シンポジウム 3:体幹部 3-3 シンポジウム 3:体幹部 急性腹症−撮影プロトコールの考え方− 社団法人北海道勤労者医療協会勤医協中央病院 舩山 和光 めていく必要がある.すなわち,急性腹症のCT検査に はじめに おける時間とは,検査の効率を意味すると考えられる. ここでは,第 8 回CTテクノロジーフォーラムで発表 急性腹症とは激痛をおもな特徴とする腹部の急性疾 した内容に基づいて,急性腹症のCT検査における検査 患の総称であり,限られた時間内にその治療方針の決 効率とプロトコールの考え方について述べる. 定を要する疾患群を表す便宜的な診断名である.その 原因疾患は,外科的疾患や婦人科疾患のほか,内科・ 泌尿器科・小児科的疾患など多岐にわたる.急性腹症 最も効率が良いのは単純CT ? において,超音波やCTが広く利用される以前の画像診 断の主役は腹部単純X線写真であったが,その診断能 CT検査で最も簡便なのは,造影剤を使用しない単純 は十 分とは 言えなかった .ヘリカルCTの 登 場によ 1) CTである.単純CTで診断が可能であれば,最も効率 り,短時間で腹部全体を検索可能となったことや,高 が良いと言える.図 1 に示す症例は,尿管結石の症例 い客観性も相まって急性腹症の画像診断に広く利用さ である.尿路結石は,尿酸結石やキサンチン結石など れるようになった. の,いわゆるX線透過性結石においてもCT値300HU以 今回のテーマである 『時間』 の観点から急性腹症のCT 上の高吸収体として描出されるため,ほぼ全ての尿路 検査を見てみると,X線管回転時間やヘリカル (ビー 結石は診断可能であり,単純CTにおける尿路結石検出 ム) ピッチなどCT装置に起因する時間,検査そのもの 率は95%以上と報告されている .したがって,尿路結 に要する時間,診断から治療までの時間などが考えら 石検出目的,尿路結石に伴う背部痛の原因精査でCTを れる.どの要因も重要なファクターではあるが,今回 施行した場合,結石の存在が確認できた時点で造影は は検査に要する時間を中心に考えてみた.検査に要す 不要と考えられる. 2) る時間が短ければ,患者様の拘束時間も短く,負担も また,比較的色素結石の割合が多い胆管結石も単純 軽減する.しかし,当然のことながら,必要十分な情 CTが必須となり,造影により不明瞭となることがある 報も得られなければならないため,効率良く検査を進 ため注意が必要である (図 2) .ただし,この症例は, 結石の存在を確認すると同時 に肝内胆管の拡張の程度な ど,ほかの所見も求められて いるため 造 影 が 必 要となっ た.図 3 に急性虫垂炎の症例 を示す.この場合は単純CTで 診断することは困難であり, 造影CTが必要となった. 以上から考えても,急性腹 症のCTにおいては単純CTのみ では不十分な検査となること は 容 易 に 想 像 で き る.し か し,尿路結石などのように単 純CTのみで目的を達成できる 場合, (当然ながら,診療科, 図 1 尿路結石 50歳代男性 尿管結石が高吸収体として描出されている.尿管結石の二次的所見ではあるが,左腎の腫 大,腎盂・尿管の胃拡張,腎周囲腔脂肪織の毛羽立ち像も認められる. 放射線科において十分なコン センサスを得たうえで)造影の 指示があっても検査を終了で 37 きる環境を構築することは,検 査の効率を向上させると考えら れる. やはり造影CTは必要 造影CTを行うにあたり,考慮 し な け れ ば ならな い ことは 多 (a) 単純CT く,使用造影剤量,造影剤の注 入 時 間,造 影 剤 副 作 用 対 策 な (c) MPR ど,枚挙にいとまがない.その なかでも,検査の効率と直結す るのは撮影時相である.造影CT おいて考えられる撮影時相とし ては,単純,動脈優位相 (さらに 早 期,後 期) ,門 脈 優 位 相,平 衡 相,造 影 剤 排 泄 相 など が あ る.多くの疾患では門脈優位相 (b) 造影CT 図 2 総胆管結石 90歳代男性 結石は単純CTにて明瞭に描出され,造影CTで不明瞭となる.造影CTで不明瞭となった結石 も,胆汁とのコントラストが低下したわけではないため,MPR画像では良好に描出される. による撮影で十分であるが,症 例によっては不十分となること がある. 図 4 に急性胆嚢炎の症例を示 す.