「新型防汚塗料(無公害型)の識別に関する基礎研究」 - 海上保安庁

「新型防汚塗料(無公害型)の識別に関する基礎研究」
研究期間
研究機関
研 究 者
Ⅰ 研究の目的
船舶衝突事故は、Fig.1 に示すように依然多く発生
しており 1)、これら船舶衝突事案に係る船底防汚塗膜
片の異同識別に際して、当センターでは、外観、顕微
鏡下での層構成等の確認、さらに赤外分光分析及び元
素分析で得られた結果をもとに鑑定を実施している。
平成18年度(1年計画)
海上保安試験研究センター科学捜査研究課
山﨑 ゆきみ、万代 康史、朝原 照幸、
関根 明日香
に応じて用いることで塗装回数と燃費の低減が期
待できるのが大きな利点とされている 3)。
(隻)
1400
衝突
1200
乗揚
1000
転覆
浸水
800
推進器障害
600
舵障害
400
機関故障
200
火災
H
8
H
9
H
10
H
11
H
12
H
13
H
14
H
15
H
16
H
17
0
爆発
行方不明
その他
Fig.1 海難種類別による海難船舶隻数の推移
現在、船底防汚塗料の主流は、亜酸化銅やピリチオ
ン類等の防汚剤を含有している自己研磨型であるが、
海洋環境負荷低減の観点から、防汚剤フリーであるシ
リコーンゴム系の新型防汚塗料(以下「シリコーン型
防汚塗料」という。)が各船舶塗料メーカーから開発
され、近年市場化されている 2)。
本研究は、自己研磨型防汚塗料と組成及び性質の異
なる「シリコーン型防汚塗料」について、識別に有効
な分析手法を検討するものである。
Ⅱ 研究の内容
1 概要
シリコーン型防汚塗料は、ポリジメチルシロキサ
ン(-Si(CH3)2-O-)n を架橋させてゴム材質の塗膜を
Fig.2
シリコーン型防汚塗料を塗装した船舶の船底
上) 上架直後の船底部 下) 高圧水洗浄後の船底部
自己研磨型防汚塗膜とシリコーン型防汚塗膜の
表面拡大像を Fig.3 に示す。
自己研磨型は、凹凸が顕著に認められるのに比
べ、シリコーン型は表面が非常に平滑なのが分か
る。
形成し、その防汚機構は、塗膜表面の平滑性、低表
面自由エネルギー及び弾性等により、有害な防汚剤
を使用せずに海洋生物等の付着阻害効果を発揮す
るものである 3)。
海洋生物等が塗膜表面に付着しても、船舶の航
行による海水の抵抗で容易に脱落し、また Fig.2 に
示すように船舶を上架後、高圧水による洗浄でも
容易に除去が可能である。
年間を通して船舶の航行時間が長いなど、用途
Fig.3
電子顕微鏡による表面拡大像
左)自己研磨型防汚塗膜
右)シリコーン型防汚塗膜
Table1 シリコーン型防汚塗膜試料一覧
試料番号
色調
メーカー
№1
Clear
A社
№2
Clear
A社
№3
Clear
B社
№4
Clear
B社
№5
Clear
C社
№6
Light-Grey
A社
№7
Light-Grey
A社
№8
Grey
D社
№9
Grey
E社
№10
Red
A社
№11
Red
A社
№12
Red
E社
№13
Black
A社
№14
Black
E社
№15
Blue
E社
3 装置及び方法
ア 鏡面光沢度測定
光沢計は、日本電色工業社製 GLOSS METER
VG2000 を使用し、測定角度 60 度により行った。
イ 赤外分光分析(FT-IR)
FT-IR は、Sens IR Technologies 社製 Travel IR
を使用し、ダイヤモンド全反射 ATR により積算
回数 64 回、分解能 4 cm-1 で行った。
ウ 元素分析(SEM/EDX)
SEM/EDX は、日本電子社製走査型電子顕微鏡
JSM-6460 に同社製のエネルギー分散型X線検出
器 JED-2300 を付属したものを使用し、低真空、
加速電圧 25 kv で行った。
エ 熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析(PyGC/MS)
Py-GC/MS は、フロンティア・ラボ社製の加熱
炉 型 熱 分 解 装 置 PY-2020D を 直 結 し た Agilent
Technologies 社製ガスクロマトグラフ質量分析計
Table2 各試料の鏡面光沢度平均測定値と変動係数
試料番号(色調)
平均値
変動係数(%)
№1( Clear)
68.34
2.77
№2( Clear)
63.69
0.97
№3( Clear)
68.65
3.52
№4( Clear)
61.35
1.93
№5( Clear)
56.07
4.42
№6( Light-Grey)
60.24
3.78
№7( Light-Grey)
53.68
3.68
№8( Grey)
72.51
3.71
№9( Grey)
66.71
2.41
№10( Red)
66.40
1.99
№11( Red)
