砥石上に形成される研削液膜の形状に関する研究 (P - ものつくり大学

論
文
砥石上に形成される研削液膜の形状に関する研究
−P ノズルの開発と研削液の付着現象−
平岡尚文*1,梨本俊晴*1,東江真一*1,佐藤秀明*2,清水伸二*3
A study on the coolant film shape on grinding wheel
−Development of P nozzle and the adhesion of coolant−
Naofumi HIRAOKA, Toshiharu NASHIMOTO, Shin-ichi TOOE, Hideaki SATO and Shinji SHIMIZU
環境意識が高まる中,高能率加工と環境改善を両立させることが必要になってきている.研削加工においては,
研削液の問題がその要といってよく,必要最小限の研削液でもその効果を発揮させることが望まれる.そこで,各種
の流体が使用でき,微量でも確実に研削液を研削点まで到達させることができる「送り位置決め機構内蔵近接総形
ノズル」(略称として,P ノズルと呼ぶ)を開発した.P ノズルにおいて,少流量でも水溶性研削液が砥石に付着するこ
とを確認するとともに,研削液の圧力および流量をある値に設定したときに砥石上に形成される液膜の詳細な形状
と,その形状になるための機構について,理論計算と実験から検討した.研削液の付着状態について,研削液の
表面張力と砥石回転によって液膜にかかる遠心力とが釣り合うという条件で形成される液膜の断面形状を理論解
析した.その結果,液膜は均一な厚みをもつのではなく,正弦波状の凹凸断面をもつ筋状の膜となって研削点に
到達すると思われる.砥石上の液膜形状を観察した結果,理論値とよく一致したので,研削液膜の形状は主として
研削液の表面張力と遠心力,および砥石と研削液間の接触角から決まることがわかった.
Key words: grinding wheel, coolant, surface tension, centrifugal force, proximity formed nozzle, floating nozzle
1.緒
液注水方法を開発する必要がある.そこで,研削液注水装置
言
研削効率を上げるために研削砥石の回転速度を増加させ
に送り機構を組み込み,ノズル先端を砥石に接触させて砥石
ると,回転に伴い,砥石表面近傍における空気流れの流速が
外周形状に倣わせた後,ノズルを砥石との隙間が微小な位
大きくなり,これによってノズルから供給された研削液がはじ
置で固定し,連れ回る空気流を遮断して研削液を付着させる
1)2)
.研削液は,研削
ことができる注水装置を開発した.この装置は,「送り位置決
熱の除去や砥石とワークの間の潤滑等をつかさどる重要な要
め機構内蔵近接総形ノズル」と呼べるもので,略称として,本
素であるので,この現象を回避するための対策が必要となる.
論文ではPノズル(Proximity Formed Nozzle)と呼ぶことにす
研削液を砥石に到達させるためには,遮へい版を研削液
る8).Pノズルの先端は研削容易な材料で構成され,使用前は
供給ノズルの上流近くに設けて気流を遮断する 2)3 ) 方法やノ
袋状で塞がっている.ノズル先端を使用砥石で研削開口し,
ズルの下部を砥石に対して垂直に向けて研削液を砥石に付
わずかな隙間から研削液を流出させて使用する.
かれて砥石に届かなくなる現象が生じる
2)
着させるようにした巻き付けノズル法 があるが,一定の研削
砥石に近接したノズルから供給された研削液は,砥石表面
液流量が必要であったり,使用上の取り扱いが面倒であった
から余分な量が流れ落ちた後,あたかも砥石表面に巻きつい
りする欠点があった.
たようなベルト状液膜を形成することが観察される.簡易的に
これを解決するために,ノズルに研削されやすい材料を使
測定した結果によると,その液膜の厚さは0.1mm程度である7).
い,それをスプリング等で砥石表面に押し付け,流出する研
この研削液膜がPノズルによって必要最小限の流量でも安定
削液の圧力との釣り合いによってノズル先端と砥石表面間に
に形成されるようにできれば,余分な研削液の供給が不要と
一定の微小隙間を自動的に形成するフローティングノズル法
なり,資源上も環境上も有益である.しかしながら,砥石回転
(Fノズルと呼ぶ)4)∼7)が考案されている.Fノズルは,通常の研
によって大きな遠心力が作用するにもかかわらず,このような
削液注水方法に比べれば,一桁異なる研削液量でもすむが,
研削液膜が飛散することなく形成されるメカニズムについては,
さらに環境に適合させるためには,気体やミスト,粘性流体な
いまだ明確になってはいない.
