1.Septicshock,TSS,TSLS,劇症型溶血性レンサ球菌感染症(産褥熱

2010年 9 月
N―247
安全な産婦人科医療を目指して―事例から学ぶ―
Ⅰ.医療安全対策シリーズ
1.各種ショックへの対応
1.Septicshock,TSS,TSLS,劇症型溶血性レンサ球菌感染症(産褥熱,早産,破水,子宮内容除去術等)
座長:大阪市立大学
石河
総合病院国保旭中央病院
小林 康祐
緒
修
奈良県立医科大学
小林
浩
言
近年,感染症は抗菌薬や集中治療の進歩により予後が飛躍的に改善されてきている.A
群 レ ン サ 球 菌(Group A Streptococcus,Streptococcus pyogenes ,以 下 GAS)
も歴
史的には産褥熱などの重大な産褥感染を引き起こす病原菌だったが,抗菌薬さえ使用すれ
ば容易に治療できる菌であると思われるようになっていった.
しかし,1980年代以降 GAS を起炎菌とした敗血症性ショックや DIC,多臓器不全に
至る治療抵抗性の病態が海外から報告され,黄色ブドウ球菌の toxic shock syndorome
(TSS)
と の 類 似 性 か ら toxic shock-like syndrome
(TSLS)
や Streptococcal toxic
shock syndrome
(STSS)
とも呼ばれるようになり,実はいまだ征服された感染症ではな
いことがわかってきた.本邦では1993年に清水ら1)が劇症型 A 群レンサ球菌感染症(以下
「劇症型」
)
の名称ではじめて報告し,産科領域でも同年に宇田川ら2)が妊娠時に発症した後
急速に分娩に至り母体死亡となった症例を劇症型 A 群レンサ球菌感染症「分娩型」
(以下
「劇症分娩型」
)
として国内ではじめて報告し,以来日本の各地域より報告されている.
事
例
1回経妊1回経産の29歳女性で,家族歴,既往歴など特記すべきものなし.児は双胎だっ
たが,妊娠経過は母児とも異常を認めていなかった.
経過:3月3日(妊娠32週5日)
に咽頭痛とともに38∼39℃の発熱を認め,近医に入院し,
piperacillin 4g"
day を5日間静注したのち解熱した.3月12日(妊娠34週0日)
に再度体温
が38℃に上昇するとともに腰痛・下腹痛が出現した. この折の胎児心拍数は正常だった.
3月13日(34週1日)
5時20分頃,持続的下腹部痛と性器出血を認め,子宮口は全開大となっ
た.5時24分に2,355g の第1児を,5時28分に2,100g の第2児を経腟分娩にて娩出した
が,いずれも死産だった.出血量は500mL 未満,羊水混濁は軽度で,胎盤早期剝離を示
The Pathophysiology and Management of Serious Group A Streptococcal Infection during Pregnancy
Kosuke KOBAYASHI
Department of Obstetrics and Gynecology, Asahi General Hospital, Chiba
Key words : Group A Streptococcus・Pregnancy・Septic Shock
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
N―248
日産婦誌62巻 9 号
(図) 血液塗抹標本の球菌
(ギムザ染色 ×1,
000)
唆する所見も認めなかった.7時頃,全身倦怠感・呼吸困難が出現し,収縮期血圧が70
mmHg に低下したため,酸素投与,ドパミン使用,輸血を開始した.7時30分,意識が
低下し,脈拍触知が不能となり搬送決定.8時40分,当院へ到着し,蘇生を試みたが反応
せず.死亡を確認している.
蘇生中の血液所見は強度の溶血を認め,WBC 10,500"
µL,RBC 286 104"
µL,Hb 7.9
g"
dL,血小板46,000"
µL,GOT 819IU"
L,GPT 295IU"
L,BUN 20mg"
dL,Cr 1.7mg"
dL,CRP 10.1mg"
dL,PT 60秒以上,APTT 120秒以上,fibrinogen 40mg"
dL 以下,
FDP 400µg"
mL 以上だった.血液塗抹標本では多数のレンサ球菌(図)
を認め,剖検時の
組織検査所見では心・肺・肝・腎・脾・副腎・子宮に球菌の集蔟とフィブリン血栓を認め
た.また,血液から採取されたレンサ球菌はその後の検索から,M3T3型の A 群レンサ
球菌であることがわかった.
