2010年8月15日 協同飼料株式会社 寄稿・肉牛技術 肥育牛における微量元素(コバルト・銅・亜鉛)の補給のすすめ ∼現代の肉牛はもっと多くを必要としている∼ 京都大学農学研究科助教 農学博士 鳥 居 伸 一 郎 表1 コバルト・銅・亜鉛の役割と推奨量 (肥育牛) −はじめに− コバルト、銅、亜鉛などの必須微量元素は、 一般の飼料分析では測定されないため、ほと んどの肥育農家さんは飼料の微量元素含量を 把握していないと思います。しかし、現代の 肉牛は、高い DG(日増体重)の要求とスト 単位:mg/kg 飼料乾物 レス環境によって、微量元素の必要量が昔よ りも高くなっています。実際、以前考えられ ていたよりも、もっと多くの量の微量元素を き取り調査によって、要求量よりもはるかに 補給した方が、DG や肉質が良くなることが 多くの微量元素を顧客農場の仕上げ期飼料に 分かってきました。また、粗飼料の微量元素 入れるよう飼料設計している実態が明らかに 含量は昔よりも低下しているため、粗飼料を なっています (表2) 。 亜 鉛 に 至 っ て は、 多く給与する肥育前期や育成期では、微量元 NRC が要求量を 30 ㎎ / ㎏と提示しているに 素を積極的に補給する必要があります。 も関わらず、 100 ㎎ / ㎏を添加するのが常識に なっています。彼らは、最新の研究報告や現 −肥育牛に対して補給が有効な微量元素− 場事例をいち早く実践に取り入れていると言 肥育牛の DG や肉質を向上させるために、 えます。 特に補給が有効な微量元素は、コバルト・銅・ 亜鉛です。最近の文献や国内の補給事例をも 表2 北米の肉牛飼料コンサルタントは、顧客農場の飼料設計に おいてコバルト・銅・亜鉛をどれだけ添加しているか? とにして、筆者が提唱する、肥育牛の推奨摂 取量を表1に示しました。 この推奨量は、日本飼養標準で提示されて いる要求量よりも高い数値です。最新情報に 基づけば、今の肥育牛はそのくらい必要であ り、要求量を超えて“推奨量”を給与するこ とにより、DG や肉質の向上が期待できます。 単位:mg/kg 飼料乾物 文献:Vasconcelos and Galyean, J. Anim. Sci.85:2772,2007. 米国でも、肉牛飼料コンサルタントへの聞 5 要とするプロセスがあり、銅が不足するとメ −コバルトが注目されています− ラニンの合成量が減るからです。メラニンが コバルトは、北米の肉牛フィードロットや 減る原因は他にもあり、黒毛が褐色化したら 酪農の飼料設計で、ここ数年注目されていま 必ずしも銅欠乏と断言できませんが、そのよ す。要求量と考えられていた量(0.1 ㎎ / ㎏) うな牛に銅欠乏を疑って銅の補給を試してみ の 10 倍程度を添加することにより、肉牛で る価値はあります。銅を補給したら黒毛に戻 は DG と飼料効率が向上し、乳牛では乳量が ったという事例もあります。 ただし、 銅は摂取 増加すること、が報告されたため、現場の飼 許容限界が低い元素ですので、飼料メーカー 料設計でも添加量を増やす飼料コンサルタン や獣医師など専門家の助言をもとに、推奨量 トが増えています。それらの効果は、コバル を守って補給することをお勧めします。特に トがルーメン微生物による飼料の消化を促進 ルーメンが機能する前の、母乳や代用乳を飲 し、プロピオン酸の産生を高めることと関係 んでいる幼齢子牛は、銅を体内に蓄積しやす があるようです。わが国でも、コバルトを多 いので、銅の補給には細心の注意が必要です。 く含有する添加剤や配合飼料があります。特 −亜鉛をもっと補給しましょう− に乳牛用で増えていますが、肉牛でも育成牛 ∼目的に応じた給与時期∼ や肥育牛にはもっとコバルトを補給したほう 肥育牛における亜鉛の補給の意義は、大き がよいと思われます。 く分けて下の①②の2つに分かれ、それによ −意外に多いが認識されていない銅不足− って補給すべき期間も分けて考えるべきです。 ∼毛が褐色の牛、いませんか?