技術・製品の紹介 傾斜機能材料を使った商品化への取り組み 1. はじめに 3. 科学技術庁(現文部科学省)が,科学技術振興調整費によ る総合研究として「熱応力緩和のための傾斜機能材料開発の 基盤技術に関する研究」(第Ⅰ期)を発足させたのが 1987 年である.そして,これに並行してこの新しい材料の進歩と 応用への発展を図り,産・学・官の幅広い研究者および研究 機関の協力のもとに,研究成果の普及を積極的に行う場とし て,1988 年に㈳未踏科学技術協会内に「傾斜機能材料研究 会」が発足した.以来,気相析出法,粉末成形法(粒子配列 法,薄膜積層法,遠心成形法),プラズマ溶射法,自己反応 発熱法,電解析出法,繊維整列法など様々な傾斜機能材料 (FGM:Functionally Graded Materials)の製造方法が検討 され,FGM を使った商品化も着実に進展してきている.そ 当社のFGMを使った商品化への取り組み 当社における FGM を使った商品化への取り組みとし て,製造方法を含め,以下に 5 件の開発事例を示す. (1) 開発事例 1:FGM の製造方法(特願平 5-234133) 本開発は,図1に示すように 3 つの工程を有する繊維を 用いた FGM の製造方法である.本方法では,繊維を所要 の傾斜組成比率になるように積層し,単位体積中に含まれ る繊維の体積あるいは粉末粒子の含浸される空隙を積層 方向に傾斜組成化し,傾斜繊維体と粉末を結合させている ので,連続した FGM を製造できる. また,積層された繊維層は,所要の形状に加工できるの で,比較的複雑な形状のものや,比較的大型の FGM の製 造が可能になる. こで,本稿では,著者らによる開発事例をまじえながら, FGM を使った商品化への取り組みについて述べる. (2) 開発事例2:粉末冶金法による FGM の製造方法 (特願平 6-124428) 2. 国内におけるFGMを使った商品化への取り組み 本開発は,図2に示すように,粉末冶金法による FGM FGM は,応力緩和型あるいは熱電変換型にしても,基 の製造方法で,6つの工程を有している.本方法では, 礎的な物性データ(実験データ)があれば,必要とされる特 FGM を構成する積層単位体を多数の段に分けてそれぞれ 性を盛り込んだ材料設計ができる.そのため均一型特性で 独立に製造し,それらを接合している.従って,個々の積 はなく傾斜型特性が要求される場合には,従来の複合材料 層単位体の成分が均一となり,寸法精度が高く,所要の設 に比べ高性能・高付加価値化された商品を開発しやすいと 計条件に合致した性能を有し,物理的性質や製品品質の安 いう強みがある.一方,FGM の応用分野として,航空・ 定した FGM を比較的容易に製造できる. 宇宙分野,原子力分野,機械分野,エレクトロニクス分野, 生体・医療分野といった様々な分野においてニーズ調査が 行われてきており,FGM を使った商品化事例も増加し, 「傾斜機能材料研究会」のホームページには,表1に示す ように,既に 18 にのぼる商品化事例が掲載されている. 表1 傾斜機能材料を使った商品化事例(2008.2.1 現在) 図1 繊維を用いたFGMの製造フロー (「傾斜機能材料研究会」http://www.fgms.net/ より) No. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 会社名・ 商品化事例 住友電気工業 切削工具 三菱マテリアル 切削工具 松下電工 シェーバー用刃 シチズン 腕時計 美津濃 スパイク用金具 旭硝子 光伝送用プラスチックファイバ− ウチダデンキ 木質系素材への傾斜化技術の応用 株式会社テルモ工業 アルミ合金の傾斜機能表面処理加工 自動車鋳物(JIK) 耐摩耗材・耐腐食部品 アドバンストスペーステクノロジー㈱ セラミック繊維含有の傾斜機能材料と特殊 製法による噴射器製造技術 ㈱栗本鉄工所 傾斜機能を備えた球状黒鉛鋳鉄組織 テクノクオーツ(本社・山形県山形市) 石英とシリコンの傾斜機能材料 住友石炭鉱業㈱ 傾斜機能材料製造装置 愛媛県工業技術センター 紙の厚さ、長さ方向への傾斜化技術の応用 三井造船 傾斜機能材料による高性能熱電子発電機 ヤンマーディーゼル㈱ TiAl/Al系傾斜機能材料とセラミックス/金属複合材料 日本真空技術㈱ FGMスパッター装置 北海道庁 掘削用ビット及びその製造方法 22・傾斜機能材料を使った商品化への取り組み 図2 粉末冶金法によるFGMの製造フロー TAKADA TECHNICAL REPORT Vol.18 2008 (3) 開発事例3:傾斜機能性超硬チップ,チップホルダー および切削工具(特願平 8-331668) ホルダー 本開発は,耐摩耗性の向上と工具の長寿命を企図した傾 斜機能性超硬チップに関するものである.