CR撮影の考え方と注意点 - MT Pro

日本放射線技術学会雑誌
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臨床技術講座
CR撮影の考え方と注意点
船橋正夫(大阪府立急性期・総合医療センター画像診断科)
はじめに
る.ヒストグラムそのものの解説は他書に譲り,画像
一般撮影領域のデジタル化が1983年FCR
(Fuji Com-
全体のデータを用いたヒストグラム解析法の一例を示
puted Radiography)
の出現によりもたらされてから,
す
(Fig. 1)
.ヒストグラム解析によって決定された画
1)
21年が経過した .現在は複数社のCRを始めとして
像データのダイナミックレンジをL値とし,そのデー
FPD
(flat panel detector)
などが開発・発売され,一般
タの中央の感度指標値をS値という.L値とS値が決定
撮影領域のデジタル化は既成の事実となり,大規模施
されるメカニズムは以下の方式による.ヒストグラム
設から小規模施設に至るまで浸透しつつある.デジタ
が得られると,撮影部位の目的となる画像データの線
ル画像が持つポテンシャルを最大に生かすポイントは
量強度の範囲
(メインヒスト)
を決定し,その領域の最
画像処理技術と圧縮・転送・保管技術だということが
高値となる特異点をSmax
(S1)
とし,最小値となる特
できるが,この講座では,それらの進歩のなかで,医
異点をSmin
(S2)
とする.この各々の値をデジタル値
用画像としてデジタル画像を扱ううえで注意すべき重
に量子化する場合に,1024階調のどこに当てはめるか
要な事柄について考えてみたい.
を決定するのが,Qmax値,Qmin値である.これらの
近年の技術学会におけるCRを用いた研究発表を拝
特異点は撮影される部位によって異なり,あらかじめ
見していると,基本的な事項を理解しないまま画像処
メーカーにより設定されている.ここで,1024階調の
理の効果とパラメータの関係などを論じている発表を
中点となる511になる線量をSkとし,関係式S値=4×
目にする.このため,せっかくの発表が普遍性を持た
10(4−Sk)で定義される値がS値である.S値はこのよう
ない誰の役にも立たない情報となってしまっている.
に特異点を基準として設定されているが,部位によっ
発表に用いるシステムについての理解がより本質的な
てはメインヒストの中央にならない場合があり,この
研究への足がかりであるため,本文では忘れられてし
ことが多くの誤解の元となっている.
まったCRの特性を再度検証し解説する.
CRの画像処理の効果について検討する場合など
また,デジタル画像の撮影条件についてもデジタル
は,IP
(imaging plate)
に入射する線量を空中線量で表
特有の視点から撮影条件設定における考え方やエビデ
示すべきであり,S値を線量の代用値として用いるの
ンスとは何かについて,いくつかの考察を行った.
は明らかに間違った使用法である.なぜ間違っている
かを以下に解説する.
1.CRにおけるデータ収集
通常,入射線量や被曝線量を論じる場合は被写体ま
画像収集においてデータのダイナミックレンジを判
たは受光体に入射した最大の線量強度を代表値として
定し,表示上の濃度レンジを調整する機構が各社の
表現する.これはヒストグラム上の直接線領域を指し
CRやFPDで各々独自のアルゴリズムの元に用いられ
ている.ここで,同一被写体を同一条件で撮影し,L
ている.このなかで,最も複雑で注意を要するシステ
値のみが異なる場合を想定する
(Fig. 2a)
.この場合,
ム
(F社)
について考察する.
直接線領域は同じ位置になるが,L値が異なるためS
値は異なる値になる.次に,同一被写体でS値が同じ
1-1 ヒストグラム解析とS値・L値
場合を想定する
(Fig. 2b)
.ここでは,直接線の位置が
一般撮影領域のデジタル装置の濃度安定のための手
異なるため,実際には被曝線量やIPに到達した線量は
法としては,関心領域
(ROI)
のデジタル値の平均値よ
異なるということが分かる.このように,L値とS値
り全体の画像濃度を決定する方法と,ヒストグラム解
が同じ値の場合は,被曝線量やIPへの到達線量は比較
析法を用いる方法に大別することができる.ヒストグ
的近い値といえるが,どちらかの因子が異なる場合
ラム法もROI内のデータのヒストグラムを解析するも
は,同じ線量とはいえなくなるのである.S値を被曝
のと画像全体のヒストグラムを解析する方法とがあ
線量のモニターとし,X線量の代用値として使用する
第 61 卷 第 1 号
CR撮影の考え方と注意点
(船橋)
Fig. 2 S値とL値の関係
線量が同じときには異なるS値になり
(a)
,線量が
異なるときに同じS値になることがある
(b)
.
