将来の防汚塗料 (74KB)

将来の防汚塗料
SUMMARY
Anti-fouling paint in the future
Marine anti-fouling paint for ship bottoms, that give
careful consideration to the environment, are needed
because of global the prohibition of tributyltin
compound(TBT), use the sudden rise of crude oil,
prices and the need to reducte the amount of carbon
dioxide discharge.
TBT not only causes usual environmental pollution, but
also includes the danger of causing endocrine
disruption. Therefore, an anti-fouling paint, that does
not contain an elution element. is needed, We found a
new anti-fouling system that does not emit an elution
element into the seawater at all by making it combine
with resin and using on anti-fouling agent that uses a
mutual invasion high polymer structure(interpenetrating
Polymer Network)
.
Moreover, from the viewpoint of energy conservation,
解
説
we aim to save more energy by using a self-polish type
paint. By making a paint film that realizes the function
of living createres gained in the process of evolution,
将
来
の
防
汚
塗
料
we are developing a paint film of unprecedented low
frictional resistance.
Here, we introduce our new anti-fouling system by
which we are advancing the development of anti-fouling
paint for the future.
要旨
トリブチルすず化合物(TBT)の世界的な使用禁止
や原油の高騰、炭酸ガス排出量の削減といった状況か
ら、
よりいっそう環境に配慮した船底防汚塗料が望まれ
ている。
TBTは一般にいわれている環境汚染のほかに、環境
ホルモンの危険性も含み、溶出成分を含まない防汚塗
海洋・防錆技術研究所
料が望まれている。このような中、防汚成分を樹脂に
山盛 直樹
結合させ相互侵入高分子構造化させた海水中への溶出
Marine & Anti-Corrosive Technology
Laboratory
成分を全く含まない新しい防汚系を見いだした。
NAOKI
また、省エネの観点からは省エネ効果が高いと言わ
YAMAMORI
れている自己研磨型塗料よりさらに省エネ化を目指す
材料を、進化の過程で獲得した生物の機能を塗膜に実
現させることで今までにない低摩擦抵抗の塗膜の実現
を行っている。
ここでは、我々が将来の防汚塗料を見据え、検討を
TECHNO-COSMOS 2005 Mar. Vol.18
28
進めている上記新しい防汚システムについて紹介す
学的な防汚作用と、表面物性のコントロールによる物
る。
理的な手法を組み合わせることにより、相乗的に高い
防汚効果が発現する材料系を検討した。1)
2種類以上の高分子が化学結合することなく網目状
1.はじめに
に相互に入り組んだ構造を相互侵入高分子網目
(Interpenetrating Polymer Network, IPN)という。こ
フジツボ・イガイ・一部の藻類などの海洋付着生物
の手法を用いると、機械的ブレンドでは困難な2種類
は汚損生物と呼ばれ、船底,漁網,発電所の冷却水用
以上の異なる高分子がナノレベルで複合化できる。そ
導水管などに付着すると大幅な機能低下により、多大
のため、機能性高分子の複合化や表面モルフォロジー
な経済的被害をもたらしている。
を精密に制御することにより、個々の高分子が本来持
っている機能を上回る‘相乗効果’を期待することが
これまで高性能な船底塗料として用いられてきたト
できる。
リブチルすず(TBT)を結合させた合成樹脂をバイン
ダーとする防汚塗料は、自己研磨型と言われ、これは
本研究では、高い防汚作用を有することが確認され
加水分解したTBTが水中に徐放され、同時に塗膜表面
