塗料・塗膜の物性と評価方法 日本ペイント(株) 物性分析研究室長 上田 隆宣 1.はじめに 物性と言う言葉は大変範囲の広く、様々な切り口から論じられているが、本質的には力学的、電 気的、光学的、熱的性質など多くの性質を調べ塗料、塗膜の設計を行う事が大きな目的である。 評価方法にも実用性能の評価方法と研究としての評価法法がある。実用性能の評価方法も重要で あり本来この講座で取り上げるべきと考えるが、実用性能評価の説明は測定条件やちょっとしたテ クニックの話となってしまう。そこで、本講義では実用物性評価の測定条件を決めたり、テクニッ クにおいて重要な役割を持つオロジー評価について述べる。また、塗膜の評価の中で光学的評価に ついても述べる。 物性研究 基礎物性 応力−歪解析 容積 Tg 密度 比熱 架橋密度 引っ張り特性 応力−歪 環境要因 状態変化 (形状、形態) 化学変化 (硬化、劣化) 温度 付着性 応力−破壊 硬度 応力−変形/破壊 内部応力 応力−歪 基本特性 表面張力 応力−歪 音響特性 時間 光学特性 湿度 表面自由エネルギー 伝搬特性 粘弾性 G',G" E',E" 誘電率 ε',ε" 形状特性 表面張力 表面粗さ モルホロジー 振動解析 顕微鏡観察 レオロジーは物質の流動と変形を扱う学問分野であり、変形と応力との関係を熱や時間の関数と してとらえる事が目的である。 塗料に関するレオロジー的な取扱としては次の様な3つのステージがある、 ・塗料液の粘度、粘弾性 (分散系溶液のレオロジー) ・塗布から成膜過程の物性(硬化反応、熱などの状態変化過程のレオロジー) ・塗膜物性 (高分子フィルムのレオロジー) サンドグラインダーミル 自動充填装置 濾過器 ディスパーミキサー 溶解タンク 図1 塗料の製造工程 1 2.塗料の製造から塗膜まで...溶液のレオロジー 塗料の製造から塗膜になるまでの過程でレオロジーがどのように関係しているか考えてみよう。 前図にしめすように塗料はワニスと呼ばれる高分子樹脂、溶剤、顔料、添加剤を予備混合する過 程をへて、ボールミルやサンドグラインダーミル等の分散機で分散を行い、溶解過程で高分子樹脂、 硬化剤等を加えて撹拌溶解を行い、濾過をして塗料となる。粉体塗料においても溶解過程が無いだ けで、同様に混合、分散過程をへて塗料となる。 これらの過程においては樹脂、溶剤、顔料の間での親和性が塗料の粘度、粘弾性に大きく影響 を及ぼし、攪拌効率、分散効率等に大きな影響を与える。 塗布過程には大きく分けて、刷毛塗り、噴霧塗装、電着塗装、ロールコーター塗装、がある。 刷毛塗り は建築物の塗装に利用され、刷毛塗りの刷毛さばきが良くたれにくい塗料が要求され、 粘性挙動としては高せん断速度で粘度が低く、低せん断速度で粘度が高い、構造粘性の場合が多い。 噴霧塗装 は、霧化方法によってエアースプレー塗装、エアレス塗装、静電塗装に分けられる。 エアレス塗装は塗料に高圧をかけてノズルから噴霧させる方法であり、塗出量が多く船舶や橋梁 の塗装に利用され、塗料の粘性挙動は刷毛塗り同様に構造粘性の場合が多い。 エアースプレー塗装と静電塗装 は自動車や産業機械の上塗りの塗装に利用される。これらの 塗料では、外観が最優先される場合が多いために塗布した後のレベリング過程が重視される。粘性 挙動はほぼニュートン流動となっており、刷毛塗りやエアレス塗装に比べ低粘度で使わる。 電着塗装 は自動車の下塗りや部品、ロッカー等の塗装に利用される方法で塗料は低粘度のエマ ルジョン塗料であり電気泳動により塗布を行う。電着塗料は塗着する融着し、不溶化して高粘度に なるため、焼付け乾燥炉の中でのレベリングが重視される。粘性挙動としては粘度の温度変化の制 御が重要である。 ダイラタンシー: ロールコーター塗装 ニュートニアン: 霧化塗装 剪断応力 ロールコーター塗装 は金属 ロールの塗装に利用される方法で 大量に連続的に薄膜塗布するのに 適している。