耐摩耐衝撃用超硬合金の 現状と方向性

耐摩耐衝撃用超硬合金の
現状と方向性
池 邉 政 昭 サンアロイ工業 ㈱
現状の耐摩耐衝撃用超硬合金について、高強度結合相強化合金、さらな
る高靱性合金、低摩擦合金、温熱間合金、高硬度合金、傾斜機能合金に
ついて解説し、今後の課題と方向性について述べる。
1.はじめに
近年、工具材料としての超硬合金素材の寸法精度
が、近年では結合相を強化した結合相強化超硬合金
や型寿命に対する品質的要求はますます厳しくなり
が汎用的に使用されつつある。
つつある。とりわけ、自動車部品製造に用いる冷間
ここでは弊社の標準品である結合相強化合金(R
鍛造用金型や半導体・モーターコア生産に用いる順
系合金)の概説と、さらに強度・靱性を向上させた
送金型、あるいは精密金型は、製造コスト削減に不
開発合金(RF 系合金・RX 系合金)についてその特
可欠な工具であると共に、ユーザーからの金型のコ
徴を述べる。また、金型の宿命でもある焼付対策に
スト削減要請も当たり前の状況にある。このような
ついて、超硬素材面からの改良を行った低摩擦係数
厳しい経済環境下における我々超硬素材メーカーの
の PM 合 金、 温 熱 間 鍛 造 用 WM 合 金、 高 鏡 面 性 を
課題は工具寿命の延長につながる素材開発である。
有する UK 合金、表面拡散法を用いた傾斜機能合金
1926 年に Widia の製品名で発売された WC - Co 単
(FGM 合金)について概要を述べる。
純合金は耐摩耐衝撃超硬分野で長く使用されてきた
2.R 系合金
WC - Co 超硬合金は硬質な WC 粒子とその周りを
の通りである。
囲む Co 層で構成される複合材料である。WC 粒子サ
・硬 さ ⇒ 約 1 % 増大
イズの調整や Co 含有量の調整により、強度や硬さ、
・圧縮強度 ⇒ 約 10% 増大
あるいは靱性等の機械的特性は改善される。しかし
・破壊靭性 ⇒ 約 10% 増大
ながら、合金組織が分散強化型組織であるため、硬
・耐 食 性 ⇒ 向上(耐電食性も向上)
さと靱性は二律背反の関係に拘束されてきた。
これを打破したのが結合相強化合金、即ち、R 系
弊社の代表的な WC 粒度別の従来合金系列名称
合金である。
と、各系列の結合相強化合金名称を次に示す。
R 系合金は Co 結合相に他元素を固溶させることで
・WC 1.5 m DA 系列 ⇒ RD 系列
結合相の強度を向上させ、WC - Co 単純合金の基本
・WC 3.0 m EA 系列 ⇒ REA 系列
特性を損ねることなく、機械的・化学的特性の改善・
・WC 6.0 m VA 系列 ⇒ RV 系列
向上を図った合金である。具体的な諸特性改善は次
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ここで、従来合金と R 系合金の硬度と破壊靭性の
従来合金 DA,VA 系列と比較して RD,RV 系列は硬
関係を図 1 に示す。このグラフから、各合金系列で
さ・破壊靭性の両特性の明らかな向上が認められる。
硬さと靱性が二律背反の関係にあることがわかる。
写真 1 に粒度別の各系列の代表的組織例を示した。
図 2 に従来合金と R 系合金の耐食性比較の例を示
す。これより、R 系合金は酸や水に対する耐食性に
30
DA
VA
優れていることが判る。図 3 に弊社開発材 RF,RX
RD
RV
を含む R 系列構成を示すと共に、次節で開発材であ
る RF,RX についてその特徴を述べる。
25
20
0.18
0.16
水酸化カリウム(5%)
15
10
81
2.86
塩酸(10%)
82
83
84
85
86
87
88
89
90
91
92
硬度(HRA)
腐食溶液
破壊靭性
(MPa・m1/2)
35
研削液
0.11
0.33
水道水
R系材
従来材
0.03
0.08