どでも使用可能で,かつ極微量の研削液でも使用できる研削
本研究は,Pノズルにおいて,このような研削液膜が砥石上
に形成されるメカニズムを明らかにし,その付着の形態を定量
*1 ものつくり大学技能工芸学部 :〒361-0038 行田市前谷333
的に予測することによって,研削液の種類やその粘度の選択
*2 武蔵工業大学工学部:〒158-8557 世田谷区玉堤1-28-1
を含む研削液供給のための高性能化設計と使用条件の最適
*3 上智大学理工学部 :〒102-8554 千代田区紀尾井町7-1
〈学会受付日:2006年1月31日〉
化や必要最低限の研削液流量の指針を得ることを目指したも
のである.
2.試作Pノズル
試作したPノズルを図1に示す.ノズル先端は,3次元CADか
砥石
ら生成した熱溶融積層ABS樹脂材でできている.Pノズルは,
U軸,V軸,W軸に位置決め機構をもち,U軸またはV軸方向
照明
に送って,ノズル先端を砥石形状に倣わせて開口した後に,
送りを戻して微小隙間を作り,ロックしてから使用する.
P ノズル
カメラ
図2 研削液膜形状測定装置
図1 試作Pノズル
飛沫吸引口
3.研削液膜形状の測定
研削液膜の形状については,前述のようにおおよその厚さ
液膜
液膜
砥石
が測定されている以外,ほとんど明らかになっていない.そこ
で次のような方法で研削液膜の断面形状を測定した.測定装
置の写真を図2に,測定方法の概略を図3に示す.Pノズルか
ら供給された余分な研削液が飛沫となって飛散し,ほぼ液膜
研削液供給
砥石
だけが存在するようになった領域を,砥石表面の接線方向か
照明
らマクロレンズをつけたカメラで拡大撮影した.ノズルの口幅
を砥石幅より小さくすることで,液膜が砥石表面の幅中央部
微小隙間ノズル
カメラ
に形成されるようにし,砥石表面の輪郭と液膜を同時に撮影
飛沫避け用壁
して砥石表面からの液膜の高さを求めた.
Pノズルの先端形状を図4に示す.砥石表面との隙間を0.4
図3 研削液膜形状測定方法概略
mmとした.砥石は半径100mm,幅15mmで粒度800のメタル
ボンドダイヤモンドホイールを使用し,研削液はソリューション
タイプ(ユシローケンPFC903)である.砥石回転速度は1000,
6
2000,3000rpmとした.なお,ダイヤモンドホイールは,立形ロ
ータリドレッサ(GC360HV-等速条件)によって,ツルーイング
した後に実験に供した .
図5に実験中の研削液供給の様子を示す.研削液流量は,
目視で安定した液膜を確認しつつ,飛沫がカメラにかからな
R100
3
9)
3
9
い程度を試行して求め,3ℓ/hとした.これは同様の大きさの砥
石に用いられるFノズルの流量 7) より一桁小さいが,ノズル開
口部面積が図4に示したように小さいことと,撮影可能なように
余分に飛散する量を抑えたことによる.
図6に撮影した液膜写真を示す.スケールは液膜撮影時
図4 ノズル先端形状
y
砥石
液膜
y
x
砥石表面
研削液膜
液膜
ノズル先端
x
研削液飛沫
(a) 全体図
計算座標
研削液供給部
図5 実験中の研削液供給の様子
図5
図5
(b) 液膜部拡大
れ,図6における山の列はその筋状液膜の断面に相当する.
すなわち,液膜は単純に一様な厚みをもったものではなく,そ
の断面は正弦波状の山の列から形成される.山の高さおよび
周期は砥石回転速度が大きくなるほど小さくなる.
