強角膜裂傷後に発症した小児の虹彩捜腫の1例 - 日本職業・災害医学会

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症 例
強角膜裂傷後に発症した小児の虹彩捜腫の 1 例
千年 宣忠
熊本市民病院眼科
山本有希子,清水 潔,小出 良平
昭和大学眼科学教室
(平成 15 年 12 月 26 日受付)
要旨:虹彩捜腫は発生原因により先天性,外傷性,滲出性,寄生虫性,縮瞳剤性,特発性に分類
されている.またその半数以上が外傷性とされている.虹彩捜腫はその増大に伴い角膜障害,続
発性緑内障など様々な合併症を引き起こすと言われている.今回われわれは強角膜裂傷後に発症
した外傷性と思われる虹彩捜腫により角膜内皮障害を来たした症例を経験した.摘出術を施行し
良好な結果が得られたので報告する.症例は 12 歳女児,4 歳時に窓ガラス片にて右眼を受傷し強
角膜裂傷にて縫合術を施行した.手術約 4 年後に虹彩捜腫が出現,次第に増大しそれに伴い角膜
内皮細胞密度の減少を認めたため摘出術を施行した.合併症や再発はみられず経過良好で角膜内
皮細胞密度の明らかな減少も認めていない.現在一般的に行われている虹彩捜腫の治療は外科的
摘出術や光凝固などであるが,それぞれ一長一短があり症例に応じた最も有効な治療を選択する
必要がある.
(日職災医誌,52 : 181 ─ 184,2004)
─キーワード─
虹彩捜腫,角膜内皮細胞密度,外科的摘出術
はじめに
虹彩捜腫は発生原因により先天性,外傷性,滲出性,
合病院眼科を紹介され,受傷後 2 日目に虹彩整復および
強角膜縫合術施行.図 1 に受傷時,図 2 に術後のシェー
マを示した.12 時の方向に角膜から強膜にかけて裂傷
寄生虫性,縮瞳剤性,特発性に分類されている.またそ
を認め,創部からの虹彩脱出および上方への瞳孔偏位を
の半数以上が外傷性とされている.虹彩捜腫はその増大
認めた.粘弾性物質で前房を形成し,脱出した虹彩はス
に伴い角膜障害や続発性緑内障などの合併症を引き起こ
パーテルで整復した.10-0 ナイロンを用い角膜連続縫合
すと言われている.今回われわれは強角膜裂傷後に発症
し,9-0 プローリンで強膜を 2 針縫合した.
した虹彩捜腫により角膜内皮障害を来たした症例を経験
術後定期的に外来にて経過観察されていたが,受傷約
した.摘出術を施行し良好な結果を得たので考察を加え
4 年後,右眼創部に嵌頓した虹彩に一致して虹彩捜腫が
報告する.
I.症 例
12 歳,女児
初診日:平成 7 年 10 月 20 日
主 訴:右眼虹彩捜腫精査加療目的
既往歴:特記すべきことなし
家族歴:特記すべきことなし
現病歴:平成元年 4 月 29 日(4 歳時)家の近くで窓ガ
ラスを割って遊んでいたところガラス片で右眼受傷.近
医にて虹彩脱出を伴う強角膜裂傷を認めたため,近医総
A case of juvenile iris cyst after sclerocorneal laceration
図 1 受傷時のシェーマ
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日本職業・災害医学会会誌 JJOMT Vol. 52, No. 3
図 2 強角膜縫合術後
図 5 角膜内皮と癒着している捜腫の部分は切除せず残した.
図 3 12 時の部位に半球状の虹彩捜腫を認め,瞳孔領にかかって
いる.
図 6 捜腫と接していた虹彩はクレーター状に陥凹しており変性
している.
図 4 捜腫の前壁部が大きく角膜内皮に接している.
出現した.捜腫は表面平滑,半球状で白色半透明,漿液
性であった.受傷 4 年 2 カ月後,瞳孔領 1/2 にかかるま
で虹彩捜腫は増大した.受傷 5 年 6 カ月後角膜内皮細胞
測定を施行したところ細胞数減少を認めたため平成 7 年
10 月 20 日昭和大学病院眼科紹介受診となった.
