⑤tushima飯能市のアライグマ爪痕調査

埼玉県飯能市でのアライグマ爪痕調査
対馬良一(NPO法人天覧山・多峯主山の自然を守る会)
1
はじめに
特定外来動物に指定されているアライグマは、農作物の被害だけではなく、カエル、サンショ
ウウオなどの両生類の捕食、サギ類のコロニーの破壊やツバメ、フクロウの巣への加害を通して
生態系に影響を与えていることが報告されている。飯能市で天覧山と多峯主山の保全活動をおこ
なっている「NPO法人天覧山・多峯主山の自然を守る会」(以下、てんたの会)は市民参加の
もと、市内のアライグマの生息分布を調べるため社寺仏閣におけるアライグマの爪痕調査を行っ
た。
2
飯能市の概況
飯能市は埼玉県南西部の都心から約
50km圏内に位置し、古くは林業と織物のま
ちとして栄えた。昭和40年代から宅地化が
進展し、首都圏の近郊住宅都市として変容
をみせている。平成17(2005)年に旧名栗村
と合併し、人口約8万人、県内3番目の広
大な面積(193.18Km2)を持つ。
2
飯能市の自然環境の概要
飯能市の地帯区分は、北西部の最高
1,356mの標高を持つ山地帯、最も広い面積を占める低山帯、南東部の
市街地が発達している丘陵・台地帯となっている。さらに、入間川、
図 2 飯能市の地形区分
図 1 飯能市の位置
高麗川の一級河川が、西部山地から東部台地へと流下している。気候は、太平洋側の内陸型気候
で、山間部は季節による気温の変化が激しく、降水量は埼玉県内でも多い地域となっている。
3
飯能市のほ乳類
市域の約76パーセントを森林が占める飯能市で記録された哺乳類は30種で、埼玉県に生息する
森林性の中大型哺乳類のすべてが生息している。絶滅種のニホンオオカミ、ニホンカワウソ、外
来種のヌートリア、アライグマを除く埼玉県のほ乳類は52種でその約58%が記録されている。
No.
科 名
1
トガリネズミ科
2
モグラ科
3
4
キクガシラコウモリ科
5
6
ヒナコウモリ科
7
オナガザル科
8
ウサギ科
9
リス科
10
11
12
ヤマネ科
13
キヌゲネズミ科
14
15
クマ科
飯能市のホ乳類リスト
種 名
No.
科 名
16
ホンシュウジネズミ
17
ホンシュウヒミズ
18
アズマモグラ
ネズミ科
19
ニホンキクガシラコウモリ
ニホンコキクガシラコウモリ 20
21
アブラコウモリ
22
ホンドザル
イヌ科
23
キュウシュウノウサギ
24
ニホンリス
イタチ科
25
二ツコウムササビ
26
ホンドモモンガ
27
ヤマネ
ジャコウネコ科
28
ホンドハタネズミ
イノシシ科
29
カゲネズミ
シカ科
30
ニホンツキノワグマ
ウシ科
種 名
ホンドアカネズミ
ホンドヒメネズミ
ホンドカヤネズミ
二ホンハツカネズミ
ニホンクマネズミ
ニホンドブネズミ
ホンドタヌキ
ホンドキツネ
ホンドテン
ホンドイタチ
ニホンアナグマ
ハクビシン
ニホンイノシシ
ニホンジカ
ニホンカモシカ
表 1 飯能市の哺乳類リスト
4
調査方法
1)
市民への呼びかけ
講演会:爪痕調査を実施するにあた
って関西野生生物研究所との共催で
2014年1月25日に飯能市においてアラ
イグマシンポジウム「鎮守の森の生物
多様性を脅かすアライグマ問題」を開
催した。
講習会:また、6月28日に関西野生生
物研究所の川道美枝子氏を講師に爪痕
調査講習会「爪痕で知るアライグマの
実態」を開催した。
広報:
「てんたの会」の会報でのよび
かけ
① 講習会の案内2014年1月1日会報No.67
写真 1 アライグマシンポジウム
② 講演会の案内2014年6月1日会報No.68
2)教育機関との連携:埼玉県立飯能高環境科学部と協同で調査を実施することになった。