ラッピングオイル
図 1 従来合金と R 系合金の硬度と破壊靭性の関係
5.23
0.3
0.49
0
1
2
3
4
5
6
腐食減量(g/m2・day)
図 2 従来合金と R 系合金の耐食性比較
R 系合金系列
RD 系材種
RV 系材種
REA 系材種
RL 系材種
写真 1 R 系合金組織例
RF 系
超微高靱性
RD 系
耐摩耗
REA 系
高強度
RV 系
高靱性
RX 系
超高靱性
RF10
RD20
REA25
RV46
RX71
RF20
RD25
REA35
RV66
RX92
RF30
RD30
REA65
RV86
RX94
RD50
REA75
RL89
RX95
RD60
REA85
図 3 開発材 RF・RX を含む R 系列材種構成
3.強靭化合金 RF, RX
従来材と比較して全体特性に優れる R 系合金のさ
らなる特性改良を目指した開発材が RF,RX 材であ
クラック
基準WC 粗粒WC
る。各種の金型に使用される超硬合金に対して要求
される主要特性は耐摩耗性と耐チッピング性であり、
これら両特性の向上を図る手段として焼結体組織中
の WC 粒度分布の制御と熱処理条件の改良を行った。
図 4 に RF,RX 材のクラック伝播の際の模式図を示
した。均一な WC 粒度分布の場合は、クラックの伝
播は WC/Co 界面を直線的に進むが、粒子サイズが異
なる分布を持つ場合、クラックの伝播は抵抗を受け
て浅くなる。図 5、図 6 に RF,RX の硬度と破壊靭
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従来の超硬合金組織
従来の超硬合金組織 RX
組織の模式図
RX・・RF
RF組織の模式図
図 4 開発材 RF・RX を含む R 系列材種構成
特集 難塑性加工を克服する超硬合金金型
20
18
F
破壊靭性(MPa・m1/2)
破壊靭性
(MPa・m1/2)
40
RF
16
14
12
10
VA
35
RV
30
RX
25
20
15
8
87
88
89
90
91
92
硬度
(HRA)
93
94
95
10
80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93
硬度(HRA)
図 5 RF 系合金の硬度と破壊靭性の関係
図 6 RX 系合金の硬度と破壊靭性の関係
性の関係を示したが、両特性の向上が明らかに認め
RX 材の機械的諸特性を示した。
られる。図 7 は超微粒子合金である RF 材の簡易的な
以上のような優れた特徴を生かし、RF 材は電子
耐チッピング性評価を示したものである。
部品・モーターコア・コネクター用の順送金型、そ
これは、従来材と RF 材で直方体のテストピース
の他のトランスファー型等に使用されている。
を作製し、ダイヤモンドホイールによる研削加工を
RX 材の使用用途は高負荷パンチ(バックワードパ
行い、その時の加工面稜線部に発生したチッピング
ンチ、他)、異形ダイス・閉塞金型、等に使用され
状態を観察したものである。明らかに RF 材のチッ
ている。
ピングが小さいことが判る。表 1、表 2 に RF 材と
表 1 RF 系列の機械的諸特性
ホイール
材種名
チッピング
従来超微粒材 FD15
比 重 硬 度 抗折力 圧縮強度 破壊靱性
(g/cm3)(HRA)(GPa) (GPa) (MPa ・ m1/2)
RF10
14.6
91.5
3.3
5.5
14
RF20
14.1
90
3.5
5.3
16
RF30
13.6
88
3.5
5.1
17
観察部
表 2 RX 系列の機械的諸特性
チッピング
超硬合金
評価方法
材種名
比 重 硬 度 抗折力 圧縮強度 破壊靱性
(g/cm3)(HRA)(GPa) (GPa) (MPa ・ m1/2)
RX71
14.9
90
2.2
4.8
