VTC2 の転写制御はアスコルビン酸生合成の明/ 暗調節に必須である

10 号(10 月)2014〕
トピックス
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VTC2 の転写制御はアスコルビン酸生合成の明/ 暗調節に必須である
∼複雑なアスコルビン酸生合成制御機構のマスタースイッチ∼
Transcriptional regulation of VTC2 is essential to the modulation of
ascorbate biosynthesis
∼ A master switch for the complex regulatory mechanisms of ascorbate biosynthesis ∼
周知のようにビタミン C(アスコルビン酸:AsA)は,
植物における AsA 生合成制御機構の理解の遅延の大
動物,植物,藻類を含めた光合成生物において,水溶
きな要因は,D-Man/L-Gal 経路のいくつかの酵素遺伝
性の酸化還元物質として抗酸化に機能するだけでな
子の恒常的な過剰発現により,いずれも細胞内 AsA レ
く,補酵素や電子伝達など様々な生理作用を発揮して
ベルが増加すると報告されていることである 8)-10).こ
いる.植物の AsA 生合成経路に関する研究は,モデル
れは,植物の AsA 生合成経路には特定の律速段階が存
植物シロイヌナズナの AsA 欠乏変異体(vtc;vitamin
在しないことを意味しており,一般的な代謝経路の制
C-de¿cient mutants)の単離同定以降 1),加速度的に進
御の観点からは不可解である.すなわち,上記の様な
展し,今日では光合成の産物である D-フルクトースを
AsA 生合成制御の複雑性を考慮すると,各酵素遺伝子
もとに,D-マンノース(D-Man)および L-ガラクトース
の恒常的な高発現による細胞内 AsA レベルの変化は,
(L-Gal)を代謝中間体として AsA を合成する D-Man/
実際には発芽後から実験に供するまでに,生体内で
L-Gal 経路が,少なくとも葉において最も主要である
様々な影響を二次的に受けた結果であり,生理的な環
ことに疑いはない.
境を反映したものではないと予想される.
植物は AsA を豊富に含んでおり,そのレベルは細胞
そこで筆者らは,植物の AsA 生合成の真の律速段階
壁やデンプンを除いた可溶性糖質の中で最大約 10%に
を特定するために,D-Man/L-Gal 経路構成酵素の中で,
も達する.したがって,AsA 自身の必要レベルを満た
転 写 レ ベ ル で 光 応 答 性 を 示 す PMI1,VTC1,VTC2,
すだけでなく,炭素代謝や炭素分配を正常に維持する
および VTC4 に加え,AsA と細胞壁や糖修飾などへの
ためにも,AsA 生合成は厳密に制御する必要がある.
炭素分配の鍵段階を触媒する GME の一過的な誘導発
事実,細胞内 AsA レベルは光合成と密接に関わること
現が細胞内 AsA レベルに及ぼす影響を検討した 11).
が知られている.すなわち,葉中 AsA レベルは明条件
本研究では,植物の代謝には何ら影響しないエストロ
2)
下で増加し,暗所下で減少する .光合成との関連は,
ゲン(ES)を用いた一過的誘導発現系を使用した 12).
光合成電子伝達阻害剤 DCMU 処理により,光による
ES 誘導性プロモーター下流に上記遺伝子を連結した
AsA レベルの増加が抑制される事実からも支持されて
コンストラクトを形質転換したシロイヌナズナを播種
いる 3).現在までに,この様な光応答を含め,種々の
後 2 週間栽培し,100μM ES をスプレーにより噴霧し
条件に応答した AsA 生合成の制御機構に関して,膨大
た.その結果,PMI1,VTC1,GME および VTC4 の一
な報告がなされている.例えば,D-Man/L-Gal 経路の
過的発現系を導入した植物の葉では,ES 処理による
構 成 酵 素 で あ る マ ン ノ ー ス-6-リ ン 酸 イ ソ メ ラ ー ゼ
それら遺伝子の転写誘導が確認されたものの,AsA レ
(PMI1),GDP-Man ピ ロ ホ ス ホ リ ラ ー ゼ(VTC1),
GDP-L-Gal ホ ス ホ リ ラ ー ゼ(VTC2), お よ び L-Gal-1-
ベルに有意な変化は認められなかった.一方,VTC2
導入植物の葉において,ES 処理後の VTC2 の転写レベ
リン酸ホスファターゼ(VTC4)の転写は光照射下で誘
ルの一過的な上昇に伴って AsA レベルが 7 日後まで継
3)4)
.さらに,VTC1 タン
続して増加していた.同条件下において,他の AsA 生
パク質は,暗条件下において 26S プロテオソームによ
合成酵素遺伝子群の転写レベルに有意な変化は認めら
り分解される 5).また,PMI1,GDP-Man-3,5-エピメラー
れなかった.これらのことから,VTC2 の転写レベル
導され,暗所下で抑制される
ゼ(GME)および L-Gal デヒドロゲナーゼ活性は,AsA
がシロイヌナズナの AsA レベルに直接影響することが
によりフィードバック阻害を受ける 6)7).これらの事
示された.
