中国語における実詞と虚言司について

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中国語における実詞と虚詞について
小 林
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現代中国語の学校文法では単語を実詞と虚詞に分類している。実詞と虚詞の
区別ほ、、実質的意味′′をもつかそれとも、、文法的意味′′をもつかによる。中国
語の文法は語序が基本であると言えるが,語序のみに頼っていたのでは表現力
に.も限界がある。従って文法的意味をもつ虚詞の存在は中国語の表現力をより
豊かにそしてより正確な表現にする上で不可欠なものである。現代中国語の学
校文法では実詞にほ,名詞,動詞,形容詞,数詞,量詞,代詞の六品詞を挙げ,
虚詞には副詞,介詞,連詞,助詞,嘆詞の五品詞を挙げていたが,最近公表さ
れた≪提要≫によると新たに.擬声詞が虚詞に加えられており,従って実詞と虚
詞の品詞の数は同数になっている。
実詞と虚詞という分類は中国語の伝統的な実字と虚字という分類概念から発
展して釆たものである。千八百余年前,後漢の許慎が中国初の字典≪説文解字≫
を著し,虚字をとりあげて以後,中国語の研究と学習において虚字はその重要
な地位を占めて釆たと言われる。十九世紀末に西欧文法を輸入しその品詞制度
を取り入れた馬建忠の≪馬氏文通≫が現れてからは,それまでの実字と虚字の
分額概念は「品詞の上位分類」として位置づけられ 名称も実詞と虚詞に変わっ
たが,実詞と虚詞についての具体的な品詞分類そのものは文法研究者により各
人各様であったと言われる。他方,中国語の実字と虚字という分類概念は英文
法に輸出されて,実詞ば‘fullword”,虚詞ば‘emptyword”という訳語を生ん
でいるという。
中国語は典型的な概念語であるから形態変化がなく,中国語の虚詞は独立し
て表記される。従って中国語は実詞と虚詞とが結び合って織りなす表現の帯で
あると言えるが,中国語には実詞と虚詞を独立した漢字を以て各々表現する分
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析的性格がある。このことが中国語の虚字についてその認識を早くから確立さ
せる契機となっていたと言えるかもしれない。
いわゆる実詞が、、実質的意味′′をもつとほ,対象を概念化して表現している
ということであろう。これに対して虚詞ほ話し手の感情や主張あるいほ文法的
意味を概念化せずに直接的に表現しているということだと言えるだろう。概念
の表現であるかそれとも文法的意味の表現であるかは,自立語として用いられ
るかどうかという形としても示される。だが自立語であるかそれとも附属語で
あるかは実詞と虚詞の用法上の大まかな特徴でしかなく,実詞であっても附属
語として用いられるものもあり,逆に虚詞であっても自立語として用いられる
喫詞のような品詞もある。
実詞の、、実質的意味′′ にほ意味が具体的なものと抽象的なものとがあり,意
味が抽象化した実詞はど用法も附属語化もしくは非自立語化する傾向が見られ
るようである。名詞の下位に分類される方位詞には単純方位討と複合方位詞と
があるが単純方位詞ほ附属語として用いられるのが通例である。中国語の複合
語化への趨勢の中では複合方位詞が自立語としても用いられるのと比較すると
単純方位詞はよ、り附属語化の傾向が強くなっていると言えるだろう。数詞も概
念的表現であるが抽象的であるから数の計算などの場合に独立して用いられる
以外,普段は量詞と共に用いられる。畳詞もまた抽象的であるから数詞と畳詞
が結合して数量詞という形でもって名詞の前,または動詞の後に用いられ事物
の数量または動作の回数などを表している。従って,概念的表現であっても方
位詞や数詞,畳詞などに見られるように表現が抽象化するにつれて用法も附属
語化ないし非自立語化してゆくと考えてよいのではないか。
実詞と虚詞の単語の総数について見ると,実詞に属する単語は無数に存在す
ると言ってよいだろうが虚詞に属する単語ほ有限である。現代中国語の常用さ
れる虚詞の数はおよそ七百個ぐらいあると言われる。単語数に見られる実詞の
、、開放性′′ と虚詞の“閉鎖性′′ という対照的な事態にも,実詞と虚詞の表現内