最近ではプレコート 塗料の発展により、塗布した後に 成形がされ洗濯機やビデオ等の家 電製品に利用されている。塗料性 能としてはエアースプレー塗装や 静電塗装と同様に外観が重視され、 粘性挙動としては、ほぼニュート ン流動である。 構造粘性: 刷毛塗り、エアレス塗装 剪断速度 2 硬化過程については熱硬化型塗料に おいては粘弾性的な性質が大変重要であ る。熱硬化型塗料においては焼き付け初 期に熱によって粘度が減少するのと、溶 剤蒸発による粘度の増加および硬化反応 によって弾性率が増加してくる事の競争 で硬化初期にU字型またはV字型と呼ば れる粘性率変化がピンホール性、たれ性、 レベリング性などに大きな影響を与える 事がわかっている。しかし、硬化初期の 粘弾性測定は溶剤蒸発があるために大変 難しく様々な測定方法が検討されている 段階である。 塗布過程及び成膜過程においては粘 性及び粘弾性の制御が大変重要であり、 従来半経験的に行われてきたこの分野で のレオロジー関連の研究はめざましいものがある。 3.塗膜性能そして劣化...固体のレオロジー 塗膜の物性については、鉛筆硬度、 耐溶剤性、耐水性、耐候性等の実用 性能で評価が行われる。 レオロジー的な性質としては引っ 張り試験 が最も一般的な方法であり、 引っ張り試験によって求められるヤ ング率、破断強度、伸び率などは物 理的にもわかり易く様々な実用性能 と対比だけでなく、それ自身が塗膜 性能評価のスペックとなっている場 合も多い。 クリープや応力緩和 などの静的 粘弾性測定を利用した、ケモレオロ ジーと呼ばれる分野の測定は劣化の メカニズムを知る上では大変重要な測定である。 内部応力 の測定は密着性に関連して行われる場合が多く、厚膜で内部応力が発生しやすい重防 食塗料や船舶塗料はよく測定される。薄膜では内部応力の測定は難しく、様々な条件下で精度良く 内部応力を測定する方法が求められている。 3 動的粘弾性 は自動車用の塗料を中心によ く測定されるようになった、熱硬化性塗料 の動的粘弾性測定では代表的な物性値とし ては、tanδのピーク温度から動的ガラス転 移温度(Tg)、またゴム状弾性領域の貯蔵 弾性率E'から架橋密度(n)(または架橋間分 子量)が求められる。 架橋密度は耐溶剤性、耐水性、耐候性等 の塗膜性能とよく対応しており、動的ガラ ス転移温度もまた架橋状態と良く対応して、 塗膜の熱特性を考える上では大変重要であ る。 固体の粘弾性については繊維、フィルム を対象に研究が行われてきたものが塗膜に 応用されるようになってきた、これは測定 器が塗膜のフリーフィルムのようにかなり 薄く、強度的にも弱い物が測定できるよう になった(引っ張り張力の調整が微妙に制 御できるようになった)ためであろう。 4.塗料工業で利用されているレオロジー評価機器 レオロジー評価機器に関して、生産や塗装の管理用の機器から研究用の機器まで塗料業界で利用 されている評価機器を解説する。 ・ストマー粘度計 パドル型粘度計とも呼ばれる。一定の条件でパド ル(かい)で塗料をかき回すときの撹拌抵抗を測定す る装置である。測定結果は一定の回転数を得るために 必要な荷重にある喚算係数をかけてKrebs単位 (通常、KU値と呼ぶ)に変換する。KU値は、比較 的ゆっくりした液体撹拌の抵抗値を測定している値で ある 解析的な取扱は困難であり、レオロジー的には疑 問の多い測定であるが、エアレス塗装など比較的高粘 度の塗装での粘度調整用、また貯蔵安定性などの粘度 変化の測定器として、塗料技術者の感覚でとらえてい る粘度と良く対応している為に、現在でもよく使われている。 4 ・FORDカップ粘度計 単孔オリフィス粘度計の中で、最もよく使われ ている粘度計である。No.4 FORDカップが 最も一般的であり、自動車用の上塗り、中塗り等の 静電霧化塗装機を利用する場合の粘度調整用に使わ れる。