補体と歯周病 - 新潟大学歯学部

最 近 の ト ピ ッ ク ス
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最 近 の ト ピ ッ ク ス
補体と歯周病
―補体 -TLR と歯周病原細菌の相互作用―
Complement and Periodontitis
-Interactions of Periodontal Bacteria
with Complement and Toll-like
Receptor新潟大学大学院医歯学総合研究科 歯周診断・再建学分野
新潟大学超域研究機構
導され,レクチン経路は病原菌表面のマンノースにマン
ノース結合レクチンが結合することに誘導され,第二経
路は病原体表面で直接的に誘導される。その中でも第二
経路は,全体の補体系の活性化の 80%以上をこの経路
が占めているとされる 6)。活性化の出発点は異なるが,
いずれの経路でも C3 転換酵素が活性化し,様々なエフェ
クター分子が誘導される。その分子の中でも C3a と
C5a は,それぞれ特異的な G タンパク質共役受容体で
ある C3a 受容体と C5a 受容体を活性化し,白血球の遊
走と活性化に関わる。また,C3b と iC3b はオプソニン
土門久哲
として作用し,補体受容体を介して食細胞の貪食能を促
Division of Periodontology, Department of Oral Biological
進する。そして最終的に生成された C5b-9 が病原体の膜
Science, Niigata University Graduate School of Medical and
Dental Sciences
Center for Transdisciplinary Research, Niigata University
Hisanori Domon
表面を直接攻撃して融解させる。
歯周疾患と補体の関連についても様々なことが報告さ
れている。歯周炎患者の歯肉溝滲出液(GCF)に含ま
れる補体と活性化した補体断片が,健常者と比較して豊
富に含まれること 3, 7),また歯周治療により減少するこ
とが報告されている 8)。GCF 中に含まれる補体濃度は,
【は じ め に】
血清中のそれと比較して約 70 ~ 80%であるが,活性化
した補体断片はむしろ GCF 中で高濃度に含まれること
補体は宿主の防御機構において重要な働きをしてお
も判明している 3)。この様な歯肉局所における補体の活
り,炎症性細胞のリクルートや活性化,細菌のオプソニ
性化が,血管拡張と透過性の亢進及び炎症性浸出液を増
ン化や貪食・融解等を活性化する作用があり,近年では
加させ,好中球を中心とした炎症性細胞をリクルートす
Toll-like receptor(TLR)等の他のシステムの調節にも
ることにより歯肉の炎症を促進している可能性がある。
関わることが報告されている 1)。補体はさらに直接もし
一方で,すべての補体成分の活性化が炎症を惹起させる
くは抗原提示細胞への作用を通して B 細胞と T 細胞の
とは限らない。例えば C3b は歯周病原細菌のオプソニン
双方の活性化を調節することにより自然免疫と獲得免疫
化と食細胞による貪食を促進することが報告されている。
の橋渡しをしている 2)。一方で補体の過度の活性化や調
【補体 -TLR と P. gingivalis の相互作用】
節機構の破綻が炎症を増強し,組織破壊に関わる可能性
がある。歯周病は口腔内感染による慢性炎症性疾患であ
り,近年では心臓血管疾患や糖尿病などの全身疾患にも
最近,P. gingivalis が補体と TLR の相互作用を巧み
影響を与えると言われている。また臨床的,組織学的に
に利用して宿主の免疫応答を抑制するという新しい知見
歯周組織の炎症活動と局所の補体活性との間には関連が
が得られた 5)。P. gingivalis は,自身の持つリポタンパ
3)
あると言われており ,歯周病原細菌の一つである
クが TLR2 を刺激して炎症反応を誘導するほか,ジン
Porphyromonas gingivalis (P. gingivalis) は補体分子を
ジパイン,lipopolysaccharide,fimbriae 等の様々な病
破壊したり 4) 補体受容体を巧みに利用 5) することで宿
原因子を持ち,歯周病の病態形成に関わる。その中でもジ
主の免疫機構を破綻に導いていることが明らかになりつ
ンジパインは P. gingivalis の産生する主要なプロテアー
つある。
ゼであり,生体タンパク質の分解を引き起こし,宿主細胞
に傷害を与える。また血清中の補体成分 C5 を C5a に分
【歯周組織における補体とその働き】
解して補体経路の一部を調節することが報告されている
4)
。
補体系の活性化には,古典経路,レクチン経路,第二
マウス腹腔マクロファージを採取して培養し,培養液
経路の三つの経路がある。古典経路は抗体抗原複合体が
中に P. gingivalis と C5a を同時に添加して刺激を行う
C1 サブユニットである C1q に認識されることにより誘
と,マクロファージによって貪食された P. gingivalis
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新潟歯学会誌 40
(2)
:2010
(共同研究者)
University of Louisville School of Dentistry, Oral
Health & Systemic Disease
Dr. George Hajishengallis
【参 考 文 献】
1)Zhang X, Kimura Y, Fang C, Zhou L, Sfyroera G,
Lambris JD, Wetsel RA, Miwa T, Song WC:
Regulation of Toll-like receptor-mediated
inflammatory response by complement in vivo.