なお,図6では一部液膜が破壊して遠心力で飛散する様子
(a)
もとらえられている.これから,液膜が余分な量を飛散させ,
砥石
安定して存在する領域はさらに下流側であったことが示唆さ
れるが,今回は装置の構造上,これより下流での撮影はでき
なかった.また,図7はストロボを使って,回転速度1000rpm時
(b)
の砥石表面上の液膜を撮影した写真であるが,筋状の液膜
砥石
に加え,液滴が周方向に連続した部分がみられる.この条件
のように回転速度が小さく,遠心力が比較的小さいときには,
(c)
目視では筋状の液膜が観察されても,研削液供給量のゆら
砥石
ぎなどのために,実際には液膜形状が安定せず,一部にこの
図6 研削液膜形状写真
(a)砥石回転速度1000 rpm (b)同2000 rpm (c)同3000 rpm
ような液滴がみられることがあった.今回の実験範囲では回転
速度が大きいほど液膜の形状は安定して連続した筋状を示
した.
4.研削液膜形状の計算
液膜を形成する要因として研削液の表面張力に着目し,表
砥石表面
面張力と遠心力とが釣り合って液膜が形成されるという仮定
研削液膜
の下に計算によって液膜形状を求めた.
図8に計算に用いた座標系を示す.3章の観察結果から,
液膜は砥石円周方向に一様な断面をもって連続していると仮
定する.また,液膜は全体が砥石に付着してつれ回っている
とし,液膜内の流れは考えない.
図8(b)において,液膜断面形状の座標xにおける曲率半径
をR とする.砥石の周方向曲率は液膜の曲率に比べて十分
に小さいと仮定して無視すると,液膜内の液膜表面直下の圧
図7 砥石表面上の研削液膜写真
力P は,Young-Laplaceの式10)から,
(砥石回転速度1000 rpm)
P = γ /R
のカメラのピントが合うのと同じ位置にスケールサンプルをお
γ:液の表面張力
いて撮影して確認した.図の中央の水平線が砥石表面の輪
曲率半径Rは,次のように表すことができる11).
郭線,その上の白い正弦波状あるいは半球状にみえる山が
1
y′′
=−
R
[1 + ( y′) 2 ]3 / 2
研削液である.目視で砥石表面をみたときには,研削液膜は
図5の研削液膜部にあるように筋状の液膜の集合体と観察さ
(1)
(2)
y’,y” は液膜の形状関数のx による1階,2階微分である.
0.6
0.5
いので液膜厚さ方向の遠心力変化も無視すると,液膜内の
0.4
y, mm
液膜内の液の単位質量には,体積力として重力と遠心力が
働くが,重力の寄与は小さいとして無視する.また,液膜は薄
力の釣り合いから,
ρ rω 2 =
dp
dy
0.2
(3)
0.1
0
-1
0
x, mm
1000rpm, 0.047N/m, 31 deg, P0=-280 Pa
ρ:液密度,r :砥石半径,ω:砥石回転角速度
p :液膜内圧力
0
1
0.5
1
0.5
1
0.5
途中でくびれたりすることがないとすると,
∫
Ph
P0
dp
0.4
(4)
y, mm
∫
0.5
0.6
関係を満たすとする.すなわち液膜断面形状は上に開いたり,
ρ rω 2 dy =
-0.5
(a)
液膜断面形状の x 方向幅 b は常に by=y1≧by=y2 , y1<y2 ,の
h
0.3
0.3
0.2
0.1
h:液膜のx における厚さ
0
P0,Ph:砥石表面と液膜表面の液圧力
-1
0
x, mm
2000rpm, 0.047N/m, 31 deg, P0=-550 Pa
より,
(b)
ρ rω 2 h = Ph − P0
(5)
0.6
h をy,Ph をP と書き直し,式(1),(2)を用いると,
P0
γ
0.5
0.4
)=0
a = ρ rω 2 / γ
(6)
y, mm
y ′′ + [1 + ( y ′) 2 ]3 / 2 ( ay +
-0.5
0.3
0.2
0.1
0
-1
液膜の左端をx=s とすると,境界条件
y ' = tan θ , y = 0 at x = s
(7)
θ: 液と砥石の接触角
を用いて式(6)を解けば液膜形状y が得られる.