また、ロールコーター塗装での粘度調整用に も使われる。 オリフィス近傍の流動は複雑であり、解析的な取 扱は困難であるが、スプレー粘度の温度依存性や濃 度依存性など実用範囲での精度、再現性は充分であ る。 E型粘度計の様な解析的扱いが可能な測定装置と の比較からNo.4 FORDカップで測定する場 合のせん断速度の範囲は、50∼100sec-1であり、 せん断速度としては中程度、撹拌や混合操作に対応 するせん断速度範囲の測定である。 No4 Ford Cup ・B型粘度計とTI値 B型粘度計は共軸二重円筒型で内筒回転型の粘度計 である。解析的に取り扱える装置ではあるが、内筒が 余りに小さい場合には系全体でのせん断速度のばらつ きが大きくなる。また、極端な構造粘性を持つ試料で はせん断速度がかからない領域ができる場合があり、 測定には注意が必要である。 TI値(チクソトロピックインデクス)またはTF値(チクソコトピックファクター)は塗料業 界でよく利用されている構造粘性をしめす指数である。 ηN1 (回転数N1での粘度) TI= ここで、N2>N1 である。 ηN2 (回転数N2での粘度) 通常、B型粘度計での測定では、6回転で測定した粘度を60回転で測定した粘度で割った値で ある。TI値が1に近いほどニュートン流動に なり、TI値が大きくなるほど構造粘性があり、 たれにくい塗料である。後に述べるE型粘度計 では、5回転と50回転が使われる。 ・E型粘度計とCASSON式 E型粘度計はコーンプレート型の回転粘度 計である。試料が数mlと少量でよい、せん断 が試料全体に均一にかかる、温度制御が容易で あるという利点がある事から、B型に変わって 広く使用されている。 Casson Plot 5 解析的な取扱として、CASSON式によるデータ整理が広く使われている。 √S = a√D + b CASSON式 S:せん断応力 D:せん断速度 a,b :定数 塗料は、CASSON式にあてはまる場合が多く、かなり広い範囲で利用されている。 CASSON式を変形するとわかるように傾きaの二乗は剪断速度Dを無限大としたときの残留粘度 η∞、切片bの二乗は剪断速度Dを0にしたときの降伏値S0 を塗料の特数値としている。 残留粘度について √S = a√D + b √S/√D= a + b/√D ここで、S/Dはηであり、√Dを無限大にすると √η= a となり aの二乗は残留粘度η∞となる 降伏値 √S = a√D + b ここでDを0にすると √S = b となり b二乗は降伏値S0 となる ・高せん断速度領域の粘度測定装置 塗布過程において、刷毛塗りは10 3∼10 4sec-1、スプレーやロールコーターは10 4∼ 10 6sec-1 と高せん断の現象であるため、高せん断領域での粘度測定は塗布過程での研究の為広く行われてい る。 CASSON式より求めた残留粘度でもかな りの範囲での適用は可能である。直接測定する 方法として、高速回転型の回転粘度計、キャピ ラリー粘度計がもちいられる。 高速回転型は回転中の塗料分散状態の変化や 急激な温度上昇が問題となる場合が多い。 ・低せん断速度領域の粘度測定装置 たれ、レベリング等の現象は10 -1∼10 -3sec-1 と非常に低いせん断領域での現象である。 この領域での現象は、通常、CASSON式など で求めた降伏値で現象を把握できる事が多い。 しかし、分散系が複雑になってくる(微粒子 分散系、複合粒子分散系など)と外挿値である 降伏値では現象を把握できない場合がある。 このような場合、直接低せん断領域を測定す る必要となる。 低せん断領域の測定は低回転まで安定に駆動 し、応力の検出器が高性能なレオメーターを用 いて測定するのが一般的であるが、簡便な測定 法としてE型粘度計のバネの緩和を利用した、LSV (Low Shear Viscometer)などが利用 され、複雑な分散系となったハイソリッド塗料や水性塗料等のたれやレベリング等の把握に役だっ ている。 