劇症型 A 群レンサ球菌感染症「分娩型」
「劇症分娩型」は「妊娠末期の妊婦において,主に上気道からの血行性子宮筋層感染に
より発症し,陣痛を誘発し分娩を進行させるとともに,急激に敗血症性ショックが進行し
て高率に胎児,母体の死亡をもたらす病態」と定義され,一般に妊娠末期や分娩中あるい
は分娩後12時間以内に母体急変が起きるとされている.
一般「劇症型」に妊娠という修飾因子の加わることで,より急激で激烈な進行となると
推定され,敗血症性ショックによる子宮循環不全や常位胎盤早期剝離様症状を呈し,これ
に上気道感染症状があれば,
「劇症分娩型」を考慮する.頻度はきわめて稀であるが,一旦
発症すると高頻度に母体死亡に至るために,十分な注意が必要である.
臨床経過
典型的な臨床経過を示す.
1)妊娠末期の妊婦(特に経産婦)
に高熱と上気道炎様症状,全身倦怠感が認められる.
一旦軽快し,再度増悪することも多い.
2)陣痛が発来する.強度の子宮収縮を伴うようになり,時に常位胎盤早期剝離を疑わ
せる急性腹症も出現する.
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
2010年 9 月
N―249
3)胎児心拍数異常が出現する.
4)緊急帝王切開術や急速に分娩が進行して経腟分娩となるが,既に児が死亡している
ことも多い.
5)帝王切開施行中や分娩経過中,または分娩の数時間後に母体の血圧低下や意識混濁
などが突然出現し,羊水塞栓や肺塞栓に似た経過をとる.
6)急速に状態が悪化し,母体死亡に至ることも多い.
全経過は1,2日に過ぎない.症状の順序は前後入れ替わることもある.また,一般の
「劇症型」に見られる軟部組織壊死は通常認めない.
病
態
「劇症分娩型」が GAS の感染により発症することは明らかであるが,発症機序や病態
においていまだ十分な解明がされているとは言えない.
1.GAS が「劇症型」を発症する機序
GAS ではプロテアーゼ ScpC"
SpyCEP により好中球遊走因子である IL-8を分解し,
ストレプトリジン O により好中球にネクローシスを起こす.
「劇症型」となる GAS では
ScpC"
SpyCEP やストレプトリジン O をコードする遺伝子の発現量が増大し,好中球の
機能障害がおこりやすいことがわかっている3).また,GAS はさまざまな外毒素を産生す
るとともに,極めて多くのスーパー抗原を有することで多くのサイトカインが放出され,
多臓器不全に至る.
しかし,同じ GAS 菌型でも T 細胞が活性されにくく,
「劇症型」になりにくいヒトもい
ることがわかっており,宿主側因子も発症にかかわっていることが示唆される.
4)
2.「劇症分娩型」がより激烈となる理由(仮説)
GAS は上気道粘膜から組織へ侵入し,血行性に広がった後に子宮筋層に定着し,急速
に増殖する.そして,妊娠後期の子宮筋が強い収縮運動を繰り返し,異常増殖をした GAS
が周辺組織へ圧出され,血流中に多量に放出され全身を駆け巡る.これが「劇症型」の中
でも「劇症分娩型」がとりわけ急激な激しい敗血症性ショックを起こす原因であると考え
ている.
3.劇症 A 群レンサ球菌感染症「産褥型」
(以下「劇症産褥型」
)
との相違
妊娠に関連した「劇症型」のうちで分娩後12時間以降に発症する群を「劇症産褥型」と
よんでいる.早産率や胎児・新生児死亡率が「劇症分娩型」よりも低く,
「劇症分娩型」と
は異なった病態であり,むしろ一般「劇症型」に近いと思われる.
診
断
「劇症分娩型」の確定診断ができるような診断基準は現時点では存在していないが,血
液培養や子宮を含めた臓器からの GAS の検出と臨床症状から「劇症分娩型」の診断をし
ている.
進行している段階での診断にはしばしば一般「劇症型」の診断基準が参考にされること
もあるが,
「劇症分娩型」と一般「劇症型」とでは症状の違いがあるために適応には注意を
要する.
初期の段階では GAS 咽頭炎による上気道炎症状と39℃前後の発熱が“疑い”の契機と
はなる.咽頭培養や GAS 免疫学的迅速試験
(ダイナボット社など)
を施行することで GAS
による上気道感染の有無を鑑別することが可能ではある.
