野菜作の新問題雑草,ゴウシュウアリタソウ ゜浅井元朗・澁谷知子・與語靖洋(農業研究センター) ゴウシュウアリタソウ( Chenopodium pumilio R. Br.)はその名のとおり,オーストラリアを 原産地として,熱帯∼亜熱帯を中心に暖帯の一部に分布するとされている,小型の一年生雑草であ る.日本には1930年代に兵庫県で初めて記録され,以後岩手県以南の本州各地において鉄道敷地, 港湾周辺,裸地などに稀にみられる草種とされてきた. しかし近年,関東地域において,同種が野菜作圃場に蔓延している(第2図)とのことで,その鑑 定と対策に関する照会が筆者らの研究室に相次いでいる.1999年7月から8月にかけて,ゴウシュ ウアリタソウの発生している圃場を訪ね,聞き取り調査等を行い,作付体系,管理方法などを記録 するとともに,雑草の発生状況を記録した.問題地域の概況は下記の通りである. 1.埼玉県所沢市 :葉菜類(ホウレンソウ,コマツナ,チンゲンサイ)を中心とした露地野菜の輪 作体系が多い.根菜類(ダイコン,ゴボウ)は減少傾向にある.同地では平成初期からゴウシュウ アリタソウの出現が確認され,数年前から拡大している.1999年夏期の調査ではほぼ市内各地にそ の発生が確認されている.そうした経緯から現地では同種を,“ヘイセイグサ”と呼称している. ゴウシュウアリタソウが問題となるのはチンゲンサイ,コマツナ,ホウレンソウといった葉菜類で, サトイモや根菜類では問題とならない.特にホウレンソウ,チンゲンサイで問題となる(第4図). ゴウシュウアリタソウが密生すると風通しが悪くなり,軟腐病を招きやすいと見なされている.コ マツナではゴウシュウアリタソウが増加しないが,これは他の葉菜類に比べて栽培期間が短いこと に関係があるかもしれないという.ペンディメタリン剤,ブタミホス剤などが用いられているニン ジン作ではゴウシュウアリタソウが発生しない.なお,ゴウシュウアリタソウの発生は5月から11 月にわたる.土づくりのため,積極的に牛糞を投入した地域に発生が多く,それが侵入源とみなさ れている.その蔓延には機械とともに降雨によって表土とともに移動することが挙げられている. 同種の蔓延を防止するために,野菜収穫後は早めに耕起することが必要とされている.隣接した管 区の日高市でも発生の報告がある. 2.千葉県松戸市 :住宅に囲まれた中に,ネギ,エダマメなど露地野菜を作付けする生産緑地が点 在する地域である.数年前からゴウシュウアリタソウが見られるようになったという.侵入源には 同市農協で導入している馬糞堆肥(茨城県美浦産)が強く疑われており,その使用を控える農家も ある.ゴウシュウアリタソウの防除は耕起と手取が中心で,耕起前にグリホサート剤またはグルホ シネート剤を用いる場合もある.なお,周囲の住宅環境に配慮し,土壌消毒剤,土壌処理除草剤お よび乾燥する時期の耕耘を控えざるをえないことがあり,それが雑草の蔓延を助長することは明ら かである.近隣の鎌ヶ谷市でも発生の報告がある. 3.茨城県猿島郡境町 :ホウレンソウを連作するビニルハウス内にゴウシュウアリタソウが発生 する.1998年に同種を初確認.ハウスでは4月から11月までホウレンソウを3作,冬期にセロリー を作付する.耕起後,クロルピクリン剤を処理(萎稠病対策)し,ホウレンソウを播種し,約35日 後に収穫する.収穫後,10日以内に次作の土壌消毒をおこなう.しかるにゴウシュウアリタソウは ホウレンソウとほぼ同時に発生し,その収穫時にはすでに開花,結実に至る.牛糞堆肥を使用.現 在のところ発生は一軒の農家のみである. この他,2000年3月現在,群馬県藪塚本町(スイカ),岩手県西根町(ホウレンソウ)からも発生, 被害の報告がある. 以上のように,ゴウシュウアリタソウはその開花迄日数がきわめて短期間であり,春期から秋期ま で種子生産が認められることから生殖生長への転換は日長に対して中立である,ことが推察される. 種子は結実直後から発芽能力を持つことが明らかである(第3図).こうした特徴故に,特に葉菜類 の短期輪作圃場において優占しやすい傾向がある. 問題圃場の多くが過去に何らかの堆肥を投入した前歴があり,それらが侵入源として疑われている. それに加えて,一部の土壌消毒剤に効果が劣るとされており,臭化メチル剤の代替体系では防除が不 十分となって蔓延する可能性がある.このような特徴から,今後,堆肥を投入し‘低農薬’で葉菜類 を連作するような条件が揃った地域,圃場でさらにゴウシュウアリタソウの被害地域が拡大する可能 性がある. Asai, M., Shibuya, T. & Yogo, Y.: Clammy goosefoot, a new trouble in vegetable crops. 耕地雑草としてのゴウシュウアリタソウに関する情報は国内外ともきわめて少なく,その生態ならび に防除法に関する知見はほとんど蓄積されていない.今後,その防除対策確立のためには発芽・生育限 界温度,埋土種子の寿命,耕種操作への反応,各種除草剤への反応等々,研究を進める必要がある. なお,竹松・一前:1993「世界の雑草 II 離弁花類」p685 のゴウシュウアリタソウの学名は誤りであ る,水島:1968 植研 43,80 が正しい. × ★ ★ ☆ ★ × × × × × × × × × × ★ ☆ × 第2図:ネギ圃の畦間を埋めるゴウシュウアリタ ソウ(千葉県松戸市,1999 年 7 月 26 日) 図1 関東地域でゴウシュウアリタソウの発生報告・採取記録 ★;野菜圃場で問題(現地または標本を確認) ☆;野菜圃場で問題と報告 ×;標本からの記録(TNS,MAK,RIBおよび神奈川県植物誌より) 第3 図:枯死した親個体に沿って発芽する実生(茨 城県境町,1999 年 8 月 11 日) 第4図:ゴウシュウアリタソウの発生するチンゲンサイトンネル栽培(埼玉県所沢市,1999 年 8 月 13 日) 現地調査では埼玉県農林部・渡辺一義,同川越農業改良普及センター・石毛次郎,茨城県岩井地域農業改良普及センター・植 竹博,小竹善和,千葉県農業試験場・猪野誠,同東葛飾農業改良普及センター小林政志(以上敬称略)各氏にお世話になった. ここに深謝を表する.
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