図3に傾斜機能 チップ断面模式図 性超硬チップおよびチップホルダーの概要を示す.傾斜機 能性超硬チップは,超硬(WC:タングステンカーバイド) と高熱伝導性を有する銅または銅合金を傾斜組成化した 図3 傾斜機能性超硬チップおよびチップホルダーの概要 もので,切削の際に発生する熱を速やかにチップホルダー 側に逃がすことができるように設計されている.チップホ ルダーは,銅または銅合金が挟み込まれた構造で,その一 ステンレス鋼(SUS304)側 部は傾斜機能性超硬チップと接するように設計され,冷却 水流路も設置されている. 40mm (4) 開発事例4:傾斜機能性パイプおよび傾斜機能性 管継手(特願平 8-331669) 本開発は,パイプや管継手の異種材料の接合界面におけ る残留応力,および温度差の大きな使用環境で発生する熱 銅 (Cu) 側 応力を緩和して,破断(またはき裂の発生)等を防止する ことができるよう企図された傾斜機能性パイプおよび傾 図4 斜機能性管継手に関するもので,長さ方向および厚み方向 傾斜機能性管継手の事例(Cu-SUS304 系) に傾斜化した 2 つのタイプがある.図4に銅とオーステナ イト系ステンレス鋼(SUS304)を長さ方向に傾斜化した 傾斜機能化 傾斜機能性管継手の事例(Cu-SUS304 系)を示す. (5) 開発事例5:ゴルフクラブのヘッドおよびこれを 用いたゴルフクラブ(特願 2002-55922) ゴルフクラブの歴史を振り返ると,当初のゴルフクラブ ヘッドは柿の木から製造されており,クラブヘッドは中実 図5 で全体の弾性解析によりボールの打撃の解析が行われて FGMを用いたゴルフクラブの一例 いた.その後,ゴルフクラブのヘッドに金属材料が適用さ れ,中空の構造が可能となり,ステンレス鋼や,より軽量 化を図るためにチタン等が採用されてくると,ゴルフクラ ブ(ウッド,アイアン,パター)の打撃面(フェイス部) の弾性解析によってボールの打撃の解析が行われるよう になった.ところが,これらのゴルフクラブのフェイス部 は,均一で一様な金属材料で製造されているので,フェイ ス部における諸物性(弾性係数,密度,弾性波の伝搬速度 等)を変えることは不可能であった.ゴルフクラブのヘッ ドは,一般に競技時には打ったボールの飛距離を向上させ, 意図しないフックやスライスを発生させないのが好まし いが,練習時においては,飛距離が出ないゴルフクラブ, フックやスライスが生じやすいゴルフクラブ等の要求も ある.フェイス部に単一の金属材料を使用した従来のゴル 4. おわりに FGM を使った商品化には,基礎的な物性データの収集 およびデータベースの構築,法規・規格化(JIS 等の整備), 機能性評価試験方法の確立,信頼性評価試験方法の確立, 破壊および非破壊試験方法の確立,経済性(特に多品種少 量生産に向けての生産コスト低減対策),安全性,および 環境問題への対応(リサイクル性)等の数多くの問題があ る.しかし,通常の商品化においてでさえ,発明から商品 化にこぎつけるまでに長年を要するケースは少なくない. 関係する皆様のご協力により種々の問題が克服され,数々 の小さな発明の芽が大きく育ち,数多くの FGM 商品が社 会に貢献できることを願う次第である. 中野 光一(九州工業大学大学院 生命体工学研究科*) フクラブでは,その実現が困難であった.本開発は,この 参考文献 ような事情を考慮してなされたもので,用途に応じてその 1)Kouichi Nakano ; et al : PVP-Vol.302,Composites for the Pressure Vessel Industry, Book No. H00 965, ASME, pp.283-289, (1995) 2)中野光一 他:傾斜機能材料論文集 vol. 20, pp.167-171, (2006) 特性の異なる新しいタイプのゴルフクラブヘッドおよび これを用いたゴルフクラブを提供するものである.図5に FGM を用いたゴルフクラブの一例を示す. TAKADA TECHNICAL REPORT Vol.18 2008 * 客員准教授: ㈱高田工業所休職中 傾斜機能材料を使った商品化への取り組み・23
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