∼ 粗飼料が銅不足であることは古くから文献 ①ストレスや疾病への対応(短期給与) で示されており、日本飼養標準にもその旨が ストレス時には、亜鉛や銅の要求量が高ま 記載されてきましたが、多くの農場はそれに ることが分かっています。米国(NRC)でも、 注意を払っていないようです。我々の全国調 肉牛の亜鉛の要求量は日本と同じ 30 ㎎ / ㎏と 査では、黒毛和種の繁殖牛の飼料で 52%の 提示していますが、ストレス下の子牛(主に 農場が、育成牛の飼料で 45%の農場が、要 フィードロットへの導入直後を想定)に対し 求量の 8 ㎎ / ㎏を下回っていました。つまり、 ては 75 ∼ 100 ㎎ / ㎏を推奨しています。銅に 約半数の農場が銅欠乏の飼料を与えているこ ついても、通常の要求量 10 ㎎ / ㎏に対し、ス とになります。肥育牛についても、まだ調査 トレス下では 10 ∼ 15 ㎎ / ㎏と提示しています。 軒数は少ないですが、要求量を下回る農場が 実際、米国のフィードロットにおいては、導 存在します。銅が欠乏すると、免疫機能が低 入直後の4∼6週間は微量元素とビタミンを 下して下痢や感染症にかかりやすくなり、増 通常よりも強化した飼料を与えることが一般 体も低下します。 的です。 銅欠乏の牛は、本来の黒毛が褐色になった わが国でも、市場からの導入直後、疾病時、 り、目の周りの毛が脱色することがあります。 ビタミン A 欠乏による飼料摂取量低下時に、 これは、メラニン色素の合成の途中で銅を必 亜鉛を補給している農場は多くあり、科学的 6 な検証はなされていませんが効果が認知され 亜鉛も充分量を“継続して”与えなければな ているようです。このような目的の場合、亜 りません。 鉛の補給期間は2∼4週間で十分と考えられ 米国では、肉牛フィードロットにおける亜 ます。亜鉛不足は毛づやを悪くします。これ 鉛の研究が数多く行われた結果、前述の表2 も、毛づやが悪いと亜鉛欠乏と決めつけられ のように、現在は要求量をはるかに上回る ませんが、亜鉛の補給で毛づやが良くなるこ 100 ㎎ / ㎏の飼料添加が一般的となっています。 とも多くの農家さんが経験しています。 日本国内の研究でも、黒毛和種肥育牛に対す る亜鉛の補給効果が報告されています (表3) 。 ②筋肉の発達(長期給与) ほとんどの試験で、DG は亜鉛添加区が対照 飼料中の亜鉛含量は筋肉の成長に大きな影 区よりも高く、枝肉重量が増加(あるいは肥 響を与えることが分かっています。実験では、 育日数が短縮)しました。6つの試験を平均 子牛に亜鉛含量が要求量 (30 ㎎ / ㎏) を下回る すると DG の増加は+ 0.06 ㎏ / 日でしたが、 17 ㎎ / ㎏の飼料を 21 日間与えただけで、 DG 給与期間が長かった試験の方が効果は顕著に および筋肉のタンパク質代謝速度は低下し、 表れるようでした。BMS や BCS など肉質に その後亜鉛の補給により 14 日間で速やかに は一定の傾向が認められず、影響はなかった 回復しました。つまり、牛が持っている筋肉 ものと推察されました。コマーシャル農場か の成長能力を十分に発揮させるには、飼料中 らも、和牛や F 1の肥育前中期に亜鉛を補給 の CP(粗蛋白質)を充足させるだけでなく、 することで、体高の向上、枝肉重量の増加、 表3 黒毛和種肥育牛に対する有機亜鉛の給与試験の結果 文献1 岩井ら、京都畜技セ試験研究成績 1:53, 2004. 文献2 柏木ら、和歌山農林水技セ研報 6:143, 2005. 文献3 瀧澤ら、愛知農総試研報 37:159 2005. 文献4 瀧澤ら、愛知農総試研報 39:51, 2007. 7 飼料摂取量の増加があったと、農場主のコメ 表4 主な粗飼料のコバルト・銅・亜鉛含量 ントとして得られています。 一方、肥育後期だけ亜鉛を補給して、効果 が認められなかった例もあります。これは筋 肉の成長時期と関係があると思います。黒毛 和種の筋肉が直線的に成長するのは、3 ∼ 18 ヶ月齢の間とされています。