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a
b
Fig. 1 ヒストグラム解析の模式図
直接X線の位置が被曝線量を表すことになる.
ことの問題点のすべてがここに集約される.
あくまでも読み取られたデータの中央値と認
識すべきであり,撮影現場における簡易指標
として使用すべきものである.
1-2 L値と画像処理の関係
画像データの収集モードには,オートモー
ドとマニュアルモードがある.最近多くのユ
ーザーがマニュアルモードを多用していると
聞く.確かにマニュアルモードは機械に任せ
ず,撮影部位に必要な濃度とコントラストを
任意に決定できるので便利であるが,ここに
も問題点がある.マニュアルモードで調整を
行う多くのモニターは小型で決して広い表示
上のダイナミックレンジを持っていない.こ
Fig. 3 ヒストグラムとデジタル値
同じ被写体であっても,状況によってL値が変化
することがある.この場合,同じ部位であっても
デジタル値は異なる.
a
b
のため,モニター表示の上で最適となる場合
は,実際にはL値の広い濃度の高い画像にな
りやすい.出力したハードコピーは,データ的に欠損
て表されるが,それ以外にも影響を与える.周波数処
していることは少ないが,必ずしも狙った濃度やコン
理には,画像信号の大きさに応じて強調する程度を決
トラストを実現していない.こんな場合,そのままオ
めるテーブル
(RT)
があり,Fig. 4a,bのようにデジタ
ートモードを使用したほうが安定して好条件のハード
ル値の値が異なると強調する度合い
(太矢印)
が異なる
コピーを出力することができる.また,必ずしも適切
ことになる.照射野の大きさや散乱線の量が変化する
なL値とならないため,画像処理の効果にも影響を表
ことで画像全体のダイナミックレンジ
(L値)
が変化
す場合があり,十分な注意が必要である.
し,組織のデジタル値が変化する.非線形階調の場合
Fig. 3a,bに示すように,散乱線や照射野の影響な
は,コントラストが変化するうえ,周波数処理のかか
どで同じ被写体でL値が異なる場合を考える.被写体
り方も変化する.この結果として,同じ部位を同一条
内の同一部位を注視点とした場合,L値が小さい場合
件で撮影しても描出された画像は微妙に異なったもの
はQL値が200であるのに対して,L値が大きくなると
となり,検出能も変化する場合もありうるのである.
QL値は300となる.QL値の違いは画像上の濃度とし
このように,安易にマニュアル処理でL値を操作しす
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Fig. 4 デジタル値と周波数処理のかかり方
デジタル値が異なるとベータテーブルでの値が異なる結果となる場合がある.
a
b
ぎると思わぬ深みに陥り,自動的な画像収集よりも操
均等にデジタル化しており,1 目盛りの線量差は
作者の好みが付加される分だけ再現性を失うので注意
0.0061mRとなる
(Fig. 5a,b)
.よって,最も使用頻度
が必要である.われわれの施設では特殊な体位や被写
の高い 1mR前後の領域ではCRの線量差が小さいとい
体に対してのみマニュアルモードを用い,その他のす
うことになる.bit数の大小のみでシステムの性能を論
べての撮影はオートモードを使用している.
じることの難しさはここにある.では,この事実をも
う少し考察すると,対数のシステムの場合はこの領域
1-3 コントラスト分解能の考え方
以上の高線量領域
(50∼100mR)
では対数値が大きく変
コントラスト分解能は一般的には濃度領域の量子化
動するため必ずしも 1 目盛りの線量差は小さくない.
レベル
(bit/画素)
を用いて論じられる.しかし多くは
このように,使用するシステムをどの領域で使ってい
どのようなダイナミックレンジに対して何bitかを論じ
るかによっても発揮できる性能は異なるということで
ていないため,実質的なコントラスト分解能は不明と
ある.また,FPDが16bit
(65536階調)
であれば 1 目盛
いうのが現状である.通常,bit数の大きいシステムの
り 0.0015mRとなり,逆に優れていることになる.
