ソシオセマンティクス 第10回講義

2010-06-12
ソシオセマンティクス
第2部の構成
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第2部:言語・コミュニケーションの新しい理論パラダイム
人間社会の諸現象は意味の社会的編成と深く関わっている。ここで
は、意味の社会的ダイナミズムを取り扱うため、特に1部で提示され
た問題に対し、「意味づけ論」の紹介を中心に意味論・言語コミュニ
ケーション理論的な観点からの説明、解説を加える。
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II-1.意味の不確定性と会話モデル
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II-2.意味の共有感覚:事態構成の同型性と言語の秩序性
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II-3.意味の共有感覚:意味知識の類似と概念形成過程
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II-4.意味の共有感覚:スクリプトと言説の体制化
II-1.意味の不確定性と会話モデル
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6~9回の第2部は「言語・コミュニケーションの新しい理論パラダイ
ム」を主題とし、第1部で示されたヒューマンコミュニケーションのダイ
ナミズムを説明する理論として、深谷・田中による「意味づけ論」を中
心に講義を進めていく。意味づけ論では物事や言葉の「意味」を既に
存在する固定的、確定的なものとして取り扱うのではなく、世界の理
解の仕方という根本的な問題を人間の柔軟な「意味づけ」の能力に
よるものだとする。それではその意味づけとはどのようなメカニズム
によってなされるものなのか、その帰結としてそれぞれに意味づけす
る人間同士のコミュニケーションという現象がどのように説明される
ものなのかを、「意味」と「意味知識」の区別などの概念装置を紹介し
ながら、第1部で提起された問題と対応する形で議論していく。
ヒューマンコミュニケーションを取り扱う言語コミュニケーション論
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新しい言語コミュニケーション論の要件
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意味の不確定性ともいうべき意味づけのしなやかさ・豊かさ・創造性な
どを取り扱える人間コミュニケーション論が必要である
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とはいえ、単に意味不確定論に与してしまえば、人間にとっての意味を
学問として取り扱うことはできなくなってしまう
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意味の不確定性を前提とした(非確定論的な)取り扱いの必要性
「未来に開かれた不確定性を孕む、しかし、全くのデタラメでもない
プロセス」の説明
第2部では「意味づけ論」に基づく人間コミュニケーション論を展開する
言葉の意味を巡る言説
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言葉には意味が「ある(在る)」

「どこに」言葉の意味がある?

外在説:人間の外に、言語の意味の体系や構造が存在する

内在説:人間それぞれが、内なる辞書(言葉の意味についての知識)を持っている
言葉の意味は「作られる」

「何から」言葉の意味は作られる?

記憶の引き込みあいとしての意味づけ:本講義の立場、以降でその内容を説明
「ある」「作られる」どちらが正しいと言うわけではない

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(特定の問題においてどちらが適切かというもの)
「作られる」のほうが言葉の意味の持つしなやかさ、柔軟性、創造性を重視した捉え方
意味づけという営み
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意味:その場その場での意味づけにより定まる
意味づけ:記憶連鎖の引き込みあいによりその情況に即した意味を
編成するプロセス
記憶連鎖の引き込みあい:関連する記憶の加工・変形・編集のプロ
セス(意味づけ内のプロセス)
コトバ:記憶連鎖の引き込み合いのトリガー(今回)であるとともに、
その引き込み合いを整序する(次回以降)
記憶連鎖の引き込みあい
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記憶

ここでは「現在および未来の振る舞いを規定する生体に刻印された経験の痕跡」のこと

記憶は脳内のニューロン内にではなくニューロン同士の連鎖の在り方に蓄えられている

ニューロンの連鎖の集合が記憶の潜勢態であり、連鎖の活性化で記憶として想起される
ニューロンネットワーク

ニューロン(約150億個)は一つについて数千のシナプス結合で他のニューロンと連絡しあって
おり、互いの作動を活性化しあったり抑制しあったりしている。

シナプス結合や伝達物質の受け渡し機構が経験を介して改編されていく(改編といっても長期
記憶(痕跡)は消滅しない)
引き込み合い

ニューロン活動の相互的な増幅・抑制関係によって記憶連鎖は互いに引き込み合う

それによって、しなやかな記憶の分解・加工・統合がなされ、意味として編集される
主体と行為と情況編成
行為
(発話)
意味づけ
(記憶連鎖の引き込みあい)
環境(状況)
意味世界の基本的枠組み