やはり、筋肉の 成長が盛んな時期でないと、亜鉛の補給は意 味をなさないようです。育成期から肥育中期 までの間のできるだけ長い期間給与するのが、 クリアな効果を得るために必要です。 −微量元素の栄養について、よくある誤解− 微量元素の栄養については情報源が少ない ため、間違った情報が長年信じられているこ ともあります。筆者がよく耳にする、事実と は異なる情報をいくつか紹介します。 単位:mg/kg乾物 ŚᆯଋɈ೦ૠᆧɬɞȽɀȞɥȥɣྫᆲই೧ɉ 牧草の品種改良により生長が速くなったり、 āഫɤɀȞɥĉ 土壌の変化によって、牧草が微量元素を蓄積 良質の粗飼料とは、栄養価や嗜好性が優れ しにくくなったからではないかと考えられま ているということですが、これらと必須微量 す。したがって、粗飼料には微量元素の充足 元素含量の間には相関関係はありません。一 を期待せず、数値は低く見積もり、添加剤や 番草が二番草よりも微量元素が豊富というこ 配合飼料から確実に推奨量を確保すべきです。 ともありません。筆者は、全国の肉牛農家さ んや酪農家さんで給与されている飼料の微量 Ś༯ਗૠᆧɬɞȽɀȞɥȥɣྫᆲই೧ɉ 元素分析を行っています。粗飼料の分析結果 āഫɤɀȞɥĉ の一部を表4に示します。多くの粗飼料は、 微量元素の充足を考えるときは、粗飼料と コバルト・銅・亜鉛とも、表1に示した推奨 濃厚飼料からそれぞれどのくらい賄えるかを 量よりもかなり低いことが分かります。同じ 考えなければなりません。まず、肥育前期や 草種でも、数値が高い検体と低い検体で差が 育成期は、粗飼料の給与割合が比較的高いで 大きいので、分析してみないと自農場で使用 す。上述のように、ほとんどの粗飼料はコバ している粗飼料の微量元素含量は分かりませ ルト・銅・亜鉛の含有量が推奨量をかなり下 ん。 回るので、 組み合わせる配合飼料のコバルト・ また、過去の文献よりも、粗飼料の微量元 銅・亜鉛含量、及び粗飼料と配合飼料の給与 素含量が低くなっているようです。これは、 比率から、最終飼料ベースでの含量を推定し、 8 これが推奨量を満たしているかどうかの確認 Ś๏ᄻᅰɈʷʥˁ˃๒ݡ੬Ʌɉྫᆲই೧Ȧ をしましょう。 āၹĉ 一方、肥育後期は、濃厚飼料の給与割合が 肥育農家さんでは、化石、岩石、海藻など、 高いので、配合飼料のコバルト・銅・亜鉛含 天然物由来の添加剤を見かけることが多いで 量が飼料全体の含量を決定します。自家配の す。これらは主に①カルシウム補給、②ルー 場合、トウモロコシ・大麦・大豆粕が主体の メン発酵の安定化、③有害物質の吸着、を期 配合設計では、コバルトと亜鉛が推奨量に届 待して給与されていますが、微量元素の補給 かないことが多いので、添加剤を用いてコバ にもなると謳う製品もあります。しかしなが ルトと亜鉛を補給することをお勧めします。 ら、我々がいくつかの製品を分析した結果は、 表6の通り、推奨量に対してほとんど寄与し ŚঙवܶɬɛȯȵɀȞɥȥɣྫᆲই೧ɉ ない含有量でした。従って、天然由来のミネ āഫɤɀȞɥĉ ラル添加剤は、上記①∼③の効果を期待して 市販の固形塩には微量元素が配合されて 利用するもので、微量元素の補給は別途行う いることが多いですが、我々が分析したとこ べきです。 ろ、広く使用されている 10 種の製品について、 標準舐食量とされる1日 50g の摂取では、い 表6 天然物由来ミネラル添加剤から 推奨量の何%が満たせる? ずれの製品も、銅や亜鉛の推奨量に対して1 割程度しか供給されず(表5 ) 、有効な補給 源とはいえないことがわかりました。固形塩 は、微量元素の含有量の表示に惑わされず、 食塩の補給源としての性能で選ぶべきだと思 います。 表5 固形塩から推奨量の何%が満たせる? 各製品 2 ∼ 5 点の分析の平均値から算出 各製品 2 ∼ 10 点の分析の平均値から算出 9
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