6 ・引っ張り試験 引っ張り試験は塗膜物性とし て最も理解しやすい物性特性値 であり、さまざまな分野で最も 一般的な物性値として利用され ている。試料の作成が難しいた め再現性が乏しく同じ試料で何 回か測定し統計的な処理をする 必要がある。 測定結果は線形範囲でのヤン グ率と非線形範囲での降伏応力 や最大伸び率など幅広い結果を 得られるが分子論的な論議をす るのは困難である。 破壊伸び 降伏点伸び 応 力 ヤ ン グ 率 降 伏 応 力 引 っ 張 り 強 さ ひずみ 動的粘弾性測定装置 ・動的粘弾性測定 塗膜のフリーフィルムを引っ張り振動で測定するのが最も一般的な測定方法である。 動的粘弾性のデータと一般に言われているのは一定周波数(通常は11Hz)で測定した温度分散 (粘弾性値E',E",tanδの温度依存性)を指す場合が多い。 5.実用性能と塗膜物性値 通常、塗膜物性はガラス転移温度や架橋密度などの物性で解析が可能であるがこれらの物性だけ では解析できなかったもので比較的共通性が高い実用性能をとりあげて解説する。 ・チッピング性 チッピングはたとえば、自動車が走行中に、ボディーに石ころなどがあたり塗膜がはがれてしま う現象である。 チッピング試験は多くの場合グラベロメーターと呼ばれる大きさの決まった小石を高速の気流に のせて塗膜にぶつけて、剥離状態を評価する。 チッピング試験では塗膜は−20℃程度に冷やされる。これは、チッピング現象が低温地域でお こり易いだけでなく、塗膜の粘弾性的性質に温度−時間換算則が成り立ち温度を低温にすることに より速い変形に対する粘弾性的性質を再現させている。簡単に言えば、時速20Km程度の飛石を 低温で実験することにより時速100Km程度の飛石現象を再現しているものと考えてよい。 7 Ea (KJ/mol) n(mol/cc) チッピング現象に対しては塗膜の 7.0e-3 粘弾性的な性質と付着性が重要であ る。付着性は水準以上であればチッ B' 6.0e-3 ピング性に影響しなくなるので、塗 膜の粘弾性的な性質との関連が重要 5.0e-3 である。 上図は自動車用中塗り塗料のチッ 4.0e-3 ピング対策の検討例を示す。自動車 基準 の塗装の電着、中塗り、上塗りの3 3.0e-3 層の中で、中塗りは最もチッピング C 2.0e-3 対策をとりやすく、塗膜物性として は柔らかく強靱な中塗り塗膜を目指 1.0e-3 して、ポリエステル/メラミン樹脂 B A 系から改良を加えている。手段Aは 0.0e+0 60 70 80 90 100 イソシアナートを硬化剤とするポリ ウレタン樹脂系に変更した場合であ Tg(℃) る。手段Bは主剤樹脂のガラス転移 温度を低くしたものである。 手段Cは主剤樹脂を2種のポリマー 260 ブレンド系としたものである。 全ての手段で架橋密度、ガラス転移 240 温度ともに低下しているために手段B ポリマーブレンド:C に硬化触媒を加えて架橋密度を向上さ ポリウレタン樹脂:A せた系B’も検討したがチッピングの 220 評価結果とこれら物性値との相関はな 触媒:B’ かった。 200 右図はチッピング性(標準板との比 較による目視評価:10点満点)と粘 弾性測定において幾つかの周波数を同 180 時に測定できるFT−RM法を用いて 低Tg樹脂:B 測定した、動的ガラス転移温度の周波 160 数分散の結果から、周波数と動的ガラ 0 2 4 6 8 10 poor ス転移温度をアレニウスプロットして good 耐チッピング性 求めた活性化エネルギーEaと目視評 価との関係をしめしたものである。 活性化エネルギーの大小は架橋構造の緻密さ、均一性と関連しているものと考えられ、架橋構造 が緻密で均一なものほど活性化エネルギーが高くチッピング性が優れていることがわかる。 