3) 行政との連携
2013年12月11日に飯能市の農林課を訪ね、担当者から市内の被害状況や対策を伺った。また、
アライグマの講演会や爪痕調査の実施について協力を要請し、シンポジウムの後援を依頼した。
3) 調査方法及び期間
調査社寺は、首都圏(一都三県)にある寺社のデータベース作成を目的としたHP「猫の足
あと」(http://www.tesshow.jp/) で紹介されている飯能市内の129の社寺を対象に行った。
調査では以下の内容を記録した。
① 調査日時、調査者名
② 社寺名、住所(詳細な番地は無くとも良い)、調査時間を記録。
③ 建造物の外側を回り、爪痕があるかどうか、爪痕はどこについているかを記録(柱、戸袋、
扉など)。
④ アライグマに特徴的な5本爪の確認、爪痕の多少と新旧を記録。1-5 個、6-10 個、10 個
以上、数えられないほど多いなど。
⑤ アライグマが建造物内部に侵入している場合の侵入経路を記録。
⑥ それぞれの社寺全体で被害のランク判定を行う。
⑦ 社寺に管理者がいる場合には目撃や建造物内部の被害などを聞き取る。
また、調査終了後にはアライグマ爪痕の状況など管理者に伝えこととした。
調査期間:調査は6月の講習会終了後、12 月までの半年間の間に行った。
写真 2 アライグマの爪痕
5
調査結果と考察
アライグマの侵入状況を爪痕の数、爪痕の新旧及び聞き取り結果から判断し、以下の5ランク
に分類した。
アライグマが、
●現在、侵入している可能性がある。 ○過去に侵入している可能性がある。
▲現在、訪問している可能性がある。 △過去に訪問している可能性がある。
□痕跡が認められなかった。
火事などで消失したり、建て替え等で柱や壁が木製ではなくなった建物を除いた 118 社寺の被
害状況は表 2 及び図 3 の通りである。調査社寺の 80%にアライグマの爪痕が確認された。また、
現在、侵入または訪問している可能性がある社寺は約半数の 49%に上った。
●
○
▲
△
□
件数
1
2
57
34
24
%
1
2
48
29
20
表 2 飯能市内の社寺のアライグマの被害状況
アライグマの侵入状況 現在、侵入して
いる可能性があ
る。
1%
痕跡が認めら
れなかった。
20%
現在、訪
問してい
る可能性
がある。
48%
過去に訪問して
いた可能性があ
る。
29%
図 3
過去に侵入して
いる可能性があ
る。
2%
管理者に聞き取りができた社寺は 27 社寺、そのうち 20 社寺ではハクビシンとアライグマの侵
入対策、特に罠の設置による捕獲を行っていた。また、4 社寺ではアライグマの侵入・訪問に気
づいていなかった。
他市の調査との比較:
次に京都府舞鶴市 342.27 Km2(2012 年)、埼玉県所沢市 71.99 Km2(2013 年)で行われた爪
痕調査結果と比較した。飯能市では新しい爪痕「現在、侵入もしくは訪問している可能性がある」
(49%)が古い爪痕「過去、侵入もしくは訪問している可能性がある」(31%)より多く見られた。
このことは、近年、飯能市においてアライグマの捕獲数が急激に増えている状況(図 5)を反映
しているように思われる。舞鶴市は新しい爪痕 37.8%、古い爪痕 55.4%で、古い爪痕の方が多
く見られた。このことは捕獲数が徐々に減少し、生息数が減少してことを反映しているように思
われる。所沢市は新しい爪痕 31%、古い爪痕 38%であった。また、爪痕の未確認数が最も少な
く(331%)、捕獲数
数が少ないこ
ことを反映し
しているように
に思われる。
建物
物への侵入状
状況(現在もしくは過去に
に侵入してい