ほうがコントラスト分解能は高いが,ここに大きな落
この使用された範囲におけるデジタル値 1 目盛り分
とし穴がある.CRは受光したIPをレーザースキャン
で表すことのできる線量差こそがデジタル画像におけ
し,輝尽発光光を集光してデジタル化しているが,そ
るコントラスト分解能の本質だと考える.システムの
のデジタル化に際しては,線量を対数軸にして量子化
特徴を把握するということはこれらを理解するという
している.これに対してFPDでは,線量を真数軸とし
ことである.
て量子化している
(Fig. 5a,b)
.この違いが大きな誤
解の元となっている.通常被写体透過後の線量がIP到
2.CRの撮影条件とは
達線量ということになるが,経験的には一般撮影領域
2-1 デジタル的に撮影条件を考える
の多くの部位の被写体透過後の線量は 1mR前後とな
骨の撮影条件はどのようなものが適切であるか,特
っている.Fig. 5aにみられるように,最もよく使われ
に最適な撮影管電圧の選択は,画像のコントラストを
る線量の範囲での対数値の変化量は大変小さいため,
決定するうえで重要な因子である.しかし,経験的に
12bit
(4096階調)
のデジタル値 1 目盛り
(1digit)
で表現
使用している管電圧のエビデンスは明確だとはいえな
される線量差は 0.0025mRとなっている.これに対
いのが現状である.そこで,デジタル画像の特徴を生
し,FPDはおよそ同じ線量範囲を14bit
(16384階調)
で
かして,適正な撮影管電圧を求める試みについて解説
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Fig. 5 グレイスケールの対数表示と真数表示
デジタル値 1 目盛り分で表すことのできるX線量の差がコントラスト分解能を表す.
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a
b
する.
Fig. 8と同様に狭まっていく.チェックのために入れ
骨のコントラストを再現するために炭酸カルシウム
たハウレットチャートによるノッチ
(矢印部)
も80kV
の濃度を変化させたステップを管電圧ごとに撮影し,
を超えると消失している.さて,デジタル画像の特徴
ヒストグラムの形状から最適な管電圧について検討す
は画像処理によってコントラストを自在に操作できる
る.炭酸カルシウムの濃度はFig. 6に示す.
ことにある.そこで,骨の描出が良好であった40kV
Fig. 7にX線管電圧ごとのヒストグラムを示す.Fig.
のコントラストを基準にしてすべてのX線管電圧の画
7aの40kVにみられるように,炭酸カルシウムの濃度
像を階調処理によって同一コントラストになるように
に応じてヒストグラムにステップ単位のピークが生じ
処理した
(Fig. 9)
.その結果,80kV以下のX線管電圧
ている.管電圧が上昇するにつれてこのピークの間隔
の画像は40kVに近いコントラストの画像に処理する
は狭まり,50kV
(Fig. 7c,d)
を超えると明らかにピー
ことが可能であった.しかし,100kVを超えた画像は
クの数が減少し始め,70kVを超えたあたりではわず
80kVの画像コントラストに近づけることは可能であ
かなピークを残すのみとなっている
(Fig. 7g∼i)
.この
ったが,40kVに近づけることは困難であった2).ここ
ことから,大変微小な骨のコントラストを描出する場
でいう困難とは,画像内の一部のコントラストは
合は50kV以下の電圧を用いるべきであるということ
40kVのコントラストと同様にすることはできるが,
が分かる.ヒストグラムの形状から,実際には45kV
画像内に
「白く」
または
「黒く」
潰れてしまうエリアがで
までがベターといえるかもしれない.もちろんピーク
きてしまい,画像全体としてバランスよく同じコント
が消失していても吸収差はコントラストとして残って
ラストにすることが困難だということである.デジタ
いるが,ピークの中間に位置するレベルのコントラス
ル画像処理には線形処理と非線形処理があり,階調処
トが著しく低下しているということである.では,コ
理などは処理後に画像を再度元の画像に変換可能な線
ントラストを操作できるデジタル特有の能力を利用し
形処理の部類に入る.それに対して,被写体内の組織
て,骨撮影のX線管電圧の上限を探ってみたい.
