胎児心臓超音波スクリーニングの ポイントとコツ 産科診療において超音波検査は必要不可欠な検査であり,胎児発育の評価, 胎児の健康状態のチェック,切迫早産の管理,胎盤・臍帯の異常の有無,異 常妊娠の診断,胎児形態異常の診断などあらゆる領域において有用である。 これらの領域の中で超音波検査による胎児形態診断は出生前診断の一手法と して位置づけられ, 「どこまで分かるのか」 「どこまで診る必要があるのか」 「い つ診るのがよいか」 「誰が診るのか」 「診断後の説明・対応・心理的サポート はどうするか」 など, 多くの課題を抱えている。したがって検査を行うに当たっ ては,検査の意義や限界について十分な説明と同意のもとに行う必要がある。 さらに最近では,妊娠21週以前に形態異常が疑われる場合も多くなってきて おり,その場合は妊娠を継続しないという選択肢もあるため,各疾患の予後 や治療,染色体異常の合併などについて十分理解して対応する必要がある。 このように超音波検査による胎児形態異常の診断には越えなければなら ない多くのハードルが存在するが,一部の先天性心疾患や横隔膜ヘルニア などの疾患では,出生前に診断することで出生後スムーズに新生児の管理 や治療に移行できるため,児の予後を改善することが可能であり,超音波 検査による出生前診断の意義は大きい。本稿では臨床上出生前診断が望ま れているにもかかわらず,見逃されている場合が多いと言われている先天 性心疾患のスクリーニング法について解説する。 先天性心疾患の出生前診断の現状 先天性心疾患は出生1,000人に対し8~10人と胎児形態異常の中で最も頻 度が高く,13トリソミー・18トリソミー・ダウン症候群(21トリソミー) ・ 22q11.2欠失症など染色体異常を合併する場合も多い。さらに出生後早期 から加療が必要な疾患も多いため出生前診断が期待されている。一方, 2006年には胎児心臓病研究会から「胎児心エコー検査ガイドライン」が公 示1),さらに2010年には胎児心エコー検査が保険収載され,胎児心エコー検 査の重要性に対する認識が年々増加してきている。このような状況のもと, 先天性心疾患の出生前診断率は次第に向上しており,胃胞の位置異常や心臓 の位置・左右バランスに異常を認める無脾症・多脾症・左心低形成症候群 正岡病院 理事長/超音波診断部 部長 日本超音波医学会 超音波指導医 正岡 博 まさおか・ひろし●1954年広島生まれ。1978年岡山大学医学部を卒業。高知県立中央病院,住友別子病院, 広島赤十字病院,岡山大学,旧ユーゴスラビアのザグレブ大学などで勤務後,広島市民病院産婦人科部長を 経て,2000年より産婦人科小児科正岡病院にて開業。安全な分娩を目指して周産期の母児管理に力を注いで おり,特に産科領域において必須の診断法である超音波診断に関しては,超音波診断装置が開発された当初 より積極的に取り組み,異常妊娠の早期発見や胎児異常の出生前診断に努めている。最近では,出生前診断 が出生後の児の予後に大きく影響すると考えられる,胎児心臓奇形の出生前診断にも力を入れている。また, 看護協会での講師活動など,産科領域に携わる助産師,看護師に向けた教育にも熱心に取り組んでいる。 妊産婦と赤ちゃんケア ● Vol.5 No.3 33 図 図 胎児心臓スクリーニングの4つの基本断面 などの診断率は60 ~90%となっている。しか 三血管気管断面 し大動脈弓や肺動脈に異常を伴うファロー四 (Three Vessel Trachea View) 徴症・大動脈離断症・縮窄症の診断率は40 ~ 三血管断面 (Three Vessel View) 60%とまだ十分ではなく,出生直後から加療 が必要となる完全大血管転位や総肺静脈還流 異常の出生前診断率は10 ~30%と低い2)。今 四腔断面 (Four Chamber View) 後,出生前診断率を改善するためには,医 師・検査技師・助産師・看護師など誰にでも 胎児腹部横断面 容易に施行可能であり,主要な先天性心疾患 胃胞 の有無を短時間に効率的にチェックすること ができる胎児心臓スクリーニング法の普及が 有用性が報告されており,この断面にて多く 必要不可欠である。 