急性胆嚢炎は,右上腹部痛 を 生じる頻 度 の 高 い 疾 患 で あ る.急性胆嚢炎の代表的なCT所 見として,胆 嚢 腫 大 (短 径 5cm あるいは長 径 8cm以 上) ,胆 嚢 内胆汁の吸収値上昇,胆嚢壁肥 厚 (4mm以上) ,胆嚢壁不整,漿 膜下浮腫,胆嚢周囲液体貯留, 胆嚢結石の存在などが挙げられ る.しかし,このような画像所 単純CT 造影CT 図 3 急性虫垂炎 50歳代女性 単純CTで虫垂を同定するのは困難であるが,造影CTでは炎症を伴った虫垂を容易に同定す ることができる. 見が必ずしも認められるわけで はない.また,急性胆嚢炎のCT による検出感度は,超音波検査 より劣るとされる (表 1) .図 4 3) に呈示した症例でも,門脈優位 相の画像のみでは急性胆嚢炎と 診断することは困難である.し かし,動脈優位相では胆嚢と接 する肝床部が濃染する所見を認 め,胆嚢の炎症が肝臓に波及し たものと考えられ,急性胆嚢炎 を疑うことができる.この所見 は 多くの 急 性 胆 嚢 炎 で 認 めら 動脈優位相 門脈優位相 図 4 急性胆嚢炎 30歳代男性 胆嚢壁肥厚 (–) ,胆嚢腫大 (–) ,dirty fat sign (–) であるが,動脈優位相にて胆嚢と接する肝 床部に造影剤による濃染像が認められ,胆嚢からの炎症の波及と考えられる (矢印部) . れ,当院の検 討では,93.1%の 症例で認められたことから,形態的な画像所見よりも 優位相が必要である. 有効と考えられる (図 5) .よって,急性胆嚢炎が疑わ なお,同様の傾向を示す疾患としてFitz-Hugh-Curtis れる場合は,門脈優位相のみでは不十分であり,動脈 症候群が挙げられる.Fitz-Hugh-Curtis症候群は,生殖 38 シンポジウム 3:体幹部 表 1 超音波とCTの急性胆嚢炎における診断能の比較 sensitivity specificity positive predictive value negative predictive value LR+ LR‒ CT 39% 93% 50% 89% 5.57 0.656 超音波検査 83% 95% 75% 97% 16.6 0.179 文献 3) より引用 LR: likelihood ratio 器感染症が腹腔内に進入し,とくに肝周 (%) 100.0 囲炎を引き起こした症候群で,現在では 93.1 Chlamydia trachomatisがおもな起因菌と 82.8 なっている.症状としては,右上腹部痛 を訴えることが特徴で,骨盤内の症状が ない場合も多く,胆嚢炎,胃潰瘍,肋骨 55.2 胆嚢壁 肥厚 胆嚢 腫大 dirty fat sign 胆嚢 結石 44.8 50.0 骨折などと誤診されやすい.CTでの診 58.6 断についての報告は少ないが,造影CT にて肝皮膜の濃染像が認められるとされ 10.3 る .当院で経験した10例の造影CT所見 4) 0.0 をまとめると (表 2) ,肝皮膜濃染像は動 脈優位相のみで認められ,門脈優位相 肝濃染像 肝濃染像 動脈優位相 門脈優位相 では認められなかった (図 6) .したがっ 有 27 3 13 17 16 24 て,Fitz-Hugh-Curtis症候群が疑われる % 93.1 10.3 44.8 58.6 55.2 82.8 場合は,動脈優位相の撮影は必須であ る. 以上から,予想される疾患によって, 図 5 急性胆嚢炎の画像所見の発生頻度 2009年 1 月から2009年 7 月までに急性胆嚢炎と確定診断され,造影CTにて動脈 優位相,門脈優位相の 2 相撮影を施行された患者29例が対象 適宜撮影時相を選択する必要があると 考えられる. しかしながら単純CTを軽視してはいけない 単純CTが有効な症例に関しては先に述べたが,ほか 表 2 Fitz-Hugh-Curtis症候群における肝被膜濃染所見の有無 Early Delayed CASE 1 + – CASE 2 + – CASE 3 + CASE 4 + – にも多数存在する.ここでは単純CTが重要な意味を持 CASE 5 + – つ絞扼性イレウスの症例を呈示する. CASE 6 図 7 に絞扼性イレウスのCT画像を示す.絞扼性イレ CASE 7 + – ウスとは,腸管および腸間膜の絞扼により,腸管壁の CASE 8 + – CASE 9 + CASE 10 + – 100% (9/9) 0% (0/8) 血行障害も起こしたもので,腸管の虚血の評価を造影 CTにて行う必要がある.