実は,植物の AsA 生合成が多段階で複雑に制御されて
そこで,AsA レベルの光応答への重要性を検討する
いることを示しているが,個々の段階の重要性は不明
ために,播種 2 週間後のコントロールおよび VTC2 導
である.
入植物を ES 処理後に恒明もしくは恒暗条件下に移行
トピックス
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した.その結果,VTC2 導入植物では恒明条件下にお
〔ビタミン 88 巻
Key Words:vitamin C, plant, light regulation, D-Mannose/
ける AsA レベルの増加がコントロール植物よりも顕著
L-Galactose pathway, VTC2
に亢進し,5 日目までほぼ直線的に増加していた.こ
のことから,VTC2 の転写制御が明条件下における
1
Department of Food and Nutritional Science, College of
AsA 生合成の律速であることが示された.
植物細胞内における AsA の最大蓄積レベルの理解
は,AsA 生合成制御だけでなく,有用成分の蓄積レベ
Bioscience and Biotechnology, Chubu University, 1200
Matsumoto-cho, Kasugai, Aichi 487-8501, Japan
2
Department of Life Sciences and Biotechnology, Faculty of
ルを増加させた作物の分子育種の観点からも重要であ
Life and Environmental Science, Shimane University, 1060
る.VTC2 導入植物の葉におけるホスホリラーゼ活性
Nishikawatsu, Matsue, Shimane 690-8504, Japan
は ES 処理により最大約 11 倍に上昇していたが,測定
Kazuya Yoshimura1, Takahiro Ishikawa2
された AsA レベルの最大増加率は約 2.5 倍であった.
1
中部大学応用生物学部食品栄養科学科
この結果は,明条件下でも必要十分量以上の炭素源の
2
島根大学生物資源科学部生命工学科
AsA 生合成への利用を避けるための,VTC2 を含む多
吉村 和也 1,石川 孝博 2
重の制限因子の存在だけでなく,植物細胞の AsA 蓄積
レベルの最大値を規定する因子の存在の可能性を示す
のかもしれない.あるいは,VTC2 タンパク質は AsA
文 献
生合成の場となる細胞質以外にも核に局在すること
や,リン化修飾を受ける可能性が指摘されていること
から,活性調節との関連も考えられる
13)14)
.
一方,恒暗条件下における AsA レベルの減少が,
VTC2 導入植物では 3 日目まで有意に抑制されていた
が,5 日目にはコントロール植物と同様にほぼ 0 に達
した.したがって,暗所下での AsA 生合成の抑制には,
VTC2 の転写制御に加え,上記のその他の酵素遺伝子
1)Conklin PL, Saracco SA, Norris SR, Last RL (2000) Identi¿cation
of ascorbic acid-de¿cient Arabidopsis thaliana mutants. Genetics
154, 847-856
2)Dowdle J, Ishikawa T, Gatzek S, Rolinski S, Smirnoff N (2007)
Two genes in Arabidopsis thaliana encoding GDP-L-galactose
phosphorylase are required for ascorbate biosynthesis and seedling viability. Plant J 52, 673-689
3)Yabuta Y, Mieda T, Rapolu M, Nakamura A, Motoki T, Maruta T,
の転写抑制や,VTC1 のタンパク質分解などによる制
Yoshimura K, Ishikawa T, and Shigeoka S (2007) Light regulation
御も同時に機能していると考えられた.すなわち,光
of ascorbate biosynthesis is dependent on the photosynthetic elec-
合成により豊富な炭素源の供給が可能な明条件下とは
tron transport chain but independent of sugars in Arabidopsis. J
異なり,炭素源が大幅に制限される暗所下では,AsA
Exp Bot 58, 2661-2671
生合成を含めた種々の生体有機分子への炭素分配は,
幾重もの段階で厳密に制御されていると思われる.明
条件下における VTC2 の転写レベルの重要性は,葉だ
けでなく,茎においても確認されたが,葉緑体が未発
達の花や根では認められなかった(吉村ら 未発表).