活性化エネルギーの高い密な架橋 活性化エネルギーの低い粗な架橋 8 基剤樹脂の大幅な変更や硬化形式の変更を行わなくても基剤樹脂の性質を補いうる樹脂のブレンド によっても大きな効果が得られることがわかる。 2.5e-3 ・擦り傷性 擦り傷性は塗膜表面が、ブラシを用いた 洗浄やワックスがけ、あるいは砂塵などに より傷がつく現象であるために自動車用で は特に最上層であるクリアー塗膜の表面硬 度や柔軟性が最も重要である。 A B’ n (mol/cc) 2.0e-3 1.5e-3 上図は自動車クリアー塗膜の擦り傷検討 塗膜の物性値を示したものである。基準と なるアクリル/メラミン樹脂系を手段Aは 基剤樹脂のガラス転移温度を上げ、架橋密 度を上げるために触媒を使用している。手 段Bはアクリル/ウレタン樹脂系に変更し たもの、手段B’はアクリル/ウレタン樹 脂系に柔軟性を付与するために側鎖を比較 的長く柔軟なものに変更したもので、結果 として架橋密度が高くなっている。 この場合も塗膜物性値と擦り傷との相関 性はなかった。 基準 1.0e-3 5.0e-4 0.0e+0 80 B 90 100 110 120 Tg(℃) 70 柔軟性付与:B' 60 50 GR(%) 下図は小型洗車器を用いた擦り傷試験を 実施した後の20°グロスと初期光沢の比 を%表示したGR%とビッカース硬度計を 用いてダイヤモンド圧子を塗膜表面に一定 荷重で押しつけて除重後の変形の割合を% 表示した弾性回復率の関係を示したもので あり弾性回復率と擦り傷性に相関があるこ とがわかる。 樹脂を柔軟にし架橋密度の向上した塗膜 が強靱で擦り傷性に優れた塗膜となってい ることがわかる。 触媒:A 40 30 基準 ポリウレタン:B 擦り傷試験後の塗膜を原子間力顕微鏡を 用いて表面形状観察を行うと、擦り傷性は 変形ではなくミクロな破壊であることがわ 20 20 30 40 50 60 70 かった。従って、本来変形回復率よりも塗 膜の破壊抗張力の大きさが問題となるよう に考えられる。 Elasticity Recovery (%) ビッカース硬度計では破壊抗張力を判定 するのは困難であり、この場合破壊した場合には回復率が減少するために、弾性回復率と擦り傷性 が相関しているものと考えられる。 9 ・クラック クラックは塗膜の収縮による力が塗膜そのものを破壊してしまう現象であり、付着性の不良な塗 膜では剥離として現れる場合もある。 クラックは塗膜の強度(坑張力、伸び率)が重要であるが、破壊する力がどのように発生するか も重要な問題である。また、力がかかってもきっかけがなければクラックは発生しない場合が多い。 上図は造膜過程の内部応力(IS)の変化をしめしたものである。上左図は造膜過程でクラック 80 80 70 70 60 60 除冷 IS(dyn/cm2) IS(dyn/cm2) 50 40 30 恒温 20 10 20 40 60 80 40 30 20 10 昇温 0 50 0 100 120 140 160 20 TEMP.(℃) 40 60 80 100 120 140 160 TEMP.(℃) クラック未発生の通常塗料の造膜 過程での内部応力(IS)変化 クラック発生塗料の造膜過程 での内部応力(IS)変化 の発生したもの、上右図はクラックの発生しない比較塗料である。測定はアルミニウム片の片面に 塗装し2点支持の状態で観察窓のついた乾燥炉で昇温、恒温、徐冷の過程でのアルミニウム片のた わみをビデオ撮影して解析したものである。 クラックの発生した塗膜は通常塗膜に比べて硬化反応を促進する為に基剤分子量を下げ、官能基 を増やした塗膜で、ガラス転移温度と架橋密度は通常塗膜に合わせて設計したものである。従って、 塗膜引っ張り強度もほとんど同じであった。 しかし、クラックの発生した塗膜は造膜過程で大きな内部応力を発生していること、特に昇温過 程と恒温過程で大きな内部応力が発生していることがわかる。 