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13世紀古記録にもとづく未発見の
東海・南海地震の発生時期検討
-とくに『百錬抄』について-
小山研究室
総合科学専攻 4年
30816024
前田江里
1.研究目的
歴史上の東海・南海地震は150~200年
間隔で再来している。
1099年南海地震と1361年東海地震は
262年離れている。
未知の東海・南海地震が発生した可能性
和歌山県那智勝浦町の川関遺跡や堺
市の石津多神社では13世紀に発生し
た南海地震と思われる痕跡が残ってい
る(液状化現象など)が、文字記録が
発見されていない。(寒川,1997)
本研究では13世紀の古記録を解析し、
未発見の東海・南海地震の発生時期を
検討することを目的とする。
262
年
図1.巨大地震の発生年表(寒
川、2008)●は地震痕跡
2.先行研究
瀬戸
2006
安藤
2004
岩垣
2005
基礎カレンダーの作成から古記録の欠落期間を特定(17史料)
欠落期間①1223~1224年②1248~1250年 ③1295~1299年
明月記
自然災害に関する記述が他の自然現象に比べて少ないため、自
然災害を調べる史料としては適していない
鶴岡社務記録、玉蘂、葉黄記、中臣祐賢記、中臣祐春記、中臣
祐定記、花園天皇宸記
1226 年、1227 年、1245 年、1257 年に絞り込むことができた
記録密度の低い、総記録日数が年平
生島、 吾妻鏡
均100日以下の期間中に東海・南海地
小山
計213 件の地震記録(全資料中の78%)。そのうち鎌倉に被害を
震の本震・余震記録が埋もれている可
2006
もたらした地震は5 件
塩田
2008
高柳
2009
能性を指摘
民経記
発生時期の特定は難しい
猪隈関白記、勘仲記、経俊卿記
1226年、1245年、1249年の可能性が高いことがわかった
3.研究方法
• 西暦、和暦年、和暦月日、総情報量、自然現象の種
情報量 類・記述・情報量(情報量:漢文で記されているので漢
のカウ 字の文字数をカウントする)
ント
データ • Microsoft Excel2007を使用してデータベー
スを作成
ベース
化
先行研 • 解析結果を先行研究と比較する
究と比
較
自然現象に関する
記述の抜き出し
・天候(雨、風、曇りなど)
・日食、月食
・天文現象
・地震
・疫病
・その他の災害(火事など)
3.研究方法 (『百錬抄』について)
瀬戸(2006)では日記群についての基礎カレンダーを作成。
紀伝体の有力資料の解析がされていない。
解析する古記録・・・主に『百錬抄』
・全17巻(1~3巻は散逸)。編著者未詳。
・現存本は、968年(安和1)10月より1259年(正元1)12月、冷
泉天皇の治世から亀山天皇即位までの歴史を漢文で記し
た編年体の史書。
・簡潔な記載内容で、京都を中心にした公家社会の動静を
記録している。
・貴族の日記から事柄を抜粋した形跡があり、『小右記』『土
右記』『吉記』『玉葉』などらしい記事が散見する。
・亀山天皇在位中(1259~1274年)の成立。
出典:日本古典文学大辞典編集委員会(1984)『日本古典文学大辞典 第五巻』㈱岩波書店,pp.195-196
久保田淳(2007)『岩波 日本古典文学辞典』㈱岩波書店,p.288
4.作成したデータベースの抜粋
西暦
1124
1124
1125
1125
1126
1126
1127
1127
1128
1128
和暦年
1日の総
和暦年月日
種類
文字数
発生した自然現象
両院臨幸白河邊。歷覽郊外深雪。
内大臣以下騎馬前駈。新院於白河
天治元年 二月十日
46 雪
殿騎馬。渡御法勝寺。爲希代之壮
觀
天治元年 閏二月一日
15 地震 大地震。此後至八日有動
天治二年 四月十七日
9 火事 祇陀林寺燒亡
京中炎上。公卿及朝士大夫以下家
天治二年 十二月五日
41 火事
六十餘所爲灰燼。六角堂始燒亡
地震の記録の例
大治元年 七月一日
9 彗星 彗星見北方
大治元年 十二月十九日
8 火事 鞍馬寺燒亡
園韓神社。神祇官以下八神殿。幷
全期間の抽出終了
内外院門垣。勘解由使廳。陰陽寮
大治二年 二月十四日
109 火事
漏刻鐘樓。大炊寮南門。郁芳門。
宮内省主水司醤院等燒亡。
大治二年 三月九日
10 火事 東寺賓藏炎上
大治三年 二月十四日
13 火事 祇陀林堂燒亡
大治三年 八月二日
13 風、雨 暴雨大風。陽明門顚倒
自然現
象の文
字数
40
10
6
27
5
5
49
6
6
9
5. 年間総文字数
巻号毎の記述量の不連続
巻数
性がある。編纂史料の違い
が原因であると考えられる
15巻:急激な増加
8巻:増加
・総記録文字数は156,447文字、1247年の記録が最も多く
5,207文字、最も少ないのは1025年でこの年には記録が全くな
