ユークリッドの互除法と不定方程式(平成16年) ユークリッドの互除法は, 現在, 我が国の初等・中等教育からほとんど疎外されている. 代数学なかでも数論における「ユークリッドの互除法」の果たす役割を改めて考えな おし, 初等教育の段階から指導する必要を感じている. 「整数が素因数分解出来れば, ユークリッドの互除法はいらない 」これがいまの教育 現場の考え方のように思えてしかたがない. そこで, ユークリッドの互除法が, 古くから どのように重んじられてきたかを記してみたい. 1. ユークリッドの互除法 補助定理1 (a, b) : a と b の最大公約数とする a をbで割った商をk、余りを c とすると, (a, b) = (b, c) ( 証 明 ) a, b の公約数を k とおくと a = ka', b = kb' ただし (a', b') = 1 a = kb + c だから, c = a-kb = k(a'-kb') ∴ a, b の公約数は b, c の公約数である. 同様にして, b, c の公約数は a, b の公約数である. a, b の公約数の集合 = b, c の公約数の集合 ∴ (a, b) = (b, c) 定理(ユークリッドの互除法) a をbで割った余りをcとし, b を c で割った余りをd とし, 以下続けると (a, b) = (b, c) = (c, d) = …… = (l, 0) l が a, b の最大公倍数である. -1- ただし、a > b > c > d > … > l 補助定理2 (a, b) = (b, a) …………………………① (a, b) = (a-b, b) …………………………② (証明) ①は自明 ②について a, b の公約数を k とする. a = ka', b = kb' (a', b' : 整数) ∴ a-b = k(a'-b') よって a -b と b の公約数は k となる. 逆に, a-b と b の公約数を d とすると a-b = db', b = db" (b', b" : 整数) a = b + db' = d(b" + b') よって, a と b の公約数の全体は a-b と b の公約数の全体は等しい. ∴ (a, b) = (a-b, b) 古代中国ノ算書「九章算術」は, 後漢の初頭(一世紀)頃, 従来からあった中国の数学 を集大成して出来上がったものである. 方田の章六題に次のようにユークリッドの互助 法を用いて, 分母分子の最大公約数を求めている. 「また、 九十一分の四十九がある。 問うに、これを約すといくらか」「答えて曰く、 別に分母分子の数を置き(副置)、小さい数を大きい数からこもごも減じて、 (更相減損) 等数を求める。等数で分母分子を約す」 (副置分母子之数、以少減多、更相減損、求其等也、以等数約之) 49 49 7 7 7 7 7 7 91 42 42 35 28 21 14 7 ユークリッド原論第7巻2題には, 「互いに素でない2数が与えられたとき, それらの 最大公約数を見いだすこと」がある. 2数と単位数が線分として扱われている. 2線分の 差で小の線分を引き, その差が単位線分を残すまで続ける. その差が元の2数の約数のと き, この差を最大公約数とする. -2- (注)ユークリッドの互除法は, 英語で Euclid's algorithm といい, ギリシャ語では Antanairesis といい, 反復減法という意味をもつと云われる. 2. 不定方程式 次の不定方程式を考えてみたい. 1) Diophantos の方程式 ax + by = c ただし, (a, b) = c 2) Pell の方程式 x2-Ny2 = m 3) Pythagoras 数 x2 + y2 = z2 z y ただし, x, y, z は正の整数 x Diophantos の方程式 (a, b) = c のとき ax + by = c を満足する整数 x, y が存在する. (証明) a = a1, b = a2 とおき, ユークリッドの互除法により a1 = k1a2 + a3 (0 < a3 < a2) ……………(1) a2 = k2a3 + a4 (0 < a4 < a3) …………… (2) a3 = k3a4 + a5 (0 < a5 < a4) …………… (3) ………… an-1 = kn-1an + an+1 (0 < an+1 < an ) …………(4) an = kn an+1 ………………………… (5) (1),(2) より a4 = - ak2 + b(1 + k1k2) ……………(6) (3),(6) より a5 = a(1 + k2k3)-b(k1 + k3 + k1k2k3) 以下, 同じようにして an+1 = ax + by ただし, x, y : 整数 an+1 は a, b の最大公約数 (a, b) = c である. アールヤバティーヤの解法 Diophantos 方程式の解法を記した最古の書は, 古代インドの天文学書「アールヤバテ ィーヤ」だと言われている. その解法は, 次のようになものであったとされている. -3- (A ) ax + c = by (1) b を a で割り, 商を q 余りを r とすると ただし, (a, b) = c b = aq + r (2) x = qy + z (B ) az + c = ry ∴ (r < a) ax + c = (qa + r) y とおく. 