初診時所見:視力; Vd = 0.8(1.2 × cyl − 1.50D
図 7 角膜内皮と癒着している捜腫の部分は切除せず残した.
千年ら:強角膜裂傷後に発症した小児の虹彩捜腫の 1 例
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図 8 部位による角膜内皮細胞密度
Ax180°),Vs = 0.4(1.2 ×− 0.50D = cyl − 1.0DAx80°)
図 9 角膜内皮細胞密度の経過
眼圧;右 12mmHg であった.右眼の虹彩 12 時の創部に
一致した部位には捜腫を認め瞳孔領にかかっていた(図
外傷後に生じてきていることより外傷性の要因が最も考
3).また捜腫の前壁部が大きく角膜内皮に接していた
えられる.虹彩捜腫はその増大に伴い角膜内皮障害,虹
(図 4).角膜,水晶体の混濁や虹彩毛様体炎は認められ
彩毛様体炎,続発性緑内障,併発白内障などの合併症を
なかった.スぺキュラーマイクロスコープによる角膜内
引き起こすと言われている 1).本症例は全経過を通じ視
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皮細胞密度は右眼 1,177/mm ,左眼 3,436/mm であった.
力,眼圧に異常は認められなかったが,虹彩捜腫が原因
経 過:今後も角膜内皮細胞密度が減少していくこと
と思われる角膜内皮細胞密度の減少を認めたため外科的
が懸念されたため捜腫摘出術を施行した.手術は全身麻
に切除術を施行した.虹彩捜腫の治療法には主に外科的
酔にて施行した.角膜辺縁部 2 時より 21G 針を用い,粘
摘出術,アルゴンレーザー,YAG レーザーによる光凝
弾性物質注入後 10 時よりオキュトームカッターを用い
固,捜腫の穿刺吸引がある 4)∼ 6)が,どれにも一長一短が
て角膜内皮細胞に留意して捜腫を切除した.角膜内皮と
あり確立されたものはない.またはそれらを組み合わせ
癒着している捜腫の部分は内皮細胞に対する障害を考え
て行う方法 6)も報告がある.外科的摘出術は侵襲が大き
除去せず残した.空気および粘弾性物質で前房を形成し,
い,切除範囲が大きい場合角膜内皮細胞や虹彩に影響を
手術を終了した.術後の写真を図 5,図 6,図 7 に示した.
与えかねない 5)∼ 7)欠点があるが,捜腫全摘出ができれば
捜腫と接していた虹彩はクレーター状に陥凹しており変
根治療法になり得る 6)という利点がある.光凝固は非観
性を認めた.角膜内皮細胞数の経過を図 9 に示した.健
血的 2)7)8)で侵襲が少ない 5)7),反復して行える 2)5)∼ 8)とい
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う利点があるが,熱作用による角膜内皮障害 2)5),破捜
と著明な減少を捜腫出現 2 年後すでに認め,その後
後内容液による高眼圧 5)6),水晶体への照射による白内
1,177/mm2 となり今後も内皮細胞密度の減少が懸念され
障 2)5),再発が比較的多い 5).照射の条件が術者により異
たため捜腫摘出を施行した.摘出術後,内皮細胞数はや
なっており標準化されていない 8)などの欠点がある.穿
眼の内皮細胞数 3,482/mm と比較し受傷眼は 1,242/mm
や減少傾向を示したが,その後減少傾向は認めなかった
刺吸引は捜腫の内容物が流出することはないが再発が多
(図 9).図 8 は捜腫摘出 3 年後平成 10 年 10 月 12 日の角膜
い 6)と言われている.本症例では年齢が 12 歳と若年者
内皮細胞数を部位別に測定したものである.角膜中央部
であり,すでに角膜内皮細胞密度の減少をきたしていた
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の内皮細胞数は 1,137/mm と明らかな減少は認められな
ためできるだけ内皮細胞の障害を最小限に抑えなければ
い.また虹彩捜腫の再発も認めていない.