従来内部応力の発生はガラス転移温度以下で発生するものと考えられていたが、焼き付け過程に おいても内部応力が発生しており、クラックが焼き付け直後に発生したことが理解できる。 硬化過程での内部応力の発生する温度はFTRM法を利用したレオメーターによる温度依存性測定 (硬化過程の測定)よりは3次元網目生成によるゲル化温度と一致することがわかった。 従って、クラック発生塗膜ではゲル化によりポリマーの動きが大きく制約される中で架橋反応が 急速に進行しているために硬化収縮が大きくなってクラックが発生したものと考えられる。 10 6.塗膜の外観評価 塗膜は物の保護と美観を目的として いる為に、塗膜の力学的な性質である レオロジー評価の次に重要なのが外観 評価である。 ↑ 外観は表面形状と光学特性、色彩が 複雑に係わりあっているために単一の 方法で評価できる物ではない、従来、 塗膜外観の評価に関しては光沢値の測 定と人間の目での官能評価が多かった が、高外観への研究から塗膜の表面形 状の解析、及びPGD計に変わる鮮映 性の評価機器が開発されてきている。 物性に関連する外観とは光沢や鮮映性、 などの短波長の粗さから肌、うねりなどの 長波長の粗さまでの表面の粗度である。 パワー ゆ ず 肌 表面形状測定は接触式のダイヤモンド針 をもちいて表面を走査するものと、非接触 の光切断法、光点変位法等があるが、塗膜 では測定範囲、測定倍率(通常は10万倍 程度)の点で接触式が多く用いられている。 解析の方法も塗膜表面の断面曲線の周波数 解析を行い、断面曲線のパワースペクトル と塗膜外観との関係の検討が多くされてい る。 さらに、最近では原子間力顕微鏡 によりさらに微細な表面の粗さをとら えることが可能になってきた。 光 コ 沢 ン 感 ト ラ ス ト チ カ チ カ 波長→ パターン 結像パターン ランプ フォトダイオード 試料 NSIC計光学系 鮮映性の評価に関しては、従来目 視によって塗膜に映る文字のぼけ具合 を判定していたPGD計に変わって、 正反射方向から少しずれた反射光強度 と正反射光強度の比から鮮映度値を測 定するドリゴンや櫛形フィルターを通 した像を塗膜に投影しフォトダイオー ドアレイを用いて結像波形としてとら えフーリエ変換によって定量化し「ぼ け」と「ゆず肌」を同時に測定できる NSIC計等が利用されるようになった。 11 7 その他の評価特性値について ・表面張力(ぬれ性) 表面張力は塗装作業性を考える場合大変重要な特数値であるが静的な測定がほとんどで粘度での 剪断速度依存性のような変形速度に関連した一般に動的表面張力を考慮する必要があり今後注目さ れる研究分野である。 ・付着性 付着性の評価については塗膜面に特別な治具を接着剤で付けてねじりトルクや引張張力を測定す る方法や塗膜をバイトのような治具で破壊するときの力を測定する方法などが提案されているが、 セロテープを利用した碁盤目剥離試験が最もよく利用され再現性にも優れている。定量的な付着性 の評価方法については早急に研究する必要がある分野である。 ・熱分析(TMA,DSC,TG-DTAなど) 熱分析は静的なガラス転移温度の測定や反応の様子、揮発分濃度など塗料から塗膜まで広範に利 用できる分析方法である。分析化学とは異なる分野として着目する必要があり得られるデータから 読み取れる現象は多い。 ・耐食性 耐食性はカッターで傷つけた塗膜の塩水噴霧試験を行い傷つけた部分からの剥離幅を測定して評 価をしているが、電気化学的な方法により腐食により発生する微弱電流を測定することにより腐食 のモニタリングを行い有効な促進試験方法となっている。 ・耐候性 耐候性は天然環境に実際に暴露して試験を行う実暴試験で評価するが促進するためにサンシャイ ンウエザオメターやスーパーUV試験などさまざまな促進耐候性試験方法が試されている。