情況編成と意味づけ



情況編成は主体各自の意味づけを通じ
て行われる
意味
意味づけと意味知識

対象をどのように意味づけるかについて
は、対象についての個々の記憶の連鎖
の集合が素材となる(意味知識)

言葉や物事そのものに意味があるの
ではない
記憶連鎖の引き込みあいと意味

当該の文脈や状況に応じてモノやコト(を
指し示すコトバ)が関連しあい、それぞれ
の記憶が引き込みあい、初めてその場で
の「意味」が作られる
意味知識
(記憶連鎖集合)
記憶連鎖の引き込みあいの例①

「バラ」


「バラと女」


並置されたそれぞれのコトバが想起させる記憶同士が引き込みあい、何らかの関
連性を意識させ、意味の可能性が縮減されていく
「女はバラだ」


単なる記号としてのコトバ、とりとめのない記憶、あるいはプロトタイプ
AはBであるという形式によって「女」と「バラ」が一種の=の関係で結ばれることに
より、さらに意味づけの範囲が収縮されていく
「○○さんはバラだ」

○○さんという人が具体的にどういう人なのかという知識や記憶によって、バラの
記憶のどの部分が引き立てたられるかは変わるだろうか
記憶連鎖の引き込みあいの例②

「(母の日に)カーネーション贈ったほうがいいかな」
「最近はバラを贈ったりもするらしいよ」


状況や文脈との関連、「贈る」という動作の対象としての「バラ」、この場合の
「バラ」の意味は?
「庭に真っ赤なバラが咲いた」
「胸に真っ赤なバラが咲いた」

「バラ」自体と関連付けられる、あるいは「(真っ赤な)バラが咲く」という情景
の起こる場としての「庭」と「胸」

状況とのつじつま合わせの中で生まれる比喩や暗喩としての「バラ」の意味
は?
記憶連鎖の引き込みあいの例③

「カリブーのステーキってなかなかいけるんだよ」
「カリブーって?」
「いや、北極圏に住んでて、鹿に似た動物なんだけど、それをステー
キにするとね、美味いんだよ」
「へえ、そりゃいい感じだね」

「カリブー」という動物を知らなくても、相手の例示を通じて「鹿」や各種の「ス
テーキ」についての記憶・知識・経験を動員し、まとめあげることで見たことも
食べたこともないはずの「カリブーのステーキ」を「多分こんな感じのもの」とし
て意味づけてしまう

もちろん彼が想像した(意味づけした)「カリブーのステーキ」が実際のものと
同じであるかどうかは別問題
意味の不確定性①

意味が「ある」のではなく、記憶の編集によってその場その場で「作られる」とした
ならば、意味については以下の通りの不確定性が想定される

情況依存性


履歴変容性


経験依存性、意味の素材である意味知識(記憶)は生きる過程において常に変化しうる
主体間多様性


多義性、どのような情況かによって意味づけられる意味は変わる
記憶依存性、人によって意味知識(記憶)は様々に異なる
不可知性

暗黙知や潜在記憶といった我々が自覚できないような記憶も意味づけに関わりうる
意味の不確定性②
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意味の不確定性からの結論として、自分と他者の間でコトバは共有できても
意味は共有されえない
特に情況依存性と主体間多様性について、それでは「他者にとっての意味」
をどうして理解することができるのか、意味に齟齬が生じた場合どうやってそ
れを調整できるのか、などの問題を発生させる
→相互行為の成立問題