以下, 未知数の係数をユークリッドの互除法を用いて, 次々と小さくしていくと最後に は次の方程式に達する. ( C) 1・v + c = sw ま た は 1・v - c = sw ( C)から逆算することで x, y が w の整式で表される. 現代の我々の解法と同じであ る. Pell の方程式 x2 -2y2 = 1 この方程式の解 2 の近似分数は, ている. 17 B.C.400 年頃古代インドやギリシャで求められ 577 古代インドの Bandhayana は , 12 , 408 を得ている. プロクロス(410~485)によると , ピタゴラス学派は次の作図を行っている F と記している. (図 1) 辺 AB を次のように延長して, d2 E BC = AB, CD = EB とする. AD2 + CD2 = (AB + BD)2 + (BD-AB)2 d1 = 2AB2 + 2BD2 A s1 B C s2 (図 1 ) CD2 = EB2 = 2AB2 だから D AD2 = 2BD2 = FD2 ∴ BD = AB + EB, FD = AD = 2AB + EB AB = s1, BD = s2, EB = d1, FD = d2 とおくと s2 = s1 + d1, d2 = 2s1 + d1 ∴ sn+1 = sn + dn, s1 = 1, d1 = 1 dn+1 = 2sn + dn とすると -4- s1 = 1 d1 = 1 , s2 = 2 d2 = 3 , s3 = 5 d3 = 7 , s4 = 12 …… d4 = 17 , ∴ d4 17 d 8 577 = , = s4 12 s8 408 3 ユークリッドの互除法との関係 古代中国の九章算術では, 数の間の変換「更相減損」を行って, 最大公約数を求めた. その変換は, 次のようにと ST または TS 表される. S x > y のとき (x, y) → (x-y, y) T x < y のとき (x, y) → (x, y-x) のとき ST: TS: S (x, y) → (x-y, y) T (x, y) → (x, y-x) T → (x-y, 2y-x) S → (2x-y, y-x) 一方, ピタゴラス学派による変換は, 正方形の辺(数) s と対角辺(数) d の間の変 換 は , BA 次のようにと表される. B A BA: (s , d) → (s, s + d) → (2s + d, s + d) 2 つ の 1 次 変 換 BA, ST は, 次のように表されるから BA: d' = 2s + d s' = s + d … … … … … (1) ST: x' = x - y y' = - x + 2y … … … … (2) (1)は(2)の逆変換であることが分る. (注)ピタゴラス学派は, ユークリッド原論 II.10 を用いてこの作図を証明したといわれ ている. 4 アルキメデスの解法 アルキメデス(B.C.3 世紀)は, 3 の近似分数として その求め方は, 次の近似式によるものと推測されている. -5- 265 1351 を得た. , 153 780 b a ± 2a ± 1 3 の計算 5 ( a) 3 < 3 < a2 ± b < < a ± b 2a (複号同順)…………(*) 7 4 3 = 22-1 と変形して , 3 の近似値を 2 として 1 1 不等式(*)を用いると 2 - < 22-1 < 2 - 2×2-1 2×2 5 7 < 3 < ∴ 3 4 1 < 3< 4 で ( b) 19 < 11 3 < 5 < 3 26 15 7 5 < より, 分母を払い 4 27 の近似値を 5 として , 27 = 52 + 2 用いると 5 + < 52 + 2 < 5 2×5 + 1 57 26 19 < 3 3< < 3 < ∴ 11 5 11 ( c) 3 < 265 < 153 19 < 11 3 < 3 < 1351 780 26 15 より, 分母を払って 27 < 21 4 2 と変形して, 不等式(*)を 2 + 2×5 26 15 285 < 11 675 < 26 675 = 26 2 - 1 と変形し, 不等式(*) 675 の近似値が 26 として , 1 1 を 用 い る と 26 - < 262 -1 < 26 - 2×26-1 2×26 1325 1351 265 1351 < 15 3 < < 3 < ∴ 51 52 153 780 (注)近似を左右交互に行っている. (注)我々は, 連分数で次のように計算する. 3= 1 + 1 … 1 + 2 + 1 + 2 + 1 1 1 -6- 5 ブラフマグプタ(7世紀)の解法 pell の方程式 (x2 ∵ x2 -Ny2 -Ny2)(z 2-Nt2) (x2 (m≠0) について, 次の恒等式が成り立つ. = m = (xz ± Nyt)2-N(xt± yz)2 -Ny2)(z2-Nt2) (Brahmaguptaの恒等式) = x2z2 + N2y2t2-N(x2t2 + y2z2) = (xz ± Nyt)2-N(xt± yz)2 ( 注 ) p2 -Nq2 = m, r2-Ns = n (x, y) = x2-Ny2 ⇒ (pr ± Nqs)2-N(ps ± qr)2 = mn と置くと (p, q)(r, s) = (pr + Nqs, ps + qr) (pn, qn) を、次のように置くと (p0, q0) = (r, s), (pk, qk) = (p, q)(pk-1, qk-1) (p1, q1) = (1, 1) (p2, q2) = (2p1 + 3q1, p1 + 2q1) = (5, 