ている4-N-オクチルアニリン(NOA)を非溶出性の高
が平滑になる効果をもつ。その絶大な効果ゆえに1970
分子材料とするため、重合可能なN-(p-オクチルフェ
年代後半から使用され、防汚塗料の主流を占めるに至
ニル)メタクリルアミド(NOMA)を合成し、IPNの
った。これは、TBTの長期間の防汚性の持続と自己研
一方の高分子材料としてNOMAとメチルメタクリレ
磨作用(セルフポリシング効果:塗膜表面が航行する
ート(MMA)との共重合体(PNOMA)を用いた。
さらに、物理的な防汚対策の一つとして塗装面の表
につれ平滑になり、従来の拡散型塗膜に比べて船舶の
航行燃費がより低減する省エネ効果が得られる)による。
面張力による防汚作用の付与がある。生物付着を抑制
1997年、内分泌攪乱物質(いわゆる「環境ホルモン」
)
する最適の表面張力が25-30dyne cm-1程度と報告され
問題で、TBTがイボニシガイのメスのオス化を引き起
ている。ここでは24dyne cm-1程度の表面張力を持つ
こす環境ホルモンであることが報告された。それを受
ポリジメチルシロキサン(PDMS)を含むシリコーン
けてTBTを含む船底塗料は2008年までに全面禁止にな
樹脂をIPNのマトリックスとして用いた。
ることが国際海事機構により決定された。そのため、
すなわち、NOMA、MMA、シリコーン樹脂、テト
TBTに代わる海洋環境フレンドリーな代替防汚塗料の
ラエトキシシラン(TEOS)を同一系内に混合し、シ
早急な上市が世界中で熱望されている。
リコーン樹脂の架橋用触媒として酢酸、ラジカル開始
このように防汚塗料は近年、環境問題やエネルギー
剤としてAIBNを加え、加熱攪拌することによりIPN
問題を抱え、新しい防汚システムが望まれている。こ
型防汚材料を合成した。本実験ではNOMAとシリコ
こでは、環境ホルモンの懸念のない溶出成分を含まな
ーン樹脂の相溶性と、TEOSによる架橋点の増加を考
い防汚材料と、自己研磨型より省エネ効果をねらった
慮し、フェニル基を持つポリ(ジフェニルシロキサ
将来の船底塗料について紹介する。
ン−CO−ジメチルシロキサン)でかつ比較的低分子
量(MW: 1000程度)のものを用いた(図1)
。
CH 3
2.溶出成分を含まない防汚材料
−相互侵入高分子網目による防汚材料−
HO
Si O
Si O
H + Si(OCH2CH3)4 CH3CO2H
y n
CH 3 x
シリコーン樹脂
これまでTBTをはじめとする重金属を用いない付着
CH3
H
N
H
H
防除対策はいくつもの手法が検討されている。例えば、
天敵による捕食や海洋付着タンパク質の接着阻害など
+
NOMA
シリコーンゴム系防汚塗料は防汚成分を含まない材料
CH3
H
H
AIBN
OCH3
O
O
があるが、いずれも実用化までは至っていない。また、
TEOS
C8H17
MMA
図1 IPN型防汚材料の合成方法
として実用化されているが、その塗料中に含まれてい
るシリコーンオイル成分が塗膜表面に移行し、防汚性
このIPN型防汚材料をポリカーボネート板に塗布
が発現するといわれており、長期防汚性、膜強度や作
し、海水への溶出成分が存在しないことを確かめたう
業性に問題がある。
えで、臨海研究所(瀬戸内海)で浸漬し、汚損生物の
そこで、付着忌避活性を有する有機化合物による化
付着過程を観察した。約9カ月浸漬した結果を図2に示
29
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解
説
将
来
の
防
汚
塗
料
す。その結果、PNOMAの割合が増加するに伴って、
にともなう種々の抵抗成分であると解析されている。
大型付着生物の付着(macro-fouling)に対する高い付
その中で摩擦抵抗が船舶の全抵抗に及ばす割合は60%
着忌避活性を示した。本実験はさらなる長期耐久性を
以上を占め(図3)
、これを低減するための船型の改良
検証するため引き続き検討中である。
は限界にきている。船舶の航行燃費の低減に占める摩
擦抵抗の役割は大きい。
空気抵抗
造波抵抗
形状抵抗
摩擦抵抗
100%
(1)
(2)
(3)
80%
60%
(1)PNOMA 25wt%、(2)市販防汚塗料、(3)PNOMA 75wt%
40%
図2 海洋浸漬実験結果
20%
0%
3.摩擦抵抗を減らす試み
−天然由来材料による摩擦抵抗低減−
解
説
LNG船
コンテナー船
図3 船舶航行時の抵抗成分例(満載時)
海洋生物は進化の過程で高速で泳ぐために、摩擦抵
従来技術
抗を減らす種々の機能を体表面に獲得している。サメ
海水
は凹凸表面(リブレット:いわゆる「鮫肌」)で摩擦
将
来
の
防
汚
塗
料
バルクキャリヤ船
低摩擦抵抗
拡散型
塗装時
抵抗を低減しているし、マグロは表面を粘膜で覆って
自己研磨型
いる。また、イルカの皮膚は人間の歯ぐきと同様の組
OH
OH
織で構成され、平滑で弾性表面を得ており、ペンギン
OH
OH
OH
OH
OH
船舶航行
塗膜
は羽に空気をため込み摩擦抵抗を減らしている 。こ
2)
基盤
のような生物が獲得した機能を模倣し、塗膜に反映で
H2O