かった。『百錬抄』の成立は1259~1274年の間だと考えられてい
る。第8巻以降の記述量が増えているのは、編纂した資料が第4
~7巻に比べて多かったことが考えられる。
6.年間総文字数と自然現象の文字数の推移
藤原氏の
摂関政治時代
源平合戦、鎌倉幕府成立
①4~7巻
年間平均記述
量:約278文字
②8~14巻
年間平均記述
量:約940文字
③15巻~17巻
北条氏の執権時代
年間平均記述
量:約2612文字
年間総文字数と共に自然現象に関す
る記述量も増加
⇒全体に占める割合はほぼ一定
7.自然現象1件当たりの文字数の推移
被害のあった大地震の記述
1185年の文治の京都地震
7月9日に111文字の記述
年間総文字数における自然現象の記述量の割合も一定
だった。1件当たりの文字数もほとんど変化していない。
しかし、被害の大きい自然現象に関しては記述量が多い。
8.発生した自然現象の内訳
自然現象の件数と文字数は比例している。1件当たりの記述
量が一定であったことからも、この比例関係が分かる。
⇒編纂者が変化しても自然現象に対する姿勢が変わらな
かったことが窺える。
9. 地震に関する記述の例
地震に関する記述は44件あった。
永長の
永長元年 十一月廿四日 1096年12月17日
そのうち1096年に発生した東海地震、1099年の南海地震、
東海地震
「地大震。古今無比。人皆叫喚 」
『猪隈関白記』(1197~1235)
『明月記』(1180~1235)
1185年の文治の京都地震の記述も抜き出すことが出来た。
『民経記』(1226~1267) 康和の南海地震であると
『吾妻鏡』(1182~1264)
康和元年
『 鶴 岡 社1099年
務 記 録 』 ( 1 1考えられる
9 1 ~ 1 3 3 6 )
また、1245年には8件、1247年には5件の地震に関する記述
『玉蘂』(1203~1238)
『葉黄記』(1230~1247)
「永徳三年八月廿八日改元。依地震疾病也」
を抜き出した。
京都で書かれた3史料に
同日の記述がある
文治の京都地震
先行研究で研究対象となった史料の中で、『百錬抄』(968~
文治元年 七月九日庚寅 1185年8月13日
⇒信頼性が高いと言える
1259)と重複する期間の記述を比較し、先行研究の63件の
「午時地大震。其聲如雷。震動之間。已送時刻。其後連々不
地震のうちの5件と照らし合わせることができた。
絶。宮城瓦垣幷京中民屋。或破損。或顚倒。一所而不全。就
・1246年正月五日・六日(葉黄記・民経記)
中大内日花門。閑院西邊廊顚倒。法勝寺阿弥陀堂顚倒。九
・1246年四月二日・三日(民経記)
重塔破損。三面築垣皆以頽壞。南庭儲幄爲御所。自今日三ケ
日。屈三口僧。於御殿有大般若御讀經。依此御祈也 」
・1246年十月十日(民経記)
10.先行研究との比較
先行研究で検討された史料には東海・南海地震の可能性のある
地震を発見することはできなかった。
各史料の欠落期間からその
発生時期を追い込む
1226年、1245年、1249年に発生した可能
性が高いことを指摘(高柳,2009)
記録密度の低い、総記録日数が
年平均100日以下の期間
本震・余震記録が埋もれている可
能性
高柳(2009)の指摘した、発生可能性のある期間のうち、『百錬抄』で
は1245年に地震に関する記述が8件あった
また、他の史料の欠落期間内には1214年に1件地震があった。
11.年間総文字数と自然現象の記述の割合
(先行研究との比較)
総文字数の推移に
かかわらず割合はほぼ一定
『吾妻鏡』
『明月記』
記述量には不
(安藤,2003)
連続性があり、
一定以上の記述が残る
第1期~第4期
年:自然現象・災害に関
に分かれる。
する記述は各年およそ3
編纂史料の量
分の1程の割合を維持
や、編纂者の違
⇒著者の自然現象・災
い・性格が反映
年間総文字数は1100年代後半から増加しているが、自然現象の
害に対する記述姿勢が
されているもの
記述の割合(自然現象の総年間総文字数/年間総文字数)は増
変わらなかった。
と考えられる。
加していない。
12.まとめと今後の予定
『百錬抄』を解析した結果、
①総文字数は156,447字、自然現象の件数は919件であった。
② (1)4~7巻(2)8~14巻(3)15~17巻の区切りにおいて、
記述量(総文字数・自然現象の件数、文字数)の時間・巻号
毎の不連続性を見ることができた。
③地震に関する記述は44件で、1096年の東海地震などの
記述もあった。また、1214年、1245年、1246年に発生した地
震は先行研究の結果と照らし合わせることができた。
今後の予定
『百錬抄』は上記(1)(2)(3)の様に記述量に不連続性を見
ることができた。編纂者の変化や歴史的背景などをより深め、
考察する。 また、1214年、1245年、1246年以外の地震に先
行研究と同じ地震の記録がないか再度比較する。