3) (p3, q3) = (2p2 + 3q2, p2 + 2q2) = (19, 11) (p4, q4) = (2p3 + 3q3, p3 + 2q3) = (71, 41) (p5, q5) = (2p4 + 3q4, p4 + 2q4) = (256, 153) ……………… (pn, qn) は x2-3y2 = -2 の解だから 2652-3 × 1532 = - 2 (p1, q1) = (2, 1) (p2, q2) = (2p1 + 3q1, p1 + 2q1) = (7, 4) (p3, q3) = (2p2 + 3q2, p2 + 2q2) = (36, 15) (p4, q4) = (2p3 + 3q3, p3 + 2q3) = (362, 209) (p5, q5) = (2p4 + 3q4, p4 + 2q4) = (1351, 780) ……………… (pn, qn) は x2-3y2 = 1 の解だから 13512-3 × 7802 = 1 -7- x2-Ny2 = m と置くと x 1 m - N= y y x + y N x m に対して x, y が大ならば, が y 2652-3× 1532 = -2, 13512-3× 7802 = 1 265 < 153 3 < 6 Pythagoras 数の解法 N の近似値となるから から 3 の近似値 265 1351 , が考えられる. 153 780 1351 780 x2 + y2 = z2 ただし, x, y, z は正の整数 (x, y, z) = d ≠ 1 のとき, 上式は両辺を d2 で割ればよいので, (x, y, z) = 1 と仮定する. x, y, z のうち2つが1ではない公約数をもつと, 残りは1ではない公約数をもつ. よっ て, のうちいずれの2つは互いに素となる. x, y, z つぎの4通りが考えられる. (i) x: 奇数, y: 奇数, z: 偶数 (ii) x: 奇数, y: 奇数, z: 奇数 (iii) x: 奇数, y: 偶数, z: 奇数 (iv) x: 偶数, y: 奇数, z: 奇数 ( iii) ,( iv) は x, y を交換したものだから, 同じものと考えられるので, (i),(ii),(iii)の3 通りについて考える. ( i) ,( ii)に つ い て x ≡ 1 (mod.2), y ≡ 1 (mod.2) x2 ≡ 1 (mod.4), y2 ≡ 1 (mod.4) ∴ x2 + y2 ≡ 2 (mod.4) z2 ≡ 2 (mod.4) ではないから, (i).(ii)は成り立たない. ( iii)について , y2 = (z + x)(z-x) …………(1) y: 偶数 だから y2 ≡ 0 (mod.4) x: 奇数, z: 奇数 だから z + x, z-x : 偶数 z + x = 2m, z-x = 2n (m,n: 正整数 x = m-n, (m,n: 互いに素) ………………………(3) z = m + n -8- m > n) とおく ……(2) (x, z) = 1 だから (m, n) = 1 ∵ (m, n) = d ≠ 1 とすると n = dm x = m(1-d), z = m(1 + d) a2 + b2 (x, z) = m ≠ 1 2ab ( 1) ,( 2) よ り y2 = 4mn ……………(4) m, n は完全平方数だから m = a2, n = b2 ……(5) a2-b2 m > n より y2 = 4a2b2 ∴ y = 2ab …………………(6) ( 3) ,( 5)より x = a2 - b2, x = a2 - b2, z = a2 + b2 (a > b) y = 2ab, z = a2 + b2 (a > b) (Brahmagupta) (注)次のものはよく知られた例である. 1) a = 2, b = 1 のとき x = 3, y = 4, z = 5 2) a = 4, b = 1 のとき x = 15, y = 8, z = 17 3) a = 3, b = 2 のとき x = 5, y = 12, z = 13 4) a = 4, b = 3 のとき x = 7, y = 24, z = 25 引用文献 [1] B. L. van der Waelden: Geometry and Algebra in Ancient Civilizations Springer-Verlag 1983 [2] Thomas L. Heath: The Thirteen Books of Euclid's Element Vol.2 Dover 1956 [3] Thomas L. Heath: A History of Greek Mathematics Vol. 1 Dover 1981 [4] Leonard E. Dickson: History of the Theory of Numbers Vol. II Chelsea 1971 [ 5] 数 門 1999 北村 [ 6] 初等整数論講義 2000 高木 貞治 [ 7] アルキメデスを読む 1999 上垣 渉 論 入 泰一 著 槙 書店 著 岩波 書店 著 日本評論社 [8] V. S. Varadarajan: ALGEBRA in ancient and MODERN TIMES, American Mathematical Society, 1998 -9-
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