量子もつれ

VII. 量子もつれ(Quantum Entanglement)
1
量子力学的重ね合わせの特殊な状態として、量子もつれ状態がある。
量子もつれは、量子力学の根幹的な性質に基づく奇妙な状態として、主に学問的興味から研究
が行われた。最近では、量子コンピュータや量子通信への応用に向けた研究が進められている。
本章では、この量子もつれについて述べる。
光子の偏波状態
量子もつれの説明に際しては、光子の偏波に関するもつれ状態が恰好の題材となる。
そこで、まずは光子の偏波状態について。
古典的には光は電磁波。
電場・磁場は、伝播方向に対して垂直方向に振動しながら伝播する(横波)。
垂直方向は2次元平面なので、振動方向には2次元の自由度がある。
この垂直2次元平面内の振動に仕方を「偏波」という。
通常、光の偏波状態は縦振動成分と横振動成分に分解して記述される。
横直線偏波
y
y
縦直線偏波
z:進行方向
x
z:進行方向
( E x , E y )  E0 (1,0)e it
( E x , E y )  E0 (0,1)e it
x
右斜め45度直線偏波
右廻り円偏波
Ey
Ey
Ex
Ex
(E x , E y ) 
E0
2
(1,1)e it
左斜め45度直線偏波
E
E
( E x , E y )  0 (1, e i )e it  0 (1,1)e it
2
2
(E x , E y ) 
E0
2
(1, e i / 2 )e it 
E0
2
(1, i )e it
左廻り円偏波
E
E
( E x , E y )  0 (1, e  i / 2 )e it  0 (1,i )e it
2
2
直交する2つの振動成分は、偏波ビームスプリッタ(PBS)により分離される。
偏波ビーム
スプリッタ
(PBS)
ところで、光子は光の最小単位なので、2つに分かれることはない。
なので、2つの成分に分けることはできない。
では、1光子の偏波状態はどう考えればよいか?
1光子レベル
減衰
偏波ビーム
スプリッタ
(PBS)
ある時はPBS透過、ある時はPBS反射。
透過であれば「横偏波光子」、反射であれば「縦偏波光子」としてよいであろう。
つまり、ある時は横偏波、ある時は縦偏波、どちらであるかはPBS前は不明。
これは、重ね合わせ状態に他ならない。
|V>:縦偏波光子状態
|H>:横偏波光子状態
|Y> = cH|H> + cV|V>
例えば、
減衰前
右斜め45度直線 →
1光子
1
1
| D 
|H
|V
2
2
左斜め45度直線 →
| D 
1
右廻り円 →
| R 
1
左廻り円 →
| L 
1
2
2
2
|H
1
|H
i
|H
i
2
2
2
|V
|V
|V
2
ところで、基底状態は着目している物理量によって決まる。
3
着目する物理量が異なれば、それぞれに基底状態が定義され、量子状態の表し方も違ってくる。
l/4板
減衰
PBS
|R>
|Y> = cR|R> + cL|L>
観測物理量は{|R>、|L>}
|L>
量子もつれとは
2つの光子をまとめてひとつの量子状態(掛け合わせ状態:product state)と見倣すとする。
2光子系の偏波状態は、1光子について縦・横の2通りなので、2×2=4通り。
なので、一般には4状態の重ね合わせ。
| Y  c HH | H 1| H  2 c HV | H 1| V  2 c VH | V 1| H  2 c HH | V 1| V  2
|H>1|H>2:光子1が横偏波、かつ光子2が横偏波
|H>1|V>2:光子1が横偏波、かつ光子2が縦偏波
|V>1|H>2:光子1が縦偏波、かつ光子2が横偏波
|V>1|V>2:光子1が縦偏波、かつ光子2が縦偏波
このうち、特殊な形態として、次式で表される重ね合わせ状態が考えられる。
1
1
| Y1 
| H 1| H  2 
| V 1| V  2
2
2
| Y2 
1
| Y3 
1
| Y4 
1
2
2
2
| H 1| H  2 
1
| H 1| V  2 
1
| H 1| V  2 
1
2
2
2
| V 1| V  2
| V 1| H  2
| V 1| H  2
このように表される状態を「量子もつれ」という。一般的には、
| Y 
1
1
{| 1 a | 1  b  | 2 a | 2  b } または | Y 
{| 1 a | 2  b  | 1 a | 2  b }
2
2
|1>、|2>:基底状態
4
量子もつれの性質
観測前は重ね合わせ(確率状態)。
観測すると、|H>1|H>2 または |V>1|V>2 のどちらかに確定(|Y1>の場合)
◆ 一方の光子だけをみていると、|H>か|V>か完全にランダム(確率1/2)。
◆ 2光子の測定結果を照らし合わせると相関あり。
光子1が|H>なら光子2も必ず|H>
(但し、どちらの相関かは観測するまで不明)
光子1が|V>なら光子2も必ず|V>
◆相関特性は2光子間の距離には依存せず。
◆ 相関関係は基底系を変えても成立
1
(| H  i | V )
2
1
| L 
(| H  i | V )
2
1
(| R   | L )
2
i
| V  
(| R   | L )
2
| R 
| H 
1
| Y 
{| H 1| H  2  | V 1| V  2 }
2
1