暴露に よる変化はガラス転移温度や架橋密度などの物性値と分析化学的な方法で劣化メカニズムの研究が 行われている。 ・汚染性 汚染性は最近の塗膜での必須事項になりつつあり汚染の促進方法については雨垂れ性を評価する ためにさまざまな粉塵を水とともに間欠的にかけて汚染性を評価している。汚染性は物性面では表 面の親水性の保持が技術課題になっており接触角測定による評価が一般的に行われている。 ・電気的な特性 塗料状態では静電気を利用した霧化方法が一般的に良く利用されるために帯電性の評価が塗装作 業性との関連で重要である。 塗膜での電気的な性質は特殊な機能を持った遮蔽効果や吸収効果を利用する方法については一般 的な計測方法はなく個々のケース毎に新たな評価が行われ、評価方法の開発が塗膜の開発と同等な 重要な位置をしめており、今後新機能を持った塗膜の開発では評価技術を並行して開発する必要が ある。 12 8.まとめ 塗料は分散系レオロジーの研究対象として代表格のように言われている。しかし、現実には、顔 料分散面では分散系レオロジーの性質を押え込む事が目標であり、均一系として扱える位まで顔料 分散の技術が進んできた。また、塗料用の樹脂はもともと比較的低分子で、分子量分布の広いオリ ゴマーであったものが、ハイソリッド塗料では更に低分子下している。 従って、高分子ポリマーに固体粒子を分散した系で起こる様な現象は起こり難く、固体を粉砕し 界面活性剤で分散している、たとえば石炭スラリー系の低濃度分散品に近い挙動となってきている。 元来、塗料はその目的である美観性のために、分散媒、分散体とも不均一であるものを、分散技 術によって、如何に見かけが均一とするかを追求してきた。 レオロジー面でも見かけはニュートニアンに近く、線形的である。その他の物性面においても均 一性を重視してきた。しかし、社会のニーズとより高機能を付与して行くためには不均一を積極的 に利用することが重要である。その意味では、塗料の分散系としての積極的な利用はこれからの課 題である。 4 10 Mayonnaise 3 10 Shear stress (Pa) Wall paint Ketchup 2 10 Good sag Poor sag 1 10 Pigment dispersion paste 0 10 10 Automovile top coat -1 10 -3 10 -2 10 -1 10 0 10 1 10 2 10 3 Shear rate (/sec) 塗料を設計してゆくために粘度、粘弾性を測定することは回り道のようではあるが、もっとも効 率良く塗料を設計するためのひとつの手法であると思う。しかし、分散系の挙動そのものは複雑で ありしばしば挫折してしまう場合が多い。 上図はケチャップやマヨネーズなどの食品といくつかの塗料の定常流粘度を比較したものである。 このような身の回りにある食品に置き換えると塗料の粘度も直観的に理解しやすいものと思う。 まずはこのような手に入りやすく直感的に理解できる試料の測定を行い、実用性能で差のある試 料の測定というように順序だててレオロジーを利用されることをお願いしたい。 13 最後に分散系の粘度について最も大事なことを説明しておくが、上図は定常流測定と動的粘弾性 測定がCOX-MERTZ則という経験法則で重なるということをしめした図である。 σ(Pa) or G',G"(Pa) 動的測定(周波数分散)と定常流測定(流動曲線)は 横軸を角速度(rad/sec)と剪断速度(1/sec)とすると 剪断応力と動的剛性率は経験的に等価となる。 → Cox Mertz則 分散系 平坦部 ニュートニアン ・ γ(/sec) or ω(rad/sec) ここで、平坦部と書かれている部分が分散系の特徴であり、低剪断領域(低周波数領域)での粘 度、粘弾性挙動が分散系の界面状態、バルク物性などとかかわりあっている所であり、ここを測定 する、または頭の中で描けるということが塗料設計においては重要である。 