69.39
2.73
№12( Red)
66.68
3.79
№13( Black)
68.09
1.84
№14( Black)
53.26
4.55
80
80
80
75
75
75
80
80
75
75
№8
70
70
70
70
№9
65
70
№11
№3
№1
光沢度
本研究では、シリコーン型防汚塗料を収集し、
従来から用いている赤外分光分析と元素分析に加
えて、鏡面光沢度測定及び熱分解ガスクロマトグラ
フィー質量分析を行い、色調ごとに識別への有効性
を検討することとした。
2 試料
船舶塗料メーカー5社から15品種の塗膜試料
を入手し、色調ごとに№1~15 に分類した試料一覧
を Table1に示す。
今回入手した試料中№15 の Blue については、色
調で対照となる試料がないことから、分析試料に
選定せず、残る14試料について各分析を行った。
6890+5973MSD を使用した。
文献 5)に従い、カラムは J&W 社製 DB-5ms( 30
m×0.25 mm I.D.、膜厚 0.25 μm)、カラム槽温
度 40℃(2 分保持)~320℃(20 分保持)、昇温速
度 10℃/min、注入口温度 320℃、キャリアガスヘ
リウム、流量 1.0 ml/min、スプリット法(スプリ
ット比 50:1)で分析を行った。
分析に供する試料は約 0.2 mg とし、熱分解温
度を 600℃に設定した。
Ⅲ 結果及び考察
1 鏡面光沢度の測定結果
各試料の表面を 10 回測定して得られた鏡面光沢
度の平均値及び変動係数を Table 2 に示し、色調ご
との平均値を Fig.4 に示す。
№10
№12
65
65
65
65
60
№660
60
60
55
55
55
50
50
№
13
№2
№4
60
№5
55
55
№7
50
50
50
№
14
Fig.4 各試料の色調別平均測定値グラフ
各色調ごとにt検定を行ったところ、Clear の
№1 と№3、Red の№10 と№12 及び№11 と№12
以外は、母平均間に有意差(有意水準1%)がある
との結果を得た。
2 FT-IR の分析結果
FT-IR により、各試料から得られた赤外吸収スペ
クトル上には、いずれの試料にもシリコーン化合
物の IR 特性吸収「A~D 」(Table3)が認められた
4)
。
Fig.5 に代表的な赤外吸収スペクトルを示す。
さらに、3000~2800 cm-1 及び 750~650 cm-1 の波
数領域(Fig.5 a、b)に着目し、個々の試料に特徴的
な吸収が認められたものについて、Fig.6~9 に示
す。
Fig.6 Clear (a)の特性吸収の拡大
(%)
120
A
100
Transmittance
№1、2
№3、4、5
a
Fig.7 Clear (b)の特性吸収の拡大
b
50
B
10
4000
a:3000~2800 cm-1
b:750~650 cm-1
3000
C D
2000
1000
650
Wavenumber [cm-1]
Fig.5 №1(Clear)の赤外吸収スペクトル
(A~D の特性吸収表示は、Table3 参照)
Table 3 主なシリコーン化合物の IR 特性吸収とその帰属
帰属
波数(cm-1)
Si-CH3 非対称変角(A)
約 1400
Si-CH3 対称変角(B)
約 1260~1250
Si-O-Si 及び Si-O-C の非対称伸縮(C)
約 1100~1020
Si-(CH3)2 の伸縮及び横揺れ(D)
約 860、790
№8
Fig.8 Grey (b)の特性吸収の拡大
№13
№1、2、3
№4
№5
№9
№14
Fig.9 Black (b)の特性吸収の拡大
c
p
№13(Black)
Si
Counts
Clear では、№1 と№2 を除き、a 又は b の波数領
域で吸収に違いが認められ、Grey、Black について
は、b の波数領域で吸収に違いが認められた。
Light-Grey、Red は、それぞれ得られた赤外吸収
スペクトルに違いが認められなかった。
3 SEM/EDX の分析結果
各試料から得られた代表的な特性 X 線スペクト
ルを色調ごとに Fig.10~14 に示す。
分析の結果、検出された元素の種類及び強度比
は、色調ごとに同様であり、各試料間に違いは認
められなかった。
O
C
0.00
Fe
Fe
1.00
2.00
3.00
4.00
5.00
6.00
Fe
7.00
8.00
9.00
10.00
keV
Fig.14 №13(Black)の特性 X 線スペクトル
001
4
№1(Clear)
Counts
Si
O
C
0.00
1.00
2.00
3.00
4.00
5.00
6.00
7.00
8.00
9.00
10.00
keV
