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保証
-その性質と保証人の免責
名古屋大学大学院法学研究科教授
加賀山 茂
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設例(1/2)
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X金融から1,000万円を借りるに際して,Aは,親戚のYに
保証人になってもらった。
その経緯は以下のとおりである。
Aは個人で事業を営んでいるが,経営不振に陥っており,
銀行からは融資を受けることができないため,金利の高
いXから融資を受けることにした。
Xは,Aの経営がうまくいかない原因は,Aの経営方針が
よくないことと長引く不況とであり,融資をしてもAが期限
までに借金を返せなくなることを予知していたが,Aの土
地建物に抵当権を設定するのに必要な書類を提出する
こと,および,Yが保証人になることを条件に融資を行うこ
とにした。
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設例(2/2)
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Yは,Aから,「経営がうまくいかないのは,銀行が貸し
渋りを行うからだ。Xから融資を受けるためには,あなた
のような信用のある人に保証人になってもらう必要があ
る。融資さえあれば経営は万全だから,あなたには絶
対に迷惑をかけない。ぜひ保証人になってほしい。」と
懇願され,また,Xからも,「Aは,融資さえ受けることが
できれば,事業については全く心配は要らない。資産も
あるので大丈夫。」との説明を受け,保証人となった。
返済期限が到来して,Aが借金を返せなくなったにもか
かわらず,Xは,保証人Yの資力だけを頼みにしており,
Aから受け取った必要書類に基づいて抵当権の登記を
することを怠ったため,Aの土地建物は他の債権者に
よって差し押さえられて,競落されてしまった。
Xからの請求に対して,Yはどのような抗弁を主張する
ことができるか。
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保証は債務か責任か
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〔保証人の責任〕
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第446条 保証人ハ主タル債務者カ其債務ヲ履行セ
サル場合ニ於テ其履行ヲ為ス責ニ任ス
保証人が債務者に代わって本来の債務を弁済
すると,保証人は,債務者に対して,全額につき
求償権を有する。
本来の債務を弁済した場合は求償権は生じない
ことから考えると,保証「債務」は,本来の債務で
はなく,他人の債務を弁済する責任を負担してい
るだけであり,物上保証人の責任(ただし,有限
責任)と同様「債務なき責任」の一例であると考
えるべきである(私見)。
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債務と責任との関係
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債務と責任との分離
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責任なき債務(強制執行ができない債務)
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自然債務(カフェ丸玉事件)←その意義
消滅時効が援用された債務(民法167条参照)
強制執行をしないという約束がある場合
債務の限定承認(民法922条)など
債務なき責任
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物上保証人の責任,抵当不動産の第三取得者の
責任(いずれも有限責任)
保証人の責任?(無限責任)
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カフェ丸玉事件(大判昭10・
4・25新聞3835号5頁)(1/3)
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上告人ハ大阪市南区道頓堀「カフヱー」丸玉ニ
於テ女給ヲ勤メ居リシ被上告人ト遊興ノ上昭和8
年1月頃ヨリ眤懇ト為リ其ノ歓心ヲ買ハンカ為メ将
来同人ヲシテ独立シテ自活ノ途ヲ立テシムヘキ
資金トシテ同年4月18日被上告人ニ対シ金400
円ヲ与フヘキ旨諾約シタリト云フニ在ルモ
叙上判示ノ如クンハ上告人カ被上告人ト眤懇ト
為リシト云フハ被上告人カ女給ヲ勤メ居リシ「カフ
ヱー」ニ於テ比較的短期間同人ト遊興シタル関
係ニ過キスシテ他ニ深キ縁故アルニ非ス
6
カフェ丸玉事件(大判昭10・4・
25新聞3835号5頁) (2/3)
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然ラハ斯ル環境裡ニ於テ縦シヤ一時ノ興ニ乗シ
被上告人ノ歓心ヲ買ハンカ為メ判示ノ如キ相当
多額ナル金員ノ供与ヲ諾約スルコトアルモ之ヲ
以テ被上告人ニ裁判上ノ請求権ヲ付与スル趣旨
ニ出テタルモノト速断スルハ相当ナラス
寧ロ斯ル事情ノ下ニ於ケル諾約ハ諾約者カ自ラ
進テ之ヲ履行スルトキハ債務ノ弁済タルコトヲ失
ハサラムモ要約者ニ於テ之カ履行ヲ強要スルコ
トヲ得サル特殊ノ債務関係ヲ生スルモノト解スル
ヲ以テ原審認定ノ事実ニ即スルモノト云フヘク
7
カフェ丸玉事件(大判昭10・4・
25新聞3835号5頁) (3/3)
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原審ノ如ク民法上ノ贈与カ成立スルモノト判断セ
ムカ為ニハ贈与意思ノ基本事情ニ付更ニ首肯ス
ルニ足ルヘキ格段ノ事由ヲ審査判示スルコトヲ
要スルモノトス
然ラハ原審カ何等格段ノ事由ヲ判示セスシテ輙
ク右契約ニ基ク被上告人ノ本訴請求ヲ容認シタ
ルハ未タ以テ審理ヲ尽サヽルモノカ少クモ理由ヲ
完備シタルモノト云フヲ得サルニヨリ論旨ハ結局
其ノ理由アルニ帰ス
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保証の構造