腸管の絞扼を示す形態的な CT所見として,腸管や腸間膜の血管が渦巻き状陰影 – (whirl sign) ,腸 管の閉塞 部 が 鳥の嘴 状 陰 影 (beak sign) ,腸間膜の浮腫や出血 (dirty fat sign) ,腸管の浮 腫 (target sign) ,などがあげられる.そのほか,腸管虚 血・壊死を示唆する所見として,腸管の造影効果の低 撮影プロトコールの考え方 下,腸管壁の出血性壊死を示唆する高吸収域,腸管 壁・門脈ガス,大量腹水などがある.このなかで,壊 ここまで疾患別に撮影方法 (時相) の選択について述 死性出血を示す腸管壁の高吸収域は,造影CTではその べてきたが,実際の臨床の場では原因疾患が絞り込ま 診断を正確に行えないため,絞扼性イレウスを疑う場 れた状態でCTがオーダーされることは少ない.したが 合は単純CTが必要となる.また,造影効果の低下を判 って,疾患別にプロトコールを考えるのは現実的では 断するためにも,単純CTとの濃度を比較する必要があ ない.当院では,症状別,具体的には痛みの部位別に る.したがって,イレウスのCT撮影には,単純CTが必 プロトコールを構築している.ここまで述べた疾患を 須となり,造影CTと併せて双方が求められる. はじめ,お示しすることができなかった疾患を含め, 39 シンポジウム 3:体幹部 動脈優位相 図 6 Fitz-Hugh-Curtis症候群 20歳代 女性 動脈優位相では造影剤による肝皮膜濃染 (矢印部) が認められるが,門脈優位相で は認められない 門脈優位相 単純CT 図 7 絞扼性イレウス 50歳代女性 腸管壁の肥厚と腸間膜の濃度上昇を認め る,単純CTで腸管の粘膜は高濃度に描 出され出血性壊死が示唆される.粘膜の 造影効果は不良である. 造影CT 表 3 急性腹症における撮影プロトコールの 1 例 原因疾患がもたらす痛みの部位別に考えると,以下の 症 状 ようにプロトコールを構築することが可能で,最も効 率が良いと考えている. 上腹部痛 上腹部痛:おもに結石を診るための肝門部の単純 下腹部痛 CT,炎症性疾患を描出するために,上腹部の造影動脈 優位相の撮影,その後,全腹部の門脈相を撮影する. 撮影時相 単純・動脈優位相・門脈相 (単純)・門脈相 背部痛 単純・造影は臨機応変に 腹部全体痛 単純・門脈相 下腹部痛:全腹部の門脈相の造影が基本となるが, 噴石や,女性では出血を考え,骨盤部の単純CTも選択 肢の一つとなる. おわりに 腹部全体:全腹部の門脈相が基本となるが,絞扼性 イレウスを考慮し,単純CTを追加する場合もある. 背部痛:単純CTが必須となる.尿管結石をはじめ, 第 8 回CTテクノロジーフォーラムで発表させてい 血栓閉鎖型大動脈解離など,単純CTが有効な症例が ただいた内容に基づいて,急性腹症のCT検査につい 考えられるからである.その後の造影は,単純CTでの て,検査効率の観点から述べた.紙面の都合上,十 所見に合わせて撮影法を選択する.単純CTの読影能力 分な説明ができていないことを残念に思うが,少しで が要求されることとなる. も皆様の臨床現場に役立てていただければ幸いであ 以上を表 3 に簡単にまとめる. る. 参考文献 1)山下泰之:急性腹症の画像診断−最近の考え方−序説.画像診断.秀潤社,27 (3) :283-284,2007. 2)Smith RC, Rosenfield AT, Choe KA, et al. Acute flank pain: comparison of non-contrast-enhanced CT and intravenous urography. Radiology 194: 789-794, 1995. 3)急性胆道炎の診療ガイドライン作成出版委員会編:科学的根拠に基づく急性胆管炎・胆嚢炎の診療ガイドライン,2005. 4)水尾秀代,伊藤義雄,舩山和光 他:造影CT早期相の肝皮膜濃染が診断に有効であった急性期Fitz-Hugh-Curtis syndromeの 4 例.臨床放射線.金原出版株式会社,49 (8) :1019-1023,2004. 40
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