色再現に関する実験を行った。一般に顔画像の肌色は記憶色と呼ばれ、 人それぞれに好みの肌色が存在すると考えられている。一方、高齢になると色の見え方が 変化することから人物顔画像の好ましい肌色(記憶色)が若年者とどのように相違するの かを測定した。測定のためにカラーテレビ画像から肌色部分を検出し、その色だけを別の 色に自由に変換できる色変換器を試作した。この装置を使用して顔画像の好ましい肌色再 現に加齢効果が存在するか否かを検討した。 3.カラー画像における色の見易さの客観評価システム 視覚の分光感度特性に関する加齢効果の測定データに基づいて、カラー画像に対する輝 度コントラストを高齢者ばかりでなく各年代の人に対して客観的に測定評価するシステム を開発した。 結 果 1.色覚機能の加齢効果 人間は加齢に伴い色の見え方が変化し、高齢者は若年者に比べて青色系統の色の弁別感 度が低下すると言われている。この色覚の加齢効果を定量的に明らかにするため 60-75 歳 の高齢者を対象に視覚の色度空間周波数特性および時間周波数特性を測定し若年者と比較 した。本実験では色覚の反対色メカニズムに対応させて、明るさが一定で色度のみが正弦 波状に変化する赤―緑(主波長:495nm とその補色主波長)および黄―青(主波長: 565nm-445nm)の色刺激パターンを用いて色コントラストの弁別閾値を測定した。 13-01 図 1 および図 2 の結果から高齢者は色度の空間周波数特性および時間周波数特性の両者と もに、周波数のすべてにわたって全体的に色のコントラスト弁別感度の低下が見られ、赤 ―緑の色相よりも、特に黄―青の色相に対するコントラスト感度が若年者に比べて著しく 低下することが明らかになった。黄−青系統の色コントラスト感度の低下は、眼球光学系 における水晶体の黄色化、網膜から中枢に至る神経系結合特性の劣化などの加齢要因によ るものと推定される。 50 45 45 赤−緑 40 35 Y-B 若年者群 30 Old (R-G) Old (Y-B) Young (R-G) Young (Y-B) 25 20 15 0.1 色コントラスト弁別感度[dB] コントラスト弁別感度 (dB) 40 35 30 25 若年者R-G 20 高齢者R-G 高齢者群「 若年者Y-B 15 高齢者Y-B 10 1 0.1 10 空間周波数 (c/deg.) 図1高齢者の色度空間周波数特性 1.0 時間周波数[Hz] 10.0 図2高齢者の色度時間周波数特性 2.高齢者の記憶色の測定 カラーテレビ画像の色を任意の色に変換できる色変換器を試作し、これを用い て高齢者と若年者を対象に好ましい肌色(記憶色)の測定を行った。この装置は、 NTSC カラーテレビ信号中の任意の色(あるいは指定する色)を検出し、その色 だけを別の色に自由に変換できる。5 種類の人物の顔画像を対象に、高齢者、若年 者を対象に好ましい肌色再現を測定した。その結果、図 3 に示すように高齢者と 若年者の好ましい肌色の測定結果には多少相違が認められた。高齢者の場合、顔 画像の好ましい肌色の主波長は若年者の主波長に比べて長波長側の橙色方向にシ フトし、肌色の刺激純度は若年者に比べて白色点に近づく傾向にある。また、高 齢者の方が若年者に比べて好ましい肌色のばらつきが少ないこともわかった。次 に、高齢者の好ましい肌色再現の測定結果をもとに、現行 NTSC カラーテレビジ ョンの色再現の改善方法について検討した。その結果、図 4に示すように NTSC カラーテレビ信号におけるカラー副搬送波振幅 Ec および位相角θを高齢者では、 θ=113°,Ec= 26、若年者では、θ=119°, Ec=33 となるように色信号を伝送すれ ば、測色学的に忠実に肌色信号を伝送するよりも高齢者の色覚特性に適合した肌 色再現となることがわかった。 [高齢者,若年者の比較] 評価画像:女性A [若年者] 主波長 λd=583nm 0.6 560 570 580 0.55 [若年者] 刺激純度27.1% 肌色の平均色度座標 (u'=0.2217,v'=0.4801) [高齢者] 主波長 λd=586.5nm v' 0.5 0.45 白色点 0.4 0.15 0.2 590nm [高齢者] 刺激純度18.5% 肌色の平均色度座標 (u'=0.2161,v'=0.4667) 0.25 u' 0.3 0.35 13-01 肌色 黄 167° I 123° 赤 若年者 R-Y 90° 40 マゼンタ 61° 20 高齢者 Q 33 ° θ2 バースト 180° θ1 B-Y 0° 青 347° 緑 シアン -I 303° 図3 高齢者における好ましい肌色再現 図4 高齢者の好ましい肌色再現条件 3.カラー画像の見易さの客観評価システムの開発 視覚の基本特性である分光視感度特性は加齢とともに短波長側、すなわち青色系統の感 度が低下する。このため高齢者は青色系統の色画像が見づらく、カラーテレビ画像や Web 画像の配色設計、交通標識等の視環境設計で検討課題となっている。本研究では分光放射 輝度計で測定した色彩画像データをコンピュータに取り込み、視覚の分光視感度特性の加 齢効果を導入した計算アルゴリズムにより 15 歳-80 歳の各年代別に色彩画像の輝度コント ラストを計算し、カラー画像の見易さを各年代別に客観的に評価できるシステムを開発し た( 図 5 )。このシステムを使用してカラー画像における文字と背景の最適な配色条件や交 通信号色標識の見易さを計算した結果、色の組み合わせに対する主観的な見やすさの評価 結果と相関が高く、見やすさを年代別に客観的に測定評価できることがわかった。 図5 カラー画像の見やすさの年代別客観評価システム 謝辞 本研究の一部は、平成13年度放送文化基金の助成を受けて行われたものである。 研究発表 1.磯野、石橋: “高齢者の記憶色測定とカラーテレビ色再現への応用”、日本人間工学会、 第1回ジエロンテクノロジー研究会, pp.19-22 (2002 年5月) 2.Isono,H.and Kurata, K.: ”Age-related Changes in Chromatic Visual MTF and Preferred Display color Temperature”, The 22nd International Display Research Conference (Euro Display’02), pp.791-794 (Oct. 2002) 3. Isono,H. and Ishibashi,T. and Yamada, C.: ” Measurement of Memory Color for 13-01 Elderly People and its Application to the NTSC Color TV System”, The 9th International Display Workshops, pp.1275-1278 (Dec. 2002) 4. Isono.H. Kurata,K. Takahashi,S. and Yamada, C.: ”Visual- Chromatic Spatial and Temporal Sensitivity Functions (CSFs) in Elderly People”, The 10th International Display Workshops, pp.1499-1502 (Dec. 2003) 5. 高橋茂寿、北野烈士、磯野春雄:“高齢者を対象とした視覚の色度時間周波数特性”、 映像情報メディア学会 2003 年次大会(2003 年8月) 6. 磯野春雄、倉田浩二、山田千彦:“高齢者の視覚の色度空間周波数特性および 時間周波数特性”、映像情報メディア学会論文誌, Vol.57, No.12,pp.1697-1702 (2003) 連 絡 先 磯野 春雄 E-mail: [email protected] 13-01
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