Blood, 110: 228-236, 2007.
2)Dunkelberger JR, Song WC: Complement and
its role in innate and adaptive immune
responses. Cell Res, 20: 34-50, 2010.
図1 TLR2 と C5a 受容体のクロストーク
3)Hajishengallis G: Complement and periodontitis.
Biochem Pharmacol, in press, 2010.
の細胞内での生存率が大幅に上昇し,また細胞内 cAMP
4)Wingrove JA, DiScipio RG, Chen Z, Potempa J,
活性は上昇する。C5a 刺激単独では cAMP 活性が上昇
Travis J, Hugli TE: Activation of complement
しないことより,P. gingivalis と C5a が相乗作用するこ
components C3 and C5 by a cysteine proteinase
とによるものと考えられた。また P. gingivalis 単独刺
(gingipain-1) from Porphyromonas (Bacteroides)
激の場合,マクロファージから NO 産生が誘導され,そ
gingivalis. J Biol Chem, 267: 18902-18907, 1992.
れにより P. gingivalis は細胞内で殺菌されることが NO
5)Wang M, Krauss JL, Domon H, Hosur KB, Liang
合成阻害剤の使用により確認された一方で,C5a の添加
S, Magotti P, Triantafilou M, Triantafilou K,
によって NO 産生が優位に低下することが判明した。ま
Lambris JD, Hajishengallis G: Microbial hijacking
た cAMP 合 成 阻 害 薬,PKA 合 成 阻 害 薬 に よ り P.
of complement-toll-like receptor crosstalk. Sci
gingivalis が誘導する NO 産生が阻害された。上述した
Signal, 3, 2010.
C5a 添加による様々な現象は C5a 受容体ノックアウト
6)Harboe M, Mollnes TE: The alternative
マウスの使用により無効化され,また P. gingivalis と
complement pathway revisited. J Cell Mol Med,
C5a の 相 互 作 用 に よ る cAMP と PKA 活 性 の 上 昇 が,
12: 1074-1084, 2008.
TLR2 ノックアウトマウスの使用により無効化された。
7)Niekrash CE, Patters MR: Assessment of
以上のことを総合すると P. gingivalis は TLR2 を直接
complement cleavage in gingival fluid in humans
刺激する一方,
(ジンジパインが C5 を C5a に分解して)
with and without periodontal disease. J
間接的に C5a 受容体を刺激して cAMP-PKA 経路を活性
Periodontal Res, 21: 233-242, 1986.
化し,それがマクロファージによる NO 産生を抑制する
8)Niekrash CE, Patters MR: Simultaneous
ことで細胞内での殺菌から逃れていることが明らかに
assessment of complement components C3, C4,
なった(図1)
。TLR2 と C5a 受容体のクロストークを
and B and their cleavage products in human
初めて解明し,C5a 受容体のブロックが歯周病を含む
gingival fluid. II. Longitudinal changes during
様々な疾患の治療に寄与する可能性を示唆している。現
periodontal therapy. J Periodontal Res, 20: 268-
在他の歯周病原細菌が同様の相互作用を起こすかどう
275, 1985.
か,C5a 受 容 体 ノ ッ ク ア ウ ト マ ウ ス の 口 腔 内 へ の
P. gingivalis 感染モデル等,さらなる解析を進めている。
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