H2O
H2O
きれば、自己研磨型塗膜以上の摩擦抵抗の低い画期的
OH
ヒドロゲル水和層
な塗膜が得られるはずである。現在、空気による方法
H2O
ヒドロゲルポリマー
OH
H2 O
H2O
H2O
H 2O
H2O
H2O
H2O
H2O
OH
OH
H2O
H2O
H2O
H2O
H2 O
H2O
H2O
OH
H2O
(キトサン誘導体)
は船体を空気泡で覆う研究例 や、鮫肌は水着での実
3)
図4 低摩擦塗膜の概念
用例4)がある。
船舶において、航行エネルギー消費の大部分は航行
OH
OH
O
O
HO
O
HO
NHAc
OH
O
X
0.85
H2O,AcOH
X=
HO
OH
O
O
NHAc
HO
OH
O
O
HO
NH
0.15
X
HO
NH2
0.85-x
O
O
O
3
4
OH
O
O
NHAc
0.15
HO
OH
O
O
HO
N
y
OH
O
O
HO
NH
x
COONa
10
図5 キトサン誘導体の合成経路
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N+Me3
Y-
O
H
7
OHC
10
X=0 : AcOH, H2O, MeOH
X=0.26 : H2O, MeOH
OH
HO
0.85-x
O
2
O
O
NH2
X
OH
O
O
O
HO
NH
O
COONa
疎水化
O
X
OH
O
OH
O
0.15
1
OH
NHAc
aq. NaHCO3
O
親水化・PEO化
O
HO
NH2
0.15
OH
O
30
O
O
NH2
0.85-x-y
H2O
5)平成13年度(第1次補正予算)地域新生コンソ
マグロやイルカのような表面をヒドロゲル構造で得
るため(図4)
、材料としてキトサンを中心に検討した5)。
ーシアム研究開発事業「キトサンを用いた低摩
キトサンは、天然由来材料で、環境への負荷がほとん
擦抵抗船底塗料の開発」成果報告書
どない再生可能な循環型素材で、かつ水系でも種々の
4.80
る蟹などの甲殻類由来のキチンを脱アセチル化して得
4.60
られ、活性なアミノ基を有する特異的な材料である。
4.40
Ct×103
化学修飾可能である。キトサンは天然に豊富に存在す
通常、キトサンは酸性下でしか溶解しないがアミノ基
の一部にアクリル酸をマイケル付加させることで広範
4.20
Standard(polyvinyl
chloride Rz=20μm)
4.00
3.80
囲のpHで溶解し、種々の化学修飾が可能になった
3.60
(図5)
。
図6に示す摩擦抵抗試験から、キトサン誘導体は粗
3.40
度がある(Rz=21μm)にも関わらず高速度領域(高
3.20
Standard(polyvinyl
chloride Rz=10μm)
1
2
レノズル数(Re)域)で標準面(塩化ビニル樹脂の
Chitosan(Rz=21μm)
3
4
5
Re×10-6
Ct:Total resistance coefficient
Re:Reynolds number
表面を研磨し極力平滑にした面:Rz=10μm)と同等
の摩擦抵抗値を得た。表面粗度と摩擦抵抗の関係は詳
図6 キトサン誘導体の摩擦抵抗
細に調べられており(図7)、各種素材のなかでキト
サン誘導体は汎用素材に比べ摩擦抵抗が低い領域にあ
polyvinyl chroride
り、キトサン誘導体の摩擦抵抗低減効果が明らかにな
chitosan and its derivatives
conventional paint film
った。このことは模型船試験でも効果が確認できた
(図8)
。
解
説
60
将
来
の
防
汚
塗
料
50
4.おわりに
現在、防汚塗料においては、TBT規制やVOC規制
標 準
摩擦抵抗
増 加
摩 40
擦
抵 30
抗
※)
により環境配慮型塗料への大きな転換期にある。しか
20
し、現状の防汚塗料の多くは防汚剤を海水中に溶出す
10
摩擦抵抗
減 少
るタイプであり、究極的には溶出成分を含まない材料
0
が望まれる。古来より防汚塗料を塗布する目的は生物
0
付着による摩擦抵抗増加を防ぐためであり、船舶にお
10
20
30
40
表面粗度(Rz)
いて摩擦抵抗低減は大きな課題であるといえる。ここ
※)縦軸は摩擦抵抗値より求めた等価砂粗度(μm)であるが、摩擦抵抗値と見なせる。
では、船底塗料が本質的にかかえている課題を解決す
図7 キトサン誘導体の摩擦抵抗低減効果
るための非溶出型防汚材料と低摩擦抵抗材料を紹介し
た。
これらは近い将来地球環境に貢献できる材料になる
ことを確信する。
5.引用文献
1)内藤昌信,化学と工業,57(9)
,951(2004)
2)小濱泰昭,パリティ,7(10),39(2002)
3)S. NAGAYA,Proc.the 3rd Symposium on Smart
Contro of Tubulence”, 33(2002)
図8 高速艇模型水槽試験における航走状態(船速=12m/s)
4)松崎健,化学と工業,54(6),662(2001)
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