の疾患をスクリーニングすることが可能であ 胎児心臓スクリーニングの 検査対象と施行時期 見逃す可能性があり,流出路を効率的にスク リーニングする方法も必要である3)。図に流 ◆検査対象 出路も含めて効率的にスクリーニングするた 先天性心疾患は胎児発育遅延,他の胎児形 めの4つの基本断面を示す。この4つの断面 態異常の合併,母体の先天性心疾患児出産既 を確実に診ることで,ほとんどの心疾患がス 往などhigh risk症例だけではなく,low risk クリーニング可能となる4)。 症例にも発生するため,すべての妊婦を対象 ◆胎児腹部横断面 とする必要がある。 胎児の左右を確認した後,胎児腹部横断面 ◆施行時期 (胎児推定体重を求めるために用いる断面)を 胎児心臓の形態を最も観察しやすい時期は 描出し,胃胞の位置を確認する。正常では胃 妊娠24 ~28週頃である。しかし実際は妊娠16 胞と心臓が左側に位置し,心奇形の合併は約 週頃から観察可能であり妊娠21週以前に大き 1%である。胃胞と心臓が右側に位置する場 な異常の有無をスクリーニングすることが望 合は,すべての臓器が左右反転している内臓 まれる。また妊娠後期には胎児肋骨や脊柱の 逆位であり,心構築異常の合併率は通常より 影響を受け観察が困難となるが,妊娠後期に 高く10 ~20%となる。胃胞と心臓が異なる 所見が明確になる疾患もあるため妊娠32 ~ 側に位置する場合は内臓錯位(多脾症候群, 35週頃の観察も有用である。 無脾症候群)の可能性が高く,ほとんどの症 胎児心臓スクリーニングの基本 断面の描出をマスターしよう 34 る。しかし四腔断面のみでは流出路の異常を 例に心構築異常を伴う。 また,この断面で下行大動脈が脊柱の左 側,下大静脈が脊柱の右前方に位置すること 胎児心臓超音波スクリーニングにおいては を確認する(写真1) 。無脾症候群では下行 以前から比較的描出が容易である四腔断面の 大動脈と下大静脈が同側(写真2) ,多脾症 妊産婦と赤ちゃんケア ● Vol.5 No.3 写 写真1 正常胎児腹部横断面の観察項目 胃胞 下行大動脈 写真2 胎児腹部横断面:内臓錯位(無脾症候群) 写 左 右 胃胞 胞 臍静脈 脊柱 脊柱 下大静脈 下大静 大 下大静脈 大静脈 大静 静脈 下行大動脈 行大 大 左 右 ①胃胞は胎児の左側に位置する ②下行大動脈は脊柱の左側,下大静脈は右前方に位置する ①胃胞は胎児腹部の右側に位置する ②下行大動脈と下大静脈はいずれも脊柱の左側に位置する 写 写真3 適切な四腔断面の描出法 A B 左 前 脊椎 右 左 脊椎 前 右 胎児期には胎児躯幹の横断面にて四腔断面を容易に描出できる A:適切な断面:胸壁の左右両側に各々1本の肋骨( )が対称に描出される B:斜めに傾いた断面:胸壁の左右両側に複数の肋骨( )の断面が描出される 候群では下大静脈が欠損する。 必須項目として心臓の位置と大きさ,心尖部 ◆四腔断面(four chamber view:4CV) の 方 向, 心 室・ 心 房 の 左 右 の バ ラ ン ス を 胎児期には胎児脊柱と直交した躯幹の横断 チェックするが(写真4) ,検者のスキルに 面で比較的容易に4CVを描出できるが,確実 応じて房室弁の付着位置,左右心室の内腔構 な診断を行うためには適切な断面を描出する 造,心室中隔,卵円孔,下行大動脈の位置, 必要がある。適切な断面では胸壁の左右両側 肺静脈還流など,さらに多くの有用な情報を に各々1本の肋骨が対称に描出されるが,断 (写真5) 。 得ることも可能である6) 面が傾いている場合は左右両側に複数の肋骨 4CVはいろいろな方向から観察することが 5) 。4CVでは の断面が描出される (写真3) 可能であるが,心室・心房中隔あるいは房室 妊産婦と赤ちゃんケア ● Vol.5 No.3 35
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