の線吸収係数の変化は入射したX線管電圧
(エネルギ
Fig. 8はX線管電圧を変化させて撮影した骨盤ファン
ー)
の上昇に対して非線形に変化するため,線形の画
トムの写真とヒストグラムである
(IP到達線量は一
像処理ではすべてに対応できないのである3,4).ここ
定)
.電圧が上昇するにつれてヒストグラムの形状は
で注目すべきは,骨の管電圧が80kVを超えると画像
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Fig. 6 実験に用いた炭酸カルシ
ステップの
ウム
(CaCO 3)
カルシウム含有量と比重
の関係
手指から手関節の骨吸収
に相当する.
a
b
c
d
e
f
g
h
i
Fig. 7 X線管電圧とヒストグラムの関係 I
炭酸カルシウムステップを管電圧を変化させて撮影した.管電圧が高くなるに従ってヒストグラムは狭くなる.
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Fig. 8 X線管電圧とヒストグラムの関係II
管電圧が上がるにつれて骨盤ファントムの画像コントラストは低下し,ヒストグラム上のハウレットチャートのノッチ
(矢印)
も消失する.
Fig. 9 画像処理と管電圧の関係
40kVの画像のコントラストに合わせて各管電圧の画像を階調処理した.
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処理を行っても骨としてのコントラストを維持できな
いということである.管電圧の上昇によって失われて
いる情報があるのではないかと推測される.
ヒストグラムを用いた炭酸カルシウムのステップと
骨盤ファントムの結果を総合すると,骨撮影の撮影管
電圧は80kV以下が望ましく,特に微細な構造や微小
コントラストを描出する場合は,50kV以下が適して
おり,管電圧が低いほどその傾向は強いということに
なる.
もちろん,一口に撮影条件と言っても,患者の年齢
や性別,撮影する対象となる部位,診断目的,その病
Fig. 10 被写体厚とL値の実験の幾何学的配置図
期等によって求める画質は異なり,また,使用するX
線発生装置によっても,表示される撮影条件と出力さ
れた実効エネルギーやX線量は異なる.
このように一律の根拠の元に,この撮影部位はX線
管電圧○○kV,××mAsで撮影すべきであると断定
的に論証することは困難である.施設ごとに求められ
る画質が全く異なるからである.この求める画質の違
いは,その施設の診療内容や特異性によっても影響を
受ける5).
このような状況のなかで,ここに示した結果は経験
的に使用している現状の撮影条件と大きく異なるもの
ではなく,また臨床的な疾患の検出能から得られたも
のではないが,デジタル画像のメリットを利用して撮
影条件のエビデンスを明確にする試みが可能であるこ
Fig. 11 被写体厚とL値の関係
L値が大きくなるにつれて描出できる階段数は増えて
いく.
とを示唆している.
2-2 X線管電圧と描出可能被写体厚
CRの場合,X線側の撮影条件と読み取りモードとの
関係は押さえなければならない重要な問題である.
Fig. 10は 1cmのアクリル板を用いてアクリル階段を作
成して実験した配置図である.L値を変化させながら
撮影した場合,L値が大きくなると描出できる階段数
は大幅に増加し,L値2.0で軽く20段を超えるが,階段
のステップごとのコントラストは低下していく
(Fig.
11)
.これに対して,L値を固定して,管電圧を上げた
場合の階段数の増加を表したのがFig. 12である.管電
圧を40kVから100kVにまで上げても,描出可能とな
るステップは 7 段ほどでしかない.この二つの実験か
ら,被写体厚の増加に対して,従来はX線管電圧での
み対応していたが,L値を広げて対応したほうが得策な
場合があるいうことが分かる.撮影条件の設定法に新
Fig. 12 被写体厚と管電圧の関係
管電圧が高くなるに従って描出できる被写体厚は増
加するが,40kVから100kVまで電圧を上げても 7 段
ほどしか厚さ情報は増加しない.
たなバリエーションが付加されたということである.
終わりに
するシステムは再現性に問題があり注意すべきであ
CRの落とし穴ばかりを記述したような文章になっ
る.目前に迫ったモニター診断の時代を踏まえて,デ
てしまったが,L値やS値の解説にみられるように,
ジタル画像のダイナミックレンジや空間分解能,出力
画像の品質にかかわる因子を撮影ごとに撮影者が操作
濃度,信号強度,ノイズレベル,再現性など,画像を
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管理するという意識がより一層求められるのだと思
など成し得ないのである.複雑化し多様化する医用画
う.実際にはモニターにおける表示観察系の因子も含
像システムのなかで,基本に忠実で柔軟な発想がより
めた管理が必要であるが,ネットワークに供給された
よい医用画像を生み出すのだと信じている.
画像の成り立ちを理解していなければモニターの管理
参考文献
1)岩崎信之:FCR画像処理解説書.
(2002)
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(2004)
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