2015 年ネパール地震(ゴルカ地震),歴史地震,活断層との関係について

2015 年ネパール地震(ゴルカ地震),歴史地震,活断層との関係について
熊原康博(広島大学)
はじめに 2015 年 4 月 25 日現地時間正午前,ネパールの首都カトマンズの約 80km 北
西で,震源の深さ 15km,Mw7.8 の大地震が発生した(図1).震源地周辺の地
名からゴルカ(Gurka)地震と呼ばれるこの地震やその後の余震により,5月
15 日現在,国連人道問題調整事務所(OCHA)の集計では,死者 9000 人以上
に達し,全半壊した建物が約 70 万棟を超えている 1).ヒマラヤ山脈を抱えるネ
パールは,山がちな地形のため地すべりが発生したことや,日干し煉瓦を壁に
用いた震動に弱い古い建物が多く,多くの犠牲者や物的被害をもたらしたとい
える.本稿では,今回の地震の特徴,歴史地震,カトマンズ周辺の活断層につ
いて紹介する.
図12015 年ネパール地震の震源域の余震分布,活断層,合成開口レーダー
(PALSAR-2)のデータによる干渉画像 余震分布は USGS, 干渉画像は国
土地理院による.
今回の地震の特徴とテクトニクス・セッティング 今回の地震をもたらした断層は,アメリカ地質調査所(USGS)によると,西
北西-東南東走向,北傾斜の 11°という極めて低角な逆断層によるもので,断層
の範囲は余震域に相当し,長さ 120km 以上,幅 80km に及ぶ 2).ネパールは,
北上するインドプレートとユーラシアプレートの衝突によって生じたヒマラヤ
山脈に位置する.両プレートは約 45mm/年の速さで衝突しており,そのうち,
ヒマラヤ山脈の上昇には,その中の一部の 18mm/年程度でまかなわれていると
される.両プレートは,デタッチメントやデコルマと呼ばれる,北傾斜の低角
なプレート境界断層で接している(図2).今回の地震は,震源の深さや震源断
層の特徴からインドプレートとユーラシアプレートの境界断層の一部が動いて
発生したと考えられている 3).
図2 カトマンズ周辺のプレート断面の構造と地震の発生位置
http://www.earthobservatory.sg/news/april-25-2015-nepal-earthquake#
.VWUXFSmLRJc の図に加筆
また,震源から東南東方向に向かって破壊が進み,カトマンズ周辺で最も大
きなすべり量が求められており,カトマンズで大きな被害が生じた原因となっ
た.国土地理院によると,地球観測衛星「だいち2号」(ALOS-2)に搭載され
た合成開口レーダー(PALSAR-2)のデータを干渉解析して、地震に伴う地殻
変動を検出したところ,カトマンズの北方から約 30km 東方にかけての領域が
最も地殻変動が大きく、最大で 1.2m 以上変位し,大きく隆起している 4).
一般に,震源が浅く,規模が大きい(一般にマグニチュード 6.5 以上)場合,
地表地震断層が認められることが多い.しかし,今回の地震では,明瞭な地表
地震断層はこれまで見つかっていない.プレート境界断層の一部が動いたので
あれば,ヒマラヤ山脈の一番南の山地列にあたる,シワリク丘陵とガンジス平
原の地形境界に延びるヒマラヤ前縁スラスト(Himalayan Frontal Thrust;
HFT,あるいは主前縁スラスト(Main Frontal Thrust; MFT)とも呼ばれる)
上に生じる可能性はあるが,合成開口レーダーの解析によると,山地と平原の
地形境界付近に明瞭な地殻変動は認められていない.
ヒマラヤの巨大地震とネパールの中・東部の歴史地震 最近約 120 年間のヒマラヤ周辺における巨大地震(M=8 以上)は,1897 年
のインド東部・アッサム州(シロン台地),1905 年のインド北西部カングラ地
方,1934 年のネパール東部からインド北東部ビハール地方,1950 年のインド
東部・アッサム州で発生している(図3).これらの地震は,その規模から地表
地震断層が発生する可能性が高いにもかかわらず,これまで地表地震断層の報
告がなく,浅い地下にある低角な逆断層(ブラインドスラスト)によると考え
られてきた.しかし,最近の研究によると 1934 年の地震については,ネパール
東南部の HFT に沿って地表地震断層が出現したことをトレンチ掘削調査や露
頭調査により明らかにされている(Sapkota et al., 2013; Bollinger et al., 2014).