債権者
債権
保証契約
(支払請求)
債務者
保証委託契約
(事前・事後求償権)
催告の抗弁権
検索の抗弁権
保証人
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保証の三面関係
主債務と保証「債務」との関係(付従性)
保証委託契約と保証契約との関係(求償関係)
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保証人は本来の債務を負担しない。保証人の本来
の役割は,貸し渋る債権者に対して円滑な融資・与
信を促進することである。
弁済期が来ても債務者が債権者に弁済しない場合
に,債権者から保証人が支払を請求された場合に
は,保証人に迷惑をかけないよう,債務者がその額
を保証人に対して支払う(事前求償権の確保)。
保証人が債権者に支払をした場合には,債務者が
その全額を保証人に支払う(事後求償権の確保)。
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保証人の免責(1/2)
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債権者の適時の催告・検索懈怠による保
証人の免責
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第455条〔催告・検索の懈怠の効果〕
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第452条〔催告の抗弁権〕及ヒ第453条〔検索の抗
弁権〕ノ規定ニ依リ保証人ノ請求アリタルニ拘ハラ
ス債権者カ催告又ハ執行ヲ為スコトヲ怠リ其後主
タル債務者ヨリ全部ノ弁済ヲ得サルトキハ保証人
ハ債権者カ直チニ催告又ハ執行ヲ為セハ弁済ヲ
得ヘカリシ限度ニ於テ其義務ヲ免ル
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保証人の免責(2/2)
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債権者の担保保存義務違反による保証人
の免責
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第504条〔債権者の担保保存義務〕
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第500条ノ規定ニ依リテ代位ヲ為スヘキ者アル場
合ニ於テ債権者カ故意又ハ懈怠ニ因リテ其担保ヲ
喪失又ハ減少シタルトキハ代位ヲ為スヘキ者ハ其
喪失又ハ減少ニ因リ償還ヲ受クルコト能ハサルニ
至リタル限度ニ於テ其責ヲ免ル
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債権者の担保保存義務に関
する免責約款の効力
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わが国の最高裁は,債権者が担保保存義務を特約によって免責す
ることを認めている。
最二判平8・12・19金融法務1482号77頁
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債権者である被上告人のした根抵当権放棄により、これをしないでC銀
行に対する弁済がされなかった場合に比べて、被上告人の株式会社A
に対する求償金債権で物的担保により満足を受けることのできないもの
の額がより多額になったということはできないから、債権者である被上告
人の右行為は、金融取引上の通念から見て合理性を有するものであり、
連帯保証人である上告人Bが担保保存義務免除特約の文言にかかわ
らず正当に有し、又は有し得べき代位の期待を奪うものとはいえない。
したがって、被上告人が右特約の効力を主張することが信義則に反す
るものとは認められないとした原審の判断は、結論において是認するこ
とができる。
しかし,母法となったフランスでは,このような免責特約は,信義則に
反することを理由に,無効となるという立法的な解決がなされている。
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設例の解決
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債権者Xは,債務者Aから受け取った必要書類に基づい
て抵当権の登記をすることを怠ったため,債務者Aの土
地建物は他の債権者によって差し押さえられて,競落さ
れてしまったというのであるから,保証人は,民法504条
に基づいて,責任を免れることになる。
静岡地判昭和31・9・4下民7巻8号2334頁,判時95
号18頁
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債権者が債務者から抵当権の設定を受けるため,その登記に必
要な一切の書類の交付を受けたが,その登記をせずに放置して
いるうち債務者は抵当物件を他に売却してしまつたので,債権者
はその登記をすることができなくなってしまったという事実が,連
帯保証人の免責事由とされた。
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保証人の責任のまとめ
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保証人の責任は,最終的には,債務者に全額求
償できるのであり,「債務なき責任」と考えるべきで
ある(物上保証人の責任との連続性)。
保証人の責任は,債務者への求償(事前求償,事
後求償)によって免責されるべきものである。しかし,
以下の場合には,債権者に対しても履行する責任
を免れる(債権者の信義則上の協力義務)。
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1.債権者の情報提供義務違反(消費者契約法3条,4
条など)
2.債権者が保証人の抗弁権(催告の抗弁権,検索の
抗弁権)を無視したとき(民法455条)
3.債権者が担保保存義務に違反したとき(民法504条)
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