19
開発材 RF20
RX92
14.5
87.5
2.8
4.5
24
エッジ部SEM観察結果
RX94
13.1
82
2.4
3.4
32
RX95
12.8
81
2.2
3.2
35
図 7 耐チッピング性評価
4.軟質材料専用合金 PM
金型を用いて加工される相手材には軟質な材料も
防止・加工応力低減につながり、金型寿命も長くな
多く、非鉄金属の Cu 合金や Al 合金等は代表的なも
ることになる。このようなコンセプトのもとに開発
のである。しかしながら、これらの軟質材料は超硬
された材料が PM 材である。PM 材には固体潤滑性
合金の結合相 Co,Ni と親和性が高く、超硬金型表
を有する成分が含まれている。図 8 に従来材と PM
面の摩擦熱の影響も受けて、型表面に焼き付き(凝
材の動摩擦係数測定結果を示す。相手材に SUJ 2 と
着)が生じやすい。
Cu を使用しているが、何れの場合も PM 材の方が動
そこで金型材の摩擦係数を低減すれば、焼き付き
摩擦係数は小さいことが判る。
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また、表 3 に PM 系材料の諸特性を示した。PM
命が得られている。また、一部の Ti 合金では無潤滑
材の適用用途としては銅・アルミ系合金、軟質鉄
加工でコーティング処理品よりも良好な結果が得ら
系 材 料 の 打 ち 抜 き 等 に 使 用 さ れ る。 実 績 と し て、
れている。
SPCC 鋼板(厚さ 1 mm)で従来金型材料の 4 倍の寿
表 3 PM 系列機械的諸特性
材種名
比 重 硬 度 抗折力 圧縮強度 破壊靱性
(g/cm3)(HRA)(GPa) (GPa) (MPa ・ m1/2)
PDM9
14.65
90.5
2.8
5
14
PDM14
14.15
88.5
3
4.4
15
PDM20
13.65
86.5
3
3.6
16
PFM95
14.6
91.5
3.2
5.5
14
PFM147
14.1
90
3.5
5.3
15
PVM12
14.3
86
2.6
3.8
20
PVM18
13.8
83.5
2.5
3.3
23
PVM24
13.2
81.5
2.4
2.9
27
PDM:WC 1.5 、PFM:WC 1.0 、PVM:WC 6.0
図 8 動摩擦係数測定結果
5.温熱間鍛造用合金 WM
現状の温熱間鍛造用工具材料は SKD 61 や SKH 材
表 4 WM 系列機械的諸特性
が広く使用されており、超硬合金はロールの一部に
使用されている。超硬合金を熱間鍛造金型に使用す
る場合、長所は鍛造品精度が良いことであり、短所
はヒートクラックによる破損寿命のばらつきが大き
いことであった。
そこで、高温強度向上、耐ヒートチェック性向上、
耐酸化性向上を課題として開発した材料が WM 材で
材種名
比 重 硬 度 抗折力 圧縮強度 破壊靱性
(g/cm3)(HRA)(GPa) (GPa) (MPa ・ m1/2)
WM5
14.75
86.5
2.1
4.1
21
WM7
14.4
85
2.1
3.9
23
WX80
13.7
83
2.4
3.5
26
ある。表 4 に WM 材の主要特性を示す。
6.超高硬度合金 UK
本材料は WC 平均粒度 0.2 m の超超微粒子バイン
表 5 に機械的諸特性を示し、写真 2 に通常材と
ダレス合金であり、丁寧な研磨仕上げにより優れた
UK 材との組織比較を示す。組織写真から UK 材が極
鏡面が得られる。また、耐食性・耐摺動摩耗性に優
めて微細な組織を有していることがわかる。
れるため、レンズ用金型、粉末成型金型、メカニカ
ルシール等に使用される。
表 5 UK 材の機械的諸特性
・硬 度:2,400 ∼ 2,700(Hv)
3
・比 重:15.2 ∼ 15.5(g/cm )