図3 ヒマラヤ周辺における歴史地震(M5 以上)
震央のデータは、Ustu (1996)による.年代を示した地震は M>7.5 以上(太
文字:M>8.3 以上)である.
一方,19 世紀以前のヒマラヤにおける文書の地震記録は限られている.ネパ
ールの中・東部の歴史地震については,カトマンズやその周辺での人的・物的
被害の記録によると,1934 年のネパール・カングラ地震を除き,1223 年,1255
年,1344 年,1408 年,1681 年,1808 年,1810 年,1833 年,1866 年にネパ
ールの中・東部で地震があったことを報告している(Mugnier et al., 2011; Pant,
2002).なお, Bollinger et al. (2014) は,ネパール東南部の HFT を対象とし
たトレンチ掘削調査から,1934 年の地震より一つ前のイベントを 1255 年の地
震と対応させるとともに,ネパール南東部の HFT の活動が約 700〜1000 年間
隔で生じていることを明らかにしている.
カトマンズ盆地周辺の活断層 カトマンズ盆地周辺の活断層は,Nakata (1982),Nakata et al. (1984),Saijo
et al.(1995), 八木ほか(2000),Yagi et al. (2000),熊原・中田(2002),Asahi
(2003)で報告され,それ以降にも空中写真判読や野外調査などにより新たな活断
層が見つかってきている(図1).ネパール全体の活断層図を図4に示す.分布
地域や活動様式に基づくと,南から順に1)ヒマラヤ前縁スラスト(HFT), 2)
山脈に平行する盆地(Dun)北縁の活断層,3)主境界スラスト(MBT)沿い
の活断層,4)MBT より北の活断層に区分できる.
図 4 ネパールの活断層図
1)HFT は,シワリク丘陵とガンジス平原の地形境界に沿って発達する北側
隆起の逆断層で,プレート境界断層の先端部に相当する.カトマンズの南
部では,比較的明瞭な断層地形が連続的に認められる.
2)Dun 北縁の活断層は,シワリク丘陵の山地が2列以上のところで形成さ
れる縦谷性の山間盆地で,その北縁には北側隆起の逆断層が認められる.
特に Badrapur 周辺の Chitwan Dun では累積的に段丘面が変形している
のが観察できる.
3)過去のプレート境界である MBT 沿いには,活断層は不明瞭であり,一部
では北落ちのセンスも認められ,相対的にシワリク丘陵側が隆起している
ことを示す.
4)MBT より北の活断層は,概して短く,南側隆起を示すことが多い.ただ
し,カトマンズ東部の活断層は,右横ずれセンスの活断層が発達する.こ
の活断層は,MBT より以前のプレート境界である主中央スラスト(MCT)
に沿う断層である.
今後への課題 発震メカニズムから推定された震源断層の特徴からは,HFT あるいは Dun
北縁の活断層が起震断層にあたる可能性はあり,今後現地で確認する必要があ
るといえる.ただし,余震分布や合成開口レーダーの干渉解析による地殻変動
様式のパターンを見る限り,いずれの断層にも地表地震断層が出現している可
能性はやや低い.一方,震源域のこれらの活断層は,首都カトマンズの地震リ
スクの一つであるといえるが,これらの活断層に対する古地震学的な調査は,
HFT を除き行われておらず,今後の重要な課題といえる.
注
1)https://data.hdx.rwlabs.org/dataset/official-figures-for-casualties-and-damage
2) http://earthquake.usgs.gov/earthquakes/eventpage/us20002926#general_summary
3)http://www.earthobservatory.sg/news/april-25-2015-nepal-earthquake#.V
WUXFSmLRJc
4)http://www.gsi.go.jp/cais/topic150429-index.html
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