いる可能性があ
ある。)は、舞
舞鶴市 46.9%
%、所
沢市 16%で、飯能
能市が最も少
少なく 3%であ
あった。
60
55.4
49
9
50
37.8
31
40
30
3
31
38
31
20
20
6.7
10
埼玉県飯
飯能市2014年
年
0
埼玉県所
所沢市2013年
年
京都府舞
舞鶴市2012年
年
図 4 爪痕の新旧
旧の比較(%
%)
18
80
165
159
16
60
153
14
40
1
110
12
20
10
00
8
80
91
80
埼玉県飯能市
市
埼玉県所沢市
市
6
60
京都府舞鶴市
市
4
40
2
20
1
15
2
0
09年
200
2010年
9
2011年
図 5 3 市のアライグマの
の捕獲頭数
アライ
イグマの分布
布域: 今回の
の爪痕調査に
によって飯能
能市内全域(低
低山帯から丘
丘陵・台地帯及
及び市
街地)
)にわたって
てアライグマが分布してい
いることが明
明らかになった
た。図 6 参照
照。
今後の課題:
埼玉県環境部自然環境課(2012)の平成 24 年度アライグマ生息状況等調査業務報告書による
と、近年埼玉県中央地区及び西部地区などアライグマが拡大傾向にある地域ではエサ場、ねぐら、
移動経路がそろっていれば、他の個体との干渉がないため分布が更に急激に広がる可能性がある
という。西部地区で東松山市についで捕獲数が多い飯能市は、移動経路としての河川、エサ場で
ある農耕地、隠れ家や住み家となる樹林地が一体となって広がっている。このことから飯能市に
おいてアライグマは、更に増加することが懸念される。今後も爪痕調査を継続し、市民によるア
ライグマの監視体制を構築することによってアライグマ対策に寄与できると考える。
また、今回の調査ではアライグマとともにハクビシンの被害を訴える声を多く聞いた。特定外
来生物に指定されていない捕獲ハクビシンは再放逐しなければならいという法的な不備を指摘
する声も多かった。爪痕調査においてはアライグマとハクビシンの爪痕による判別の精度を上げ
ることも今後の課題であると思う。
6 調査者名
てんたの会:浅野正敏、岡登伸一、大石章、対馬良一、原田恵子
トトロのふるさと基金:福田友美子
飯能高校:鈴木貞一、原田千鶴、鈴木悠太、渡辺理、田本昌野、武藤有香、高野愛、中村早希、
貫井祐美、原子智美、前橋北斗
7
謝辞
本調査を実施するにあたって関西野生生物研究所ならびに同代表・川道美枝子氏には多大なる
ご指導とご支援を頂いた。また、本文をまとめるにあたって公益財団法人トトロのふるさと基
金・北浦恵美氏には多大なるご指導を頂いた。ここに感謝の意を表する。
引用文献、
環境省(2011)アライグマ防除の手引き(計画的な防除の進め方)65pp. 環境省 自然環境局 野
生生物課 外来生物対策室
堀井達夫・北浦恵美・横山伸夫(2014)所沢市におけるアライグマ生息状況調査.トトロのふる
さと基金 自然環境調査報告書第11集.11-14.
川道美枝子・川道武男・金田正人・加藤卓也(2010)文化財等の木造建造物へのアライグマ侵入
実態.京都歴史災害研究第11号.31-40.
川道美枝子・川道武男・山本憲一・八尋由佳・間恭子・金田正人・加藤卓也(2013)アライグマ
侵入実態とその対策.畜産の研究第67巻第6号.
埼玉県環境部自然環境課(2012)平成24年度アライグマ生息状況等調査業務報告書.
東京都レンジャー外来種調査チーム 田畑
真悠他(2012 年度)委託事項報告書(外来種調査)
「多摩地域の自然公園周辺における外来種アライグマ・ハクビシンの生息調査」
図 6 飯能市爪痕調査アライグマ侵入状況