・抗 折 力:1.0 ∼ 1.5(GPa)
1/2
・破壊靱性:8(MPa ・ m )以下
・ヤング率:700(GPa)
UK材 破面組織例
通常材 (RD) 破面組織例
(RD)破面組織例
UK 材破面組織例 通常材
−1
・熱膨張係数(600℃):5.4(MK )
・優れた耐食性
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写真 2 UK 材と通常材の組織比較
特集 難塑性加工を克服する超硬合金金型
7.傾斜機能合金 FGM
能であり、最大の特徴となっている。
造されるが故に、素材のどの部分を採っても均一組
基本的な傾斜機能として超硬表層部は高硬度であ
織・均一特性であることが長所であった。しかしな
り、内部は低硬度且つ高靱性という機能構造である。
がら、金型や工具として使用する場合、必ずしも全
同時に表面高硬度域は圧縮残留応力であり、極め
体が均一な特性を有する必要はなく、むしろ局部的
て理想的な応力構造を有している。写真 3 に表面か
に高硬度で、局部的に高靱性という構造が望ましい。
ら内部にかけての FGM 合金組織例を示す。写真で
このような理由から傾斜機能材の開発は様々な分野
判るように、表面組織は微細な WC 粒子のみが認め
で続けられている。傾斜機能材の製法には SPS を使
られ、内部では白色の結合相の存在が認められる。
用した製法など様々なものがあるが、形状的制約を
図 9 は FGM 合金と通常合金の表面近傍硬さ分布比
受ける。我々の製法は表面拡散法を用いたもので、
較を示した。FGM 合金の表面硬さが著しく高いこと
任意の形状に対応した傾斜機能を付与することが可
がわかる。
硬度 [HRA]
これまで述べてきた超硬合金は、粉末冶金法で製
表面から
0.5mm
表面から
5.0mm
FGM 合金
89
88
87
通常合金
0
1.0
2.0 3.0
試料表面からの距離
10µ
表面から 3.0mm
92
91
90
表面から 9.0mm
写真 3 FGM 合金の表面∼内部の組織例
4.0 [mm]
図 9 FGM 合金の表面∼内部の硬さ分布
8.超硬工具の方向性
現在直面している最大の課題は中国生産 WO 3,
一方、酸素との結合力の強い Ti は使用せず、Mo
W,WC の輸出削減動向である。我々の選択肢は大
その他の元素による炭化物・窒化物・炭窒化物を用
きく二つといえる。① 現状工具材料のさらなる特性
いた硬質複合材料も可能性が考えられる。
改良による寿命延長であり、② WC 代替材料の開発
また、レアメタルである Co,Ni の代替材料として、
である。
Fe 基合金ベースの結合金属開発も取り組む必要が
① 工具寿命の延長対策
ある。
材料強度・靱性向上のポイントは結合相の機械特
なお、超硬合金の省資源化・安定供給の観点から、
性向上であろう。現状の固溶強化結合相の組成はス
弊社として超硬スクラップからの原料再生に取り組
テライト合金に近似しており、その他の耐摩耗材料
み、C シリーズ超硬と銘打ったリサイクル超硬の製
をベースにした結合相の開発が急がれる。
造・販売を積極推進している。
一方、機能面にポイントを置いた対策として、低
摩擦超硬の開発、傾斜機能に低摩擦機能を重ねるこ
とも効果的と考えられる。
② WC 代替材料の開発
現在進められている代替材料としては TiCN を
サンアロイ工業 株式会社
ベースにしたサーメットであり、耐摩耐衝撃工具で
〒 679-2216 兵庫県神崎郡福崎町高橋 290-44
TEL. 0790-24-2280 FAX. 0790-24-2290
http://www.sanalloy.co.jp/
は素材酸化をどのように抑制するのかがブレークス
ルーとなる。
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