Fig.10 №1(Clear)の特性 X 線スペクトル
№6(Light-Grey)
Counts
Si
Py-GC/MS の分析結果
Py-GC/MS により、各試料から得られたパイログ
ラム上には、いずれの試料にもポリジメチルシロ
キサン由来である環状オリゴマーのピーク「A~F」
(Table 4)が認められた 5)。
Fig.15 に代表的なパイログラムを示す。
各試料のパイログラム上において、保持時間 12.5
~17.5 分間に検出された特徴的なピーク群に着目
し、各試料に特徴的なピークを「a~m」、共通の
ピークを「・」とし、Fig.16~20 に示す。
また各特徴ピークの保持時間及び特徴的なピー
ク検出の有無を Table5 に示す。
B
A
O
Ti
Al
0.00
Ti
1.00
2.00
3.00
4.00
5.00
6.00
7.00
8.00
9.00
10.00
keV
Fig.11 №6(Light-Grey)の特性 X 線スペクトル
№8(Grey)
Si
→Intensity
C
D
C
E
Counts
F
5.00
10.00
15.00
20.00
25.00
30.00
Retention time(min)
Fig.15 №1(Clear)のパイログラム
O
C
Ti
Al
0.00
1.00
2.00
3.00
4.00
(A~F のピーク表示は、Table4 参照)
Ti
5.00
Fe
6.00
7.00
8.00
9.00
10.00
keV
ピーク表示
Fig.12 №8(Grey)の特性 X 線スペクトル
009
№10(Red)
Counts
Si
O
C
0.00
Fe
Fe
1.00
2.00
3.00
4.00
5.00
6.00
Fe
7.00
8.00
keV
Fig.13 №10(Red)の特性 X 線スペクトル
Table4 各パイログラムのピーク表示
9.00
10.00
環状オリゴマー種
M.W
A
[Si(CH3)2-O]3
222
B
[Si(CH3)2-O]4
296
C
[Si(CH3)2-O]5
370
D
[Si(CH3)2-O]6
444
E
[Si(CH3)2-O]7
F
[Si(CH3)2-O]8
518
592
Fig.17 №6、7(Light-grey)のパイログラム
・
・
・ ・
・
・・
・
・
・・ ・・ ・
・・・・ ・
・
・ l
a
D
F
E
№1(Clear)
E
№8(Grey)
F
・
→Intensity
→Intensity
D
・
a
2 50
a
・
・
・
・・
13 00
13 50
・
h
・・
・
・・ ・l ・
・ ・ ・・・
d
・
14 00
14 50
15 00
15 50
16 00
16 50
17 00
№9(Grey)
№2(Clear)
・
・
・
・
・・ ・・
a
・
・
・
・ ・・・・
・・
・
・
d
→Intensity
→Intensity
・
・
・
・
・
・
・・
l
13.00
№3(Clear)
・
13.50
c
14.00
・
・ ・ ・ l ・
・ ・
・ h・ ・ ・ ・
14.50
15.00
15.50
16.00
Fig.18 №8、9(Grey)のパイログラム
D
・
k
j
・
・
・
・・ ・・
・
・
・ ・・・・
・i ・
・・
№4(Clear)
e
・
→Intensity
→Intensity
e
・
m
・
l
k
a
F
E
№10(Red)
・
・ ・ e
・
・・
・
・
・
・ ・ ・・・
・ ・・・
・
・
・
l
→Intensity
m
・
・ ・・ ・ ・・
・ ・・
・
・ ・・
・ ・
・
・
・i ・
・
13 00
13 50
⑨
ナ
クリヤ
14 50
15 00
14 00
回目
15 50
16 00
16 50
17 00
→Intensity
j
№5(Clear)
→Intensity
・
・
i
・
・
fg ・
・・・・ ・
・
14.00
14.50
15.00
15.50
16.00
16.50
17.00
→Intensity
13.50
・ ・・・
・
・
・・ ・ ・・e ・ ・・・・ ・
・・
・ ・l
13 00
13 50
14 00
14 50
15 00
15 50
16 00
e
・ ・d
・
・ ・
・
・
・ ・・ ・・・ ・ ・
・
・
・
・ ・
c
l
Retention time(min)
13.00
13.50
14.00
14.50
15.00
15.50
16.00
Fig.19 №10~12(Red)のパイログラム
E
№6(Light-Grey)
・
・
・
d e h・
・
②
a
・
・・
13.00
13.50
・
14.00
・
・
・
・・
・
・
・
・ ・ ・l ・
・
d e h
14.50
15.00