容の質の差が示されていると言える。
実詞には概念を表現する純粋な実詞がある外,概念化されていない主体的な
要素を包含している実詞があると言ってよいだろう。他方,虚詞にも純粋に語
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気を表現する虚詞と文法的意味を表現する虚詞がある外,語気的表現を包含し
ている文法的な虚詞もあると考えられる。実詞に概念化されていない主体的要
素が加わった単語として,例えば動詞の、、釆′′,、、去′′が挙げられる。、、釆′′,
、、去′′
ほ移動の動作の表現であるが,同時に動作の方向が話し手の位置との関係にお
いて表現されていると言える。従って動詞の下位分類に属している趨向動詞は
話し手の位置との関係という主体的要素を包含している概念的表現であると
言ってよいのではないか。また指示代詞の、、速′′、、那′′も事物の概念的表現であると同
時に詔し手との距離の遠近を直接的に表現していると言え.るだろう。指示代詞
の、、速′=、那′′の、、実質的意味′′がはっきりしないのほ,指示代詞が事物の概念
的表現を話し手との距離の遠近という主体的要素と結びつけて表現している品
詞であるからに違いない。従、つて概念的表現のみの普通名詞と比較すれば指示
代詞のい実質的意味′′が抽象的であるのは止むを得ないことではないだろうか。
能願動詞も話し手の判断,主張といった主体的要素を包含した概念的表現であ
ると言えるだろう。従って「、、能′‥、可以′‥、皮該′‥、敢′′等についてほ・‥…・他の
実詞とほ異なる何か主観的なもの,mOOdが残っているように思える。関係語と
しての虚詞とは当然異なるが,語気や感嘆を表す虚詞とほ,むしろ非常に近い
性格を持つように思われる」のほ自然であろう。また動詞の下位分類に属して
いる判断詞の、、是′′は名詞述語文に用いられる所から、、繋辞′′ といった呼び力
もあるが,判断詞の、、是′′は動詞述語文,形容詞述語文にも用いられる。「名詞
述語文ほ文意から言えば共通して話し手の主張の文である。その主張ほ文中に
主張の辞が含まれていて当然なのだが,、、是′′がそれに当たる。」「形容詞述語文
や動詞述語文ほ、、是′′が不必要なのだが,つけ加えようと思えばいくらでもつ
け加えられる。単純な叙述の文が主張の文にかわるだけである。」動詞の下位分
類に属する判断詞の、、是′′は否定の副詞、、不′′ と相反する意味をもっており,
話し手の肯定と否定の判断,主張を概念化することなく直接的に表現している
単語であると言ってよい
だろう。従って判断詞の、、是′′ も動詞の下位分類とす
るよりは虚詞として救う方がよいのではないだろうか。
虚詞にほ語気的表現の強い品詞と文法的表現の強い品詞とがあると言えるよ
うだ。「同じ虚詞でも,語と語の関係を表す虚詞と,語気や感嘆を表す虚詞とほ,
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ー・緒に括ってしまうことができない,性格を異にするもの」がある。「これは或
いは,歴史的に,明清以前は,虚字(助字)ほ主に喫詞の額を指しており,明
清期になって,主に関係語を指すものとなったという助字意識の変遷と関連す
る問題」であると共に,中国語の発展史とも密接に関連する問題であると言え
るのではないだろうか。文法的表現の強い虚詞にほ,介詞,連詞,構造助詞,
時態助詞などが挙げられるし,語気的表現の強い虚詞には嘆詞と語気助詞が挙
げられるだろう。副詞ほ語気的表現の弓削、副詞から文法的表現の強い副詞まで
幅が広いと言えるのではないだろうか。語気的表現の強い否定の副詞、、不′′ほ
判断詞の、、是′′ と同じく喫詞のような自立語的性格を帯びていて単独でも用い
られるという特別な事態が見られる。≪提要≫で虚詞に加えられた擬声詞は物音
を模倣した直接的な表現であり概念的表現ではないから虚詞であると言える
が,対象が客体的に存在する物音であるから嘆詞ほどにほ語気の表現は包含さ
れてはいないが,模倣の仕方に民族性が示されていると言、つてよいのではない
か。
《参考・引用文献≫
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