この結果からも,AsA 生合成と炭素源の供給能との関
連性が支持される.
本研究から,植物の複雑な AsA 生合成制御機構の一
端が明らかになってきた.すなわち,VTC2 の転写制
御が植物の AsA 生合成の最も重要なマスタースイッチ
であるが,その他にも予防的に多系統からなる制御シ
ステムが存在し,AsA の過剰生産を厳密に防いでいる
と考えられる.今後その全容を明らかにするためには,
4)Maruta T, Yonemitsu M, Yabuta Y, Tamoi M, Ishikawa T, and Shigeoka S (2008) Arabidopsis phosphomannose isomerase 1, but
not phosphomannose isomerase 2, is essential for ascorbic acid
biosynthesis. J Biol Chem 283, 28842-28851
5)Wang J, Yu Y, Zhang Z, Quan R, Zhang H, Ma L, Deng XW,
Huang R (2013) Arabidopsis CSN5B interacts with VTC1 and
modulates ascorbic acid synthesis. Plant Cell 25, 625-636
6)Wolucka BA, Van Montagu M (2003) GDP-mannose 3',5'-epimerase forms GDP-L-gulose, a putative intermediate for the de novo
biosynthesis of vitamin C in plants. J Biol Chem 278, 4748347490
7)Mieda T, Yabuta Y, Rapolu M, Motoki T, Takeda T, Yoshimura K,
Ishikawa T, Shigeoka S (2004) Feedback inhibition of spinach Lgalactose dehydrogenase by L-ascorbate. Plant Cell Physiol 45,
1271-1279
VTC2 の光応答に関わる転写制御やその他の制御系の
8)Badejo AA, Eltelib HA, Fukunaga K, Fujikawa Y, Esaka M (2009)
分子機構に加え,AsA のオルガネラおよび器官間の輸
Increase in ascorbate content of transgenic tobacco plants overex-
送系,細胞内 AsA 蓄積レベルの規定因子を明らかにし,
pressing the acerola (Malpighia glabra) phosphomannomutase
それらを総合的に理解することが必須である.
gene. Plant Cell Physiol 50, 423-428
9)Bulley SM, Rassam M, Hoser D, Otto W, Schünemann N, Wright
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M, MacRae E, Gleave A, Laing W (2009) Gene expression stud-
ascorbate biosynthesis in Arabidopsis. Biosci Biotechnol Biochem
ies in kiwifruit and gene over-expression in Arabidopsis indicates
78, 60-66
that GDP-L-galactose guanyltransferase is a major control point
of vitamin C biosynthesis. J Exp Bot 60, 765-778
10)Bulley S, Wright M, Rommens C, Yan H, Rassam M, Lin-Wang K,
Andre C, Brewster D, Karunairetnam S, Allan AC, Laing WA
(2012) Enhancing ascorbate in fruits and tubers through over-expression of the L-galactose pathway gene GDP-L-galactose phosphorylase. Plant Biotechnol J 10, 390-397
11)Yoshimura K, Nakane T, Kume S, Shiomi Y, Maruta T, Ishikawa T,
Shigeoka S (2014) Transient expression analysis revealed the importance of VTC2 expression level in light/dark regulation of
12)Zuo J, Niu QW, Chua NH (2000) Technical advance. An estrogen
receptor-based transactivator XVE mediates highly inducible gene
expression in transgenic plants. Plant J 24, 265-273
13)Müller-Moulé P (2008) An expression analysis of the ascorbate
biosynthesis enzyme VTC2. Plant Mol Biol 68, 31-41
14)Vlad F, Rubio S, Rodrigues A, Sirichandra C, Belin C, Robert N,
Leung J, Rodriguez PL, Laurière C, Merlot S. (2009) Protein
phosphatases 2C regulate the activation of the Snf1-related kinase
OST1 by abscisic acid in Arabidopsis. Plant Cell 21, 3170-3184