-0.5
0
x, mm
3000rpm, 0.047N/m, 31 deg, P0=-800 Pa
(c)
図9 液膜形状計算結果
(a)砥石回転速度 1000rpm (b)同 2000rpm (c)同 3000rpm
式 (6) において P0 は未知であるので,得られる液膜形状 y
が妥当な形状になるように(すなわち,y が負にならず,周期
0.06
切な値より小さく(負の大きな値に)設定すると,液膜厚さの平
0.05
均値が x の増加とともに単調に増加する計算結果となり, P0
0.04
を大きく(負の小さな値に)設定すると,液膜厚さに負の部分
が発生するように計算される.両方の場合とも明らかに物理的
にありえないので,これらが発生しない点として適切なP0が定
まる.
3章で用いた市販の研削液の比重は0.99であり,表面張力
12)
は毛細管法 で測定した結果, 0.047N/m の値を得た.接触
ymin., mm
性が損なわれない)パラメータとして最適な値を選ぶ.P0を適
0.03
0.02
0.01
0
-0.01
-820
-810
-800
-790
-780
-770
P0, Pa
角は砥石上に研削液滴を滴下して測定した結果,31°であっ
た.これらの値を用い,砥石半径を100mmとしてRunge-Kutta
法を用いて式(6)から数値計算で液膜厚さy の分布を求めた
結果を図9に示す.
図10 最小液膜厚さ ymin.の計算値に対する P0 の影響
(3000rpm 時)
図10に砥石回転数3000rpm時を例として,P0の設定値が図
9(c)における左から6番目の山の右裾の最小厚さの計算値に
0.6
より小さく設定すると,最小液膜厚さは左端からの山の数に比
0.5
例して大きくなるように計算され,10Pa小さく設定したときには
0.4
y, mm
及ぼす影響を示す.前述したように,P0を適切な値(=-800Pa)
6山目の右裾ではそれが約0.05mmになることが示されている.
0.3
また,逆に適切な値より大きく設定すると最小液膜厚さが負と
0.2
計算されることが示されており,これから適切なP0が決定され
0.1
0
ることがわかる.
図 9 の計算結果は,液膜は膜幅にわたって単純に一定の
厚みをもったものではなく,正弦波状の山の列から形成され,
-1
-0.5
0
x, mm
1000rpm, 0.047N/m, 10 deg, P0=-280
Pa
PP00
7)
0.6
おいて液膜厚さの簡易的測定値は,砥石周速 30m/s時に約
0.5
0.1 mm と記されているのに対し,周速 31.4m/sに相当する砥
0.4
y, mm
示しており,3章における測定結果と一致する.また,文献 に
石 回 転 速 度 3000rpm に お け る 計 算 結 果 は , 最 大 厚 さ が
0.15mm程度であり,およそ一致している.
0 .5
1
0 .5
1
0.3
0.2
図 6 から液膜の最大高さを見ると,砥石回転速度 1000rpm
0.1
で 0.5mm 程度, 2000rpm で 0.2mm 程度, 3000rpm で 0.1mm 程
0
干小さいが,ほぼ一致している.一方,液膜1山の幅は 1000
1
(a)
その周期および山の高さは回転速度とともに小さくなることを
度であり,図9の計算値(各0.52mm,0.25mm,0.15mm)より若
0.5
-1
-0.5
0
x, mm
P00
200 0rpm, 0.047N/m, 10 deg, P
P0=-55
0 Pa
(b)
rpmで 1mm程度, 2000rpmで 0.7mm程度, 3000rpmは不鮮明
0.6
0.25mmよりやや大きい.また,図6の液膜の山の間隔は図9の
0.5
計算値よりかなり大きく,山の周期としては図9の2倍程度にな
0.4
y, mm
であるが0.4mm程度と,計算値のそれぞれ約0.7mm,0.4mm,
る.しかし,全体の大まかな形状は計算で示されたものと大き
くは異ならないといってよい.
0.3
0.2
0.1
5.考
察
以上より,研削液膜は一様な厚みをもった単純な構造では
なく,その断面が正弦波状の山の列となる液の筋から形成さ
0
-1
-0.5
0
x, mm
P00
300 0rpm, 0.047N/m, 10 deg, P
P0=-80
0 Pa
(c)
れることがわかった.研削液の表面張力を液膜の形成要因と
して計算した液膜形状と実験により測定した形状が大まかに
一致したことから,このような形状は主に表面張力によっても
たらされたものと考えてよい.