また,
「劇症分娩型」にかぎらず,敗血症を疑う場合には fever work-up を含めた検査
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
N―250
日産婦誌62巻 9 号
(表) 敗血症を疑った場合の検査
・全身状態の検索:バイタルサインのチェックや系統的な身体所見
・血液検査:血算,CRP,生化学,乳酸値,DI
Cマーカーなど
・尿検査
・細菌培養検体:血液,咽頭,腟分泌物,尿など(抗菌薬投与前)
*血液塗抹標本によるグラム染色
・胸部 X線写真
・超音波断層法
・X線 CTによる感染巣の検索(可能な場合)
・妊娠中の場合には胎児心拍数モニタリングや超音波断層法などによる
胎児の健常性の評価
項目(表)
を行い,評価する.とくに抗菌薬投与前の血液培養やグラム染色は非常に重要で
ある.
管理・治療
本疾患の管理・治療はいまだ確立されてはいないが,基本的には重症敗血症・敗血症性
ショックの管理に準じる.
1.抗菌薬投与
一般に GAS がペニシリン系抗菌薬に良好な感受性を示すために,GAS を起炎菌とす
る重症敗血症を疑った場合にはペニシリン系抗菌薬の大量単独投与かクリンダマイシンと
の併用が推奨されている4).
ABPC 2g 静注4時間ごと
(計12g"
日)
±CLDM 600∼900mg 静注8時間ごと
2.輸液療法
輸液の種類は晶質液(生理食塩水,酢酸リンゲル)
でも膠質液(アルブミン等)
のどちらで
もよいが,重症敗血症では,晶質液1,000mL または膠質液300∼500mL を30分以内に
投与し,反応をみながら繰り返す(fluid challenge technique).
3.感染巣コントロール
感染巣の解剖学的診断を最初の6時間以内に行うことが理想とされ,処置可能な感染巣
に対する処置を可能な限り早期に行うことが重要である.
「劇症分娩型」の場合感染巣として,あるいは DIC による出血源の対応として子宮の摘
出も検討しなければならない場合もある.しかし,リスクも大きく子宮摘出を積極的に行
うか否かは症例毎に検討するべきである.
4.初期蘇生の目標
低血圧や4mmol"
L を超える乳酸値の場合には即座に集中治療を開始し,以下の項目を
6時間以内に達成することが重要とされている.
・中心静脈圧(CVP)
8∼12mmHg
・平均血圧(MAP)
65mmHg
・尿量0.5mL"
kg"
hr
・中心静脈血酸素飽和度(ScvO2)
70%または混合静脈血酸素飽和度(SvO2)
65%
5.血管収縮薬・強心薬
ノルエピネフリンまたはドパミンが第一選択.輸液負荷にもかかわらず心拍数が低い場
合にはドブタミンの投与を行う.
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
2010年 9 月
N―251
6.分娩方法
経腟分娩にするべきか帝王切開にするべきかの一定の見解はない.実際の臨床では急激
な分娩進行を認めることも多く,迷う時間もなく経腟分娩に至ってしまう場合も多い.
7.その他の治療法
さらに呼吸管理や抗ショック療法,抗 DIC 療法,免疫グロブリン投与を行う.症例に
よっては連続長時間透析濾過(CHDF)
やエンドトキシン吸着法(PMX-DHP)
の適応となる
場合もある.
結
語
最近では「劇症分娩型」の救命例が報告されてきている.早期から「劇症分娩型」を疑
い対応していることや,集中治療のレベルの向上が関連していると思う.しかし,その一
方で対応する間もないほどの早い進行で死亡に至っている報告もあるのも事実である.
「劇
症分娩型」の病態はいまだ十分に解明されているとはいえず,今後さらなる症例の蓄積と
その分析が必要と考えている.
《参考文献》
1.清水可方,大山晃弘,笠間和典,宮崎増美,大江健二,大河内康実.A 群溶血性連
鎖球菌による toxic shock like syndrome の1例.感染症誌 1993;67:236―239
2.宇田川秀雄,清水可方,中田博一,稲吉知加子,宮下 進,小林康祐,鈴木純行,
押尾好浩,大江健二.A 群溶連菌の激烈な敗血症により双胎胎児と母体が突然死亡
した症例.感染症誌 1993;67:1219―1222
3.Ato M, Ikebe T, Kawabata H, Takamori T, Watanabe H. Incompetence of neutrophils to invasive group A streptococcus is attributed to induction of plural
virulence factors by dysfunction of a regulator. PLoS ONE 2008 ; 3 : e3455
4.宇田川秀雄.周産期感染症各論・A 群レンサ球菌.産婦人科の実際 2006;55:
363―370
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!