15.50
16.00
16.50
・
・ ・・
・
・ ・l ・
・
・
d ・ ・ ・・
・
・
・
・・
a
№14(Black)
→Intensity
・
・
F
・
№7(Light-Grey)
・
・
17.00
・
a
・・・
・・・ ・l ・
・
・
16.50
Retention time(min)
E
№13(Black)
→Intensity
・
・
・
・・
D
F
・
a
17 00
・
Fig.16 №1~5(Clear)のパイログラム
D
16 50
№12(Red)
・
・
・ b ・
・
・
・・ ・
a
a
・
13.00
→Intensity
17.00
№11(Red)
2 50
→Intensity
16.50
Retention time(min)
・
・
・・
・
・
13.00
13.50
d
・
・ ・
・
・ ・・
・ ・ e ・ ・ ・
・・
・
l
c
14.00
14.50
15.00
15.50
16.00
16.50
17.00
17.00
Retention time(min)
Retention time(min)
Fig.20 №13、14(Black)のパイログラム
a
b
c
d
e
f
g
h
i
j
k
12.70
13.60
14.15
14.50
14.60
14.65
14.70
14.80
15.90
15.95
16.15
記号
Table5 特徴ピークの識別一覧
l
m
保持時間(分)
16.70
16.60
試料番号
(色調)
№1( Clear)
○
○
№2( Clear)
○
○
№3( Clear)
№4( Clear)
○
№5( Clear)
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
№6( Light-Grey)
○
○
○
○
○
№7( Light-Grey)
○
○
○
○
○
№8( Grey)
○
○
○
№9( Grey)
○
○
○
№10( Red)
○
○
○
№11( Red)
○
○
○
№12( Red)
○
○
○
№13( Black)
○
№14( Black)
○
○
○
○
○
○
○
○
○
記号表記
○
○
○
○:ピーク有
Clear の№1 と№2、Light-Grey 及び Red の№10 と
№11 を除き、パイログラム上に検出された特徴ピ
ークから、色調ごとの試料の識別が可能であった。
Ⅳ 成果・まとめ
シリコーン型防汚塗膜各試料について、各分析手
法から得られた結果による異同識別の可否を Table
6 に示す。
Table6 色調ごとの各試料間の識別一覧
試料番号(色調)
鏡面光沢度測定
FT-IR
SEM-EDX
Py-GC/MS
№1( Clear)
×
×
×
×
№2 (Clear)
○
×
×
×
№3 (Clear)
×
○
×
○
№4 (Clear)
○
○
×
○
№5 (Clear)
○
○
×
○
№6 (Light-Grey)
○
×
×
×
№7 (Light-Grey)
○
×
×
×
№8 (Grey)
○
○
×
○
№9 (Grey)
○
○
×
○
№10 (Red)
×
×
×
×
№11 (Red)
×
×
×
×
№12 (Red)
×
×
×
○
№13 (Black)
○
○
×
○
№14 (Black)
○
○
×
○
記号表記
○:識別可
×:識別不可
○
○
空欄:ピーク無し
本研究で収集した14の試料について、鏡面光
沢度測定、FT-IR、Py-GC/MS のいずれかの手法に
おいて差違が認められた。
以上のことから、シリコーン型防汚塗膜試料に
ついては、従来の FT-IR に加えて、鏡面光沢度測
定及び Py-GC/MS を行い、その結果を総合的に判
断することにより、ほぼ識別が可能と考えるが、
一方法でしか識別出来ない試料があったことか
ら、今後さらに識別手法を検討する必要がある。
シリコーン型防汚塗料は、現在各メーカーが他
社と競い日々新しいものを研究開発しており、今
後も、本研究を発展させ、より精度の高い物にし
ていく必要があると考える。
最後に本研究に際し、シリコーン型防汚塗料の
提供を受けた各メーカーに深く感謝致します。
1) 海上保安庁 HP 統計資料「海難及び人身事故の
発生と救助の状況について」(2007)
2) 中国塗料株式会社,船舶用塗料と塗装,p.27~
32(2006)
3) JIME 海洋環境と船舶塗装研究委員会第3回研
究会講演要旨集,p.9~18(2007)
4) 新版 高分子分析ハンドブック,日本分析化学
会、高分子分析研究懇談会編,p.759(1995)
5) 柘植 新、大谷 肇、渡辺 忠一:高分子の熱
分解 GC/MS 基礎およびパイログラム集,p39~
42、p.350、351(2006)