{(| R 1  | L 1 )(| R  2  | L  2 )  (| R 1  | L 1 )(| R  2  | L  2 )}
2 2

1
2 2
{| R 1| R  2  | R 1| L  2  | L 1| R  2  | L 1| L  2
 | R 1| R  2  | R 1| L  2  | L 1| R  2  | L 1| L  2 }

1
2
{| R 1| L  2  | L 1| R  2 }
光子1が|R>なら光子2は必ず|L>
光子1が|L>なら光子2も必ず|R>
古典相関との比較
単に2光子の測定結果に相関があるというだけなら、次の系でも同様の結果を得ることは可能。
信号源
偏波ビーム
スプリッタ
偏波変調
|H> または |V>
1
2
偏波ビーム
スプリッタ
偏波変調
|H> または |V>
作られる状態は、
5
| Y | H 1| H  2 または | Y | V 1| V  2
◆ 一方だけでは、|H>か|V>かはランダム。
◆ 両者を照らし合わせると相関あり。
光子1 が|H>なら 光子2 も|H>
光子1 が|V>なら 光子2 も|V>
(一見、量子もつれと同じ)
But、第3の条件が満たされない。基底を換えると、
1
| Y  {| R 1| R  2  | R 1| L  2  | L 1| R  2  | L 1| L  2 }
2
または
1
| Y   {| R 1| R  2  | R 1| L  2  | L 1| R  2  | L 1| L  2 }
2
光子1 が|R>の時、光子2 は|R>と|L>どちらもあり。→ 無相関
もつれ状態の確率振幅について
量子もつれとなるためには、重ね合わせの係数(確率振幅)は以下である必要あり。
|確率振幅|2= 1/2、かつ位相差が0またはπ
一般的に
| Y  c1 | H 1| H  2 c2 | V 1| V  2
(|c1|2 + |c2|2 = 1)
としてみる。これでも、「一方が |H> なら他方は必ず |V>」は成立。
これを円偏波基底系へ書き換えると、
1
| Y  {c1 (| R 1  | L 1 )(| R  2  | L  2 )  c2 (| R 1  | L 1 )(| R  2  | L  2 )}
2
1
 {(c1  c2 ) | R 1| R  2 (c1  c2 ) | R 1| L  2
2
 (c1  c2 ) | L 1| R  2 (c1  c2 ) | L 1| L  2 }
量子もつれとなるには
(規格化)
c1 = c2: |Y> = c1 |R>1|L>2 + c1 |L>1|R>2 
1
c1 = - c2: |Y> = c1 |R>1|R>2 + c1 |L>1|L>2 
1
2
2
| R 1| L  2 
| R 1| R  2 
1
2
| L 1| R  2
1
2
| L 1| L  2
6
量子もつれ発生法
量子もつれ状態の発生には、光非線形現象が用いられる。
例えば、四光波混合または光パラメトリック増幅。
四光波混合:周波数 fp のポンプ光と周波数 fs のシグナル光を同一偏波状態で入射すると、
2fp – fs の周波数位置に同一偏波の新たな光(アイドラー光)が発生する非線形現象。
ポンプ光
ポンプ光
光非線形媒質
シグナル光
シグナル光
アイドラー光
光周波数
光周波数
光パラメトリック増幅:ポンプ光(fp)とシグナル光(fs)からアイドラー光(2fp – fs)が発生す
ると、ポンプ光とアイドラー光から2fp – (2fp – fs) = fs の周波数位置に新たな光が発生す
る。この光は、同位相でシグナル光に付け加わる。これによりシグナル光が増加。すな
わち増幅。シグナル光が増幅されると、それに連れてアイドラー光も増加。
P
S
P
光非線形媒質
S
I
光周波数
光周波数
ところで、光増幅現象には、必ず自然放出が伴う。光パラメトリック増幅も同様。
P
P
光非線形媒質
光周波数
S
I
光周波数
パラメトリック自然放出の源はポンプ光。光子で言うと、ポンプ光子からシグナル光子とア
イドラー光子が発生。ここで、各光子のエネルギーは、
ポンプ光子:hfp、シグナル光子: hfs 、アイドラー光子: h(2fp - fs) (h:プランク定数)
エネルギー保存を考えると、
ポンプ光子2個からシグナル光子とアイドラー光子が1個ずつ発生。
2×hfp = hfs + h(2fp – fs)
つまり、シグナル光子とアイドラー光子は必ずペアで発生。
かつ、その偏波状態はポンプ光と同一。
この光子発生現象を利用して、下図の構成により、量子もつれ状態を実現する。
| H s | H i
シグナル光子1
PBS
アイドラー光子1
非線形媒質1
ポンプ光
| V s | V i
シグナル光子2
アイドラー光子2
非線形媒質2
PBS
|Y
1ペアの発生確率 = r とすると、
非線形媒質のどちらか一方で光子ペア発生の確率: r(1-r)
両方で光子ペア発生の確率: r2
r:小だと、
r(1 – r) >> r2 ⇒ 両方で光子ペアが発生する確率は微小
出力PBSから光子ペアが出力されたときに、
媒質1で発生したペアであれば |H>s|H>i、
媒質2で発生したペアであれば |V>s|V>i、
どちらであるかは、観測しないと不明。 ⇒ 重ね合わせ状態
| Y 
1
{| H s | H i  ei | V s | V i }
2
規格化
定数
媒質1で発生
( :経路の位相差)
媒質2で発生
( = 0 とすると)
| Y 
1
{| H s | H i  | V s | V i }
2
量子もつれの応用
量子暗号
量子コンピュータ
量子テレポーテーション
量子中継
量子ネットワーク、など、、、、
量子もつれ
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