表面張力によって液膜にかかる遠心力を支えるには,式
図11 接触角10°のときの液膜形状計算結果
(a)砥石回転速度1000 rpm (b)同2000 rpm (c)同3000 rpm
(1)と式(5)から明らかなように,液面に一定の曲率が必要であ
り,液膜の厚い部分,つまり遠心力のかかる液の量が大きい
部分ほど,支えるのに大きな曲率が必要となる.その結果ある
ところに極大高さをもつ液面形状が形成されると考えられる.
遠心力が小さいほど,すなわち砥石回転速度が小さいほど,
(a)
砥石
同じ曲率で支えられる液量が増えるので,液膜形状はより厚
くなる.
このメカニズムを示唆するものとして,図6の1000rpmの実験
における山の高さ0.5mmが,ノズルと砥石の距離0.4mmを超
(b)
砥石
えていることがあげられる.すなわち,これはノズル先端と砥
石との隙間を埋めるように供給された研削液が,ノズル部を出
た後,表面張力と遠心力によって液膜の薄いところと厚いとこ
図12 研削液膜形状写真(砥石回転速度2000rpm)
ろを作るように形状を再構成していることを示唆している.な
(a)研削液供給量1 ℓ/h (b)同5 ℓ/h
お,図9においてP0 ,すなわち砥石表面における液圧の値は
負となっており,液膜内部は大気圧に対し負圧になっている
ことが示されている.
表面張力を考えた場合,液膜は通常は滴状になろうとする.
たがって,実験において液膜流量が不足して山と山の間には
液膜がないという状態であれば,単独の山が適当な間隔を置
また遠心力を支えるには,筋状よりも曲率部が多い滴状の液
いて存在することが可能である.これが山の間隔の実測値が
膜の方が有利である.したがって,ノズルから砥石表面への
計算値より大きくなった原因と思われる.液膜ベルト内の液量
研削液供給量に部分的なムラがあるときは,液量の少ない部
が十分であれば計算値のような周期性を示すはずである.
分では筋を構成せず,図 7 にみられる滴状液膜となったもの
図12(a),(b)は,図6(b)と同じ条件で,研削液供給量をそれ
であろう.液量が十分あり,周方向に液の供給が途切れない
ぞれ1ℓ/h,5ℓ/hとしたときの液膜形状写真である.やや不鮮明
場合は筋状を形成する.
ではあるが,図6(b)と同様な形状の山が形成されていることが
ノズルから噴出した研削液は砥石周方向だけではなく,そ
わかる.流量が少ない図12(a) では図6(b)より間隔を広げ,そ
れに直角方向の速度ももつために,液膜ベルト内では中央部
れより流量が多い図12(b)では山のピッチが狭めて並んでいる
よりも両脇の液量が比較的多くなる傾向があるようである.こ
のがわかる.したがって,流量がノズル開口幅に対して不十
のため,図7のように,液滴がみられる場合は液膜ベルト中央
分な場合は山の間隔が広く,十分な流量が供給されれば,ノ
付近にあることが多い.砥石回転速度が大きいほど安定した
ズル開口幅にわたって計算値のような周期をもつ液膜形状が
筋状の液膜となるのは,周方向速度が直角方向速度に対し
観察されるものと思われる.
て大きくなるために,ベルト内の液量分布の均一性が高くなる
ためと考えられる.
ところで,実験によって測定された液膜形状の山の高さは
6.結
言
ノズル先端に被研削性のよい材料を使い,かつ送りと位置
計算値とほぼ等しかったが,山の幅,山と山の間隔は計算値
決め機構をもつ近接総形ノズル(Pノズル)を開発した. Pノズ
より大きかった.次にこの原因について検討する.
ルを使用して砥石表面に研削液を巻きつかせ,その流体膜
山の幅を決める要因として,砥石と研削液の接触角があげ
の形成メカニズムを理論解析し,実験結果と比較検討した.