ならなかった.症例は捜腫が角膜内皮に大きく接してお
II.考 按
り,光凝固による角膜内皮障害も無視できず,再発した
場合反復して行わねばならない.また光凝固後の不可逆
Duke-Elder1)によると虹彩捜腫は発生原因により先天
性の眼圧上昇や一過性であっても高度の眼圧上昇が生じ
性,外傷性,滲出性,寄生虫性,薬剤性(縮瞳剤性),
た場合の内皮障害も懸念されたため,根治療法となり得
特発性に分類されている.その中でも外傷性のものが半
る摘出術を施行した.現在,再発や角膜内皮細胞密度の
数以上を占めている.外傷性虹彩捜腫は角膜あるいは強
減少を認めず,視機能に大きな影響もなく経過良好であ
角膜移行部付近の穿孔性外傷後に角結膜の上皮細胞が虹
る.(従って本症例は今後も角膜内皮細胞密度測定を含
彩組織中に迷入して発症するとされている 2)3).本症例
めた長期の経過観察を要すると考えられ)虹彩捜腫は臨
も既往の外傷の部位と今回の虹彩捜腫の位置が一致し,
床上問題とならない小さな物は特に治療を要しないが,
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次第に増大する事が多く様々な合併症を引き起こすため
注意深い経過観察が必要である.虹彩捜腫の治療には外
科的切除,光凝固いずれも第一選択となりうると考えて
よいが,合併症や再発のリスクなどを総合的に評価し症
例により柔軟な姿勢で対処しなければならない.
文 献
1)Duke-Elder S : System of Ophthalmology, Vol. IX,
Henry Kimpton, London, 754 ─ 775, 1966.
2)久保田浩,杉本多永子,盛 隆興,他:外傷性虹彩嚢腫
2 例の治療経験.眼紀 41 : 1996 ─ 2000, 1990.
3)高木真理子,宇野敏彦,忽那実紀,大橋裕一: Epithelial Downgrowth に対して周辺部全層角膜移植術が奏効し
た 1 例.あたらしい眼科 16 : 981 ─ 984, 1999.
4)佐藤敦子,中静裕之,山崎芳夫,森 茂:原発性虹彩
嚢腫に対するアルゴンレーザー二段階照射療法.眼科 39 : 301 ─ 304, 1997.
5)高野文恵,沢口昭一,原 浩昭,他:続発性虹彩嚢腫 2
例の超音波生体顕微鏡所見と病理組織所見.眼紀 48 :
1428 ─ 1433, 1997.
6)伊勢武比古,林 振民,林 麗如,他:急速増大した先
天性虹彩嚢腫.眼科臨床医報 93 : 1511 ─ 1513, 1999.
7)小西正浩,楠田美保子,竹村 准,他:レーザー治療に
より鎮静化した特発性虹彩嚢腫の 1 例.眼紀 46 : 272 ─
275, 1995.
8)寺西千尋: Argon 光凝固が有効であった漿液性虹彩嚢
腫の 1 例.眼科 33 : 487 ─ 490, 1991.
(原稿受付 平成 15. 12. 26)
別刷請求先
〒 862―8505 熊本市湖東 1 ― 1 ― 60
熊本市民病院眼科
千年 宣忠
Reprint request:
Nobutada Chitose
Department of Ophthalmology,
Kumamoto City Hospital 1-1-60 Koto Kumamoto 862-8505
A CASE OF JUVENILE IRIS CYST AFTER SCLEROCORNEAL LACERATION
Nobutada CHITOSE1), Yukiko YAMAMOTO2), Kiyoshi SHIMIZU2) and Ryouhei KOIDE2)
1)
Department of Ophthalmology, Kumamoto City Hospital
Department of Ophthalmology, School of Medicine, Showa University
2)
We report a case of juvenile traumatic iris cyst in a 12-year-old girl patient, who had suffered a penetrating ocular injury in her right eye by pieces of glass at the age of 4. The iris cyst appeared about 4 years after the injury. As
the iris cyst had been growing and touching the corneal endothelium, corneal endothelial cell density showed signs
of decrease. Surgical treatment was therefore performed with no complications or recurrence during follow-up. No
significant reduction in corneal endothelial cell density was observed. Iris cysts have been treated with surgical
therapy, laser therapy or aspiration. The most effective treatment should be selected.