外観に関しては、今後さらに官能的な評価を定量化して行く必要があり、感性を豊かに持って研 究をすすめて行く必要がある。 何事も「見てきたように」が研究開発における出発点である。 わたし宛の質問、ご意見は 電子メール [email protected] へ 講演内容についてさらに知りたい人は http://www.nipponpaint.co.jp/~mpc をご覧下さい。 9.おまけ... 2匹のカエル まずはカエルの話 その1、 ミシガン大学の経済学者ノエル・ティシュのお話 「昔、高校 の生物時間に実験したように、カエルを水の入った鍋にいれ、徐々に加熱してゆくと 約12分で、ゆであがりゆでがえる ( boiled frog ) になります。ところが沸騰したお湯の中 にカエルを入れると飛び上がって逃げてしまいます。」 アメリカでは生物の時間にカエルをゆでる実験をするのか、と感心するのではなく、これは状況 判断が悪いと ”いい湯だな”等と機嫌よくしているとゆでられますよと言う戒めで、経済問題で 考えればグローバルに成った世界経済下で日本はもっとグローバル化する必要があるという講義に でてきたカエルのお話です。 14 カエルの話 その2、 P.V.シモノフの「今日の心理学」より、2) 「2匹のカエルが、クリームの半分は入った瓶に落ちた。1匹は、真剣に状況を判断し、もがく努 力はもはや意味なしと、両足をのばしたままおぼれて しまった。もう1匹は知的なタイプではなく、現場の 状況の把握が不十分のまま、ただもがき続けた。両足 をバタバタさせて何度もあがきまわっていると、クリ ームがだんだん固くなり、バターのかたまりのように なった。おかげで、このやる気のあるカエルは、その 瓶からジャンプして出ることができた。」 これは創造性について書いた本の中に出てくる気分 と創造性に関してのたとえ話で、このクリームの粘性 挙動はダイラタンシーかチクソトロピーかというレオ ロジー的問題ではなく、創造性は頭で考えたアイディ アとそれを何かの形にするための行動力が必要であり、 何が何だか解らなくなった時にただ黙っているよりも、 もがくことが必要であると言うカエルのお話です。 二匹のカエルの話から言えることは、 1.状況判断を充分にしなさい、世の中はもっともっ と進んでいるかもしれませんよ・・・ 2.状況判断をしてどうしようもないと思っても、も がいてみる必要がありますよ・・・ そんな教訓を示しています。 物性は数学の式が出てきたり、こむずかしい理論がでてきてなかななじめないというかたがたく さんいられますが、しょせんさわって感じている事をもっともらしく表現することが目的です。 むかし有名な映画で「ミクロの決死点」という医者がミクロになって身体の中を潜水艦で探検して 病気を治すという映画がありましたが、高分子の中に入って見てきたようなことを言えるようにな れば物性の研究者としては一流です。さわった感じから見てきたように表現できるようにみなさん の健闘を祈ります。 (参考文献) ・T.C.PATTON,「塗料の流動と顔料分散」 共立出版 ・佐藤忠明、「概説塗料物性光学」 理工出版 ・上田隆宣,化工協会第20回秋季大会要旨集、p320 ,1987.10 ・上田隆宣,FT−RM法関連,第35回、第36回レオロジー討論会講演要旨集 ・上田隆宣、他,Proceedings of the ACS Division of PMSE,p659-663, vol55,1986.9 ・森田 操、「塗膜鮮映性の評価法」、鉄と鋼、p1075,vol77(1991) ・NHK 1989年放送 「あすの日本を考える」より ・エドガー・ハーディ、「2+2」を5にする発想、講談社、 ブルーバックスP660 15
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