られる.砥石と研削液の接触角の測定は,乾燥した砥石上に
その結果,研削液膜は,主としてその表面張力と砥石回転
研削液を滴下して行ったが,実験では液膜部以外の砥石表
による遠心力と釣り合うことで形成され,均一な厚さではなく
面も研削液の飛沫を浴びる等のために研削液でぬれた状態
正弦波状の断面形状からなる筋状の膜から構成されることが
にあった.したがって乾燥表面上よりも接触角は小さくなって
わかった.また,その筋の山の高さおよび幅は回転速度が増
いたものと思われる.そこで液膜形成時の接触角を 10° とし,
加するとともに小さくなることが確かめられた.
その他は図9の条件で液膜形状の計算を行った.その結果を
図11に示す.
図9と比較すると,山の高さはほとんど変わらず,幅が10∼
20%増加している.砥石表面のぬれ具合によって接触角はさ
らに小さくなることも考えられ,この場合に山の幅もさらに大き
くなるはずである.したがって,山の幅が実際より小さく計算さ
本研究によって,液膜形状が計算できることから,液膜を形
成するのに必要な最小供給量等の予測が可能となり,環境を
考慮した研削液流量を決定することなど,研削液供給ノズル
を設計するための有力な指針を得ることができた.
終わりに,Pノズルを試作して頂いたオオタ (株)社長 太田
惠三氏に厚く御礼を申し上げます.
れた原因のひとつとしては,接触角が実際と異なったことが考
えられる.
その他,実験時と測定時の研削液温度の違い等から,研
削液の表面張力が測定値より大きかった場合にも山の幅は
計算値より増加する.たとえば砥石回りの気流による気圧低
下等により研削液が気化しやすくなり,蒸発熱を奪われて温
度が低下し,その結果表面張力が室温時より増加した可能性
が考えられる.また,液膜内に計算では無視した周方向の流
れがあり,液膜の平均周方向速度が砥石表面より遅く,液膜
にかかる遠心力が計算より小さかったことも考えられる.実際
には,これらの要因が複合して計算値との違いがもたらされた
ものと思われるが,詳細には今後検討する必要がある.
次に山の間隔の実測値が計算値より大きいという結果につ
いて検討する.計算において周期的な形状が示されているの
は,液膜が連続しているとして計算しているためであり,液膜
が1山で終わったところで途切れるという条件を加えれば,連
続時と同じ形状の山が1山単独でも存在することができる.し
7.参考文献
1) G. Trmal and H. Kaliszer: Delivery of Cutting Fluid in Grinding, 16th Int.
MTDR Conf. Grinding Seminar, UMIST(1975)25.
2) 横川和彦,横川宗彦:研削加工のすすめ方,工業調査会(1992)255.
3) 重松日出美:研削砥石の目つまりに関する研究(VIII)−目つまりの生成過
程 と 砥 石 , 加 工 材 へ の 影 響 お よ び そ の 減 少 対 策 − , 精 密 機 械 , 34 ,
6(1968)8.
4) 二ノ宮進一,東江真一,横溝精一:総形研削に対応した研削液注水方法の
開発 −フローティングノズルの試作と性能評価−,精密工学会誌,66,
6(2000)865
5) 東江真一:新しい研削液ノズルの開発,砥粒加工学会第2回研究見学会資
料,(2002).
6) 鈴木 清,二ノ宮進一,岩井 学,植松哲太郎:ガラス端面研削におけるフ
ローティングノズルの効果,砥粒加工学会誌,47,11(2003)620
7) 二ノ宮進一:フローティングノズル法による研削特性向上に関する研究,富
山県立大学博士論文,(2004).
8) 東江真一,太田惠三:研削砥石に用いる流体供給ノズルおよび研削方法,
特開2003-311618,(2003).
9) 東江真一: 超砥粒ホイールのツルーイング・ドレッシング,機械と工具,40,
6(1996)35.
10) A. W. Adamson and A. P. Gust: Physical Chemistry of Surfaces, John Wiley
& Suns,N.Y.,N.Y., (1997)6.
11) 玉手統,阿部博之:材料力学,森北出版,(1978)37.
12) 丸井智敬,村田逞詮,井上雅雄,桜田司:表面と界面の不思議,工業調
査会,(1997)192.