科学者が見つけた 「人を惹きつける」文章方程式

科学者が見つけた
「人を惹きつける」文章方程式
30416007
小川聡美
第7章 「逃避」の名文方程式
宮沢賢治
①異界対比 ②固定観念除去
③一気誘導
安部公房
①一切省略 ②無機的・官能的
大江健三郎
①論理ストップ ②大仰感覚
③非日常言語乱発
天の川の西の岸にすぎなの胞子ほどの小さな二つの星
が見えます。あれはチュンセ童子とポウセ童子という双子
のお星さまの住んでいる小さな水精のお宮です。
宮沢賢治 「双子の星」『銀河鉄道の夜』新潮文庫 137頁
<異界対比>
天の川の西の岸
→広大な世界
→ミクロの世界
すぎなの胞子
冒頭からファンタジーの世界へ読者を誘う
<固定観念除去>
不思議な名前・聞き慣れない言葉
(チュンセ童子・ポウセ童子・水精・お宮)
→物語のイメージを現実から遠ざける
→読者の空想を十分に引き出す
→ファンタジーの創造
日常の価値観や固定観念を取り去る
“お”で始まる三文字の言葉 =柔らかい感じ・幼児にふさわしい語感・上品でみやびな感じ
ですます調 =穏やかで丁寧な感じに包まれる効果
このすきとおる二つのお宮は、まっすぐに向かい合っています。
夜は二人とも、きっとお宮に帰って、きちんと坐り、空の星のめ
ぐりの歌に合わせて、一晩銀笛を吹くのです。それがこの双子
のお星さまの役目でした。
宮沢賢治 同137頁
“すきとおる” →透き通った無垢な自分に生まれ変わったような感じに
理想の子どもの姿(天使のように純真な子ども) =チュンセ童子とポウセ童子
↓
礼儀正しく静かなお子様の姿
<一気誘導
>
“銀笛”という漢語の鮮やかな響き・“空の星のめぐりの歌”という美しい描写
→ほかのものを想像させないイメージの力
“役目”という言葉で終わる
=リアリティーの世界へ引き戻す効果
決して論理的ではない言葉の連続
→美しい豊穣なイメージを読者の頭に植えつける
+効果的な情景描写+余計な説明をしない
→
メルヘンの世界へ
一気に誘う
跳ね上って、戸口に駈出し、もう一度外を見た。風が出ていた。太陽
は、穴のほとんど真上にあって、焼けた砂から、濡れた生フィルムの
ようなかげろうが立ちのぼっていた。そして、砂の壁は、ますます高く、
彼の筋肉と関節に、抵抗の無意味さを教えるようなさとり顔で、そそり
立っている。熱気が肌を刺した。
阿部公房 『砂の女』 新潮文庫 58頁
<一切省略>
事物のありさまを、そのまま日常用語で表現しただけで、一切を省く
→ずっと想像力をかき立てられ
る
<無機的と官能的>
「焼けた砂」「濡れた生フィルム」「砂の壁」「筋肉と関
節」
→
日常の生活から離れ
た無機的なイメージ
「濡れた生フィルム」 →官能的なイメージ
シュールで即物的で硬質な文体 =現実逃避にもってこい
夜明けまえの暗闇に眼ざめながら、熱い「期待」の感覚をもとめて、辛い
夢の気分の残っている意識を手さぐりする。内臓を燃えあがらせて嚥下さ
れるウイスキーの存在感のように、熱い「期待」の感覚が確実に躰の内
奥に回復してきているのを、おちつかぬ気持ちで望んでいる手さぐりは、
いつまでもむなしいままだ。
大江健三郎 『万延元年のフットボール』 講談社文庫 7頁
<論理ストップ>
「夜明けまえ」「暗闇」=重苦しくて暗いイメージ、「感覚」「意識」=観念的な言葉
具体的な状況がわからないのに、言葉がどんどん足される
<大仰感覚>
→論理的な思考にストップがかかる
明け方にウイスキーをストレートで飲んだことを、「嚥下」という漢語を使って表現
→非現実的な世界を巧妙に表現・錯覚に陥れる巧みな文章
<非日常的言語乱発>
日常では使わない言葉の乱発
漢語の多用・翻訳調の文体
こなれていない日本語の使用
みごとな虚構の世界を創造
→ 科学者の文体とは対極にある文体を
創出
◆まとめ◆
「現実逃避」をするのに適する文章では、宮沢賢治のように作者
ならではの言葉でイメージを現実とはかけ離れた空想の世界の
イメージを膨らませるものと、阿部公房・大江健三郎のように、難
しい言葉をいくつも連ねることで、具体的な状況をイメージする隙
を与えずに、非日常的な世界を読者にイメージさせるものがあった。
どの文章にも共通していたことは、ありふれた言葉を使っていない
ことだ。作者ならではの言葉を多用することが、「逃避」の名文への
ポイントであると考えられる。